『空の世界』 山口益

山口益の『空の世界』は、インド大乗仏教における「空」の思想を解説。

一切の事物が固定的な実体を持たない「空」の智慧を説き、それが一切衆生を救済しようとする「大悲」に直結する教えであることを示し、

ナーガルジュナなどの中観・唯識思想を四篇の講義形式で解説し、大乗仏教の核心をまとめた内容。

「空」の思想: すべてのものは本質的な実体を持たず、他の要因との相互作用によってのみ存在するという考え方で、これは物質的なものだけでなく、感情や思考、自我にも当てはまります。

「空」と「大悲」の関係: 「空」の智慧は、すべてのものが固定的なものではないことを理解させるものであり、それゆえに一切衆生を救おうとする「大悲」の現れであると解説されます。

世俗の主客的見地から勝義の主客未分の見性に至ることで、

他（一切衆生）を救うことは自を救うことと同義になり、その大悲の実践が般若波羅蜜を会得した実証になる。

内容　　　三態、空、縁起、

語句

疑問　　　空のエネルギー、Nibbānaの違い、三身説と涅槃概念、縁起の解釈の相違点、龍樹の哲学

コラム

禅の可能性と限界　　　　（仮説）

禅と上座部仏教の対応表　（仮説）　　　

グノーシスと仏教　　　　（仮説）

内容

三態　　主体・道具・対象　　　主体・媒体・客体

作用（kriyā）とは、作者katṛi「作用の主体」と能作（√kṛu＋ana器具）「作用の器具」と所作業karman「作用の対象」

どの態も決定相がなく空無であるが作用はあるので、三輪清浄の関係がある。

この三者不可得の境地を般若prajñāまたは慧という。

空の悟り　P31

無二の見、無二の智、真如、般若波羅蜜、三輪清浄の世界、空なる実体が執らえられることはない

有体から無体への転変vikāraではなく、主客（能所）が実体的に構えられている限り、それは空ではなく、有を便りにして空を執らえたにすぎない

「空に著し空にとどこおる」

「空（くう）を悟った者は、空を離れず、空そのものに留まる」という意味。

空に著す空を自覚する・気づく　　　 To realize emptiness

空にとどこおるその自覚の中で生き続ける To abide in emptiness

これは“空”を単なる「無」や「虚無」とは見ず、生きた現実そのものとして扱う。

つまり、空を知っても“有”に戻らず、“空”という気づきの中に、そのまま立ち続けること。

仏教的背景：般若・華厳の“空”

空 (śūnyatā) とは「すべての存在が他との関係によってのみ成り立つ」状態。

　つまり固定した実体はない。

だが山口益の読みでは、「空を悟った」後にまた実体化（“悟り”を所有）するのも誤り。

だから「空に著し」とは、悟りを実体化せず、それもまた空と見る態度。

“著す”と“とどこおる”の日本語的ニュアンス

「著す」は「書き記す」ではなく、「心に明らかにする」「刻む」って意味。

　つまり「空に著す」＝空の真理を体得する。

「とどこおる」は「止まる」や「滞留する」よりも、“そこに在り続ける”。

　だから「空にとどこおる」＝　空を離れずに、その境地に生きるという仏的表現。

禅的に言えば：空を悟っても、空を手放さない

多くの修行では「空を悟ったら、それも手放せ」と言う（“空も空ぜよ”）。

でも山口益の言う「空にとどこおる」は、

　それを“否定する”というより、空を生きる現実性を肯定している。

つまり、「空を悟っても、日常に帰る必要はない。日常こそ空であるから。」　という道元的・華厳的な視点。

p32　空亦複空　　羅什訳中論

羅什訳中論の空亦複空とは、無二智・空智の批判であると解釈すると、五感感覚器官を介する信号の認知の限界を意味するので、瞑想、たとえばアーナパーナによる初禅から第9禅を経験する以外にこの境地に到る方法はあるのだろうか？

あるのならばどのような方法が可能なのか？

空亦複空＝認知構造（五蘊・特に識）の“自動構成”を再度空じる作業

これを「瞑想（禅那）以外の方法でも可能か？」

可能。ただし“意識操作の深度”では禅那ほどストレートな方法はないが、別系列のアプローチは歴史上いくつもある。

■1. 身体性（somatic awareness）を徹底させる道（唯識寄り）

これは禅那ではないが、五蘊のうち色蘊を徹底的に透明化する方法。

例：

身随観（satipaṭṭhāna の kāyānupassanā）
気づきのヨーガ（ハタ以前の古典ヨーガ）
立禅・歩行禅・動作禅
内観法（禅病治療に使われたやつ）

構造：身体感覚を極限まで分解
→ サイン処理（vedanā）の連鎖が見えてくる
→ 識の“癖”も透明化
→「空に執着する空智」すら脱落しやすい

つまり空亦複空の地点は“身体の消失”体験の延長で起こることがある。

■2. 批判的思索（prajñā の徹底）で到達する道（龍樹自身の推奨ルート）

中論本来の強みはこれ。

論理と否定の連鎖（prasaṅga）
→ あらゆる認識枠組みの自己破壊
→ “空で理解した空”が崩される
→ 操作可能な意識の枠が瓦解する
→ 空亦複空に落ちる

龍樹はこれを禅那と同等に扱った。
「論証による空」は侮られがちやけど、認知構造そのものを破壊する威力を持つ。

構造としては言語体系そのものの自己否定による（meta-cognitive collapse）。

■3. 観行（止観）で到る道：天台の“空・仮・中”の実践の限界については後述　　

天台智顗は九次第定を正面から扱わずに、別ルートを完成させた。

やることは
止（samatha）で識を安定させ
観（vipasyanā）で認識の構造を破り
最後に両者を中に統合する。

つまり

禅定偏重ではない
論証偏重でもない
認識と沈静のハイブリッド

ここでは中（空亦複空に近い）が現れやすい。

■4. 念仏や題目など“他力系の意識集中”から入るルート

これは一見思い込みのように見えるけど、メカニズムは極めてシンプル。

念仏が意識の“周波数を単一化”
“作動記憶”の帯域が埋まる
識の通常回路が止まる
空の疑似体験が起こる
そこからさらに「空への執着」が壊されると空亦複空に似た境地が出る

親鸞が経験したのはこの系統。

禅那のような段階は踏まないが
意識の「自動構築」が大幅に止まるため、識の自己解体が起こる。

■5. 知覚遮断系（暗黒・沈黙・無刺激）の技法

これは古代インドの苦行に近いけど、現代的に言うと

深い暗闇
完全沈黙
無刺激室（sensory deprivation）
冥想（密教の闇の行）

外部刺激を遮断すると
五蘊の連鎖は内側から崩れ、
識が“自己生成物だった”ことが露呈する。

これも空亦複空を経験しうる。

■6. 密教の“光明観”系（識を光として見るルート）

密教・大乗タントラでは

自性光
明空不二
阿頼耶識の光としての現れ

など、識そのものを光として観照する。

光が“空じられた光”へ転じるところで空亦複空とよく似た構造崩壊が起こる。

これは禅那と似ているが方向性が違う。

密教の「光明観」と禅那（アーナパーナ等）の方向性の違い

両者とも最終的に「構造の溶解」「認識の再編」を狙う修行法だが、使ってる“入口”と“崩壊の仕方”が違う。

禅那（アーナパーナ等）の方向性

対象を限定して凝縮する方向（収斂）
呼吸やカシナを対象に「一点集中」を極限まで高めると、五蘊の活動を段階的に静めて、識そのものの活動エネルギーをゼロ方向へ落とし込む。
段階的に心の活動が“消えていく”方向性
第1禅→第4禅→無色定→滅尽定の流れは「消去のプロセス」。
認識機能の炎が小さくなる方向で、最終的に「識が沈む」。
空亦複空＝認識の限界点の到達
対象と識の「成立そのもの」が消える。
五感も、心所も、微細な想念も、全部“止滅”。
つまり「光も闇もない」。
これは“エネルギーのゼロ化”の経験に近い。

→ 方向性：ゼロに近づく、止まる、静める、消える

この道は徹底的にミニマリストみたいなもの。

密教の光明観の方向性（瑜伽・如来蔵・密教系の流れ）

識そのものを“光”として積極的に観る（展開・拡大）
「識＝光」
「心の本性＝光」
「阿頼耶の底に光がある」という方向から入る。
光の観照が“光が空じられる”プロセスを起こす
最初：光がある
次：光は条件によって立つものやと観る
さらに：光の成立条件が崩れる
最後：光そのものも空じられて崩壊
“光の自己解体”という形で構造が崩壊する
禅那が「止」に向かうのに対し、
密教の光明観では「光の本体を追い続けて、それが空じられ崩れる」。
明空不二：光（明）と空の同時成立を観取しつつ、その両方が溶ける
無明の浄化は「光が透明度を増す」方向で起こる。
ゼロ化よりも“クリア化”やね。

→ 方向性：光を追い、光が崩れ、明と空が溶ける

禅那の“沈降”とは逆で、こっちは“展開してから崩壊”。

どっちも「構造が溶ける」が、違いは

禅那：認識の火を小さくして消す。ゼロ化。沈黙。止滅。　　　　　　　　　　　　“静”から空へ
光明観：認識の火を光として観て、その光が空じて消える。展開からの崩壊。　　　“明”から空へ

空亦複空との関係

「空がある」と思った瞬間、それも対象化され二元論が復活し、
さらにその“空”すら空じられることで、知の構造そのものが崩壊する。

禅那：「対象の消滅→心の消滅→空の非所生性に触れる」
光明観：「識の光を観照→光の因縁性の理解→光自体が空となる→空も空じられる」

どちらも、結局は二元論的認識が崩落する点に出るが、途中経路が違う。

■7. 自然発生する神経現象（病理ではない）

あまり言及されないけど、歴史的に報告が多いルート。

深い喪失
臨死体験
意識の境界が揺らぐ瞬間
大きなショック
自己感の崩壊（ego dissolution）

これらの体験は「識と対象の分離構造」を一気に崩すことがある。

もちろん禅的修養とは違うけど、到る地点は似ていることがある。

■まとめ

禅那（九次第定）は王道。
だが、それだけが空亦複空の地ではなく、禅那とは別の経路でも成立する。

空亦複空＝認識構造のメタ崩壊に到るルートは以下のように複数ある。

身体性を極めるルート
中観の論理による自己破壊ルート
止観のハイブリッドルート
念仏・真言など集中による回路停止ルート
感覚遮断による構造崩壊ルート
密教の光明による識の透明化ルート
自然発生的な意識境界崩壊ルート

しかし、上記の7つの方法では行saṅkhāraをはじめとした五蘊の回路の消滅には至らない。

滅尽定以外で、行saṅkhāra＝行蘊を“完全消滅”させる方法はない。
方法はあると主張している系統でも、実際には“弱化”か“再編成（透過化）”であって完全消滅ではない。

フォームの終わり

p33　智慧から慈悲へ

慧・般若　⇒　悲・慈悲

空（対する有）に停滞しないと転回する。

仮に「空の悟了」に到っても、空の本義を完うせずして空に停滞するものを小乗という。

小乗の定義が狭隘である。

慧が現実世間で具現して悲に転回する　p36

菩薩の大悲の顕現が経典である。

p35　

無二智なる慧　　　　　　　勝義　　　出世間

世間智である悲　　　　　　世俗　　　世間　　　　　有なる世間を対象としたはたらき

この悲が世間を対象とし、世間に出て、世間にはたらき、世間を清浄にしてゆく。

p36　智と慧

智　jñāna　　　　清浄世間智

慧　prajñā　　　出世間無二智（advaya- jñāna）

出典　　究竟一乗宝性論

p36　　saṃvṛiti（覆障する）とsaṃvṛitti（動く、はたらく）　　漢訳では世俗

saṃvṛiti（覆障する）　　　　　　　無明に覆障すられる世俗なので、唯世俗

saṃvṛitti（動く、はたらく）　　　真如法性が世間へ動きはたらいて来るという意味　　世俗諦　　経典

往相門と還相門

「往相」は、凡夫が念仏によって浄土へ往き、仏になるすがた、

「還相」は、浄土に往生した者が再びこの世へ還り、人々を救済するすがた。

p37　　仮prajñaptiが識vijñaptiの態になる

「仮（prajñapti）」の基本意味

サンスクリットの prajñapti は、語源的には “指示・名づけ・仮の成立”。
もともと「あるものを便宜的に“そう呼ぶ”」という意味を持つ。
つまり、実体として存在しないけど、関係の上で言葉として立ち現れる存在。

