縁起の本質　仏教論争　　宮崎哲弥

āāāāāā ḿṭḍḷṇṅñṭṭññāīūṃ　 Ā　āṇa ṃ」

法Dharma

自然界においても人間界においても現実に妥当する構成のことであり、実体ではなく現象である。

すなわち刹那で無常な感性的所与である。

所与とは、与えられているものという意味で、論理学では、推論を演繹できる事実。認識論では、心の中に表象されている現実。心理学では、感覚に与えられているもの。

出世間、涅槃にはdharmaは存在しないということなのか？

仏教とヒュームの現象主義

ポール・マッソン＝ウルセルは「仏教の縁起説は18世紀ヨーロッパ思想と同水準である」「ヨーガ」白水社と書いている。

デカルトの実在説を批判するヒュームの現象主義の革新をウパニシャッド哲学の実体論を否定した仏教の観念論に準えている。

この類比は正当なのか？

大乗仏教の縁起と空　　　　　「捨ててこそ空也」梓澤要

ナーガルジュナ以降の縁起と空とを不可分のものとみる大乗仏教の縁起観　　　

「空というとすぐに、何もないとか、虚無ととらえるが、それは間違った考え方なのだよ。

空とは永久に変化しない固有の実体などというものはないということなのだ。

すべてのものは、それが物であれ、人間であれ、現象であれ、因と縁が関係しあうことで、たえず変化する。

生じ、とどまり、変化し、滅する。生住異滅といって、極端にいえば、一瞬ごとに変化している。

それを縁起といおうが、因縁といおうが、因果といおうが、皆おなじことだ」

初期仏教との違い

初期仏教「縁起をみる者は法をみる。法をみる者は縁起をみる」

“yo paṭiccasamuppādaṁ passati so dhammaṁ passati; yo dhammaṁ passati so paṭiccasamuppādaṁ passatī”

象跡喩大経Mahāhatthipadopama-suttaとは、パーリ仏典経蔵中部に収録されている第28経

https://suttacentral.net/mn28/pli/ms

https://suttacentral.net/mn28/en/sujato

「比丘たちよ、縁起とは何であろうか？比丘たちよ、生によって老・死がある。

如来が出現しよとも、如来が出現せずとも、このことは確立したことである。」

縁起＝法ダンマdhammaは自然法則のように自己と世界とを貫く普遍的な原理である。

縁起　pratītya巴: paṭicca

縁起説　pratītya-samutpāda　巴: paṭicca- samuppāda

梵天勧請　　

縁起説は「思惟の領域」を越えているので「世間の人びと」には到底理解できない。

常に損なわれる可能性のある真理であるので、梵天の懇請にも拘らず、ブッダはそれを教えとして公宣流布することを躊躇した。「ごまかさない仏教」佐々木閑

縁起法頌　　縁起はブッダの説いた真理

真理（法）をいい表す偈頌が摩訶不思議な霊験を求める崇拝の対象になった。

「諸法は原因から生じる。如来はそれらの原因を説く。また、かれらの消滅をも。

偉大なる沙門はこのように説く」最初期５比丘のアッサジがサーリプッタに説いた偈頌

論争すべからず

「一切の哲学的断定を捨てたならば、人は世の中で確執を起こすことがない」スッタニパータ第４章895

「論争の結果は称賛と非難との2つだけである。無論争の境地を安穏であると観じて、論争をしてはならない」896

しかし糾明はする釈尊

釈迦が弟子サーティsātiの邪見を批判しつつ、仏法を説いていく。

大愛尽経Mahātaṇhāsaṅkhaya-sutta　マッジマ・ニカーヤ第38経

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サーティは「この識は流転し、輪廻し、同一不変である」と誤解した。識viññānaを霊魂と看做し、輪廻を実在（識が輪廻の主体）と看做す過誤に陥っている。

「サーティよ、その識とは何ですか？」

「尊師よ、それは語るもの、感受するものであり、それぞれの処においてももろもろの善悪業の果報を受けるものです」

「愚人よ、縁がなければ、識の生起はない、と述べてきたではありませんか。愚人よ、それは自分を傷つけ、多くの罪を作り出しています。それはそなたにとっては長く不利益になり、苦になるはずです。」

識を霊魂や輪廻の主体と捉える過誤する仏教学者たち

日常語の縁起

因果応報は縁起（因縁）と同一視されることがしばしばある。

善因善果、悪因悪果という業kammaに基づく運命の果報の説明、即ち「業報説」はしばしば縁起説と密接なかたちで説示されてきた。けれども、業kammaという概念が指示する現象と、縁起説が解き明かす現象のあいだにはズレがある。

業の因縁は種子を作ることであり、対して縁起説の因果はできあがった種子から芽が生じ、苦しみという実を結ぶまでのプロセスの内容を説いているのが違いである。

仏教の因果関係

「この私」のあり方、「この世」、この世俗の事象というのは、因果関係によってすべて記述でき、限りなく説明がつくというのが縁起説の１つめの旨義（言葉で表現しているものの意味や趣旨）である。

対して因果関係の一部が因果応報であり、因果応報は種子（業の結果）という倫理的行為に関しての因果関係のみに限定されている。

因と縁の分離

初期仏教の教えを伝えるニカーヤ（パーリ語経典）では因hetuと縁paṭiccaの区別をせずに両方とも「原因」を意味する。

縁を原因が結果を生む際の条件pattana [*Sk．paṭṭana] a place？として区分するようになったのはもっと後のアビダルマ仏教以降である。

patthanā：f．[＜pa-arth，Sk．prārthanā] 欲望，希望，希求

「因hetuと縁paccayaは経典ではhetupaccayaという言葉では同義語でいつも一緒に使うのです」

「ブッダの実践心理学第６巻　縁起の分析」スマナサーラ

paccayaは「によって」と訳され、原因を直示している。paccayaは条件というよりただ一つの原因という意で使わている。

アビダルマ仏教（部派仏教）

では因と縁を分けて考えるようになる。経典ではなく論書では「よって」が複雑化して、たとえば「無明によって行がある」から「ある原因hetuが、ある条件paccayaによって、ある結果が生まれる」に変改されてしまう。

「無明という原因hetuが、ある条件paccayaによって、行が生まれる」

ブッタゴーサ「清浄道論」では、一因一果も一因多果も斥けられ、多因多果が採られる。

12支縁起などで一因一果が説かれているようにみえるのは便宜的、形式的なものに過ぎないという。

一因一果か、多因多果

多因多果を唱える宇井伯寿や平川彰は、

一因一果は機械の作動の如く宿命論になり、邪説や不可能であるとし、　

多因多果は錯綜する因果の糸のあわいに自由意志の入り込む余地が見いだせる。

しかしこの説の疑問点は

１　ニカーヤ経典では、因と縁は区別なく原因を意味する。

２　多因多果において因果関係は成立しているといい得るのか？因果応報はどうなるのか？

３　一因一果は宿命論なのか？一因を為すか為さぬかという時点に自由があれば、その後の過程が決定的であったとしても宿命論とはいえないのではないか？

ニカーヤ経典における縁起説

自説経Udāna　パーリ仏典経蔵小部の第3経。

釈迦が問答形式ではなく感興に催されて自発的に発した言葉を集めたもの。

構成は１菩提（Bodhi-vagga）２ムチャリンダ王（Mucalinda-vagga）３ナンダ（Nanda-vagga）

４メーギヤ（Meghiya-vagga）５ソーナ（Soṇa-vagga）６生盲（Jaccandha-vagga）７小（Cūla-vagga）

８パータリ村人（Pāṭaligāmiya-vagga）

Udāna　1 Paṭhamabodhisutta 　https://suttacentral.net/ud1.1/pli/ms

ウルヴェーラー村の菩提樹の下で７日間、結跏趺坐したままの姿勢で成道し、その過程で内観したのが12支縁起である。

12支縁起はブッダの悟りか？

ブッダが12支縁起を証得することで悟ったと記す経典

自説経Udāna　パーリ仏典経蔵小部の第3経

律蔵の大品Mahā-vaggaマハーヴァッガ

大釈迦牟尼瞿曇　　　　　　相応部Saṃyutta Nikāya, SN12　Buddhavagga　10Gotamasutta　

しかし、

「チベット「律蔵」および漢訳「有部律破僧事」によると、釈尊はすでにさとりを開いたあとで、しばらくたってから12因縁を観じたのであり、縁起説とさとりとの間に本質的な関連は存在しない」

中村元「ゴータマ・ブッダ」

「ウダーナの1〜3という資料が添えられていたとしても、仏教学者の間では菩提樹下において釈尊が12支縁起の理法をさとったというような文は払拭されなければならぬ」三枝充悳（さいぐさ みつよし）「縁起の思想」

理由は縁起説の拡大解釈や過剰一般化の傾向がこの時代にあったためか？

パーリ経典の成立時期区分　　中谷英明

最古層

1部　スッタニパータ　第４章「８つの詩句の章」766−975

2部　スッタニパータ　第１章「蛇の章」3「犀の角」35-75

　　　スッタニパータ　第5章「彼岸に至る道の章」1032−1149

古層

3部　スッタニパータ　第１章「蛇の章」（3「犀の角」以外）

　　　スッタニパータ　第２章「小なる章」（11「ラーフラ」序の詩を除く）

　　　スッタニパータ　第３章「大いなる章」（11「ラーフラ」序の詩を除く）

　　　ダンマパダ　　サンユッタ・ニカーヤ「テーラガーター、テーリーガーター」などの韻文部分

　　　

新層

４部　スッタニパータ　第２章「小なる章」11「ラーフラ」序の詩335、336

　　　スッタニパータ　第３章「大いなる章」11「ラーフラ」序の詩679−698

　　　スッタニパータ　第5章「彼岸に至る道の章」１序976-1031

５部　スッタニパータ第１、２、３章に散在する散文部分

　　　他の大部分のニカーヤ、ヴィナヤ（律）の散文部分

12支縁起を否定する「般若心経」

「無無明、亦無無明尽。」

中観派の12支縁起観

説一切有部の「三世両重説」に極めて近い解釈の「中論」26章「観12因縁品」

「中論」は有部の見解は破却すべき対象となっているにもかかわらず、この26章だけは趣が異なっている。

チベットの般若心経や中論の注釈書、ダライ・ラマ14世などを参照すると、

「12支縁起はあくまで世俗の真理（世俗諦）、暫定的な真理であり、勝義（最高の真理）においては存立しない」という二諦説（聖俗２真理論）と解す。

般若心経の「無明もなく」（無無明）の意味は、勝義の次元において、無明という煩悩が成立しないので、無明を出発点とする順観も勝義の次元では成立し得ない

「無明の尽きることもない」（亦無無明尽）の意味は、無明が成立しなければ、無明の滅も成立しないので、無明の滅を出発点とする逆観も勝義の次元では成立し得ない。

換言すると「涅槃」「出世間界」には縁起の関係性は成立しない、ということ

「12縁起はことごとく、勝義の次元では空性という在り方でしか見いだせない」

「チベットの般若心経」ゲシェー・ソナム・ギャルツェン・ゴンタ

言語による虚構の問題　　　空性　無実体

世俗は自己完結した関係性の体系である言語によって虚構されたものである、という捉え方を中観派と唯識派はする。

「言語という問題」の導入によって縁起説の新生面を開いた。

「縁起している諸支について、そのあいだの関係性を特に鋭く考究し、諸支そのものとそれぞれの名称（すなわち言葉）との実体視や固定化を破り、さらに初期仏教以来の無我、空、無常にもとづいて徹底した洞察を果たしたのが龍樹であり、縁起はいわば相依相関に深められ、各支の無自性（無実体）が明らかとなり、空であること＝空性、さらに中道に通づる」 三枝充悳「縁起」「仏教・インド思想辞典」

分別、即ち言語的概念化が齎す世界（ローカ）の態様（たいよう）を観じ、それらが実は成立していないこと、つまり虚構であることを悟る。

此縁性　イダッパッチャヤター　「これを縁とすること」

「これがあるとき、それはある。これが生じるから、それが生じる」

idappaccayaこの縁＋tā集まり　　片山一良「相応部因縁�T」　梵: idaṃpratyayatā

正確には「この＋条件」

「これ」と「それ」との関係性は、あくまで原因→結果の因果関係で確定している。

原因と結果の間に時間が挟まれようが挟まれまいが、一方向である。

因果異時であれ、因果倶時であれ、これが原因でそれが結果であることに変わりはない。

「原因→結果」ではなく、「もろもろの条件（原因）が結果となる可能性」である

因果倶時を説明する時に「蓮は花（原因）と実（結果）が同時に生じる」という「花実同時」の喩えがあるが、花と実、すなわち原因と結果の関係は確定している。決して因と果が逆転したりはしない。

和辻哲郎はこのように縁起説を理解した。時間なき因果関係である。

「無明なるものから行識と漸次時間的に生ずることを意味すると解する如きは、原始仏教にも所謂根本仏教にも、特に仏陀の説にも、まったくなき考えである」印度哲学研究第二

Pati+ichcha + Sama+uppāda Paṭicca Samuppāda

経蔵中部第28経の象跡喩大経

28. The Greater Discourse on the Simile of the Elephant‘s Footprint https://suttacentral.net/mn28/en/suddhaso

Mahāhatthipadopama Sutta (MN 28)の最終部　　https://suttacentral.net/mn28/pli/ms

“Yō Paṭiccasamuppādam passati, 　　　　　　One who sees Paṭiccasamuppāda
so Dhammam passati. 　　　　　　　　　　　　　sees the Dhamma.
Yō Dhammam passati, 　　　　　　　　　　　　　One who sees the Dhamma
so Paṭiccasamuppādam passati” 　　　　　　　sees Paṭiccasamuppāda.

Mahāhatthipadopama Sutta (MN 28)
“Yō Paṭiccasamuppādam passati, so Dhammam passati. Yō Dhammam passati, so Paṭiccasamuppādam passati”	Paṭiccasamuppādaをみた者は Dhammaをみる。 Dhammaをみた者は Paṭiccasamuppādaをみる。
Yō 　　　　　　誰でも　who whoever passati 見る so　　　　　　　彼、それ、これ　　 .	One who sees Paṭiccasamuppāda sees the Dhamma. One who sees the Dhamma sees Paṭiccasamuppāda.