例：

「車」は実体ではなく、「車輪＋軸＋車体」という集合を便宜上“車”と呼ぶ。

だから「車」という存在は仮の成立＝prajñapti-sat（仮有）。

中観・唯識の用法の違い

● 中観派（ナーガールジュナ）

prajñapti は 縁起的関係に依る名の仮立て。

「実在ではない（asat）」が、「無でもない（abhāvaでもない）」。

「名」と「関係」と「機能」の次元でのみ成立するもの。
→ つまり、“空なる現象”を指示する便宜上の名。

● 唯識派（瑜伽行系）

「仮（prajñapti）」は、識（vijñāna）の働きによって概念的に構成されたもの。

つまり、識が対象を区別・表象した結果としての仮立て。
→ 「仮」は「識の態」（vijñapti-rūpa）になる。

山口益の文脈（『空の世界』p.37）

「仮が識の態になる」とは、

現象界（仮）は、実在するものではなく、識の働き＝分別・表象作用の現れとして成立している。

言い換えると、
仮（prajñapti）とは、識（vijñāna／vijñapti）が自らの作用によって“仮に対象化した世界”のこと。

つまり：

「世界は心によって仮に立てられた表象構造である」という唯識的・中観的折衷の立場を表している。

哲学的に噛み砕くと

「仮」は「ある」と「ない」の中間にある。
それは「関係的に現れるだけの存在」。
この「現れ」が「識の態」として成立する。

👉 世界とは、識（vijñāna）が自己の構造を反映して「仮に」見る世界。
　だから「仮」と「識」は主客の両端ではなく、同一の場の異相。

要するに

概念	意味	関係
仮（prajñapti）	名・関係・構成的存在。実体はないが、識の上に成立。	「言葉・概念・現象」側
識（vijñapti）	対象を区別・表示する働き（表象機能）。	「心・分別」側
山口の見方	仮（世界）は識（心）の態（現れ）。心が世界を仮に立てている。	世界＝識の表現態

つまり山口益は「仮（prajñapti）」＝“空の上に現れる、識（vijñapti）の動的な自己表現”。

は、唯識と中観の統合の核心で、山口の“空の認識論”の中枢。

p42　大乗仏教の経典の思想形態

般若経

「色即是空、空即是色」の色とは、かたちあるものの意味で、主客でいえば客なる法であり、その法は、縁起の道理の故に、個別的実体的には存立し得ないという意味が色即是空である。よって色即是空とは、無二智般若波羅蜜の境地を示す。

空即是色は、空・真如が世間にそのままはたらき出て来る清浄世間智の境地をいう。

妙法蓮華経

蓮華が純浄精白なる空真如の当体であることを表示するというよりも、大悲によって衆生界に臨むという意味で表されている。それは空の実践であり、清浄世間智の顕現なので、法華経は真如の世間化であり、如來したということの意味の上にある。

維摩経

維摩詰Vimala-kīrti は語源的には「垢なく清浄で、名声のある者」「純粋にして誉れ高い者」
Vimala-kirtiのvimalaは[vi離れる-mala垢] 離垢の，浄き．spotless； unstainedを意味する。

kirtiの語源はインド・ヨーロッパ語族の語根 √ker- /√*k̑er-（呼ぶ・語る・知らせる）
→ 「言葉に出して語る」「言い伝える」
→ そこから派生して「名声」、「ほめ称える行為」、「伝説・名高い評判」

つまり kīrti = “広く語り伝えられる価値ある評判”

対応するパーリ語は：kitti　　 fame, renown, reputation

サンスクリット	パーリ語	語源	基本義
kīrti	kitti	*ker（呼ぶ・語る）	名声、称賛、誉れ、伝説的評判

華厳経

善財童子の求道歴程は、慧の文殊によって勧発させられ、利他教化の行を完遂する普賢に到ることは、

般若波羅蜜の慧が悲への転回であるところの清浄世間智のきわめられてゆく過程である。

解深密経

仏の深密意の般若皆空を空性論の形相（隠密の相）で説かれている般若経に対して、

本経では空真如が世間としての顕了なる相で説かれることで、世間が空真如に悟入せしめられる道・方便の形態が完成しなければ、仏の深密意が顕了にせられ善く分別vibhaktaせられた態にならない。

華厳経が慧より悲への展開であり、本経はこの清浄世間智である悲が道の形態を説く。

この完成形態が唯識縁起説である。

cf.　法が縁起の道理のごとくにおかれ、縁起の道理のごとくに思想言説という世間の態に顕される「仮」であることを空性論は示す

唯識

内識が対象の形相として顕れ、それによって対象が知覚できる経験vyavahāraを基点にして、

法の縁起界に悟入して、空に入らしむる道とする教法

パーリ語のvohāra：[＜voharati，Sk．vyavahāra] 行為、言動、言説，慣例；俗事，売買

実際には変化し続けている対象（外境）が内識として顕現している基準点から修行の道をはじめる。

また、この対象に実体がないことから内識は真実ならざる相として顕現する。

「仮（prajñapti）」は、識（vijñāna）の働きによって概念的に構成されたもの。

つまり、識が対象を区別・表象した結果としての仮立て。
→ 「仮」は「識の態」（vijñapti-rūpa）になる。

この世間が識（vijñāpati）を実用しているので、識（vijñāpati）は無ではない。

有である識が有なる相として縁起的性格はいかにして成立するのか？

すなわち、勝義としての縁起に対し、世俗としての縁起はいかに立てられるのか？

1) 識は所取の相として成立する。

2) 対象があるとき、それを因として識は能取（主体）の相において生起する。

これによって能所二としての有は成立する。

　　始めに識あり、始めに習気ありとする実体的先住性があるのではなく、縁起性である。

「所取＝“取られる側の対象”」

能取（のうしゅ）＝取る主体（認識主体）
所取（しょしゅ）＝取られる客体（認識対象）つまり 主客二分の“客の側” を指す概念。

山口益は、特に中観的（龍樹系）文脈と瑜伽行派（唯識）を踏まえながら
「主客の分立そのものが仮であり、縁起の力によって現れる関係項にすぎない」と論じる。

「分別」や「虚妄分別」と混同すべきものか？

所取は “構造の項”、虚妄分別は “心の働きの錯誤” なので混同はダメ✔

もっと具体的に言うと…

◆ 所取は「対象の側」

色、音、触、思考内容、外界の形象などの「取られるもの」のカテゴリー。

仏教サンスクリットではgrāhya（可取）＝所取、grāhaka（能取）＝取る主体

パーリ語でも同じ構造でgaṇhāti（取る）

虚妄分別（vipa-lopa, abhutaparikalpa）とは心の誤作動。
たとえば、

主客が実体として存在すると思い込む
「我」を立てる
「対象が固く実在する」と錯覚する

こういう心のクセが虚妄分別。

対して、

所取は構造的枠組み（項）主体/客体の関係がまず立ち上がること自体を示す。

つまり、所取は構造、虚妄分別は誤認を指す。

山口益のポイントは主客の成立（能取/所取）は “仮” の関係（prajñapti）

その仮が「実在」と誤認された状態が虚妄分別
だから所取は“錯覚の名称”じゃなく、“錯覚の成立条件”の片側

この区別が重要。

中観派・唯識派はどちらも「能取所取は縁起として立つが、実体的ではない」とするが、

山口益は「仮（prajñapti）が識（vijñapti）の態になる」と言う時、
まさに能取所取が “仮の構造として心の働きの一形態に現れる” と説明している。

唯識において、識の無二に悟入する道の位地段階

仏教の四善根（しぜんこん）の段階　　これらを総称して四向と呼ぶ。

煖（だん）　　仏法によって「熱がつく」段階。理解と修行が本格的に火がついた状態。

頂（ちょう）　高い理解に達する。迷いの山頂に足が乗る感じ。

忍（にん）　　真理を「耐えて受け止められる」段階。揺らがん。

世第一法（せだいいちほう）　　聖者の扉の直前。一歩手前の最上位。

大無量寿経　　浄土教の正依の経典

浄土教思想の完成は唯識思想の完成者である世親。

法蔵比丘が本願を起こして修行し、成仏したことで、一切有情が救済され、以来、十劫を経過する、とある。

大乗の有情が上座部と同じsattaであるというのであれば、それらは輪廻に留まるものを意味するので、救済されたいうことに矛盾が生じる。

p50　　親鸞の浄土和讃

１　無明の大夜をあわれみて　法身の光輪きわもなく　無碍光仏としめしてぞ　安養界に影現（ようげん）する　
無明の大夜　（煩悩の王を無明というなり　大きなる闇の夜）　　（高田本）
法身の光輪きわもなく　（法身はすべて心も言葉も及ばぬなり　虚空に満ちたまえり）　　（高田本）
法身　一切の衆生に遍満する法性の理をさとりあらわした仏身。　　　　

あらゆる迷いの根源である無明煩悩の大なる闇に覆われている衆生を憐れむ大悲から、法性の理をさとった智慧円満の仏身が衆生済度の光明を限りなく照らされ、尽十方無碍光仏と示現して、安養世界に形を現わされる。

（法華経・大日経）。（以下二首弥陀・釈迦の仏身を讃える）

法身の光輪きわもなく　

ここでは法華経・大日経等の他経によって、久遠実成といわれる本来常住の仏身に具わるはたらきについて説く。

国宝本のこの句の左訓に「法身はすべて、こころもことばも、及ばぬなり。虚空にみちたまえり」と注する。

この法界に遍満する法身のはたらきとして、衆生を救済するために、発願し修行して成仏し、形のないところに形を現わして、安楽浄土に無碍光仏としての形をしめされることになる。　　　　

２　久遠実成阿弥陀仏　五濁の凡愚をあわれみて　釈迦牟尼仏としめしてぞ　迦耶城には応現する
久遠実成-久遠劫の昔に実に成仏した。
迦耶城-釈尊の生まれた迦比羅国の都城。
応現-衆生の根機に応じて相をあらわすこと。　　
◇久遠劫の昔に成仏された法身の弥陀が、この者婆世界の五濁悪世の凡愚を憐れんで、釈迦仏となって、迦耶城に応現し給う（法華経）。　

三身　　「仏とは何か」を三つのレイヤーで説明する道具

「真理（法身）が悟りの果として仏となり（報身）、衆生を救うためにこの世界へ現れる（応身）」

法身（Dharmakāya）、宇宙法則。姿のない永遠の真理で永遠不滅の存在

報身（Saṃbhogakāya）、その真理を悟った仏が修行の報いとして得た、より高次の人格的な姿（例: 阿弥陀如来）

真理を悟った仏が「悟りの果報としてもつ形」。菩薩だけが知覚できる、超常の仏。

受用身sambhoga kāya　[saṁ+bhoga] eating，living together with　＝　報身

化身（応身）（Nirmāṇakāya）人々を救済するために釈迦如来が現世に現した人間としての姿

なんで報身だけが分かりにくいの？

それは報身が“純粋に仏の悟りを説明するための中間レイヤー”だから。
報身の定義を一言で言うなら

「法身という無形の真理が、悟りの果として“仏の姿”を取った状態」

なぜ報身が“必要”だったのか？

◆1. 法身があまりに抽象的すぎる問題

法身は真理そのもの。
形がない。表現できない。名前すら付けがたい。

→ 「じゃあ、悟った仏はどんな状態なの？」
→ 法身では説明にならない。

そこで
悟りの結果としての“仏のあり方”を示すために報身が設定された。

◆2. 応身（釈迦）だけじゃ、仏の本質が説明できない問題

釈迦は悟った人間だけど、人間の身体を持って病気もするし死ぬ。

もし仏が釈迦（応身）だけなら、仏の超越性が説明できん。

応身＝救済のために人間界に出張してきた姿
報身＝悟りを開いた存在の本来の姿

という区別がどうしても必要。

◆3. 密教（特に金剛界・胎蔵界）が報身を中心に置いたから「法身が言葉も形もないのは困る」という立場。

そこで報身＝悟りの法（法身）が“象徴化・可視化”した姿として大日如来を設定した。

報身がないと密教の宇宙論は成立しない。

無住処涅槃の究極と名号

世間に住することと空・涅槃に住することの矛盾した行作が統一されたもの、すなわち智慧と慈悲との円満する成仏である。

弥陀の名号が、虚無之身無極之体なる法性真如展開の契機である。

分別から戯論として、行業の上にはたらき出るところに最も世間的であることが究極するからである。

1.「弥陀の名号」が“真如（法性）”を展開させる契機になるとは？

「南無阿弥陀仏」という名号は、ただの音声や言葉じゃない。
真如（法性）という、形のない究極のリアリティが“世界に現れるスイッチ” として働く、という意味。
言い換えると名号は「無限の法性」が「有限の言葉」として現れる“突破口”、ということ。