PaṭiccaSamuppādaは、「原因がどのように結果につながるか」を説明している。

この世界では何も理由もなく起こることはないからである。

英語に翻訳された「Dependent Origination」では、Paṭiccasamuppādaの真の完全な意味を伝えていない。

最も近い英語の翻訳はWillful attachment leading to the existence of similar kind

「同類を生成させてしまう意図のある行為（愛著）」

そして、次にはパーリ語の原語のまま、その意味を理解することをお勧めする。

1.Paṭicca=paṭi+ icca;　この文脈では「paṭi」は結合であり、「icca」は好みという意味です。

したがって、Paṭiccaは「喜んで何かと結びついている」、または「それを好きになることで何かに愛着を持つ」という意味になる。

この結合は、各人のgati（習慣と好み）に依存する。これは、根深いāsavas（渇望）によるものである。

2.Samuppāda=sama（同じまたは類似）+uppāda（生成）、つまり、類似した質や種類の生存エネルギー回路（bhava）が生成するということ。

したがって、samuppādaとは、同類の存在に導くもの、すなわち次のステップのパターン化（染汚）によって束縛されることを意味する。

この世界のすべては、6つの根本的な原因によって発生している。

それらはlōbha、dōsa、mōhaおよびalobha、adosa、amoha。

.例えば、私たちが他者に対して強い憎悪がおこるときは、他の動物たちがしているように認識プロセスや感情や思考のパターンで行動している結果である可能性がある。その瞬間は、動物と同じように感情や思考の自動反応回路による行動なので、理性で合理化できず手に負えなくなった場合には、自分の嗜好を阻害する人を殴ったりすることもある。

また、そのような物理的な行動をしないとしても、受け入れないものを拒否したり、排除するような考え方を心の中ではしている。

それは、その時の生存欲求パターン（bhava）に対応した認識や感情や行動や思考の習慣パターン（gati）を生成してしまっている、ということである。

すなわち動物と同じような生存欲求のパターンをマインドでは作っているということになる。

これは、執著する回路（アプリケーション）に対応する生存欲求のパターンができたことなので、次にはこれがカタチになって、具体的なものが生まれる。

これが「bhava paccayā jāti」のステップである。

憎しみに満ちた思考によってそのような状況に「結びついた」ため、その執著に対応する生存欲求のパターンをマインドの中に生成することになる。

結果は原因に対応している、つまりこれが原因の結果である。

私たちが同じような生存パターンを作成し続けることによって、ある習慣の回路を形成することなり、どちらも相互に作用しあうことなる。

このような状況が頻繁に発生し続ける場合は、生存パターンを築き上げることにより、非常に強力な「業kammaの種子」が形成される可能性が高まる。

さらには確固たる習慣になることで、次からは似たような思考と行動のパターンをすることがより容易になり、それによって悪循環が始まり、その習慣がさら強く太く固く定着するようになる。

このように「uppāda」すなわち「誕生、生成」とは、物質的な原因だけではなく、「好みとの結びつき」（pati icca）という心的原因によるものである、と理解することがポイントである。

アビダルマ仏教の考え方によると、たとえば、犬がするような行動を続けていると「犬のgati（習慣パターン）」を育ててしまい、来世では犬として再生（誕生）する確率が少しずつ増えることになる。

.ここで、2つの用語を組み合わて「Paṭicca Samuppāda」にすると、「生存と習慣のパターンを作る事物への執著」を意味することになる。

生存欲求パターンの確立は、それに対応する結果であるjātiすなわちカタチになること、につながる。

愛着があると、その特徴と同様のものに出生する可能性が用意される、ということだ。

たとえば、貪欲な習慣をもつと、その人はそのように生涯を通じて振る舞う傾向がある。

すると、来世での誕生が貪欲という生存欲求パターンを基準にする「餓鬼」という強力な形で現れる可能性があると、アビダルマ仏教では考える。

.したがって、「存在の母体」（bhava）の確立には2つの方法がある。

１つは現世の寿命の間でも、同様の状況が発生する可能性である。

たとえば、他の人々との「比較や争い」を介して形成されたgati習慣パターンは、ほんの少しの挑発的刺激（インプット信号）にでも反応してしまい、自分を習慣パターンの結果に引き寄せてしまう傾向がある。

それは、現在の生活の中で短い期間だけ続く「pavutti（出来事） bhava」（およびjāti）である。

生存エネルギーの塊が具象化して、出来事としてカタチになり生まれた、ということである。

この憎悪に満ちたgati（習慣の回路）が深く根付いて強力な「業kammaの種子」になると、死ぬ間際にはそれらが頭に浮かんでしまうことになるであろう。

それは憎悪に満ちた「uppatti（生起、再生、転生） bhava（生存欲求エネルギー）」として、動物界または地獄界（niraya）につながる可能性になってしまう。

ここで、「bhava」（生存エネルギー）と「jāti」（出生）を区別することもできる。

たとえば、業kammaの種子のエネルギーが尽きるまで、uppatti bhava（輪廻の生存エネルギー）は何度もの再生（誕生jati）を繰り返す可能性がある。

これが「人間のbhava」（生存エネルギーの塊）はまれなものであっても、何度も人間に生まれ変わることがありえる、というメカニズムである。

前世もしくは過去世の人生で人間として生まれた人だけが、過去の人生を思い出すことができ、それがこのメカニズムの証明になるので、科学的根拠（再現性、物理的具象化）になることはない。

ある幸せが幻想的なものであっても、それを知覚すると、私たちは喜んでそれに執著する。

執著するのは好きなことばかりではない、嫌なことにも執著する。

たとえば、自分の好きな事物に近づこうとしている時にそれを邪魔する人がいれば、その人について考え続ける。この場合は好きなことを邪魔するものに対して執著しているからである。

また憎しみを避けるということに執著し続けるというケースもある。

したがって、執著の原因は貪欲だけではなく、憎悪や嫌悪である可能性もある。

この執著は仏教用語では愛著とよばれ、原語のパーリ語ではtaṇhāである。

貪欲と憎悪の共通点はこの愛著taṇhāである。

こうして、無知のために欲望と憎しみの両方が発生する。 　

ここでいう無知とは「この世」が「変化し続けて休まることがなく、雑多な心の移り変わりで構成されている確固たる実体がない取るに足らないモノであり、物質から離れようとして何をしたとしても何も生み出すことができない」という性質を知らないことである。

初期仏教では、人間界の下位にある地獄、餓鬼、動物、阿修羅の4領域には想像を絶する苦しみがあり、

人間界の上位にある天界には、人間界の感覚の喜びよりも深くて大きいnirāmisa sukhaと呼ばれる幸福があるとされている。

[nis+āmisa] 無染汚の、離財の、非物質的の、犠牲のない sukha喜び

しかしどちらの領域であったとしても、「常に変化し、移り変わる心で成り立つ煩わしい、カタチ（エネルギー）に囚われる（依存している）」世界であるこに変わりはない。

「この世」に縛られたままになる力はどこにも存在しない。

それなのに苦しみに満ちた「この世」に大脳皮質はあらゆるイメージを創作しては関わってしまい、タコが8本の足で獲物を掴むように固執する。

「anicca、dukkha、anatta」が何を意味しているのかを理解して、「この世」には本当の実りがないばかりか、恐ろしい（地獄や餓鬼や畜生や阿修羅の）性質があることを見て、天国の性質（エネルギー体に囚われて自由自在ではない）の限界を見ない限り、私たちは「この世」を手放そうとはしない。

縁起説Pratītyasamutpādaとは、パーリ語をサンスクリット語に翻訳し、それを漢字を通して日本にて理解されたことで、元の意味からだんだんと離れていく混乱してしまう典型的な例である。

https://en.wikipedia.org/wiki/Prat%C4%ABtyasamutp%C4%81da

意味が混乱しているだけでなく、縁起には複数の意味があることがわかるであろう。

原語であるパーリ語である、paṭi+ icca、sama +uppādaをわかっていれば、語句自体が持つ意味がはっきりして混乱から離脱できるだろう。

Paṭicca samuppādaを本当に理解するには、自分の人生経験を顧みて、自分自身の経験と縁起の意味とを関連付けて確認する必要がある。

これは洞察瞑想vipassanāの一部でもある。

習慣となった自動反応回路（gati）が原因で私たちの思考が自動的に発生するメカニズムはシンプルであり、その根底にはPaṭicca Samuppādaが働いている。

大縁経（別名は大縁方便経、大因縁経）パーリ仏典経蔵長部の第15経では、

釈尊はクル国に滞在している際にAnanda尊者に請われて縁起について説き、縁起を軽視しないように忠告している。

Long Discourses 15The Great Discourse on Causation　 https://suttacentral.net/dn15/en/sujato

Dīgha Nikāya　15Mahānidānasutta　　1 Paṭiccasamuppāda　 https://suttacentral.net/dn15/pli/ms

paccayāの意味

Patthāna Dhamma（論蔵Abhidhamma piṭakaの書）は、結果をカタチにする24のpaccayāの説明をしている。

cf.　patthanā：[＜pa-arth，Sk．prārthanā] 欲望，希望，希求aiming at　発趣

縁起説は、「avijjā paccayā sankhāra、sankhāra paccayā viññāna、viññāna paccayā nāmarūpa、nāmarū papaccayā salayatana…。」から始まる。

縁起説はBuddha Dhammaの「原因と結果」を説明しているため、ほとんどの人は

「avijjā paccayā sankhāra」は「avijjāがsankhāraを引き起こす」すなわち「無知は悪いkammaを生成する行為を引き起こす」と考えている。

しかし、この解釈は釈尊の意図とは違いがある。

普通の人は無明avijjāを持っている。しかし常に無明に応じて行動するのではなく、ほとんどの場合は道徳的に行動する。

ただし無明avijjāがある限り、無明avijjāとともに時には行動してしまい、不適切すなわち不道徳なことをする可能性がある、ということになる。

同様に、多くの人々は、「sankhāra paccayā viññāna」は「sankhāraがviññānaを引き起こす」すなわち「悪いkammaが対応する意識につながる」などと縁起説サイクル全体を通して考えている。

以下で説明するように、「avijjā（無知）があるのを条件として、sankhāraが発生する」、「sankhārāがあるのを条件としてviññānaが発生する」と理解（解釈）する必要がある。

条件の重要な役割

縁起説は、原因と結果との「直接のリンク」ではない、ことを理解すれば、多くの事柄を明確になる。

良い/悪いkamma（sankhāra経由で生成）を行ったからといって、それらすべてがkammavipākaつまり結果につながることを意味しているわけではない。

適切な条件がなければ、原因（kamma）は自動的に結果（vipāka）をもたらすことはできないからである。

結果には原因が必要だが、結果につながることない原因はある。

そうでなければ、涅槃Nibbānaに至るのは不可能である。つまり、悪い業kammaがすべて悪い結果となる地獄などの下位界での再生に結びついてしまうのであれば、涅槃Nibbānaに至ることは永遠にできなくなる。

たとえば、松ボックリには、新しい松を生成するために必要な成分（原因）が含まれているが、種がそこにあるからといって、新しい松が生えてくるわけではない。

種子が涼しく乾燥した場所にある場合は、長期間その状態を保つことになる。また種が燃えたりつぶれたりしても、木が生えることはない。

原因が対応する結果をもたらすには、適切な条件が必要である。

それがpaccayāの意味である。

そのような適切な条件が存在する場合に限って、原因は対応する結果をもたらす。

したがって、何らかの結果がもたらされると、「paccuppanna」と呼ばれる。つまり、適切な条件paccayāによって生まれたもの（uppanna）という意味である。

もちろん、そこに条件が揃っていたとしても、根本的な原因がなければ何も始まらない。

上記の例のように、地面に種をまき（原因）と、水、空気、日光（適切な条件）があると、種子が発芽して木に成長する可能性がはじめて生まれる。

可能性であって、必ず結果にならないのは、成長していかない条件も多々あるからである。

すべての業kammaが結果と結びつくわけではない。

原因がある場合、適した条件があれば、対応する変化（結果）になる可能性は高くなる。

すなわちkammaは決定論的ではなく、ただの要素に過ぎない。

縁起説の重要な点は、もし結果が発生した場合には、結果は原因と一致することであり、「条件」もそこにはあった、いうことである。　

これが“Pati ichcha”が“sama uppāda”に導いた、ということである。

つまり、愛着を持つと、それが似た性質を持つ新しい出生に導くということである。

原因が結果をもたらす場合、それらは同様の性質を持っている。

そして、結果が発生しない場合には、条件が揃わなかったり、発生する条件が揃ったとしても同時に発生しない条件もそこにあるためである。

結果をカタチにする24の「paccayā」すなわち「条件」がある。これがPatthāna Dhammaである。

“hētu paccayā,” “anantara samanantara paccayā,” “aññamañña paccayā”の3つのタイプのpaccayāがある。

３つのタイプのPaccayā（条件）

「hētu paccayā」の条件とは、根本原因すなわちhētuなしでは何も起こらない、ということである。

たとえば、爆弾はその中の爆発物により被害を引き起こすが、誰かがスイッチを入れる必要がある。また爆弾が長期にわたって放置されていると劣化して、「原因」が消える場合がある。これはほとんどの「因果の種」kamma seedsでも同様である。

したがって、根本原因がなければ、爆発は発生しない。それが「hētu paccayā」である。

「anantara samanantara paccayā」の例えは、リンゴの種があるからといって、リンゴの木が現れることはない、ということである。

リンゴの種は、涼しく乾燥した場所では長きにわたり発芽することなく維持されるが、水と空気と日光がある地面に植えると、芽が出てリンゴの木に成長する。

もちろん、爆弾の場合と同様に、リンゴの種子が長期にわたって放置されていると、その効力が失われ、木に育たない場合がある。

このようにhētu paccayāは常にある存在している必要がある。

3番目の「aññamañña paccayā」は、互いに依存することを意味する。

たとえば、Viññānaとnāmarūpaは互いに依存している。

通常、「viññāna paccayā nāmarūpa」つまり「viññānaに応じてnāmarūpaが生じる」と言われている。たとえば、死の瞬間のcuti cittaのviññānaは、次の出生時の時に一致するnāmarūpaを引き起こす。憎しみに満ちた考えは、地獄界nirayaでの出生につながる可能性がある。

また逆にviññānaはnāmarūpaのタイプに依存（影響をうけて）している。

たとえば動物のnāmarūpaでは、 jhanaに入ることはできない。

特定の種類のnāmarūpaのみが、特定の種類のviññānaを「サポート」できる。

状況に応じて、24個のpaccayā （条件）のうちの1つ以上が同時に作用する。

24のpaccayāを説明している「Patthāna Dhamma」では原因と結果には複雑な関係があることを示している。このような複雑さをすべて紐解くことができるのは正覚したブッダのみである。

しかし、釈尊のメッセージを理解するためにすべてを詳細に分析して紐解く必要はない。

三相のanicca, dukkha, anattaを理解するだけでSotapannaになることができる。

これらの複雑な条件についての情報を共有するには3つの理由がある。

最初に、Buddha Dhammaにsaddhā（信仰）を築くのを助けるためである。

これらの考え方を検討するのに時間をかける人は誰でも、「原因と条件と結果の関係」は私たちが経験していることすべてについて完全に説明していることを実感することができる。

第二に、「すべての部分が全体像にうまく収まる」ことを知る満足を得ることができる。

「これらのピースがどのように配置されるかを見る」喜びを共有できるからである。

最後に、この知識によって得られる「自己整合性」はBuddha Dhammaのどの解釈が正しいものであるかを選別するプロセスにおいて重要になる。釈尊自身が指摘したように、一貫性のない解釈を破棄できるようになるからである。

Idappaccayātā Paṭicca samuppādaとは

Idappaccayātā Paṭicca Samuppādaは、何百年もの間隠されてきた重要な教えである。

cf.　 From an assignable cause，帰せられる原因　　　　from an ascertained cause　確かめられる原因

「Idappaccayātā」の「ida」は「ここ」に由来し、「paccayā」に最も近い日本語は「条件」、英語のconditionである。

したがって、Idappaccayāt“は「この瞬間における状態に基づく」ことを意味する。

したがって、Idappaccayātā Paṭicca Samuppādaとは、この瞬間に存在する条件に基づいて、「pati icca」が瞬間的に「samauppāda」にどのようにつながるかを説明している。

「idappacayatā」の「ida」と「paccayā」の間に追加された「p」は２つが組み合わさることを意味している。

同じように「dammacakka」と「pavattana」を組み合わさるとDhammacakkappavattana Suttaの「Dhammacakkappavattana」となる。

もう1つの重要な点は、

「比丘よ、最初のポイントである無知は、これまでに無知がなく、その後に生じたように見られるものではない。無知は、条件が整うといつでも発生する」

「Purimā, bhikkhave, koṭi na paññāyati avijjāya: ‘ito pubbe avijjā nāhosi, atha pacchā samabhavī’ti. Evañcetaṃ, bhikkhave, vuccati, atha ca pana paññāyati: ‘idappaccayā avijjā’ti.」

Avijjā Sutta (AN 10.61)を参照。

無明と明解脱　　　増支部10集7双品61無明（PTS AN V.113- 南伝22下1-）

１　比丘たちよ、無明の最初は「これより前に無明はなかった、その後に無明が生じた」というふうに知られるべきではない。

　比丘たちよ、（私は）このように説く。しかし、「これに縁って無明がある」というふうには知られるべきである、と。

　比丘たちよ、また私は、無明に食（栄養）があり、食あらずということはないと説く。

　何を無明の食とするのか？

　（それは）五蓋であると説く。

　比丘たちよ、また私は、五蓋に食があり、食あらずということはないと説く。

　何を五蓋の食とするのか？

　三（身口意）悪行であると説く。

　比丘たちよ、また私は、三悪行に食があり、食あらずということはないと説く。

　何を三悪行の食とするのか？

　六根（眼・耳・鼻・舌・身・意）の非防護であると説く。

　比丘たちよ、また私は、五根の非防護に食があり、食あらずということはないと説く。

　何を六根の非防護の食とするのか？

　不正念不正知であると説く。

　比丘たちよ、また私は、不正念不正知に食があり、食あらずということはないと説く。

　何を不正念不正知の食とするのか？

　非如理作意であると説く。

　比丘たちよ、また私は、非如理作意に食があり、食あらずということはないと説く。

　何を非如理作意の食とするのか？

　信なきことであると説く。

　比丘たちよ、また私は、信なきことに食があり、食あらずということはないと説く。

　何を信なきことの食とするのか？

　邪法を聞くことであると説く。

　比丘たちよ、また私は、邪法を聞くことに食があり、食あらずということはないと説く。

　何を邪法を聞くことの食とするのか？悪人（正しくない指導者）に親しむことであると説く。

２　比丘たちよ、このように悪人に親しむことを成就すると邪法を聞くことを成就し、邪法を聞くことを成就するなら信なきことを成就し、信なきことを成就するなら非如理作意を成就し、非如理作意を成就するなら不正念不正知を成就し、不正念不正知を成就するなら六根の非防護を成就し、六根の非防護を成就するなら三悪行を成就し、三悪行を具せば五蓋を成就し、五蓋を成就するなら無明を成就する。

　このように、この無明に食があって［無明を］成就する。

３　比丘たちよ、たとえば山上に大いに雨が降り、雷が鳴るとき、水は低きに流れて展転して山岳渓谷に満ちる。山岳渓谷に満ちて小さな池に満ちる。小さな池に満ちて大きな池に満ちる。大きな池に満ちて小さな河に満ちる。小さな河に満ちて大河に満ちる。大河に満ちて大海に満ちる。このように、この大海に食があって［大海を］満たす。

　比丘たちよ、このように悪人に親しむことを成就するなら邪法を聞くことを成就し、間違った教えを聞くことを成就するなら不信を成就し、不信を成就するなら非如理作意を成就し、非如理作意を成就するなら不正念不正知を成就し、不正念不正知を成就するなら六根の非防護を成就し、六根の非防護を成就するなら三悪行を成就し、三悪行を成就するなら五蓋を成就し、五蓋を成就するなら無明を成就する。

　このように、この無明に食があって［無明を］成就する。

４　比丘たちよ、また私は、明解脱に食（栄養）があり、食あらずということはないと説く。

　何を明解脱の食とするのか？

（それは）七覚支であると説く。

　比丘たちよ、また私は、七覚支に食があり、食あらずということはないと説く。

　何を七覚支の食とするのか？

　四念処であると説く。

　比丘たちよ、また私は、四念処に食があり、食あらずということはないと説く。

　何を四念処の食とするのか？

　三（身口意）善行（妙行）であると説く。

　比丘たちよ、また私は、三善行に食があり、食あらずということはないと説く。

　何を三善行の食とするのか？

　六根（眼・耳・鼻・舌・身・意）の防護であると説く。

　比丘たちよ、また私は、六根の防護に食があり、食あらずということはないと説く。

　何を六根の防護の食とするのか？

　正念正知であると説く。

　比丘たちよ、また私は、正念正知に食があり、食あらずということはないと説く。

　何を正念正知の食とするのか？

　如理作意であると説く。

　比丘たちよ、また私は、如理作意に食があり、食あらずということはないと説く。

　何を如理作意の食とするのか？

　信あることと説く。

　比丘たちよ、また私は、信あることに食があり、食あらずということはないと説く。

　何を信の食とするのか？

　正法を聞くことであると説く。

　比丘たちよ、また私は、正法を聞くことに食があり、食あらずということはないと説く。

　何を正法を聞くことの食とするのか？

　善人（正しい指導者）に親しむことであると説く。

５　比丘たちよ、このように善人に親しむことを成就するなら正法を聞くことを成就し、正法を聞くことを成就するなら信あることを成就し、信あることを成就するなら如理作意を成就し、如理作意を成就するなら正念正知を成就し、正念正知を成就するなら六根の防護を具し、六根の防護を成就するなら三善行を成就し、三善行を成就するなら四念処を成就し、四念処を成就するなら七覚支を成就し、七覚支を成就するなら明解脱を成就する。

　このように、この明解脱に食があって［明解脱を］成就する。

６　比丘たちよ、たとえば山上に大いに雨が降り、雷が鳴るとき、水は低きに流れて展転して山岳渓谷に満ちる。山岳渓谷に満ちて小さな池に満ちる。小さな池に満ちて大きな池に満ちる。大きな池に満ちて小さな河に満ちる。小さな河に満ちて大河に満ちる。大河に満ちて大海に満ちる。このように、この大海に食があって［大海を］満たす。

　比丘たちよ、このように善人に親しむことを成就するなら正法を聞くことを成就し、正法を聞くことを成就するなら信あることを成就し、信あることを成就するなら如理作意を成就し、如理作意を成就するなら正念正知を成就し、正念正知を成就するなら六根の防護を成就し、六根の防護を成就するなら三善行を成就し、三善行を成就するなら四念処を成就し、四念処を成就するなら七覚支を成就し、七覚支を成就するなら明解脱を成就する。

　このように、この明解脱に食があって［明解脱を］成就する。　　（意訳：ナーギタ比丘。）

Paṭicca samuppāda（縁起説）すなわち「原因と結果」は、人生のさまざまな段階をさまざまな方法で説明できる。

思考する瞬間のとても早い16の縁起説サイクルの働きとして、そしてまた長期（過去世から未来世）にわたる縁起説プロセスにいたるまでの、31領域の再生プロセス（輪廻転生）にある数え切れないほどの種の1つとしての「生命体」がどのようにして生まれるかについても縁起説は説明をしている。

釈尊は、縁起説は海溝のように深く、あらゆる状況に適用できると説いた。なぜなら「この世のすべて」は原因と結果の基本原理に従うからである。

千年の間に1つの縁起説だけがより研究されてきたのも、真のダンマdhammaはあまりに深いので隠されたかのようになっていたのも不思議なことではない。

輪廻転生の縁起説サイクル（uppatti縁起説）のメカニズムはAkusala-Mūla Uppatti Paṭicca Samuppādaを参照のこと。

cf.　　uppatti　　 rebirth； coming forth； origin、生起、発生

もう1つの極端である、思考の瞬間（心刹那citta khaṇa）に関わる縁起説プロセスは非常に高速で非常に複雑であり、ブッダだけが「見る」ことができるが、私たちも学ぶことができる。

しかし、このトピックでは、citta内で（思考の瞬間に）何が起こるのかについてではなく、idappaccayātā 縁起説サイクルを、リアルタイムの現象として説明する。

このプロセスは、縁起説サイクルが「連なる人生」の間で動作するので、誰でも簡単に理解できる。

意思で何かを把握すると、それに対応する「性質」をもつことになる。

換言すると、ヒトは愛著の意思を持って行動すると、それに対応する生存エネルギー（bhava）が発生する。

つまり、paṭi結合+ icca好み;　sama同じまたは類似+uppāda生成、することになる。

すなわちPaṭicca「喜んで何かと結びつく」または「それを好きになることで何かに愛着を持つ」と

.Samuppāda「類似した質や種類の存在エネルギー（bhava）が具象化する」ということである。

これがPaṭicca samuppāda（縁起説）のことだ。

たとえば、貪欲に執著すると、「貪欲なマインドの状態」が生じる。つまり、そのマインドの状態に対応する習慣（gatiやbhava）を育んでしまうことになる。

この結合が、各人の習慣（gatiやbhava）によって、根深い渇望（āsavas）になる。

ひとまずここでは、gatiとは未来の結果を生みだす種のようなもの、

bhavaとはその種を生みだす生存エネルギーの塊のようなもの、とする。

たとえば、ヒトの想いは憎悪との結びつきによって、「憎悪のgatiやbhava」が生じる。

貪欲や憎悪の行為は常に無知avijjāのもとで行われる。

ここでは3つのケースの輪廻転生する生存エネルギー（uppatti bhava）の例をみてみる。

過度に貪欲な人は、「peta bhava」を取得し、餓鬼peta（空腹の幽霊）として生まれる可能性がある。

他の生物に対して憎悪の行動を頻繁に行う人は、「憎悪のbhava」を発症する可能性が高く、極度の苦痛のために憎悪の多い地獄（niraya）で生まれる可能性がある。

無知は常にあるので、動物のbhavaは付加物sanの3つ（具体的には貪瞋癡）によって育まれる。

idappaccayātā縁起説は、人生の間に特定の習慣やbhavaやgatiをどのように作成しているのかを説明する。

具体例として、ティーンエイジャーがアルコール依存症になるプロセスをみてみる。

最初はティーンエイジャーは、飲酒に熱中している他のティーンエイジャーのグループと友好的になることから始まる。

当初の本人は呑み会に加わることに消極的かもしれないが、無知avijjāのために飲酒グループに加わって飲み始める。

もし親しい友人や家族がそれを知ったならば、飲酒だけではなく、そのようなグループと付き合うのは無知avijjāの悪い結果であることを理解させることができ、防ぐことができたかもしれい。

この縁起説サイクルはこのように「avijjā paccayā sankhārā」で始まる。

有害な結果になることを知らないため、ティーンエイジャーは飲酒グループで飲み始める。

sankhārā=「san付加したもの（貪瞋癡） +khāra　 Rough; Intense」すなわち貪瞋癡による行動、この文脈では悪いkammaによる行動）

本人が飲酒活動に関わるほど、彼は飲酒について考え、その活動の「考え方」つまり認識viññānaを育む。

これが「sankhārā paccayā viññāāna」である。

本人がお酒が実際に好きになり始め、他のことをしているときでさえ飲酒のことを考え始めるようになる。

これが“viññāna paccayā nāmarupa“の段階である。　　

この場合のnāmarupaとは、そのviññānaに関連付けられているメンタルのイメージのことで、この文脈でのnāmarupaは、楽しみたい「もの」と「概念」のイメージのことを指す。

具体的には特定のアルコールボトルの名前と形、通常飲む場所、一緒に飲む友達などの一連のイメージである。

本人は次の「呑み会のイベント」を考え、そのシーンを頭の中で視覚化するようになる。

そして、本人の6つの感覚が「関与」し、nāmarupa（イメージ）が現実化する。

6つのindriya（感覚器官）は「āyatana」になる。

「āyatana」とは「出入する機能」のことで、感覚は覚醒しており、求めている刺激にすぐに反応する準備が整っている。この文脈では飲酒に関連する行動に深く関わること、にある。

本人のマインドは次の「呑み会」（どこで、いつ、誰と、など）をしばしば考えるようになる。本人は前のnāmarupaに従って、āyatana（呑み会に関する情報にすぐに反応できる感覚器官）となった6つの感覚すべてを使用して、「呑み会」に必要な準備をする。

これが「nāmarupa paccayā salāyatana」である。

salāyatanaとは6つのāyatanaのこと。

この段階では眼は単に見るだけではなく、「良い飲み物」や「チャットするのに良い友達」などと、関連の情報を監視するアシスタントをするようになる。

次の「salāyatana paccayā phassa」の段階では、6つのāyatanaは関連する感覚の対象との接触を積極的に行うようになる。本人の眼は好きな飲み物や話をしたい人などを探すようになる。

ただし、「salāyatana paccayā phassa」は標準の縁起説ステップで提供されている「uddesa」すなわち短縮バージョンにすぎない。

実際にはただの接触phassaではなく、「貪瞋癡の伴った接触samphassa」であり、これが信号に快・不快のタグを付ける「受」vedanāに導く。つまり“(san)phassa paccayā vedanā“である。

本人はすべての感覚接触で本人にとって良い、しかし不道徳な感覚を経験することになる。

そのような本人にとっては「良い感情」のために、さらに愛着を抱くことになり、「vedanā paccayā taṇhā」の段階になる。

そして「taṇhā paccayā upādāna」の登場となる。upādānaとは、タコが8本の足で獲物を掴むように、対象物を引き寄せることを意味する。

このケースでは、ティーンエイジャーは飲酒の体験をもう一度したいと強く望み、その想いに普段の想像力が侵食されている状態である。本人がこの出来事を経験しているとき、本人のマインドは完全にそれに夢中になっている。

本人はいかなる悪影響の結果を考えてはおらず、そのようなことを考えていることにも気づくことがない。

これが習慣の固定化であり、生存エネルギー回路bhavaが形成される段階である。

この習慣が非常に強くなると、輪廻の縁起（uppatti Paṭicca samuppāda）のプロセスを介して、動物としての新しいbhavaにつながってしまう可能性がでてくる。

次のステップが「upādāna paccayā bhavo」である。酔っ払う状態が、本人のマインドにますます染み付いていく。それは本人にとって重要な存在エネルギー回路bhavaすなわち習慣になり、酔っ払う経験を再びしたいと強く望むようになる。

それはまさに存在エネルギー回路が誕生した「bhava paccayā jāti」である。

「bhava」すなわち「業kammaの種」が完全に形成されて、回路が誕生したので、「酔った状態」は非常に簡単にいたることができる。

回路ができれば、本人が必要とするのは、友人からの招待状や、街のバーの光景というインプットだけで、すぐに飲酒の機会を得ることができ、アウトプットの泥酔を得ることになる。

こうして、あらゆる機会に酔うことになる。

そして、他のすべてと同じようにどのような出生も腐敗と苦しみを受けることになる。

「jāti paccayā jarā、marana、…dukkhakkhanda samudhayō hōti」の段階である。

1回の呑み会だけならば、アルコールの中毒は大きな頭痛と二日酔い以外は何も残さず終わるかもしれない。しかし、問題は形成してしまった習慣に「捕獲」されてしまったことである。

何度も飲酒を繰り返すと、習慣となった回路はさらに強化される。

この習慣が実行されるごとに、認識回路viññānaはより多くのインプットという燃料を得て、bhava（習慣の回路を作成する素材エネルギー）はより強くなる。

上記の縁起説サイクルは、呑み会が終了しても、結果に達してはおらず、意図的に慎重に停止しない限り、サイクルは繰り返し発生する可能性がある。

停止する方法はDhammaを学び、良い習慣を身につけ、「sampajannō」になることである。

sampajānōとは、修業によって得られた強化された智慧によって、間違ったこと（san　貪瞋癡）から離脱した（正しい）行いを実践することを意味する。

sampajañña：n．[sampajāna-ya] 正智、正心、意識的

（saṁ+pajāna深思的，智道的（thoughtful，mindful，attentive，deliberate，almost syn．with sata，mindful）。Saṁ-　　【接頭辞】共，集，合，正，同時

ただし、ティーンエイジャーが悪い習慣を続けている場合には、そのエネルギー回路（bhava）を経て、悪い結果が生まれjāti続ける。つまり、より頻繁に泥酔することが増えることとなる。

人が泥酔しているときは良識のない動物のように振る舞う傾向があり、長期的な結果として動物として転生する可能性が増加する、とアビダルマ仏教では考える。

この段階になると、縁起サイクルが作動するのに呑み会に参加する必要さえなくなる。

たとえ机に座って勉強していても、悪い習慣の縁起サイクルはマインド内で作動する。

たとえばmano sankhārā（意のパターン回路）とvacī sankhārā（言語作用のパターン回路のvitakka思惟/ vicara計画）を開始しており、飲酒の認識回路viññānaを作り出し（および強化）して、イメージnāmarupa（場所、友人、アルコールボトルなどのビジュアル）を生み出し、残りのサイクルが稼働する。つまり、salāyatana、samphassa、vedanā、taṇhā、upādāna、bhava、jātiを繰り返す。

したがって、このような多くの縁起サイクルが稼働し、回路bhavaすなわち習慣が積み重なるにつれて飲酒の頻度が増加する。

回路bhavaすなわち習慣が強くなるほど、それを破壊するのは難しくなる。

このような状況で瞑想をする時には、良い習慣とともにを行なうことで悪い習慣に取って代わるようにするのが効果的である。

心が安らかになっている時には悪い習慣が生みだす結果について熟考することができ、良い習慣を身につけることはマインドを悪い習慣から遠ざけることになる。

泥酔する習慣を続けていると、「酩酊の認識回路viññāna」は回数を積み重ねることで堅固になり、強化される。

この回路が死ぬ瞬間cuti-patisandhiに堅くて強いままだと、本人の人間の生存エネルギー回路bhavaは輪廻の縁起サイクルを介して、次の転生の生存エネルギーuppatti bhavaにつながる可能性がある。

このような新しい認識回路viññānaは、動物界での再生を引き起こす可能性になる。

注：「Akusala-Mula Pavutti（Pravurthi）Paṭicca Samuppāda」とはTipiṭakaのidappaccayāta Paṭicca Samuppādaのこと。

akusala：a. [a-kusala] 不善の.

mūla：根，根本　　　

Pavutti，[fr．pa+vṛt，cp．Class．Sk．pravṛtti] happening，proceeding行為,行動,手順

相依性

あたかも「これ」と「それ」の因果性が可逆的であるようであり、双方が他の原因であり、同時に他の結果でもある。

宇井伯寿、増谷文雄は全的な相依相待の縁起説を採る。

「これがあるとき、それはある」「これがないとき、それはない」を命題論理の形式に変換する論理学として捉えれば、「これがある」と「それがある」は「これがある」⇔「それがある」となり、同値となる。

因果関係を認定するには、原因と結果の２項の近接性が必須となるが、「これがあるとき、それはある」「これがないとき、それはない」という関係の場合、「これ」と「それ」の近接の度合いが非常に高いからである。