山口益は、これを “虚無之身無極之体” と換言することを楽しんでいる。

2. 「分別から戯論として」という部分の意味

“分別”＝人間の認知作用、区別をつける働き。
“戯論”＝その区別が勝手に妄想をつくりだす作用。

名号とは、本来は超言語的な真如（法性）が、分別や言語の世界に出てくる装置、
つまり、真如が「戯論の世界」へと顔を出すルート、になる。

3. 「行業の上にはたらき出るところに最も世間的であることが究極する」意味

真如（法性）は本来 “世間を超えている”が、名号は 「世間の行為のレベル」 で働く
つまり最も凡俗的な行為（称名）において、最高の真理が発動するという逆転が起こる

「世間的な最も低いレベル（行為）に真如が現れる。だから名号という“最も世俗的なもの”が、かえって究極になる。」

要するに名号は“真如そのもの”が最も低い階層にまで下りてきた姿、これが究極である、という主張。

まとめると

法性（真如）は本来、言語や概念を超えた宇宙の根底のリアリティ
でも、それでは、衆生には届かない
そこで「名号」という世間的で具体的な“言葉”として現れる
名号は「真如→世間」の接続点
最も世俗的な音声行為が、そのまま真如の働きの“究極の表現”になる

→ これが山口益の言う「名号＝法性展開の契機」。

p58　親鸞の愚禿抄の「賢者の信を聞いて愚禿が心をあらわす」

親鸞自身の自己認識と信仰の核心を示す重要な一文。

賢者の信を聞く

「賢者」は仏教の正しい教えを伝える阿弥陀仏や高僧のこと。

「信を聞く」とは、阿弥陀仏の本願（すべての衆生を救うという誓い）や正しい教えを耳で聞き、理解すること愚禿が心をあらわす

「愚禿」は親鸞自身の自称。　　「愚」は自分の凡夫性（無知）　　　「禿」は出家者の意

「心をあらわす」は、自分の心の内奥を正直に表現する、つまり「本心からの信・感謝・覚悟」を示すこと。

意味すること

親鸞は、「自分は愚かで凡夫だけど、阿弥陀仏の本願を聞くことによって、その信心を自分の心に現すことができる」と言っている。
これは 他力信心の核心 を表す。

自分の力（自力）ではなく、阿弥陀仏の誓い（他力）によって信が生まれること。
その信を受けて、愚禿の心（感謝・帰依）が自然にあらわれる。

「阿弥陀仏の本願という賢者の信を聞いたとき、愚かな自分の心にも自然と信心が生まれ、その心が正直に現れる」

これはまさに 他力信心の原理を、自分自身の体験として表した表現。

語句

p12　不顛倒（ふてんどう）「ものごとをひっくり返して見ない」現実をありのままに見る、という修行の核心。

顛倒は「錯覚」「妄想」「思い込み」のことで、たとえば、「永遠に若くいたい」とか「自分は特別だ」とか「これは絶対に正しい」とか、心が勝手に現実をねじ曲げる状態。

不顛倒はその逆で、「生は生、死は死」「快も苦もただの現象」って見抜くこと。
無常・無我・苦という仏教の三つの真理を、理屈じゃなく体感で理解する境地。

パーリ語の「yathābhūtañāṇadassana（如実知見）」＝「あるがままに知り、見る」

つまり、不顛倒とは、心が現実をそのまま映す鏡のようになった状態を学び、そこに近づく訓練をすること。

p15　「補特伽羅（ぷとがら）」 輪廻の主体や記憶の主体

はサンスクリット語の「pudgala」の音写で、仏教用語では「人」「人格的主体」「我」を意味します。これは、輪廻転生を繰り返す実体のことですが、仏教では基本的な無我の思想から、固定された実体ではないとされます。

主な意味と教義

通常「人」や「我」を意味する言葉です。

輪廻の主体: 輪廻転生を繰り返す際の実体と理解されます。

実体はないとする見解: 多くの仏教の教えでは、補特伽羅には実体がなく、「五蘊」（五つのメンタル構成要素）が寄り集まった仮の存在だと考えられます。

犢子部という宗派の説: 部派仏教の犊子部（とくしぶ）は、輪廻を説明するために、実体がない五蘊とは異なるが、同じでもない「補特伽羅」という輪廻の主体が存在すると主張しました。

否定された説: この犢子部の説は後に否定されました。　　どうして、どのように、どうやって？

p24　法身　縁起の道理のごとく、主体と対象に分別する意識から離脱して、慧（三者一様）の状態になることを悟った者（buddha）。

p25　真如tathatā　　物があるが如くにあるすがた　　yathā-bhūto bhāvas tathā

「縁起の理法のおもむくが如く」すなわち無二智、慧波羅蜜、三輪清浄の境地。

縁起法は脱輪廻と留輪廻の2種類あるが、大乗仏教に伝わる縁起法は輪廻に留まるプロセスを表したものである。

輪廻に留ませる縁起の理法から離脱することが、涅槃の瞬間を体験することだと理解しているが、

山口さんのいう「縁起の理法」は、大乗の「空」思想を基準にした宇宙の自然摂理を意味している。

真如とは心や語のはたらきを離れたものではなく、心と行境や、言葉とその対象の寂滅である無二智である。

すなわち無分別性であることから勝義といい、出世間という。

p27　諸法実相は真如と同義。　　　　　　　　　　　　　「諸法実相者　心行言語断」中論第18品

心のはたらきが処滅したところに顕れる真如の理体、のこと

心行の行の原語はgocara（go（牛）＋ cara（行く、歩く）、　つまり直訳すれば「牛が歩き回る範囲」＝牧場・放牧地から転じて、「行動範囲」「対象領域」「思考の及ぶ範囲」という意味になる。

サンスクリット仏典では「心・意識が活動する範囲」「認識の対象領域」を指す。

たとえば：

Mano gocaraṃ nātivattati

（心は自分の行境を超えない）

→ 心は、自分が作り出した認識の世界の中でしか動けない、という意味。

龍樹（Nāgārjuna）における用法では「gocara」は単なる認識の場ではなく、言語・思考・概念の届く範囲（言説の牧場）、つまり「存在」「非存在」「生」「滅」などの対概念で語られる世界は、すべて思考の“gocara”になる。

けれど真理（tattva）は gocara を超えたところにある。

「言語の行境（vyavahāra-gocara）を離れたところに、生滅・常断のいずれでもない真実がある」（『中論』XVIII.9の趣旨）

観点　　　　　　gocara の意味　　　　

一般仏教　　心・意識の活動領域　　　　認識の範囲

龍樹（中観派）　　言語・概念の及ぶ領域真理はその外にある（“gocaraを超えよ”）

つまり龍樹にとって「gocara」とは、思考と言語が“牛のように放たれ、うろつける場所”であり、

その外にある「無言の真理」に至るには、牛小屋の柵（概念）を越えねばならない。

…悟りとは、哲学的に言えば「放牧区域外脱走」なんよ。

p30　等流（とうる）

語源・基本意味
サンスクリットでは niṣyanda または sabhāga 「流れ出る」「派生する」

「等しく流れる」＝原因と結果の“性質が似ている”流れを意味する。

つまり、ある行為が後に生じる結果と「性質において似ている」因果関係のこと。

カルマ（業）や因果論を理解するうえで大事な概念。

龍樹や唯識では「等流（niṣyanda）」が「因に似た果」という意味になるが、パーリ語圏ではもう少し素朴に「結果」「流れ出た作用」くらいのニュアンスで使われる。

これに対応するパーリ語はnissandaで原因から自然に生じる結果を意味する。

たとえば阿毘達磨的な文脈では「業の等流果（kamma-nissanda）」という形で、「行為が後に対応する結果を流出させる」という意味で使われる。

「出世間」の主客一体のものが「世間」のカタチをとり、分別してはたらくことを等流と呼ぶ。というのが山口益の見解　　p31　真如の世間化

しかし、一般的に等流とは行saṅkhāraによる結果の再現という習慣化のことを意味しているのではないか？

具体的に：

たとえば怒りや憎しみの心で他人を傷つけた場合、その行為（業）は「粗暴さ」という性質を持っている。
その結果として、未来に「同じ粗暴性を伴う経験」つまり他者から攻撃される、怒りやすい性格になる、
といった似た性質の果報が生じる。これが「等流果（とうるか）」。

つまり等流とは：

「行為の質が、そのまま次の瞬間の心・行動の質を流れとして継承していく」こと。

要は「習慣のカルマ化」みたいなもので、やったことが、その人の“あり方”として次々と再生産されていく。

阿毘達磨的な分類（代表例）

異熟果（vipāka-phala）
　行為が熟して、後の人生や生存に影響を与える“結果”。
　（例：地獄・天界に生まれるなど）
等流果（niṣyanda-phala）
　行為の性質が同種の心的傾向や行為を生じさせる“流れ”。
　（例：怒りの行為が怒りの性格を育てる）
増上果（adhipati-phala）
　環境的・外的な影響を生じる結果。

中観・瑜伽行派的にも発展して、

「等流識」＝前の心の性質を引き継ぐ識（アーラヤ識に蓄えられる種子が等流して現れる）

「等流法」＝前の行為と似た行為を繰り返す心理的流れ

用語	意味	例
等流果	同じ性質の結果が生まれる	怒り→怒りやすさ
等流法	同じ行為傾向が流れる	慈悲→さらに慈悲的行為
等流識	心の連続として現れる	種子が似た心を生む

要するに、等流とは“心の慣性”の仏教的表現。
カルマとは、ただの罰や報いではなくて、「似たものが似たものを呼ぶ」心理的連鎖が生じるメカニズムは、善と悪の意志（kusala-とakusala-cetanā）と、それらに付随する精神的要因がカルマであり、輪廻転生を引き起こし、生命体の運命を形作ります。

したがって、等流とは、五蘊の回路に操作されて言動を繰り返す生命体の状態を意味する。

しかし、このメカニズムを理解した瞬間にその“流れ”を少し変えることはできる。

これが修行の成果。

p34　愛sneha

サンスクリット語の 「sneha（スネーハ）」 は確かに「愛」「親愛」「情愛」「慈しみ」などを意味するけど、もともとは「油」や「滑らかさ」という物理的な意味もある。つまり、他者や世界に対して心が“なめらかに溶け合う”ような愛情を示す語。

パーリ語もsnehaであるが意味は「愛情」「情」「友情」「親しみ」「執着」など。

文脈によっては以下の語とも関係する：

pema（プレーマ）：愛、親愛、好意（しばしば人間的な愛）

mettā（メッター）：慈（善意・他者への無条件の愛）

taṇhā（タンハー）：愛着、渇愛（煩悩的な愛）

比較ニュアンス

概念	サンスクリット	パーリ	意味・ニュアンス
sneha	sneha	sneha	親愛・愛情（やや情的・油のように「まとわりつく」）
pema	prema	pema	純粋な愛、好意的な感情
maitri	mettā	mettā	友愛・普遍的な愛
rāga	rāga	rāga	欲望・情熱的愛
taṇhā	tṛṣṇā	taṇhā	渇愛、執着的愛

つまり山口益が「空に著し空にとどこおる」と語る「愛」は、“空”の認識における sneha（ぬめりある、流動的な慈愛）で、情的に固まらず、滞らず、「油のように滑らかに万物へ浸透する愛」 。
パーリ語で言うなら mettā に sneha の柔らかさが加わったような感情。

p31　能所　　主客構造そのもの。
能（のう）＝主体（knower）

所（しょ）＝客体（known）

「能所の対立がまず立つ、その対立が“空”で破られる」のような流れで能所はよく使われる。

パーリ語では？

パーリ語で「能所」みたいな便利な二字熟語は無いが、構造としては、

能（主体）にあたる語：

viññātā（認識する者）

puggala（人・主体）

認識主体としての「心」→ citta, mano, viññāṇa

所（客体）にあたる語：

viññeyya（認識されるべき対象）

単純に dhamma（対象事象）

対象としての「色・声など」→ rūpa（形色）

主客の「対」（能所対）はパーリ経典でどう表現される？

典型的にはこのセット。

主体（六識） viññāṇa
対象（六境） viññeyya, ārammaṇa
接触（触） phassa
感受（受） vedanā

主客の対立は、縁起に組み込まれてこう説明される。

「眼と色と眼識がそろうと触が生じる」
→ cakkhuñ ca paṭicca rūpe ca uppajjati cakkhuviññāṇaṃ; tiṇṇaṃ saṅgati phasso.