しかし、12支縁起には、「甲はこの乙に依り、乙はまたこの甲に依る」ような双方的の関係はなく、定向的な因果である。無明から老死まで続く一方向の因縁の連鎖を内容とするのみで、双方向の因果系列を想定していない。

通時的であれ論理的であれ、異時であれ同時であれ、この関係は逆転したり、入れ替わったりしない。

つまり、可逆的でも可換的でもない。

縁起概念の３パターン

１　時間的因果関係　　　　　時間軸に沿った異なった時点間における因果のみであり、因と果は反転しない

２　論理的因果関係　　　　　同時的な因果も認められるが、因と果の関係は論理的に確定している。

３　空間的相互依存関係　　　時間軸を欠いた空間的な相依相関の関係であり、因果関係ではない。

ナーガルジュナ「宝行王正論」

「ある」「ない」が空間的な関係性

「生ずる」「滅する」が時間的な関係性

「これがあるとき、かれがある。たとえば長があるとき、短があるように。これが生じるとき、かれが生じる。たとえば、灯火が生じるとき、光が生じるように（48）

一方また、短がなければ長は自体として存在しない。また灯火が生じなければ、光もまた生じない（49）」

現在哲学の因果論

ビリヤード台の２つのボールの衝突という原因とそれらのボールの速度が変化するという結果には、時間差は認められず、それらは同時に起こる。このように原因と結果とはおよそ分離することはできない一体のものであり、原因→結果ではなく、原因＝結果なのである　　　　須藤靖「科学を語るとはどういうことか」

説一切有部の縁起解釈

時間単位による４つの解釈

１刹那縁起　ほんの一瞬にすべて含まれる　　　　　因果倶時説（同時的縁起説）の原拠

２連縛縁起　間断なく継起し、連なっていく　　　心身の途切れない変化　　　無常の相

３分位縁起　五蘊の有情の12境位　　過去世２因→現在世５果、現在世３因→未来世２果（３世両重）

４遠続縁起　間遠いと感じられるほど長い時間を隔てて因果の連縛が続くという説

ナーガルジュナの２様の縁起観

１　三世両重説　　中論26章

２「縁起の12支は不生起である」空七十論４節

「苦を結果としてもつ縁起の12支は生起したものではない。それは一刹那においても認められないし多刹那においても認められない」

「一がなければ多はなく、多がなければ一はない。したがって、存在（もの）は依存関係（因果関係）によって生じるのであって、個体としての存在（自相）のないものである」空七十論３節

三世両重説の胎生学的解釈

輪廻における入胎とその後の発達過程についての教説。

たとえば名色は、胎内での胎児の成長の５段階を表し、六処は６つの知覚機能がそろったことであるというような解釈「佛教學セミナー100号」宮下晴輝

パーリ経典の「名色」nāmarūpa

ナーマとルーパは互いに依存関係にあり、切り離すことができない。

パーリ仏典Saṃyutta Nikāya > Nidāna Saṃyutta> Buddhavagga>Vibhańgasutta

Saṁyutta Nikāya12　1Buddhavagga　2 Vibhaṅgasutta　 https://suttacentral.net/sn12.2/pli/ms

Katamañca bhikkhave nāmarūpaṃ? Vedanā saññā cetanā phasso manasikāro, idaṃ vuccati nāmaṃ. Cattāro ca mahābhūtā, catunnaṃ ca mahābhūtānaṃ upādāyarūpaṃ, idaṃ vuccati rūpaṃ. Iti idañ ca nāmaṃ, idañ ca rūpaṃ, idaṃ vuccati bhikkhave, nāmarūpaṃ

比丘たちよ、名色とは何か？　感情（ヴェダナー）、認識（サンニャー）、意思、接触、作意、これらをナーマと呼ぶ。 四大要素と、四大要素に依存するもの、これらをルーパと呼ぶ。 このナーマとルーパを名色と呼ぶ。

胎生学的解釈を裏付ける経典

アングッタラ・ニカーヤAṅguttara Nikāya増支部　Tika-nipāta3集　Mahā-vagga「大品」

大縁方便経Mahānidāna-sutta,経蔵長部の第15経　　https://suttacentral.net/dn15/en/sujato

https://suttacentral.net/dn15/pli/ms

12支は生起したものではないという理路

１　縁起は迷い（無明）を原因とする

２　迷いの条件は四顚倒（常・我・浄・楽の倒錯的認識）にある

３　しかし四顚倒はない（自己を含む世界のあり方は無常、無我、不浄、苦であるので顚倒は存在しない）

４　四顚倒がないから、そこから生起する迷いもなく、迷いがなければ諸行のはたらきは生じない

迷いは生成のはたらきに依存して生じ、生成のはたらきは迷いに依存して生じる。而してこの両者は実体として生起していない。

相依関係だからこそ実体性が否定される。

ある男は子供が誕生することではじめて父になり、生まれたものはある男が「父になる」ことではじめて「子となる」。即ち「父という概念」と「子という概念」とは相互に依存し、相互に存在を規定しあっている。

それゆえに「父」も「子」も実体としては存在していない。関係を表す徴表（しるし）に過ぎない。

これと同様に12支縁起も成立しないとナーガルジュナはいう。

部派仏教の相互依存を説く教え

アビダルマ（論書）の「6因４縁５果」と呼ばれる縁起説では、相依の関係論

６因の１つ「倶有因」とくに「互為果倶有因」は互いに果と為（な）る、相互依存の関係である。

最初期の縁起説　　　赤沼智善、舟橋一哉「佛教學セミナー第３７号」

１有情数縁起　　　　　　有情が迷いの世界に流転する、その流転のすがたを説く縁起説

２一切法因縁生の縁起　　迷いの生にあっては、すべては種々様々な条件によって条件づけられて存在するもの、

即ち条件に依存するものばかりであって、条件を離れて、条件と無関係に存在するものは一つもない

説一切有部は専ら１が教示され、ナーガルジュナにおいて２が仏説として復活したと舟橋は主張する。

縁起を考えることの意義

悟り＝仏陀の智慧とは、「縁起を思惟すること」「縁起説を対象とする思考」であると考えるべきであろう。

これは勿論、一生に一回限りの「体験」というようなものではない。それは「縁起説を考え続けていくこと」であり、従って「縁起説を考え続けていく人」を「仏陀」（buddha目ざめた人）と言うべきなのではなかろうか

「駒沢大学佛教学部論集29号」松本史朗

「考え続ける」だけで本当に縁起は理解できるのだろうか？

「執著を好み、執著を楽しみ、執著を喜んでいる人々には、これを縁とすること（縁起）の道理は見がたい。」

『聖求経』 Pāsarāsi-sutta, https://suttacentral.net/mn26/pli/ms　　経蔵中部第26経。

釈迦が、比丘たちに向かって、聖なる道（仏道）の探求について、自身の修行時代や2人の師（アーラーラ・カーラーマ、ウッダカ・ラーマプッタ）に言及し、後半は梵天勧請のエピソードが記されている。

Tassa mayhaṁ, bhikkhave, etadahosi: ‘adhigato kho myāyaṁ dhammo gambhīro duddaso duranubodho santo paṇīto atakkāvacaro nipuṇo paṇḍitavedanīyo.

takka：�@ m．[Sk．tarka] 思索，思択，理論，推論 takkāvacara 推論の範囲，尋思の境

mayhaṃ，人稱代名詞第一人稱我amha單數s [amha+sa]

bhikkhave, etadahosi　 比丘たちよ、私に、この〔思い〕が起こりました

adhigato：Having attained or arrived at，attained，acquired

gambhīro：Deep，unfathomable； profound，abstruse； full of meaning or import，important，weighty

duddaso：Difficult to see； difficult to perceive or understand； ugly

duranubodho：Difficult of comprehension

santo：Being； good； wise

paṇīto：Accomplished； excellent，eminent，exalted； sweet，nice

atakkāvacaro：Beyond the range of thought，unthinkable

nipuṇo：Clever，skilled，sharp，intelligent； delicate，subtle，abstruse

paṇḍitavedanīyo[paṇḍita　 wise　+　vedanīya　 feeling]

思考の領域を超えた智慧とは何か？

縁起を問うことは「体験の仏教」とは別の側面である知的側面に光を当てる試みでもある。

しかし「思考や推論の領域」を越えている高次の知に、いかにしてアクセスするのか？

ブッダの証悟したものは何であったかという問いに、真剣に答えようとしてみせる考究の軌跡自体が、仏教そのものの歴史であったと言える側面があるからである。　久保田力「東北芸術工科大学紀要6号」

「縁起とは何か」という営み自体が「ブッダに成る」道程なのである　　　　松本史郎

第一次縁起論争

木村泰賢　12支縁起を生命の生成と開展の過程と捉える　　

宇井伯寿　12支縁起を否定し、滅せられるべきもの　　　　非時間的な論理性と相依相待の可能性も視野

和辻哲郎　無明から明への劇的な転換の構造　　　　　　　非時間的な論理性と相依相待の可能性も視野

赤沼智善　迷いの生は条件に依存するものばかりであって、条件と無関係に存在するものは一つもない

誤読、ノイズの影響

木村泰賢　　　３世にわたる継時的因果

宇井伯寿　　　非時間的な論理性と相依相待の可能性も視野

和辻哲郎　　　　非時間的な論理性と相依相待の可能性も視野

実際

木村泰賢　　３世両重の生死の規定ではなく、刹那生滅の法則を明らかにするのが縁起の目的　事実的世界観５

宇井伯寿　　始めは３世両重は説かれず、後世の論蔵家の考え　「十二因縁の解釈」

和辻哲郎　　　　非時間的な論理性と相依相待の可能性も視野

浅い評論家

山折哲雄　　呆れるほど明快な批評　理性重視で近代的な宇井と和辻、意志・伝統的教学を重視する木村　

　　　　　　和辻の縁起観は、人間における認識のスタティックな地平に引き戻して解釈しようとしている　

　　　　　　和辻は縁起を現象を論理の網でとらえる方法と解した　「近代日本人の宗教意識」

松本史朗　　思考し続ければ縁起はわかる

宮下晴輝　　輪廻における三世両重説の胎生学的解釈

末木文美士　輪廻や三世両重説を重視する木村泰賢（実際は赤沼智善が輪廻を重視）論理的な宇井と和辻

小谷信千代　和辻の「実践哲学」が縁起説を輪廻説から切り離し、輪廻説を釈尊の仏教から排除した

清水俊史　　和辻は業報輪廻は原始仏教に属していないと主張した、と勘違いしている。

松尾宣昭　輪廻観については木村と和辻は通じている。

的を得ている？評論家

櫻部建　　迷えるものには輪廻があり、迷いを離れた者には輪廻はないとするのが釈尊の教えである

論争の最大の争点は輪廻の当否や縁起系列の性質よりも無明観の相違

和辻の輪廻観

因果応報　「実践哲学第３章４節」

木村の業報輪廻論

業はその本質が創造力を有する意志の隠れた性格にほかならぬゆえに「その自らの力によって未来を創造する」ものであり、「絶えず変化しながら従前の経験を自己に収めて、そを原動力として進むの創造的進化そのものである。」

ここに我々は生きんとする意志自身が創造的であるに従ってその意志に刻みつけられたる「性格」もまた創造的であり変化的であると主張を見いだす「実践哲学　和辻」

しかし、これは木村の主張であって、初期仏教の輪廻観、業論ではない。初期仏教は、悪業を積めば死後地獄に生まれ、善業を積めば死後天に生じるような、至ってシンプルなものなので、和辻は木村の逸脱を批判する。

和辻の業報輪廻論

輪廻は凡夫の素朴な視座である自然的立場（実覚を疑わず、言語表現を事物の真相と錯視し、生存欲求の充足を求め彷徨う生のあり方）においては「ある」のであり、地獄も天も「我が現実的であるごとく現実的であり、我が無であるごとく無」である。

眼前の感覚的対象と、想像の所産たる神話的対象とは、五蘊あるいは六入によって「有る」限りにおいては、資格を異にするものではない　　「実践哲学」

地獄も天も縁起の所産である、と言っているので、縁起説を輪廻説と切り離したという評言は的を外している。

業による輪廻の思想が原始仏教に特有なものではないこと、及びそれが原始仏教特有の実践哲学に属せざることである。「実践哲学第３章５節」

和辻が斥けたのは木村泰賢が唱えた「無我の立場における輪廻という不可解の解釈」に限られた。

赤沼智善の伝統教理的輪廻論

輪廻は「生死に始なく、苦の本際を知らぬ」ことを示したもの。

サンユッタ・ニカーヤSaṃyutta Nikāya相応部15無始相応Anamatagga-saṃyutta　1-20　

釈尊の輪廻は、梵書以来のインド伝統の輪廻とは同じではなく、それは客観的事実ではなく、地獄や三界説と同様に精神的意義のものである。

業が未来の生を規定し、未来の生を画き出すという過境的超経験的神秘的な意味は仏教に無かった「佛教概論」

木村泰賢の無我観

凡夫は流動的無我を有我と実覚して執著する、として木村の無我論は流動性に重きが置かれ、専ら固定性の否定が強調される。

輪廻や業の駆動因となる「我」とする木村にとっては、無我とは凡夫の有我のことになる。

「彼らはいずれも無明または欲tanhaを基礎にして生命を考察することによって右のごとき結論に達したものであって、しかも、少なくても吾人の解する限り、彼らの主張は、余りに機械的観察に拘泥した上座部仏教の主張よりも却って仏陀の真意に近いものがある」「事実的世界観第2章４節」

理論的に仏陀の生命感を推しつめる限り、有我論的結果に達する。

仏陀が無我説を強く主張したのは、主に人格的向上といういわば倫理的、実践的な理由だった、と木村はする。

対して和辻は「我が現実的であるごとく現実的であり、我が無であるごとく無である」

あえて空間／時間に区別すべきものではない

片山一良、三枝充悳

縁起はブッダの悟りの内容ではない　　　三枝充悳「縁起の思想」　　　　中村元「ゴータマ・ブッダ」

縁起はブッダの悟りの内容である　　　　スマナサーラ、松本史朗

縁起説はインド思想

木村泰賢　「原始仏教思想論」1921年

リグ・ヴェーダの「宇宙開闢の歌」「ブリハッドアーラニヤカ・ウパニシャッド」、サーンキヤ学派の24諦説、ニヤーヤ学派の人世観、ジャイナ教の「アーチャーランガ・スートラ」がブッダの縁起説に影響を与えたと思われる。

「仏時代前後に或る地方で行われたものを仏陀が説明の便宜上、採用したものであるということだけは疑うことが出来ぬ」「小乗仏教思想論」木村泰賢　　　　須弥山、南閻浮洲、地獄、鬼神、

本来のブッダの目的はもっと普遍的な価値の問題について語ることだったが、広く教を伝えるためには当時の人々が抱いていた具象的な「事実問題」にも言及せざるを得なかった。そこで当時、インド各地に流布していた世界観を「採用した」が、それはあくまで「便宜上」のことに過ぎなかった、という木村泰賢の趣意。

こうして仏教の12支縁起説は

１時代を経ているので、形式的に整備されている。

２認識論的条件（認識の生滅の過程）を最も重くみた　　成道に向かうブッダの順次の内観の道筋を照らすもの

城邑経　　ブッダが菩薩だった頃に10支縁起の生起と消滅についての述懐の経

65. Nagarasutta　 Saṁyutta Nikāya 12　　7. Mahāvagga　　　 https://suttacentral.net/sn12.65/pli/ms

英訳　　https://suttacentral.net/sn12.65/en/sujato

蘆束経　　相応部経典 因縁篇12　第7・67　「識⇔名色」が相互に依存している様が、蘆の束に喩えられる

「識⇔名色」から始まる縁起説で、六処→触→受→愛→取→有→生→老→死と続く

「識⇔名色」が生存苦の根源である。

名色とは

「名は精神的要素であり、色は物質的要素であり、両者が結合して名色となり、「名色を離さないところに有情の成立がある」ことが強調される。「原始仏教思想論」第二章

有情とは自らの意思に従って行為するもの、つまり人や動物などを指す。

名色とは「漠然たる意味では身（色）と心（名）とを総括した語で、いわゆる心身合成の組織を指すのである。故に六入と名色との関係は、要するに、六官の成立は身心全体の組織に依存するもので、これを離れて成立し得ないというところにある」「原始仏教思想論」第５章５節

六入、六官、六処は同義語で５感覚と想い（意）の機能およびそれらの器官を意味する。

木村は、「名色」を六処の内的側面（眼耳鼻舌身意）に対し、それらの要のような働きをしている心身の結合体、として理解する。

また木村は「意識の反省による自己分裂の結果として、自己の客観化」を名色とし、これを言語の作用と取ることも可能である。「縁起観の開展」下３節

「識も元来、名色中の一部であるけれども、名色を認識体と取り扱う限り、識はその中心たるもので、したがって名色全体の成立はこれに依存するといわねばならぬ」

「この点は、あたかも家族は夫婦子供等より成立しながらも、その中心は主人にあるがごときものである。したがって反面からすれば識の成立する条件は客観としての名色あるによるもので、これを離れて識のが独り存在するということは絶対にないことである」

この認識主体（識）と客観（名色）の不離こそが、「識⇔名色」という相互依存的関係の所以であり、「仏陀は識と名色との関係をあたかも蘆束の相倚るがごときのものと説いたのも」この認識論的立場からした。

名色が精神的要素と物質的要素の結合と位置づけられ、さらに識と名色との関係が主観と客観の相依関係として捉え返されたとき、そこにある種の「ポジティブな主体性」が想定されていることに気づく。

名色の名は精神的要素というよりはエネルギー体として心的要素ではないのか？

名色を精神的要素すなわち物資的ではないと捉えることで、誤謬が生じるのではないか？

名（エネルギー体）と色（rūpa物質体）は別のものであるのに、認識プロセスではこれを一体として扱ってしまうので、施設、仮構、幻想が始まってしまうのではないか？

パーリ経典の古層の六処

パーリ経典の古層に分類される「スッタニパータ」の「蛇の章」第一章169にある６つものを指していると推定される。

「師は答えた「雪山に住むものよ。６つのものがあるとき世界が生起し、6つのものに対して親しみ愛し、世界は６つのものに執著しており、世界は6つのものに悩まされている」」

六処、触、受、愛、取が説かれ、その逆観も暗示され、ブッダの観照の実際を読み取れる。

意の対象である法

意（梵: manas）巴manas　　　　　　知覚能力もしくは知覚器官

法（梵: manas）巴dhammā　　　　 意根によって知覚される概念を含むすべての存在　　　ウィキペディア　

ここでの「法」とは、意思の対象なので、判断や弁別、思考や意識などの内容のこと

「識⇔名色」の生存苦から離脱する方法　　　　　認識器官と認識対象の２分法に基づく修道論

６処の防護する、つまり５感覚器官と意思器官を対境（色声香味触法）から防護する。

具体的には、対象に触れても愛著しないように「視ながら観ない」「聞きながら聴かない」「思いながら想わない」

という状態に馴致し、感覚と意思器官をコントロールすることが修行の目標の１つになる。

感官を統制することができれば、感覚は「蓮においた露」のように、或いは「錐の尖の芥子粒」のように、執著なくあるがままにあるべくあらしめるように見ることができる　　　　　　　　「縁起思想」武内義範

五蘊（色・受・想・行・識蘊）　　心身の構成要素

人などの有情を構成する５つの要素とされる。　　

分母は有情なのか、こころのはたらき（認識）なのか？

色蘊はマテリアルな身体なのか？色・カタチのイメージなのか？

この５つの蘊が仮に結ばれて人なるものが出来上がる。

仮設として結びつくことを仮和合と呼ぶ。

５つの蘊が集まり、結ばれることによって「私」が仮設される。しかし、これはあくまで仮象であって、「私」を実体と看做すのは錯視に他ならない。

「これ（五蘊）は私のものである。これは私である。これは私のアートマン（我）であると考えることはできない」

五蘊以外に「私」の在処（ありか）はなく、五蘊も当然に「私」ではない。

かくて五蘊無我相が説かれ、併せて蘊の１つ１つが無常であることも説かれる。

蘊khandaの原義は要素ではなく、「同類のものの集まり」で現代用語の「範疇」に当たる。

すなわち五蘊は「存在の範疇」

宮地の五蘊六処説　

「無常・苦・無我」の普遍的妥当性の根拠となる人間の経験的事実をカテゴライズしたもの。

対して12支縁起をはじめとする有支縁起は、縁の滅を見通して、動的で実践に関わるもの。

識蘊は個々の事物を分別し、識別する作用を指す。

識蘊には認識の統括機能が認められることから、主体と捉えられる場合があるが、これはあくまでも仮象、仮設に過ぎない。

後代には霊我（アートマン）や魂を表すという誤った見解まで強弁されるようになったが、

大愛尽経Mahātaṇhāsaṅ khaya-suttaマッジマ・ニカーヤ第38経https://suttacentral.net/mn38/pli/ms

で完全に否定されている。 https://suttacentral.net/mn38/en/sujato

[mahantī大+taṇhā愛著]　saṅ　　 khaya滅尽sutta経

「区別して知る主体」と木村泰賢は解している。「事実的世界観第3章」

無明はなぜ要請されたのか？

「城邑」の10支縁起説には、無明と行の支分がない。もし10支縁起を12支縁起の先行形態とみた場合、

「識⇔名色」の前に無明と行の縁起支が要請されることになったのか？

木村泰賢は識と名色との関係が仏陀がスポットライトを当てて観照していた、と考える。

「識と名色との関係は主観客観の関係であるから、主観があるが故に客観あり、客観あるが故に主観あり、両者の結合によって世間ありといえば、認識論上、ひとまず完成しているからである。」「事実的世界観第5章3節」

減観の方からして、識滅するによって名色滅すといったところで、識が滅しられないのは、識の根底には無始の煩悩・業あるがためである。

仏教が描き出すものは、カント的な整然とした客観的な世界像ではなく、ショーペンハウアー的な盲目的に生存を求める意志の表象としての世界である。

似通う木村と宇井の縁起観

「私はなぜ老い、死ぬのか」から始まり、原因を辿っていて無明という根源因に行き着く省察を木村は「往観」とよび、宇井は「自然的順序」とよぶ。

順観／逆観　縁起支の生起と消滅を示す。

往観／還観　縁起支の連結の方向性、つまり帰結から根源因と根源因から帰結への因果を順次に辿る方向

往観は「心理過程をそのまま自然に辿る」還観は「前者を反省し論理化した」経路　　　　三枝充悳

往観の手順がわかりやすい

縁起の理解の浅いアーナンダに往観の手順で教える。

「老死の成立条件は何であろうか？生まれることを成立条件として老死がある」

大縁方便経Mahānidāna-sutta,経蔵長部の第15経　　https://suttacentral.net/dn15/en/sujato

https://suttacentral.net/dn15/pli/ms

９支縁起の経　　老死、生、有、取、愛、受、触、名色、識

大釈迦牟尼瞿曇　Linked Discourses 12　1 The Buddhas　　　　SN12　1 Buddhavagga　10Gotamasutta

ブッダが12支縁起を証得することで悟ったと記す相応部Saṃyutta Nikāya経典

往観で順観　　　老死とは？　　生を縁として老死、有を縁として生がある

cf

SN2因縁篇Nidāna-vagga12因縁相応Nidāna-saṃyuttaは9品93経から成る。

１Buddha-vagga（10経）

２Āhāra-vagga　（10経）

３Dasabala-vagga　（10経）

４Kaḷārakhattiya-vagga　（10経）

５Gahapati-vagga　（10経）

６Dukkha-vagga　（10経）

７Mahā-vagga　（10経）

８Samaṇabrāhmaṇa-vagga（11経）

９Antara-peyyāla（12経）

12支縁起説の４つの説かれ方

順観／逆観　縁起支の生起と消滅を示す。

往観／還観　帰結から根源因と根源因から帰結への因果を縁起支の連結に従って順次に辿る方向

往観は「心理過程をそのまま自然に辿る」還観は「前者を反省し論理化した」経路　　　　三枝充悳

１　往観−順観　　老死とは？　　生を縁として老死、有を縁として生がある

２　往観−逆観　　老死の滅とは？生に縁って老死の滅、有の滅によって生の滅がある

３　還観−順観　　無明を縁として行があり、行を縁として識がある。

４　還観−逆観　　無明の滅に縁って行の滅があり、行の滅によって識の滅がある。

２から３が導かれた

往観が取り上げられなくなった理由

各支分（無明、生、老死・・・）と縁起の法則そのものを区別したため。　　　三枝充悳

たとえば、法律（民法や刑法）と憲法との関係のように、憲法は法律をメタレベルで統制しているが、どちらも法であるので、この２つを区分（kategorisieren範疇化カテゴライズ）する結果として、理論化の所産である還観を基準にして始めることになり、次に逆観よりも順観が重視されるようになった。

つまり、概念を演繹できる事実を伝誦するために論理化と規定化する志向によって往観よりも論理化の所産である還観が重視された。

生きること対する危機意識（往観）が廃り、自然の定理（還観）としてみることで、後代の三世両重説のような輪廻によって説明される縁起説が成立していったのではないのか？

逆観は苦の真剣な観察であり究明である、対して、順観は論理的帰結であり、時間的因果関係などの哲学が入り込む余地がある。

仏教との関わり方　　苦からの離脱、それとも苦の究明

個人的宗教観と公的知識

仏教を体感するポイントは自分が苦しみ、それを除去したいと望むこと。

世界の様子について語るのではなく、自分のこころの様子にスポットライトを当てること。

厳しい自然の法則の中で暮らす者は２往観−逆観　　老死の滅とは？生に縁って老死の滅、　木村

優しい自然の法則の中で暮らす者は３還観−順観　　無明を縁として行がある。　　　　　　宇井、和辻

木村の無明と縁起説

１老死憂悲苦悩は人生の免れることの出来ぬ運命であり、これらが観察の出発点である。

２苦悩がある、のは生まれたからである。生まれなければ苦悩はない、すなわち老死の条件として次に生の来る所以である。

では何故生まれるのか？こうして縁起的観察が始まる。

根底に意志があるがために認識活動は営みを得る。認識は所詮、意志の目的を遂行する機関に外ならない。

これが識と行との関係である。行（サンカーラ）とは感情と思考のパターンのことで、身口意に活動を起こしめる原動力であり、業の結果として現れた意志のことである。

この意志の根本所依が無明である。

根柢においては、無始以来の盲目意志によって生命活動がある。

この「生の盲目的肯定」（盲目意志）が無明である。「縁起の開展　下3節」

12縁起は必ずしも時間的順序ではなく、大部分は同時的依存関係を示したものである。「事実的世界観」

12支縁起を「心理的経過」として捉える。

仏教に影響を与えた先行思想としてサーンキヤ学派の「25諦　プルシャ（純粋精神）と24の実体」がある。

どうして無明に泥む凡夫は世界の真相を理解し得ないで「自然的立場」に泥むままで満ち足り、無知の状態から脱することができぬのか？

ブッダの到達した「法の真相」を覆い、それから凡夫を遠ざける「根本動力」は生命体の本能である。

本能とは遺伝的に受け継がれた行動の様式や能力のこと。

本能とは遺伝的な様式がこの世でカタチになることで、霊魂（霊我）がこの世の「いのち」（自性）と交感する能力

生物的本能と社会的疑似本能の言語の２つが、「自己と世界（主体と対象）」の原初的認知を形成し、直覚intuition

と実覚（受vedanāの快・不快）とを統整している。これらの本能が根本煩悩となる。

木村の識の解釈

経には「知るが故に識と称せらる」と説いている

言語表象と輪廻の連続性について　　識と名色の因果性

大縁方便経Mahānidāna-sutta,経蔵長部の第15経　　https://suttacentral.net/dn15/en/sujato

https://suttacentral.net/dn15/pli/ms

９支縁起の経　　老死、生、有、取、愛、受、触、名色、識

アーナンダよ、生まれ、老い、死に、｛他の生に｝移り行き、再生するであろう限り、命名の道（可能性）がある限り、語の解明の道がある限り、表示の道がある限り、知恵の領域がある限り、｛現世の生存という｝この状態を設けるために｛生死｝の円環が回転する限り、｛必ずそれがあるのだ、｝すなわち識別作用とともにある、名称と形態が」

“That’s why this is the cause, source, origin, and condition of consciousness, namely name and form. This is the extent to which one may be reborn, grow old, die, pass away, or reappear. This is how far the scope of language, terminology, and description extends; how far the sphere of wisdom extends; how far the cycle of rebirths proceeds so that this state of existence is to be found; namely, name and form together with consciousness.

“Tasmātihānanda, eseva hetu etaṁ nidānaṁ esa samudayo esa paccayo viññāṇassa yadidaṁ nāmarūpaṁ. Ettāvatā kho, ānanda, jāyetha vā jīyetha vā mīyetha vā cavetha vā upapajjetha vā. Ettāvatā adhivacanapatho, ettāvatā niruttipatho, ettāvatā paññattipatho, ettāvatā paññāvacaraṁ, ettāvatā vaṭṭaṁ vattati itthattaṁ paññāpanāya yadidaṁ nāmarūpaṁ saha viññāṇena aññamaññapaccayatā pavattati.

Variant: jīyetha → jiyyetha (mr) | mīyetha → miyyetha (mr)

ettāvatā：adv．[ettāvat の instr．abl.] 　　これだけ，この範圍で.

adhivacanapatho 　the scope of language　　　　 [adhivacana同義語+patha道]

niruttipatho　　　 terminology　　　 [nirutti文献学+patha]

paññattipatho　　 description　　　　 [paññatti施設，概念+patha道]

paññāvacaraṁ　　 wisdom　　　　　　 [paññā般若+avacara境界]

vaṭṭaṁ 　　　　　　cycle of rebirths 　vattati 転ずる，起こる，存在する

木村説の特異性

当時日本の知識界を席巻していた一大思潮である「大正生命主義」の反響を感じる「人間における生命発動のダイナミックな地平で再構成しようとしていた」木村の縁起説の研究目的。

無明を輪廻の主体にまで押し上げて解釈するのは、木村だけに見られる特異な見解。

老死から発出した具体的な苦を何としても解消しなければならないという切実感に満ちている。

ただ問題の切実性が仏教論を性急なものにしているが故に、主意主義に過度に傾斜したり、有我論に近接したりするコンシステンシー（consistency土が含水比によって液状から固体状にまで変化する性質、すなわち流動に対する抵抗性の程度）の弱さと危うさがある。

宇井の無明と縁起説

「結局予のいう仏陀の説または根本仏教の説は吾々の論理的推論の上に構成せらるるものであって、その外には到底判らないということに帰着するのである」「原始佛教資料論」

抑制の利いた理知的な姿勢を81歳の終生まで貫いた。

各支は下位の支に対して常に条件であって被条件となることはないし、上位の支に対しては被条件たるのみで条件たる事はない「因縁の解釈」

１　12の支分の連接は時間的因果関係ではなく、論理的因果関係を示している。

２　無明と老死以外は、下位の支分に対しての生起の条件であって、同時に上位の支分に対してそれを条件として生起した結果としてある。

３　これらは時間的遷移のなかで現象する時間的因果ではなく、論理的、同時的な因果なので、それぞれの支分はすべて現在に同時にあり、またそれ故、一挙に全体を表す。

４　従って局所をみれば、上位の支分と下位の支分は条件−被条件の関係にあり、それらの立場が自由に入れ替わったりはしないが、全体をみれば、条件が被条件になり、被条件が条件になる相依の様相を呈していると解し得る。

このような宇井の縁起理解は初期仏教のそれではなく、「中国華厳哲学」の「時々無碍、重々無尽」の縁起を説明しているに他ならない。「駒沢大学佛教学部論集第17号」松本史朗

アビダルマ仏教の4縁説における「増上縁」（すべての現象や行為は、全世界、全宇宙のあらゆる縁が間接的に関わって成り立つ）にも近い。

「般若経や龍樹仏教の一切皆空説は縁起説を他語で言い現したものにほかならぬ」印度哲学研究第2　p330

縁起説の根本趣意を相依関係に認める所からくる結論するのは先走りで、縁起説はそこまで徹底していないと和辻は宇井を批判する。

無明とは「四諦の一々に対する無知aññāṇa といわるる如く、無明は無知という意味に外ならぬ」「因縁の解釈」

全体を覚知できない事態を無明という。

無明は活動性を考えることができないもの。

無明からはじまる12因縁は創造発展の過程を示すもの（木村の解釈）ではない。

「ブッダの智慧」とは通常の知性や理性のみで捕捉できるようなものでも、言葉によって十全に表現できるものですらない。

和辻の無明と縁起説

宇井の12支縁起を相依相関という解釈は先走りした理解だと批判した 。

和辻は縁起支を法と捉え、法と法との（継時的因果関係ではなく）論理的条件づけの関係と看做す。

「原始仏教の縁起では、それぞれの縁起支が自己のなかに全系列を映じ、いわば世界とモナッドのように互いに映じ合う関係にあるとする。・・・要するに相即相入という華厳哲学の交互媒介を−一即一切の世界観を前提としながら−原始仏教の縁起説の相依性に及ぼうとするのが宇井説の特色である」「佛教の思想」武内義範