つまり能＝識、所＝色というセット。

山口益の「能所」とパーリの対応まとめ

日本語（山口益）	機能	パーリ語で近いもの
能	認識するはたらき	viññātā（認識者）、citta / mano / viññāṇa
所	認識される対象	ārammaṇa、viññeyya、rūpa、dhamma
能所の対	主客の二分	viññāṇa と ārammaṇa のセット

山口益の「能所」は、唯識の「転識・見分／相分」より広義で、「そもそも世界を見る時点で立ち上がる主客の二項対立」というような使い方をしている。

したがって、パーリの厳密語彙で一対一対応はしないが、
六識（viññāṇa）と六境（ārammaṇa）で成り立つ縁起的主客関係が、最も近い構造になる。

p34　法

「彼位において、菩薩は智をもって一切法を幻、陽焰、夢等と等しく見る」　出典は入無分別陀羅尼経

すなわち、法は縁って存在するが故に実体的にはなく空である。

菩薩が現象世界を「幻・陽炎・夢」と等しく観じる「分別を超え、存在を空として直観する悟りの境地」。つまり「存在を実在視しないで見る智慧の働き」の位のこと。

ここでの「彼位（かのい）」 は、「菩薩が無分別智に入る直前またはその境地にある段階」 を指してる。

🪷 「彼位」とは何か

「位（bhūmi, sthāna, avasthā）」は、菩薩道における「修行段階（ステージ）」を示す語。

「彼位」は文中で対比的に使われることが多く、
「是の位」＝凡夫・声聞・縁覚などの段階に対して、
「彼位」＝菩薩が無分別智（非二元の智慧）（＝智慧による空の直観）に入った位を意味する。

要するに、「彼位」とは凡夫の「此岸（しがん）」から見えない彼岸側のステージ、すなわち「空を体得した菩薩の地平」のこと。

p38　如来　thatāgata　　　

thatā　その如く＋āgata　あるがままに来れる　　如来

物が「あるがままにある」とは仏教では「縁起の道理のあるがごとくにおかれている」を意味する

山口益の縁起の道理の解釈が、輪廻に留まる無明からの順向とそこから離脱する逆向の中の順向に気づくことにスポットライトがあてられ、それをあるがままの空と肯定し、空から離脱する修行について関心がないように見える。

thatā　その如く＋gata　あるがままに去った　　如去　　

「如来」は“そのように来た”とも“そのように去った”とも読める。

古いパーリ経典でも両義的に扱われていて、
ブッダ本人も「如来とは、来るとも去るとも言えぬ存在」と説いている（『相応部経典』など）。

「来る／去る」とは何を意味するのか　　　来る・去る　入る・出る　　往・還

ここでいう「来る」「去る」は、物理的な移動ではない。
仏教の文脈では、存在の生滅・現象の縁起的流れを象徴している。

「来る」＝縁によって生ずる（uppajjati）

「去る」＝縁が尽きて滅する（nirujjhati）

だから、「如来」は単に現れたり消えたりする存在ではなく、
縁起の理法そのものに即して、現れ・消えを超えている存在を指す。

縁起との関係

縁起 (pratītya-samutpāda) の道理では、
すべての存在は「因と縁により生じ、因と縁が尽きて滅する」。

つまり世界は「往く」と「還る」の運動そのものであり、
そこに固定した「主体」は存在しない。

如来とは、この「生滅の往還そのもの」すなわち「来る」も「去る」も本来成立していないを悟った者である。

この解釈を大乗は大切にするが、生滅の往還のメカニズムを悟っても、五蘊の回路を消さないと、涅槃のゼロ波動を体験することはできない。

「往・還」「入・出」との関係

山口益や東アジア仏教（特に道元）では、
この「往・還」「入・出」を「縁起のリズム」「存在の呼吸」として読む。

たとえば：

「往く」＝存在が生起し、世界へと展開する（縁起の顕れ）

「還る」＝その縁が尽き、空へと帰る（縁起の還滅）

如来とは、この往還の動きそのものの真如に生きる存在。
「来た」とも「去った」とも言えず、ただ「そのように（tathā）」存在している。

如来＝「そのようであるもの」

ここで tathā（そのように）が重要。
それは「ありのまま」「真如（tathatā）」を意味する。

だから、

tathāgata（如来）＝「真如に即して在る者」

tathatā（真如）＝「すべての存在の“そのようなる”あり方」

如来は「真如の体現者」であり、
世界の縁起的運動そのものが如来の“往還”となる。

結論：如来とは「縁起の往還の中において、来去を超えた存在」

「来る／去る」は、現象世界の縁起的な動き。

「如来」は、その動きの中で「来去を超えた如（tathā）」として在る。

だから、如来とは「縁起の理に従って現れ、縁起の理に従って消える」者。すなわち、「空と縁起の統合体」。

ブッダが『相応部』で言うには：

「如来は来たとも、去ったとも、現れたとも、消えたとも言えない。
彼はただ、法に即してある（tathābhūta）のみである。」

Saṃyutta Nikāya 22.94　　Tathāgata Sutta（「如来経」）

📜 パーリ本文（要点部分）

“Na ca kho, bhikkhave, Tathāgataṃ upalabbhati evaṃ: ‘ito Tathāgato āgato’ti vā, ‘ito Tathāgato gato’ti vā, ‘idha Tathāgato hoti’ti vā, ‘idha Tathāgato natthī’ti vā.”

🇯🇵 大意（直訳に近い）

「比丘たちよ、『ここに如来が来た』とか、『ここから如来が去った』とか、
『ここに如来がいる』とか、『ここに如来はいない』とか、
そのように如来を捉えることはできない。」

文脈の説明

この経は「五蘊（色・受・想・行・識）」のanatta無我を説く章の中にあり、
ブッダは「如来」を、五蘊のどれにも還元できない存在として語る。

つまり、如来は：

「存在」でも「非存在」でもなく、
「来る」でも「去る」でもなく、
ただ「そのようにある（tathābhūta）」存在。

これがまさに「tathāgata」という語の哲学的含意になっていく。

補足：同テーマの関連経

同趣旨の内容は他にも出てくる：

AN 4.23 Lokasutta（「世界経」）
　> 「世界は来ることも去ることもない。ただ縁によって現れるだけである。」

Udāna 8.3 Nibbānasutta
　> 「そこには来ることも去ることもない。止まることも生ずることもない。」
　(na āgati, na gati, na ṭhiti, na cuti, na upapatti)
　この表現は後に龍樹の『中論』にも強く影響を与えた。

如来とは、縁起そのものが「自らを来去を超えて表す」地点。

如来＝縁起そのものが自己を見ている状態。

これを理解するためには、

1) 縁起（pratītya-samutpāda）とは、世界の一切は、自性をもたず、条件の連鎖で成立し、固定的な「主体」も「客体」もない、という動的ネットワーク。

2) 空（śūnyatā）とは、縁起の事実を逆から言った言葉。つまり、「自性がない」だけ。

3) 如来（tathāgata）とは通常は人格的仏のことやけど、哲学的には存在の究極構造そのものが“自性のないまま成り立っている状態”を指す。

山口益の解釈のポイント

山口は「如来」を宗教的な人格としてじゃなく縁起構造そのものが“主体化”したように見える地点として読む。

普通の仏教学ではここまで踏み込まない。

■「空の世界」において

これは“自他分別の回路が働かないレベルの認識状態”、いわゆる勝義の領域の「虚無之身無極之体」
→ 個体的な自己の境界（五蘊的回路）が溶けている状態

■「如来とは縁起そのものが自らを来去を超えて表す地点」

◆1. 「縁起そのものが表す」

縁起とは“条件の流れの連鎖”。
普通は、この条件連鎖を「認識主体」が観察しているように見えるが、山口は逆に「主体が縁起を見るんじゃない。見ているという現象そのものが、縁起の現れなんだ。」と言う。

つまり“主体が縁起の外側に立つ”という構造が崩れる。

◆2. 「来去を超えて」

主客の成立しないレベルでは、どこかから来た主体、どこかへ行く主体、という時間的な自己像が消える。

縁起はただ、「そのまま」で自ずから働いている。ここに「如来」と名付けた。

■「如来＝縁起そのものが自己を見ている状態」

◆通常の認識

主体（私）が
→ 対象（世界）を
→ 認識する

◆空の世界

主体も対象も、ただの縁起の一部。
“見ている”という働きさえ、五蘊による条件的プロセス。

◆その結果

「見る主体」は消えるのに、“見るという働きそのもの”は残る。

この働きを「縁起そのものが自己を見ている」と表現しただけ。

比喩で言うと、「波が海を見る」ではなく、「海が自分の波立ちを見ている」みたいなイメージ。

波（主体）は独立してないけど、波立ち（認識作用）は起きている。
その背景の海（縁起全体）が“それを現成している”。

もっと短く言うなら

「私が世界を見る」のではなく、「世界の成り立ち（縁起）が、私という回路を通じて世界を現成しているだけ」

これを山口氏は如来と言った。

山口の深層は、仏は“存在者”ではなく、縁起ネットワークの自覚作用のこと。

つまり、認識の最深層（空）が、自己と世界の境界を透過して現れている状態。

これを「如来」と呼ぶのは、人格的仏を脱構築した後の大乗の典型的な哲学構造。

p39　方便

「方便」とは、仏が衆生を悟りへ導くために用いる巧みな手段や方法

真如が清浄世間智として、人間に到達し、人間はそれを道とし、たよりとして真如に到らしめられることである。

曇鸞大師（中国浄土教の開祖）の浄土論註

法性法身（＝無二智なる真如）によって方便法身（＝経典）を生ずる、

方便法身（＝経典）によって法性法身（＝無二智・般若波羅蜜）を出す。

漢字からの解釈　　方＝正直、便＝己を外にする　　rf.浄土論註下による支那釈家の理解

方便はサンスクリット語のupāya近づく、到達する kauśalya 巧みさ、熟練

仏教用語の「方便善巧（ほうべんぜんぎょう）」（upāya-kauśalya）は人々を悟りへ導くための巧みな手段や方法を指します。

p52　浄土

有たる世間界で清浄化が行われる地域

すなわち、能所の執著がある地域で、ここを浄化せねばならない約束を本願とするのが浄土教

清浄世間智のはたらきが、完全に有の世間へ具現化したものが化身である釈迦牟尼仏である。

サンスクリット経典での「浄土」の位置づけ

この世（有漏の世界）に “現成する” パターン と

出世間的境地（無漏界・涅槃的領域）として描かれるパターン

この 両方があるので、混乱しやすい。

浄土＝サンスクリット語のSukhāvatī（スカーヴァティー）で意味は「安楽の場所」。
さらにkṣetra（刹土）、buddhakṣetra（仏土）、buddhakṣetra-pariśuddhi（仏土清浄）などいろんな用語がある。。

2. 「この世の浄化」と「出世間的浄土」の両立

山口益の言う「この有る世間界で清浄化が行われる地域」というのは、法華経系・華厳系の教義に近い読み方。

華厳とか唯識（特に法相宗）だと、心が清まれば世界が清まる（心浄則土浄）という思想が出てくる。

つまり浄土＝どこか別の宇宙ではなく、この現象界が清浄に“見える”状態。

でも同時に、
仏の認識（無漏智）では世界は本来浄らしいというロジックがあって、これが出世間的浄土。

矛盾しているのは、もともと別系統の思想だから。

3. 空の世界に「清浄化される地域」なんてある？

これは誤読ではなくて、大乗的な再解釈の特徴。

空（śūnyatā）は「実体がない法のあり方」だが、その上で唯識・華厳が「空に基づく現象界の再配置」をして、

空、真如、法界は「実体じゃないけど根源的構造」みたいにまとめて扱う流派になった。

したがって、“空の上に地域がある” というより、“空を土台に現象界が清浄化される”という思想。

ここは大乗らしい雑で豪快な拡張やね。

4. 空にエネルギーはあるのか？

哲学的に言うと、空そのものは「無自性」なので、物質的な力は内包しておらず、物理エネルギーはない。でもしかし、縁起の働きとして現れた現象には当然エネルギーはある。
仏教でいう rūpa（色）の領域。

空は「エネルギーを生み出す法則性」を指すわけではなくて、“どの現象も固定した本質を持たない” という形而上学的ルール。

だから矛盾ではなくて、「空→縁起→物質界の運動」が一連の説明する。

5. 法界がエネルギー世界をどう説明するか

華厳のロジックだと、法界（dharmadhātu）＝すべての法（現象）の相互浸透ネットワークなので、物質界＝そのネットワーク構造の一形態と考える。

法界がエネルギーを“生み出す”というより法界の縁起構造に従ってエネルギー界が展開する。

大乗は「宇宙の階層モデル」を作っておらず、物理の“場”のようには説明していない。

6. 浄土教は「この世界をユートピア化」したいのか？

少なくとも阿弥陀経・無量寿経の本願は、衆生の救済＝心の転換（信・行・証）に重きがあって、

浄土教はユートピア国家建設ではなく、心の救済プロジェクトである。

宗教的方向性としては、この世での善行・倫理、心の浄化、死後の浄土往生という二重構造になる。

浄土は「世間」と「出世間」の両方

浄土教の経典群（阿弥陀三部経、観無量寿経、無量寿経、阿弥陀経）を軸にすると、浄土は二重構造になっとる。

1) 出世間としての浄土（本来の根幹）

概念的にはこっちが本筋
「清浄なる仏の境地（無漏界）」「輪廻の外」
Nirvāṇa の延長線にある“無障礙の世界”
パーリ仏教で言えば無漏智の世界（アラハンの領域）に近い

経典の描写では、

苦がない
業がない
分別がない
生老病死のサイクルを超える

完全に 「出世間の世界＝輪廻を超えた領域」。

浄土教徒が死後に向かう場所は基本的にこの意味。

2) 世間としての浄土（現世に開くバージョン）

これが後の大乗的・禅的・天台的に追加される発想。

「この世が仏の智慧によって清浄に見える（心浄則土浄）」
「浄土とは心の認識の変容」
「この世界こそ仏国土」

大乗は認識論が強いので、世界＝心の投影なら心が浄化されれば世界は浄土に見えるという方向へ進む。

天台・華厳・禅がこれ。

まとめると

【A】原始浄土教（サンスクリット経典以上）

→ 主に 出世間の浄土

【B】大乗の発展期（唯識・華厳・天台）

→ 世間のこの世界を “浄土として顕現” と読む流派が登場
→ つまり 現世の浄土化

【C】日本浄土教（法然・親鸞）

→ 完全に 出世間の浄土＝死後往生の場所
【D】禅の“こここそ浄土”論

→ 世間の世界を基底から浄化する認識論
→ 「出世間の浄土＝心の現成」

では浄土教オリジナルの答えは？

浄土教本体（法然・親鸞ライン）

→ 出世間の浄土（阿弥陀仏の浄土）
→ この世界の改革とかユートピア化は目的じゃない
→ 明確に「この世は穢土」「浄土は輪廻の外側」

ただし経典そのものは二重

観経系は「現世で浄土を見る（観想）」がある
本願は出世間（無漏界）にある浄土への往生

したがって、浄土は「二階建て」と理解するのが一番整合的。

まとめると、浄土は

本来：出世間の領域（無漏界）
大乗哲学の後付け：この世界を浄土として“現成”させる可能性

どっちも経典に記述されていて、二重性を持った概念。

フォームの始まり

フォームの終わり

p53　信śaddhā

信śaddhāは心を澄浄ならしむpraśādaś cetasah

煩悩とは能所の執であり、信とは能所二執の空である。

p56　「無の有」

空（無）を肯定的に捉えた存在のこと。

つまり、物理的に何もない「無」ではなく、そこから生命や現象が立ち現れる“可能性としての有”を意味する。

無＝非存在ではない

単なる「何もない」じゃなく、すべてが依存しあい、固有の実体を持たない状態。
仏教で言う「空（śūnyatā）」の考え方に近い。

有＝生じる現象・現実

無から現れるもの、条件によって成立する現象。
固有の実体を持たないけど、実際には現れるもの。

無の有＝逆説的統一

「無であるがゆえに、有を生じさせる」という考え。
つまり、固定的な存在に依存せず、自由に生まれる現象や行為を指す。

禅的解釈との接点

禅では「空の中にしか悟りは現れない」とされる。
山口益の「無の有」は、空（無）を受け入れた上での主体的行動・生の肯定。
言い換えると、「無」を否定ではなく創造の源泉として捉える視点。

「無の有」とは、固有実体がない空（無）の中でこそ、あらゆる現象や生きる行為（有）が生じうる、という逆説的哲学。

要するに、禅の「無」と現実の「有」を二分せずに、一つの連続として捉える考え方。

p62　グノス学派

バジリデス（Basilides）

2世紀神秘思想のアレクサンドリアのグノーシス教師

宇宙観がカオス

原初は「無」「不可知」の神

そこから階層的に“アイオーン（霊的存在）”が展開

その後、世界の管理は天使たちが担当という下請け構造。

イエスは肉体を持たず、受難は“影武者”が受けた
救い＝真理を“知る”こと（グノーシス）
信仰とか倫理とかじゃなくて、悟り＝脱出キーって発想。

ヴァレンティヌス（Valentinus）

2世紀最大級のスター教師
教会のトップ候補になるくらい優秀で、正統派からしたら「惜しい人材がグノーシス行った」案件。

人間の構造を三分類した人

霊的（πνευματικός）…グノーシスで完全救済

魂的（ψυχικός）…努力すれば救われる

肉的（σαρκικός）…まあ、無理

ソフィア（智慧）の堕落神話
世界は「ソフィアの失策」で生まれた半端な産物なので、物質世界＝根本的にバグってる、という厳しい評価。

救い＝内なる“種（pneuma）”が本源へ帰ること、つまり人生は、宇宙的迷子の帰宅チャレンジ。

バジリデス vs ヴァレンティヌス

宇宙観

バジリデス: 階段式に展開する“多層宇宙”

ヴァレンティヌス: ソフィアの物語を中心にした“神話宇宙”

人間観

バジリデス: 知識による解放

ヴァレンティヌス: 人間は3タイプ、運命も三通り

キリスト論

バジリデス: ドケティズム寄り（実体ない）

ヴァレンティヌス: 天界の存在が救済の“モデル”を示した

共通点

物質世界は根本的にダメ（劣化版）

救いは外側じゃなく内なる“認識”による

正統派キリスト教と仲悪い

p62　仏教関連遺跡発掘

シルクロード

p66　「正覚大音 響流十方」『無量寿経』

「正覚（仏の真実の悟り）の偉大な声（真実の教え）が、あらゆる世界（十方）に響き渡る」という意味。

阿弥陀仏の教え（真実の声）が、あらゆる方角、あらゆる世界に広く伝わり、響き渡っていく様子。

出典は浄土三部経の一つである『無量寿経』の「讃仏偈」

正覚大音（しょうがくだいおん）:「大音」は偉大な声、すなわち「真実の声」を意味する。

響流十方（きょうるじっぽう）: 「響流」は響きが伝わること、「十方」は東西南北上下「すべて」の世界。

p67　相応　sambandha　　[saṁ+bandha] connection　　結合，連結

自分の信じることが仏の言葉と必然的な関連があること

p69　各得解（かくどくかい）　　vijñapti 知らしめられる、顕現する

物事の道理などを深く理解し、自分のものとして体得すること。

特に、仏教の教えなどの本質を十分に学んで悟ることを指します。

類似の言葉として「会得（えとく）」

疑問点

空のエネルギー

パーリ経典とサンスクリット経典のNibbānaの違い

三身説が涅槃概念をどう変質させたのか

縁起の使用法の違い

p11（要約）　単に勝義という点だけを強調して、世俗方便という点を軽視するものは、小乗仏教である。

このような小乗仏教者との会話をまだ体験したことがない。

p14 ジャイナ教では精神的なものjīvaと物質的なものa jīvaとの両因によって世間が生成せられている

どこに問題があるのか？　不問すべき原因について語っているから？

主体的なものと客体的なものとの二が「あり」とせられるあらゆるあり方が「空」では批判され、「無二」が説かれる。

無二とは二つものがあると考える見解の批判である

cf．耆那（Jina）は「勝者」つまり「煩悩に打ち勝った人」を意味する。

p18　大乗仏教でいう「施設」の意味は？

これは仏が人々を導くために「仮に設けた教え」＝仮の設定（provisional teaching）のこと
仏は、すべての存在が悟りの本性（仏性）を持つが、凡夫はそれを直接理解できないので、理解できる段階ごとに仮の言葉や概念を「施設」した。
たとえば、煩悩・涅槃・三界・六道・阿羅漢…みんな方便（upāya）としての“施設”。

「真理そのもの」じゃなく、「真理に導くための手段」、言い換えれば、“悟りへの道筋を設計した教育的構造”。

つまり、悟りに至るための仮構（temporary construct）のこと。

Prajñaptiがサンスクリットの「施設（しせつ）」すなわち“仮に設ける教え”の原語。

語源的には：pra-（前に、完全に）＋ jñapti（知らせる、表す）

たとえば「人」「自我」「車」「国」…は、実体として存在しているわけではなく、要素（五蘊や部品）の集合に名づけた仮名・仮設の存在（conceptual designation）

有部・中観・唯識のどの学派でも、「prajñapti-sat」＝“仮にあるもの”として区別される。

対義語は「dravyasat（実有）」＝“本当にあるもの”。

大乗では、「仏が真理を伝えるために仮に設けた表現」も prajñapti。

つまり、「法」や「涅槃」すら究極的には prajñapti にすぎない。

→ 『中論』のナーガールジュナはここを徹底的に突く。

Prajñapti＝「名によって仮に立てられたもの」、すなわち、言葉・概念・世界そのものの“虚構性”を示す語。

つまり仏教は、世界の構造そのものを「仮のラベル」として見ている。

p38

非縁起的な存在であった世間を、縁起の理に相応した般若波羅蜜化することであるから、

縁起を「すべてが空によって関連している関係性」と解釈しているようにみえる。

空のエネルギー

縁起にある無明を停止することで、空の世界、すなわち真如に到ると山口益は主張しているようにみえるが、

彼のいう「空」はエネルギーがあるのだろうか？

エネルギーの無いものからエネルギーのある「有」がうまれるのだろか？

それとも、量子力学のように、エネルギーは常に変化はしているが間違いなくあり、波動が重なる時には物質化してカタチになるが、そうでないときにはエネルギーはあるがカタチにはならないものを「空」のモデルとして解釈していいのか？

龍樹をはじめ大乗仏教論者は「空」にエネルギーがあることを認めるのか、認めないのか、どちらなのか？どちらでもないのか？どちらもなのか？

「空」にエネルギーはあるのか問題（大乗の考え方）

大乗仏教は「空＝物理的エネルギー」とは言わないが、「空＝何も無い虚無」でもない。

整理

「空」は「固定的な実体が無い」という意味であって、「存在しない」じゃない。
龍樹（ナーガールジュナ）は、「有」と「無」にどっちにも偏らんようにしただけ。
だから「エネルギーあると？」とか「エネルギー無いと？」って聞き方そのものが、まさに龍樹が「それ罠やけんやめとけ」って言った領域。

物理モデルで例えるならどうか？

これ、学者がよくやる「わかりやすいけど誤解を呼ぶ説明」だが、参考にはなる。

量子の「場」は常に揺らいでいて、粒子化したり波だったりする
でも根本は「固定的な存在じゃない」
条件が揃ったら形になる
条件が変われば消える

この「条件による成り立ち」という部分だけは、縁起とめっちゃ相性がいい。

けど「空にエネルギーがある」みたいな言い方は、厳密には龍樹は認めない。
量子モデルは参考にはなるけど、厳密には異分野の比喩止まり

龍樹の立場

「エネルギーがある」と言った瞬間、それを実体視する
実体視した瞬間、それはもう「空」じゃなくなる
統一場とか根源エネルギーみたいに言い出すのは「常見」に近い
逆に「何も無い」と言い出すのは「断見」