モナッドとは世界を映し出す生ける鏡

交互媒介とは相依的、相依相関的のこと

様々な縁起系列はそれぞれ独自の思惟動機を背景としているので、「観念の仕方の順序」は各各「内的必然性をもって、不可欠の条件の追窮として」表出される。

無明を「知らないこと」と捉える和辻、宇井と同じように。

「しからば無明は何を知らないことであるのか。経典は五蘊あるいは六入処の無常を知らぬこと、あるいは五蘊及びその集減味患離を知らぬこと、四諦を知らぬこと、あるいはさらに詳しく前際後際、内外、業報、仏法僧、四諦、因縁、善不善、罪習、勝劣、染浄を知らぬことなどと説くが、一言にして言えば『不知聖法』である」

「聖法を知らずとは一切法に対して不如実知であること、すなわち凡夫の立場、自然的立場に立つことにほかならぬ」「実践哲学第2章６節」

不知聖法、つまりブッダの智慧を知らぬことが無明である。

自然的立場とは、ブッダが捉えて説いた事物存立の実相、即ち事物が仮象に過ぎぬという真相を知り尽くしていないこと。現象学の術語。

仏教はその実感的自明性を批判するのは、それらが苦の原因であるので、反直覚的counterintuitive状態を維持しようとする。

自然的立場、実感こそが根本的な煩悩であり、迷いの生に縛り付ける執著の根本である。

雑阿含経13. 味・患・離　梵: Saṃyukta Āgama

雑阿含経に対応するのは巴: Saṃyutta Nikāyaだが、実際には増支部にある　　なぜ？

Aṅguttara Nikāya 3　11 Sambodhavagga 104Paṭhamaassādasutta https://suttacentral.net/an3.104/pli/ms

Numbered Discourses3 11. Awakening　104. Gratification　 https://suttacentral.net/an3.104/en/sujato

assādañca assādato ādīnavañca ādīnavato nissaraṇañca nissaraṇato

味わいは味わいである、患いは患いである、出離は出離である

不如實知味是味。患是患。離是離者。

ものや感覚や思想には生き物を執著させる「味わい」があり、また生き物を嫌悪させる「患い（わずらい）」がある。ふつう生き物はこれらに振り回されて生きている。しかし、同時に、それらには生き物に「出離」を引き起こす側面もある。

「味わいも患いも出離も存在しない」と否定してしまうのは簡単である。しかし、執著を引き起こす作用は何なのか、我々に嫌悪を引き起こすものは何なのか、如実に知ることを求めている。

否定によって目をそむけることではなく、理解することによって真の悟りに至る。

もののなかに「出離」の側面もある。この視点がないと、「この汚れた世界では悟ることが出来ない」「現世に救いはなく、来世に望みをかけるしかない」などといった、現世否定の異世界主義が出てくる。

仏教はあくまでこの世のなかに、解脱を見いだす思想である。

「元来、不知が不知として知られるのは、行によって成立する有為の世界（エネルギーがある）に対して無為（エネルギーもない世界）を認識せるより高き立場、言いかえれば「法に基づいて存在する世界」を超出しその法自身を観ずる「明」あるいは「般若」の立場に立つゆえんである」

つまり、自己を含む全存在をあらしめている法を観ずるメタレヴェルに立つ、という意味である。

全現象は、法という形式（カタチ）によって限定されると同時に、存在機制（しくみ）としての法そのものによってあらしめられる。

「存在者は了別されてあることによって初めて存在者として存在する。すなわち了別という形式によって存在者が成立する」「仏教倫理思想史」

智慧paññā意識を無為と解釈しているのが誤謬の原因ではなかろうか？

無明を縁とするとは明に対して、無明の領域を限定することを意味する。この限定が行の縁なのである。

無我は物体とエネルギーを区別しない

「五蘊において我ありと計する凡夫のみが喜び悲しみ怒り苦しむと言われる。かかる喜びや苦しみが存在するものと見られるのは「我の喜びや悲しみ」としてである。

無我の立場を守る限り物理的な物と心理的な物との区別はあり得ず、存在の仕方と体験とは一つでなければならぬ。

ここに我々は、一切の対象界を意識に内在せしめる企てが、意識を対象界の範疇とするということによってなされているのを見る」「実践哲学」

　

縁起法頌の「諸法は原因から生じる」

「諸法は原因から生じる。如来はそれらの原因を説く。また、かれらの消滅をも。

偉大なる沙門はこのように説く」アッサジがサーリプッタに説いた偈頌

諸法とは、諸々の存在する事象の法のことであるが、諸法は原因から生じるという縁起法は、その言及対象である「諸法」と同質なのか？それとも異質かのか？

和辻の「法」と「法の法」の２層

「法」　　　存在の法　　　五蘊（色・受・想・行・識蘊）法　　　　　　世俗諦？

「法の法」　無常・苦・無我の法　　　　　　　　　　　　　　　　　　　勝義諦 ？

「法」存在（者）を対象レヴェルにする法

五蘊法　　　時間的に変易する無常なる存在に対する超越項であるので無常ではない。

本来は無常であり仮象のものを、限定し、あらしめられる対象とする色・受・想・行・識蘊の「法」

「法の法」　上記の「存在の法」を対象レヴェルにする法

存在（者）と「法」とを区別することで、「法」の領域を画定するさらに上階の超越項。

法の法も変易せず、無常ではない。存在（者）としての五蘊の各々のみが無常。

「本来は無常の主体と現象」を限定する色・受・想・行・識蘊だけが変化しつづける？

「色rūpaは無常である」は2層の法によって成立している。

１実際には無常なるものが、五蘊法によって限界あるもの（色）に設定されている。

２同時にこの五蘊法は存在（主体と現象）するものではないので、五蘊法そのものは無常である。

成立した順番で説明すると、

まず、無常・苦・無我の法によって、「存在するもの」の領域が「法」の領域から区別され、さらにその存在するものの「法」として五蘊が立てられた。「実践哲学第１章４節」

どちらの法も観取の段階である。観取とは「見て知る」こと。

「色・受・想・行・識或は眼耳鼻舌身意が、無常・苦・無我である事を如実（yathabhūtaṃ）に観ずるとは、すでに説けるごとく一切の存在者の存在が無常・苦・無我であることとその一切の存在するものの法が色受想行識あるいは眼耳鼻舌身意であることとの２層の法を、あるがままに、現実に即して、何ら独断的な予想を設くることなく、認識するということである。」

「この無常・苦・無我は存在者について妥当する法であって、それ自身時間的に存在するものでない」

「たとえば存在者が無常であるということ自身は無常ではない。超時間的に妥当する」「無我の立場」

和辻がメタレヴェルの法を実体として措定する過誤に陥ってしまった、と宮崎は考える。

そてい【措定】　推論のたすけを借りないである命題を主張すること。

和辻説の難点

和辻は現象学の「本質直観」というタームを多用しながら、「実践」の名の下、形而上学や神秘主義を原始仏教の解釈論に裏口から導入しようとした。

「如実知は絶対のものである。・・・如実知はすなわち神秘的な直観であって、妥当領域はこの直感によって成立するにほかならない」

「哲学以外の形而上学的なものは超感覚的な形而上学的なものである。認識不可能なるものとして哲学の領域より締め出さるべきものである。」

「『認識不可能なるもの』を存在者としての人間が志向するという神秘主義（Mystik）が成立するのである」

「仏教倫理思想史」

「法」や「法の法」を、あたかもプラトンのイデアごとき変滅せざる実体と看做した過誤が和辻にはある。

識が限定（行）して明を無明にする

和辻のいう「明あるいは般若の立場に立つ」とは世俗の対象レヴェルの実在性を「超出」し、さらに諸法をも対象として現観することができるメタレヴェルを獲得するということである。

これは、自己認識や存立規則をも含む全領域を対象化できるメタレヴェルのことである。

自然的立場を世俗の範疇に限られた真実（世俗諦）の立場と達観できるのは、智慧が明や般若といったメタレヴェルに達したからである。

「しかもこの限定せられた領域（無明）は、それが限定せられたものであると認識せられるときに消滅する。「何によって無明があるか？」と問うためには無明が認識せられていなければならず、その認識は明の立場において可能であるがゆえに認識せられたときにはすでにもう無明はない」

「般若は世俗諦における「法」を見いだすが、しかしそれだけで法を滅するものでない。涅槃（滅）の域に達するには、法の認識（般若）が極限を超えること（波羅蜜）を要する」「仏教倫理思想史」

「無明を縁とするとは明に対して無明の領域を限定することを意味する。この限定が行の縁なのである。行は存在の方にとってこそ究極の統一原理であるが、その統一する領域は畢竟限定せられた領域に過ぎない」

実践哲学２,６節

「たとえば赤を見ることは赤がそれ自身を青黄等から区別することであり、区別することは行が自己を限定することである」

この文脈の限定は分節と同義であり、示差性、つまり他との差異において対象を認識する、という意味である。

然らば事象を「限定する」のは識が了別し、区別し、限定するからである。「仏教倫理思想史」

たとえば色とは電磁波のなかでヒトの視覚が判別できる可視光線を分別した名称である。

この波長の連続体を言葉によって仮に区別したのが「コバルトブルー」や「グレー」など日常的に用いる色相である。どの色相にも自性があるのではなく、他との差異において仮設された名称に過ぎない。

和辻が十分に説いていないのは「我ありと計する凡夫のみに苦がある」の「計する」の性格、それの根深さである。「輪廻転生考」松尾宣昭　　　これは肯綮に中（あ）たる。

無明を「見いだす」ことと「滅すること」は同時に起こる事象ではない。見いだすことは、始まりに過ぎず、「発心」である。そこから修行が始まり、見いだし続けることを心身に徹底的に定着させることができてはじめて、「無明を滅する」ことができる。

智慧の立場（philosophieren）が直ちに滅となって実現せらるるためには、単に認識ではなくして体現でなくてはならぬ「縁起説第１　２章　全集19巻」

哲学的思索に基づく認識では滅の世界には通達できず、体得を必須とすると和辻は明言している。

「我が本質なきものであると真に知られたならば、利己主義の立場は止揚さるるはずであるが、無我の考察は必ずしも我執の脱却を伴わない。ただ抽象的に無我を考えつつ、真実には我を実在するものと考えている場合がきわめて多い」「道徳の根拠づけ　第１篇3章」

「和辻は、仏教が苦と捉え、そこからの解放を目指したのは、楽受に対する苦受ではなく、このような「自然的立場」であるとしている（全集19p140）。」

「愚か者は存在（もの）に不変の実体（我）を考え、あるとかないとかと倒錯する誤りのために煩悩に支配されるから、自らの心によって欺かれる」「六十頌如理論」24偈「大乗仏典14龍樹論集」

「和辻哲郎とナーガルジュナ」吉村均

和辻の自然的立場とは、「この私」が実体として存在し、実体としての「この世界」に直接対しているという信憑の足場に立つことだ。その立場には美醜、快苦、善悪のような価値判断も伴う。

そして「現実」に泥み、それを疑い得なかった「自らの心」によって欺かれるのが凡夫の苦なのだ。

判断停止（エポケー）による「具体的生きた現実」を批判的に把捉

「具体的生きた現実」を一定の枠に入れて、相互の連関や態様を客観的に観察し、省思する必要がある。

テーラワーダ仏教の無明

「存在が苦集滅道であることをまだ知らない」ことが無明「ブッダの実践心理学6巻」

相応部2因縁篇　12因縁相応　2分別　

Saṁyutta Nikāya 12Nidāna-saṃyutta　1Buddhavagga　 2Vibhaṅgasutta https://suttacentral.net/sn12.2/pli/ms

Linked Discourses 12　1The Buddhas　2 Analysis　　　 https://suttacentral.net/sn12.2/en/sujato

比丘たちよ、無明とは何であろうか？

比丘たちよ、苦について知らないこと、苦の集起について知らないこと、苦の滅尽について知らないこと、苦の滅尽に導く実践について知らないことである。比丘たちよ、これを無明と言うのである。

Katamā ca, bhikkhave, avijjā? Yaṁ kho, bhikkhave, dukkhe aññāṇaṁ, dukkhasamudaye aññāṇaṁ, dukkhanirodhe aññāṇaṁ, dukkhanirodhagāminiyā paṭipadāya aññāṇaṁ. Ayaṁ vuccati, bhikkhave, avijjā.

「世界は、無明があると知らず、行をする。仏弟子は無明をなくすための行をする。」

「四聖諦を知り尽くしたら、無明がないのです。従って、行（おこなうべきもの）も消えるのです。

これは解脱に達したという意味なのです」ブッダの実践心理学6巻

無明avijjāとは

「仏教が説く根本的な煩悩。明vijjāが正しい智慧、認識を意味するのに対し、無知はそれを欠いた状態で、真実や物事の道理についての無知を意味し、特に縁起や四諦などの仏教の教えを知らないことを言う」

「上座部仏教事典」

無明と根本煩悩

「もし無明の因縁を、更にその本を求むれば即ち無窮にして、即ち辺見に堕し、涅槃の道を失せん。この故に求むべからず。もしさらに求めなば即ち戯論に堕せん。これ仏法に非ず」「大智度論」第90巻　ナーガルジュナ

無明のさらなる「本」を追究すれば、無知と根本煩悩の相互依存に突き当たる。

相依関係は無限に循環するため、これ以上遡及できない。即ち無明が「本」であり、縁起の起源であり終極である。このような起源や終極はこの世には存在しない、あるのはヒトの頭の中だけ。

第2次縁起論　　三枝充悳、宮地廓慧、舟橋一哉、　中外日報で10回の論文　1978〜1980

三枝充悳

有支縁起で重視するのは「老死は何故あるのか？」という問いから、その原因を推究して根源的無知にまで辿り着く過程のの方が、根源から死に至る過程よりもリアリティがある。

１　12支縁起はブッダの悟りの内容ではない

２　12支縁起の有支縁起の此縁性idappaccayatāのフレーズは、縁起説一般を形式的に表現したものではなく、有支縁起における隣り合った２支分間の生起と滅の因果関係を定式化したものに他ならない。

３一般的縁起説は12支縁起や此縁性とは別個に提示されてある。

４有支縁起・此縁性も一般的縁起説も、一方向の依存関係を示すのみであり、相互依拠の関係は示していない

５有支縁起・此縁性も一般的縁起説も、無常、苦、無我、四諦などの仏教の基本教理を基礎付けるものではない

宮地の意図を読み込んだ上で反論するのではなく、あくまで資料を絶対的な信拠とし、矛盾した論述を神経質に斥ける。

idappaccayatāを此縁ではなく、「有支縁起」という訳語を当てようとする。

「これがあるとき・・・」の非独立性、非抽象性を強調したいがため　「縁起論争」梶山雄一

idam此=anga支とみて、 idappaccayatā=bhāva-anga=支縁起=有支縁起とみる。

idappaccayatāの直訳は、「此を縁とすること」であるのに有支縁起と訳すのは、

此idamが支分を指すという苦しい意訳のため。

なぜ三枝は焦心を尖らせずにはいられなかったのか？

ヒトの思考パターン化に応用しやすい12支縁起説が勝手に過剰一般化されるのを怖れて、文献学の軛をつけることを大事にした。

例えば三世両重説に基づく胎生学的解釈や有我論のような拡大解釈が行われないように。

しかし三枝の論法の盲点は、「歴史的事実性ないし実在性への依拠がどこまで妥当性をもち得るかということである。つまりこのような事実性・実在性は、仏教が思想的に内包する事実性の捉え方、実在性の捉え方と齟齬を来するものではないのか。そうであるなら、仏教の思想の根柢は最初から取り逃がされることになるだろう」

「仏教を思想として追求するということ」氣多雅子

宮地廓慧

文献的推定よりも、縁起思想の動機や真意である「モーティブ」を重視し、経や論の釈義を行うアプローチ。

無明が滅すると同時に縁起していた一切の支の意味が同時に滅するということは、苦悩の世界の意味が失い、無明の境地と明の境地との相互排除の関係が認められる。

「無常・苦・無我」の普遍的妥当性の根拠となる人間の経験的事実をカテゴライズしたもの。

対して12支縁起をはじめとする有支縁起は、縁の滅を見通して、動的で実践に関わるもの。

12支縁起は、悟りの内容ではないが、「悟りを開いた」という経験は、「縁起の原理（縁性）を身証体現した」ということであるから、その意味において「縁起を観じて悟りが開けた」といっていい。宮地9.3

舟橋一哉

「縁起の故に無常である」

「あらゆるものは種々様々な条件に限定せられて（これが縁の意味である）、仮りにそのようなものとして成り立っている（これが起の意味である）。それ故に条件が変われば、そのものはどのようにでも変化する訳であるが、その変化することを無常と言う。即ちもう一度言えば、固定不変でないことが無常である」

縁巳生法pratitya-samutpannā即ち条件によって成り立っているものが無常の代名詞として用いられる場合も多いのである。（此縁性と縁巳生法は縁起の因と果を表している）

上記の文をパラフレーズすれば、

AはBによって成り立っているから、Bが変化すれば（無常ならば）Aは当然変化する（無常である）。

事物Aと条件Bとの関係性を、つまり縁起を原因として生じたものではない。

単にBに、延いてはAに外部から与えられたものに過ぎない。これでは縁起の関係ではない。

どうしてこの理路で「縁起の故に無常である」の説明がつくと看做せるのだろうか？

AがBに条件づけられて成り立っているということ、すなわち縁起ということは、はみ出してしまい、不要になっている。

AがまったくBに限定され依存して成立している＝縁起している場合でも、もしもBが変化しないならば、Aは変化しようがない。またBが無常でないならば、Aもまた無常では決してあり得ない。

無限後退する舟橋の縁起説

舟橋が「縁起を諸条件によって生起すること」と定義するので、Aという事物は条件B,C,D,E・・・によって成り立つことになる。これらの諸条件のあり方は無常である。それ故、これら無常なる諸条件によって成り立つAは無常になる、と考える。

だが、条件B,C,D,E・・・が無常である原因は何か？と問われれば「条件Bを成り立たせている諸条件が無常であるから」と答えるしかない。つまり、この説明は無限後退に陥っている。

無常、有為、縁巳生は同義語なのか？

縁巳生samutpannāは縁によって生じた事象であり、縁起の結果である。

有為saṃskṛta巴saṅkhataの原意は

パーリ語ではsaṅ（三毒の貪瞋癡）によって�@khata [khaṇati khanのpp．] 掘られたる，根絶されたる．

�A [khaṇati kṣan の pp．] 傷つけられたるもの。

また「集め造られたもの」とも一般的には訳されている。

有為は、(1)因（直接条件）と縁（間接条件）が合わさって造作された無常なる現象的存在を意味する仏教用語。

有為の法（ダルマ）のことを有為法（saṃskṛta-dharma）と呼ぶ。これに対し、さまざまな因果関係・因縁によって造られたものでなく生滅変化を離れた常住絶対の法を無為（asaṃskṛta）という。

有為はまた、(2)人為的なあり方を指す老荘思想の用語でもある

縁巳生samutpannā（縁起所生）は「縁りて集めて生起したもの」であり、それは無常であるのに対して、そのように「縁りて集めて生起すること」が縁起であるから

縁起→無常

縁起と無常との非連続性

「もろもろの原因から生じ、壊滅するものであるもろもろの形成されたもの（諸行）を、（自分とは異なった）他のもの（わがものでないもの）であると見なし、わたくしは、あらゆる煩悩を捨てました。わたくしは、清涼にしてやすらかなものとなりました」「テーリーガーター」サクラー尼の告白

「もろもろの原因から生じたので壊滅する」即ち「縁起の故に無常」

しかし「縁起しているものは無常であり、無常なるものは縁起している」ことを表示しているに留まっている。

初期仏教において「無常−苦−無我」と縁起の間にはなんの関連も連続もない。

cf.

『倶合論』では次のように言及される。

世尊はおっしゃった。「比丘たちよ，汝らに，pratītyasamutpādaを私は説こう。またpratityasamutpannā dharmāḥを私は説こう」と。経典はNidānasaṃyukta14

経典では、 [縁って]生み出すもの (samutpāda縁起) は原因であり、 [縁って]生み出されたもの (samutpannā縁巳生)は結果である、とする。

説一切有部はPrarakaraṇapāda （Vasumitra 2cが編纂）を根拠として、pratītyasamutpāda もpratityasamutpannā dharmāḥ も両者とも同じ有為法なのだと説明する。

経典を文字通りには解釈せず アビダルマ論書に基づいて「pratītyasamutpāda =pratityasamutpannā dharmāḥ　=有為法」という定義を導き出している。

この後，プールナーシャが「縁って生み出すもの(総起)ではあるが，縁って生み出された諸法ではないものがあるはずである」として四句分別を行う。

A 　　　　　B

縁起 　　　　縁巳生法

O(原因)　　 x (結果)　　　原因であるが結果ではない。 未来の諸法

x (原因) 　　O(結果)　　　　原因ではないが結果である。 　阿羅漢の過去・現在の最後の諸法

O (原因)　　O(結果)　　　　原因にも結果にもなる。　　 　阿羅漢の最後の諸法以外の過去・現在の諸法

x (原閃) 　　x (結果)　　　　原因にも結果にもならない。　 無為の諸法

プールナーシャの以上４つの解釈は，世親によって否定されることになるのだが，四つの解釈のうち「無為の諸法は.原因にも結果にもならない」という言及が見られることに注目しておきたい。

ダルマキールティdharmakīrti法称

7世紀中葉のインド仏教最大の知識論の学問僧。唯識派に分類される。デカン地方の出身とされるが、生没年は不詳である。活動期は、インドに留学した玄奘と義浄との中間にあたる。

主要な著作は認識論・論理学にかかわるもので、「法称の七論」と称せられている。

『知識論評釈』

『知識論決択』（ちしきろんけっちゃく）

『正理一滴』（しょうりいってき）

『証因一滴』（しょういんいってき）

『論議の理論』

『関係の考察』

『他人の存在の論証』

法称は陳那（ディグナーガ、480年-540年ころ）の知識論を継承し、さらにそれを発展させ、より確実な理論に高めた。法称以降の仏教およびインド哲学諸派の認識論と論理学（因明）に重大な影響を与えた。

たとえば、知覚と推理の区別を厳密に規定し、推論式の証因（しょういん、媒名辞〔ばいめいじ〕）の備えるべき3条件の理論を厳密化し、論理的に必然的な関係を同一性と因果性の2種に限定し、否定的推理の理論を完成し、陳那の唯名論的概念論をより発展させ、主辞（しゅじ）と賓辞（ひんじ）との遍充（へんじゅう）関係の相違に基づいて肯定命題を3種に分かつなど、画期的な業績をあげた。

実体の否定論である「作られたもの、縁起せるものは瞬間的存在」であるということは、つまり「無常なるものである」ことで論証できる。

無常の根拠を縁起に求めざるを得なかった理由

「無常は論理的に説明・解釈してみても、無常をこえる道にはつながらない。」

いかにして無常から宗教が生まれるのかを追究することで

「縁起→無常」という因果関係の認定につながったのだが、これには飛躍がある。

無常の機制を実時間に沿ったかたちで解き明かすことはできない。

12支の連結はリアルタイムの無常の様相を記述しているのではないし、それを目的にしたものでもない。

なぜ無常なのか？ 無常の原因は無常

この問いは無意味であるのは、その答えとなるべき無常の原因と事項もまた無常たらざるを得ないからである。

無常を身証する立場は、恐れることなく、憚ることなく、無常を無常のままに受けとめるのである」

宗教的叡智の直観によって到達せられたものである。

根本煩悩たる根源的生存欲は本能に根ざしているが、事物を無常ならざる実体と思い込ませる役割を担っているのは主に後天的に獲得された言語による分別である。

「無常ではない」という信憑に囚われた者が「無常である」現実に直面したとき苦が起きる。ここでいう苦とは言葉の虚構性の露呈に他ならぬ。

無常はいつも無前提に、ときとして唐突に登場し、自明のことに扱われる。その原因や起源に説き及ぶことはない。

無常とは生滅や変化は何かが同一にとどまることを前提にして成り立つ概念である。

「たとえば運動（空間的位置の変化）であれば空間の同一性、不変性が前提となる、というように。

この世のすべてのものが無常であるなどという教説はそもそも意味をなさない」「仏教3.0を哲学する」

意味の外にある絶対的事実が無常なのだ。真の死が意味の外部に立つ事実でしかないように。

つまり無常は思惟の領域にはなく、言詮（言葉による説明）を絶しており、概念的な存在として成り立っていない。

「反論者は言う。『すべては無常である』といわれており、『すべては無常である』と示すことによって、不空であることも示しているのである。

これに対して答えて言う。

すべては無常（といわれるが）、無常なるものも恒常なるものもなんらあるのではない。存在（もの）があるとすると、恒常なるものか無常なるものかであろうが、どこにそのようにあるであろうか 58 龍樹

『すべては無常である』といわれるが、このばあい、説こうとされていることを知らねばならない。

なぜなら、無常なるものも恒常なるものもなんらないからである。もし存在（もの）があるならば、恒常なるものか無常なるものかであろうが、それらの存在（もの）がどこにあろうか、どこにもない、と説いたのである」

「空70論」13節　ナーガルジュナ

然るに、賢者ならざる凡夫において無常は苦だし、死もまた端的な恐怖である。何故に恐怖であり、苦であるのか？

無常も死も意味の領域、名辞の領域に取り込むことはできないが、にも拘らず、あるいはそれ故に絶対的な事実として直観できるからである。

山口瑞鳳（ずいほう）の3つの時間　　　　　　中観派シャーンタラクシタの教説

１　知覚原因となる外界の先験的「変化」が、過去と未来の境になる「今」として、未来へと経過しながら停滞なく消失する。これが第１の時間。　　　　　　　　　　　　瞑想や観照における「いま・ここ」

２この知覚原因の変化に向き合っている生体が、天与の感受機能により外界の時間的経過を知覚に取り込み、持続する瞬間の空間的軌跡に変えて静止、移動の「表象」を纏める。

この瞬間毎の虚構の「現在」に表象が成立し、その直後に消失する。　　　　主体による「無常」体感

３表象は瞬間の前後が区別されないまま静止的に捉えられ、そこから抽象された没時間的形態観念が、それを指す名称と共に「名色」として構成され、記憶されたその「名色」から言語表現が形成される。新たに経験され、誤って外界の捕捉とされる表象は全て、想起された「名色」に同定され、言語表現どおり「生・滅」する実体として認識される。この実体を支える「名色」の没時間的恒常が第３の時間。　　「想念の世界」「記憶の世界」

「インド仏教哲学史」

想念（思考、言語、一般化）によってヒトの心を支配しているのは、１と２の歴時性的な時間ではなく、実体的な「名色」で構成された記憶であり、それに基づき静止的な「言語表現」の世界が日常の必要に応じて形成される。結果の経験表象が外に投影されて外界と見なされ、それが「名色」に照合され、実体と認識される。

「言語表現」は実体で構成されるその世界が「生・滅」して「変化」すると偽りを述べるが、「言語表現」に埋没する人間はそれを納得する。

そのような日常的な、根深い拘束がわれわれを実体への執著に結びつけて止まない。

この無常論に対して「カント哲学のように現象の先験的条件を構成するような超越論的なものを前提にすることができるのだろうか。知覚や推論において語れないようなものを前提とすることこそ、「歴時的因果」の形而上学ではないだろうか」「刹那減の研究」谷貞志

１の時間を凡夫は精確ではないが知覚できるからこそ、知覚と現実のギャップにdukkha苦を感じるのだ。

だからこそ「『死』の恐怖」を覚えるのだ。そして発心の契機を掴み得る。

心身の修習を積むことで、通常の自然的な「知覚や推論」では通達できない、つまり「思考の領域」にはない事象の実相をかなり見渡せるようになる。

有無中道と縁起

Saṁyuktāgama 雜阿含經　SA 959 迦旃延経　　　https://suttacentral.net/sa959/lzh/taisho

（相応部、因縁相応、Kaccāyana？）

正しい見解とは何かとカッチャーヤナに尋ねられ、ブッダは、

「すべてのものは存在する」ということは１つの極端な論であり、「すべてのものは存在しない」ということも極端な論であるので、両方の極端な論に近づかずに中庸を保つことを説いた。

世界の存在、非存在のいずれかに固執する議論に囚われぬ中道が提唱されていることから、後段の12支縁起説は「人生の生き方」だけを問題としているのではなく「一切法のあり方」をも問題にし、これが無常につながっている、と舟橋は推断する。

これはそのまま「すべては変化しつつ相続する」という考え方になるだろう「一切法因縁生の縁起」

「世界の生起をあるがまま正しい智慧によって見ている者」こそが「一切法因縁生の縁起」を体感して、世界には存在という性質はないことが理解できる、と舟橋は考える。

ナーガルジュナの「中論」15章７偈と8偈

「存在するもの（有）と存在しないもの（無）とをよく知る世尊は『カーティヤーヤナへの教誡』の中で、『何かが存在する』ということと『何かが存在しない』ということ、そのいずれも否定された」

「もし何かが本性として存在する（有）ならば、それが存在しないこと（無）は起こり得ないだろう。なぜならば、｛ものに本来備わっている｝本性が別の状態に変化することは決してあり得ないからである」

ここでも縁起説は根拠となり、

「何か」、つまり万象は、本性として存在したり、存在しなかったりしない。つまり実体として有でもなければ無でもない。縁起するものとして仮に「在る」ようにみえているだけだから。

大乗仏教の「言語という問題」

「大智度論」18巻　「因縁故無常。無常故苦。無常苦故空。空故無我」

ナーガルジュナはアビダルマ仏教において一度は切り捨てられた一切法因縁の縁起を、もう一度復活させた。

こうして大乗仏教の視位から、初期仏教の縁起や無常が解釈され、「縁起→無常」というコーザリティcausality（因果性）が定着した。

「言葉や観念はわたしたちをとらえて、ありのままの世界とはちがう、こわばった世界をつくりあげる力をもっている。わたしたちはそこで固定した『わたし』に執著するようになる。『わたし』が年老いて死んでいくことを恐いと思うようになる。愛したものが消えていくことに深く悲しむ」

「この幻影のベールをとりのぞくことができた時、わたしたちの前には、つねに動いてやむことのないありのままの世界の壮大な光景がたちあらわれてくる。そこには限りない喜びがあふれている。この現象の世界が一時たりと止まることのないことを知る無常の瞑想は、あるがままに物事を見るまなざしを養う長い修行の第一歩となるものである」　　「虹の階梯」ラマ・ケツン・サンポ　中沢新一

「ありのまま」の形容詞がありのままではなく、「ありのまま」を不完全に写し取る言葉によって「ありのまま」が再び新たなベールによって覆われている。

第５章　生命主義とポストモダン

仏教学のプロパーproper（特有）の問題域から距離を取り、時代の思潮の背景をなす思想史的課題を精察する。

「今、いのちがあなたを生きている」　　　真宗大谷派の宗祖親鸞の750遠忌

「いのち」なるものが、「あなた」という経験的時間を仮に生きている、ということ。

いのちとは何か？

仏教には「いのち」（生命力、生きていく原動力）と言われるような常住の概念はない。

アーラヤ識を「いのち」と誤解する学派もあるが、その原理自体は仮有であり、実体的なものではない。

アーラヤ識自体は刹那ごとに生滅を繰り返す「識を継起する流れ」に他ならない。

「いのちの意味」海野孝憲

仏教といのち

仏教は現世否定の宗教で、この世を祝福していないので、出産や生産は「いたしかない」と受け止め、「いのち輝く」すばらしい生命の世界を讃えることはしない。反生命主義anti-vitalismの側面がある。

個体性にしばられているというありかたに否定的なまなざしを向けることなく、自然界における生命の営みをそのまま祝福するようなものは、もはや仏教とは言えない。

「仏教は何を問題としているのか」松尾宣昭　

「生命」はどこまでもネガティブな現象でしないというのが初期仏教の前提とする。しかも教理の基本というよりは、心身のあり方、生命のあり方そのものが苦である、という自覚こそが、凡夫を仏道に向かわしめる原因になっている。

初期仏教の生命観

相応部経典22.95「泡沫」

Linked Discourses 22　10 Flowers　95 A Lump of Foam　 https://suttacentral.net/sn22.95/en/sujato

Saṁyutta Nikāya 22　10 Pupphavagga　95 Pheṇapiṇḍūpamasutta　 https://suttacentral.net/sn22.95/pli/ms

“Pheṇapiṇḍūpamaṁ rūpaṁ,　　　　 [pheṇapiṇḍa塊（土塊、角砂糖）＋upamā譬喩]

vedanā bubbuḷūpamā;　　　　　　　　 bubbuḷa：[cf．Sk．budbuda] 水泡，泡沫

Marīcikūpamā saññā,　　　　　　　　 marīcikā：[f．] mirage．

saṅkhārā kadalūpamā;　　　　　　　 Kadala，（nt．） the plantain tree　芭蕉

Māyūpamañca viññāṇaṁ,　　　　　　　 [māyā+upamā]　　 māyā：幻，幻術，誑惑，神秘な格言．-ūpama 幻事の如し

desitādiccabandhunā.　　　　　　　　 desita：[pp．ḍeseti] pointed out； preached

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　dicca神の子　bandhu： [〃cf．bandhava] 親族，親戚，親類，縁者

diccabandhunā　ブッダのこと

経蔵小部スッタニパータ第5章1119　

Sutta Nipāta　Mogharājamāṇavapucchā　5.16Mogharāja’s Question　 https://suttacentral.net/snp5.16/en/mills

Sutta Nipāta 5.16　Mogharājamāṇavapucchā　　 https://suttacentral.net/snp5.16/pli/ms

Be ever mindful, Mogharāja,　　　　つねによく気をつけ、

and as empty, view the world,　　　　世界を空なりと観ぜよ。

with view of self pulled up,　　　　　自我に固執する見解を打ち破って

and thus crossed over death—　　　　そうすれば死を乗り越えることができるだろう

who sees the world like this　　　　　このように世界を観する人を

the King of Death sees not.　　　　　　死の王は見ることがない。

「死の王は見ることがない」とは、死という観念に囚われて、不安に苦しんだり、恐怖に打ち負かされたりすることがない、という意味である。

生死自体が棄擲された進境を指す。

“Suññato lokaṁ avekkhassu,　　　

Mogharāja sadā sato;

Attānudiṭṭhiṁ ūhacca,

Evaṁ maccutaro siyā;

Evaṁ lokaṁ avekkhantaṁ,

Maccurājā na passatī”ti.