龍樹はこの両方を全力でぶっ壊しにいった。

「エネルギーがある空」も「完全なる虚無の空」も両方アウト。

ただし、

「固定的なエネルギーがあるわけじゃないが、現象は縁起として働き続ける」これはOK。

つまり龍樹的にはこう言うはず。

「エネルギーとか言い出す時点で実体視しとるやん。でも現象の働きはもちろん続くよ。縁起なんやけん。」

山口益の「空」は？

「実体としてのエネルギーは無いけど、縁起として働きはある」

「空」は現象の成立を妨げる“ゼロ状態”ではなく、「空」だからこそ、縁起によって自由に展開できる

つまり「空」はエネルギーじゃないけど、エネルギーが働きうる“可能性の開け”みたいに解釈している。

まとめ

「空」＝エネルギーそのものではない

でも「空」だからこそ、エネルギー的な働きが自由に起きる

龍樹は「空にエネルギーがある」という“実体化”を絶対に許さん

縁起は現象の起こり方であって、「空の中に何かがある」じゃなく「関係が働き続ける」

「空」と真如と涅槃

般若波羅蜜によって空の世界が開示される。この「空の世界」と真如は同じものを意味していると言っていいのだろうか？

また、空の世界＝涅槃と龍樹は定義しているのか？

「空」にエネルギーはないとしたら、どこからエネルギーは生じてくるのか？

パーリ語原典を読むと、空と涅槃は同じものではなく、エネルギーのない涅槃に到ることで、エネルギーのある輪廻の世界に戻らないために修行を積み重ねている。

「空の世界」と「真如」は同じか？

大乗仏教では空＝真如とみなしてOK。ただし厳密には「同じと言い切る」というより
空が誤解なしに理解された状態＝真如の顕れというニュアンス。

解説

空（śūnyatā）
すべての法に「固定的実体がない」こと。関係性のみで成り立つ。
真如（tathatā）
事物が「あるがまま」であるあり方。
そこには主観・客観の分別が入らない。

龍樹の中観では

空を正しく理解したら、そこに現れるのが真如という扱い。
両者は概念区別されとるけど、指している「境地」は同じ方向。

2. 空＝涅槃 と龍樹は言っているのか？

龍樹は
空＝縁起＝涅槃という「等号関係」を示している。

ただし、これは「三つが実体として同じ」という意味じゃなく
同じ真理を三つの角度から言っただけ。

根拠（中論 XXV-19）

龍樹はこう言う（意訳）

「縁起を見ることが空を見ること、空を見ることが正見であり、そこに涅槃が開ける」

つまり龍樹の立場：

空を悟る
= 実体視が終わる
= 苦の原因である無明が消える
= 涅槃が顕れる

だから大乗（特に中観）では空と涅槃は区別されるが分離されない

でもパーリ系では区別がもっとハッキリしている。

3. 「空」にエネルギーが無いなら、エネルギーはどこから来るのか？

ここが一番誤解ポイント。

中観の立場

空には「エネルギーが無い」
でも現象世界（五蘊・縁起の流れ）の中には因果的エネルギーがある
その働きそのものが「縁起」と呼ばれる

つまり
エネルギーは“空そのもの”から生まれるんじゃなくて、縁起の関係性から生じる。

空は「基体」ではなく「非実体性の真理」だから、“何かが湧き出る源泉”ではない。

4. パーリ仏教（原始仏教）ではどうなのか？

パーリ仏典では空（suñña）≠ 涅槃（nibbāna）　　これは完全に正しい。

パーリ仏典の立場

空
「自分の物ではない」「自性がない」という意味。
あくまで“存在の性質”。
涅槃
一切の煩悩のエネルギー（kilesa-energi）が完全に消滅した状態。
時空・エネルギー・因果の一切が止まる。

この世界はエネルギーで動く

（五蘊・識・業・因果は全部エネルギー的プロセス）

涅槃はエネルギーが止まった状態

だから輪廻には戻らないというのがパーリ仏教の教理。

なぜ大乗では「空＝涅槃」になったのか？

理由は簡単。

大乗は「二元性（有と無、生と滅、涅槃と輪廻）」を完全に破壊したかった

パーリでは

世界にはエネルギーがある
涅槃にはエネルギーがない
と区別がある。

でも中観では

エネルギーのある世界（有）
エネルギーゼロの涅槃（無）
この対立がすでに“妄想”とみなされる。

だから龍樹は「空を悟ったなら、輪廻と涅槃を分ける奴こそ迷ってる」と言い切る。

大乗が空＝涅槃として副作用の弊害

パーリでは空≠涅槃としたのは、　涅槃はエネルギーゼロの状態で、輪廻と完全断絶するためだが、二元論そのものを破壊するために大乗は空＝涅槃にした。しかしこのためにいろいろな弊害が出て来るのではなかろうか？

１，般若波羅蜜による空の体験、そして主客に分別して認識する回路を世間で清浄する大悲の実践を重視することで、頭でっかちの理性重視で世俗と勝義を体験することに陥る

２、換言すると、過去につくってしまった感情や思考の回路の連鎖から離脱する修行をしないことで、いつまでもこれらの回路に操作され続ける、大乗仏教徒たち

３、つまり五蘊の回路を消去する修行を軽視したために、般若波羅蜜による空の体験だけでは、阿羅漢が到った五上分結の除去をできないため、世間における清浄世間智の大悲も完全なものではない、のではなかろうか？

「空＝涅槃」とした大乗の功績と副作用

近代仏教学でも指摘されている「大乗の構造的問題」。

１. 「空＝涅槃」にしたことで、大乗は“頭でっかち”化したのか？

半分正解、半分誤解。

●なぜ？

空＝涅槃とすると

「空を理解すればそこが涅槃」
つまり「悟り＝洞察」
つまり「悟り＝認識の転換」
になりやすいのが危険。

●結果どうなるか？

座学で空を語れる
弁論で中観を語れる
でも心の深層回路（煩悩の神経系）は全然変わらん
なのに「悟った風」に見える

これを古来、「通仏通家（つうぶつつうけ）」と言って批判される、五蘊は一ミリも浄化されてないパターン。

２. 五蘊（特に感情・思考の回路）を切断する修行が大乗では弱い？

パーリ仏教（原始仏教）

五蘊＝苦の本体
執着は「無明が生む回路」
修行はその回路の完全停止
つまり「回路切断＝涅槃」

阿羅漢はこれを目指す。

大乗仏教

五蘊＝空
だから五蘊を断つのではなく、五蘊の“空性に気づく”
行は回路を消すより、回路の「空」と「縁起」を観ることに比重が偏る

結果
深層の感情反応パターンや認識の癖は、そのまま残ることが多い。

しかも
「怒ってるけどこれは空だからOK」みたいな言い訳すら起こる。

ある意味、大乗は「空の理解」に偏る傾向を自分で持ってしまってる。

３. 般若だけでは、阿羅漢が破った五上分結は破れない？

ここが核心。

阿羅漢が破る「五上分結」

欲界への微細な欲
色界への愛着
無色界への愛着
慢
無明

これらは“深層中の深層”の認識回路にある煩悩。

大乗の問題

般若波羅蜜の「空の洞察」だけでは
無明（avijjā）の因果回路を完全停止する力にはならない。

理由：

空は「実体がない」という認識
だが無明は「実体化する衝動」
認識の転換だけで“衝動”は止まらない

大乗の多くはここに気づかず「空がわかれば無明も消えるはずだろ」と短絡した。

でも実際は、阿羅漢道でいう「行（saṅkhāra）」の深層停止プロセスを軽視したため
深層の回路が残りやすい構造がある。

大乗の強み

空＝涅槃で二元論を破壊
菩薩道の「関係性重視」
大悲という行動原理
社会的倫理に強い

大乗の弱点

五蘊の深層回路に踏み込まない
無明の停止プロセスが曖昧
空を理解した気になりやすい
実践より思想化しやすい
深層心理（潜在意識）へのアプローチが弱い

このままでは、「清浄世間智の大悲が完成しない」

まとめ

大乗の空＝涅槃は、優れた哲学的突破口
しかし「有と無の二元論の破壊」が、逆に「修行段階の区別の喪失」を招き
結果として「回路停止の訓練」が軽視され
「頭で空を理解した風の悟り」を量産してしまった

大乗は“縁起の理解”を深めたけど、“無明の回路を止める訓練”を弱めた、のが構造的問題。

空にエネルギーがないという根拠は？

「大乗が“法界（dharmadhātu）”をどう位置づけているか」

大乗の法界は「エネルギーを持つ実体」ではない。
ただし “エネルギー界（物質界）を成立させる条件性の場” として働く。

だから「空にエネルギーがある」とは言わない。
しかし「エネルギー界は空なしでは成立しない」という、ややこしい関係性になる。

もう、この時点でうまく説明しないと論理的矛盾を抱えてしまう。

1. 法界は“全ての現象の成立条件”だが“物質エネルギー”ではない

法界（dharmadhātu）・真如（tathatā）は

物質、心、時間、空間、エネルギー、情報などの「実体」ではなく、「こういうものが成立する仕組み（条件性そのもの）」。

だから法界は「エネルギーを含む」とも「エネルギーを持つ」とも言わない。

もっといえば、“存在形式の透明な構造”であって、成分ではない。

物理学で喩えると「物理法則そのもの」みたいなもので、“電子をふくんでいるか？”と聞くのがカテゴリ違いになるニュアンス。

2. 空（śūnyatā）は“エネルギーゼロの場”ではない

パーリ的Nibbānaの「エネルギーゼロ」だともいえるが、

大乗では空は、エネルギーの有無、物質の有無、心の有無、といった“ある・ない問題”に関わらない概念。

空は「どれも自性がない」という成立条件を述べる論理であって、「エネルギーゼロの物理状態」ではない。

つまり空は現象の構造・関係性であって、「現象の内容（エネルギー量など）」ではない。

3. では物質界（エネルギー界）はどう生成されたのか？

大乗はここで“全てを説明するつもりがない”という立場をとる。
しかし、諸派の代表的説明ｈｑ，

① 唯識（ヨーガーチャーラ）

阿頼耶識に蓄積された業力（vāsanā）が、物質界・身体・心的現象を生成する。

エネルギー界は「識が成立するときの相（nimitta）」。

※ だから法界＝阿頼耶識＝エネルギー、にはならない。

② 華厳（huáyán）

法界（dharmadhātu）がそのまま“事事無礙のネットワーク”として現象界に展開する。

エネルギー界は「法界の条件性の相としての現れ」。

③ 密教（真言）

“大日如来の法身の働き”として心・言語・物質が三密一体で同時成立する。

エネルギー（気や風）は“法界が顕現するときの振動相”なので、「法界＝エネルギー」とは言わず、「法界はエネルギー界を成立させる“条件”」とする。

4. 空には“エネルギーがないのにエネルギー界を説明できる”理由

大乗はこう言う：

「空＝自性なし」
「自性がないから、諸法は互いに依存して初めて成立する」
「依存関係が展開すると、物質界や心的現象が生起する」

つまり、空は“現象を生む力”ではなく、“現象が生まれる仕組みの論理”。

これは「物理法則自体はエネルギーではないが、エネルギー現象を説明できる」のと同じ構造。

5. パーリ的縁起と大乗的縁起のズレはここで爆発

パーリ
→ 五蘊が“条件的に生じる”プロセス
→ ニッバーナは“五蘊の停止＝エネルギー反応の完全停止”

大乗
→ そもそも五蘊は“空性の相”
→ 五蘊は消す対象ではなく“透明化される対象”

つまり大乗では「現象はあるが実体がない」
パーリでは「現象が止むことで解脱が成立」。

大乗は“停止”の概念を放棄し、構造の非実体化（空性の理解）に切り替えたのが最大のズレ。

その結果、「エネルギーゼロの究極状態」は大乗では語られなくなった。

結論

法界はエネルギーを“含む物質”ではない
法界はエネルギー界の“成立条件のネットワーク”
空にはエネルギーはない
でも空なしにはエネルギー界が成立しない
大乗の縁起は“存在の構造の透明化”で
パーリのような“現象停止（無余依の状態）”とは異なる

つまり、大乗は“宇宙的形而上学”へ拡張した結果、物理エネルギーとの直結を避ける構造になっている。

パーリ経典とサンスクリット経典のNibbānaの違い

1. パーリのNibbāna：

「行蘊の完全停止（nirodha）＝輪廻断絶」がゴール

パーリ的世界観では：

行saṅkhāra（心理的生成力）が残っているかぎり転生は続く
完全停止したら rebirth-link が切れる
だから滅尽定と阿羅漢果だけが“出ゲーム”の出口

つまり心理回路（五蘊）の消滅こそ Nibbāna そのもの。

これは技術としても構造としても超ストイック。
大乗の“世界肯定型の菩薩道”とは異なる。。

2. 大乗（特に天台）での涅槃：

「世界に働き続ける智慧＝涅槃」という方向性

大乗は：

五蘊や世界を“否定しない”
出家よりも在家を中心に救おうとする
社会的・倫理的実践を重視する
“空＝縁起＝如来蔵＝世界に働く智慧”という拡大解釈

つまり“完全停止”をゴールにしない。
むしろ回路を活かして慈悲行をすることが涅槃の完成。

パーリと大乗は同じ単語である涅槃を共有してるだけで、指してる対象が違う。

「教えが変質して別物になったら、ブッダは残念がるのか？」
“残念がる部分”と“むしろ喜ぶ部分”の両方がある。

（A）残念がりそうな部分

明確にある。

行蘊の停止（nirodha）をゴールにしていた
その核心がぼやけるのは、教理的にはズレ
“完全断滅”の技術が失伝するのは問題
“空＝すべて善い”みたいな拡大過ぎる解釈はNG

もし本人が見たら「いや、それ私が言ったのと違うよ…」と思う場面はありそう。

（B）逆に喜びそうな部分

歴史的ブッダは、とても柔軟なので、

「教えは相手や時代に合わせて変わっていい」というスタンスを当時から取っている。

有名な原理がこれ：

upāya（方便）
ehipassiko（来て見よ）
相手の能力に合わせて話法を変える
概念に執着するのはむしろ危険

つまり
“固定化された教理”をむしろ警戒していたので大乗の誕生を見ても：

「時代が変わったなら、そりゃアプローチも変わるよな」
「社会全体を救いたいなら、そりゃ方法は多様化するよな」と、むしろ納得するタイプ。

「別物になる」ことをブッダは許容していた可能性が高い理由

1）ブッダは自分の言葉を“絶対化しないでくれ”と何度も言っている

MN 22やAN 3.65 などで、執着するな、としつこいくらい繰り返している。

2）人間の能力・文化によって道は変わると認めている

SN 22.6 など。

3）“多くの道があっていい”という思想が早期仏教ですでにある

SN 56.11 で「道は多様だが、苦の止滅へ向かうならどれでもよい」。

4）“世界に慈悲を広げる路線”はブッダの精神から外れてない

ただし技術（五蘊停止）は弱まった。

実際のところ東アジア仏教では何が起きたのか？

歴史的ブッダの“最終技術”ではなく、“精神性の拡張”を優先した。

五蘊の完全停止（ニルーダ）は希少すぎる
社会の中で実践する方が広まりやすい
菩薩道にした方が文化にフィットした
出家中心から在家中心へ移行する必要があった
空の教理が“普遍倫理”として使いやすかった

結果：

技術はパーリ側に残った
価値観と倫理と哲学は大乗が展開した

二つは補完関係に近い。

天台の止観から見た“涅槃”は、パーリ的 Nibbāna とは別物。

歴史的ブッダが見たらどう思うかを推察

1）まず理論的には眉をひそめる
「いや、空は実体ちゃうよ…」
「報身とか言ってるけど、それ私の思想じゃないよ…」

2）でも人々の救済が増えたら否定はしない
「まあ、時代が違えば形も変わるか…」
「困ってる人が減るなら、それでいいか…」

でも歴史的釈尊はたぶんこう言う

「まあ、君たちがそれで苦を減らして生きられるなら、ええけどね…
ただし、私の言ったことと混同するのはやめてね？」ちょっと呆れながらも、根は優しい感じ。

大乗とパーリの「涅槃観」の違い　　　解剖図

1️⃣ パーリ側：Nibbānaは「回路停止」そのもの

行saṅkhāra（形成作用）が残ってると再生が起きる。
行蘊が停止したら、二度と立ち上がらん。
だからNibbānaは「完全停止」やし、エネルギーゼロの安定点。
この定義上、大乗のいう“活動的・関係性の中の涅槃”とは共通性はない

2️⃣ 大乗側：空＝縁起＝涅槃という再定義

ぜんぶ関係性で成り立っとる世界こそ空で、逆に言えばそのままが真如で、そのままが涅槃。
回路を消すのではなくて、透明化して“回路に操作されなくなる”状態がゴール。
つまり「エネルギーの動きがあっても束縛にならない」「悪根本縁起の世界で自由にいること」が涅槃。
行蘊消滅より“行蘊の非実体化”が大事になる。

3️⃣ ここで矛盾が爆誕

パーリ：停止しろ。
大乗：動いたまま自由になれ。
完全に方向性が逆。
両者の論理をすり合わせようとしても、論理構造が壊れるだけ。

歴史的・文化的・教義的な「方便」としての解剖

4️⃣ 大乗の再構築は、思想需要の変化の結果

パーリ：出家の実践者が「煩悩回路の停止」を本気でやる環境。
大乗：都市化、在家増加、社会倫理の重要性。
「停止」より「関係性の中の智慧」の方が社会的需要が高かった。
そのため“空＝般若＝大悲＝涅槃”という連結モデルが生まれた。

5️⃣ パーリの定義とズレても、大乗は気にしなかった理由

理由は「定義の土台から作り替えた」から。
つまり「本家のルールに従ってない」新しい建築物。

核心ポイント

6️⃣ 大乗の涅槃は「停止」ではなく「非固有化・非実体化」

行蘊の回路を“消す”のではなく、回路に“支配されない”状態にする。
これはパーリの「行蘊をゼロにする」とは別物。

7️⃣ 歴史の釈尊にとってはどうか？

パーリ的には「行蘊が残っとるなら、再生は起こる。以上。」
大乗の“空のまま生きる＝涅槃”は、釈尊の定義とは違う。
時代や文化の要求に合わせて教義が変態した結果と言える。

結論パーリと大乗の涅槃は構造的に別物。

行蘊を消滅させるパーリと、行蘊を透明化させる大乗では、同じ言葉を使っても別次元の思想。
「空＝涅槃」は大乗の都合による再編で、パーリとは整合しない。
しかし、宗教とは文化ごとの“必要性”が生み出した適応したもの。

● 大乗がパーリのNibbānaを“別物”に変えた理由のさらに深部

目的関数の違い

パーリ：個の苦の完全終息。回路停止＝目的そのもの。
大乗：社会・世界・存在全体の意味づけ再構築。解脱より「関係の救済」が目的。
目的が違えば、Nibbānaの定義が別物になるのは必然。

存在論のレイヤーが違う

パーリは「五蘊の停止」をリアルに扱う。
大乗は「五蘊はそもそも空で実体がない」を前提化してしまった。
ここで、停止という概念そのものが別の意味になる。
大乗の言語は“存在”を語らず、“関係性”だけを語る。

両者の間を埋める橋がそもそも存在しない

パーリ：心理物理学的プロセス
大乗：構造主義的現象論

同じ単語の涅槃を使っていても同じ世界の話をしていないので「空＝涅槃」という再統合は、混ぜると爆発する。

歴史的な釈迦はどう思うか？

「行蘊が残っとったら再生（輪廻転生）は起きる。それだけの話やのに、なんでそんな詩的な概念遊び始めたん…？　でも、文化の中で教えが形を変えるのは避けられん。ただし、大乗が言っている涅槃は、釈迦のオリジナル定義とは異なるもの。つまり、“大乗の涅槃は、釈迦の思想と同じものとして扱うと誤作動が起きる”

三身説が涅槃概念をどう変質させたか

ここが東アジア仏教の“構造変容”の核心。
天台の止観が「透明化」で止まる理由も、この三身構造に根がある。

結論から言えば：

三身説が成立すると、
パーリ的な「心理回路の停止としての涅槃」が
“宇宙的・形而上学的・恒常的な場”へと上書きされ、
涅槃の意味が完全に別物になる。

■ 1. パーリの涅槃は「心理学的・プロセス的」だった

パーリ側のニッバーナは：

心理的生成力（行saṅkhāra）の停止
欲・怒・痴の滅尽
rebirth-link の断絶
“恒常的な何か”ではない
“状態”ではなく“止滅そのもの”

つまりプロセスであって、実体ではない。

パーリには「法身」も「本体」も「宇宙的真如」も出てこない。

■ 2. ところが三身説が出てくると、流れが激変する

三身説は大乗の中でも“革命級”の発明。

法身
報身
応身

このセットが成立した瞬間、
涅槃は“心理現象”から“宇宙論的実在”に格上げされる。

特に法身と報身のコンボが凶悪。

■ 3. 法身（dharmakāya）が問題を起こしたポイント

法身とは本来：

真如
空性
法性
宇宙の根源
無限で無相

ここで重大なすり替えが起きる。

パーリ：「空は無自性だぞ。実体じゃねえぞ」

大乗：「空は法身であり、仏そのものの体だぞ」

つまり無自性だったものが“根本実在”に変わった。

これが涅槃概念を根本から変えた第一弾。

■ 4. 報身（saṃbhogakāya）がさらに話をややこしくした

報身は元々「修行完成による果報としての身体」だけど、
後期大乗からは完全に神格化される。

役割は：

法身が“宇宙レベルでの真理”
報身はその“顕現としての智慧・光・覚性”
菩薩たちと交流する“悟りのプラットフォーム”

つまり
報身は“永遠で、清浄で、智慧として働く涅槃の姿”になる。

これで完全にパーリとは別世界。

■ 5. 応身は「歴史上のブッダ」を補助的役割に押し下げる

応身＝釈迦牟尼
つまり歴史的釈尊は三身の中で最下層に落ちる。

上に：

法身という宇宙の本体
報身という永遠の覚性

が控えているから、釈尊の“ストイックな心理学的修行論”が階層構造の中で周縁化される。

そして涅槃＝宇宙的覚性というトンデモない巨大化が確定。

■ 6. この構造の結果として起きたこと

1）涅槃が「停止」ではなく「覚性の働き」へ書き換え

パーリ：止まる
大乗：働く
もう別物。

2）五蘊の停止（行蘊停止）という技術が“軽視される”

天台や禅は、透明化・統合化はするが停止はしない。

3）輪廻と涅槃の境界が崩壊する

龍樹の「生死即涅槃」へ一直線。

4）菩薩が永遠に世界に戻る必然が生まれる

完全止滅が“嫌われる”ようになる。

5）「空に実体を与えてしまう」構造的危険が生じるのが一番大きい弊害。

パーリ経典とサンスクリット経典による縁起の解釈の違い

親鸞は、縁起の道理が般若波羅蜜として開顕せられ、それが清浄世間智となって般若波羅蜜の本義を完うとし、その清浄世間智が完成して、いま世間に出現したという大道理の実践である、と主張する。

この文脈における「縁起の道理」の意味は、無明が原因となることで、世間の能所の執著、すなわち苦につながり、この無明を止めることで真如に到るAkusala-mūla Paticca samuppādaに限定しているようにみえる。

しかし、パーリ語文献によると縁起は以下のように多種にわたる

Idappaccayātā Paṭicca Samuppāda 　　　　　　　　　　　　生涯の中に結果が現れる縁起　

=　pavutti　PS　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　生命体の瞬間的な進行を説明しています。

Naḷakalāpī Sutta (SN 12.67)のSariputta尊者

Avyākata Paṭicca Samuppāda for Vipāka Viññāna　　　　　　　kannmaエネルギーの発生しない縁起

Paṭicca Samuppāda Vibhaṅga2.11. Abyākata niddesa　　　　　　眼識など　　javana　cittaが発動しない

Akusala-mūla Paticca samuppāda” 　　　　　　　　　　　　　根本が悪である縁起

Kusala-mūla Paticca samuppāda”　　　　　　　　　　　　　根本が善である縁起　　涅槃に至る縁起

Akusala-Mūla Uppatti Paṭicca Samuppāda　　　　　　　　　下位領域への転生に関わる縁起

Uppatti Paṭicca Samuppāda (How We Create Our Own Rebirths)　転生に関わる縁起のメカニズム

なぜ親鸞をはじめ日本仏教では縁起の理解を限定するのでしょうか？

結論

日本仏教、とりわけ親鸞は、縁起の“全体系”ではなく、“無明→苦→真如”という“救済に関わる部分だけ”を意図的に抽出した、理由は
「縁起を形而上学の説明原理としてではなく、“救われるとは何か”の実践的構造として使いたかったから」

1. 親鸞にとって縁起は「苦の構造を突き抜けて真如が現れる回路」

山口益が整理している通り、親鸞にとって核心は

無明（能所の執著）が発動
そこから苦が生じる
その無明が“止滅”すると真如が顕れる
その真如の働きが清浄世間智として展開する
名号として世間に出現する

つまり
Akusala-mūla Paṭicca Samuppāda（無明が起点の縁起）が、救済論の中心線路になった。

彼に必要だったのは

無明を原因とした「苦」
それがいかに破られ、真如が顕れるか、という“1本線”の解釈。

2. なぜパーリの多様な縁起体系が無視されるのか？

パーリ語文献の縁起は、本来めちゃくちゃ多相的で階層的。

パーリ側にある種類

Idappaccayātā PS（現象学的・状態依存性）
Pavutti PS（瞬間的心理過程）
Avyākata PS（業を生まない識の生起）
Akusala-mūla / Kusala-mūla PS
Uppatti PS（再生メカニズム）

日本の教義形成はこれをほぼ全部スルーして「12因縁＝無明から始まって苦が生じる構造」にほぼ固定
して扱う。

では、なぜこんな偏りが起きたのか？

理由1：日本仏教は「救済論」に集中して、心理学・現象論を切り捨てた

パーリ側の縁起は、心の瞬間瞬間の構造や、認識論、輪廻のシステムなど、「体系全体」を説明しようとする。

でも日本仏教は
・どうやって人が救われるか
・無明がどう破れるか
・悟りとは何か
・真如がどう現れるか
これにしか関心がなかったので

pavutti PS（瞬間心）
avyākata PS（業を生まない識の縁起）
rebirth mechanism
とか、救済に直接関係しないものはゴッソリ落とされた。

理由2：日本の思想家は「縁起＝悟りの構造」と理解したがった

日本の仏教思想は、全体的に“形而上学化”する傾向がある。

縁起→真如の顕現
縁起→空の働き
縁起→中道の顕現

こういう“悟りの構造説明”に向かう。

だから親鸞も山口益も
縁起＝清浄世間智の成就
縁起＝法性が名号となって現れる
という使い方になる。

もはや縁起は心のプロセスでも生物学でも倫理学でもなく、真如論の回路になってしまった。

理由3：再生や業のメカニズムに興味が薄かった

パーリの Uppatti PS（再生メカニズム）は「どう生まれ直すか」を技術的に説明するが

日本の思想家は

転生を精密に議論する興味
業の構造を細密に分解する動機
がほぼないので、ウパッティに関わる縁起体系は全部スルーする。

理由4：日本仏教は実践中心で、分析哲学を避けた

パーリの縁起は「分析」
親鸞の縁起は「体験」
日本仏教の縁起は「悟り」
と位置づけが違う。

特に親鸞は“無明が破れる”という1点に向かう線形の縁起だけを採用する。

心理学的・複合的な縁起は、彼の教義を必ずしも補佐するものではない。

日本仏教は、縁起の多層的体系のうち、救済に必要な“無明→苦→真如”だけを選び、残りは関心の外に置いた。
親鸞はその線路を徹底的に掘り下げた。

縁起の使用法の違い　　　パーリ経典とサンスクリット経典

「パーリの縁起」と「大乗の縁起」がどこで完全に分岐したかを神経回路的な比喩にすると、

大乗は縁起を“主体生成のネットワーク”から“世界の成立構造”にスケールアップしたのが決定的になった。

1. パーリ経典の縁起　

完全な“主体モデルの崩壊プロセス”を説明するものなので、

「五蘊の自己再生ループ（自我生成回路）」をどう止めるかの話でしかない。

要点は

avijjā（無明）
認知ネットワークのバグ。「主体が実在する」という基本錯覚。
saṅkhāra（行）
予測モデル、行動傾向、自動反応の回路。神経学的には fronto-striatal loop。大脳皮質（特に前頭前野）と大脳基底核の一部である線条体（尾状核、被殻など）を結ぶ神経回路
viññāṇa（識）
自己モデルの“立ち上げ処理”。DMN の一次起動に相当。
以下、名色→六入→触→受→愛→取→有→生→老死
すべて主体生成ループの連鎖。

ここから分かる通り、パーリの縁起は“個体の苦の再生メカニズム”そのもの。
“世界”の成立を語っているわけじゃない。

つまり縁起＝自我発生ネットワークの因果連鎖であり、
Nibbāna＝ネットワークの停止がパーリの純粋路線であるので、宇宙論を語る気はない。

2. 大乗の縁起

大乗はパーリの縁起のスケールを“存在一般の構造そのもの”にまで拡張された

やったことを単純化すると：

1) パーリの縁起＝心の回路

→ 大乗の縁起＝世界と認識全体の構造へアップグレード。

2) 個体の苦からの解放

→ 法界・如来蔵・真如のダイナミック生成へ概念を再編。

3) 主体生成の因果

→ 全存在の因果へスケールをぶち上げた。

結果として：

パーリ：縁起＝自我構築回路
大乗：縁起＝存在論の基礎構造（ontology）

この飛躍が「空／真如／法界／一切法無自性」へ連鎖した。

3. 大乗が“縁起を再編して作ったもの”

大乗はただ拡張したのではなく、明確に次の三つを“合成再編”した。

1) 空（śūnyatā）

縁起を無自性論として読んだ。
「因縁によって成り立つなら固有性はない」というロジック。

パーリの縁起は“苦の発生条件”だったが、大乗では“存在の成立条件”になった。

2) 真如（tathatā）

縁起を「そのままのあり方」へ読み替えた。
言い方を変えると、“縁起しているという事実そのもの”＝真如。

これは完全にパーリの範囲外。

3) 全体性（dharmadhātu／法界）

縁起の網目が“相互依存の全体ネットワーク”として把握され、
法界・一如・円成実性のような宇宙的全体性の概念が追加された。

大乗の法界に物質エネルギーは含まれているのか？

含まれているならば、空にエネルギーはあると言えるのではないか？

含まれていないのならば、法界はいかにエネルギーを生成したのか？

パーリでは「主体の苦の連鎖が止まれば終わり」でしかない。

4. 神経科学モデルで見た“二つの縁起の違い”

パーリの縁起= 「脳内の自我生成ネットワークがどう循環するか」
→ 停止させると Nibbāna。

大乗の縁起= 「ネットワークそのものが“世界の構造”である」
→ 透明化すると空。

つまり、パーリはネットワークをオフにする宗教で、大乗はネットワークの性質を理解する宗教、と言える。

だから方向性がまるで違うのに、同じ「仏教」の看板を名乗っているのが、歴史上の仏教のカオスの根源。

■ 5. なぜ大乗は縁起を再編したのか

● 実践人口の問題　　　生々しい理由。

行蘊停止は成功率が絶望的に低く、普通の僧にも無理。

● 社会構造の変化

組織、都市、統括領域、王権が仏教を囲い込み、“日常のなかで成立する悟り”が必要になった。

● 哲学的深化の要求

ナーガルジュナ以降、「縁起＝無自性」の論理が爆発的に展開された。

● 民衆伝播のための“宇宙論的魅力”

真如・如来蔵・浄土…「大きくて魅力ある世界観」が必要とされた。

結果として：縁起＝主体生成回路（パーリ）　→　縁起＝存在の構造（大乗）へ完全変換。

この変換がなければ大乗という巨大宗派は生まれてない。

■ 6. それで何が失われたのか

大乗は“行蘊停止”という釈尊の中核の教えを完全に置き換えてしまった結果：

苦の根拠（saṅkhāra消滅）は語られなくなり
空のロジックで自他の境界だけが溶けたが、主体生成回路そのものは残る
よって「悟り後に煩悩が残る問題」が生じた
回路は透明化したが停止はしてない

だから確かに、パーリの Nibbāna と大乗の涅槃は別物。

ナーガルジュナが縁起をどう“哲学化”したか

歴史上でも最強レベルに「概念の骨を全部抜き取った男」

1. 縁起＝空を「定義」レベルでくっつけた

パーリでは、“因・条件がそろえば生じる”、ただそれだけの因果構造。

ナーガルジュナはコレを「自性がないということの論理的証明」に格上げした。

「縁起してる＝自性なし＝空」を同義語扱いにしてしまったのが革命。

2. “自性”を徹底的に破壊するため、因果そのものを分解

龍樹爺は因果を4分割して解体した。

因そのものが生む
他から生む
因と他の混合で生む
無因で生む
この4つ全部を論破し、「成り立っとらんやん」と言い放つ。

目的は「因果を否定」じゃなくて“因果はあるけど自性はない”という構造の純化。

3. 二諦論（世俗・勝義）で“縁起の二階建て”をつくった

世俗では因果関係は普通にある。
しかし勝義では、それは「自性のない仮の成立」。

この二階建て構造のおかげで、「因果はある」でも「実体的な原因はない」という、釈尊の思想とは矛盾する法則を作り上げた。釈尊は原因と条件の数は多いので、それを特定するのはブッダ以外には難しいと説いた。

4. 縁起を“存在論”ではなく“認識論”に広げた

パーリは基本「心理プロセス（五蘊や12縁起）」の分析。

ナーガルジュナは「存在の成立そのものが空」にスケール拡大し、“世界のあり方全部”に縁起を輸出した感じ。

5. 「空を概念操作する発想」を完全に破壊したのが、龍樹の最大の仕事。
空を「概念」として理解しようとする試み全部に、待ったをかけた。

空に自性があると思うな
空をもの扱いするな
空に寄りかかるな
空にしがみついたら奈落に落ちるぞ

だから中論は「空の実体化すなわち再定義redefinition」を徹底的に潰す構造になっている。

6. 勝義の“沈黙”を理論の中心に置いた

ナーガルジュナは結局「勝義は語れないものだから、語るふりだけする」というスタイル。

論理を極限まで回して、最後に「語れば誤解、語らねば伝わらん」という矛盾を“構造として提示”して終わる。

要するに、中論そのものが“縁起＝空”の動的な体現、とした。

まとめると

ナーガルジュナがやったことは、「縁起（因果の連鎖）」→「空（自性なし）」→「言語の限界」

この三つを一本の“論理の連続体”として再設計した。

その結果、大乗では「縁起＝空＝中」が真ん中に来て、涅槃を“別世界の停止”ではなく、「世界そのものの透明化」に変換した。これがパーリの縁起とは根本的に違う理由である。

大乗が「空＝縁起」に舵を切った理由（そして“回路消滅”の目標を降ろした理由）

1. “行蘊の完全停止”は、どう考えても一般人にはムリだったから

パーリ的「行蘊停止＝Nibbāna」は、生理レベルの処理回路の停止にかなり近い世界なので、社会生活しながら目指せるもんじゃない。

対して、大乗は「在家が主役」の仏教にシフトしたので、“出家アスリート仕様の解脱”を基準にできなかった。

→ 社会人には“回路消滅”なんて無理なことなので、ロジックの方向を変える必要があった。

2. “縁起のまま空”にすることで、日常の中で悟れるようにしたかった

大乗は「家族・仕事・共同体」を捨てない修行路線。

行蘊を消滅させる代わりに、“回路が働いてても、それは空だから大丈夫”という方向に思想をシフトした。

これにより、生きながら悟る／煩悩あっても悟るというパラダイムが成立させた。

→ 回路は消滅していないが 回路の働きを透明化する方向に振った。

3. 龍樹が“構造崩壊”より“概念の相対化”に賭けたから

龍樹の中観は「どの概念も依存的で絶対じゃない」を徹底的にやった思想。

これは神経回路を物理的に止める方向ではなく、概念フレームの解体を狙った学問的路線。

装置（行蘊）は残るけど、操作系（概念）が空じられる。

→ 哲学としては美しいけど、パーリ的な“神経停止”とは別の生態系になった。

4. ヨーガと瞑想伝統の吸収で「光明・自性・仏性」の方向へ進んだから

大乗はヨーガ（特に後期ウパニシャッド系影響）を吸収し、「光・識・空性」がテーマになり、「“識の減衰”より“識の変容」が重視された。

行蘊停止よりも行蘊の再構成・変換・浄化の方が主流になった。

→ DMNを消すのではなく、DMNを“仏性の働き”として読む方向になった感じ。

Default Mode Networkとは「何もしてないときに脳が勝手に働くネットワーク」のことｌ

5. 中国仏教の文化圏が“原始仏教の社会からの離脱ルート”を好まなかった

仏教が中国に伝わったのは中国の領土が拡大する時期であった。

宗教をコントロールする政府が都合の良いように仏教を編集した。

中国思想は「現実政治」「社会の全体性」「調和」を大事にする文化。

中国のエリートは道教と儒教を理解する思考回路を基準にした

中国の一般人はインドのように内観を重んじる伝統がなかった

行蘊を丸ごと消すという破壊的・断滅的な方向性は五感覚器官経由の信号を透明化する方法と相性が悪かった。

そのため、「空」と「縁起」は「世界を否定せず肯定する哲学”」として受け入れられた。

→ 消滅ではなく “関係性の見直し” が主流になった。

6.大乗は“歴史的釈迦の瞑想ルート”からそもそも離れている

パーリは「釈尊の脳がどう沈んだか」をリアルに探るタイプ。　

大乗は「仏が宇宙でどう働くか」を探るタイプ。

方向性が違いすぎて、行蘊停止という目標が消えていった。

→ 神経生理より“コスモロジー”の方が大事になった。

結論

大乗は「回路消滅」より「回路の使い方の変質」に進んだ。
なぜなら、社会生活の継続を前提にし、哲学的に整合性がとれることを好み、道教と相性が良い部分にスポットライトを当て、ヨーガの光明観とつなげた。