Attānudiṭṭhi [atta+anu+diṭṭhi]　　

ūhacca：[abs．of ūhanati] having pulled out or removed

maccutara：[adj．] one who overcomes death．

siyā　 [Sk．syād] atthi �@ の opt． あるであろう， あれかし

syāt　स्यात् (Strictly 3rd. pers. sing. of the Potential of अस् 'to be') It may be, perhaps, per chance

木村泰賢の流動的生命

生命がインクの液、業がインクの色　「事実的世界観4章」

「色」＝業によって染まり、色相、方向を変えながらも、基体として存在し続ける「液体」＝生命とは我の別名に過ぎない。これはウパニシャッド哲学とは違う有我論である。

業kammaとは「仏教にあっては、絶えず変化しながら従前の経験を自己に収めて、それを原動力として進む創造的進化そのものであるからである」

生命の遍歴たる輪廻を駆動するのは無明であり、木村によれば、生きんとする意志、盲目的生存欲求である。

進んで彼は、無明こそ輪廻の、ひいては有支縁起の主体であると主張するに至る。「縁起観の開展　下３節」

大正生命主義

生命という語は明治にはいってからlifeの訳語として普及した。

ショーペンハウアーやニーチェを先駆とする「生の哲学」によって生命の思想的基礎づけが試みられる。

生命は経験、体験といった直接的な実覚と結びついている。

不断の流動や連続的生成など生のダイナミックな属性を重視し、その内的な充溢に注目することによってのみ、真の具体性、全体性を把握できる、と主張する。

西田幾多郎の「善の研究」1911年が基礎付けに意味をもたせた。

「我の思想、愛の理想、宗教の本質」をめぐる西田の考察の内容は、陽明学や禅を中核に浄土真宗、キリスト教神秘主義、トルストイの宗教思想などの影響を受けたものであり、それらとカントに発するドイツ観念論の流れに属する諸体系を換骨奪胎しつつ、遺伝学・進化論などの生物学の知識とを一挙に統合して、「純粋経験」から「神との瞑合」に至る概念の体系化を試みたものである」

その体系は「宇宙の真生命とその現れとしての人間の生命の本能とでもいうべき観念」によって保持されているという。　　鈴木貞美「生命主義哲学の形成」

西田のいう「純粋経験」、主客未分、主客合一、主観相没した意識の状態は、この「空」に似ているが「空」と同じではない。龍樹においては実在が否定される。

世界を一旦「空」に帰した者にとって、世界とはあくまで「仮説」のものとして観想される。西田の考えは、これとちがう。西田は「純粋経験」こそ「真の実在」とする。

この考えは実証主義を経過した実在論の範疇にある」　鈴木貞美

純粋経験「反省を含まず主観・客観が区別される以前の直接経験」を指す用語。

ウィリアム・ジェームズ・アンリ・ベルグソンの近代西洋哲学、禅などの東洋古典思想

純粋理性批判　理性認識の能力とその適用の妥当性を、「理性の法廷」において、理性自身が審理し批判する構造を持っている。したがって、それは、哲学（形而上学）に先立ち、理性の妥当な使用の範囲を定める哲学の予備学であるとカントは言う。

カントは、理性 (Vernunft) がそれ独自の原理 (Prinzip) に従って事物 (Sache, Ding) を認識すると考える。

しかし、この原理は、経験に先立って理性に与えられる内在的なものである。

そのため、理性自身は、その起源を示すことができないだけでなく、この原則を逸脱して、自らの能力を行使することもできない。

換言すれば、経験は経験以上のことを知りえず、原理は原理に含まれること以上を知りえない。

カントは、理性が関連する原則の起源を、経験に先立つアプリオリな認識として、経験に基づかずに成立し、かつ経験のアプリオリな制約である、超越論的 (transzendental) な認識形式に求め、それによって認識理性 (theoretische Vernunft) の原理を明らかにすることに努める。

初学者向けの解説： すなわち「認識する」とされる理性そのものは、理性からは認識できる範囲外にあることを原点とした。「コペルニクス的転回」を見せた。

生の哲学　　ヴィルヘルム・ディルタイのテーゼ

１　生は根本事実であり、その背後に遡ることはできない。

換言すれば、体験が根源的所与（心の中に表象されている現実）であり、哲学はそこから出発する。

２　思惟や理性は、生を基礎づけることはできず、むしろ生を基盤にして成立する。

したがって、生を理性の法廷において裁くのではなく、生を生それ自身から理解するのでなければならない。

３　体験はそれ自身についての直接知である。体験は内から知られている。

この直接知にもとづいて、体験の本来の姿がとらえられねばならない。

４　ただし生は究め尽くしがたい、生の儚さや脆さ、その暗さや深さ、不可解性や非合理性、有限性や歴史性、こうしたことがありのままに直視されねばならない。　「生の哲学」岩波哲学・思想事典

和辻の大正生命主義　ニイチェ研究

「真の哲学は単に概念の堆積や聖斉（整いそろっているさま）ではなく、最も直接な内的経験の思想的表現なのである。

直接にして純粋な内的経験とは、存在の本質として生きることを意味する。認識する主体と認識せらるる客体とがあって、その間に認識の形式に依らざる直接な本質の感得があるというのではない。

直接な内的経験をもし直覚と呼ぶならば、この直覚は「生命そのもの」として生きることなのである。

もとより「宇宙生命」は不断の創造であるから、直接な内的経験もまた創造的に活（はた）らく。

自己表現はこの創造活動である。芸術や哲学は皆ここから生まれる。」　　和辻「ニイチェ研究」

「直接な内的経験は「直覚」によって把握されるなら、「生命そのもの」であり、その「生命そのもの」は「宇宙生命」を根源にもつという世界観に貫かれている」　「ニイチェ研究をめぐって」鈴木貞美

「ニイチェの謂う所の「自己」はすなわちこの権力意志である。認識の形式を超絶した人格の頂点はただ「自己」としてのみ解せられる。そこには部分と全体との関係は許されない。個人の自我と絶対者との関係は部分と全体との関係ではない。「自己」は直接に宇宙の本質である」

「ニイチェの道徳は宇宙生命としての自己が自らを実現せんがために内よりおのれを束縛することである。彼の道徳の最高の意義はここにある」「ニイチェ研究」

「ニーチェの権力意志説やベルグソンの純粋経験論を仏教と結びつけて理解しようとしていることが注意された。その要旨は仏教でいう「涅槃」を「生命」の純粋な活動と解釈し、これを主客対立の知的自我意識に先立つ人間本位の発見としてとらえようとするところにある」

「和辻はニーチェの「権力意志」を、人間の意識の深層の「根本生命」と説明する。そしてそれは主観・客観の区別を越えた「永久の生成」であり、表象された世界の奥底の「神秘な現実」をなすと説く」苅部直「光の領国」

「宇宙生命」なる観念は、ニーチェとは無縁である。なぜならニーチェは、世界にしても自己にしても、活動そのもの、生成、流動がすべてであり、いかなる「実体」も「実在」もフィクションにすぎないとするからだ」

実体観念を拒否し、生の活動性そのものを原理とし、一切の概念を「事物化」と考えるニーチェの哲学に宇宙生命という観念はふさわしくない。　　「ニイチェ研究をめぐって」鈴木貞美

仏教観を修正した和辻

資料の実証的研究を通じて本来の仏教に触れ、それまでの仏教観を修正した。

「原始仏教の実践哲学」では、宇宙生命や「生命主義」は提唱されない。

日常生活的経験世界においては「いかなる場合にも感じられ欲せられるもの、すなわち価値に関係するもの」として把握される。

従って、仏教には、西洋哲学にみられる「存在の学」と「当為の学」の厳密な区別はない。

強いていえば「高次の当為」だけなのだ。

存在Sein（英being）プラトンのイデアのような現象界の変化の根底に横たわる不変の実在

近世のデカルト以後では、主観に対立して、外界に客観的にあるもの。

当為Sollenとは、現に存在すること、必然的であること。

同様に主観客観の別もない。素朴具体的な意識は存在と価値の織り交ぜられた組織であり、その複合体を見定める上で、より高次の当為、根本範疇を設定することこそが原始仏教の転回、新機軸であると和辻はいう。

「範疇による認識が単に現象の認識にすぎず、真の認識がただ直観的認識としてのみ存するという見方には、原始仏教とのある類似が認められはする。しかしこの直観的認識の対象が形而上学的なる世界の本質とせらるる時、この立場は原始仏教の哲学が極力斥けようとしたちょうどその立場に一致して来るのである」

「原始仏教における唯一の認識が対象とするのは五蘊六入縁起というごとくまさに経験を可能にする「法」であった。そうしてこの「法」の認識こそ、自然的立場よりも高き新しき立場の設定であった。ここにおいて「我」は存しない。」「実践哲学1.2」

経典中には盲目的意志の形而上学のごときが存しないという和辻は理解できるが、和辻のいう高次の当為（より高き立場）とは存立規則や自己認識をも含む全存在領域を対象化できるようなメタレヴェルのことである。

自然的立場における知識が、何を意味するかについての認識こそ、真の認識であり、真の認識という上位階型の設定こそが、原始仏教の「決然たる転回点」として認められると和辻はいう。

和辻において、「存在の法」（高き視座による認識、根本範疇）は無常ではなく実有である。

「では無常・苦にして移ろい変わるものを見て、『こはわが所有なり、こは我なり、こはわが本体なり』となすのは適当であろうか」　漢訳　雑阿含経1-9無常　　　　　　相応部経典22-15　無常なるもの

Linked Discourses22　2Impermanence 15That Which is Impermanent https://suttacentral.net/sn22.15/en/sujato

Saṁyutta Nikāya 22 2 Aniccavagga 15 Yadaniccasutta https://suttacentral.net/sn22.15/pli/ms

viññāṇaṁ aniccaṁ. Yadaniccaṁ taṁ dukkhaṁ; yaṁ dukkhaṁ tadanattā; yadanattā taṁ ‘netaṁ mama, nesohamasmi, na meso attā’ti evametaṁ yathābhūtaṁ sammappaññāya daṭṭhabbaṁ.

Evaṁ passaṁ …pe… nāparaṁ itthattāyā’ti pajānātī”ti.

Consciousness is impermanent. What’s impermanent is suffering. What’s suffering is not-self. And what’s not-self should be truly seen with right understanding like this: ‘This is not mine, I am not this, this is not my self.’

Seeing this … They understand: ‘… there is no return to any state of existence.’”

和辻は「無常aniccaと呼ばれるものは、不変ではない、変易する、すなわち時間的に存在する、の義である」

和辻は埒外の無常も設ける。「実践哲学」

１すべての存在は時間的なものであり、無常にして変易する。

２すべての存在は移ろい変わるが、その属性を述定する法則「存在の法」は常住にして不易であり、超時間的

相対主義のパラドックス

すべての存在は相対的である、とするならば、その命題自体は相対的なのか？

もし相対的でないとすれば「すべては相対的である」という当のめいだいが崩れ、

もし相対的であるとすれば、相対主義なものの存在可能性を含み込んでいるになり、「すべての存在は相対的である」という全称命題は崩れてしまう。

無常とは？　　　概念ではなく苦の根源

仏教において、無常は概念ではなく、苦の根源である。

無常に論理的な根拠はなく、論理的な根拠はなく、論理操作の対象でもない。

無常は「思考、推論の領域にはない」

無常という言葉は仮設でしかない。

「『すべては無常である』といわれるが、このばあい、説こうとされていることを知らねばならない。なぜなら、無常なるものも恒常なるものもなんらないからである。もし存在（もの）があるならば、恒常なるものか無常なるものかであろうが、それらの存在（もの）がどこにあろうか、どこにもない、と説いたのである。

「空70論」Sunyatasaptati

無常は、ただ私達の投げ込まれた状況であり、苦の根本因として現前しているだけだ。

そして、その無常という危機的（クリティカル）な時間を生きるしかない、という留保のない自覚こそが仏教の始まりである。

ただ「一切は無常である」という危機的な自覚があるだけなのだ。

かかる論証の要のない自覚を、もし信仰というのであれば、これはまさに信仰である。

「一切は無常である」という覚そのものも無常であり、変質し消滅し得る。

始終のない手摺なき階段を登っていくようなもの。

人びとは常に実体的な観念に傾き、無意識に「手摺り」を求めてしまう。

本能と言語によって枠づけられた実覚が私達を実体志向に誘導していくのである。

論蔵「論事」Kathāvatthu　23品　　　説一切有部では「無為法」という真実在のカテゴリーを想定した

縁起、無常、五蘊の「dhamma法」を真実在とみる議論がある。

宮下晴輝「真に実在するものpariniṣpanna」

対して、ナーガルジュナは「中論」7章33偈

「生起・持続・消滅の3相が成立しないから、有為法は存在しない。有為法が成立しないとき、どうして無為法が成立することがあろうか」

「生起も、持続も、消滅も、幻のごとく、夢のごとく、蜃気楼のごとし、と{諸仏によって}説かれている」34偈

和辻の誤解の根拠

「色等を客観的な外的なあり方と想定」しているところに和辻の誤解があったのである。

この誤解は我々の日常的な常識に基づいている。

例えば遠景の山は遠くに見え、自分の手は近くに見えるのが当たり前で、景色も自分の手も、外ならぬ自分の眼に映じているに過ぎないというのは、視覚の仕組みの知識とその反省の所産に過ぎない。

しかしながら外の景色も自分の心の中も瞬時に変わっている、つまり無常であることは、経験できないことではない。

誰にも経験できて分かることなのである。こうして無常なる色、ないし、識も理屈なしに、自分の身をもって知ることが出来る、分かることなのである」

「知覚（体験）に基づく仏教か、理屈（理性）に基づく仏教か」村上真完

和辻は無常の存在の領域に対して、常住にして久遠の「法」の領域が確定されていると信じた。

木村はそれを「動くものの中における動かぬ一定の法則」である形而上学的実在とし、和辻は「存在と存在の法を区別する法」を恒常の実在である、とした。

「もし本質が存在するもの（法）に内在する性質・本性であるとするならば、法性dharmataであることになる。このように敢えて再解釈するならば、仏典の用語法となるであろう。

なお法が概念に過ぎない場合にも、不変な概念ではなく仮の概念であって無常なことは避けられない」

「知覚（体験）に基づく仏教か、理屈（理性）に基づく仏教か」村上真完

「五蘊といえ12支といえそれらが諸法、すなわち、可滅の属性である点に何等変わりはない。法は確固普遍なるものではなく、反対に実に不安定な中ぶらりんな危機的存在なのだ。

我々の生に存在論的な根拠などどこにもない。我々はこの不安定な危機的な諸法の時間的因果系列としてのみ存在しているのだ。

『諸法が顕現する』とは、我々の生が全く不確固なものとして、危機的な可滅の諸法の連続として見られたことに他ならない。縁起の理法が見られたわけでもなく、『形なき純粋生命』が見られたのでもない」

「縁起について」松本史郎

「無限なる全体性即ち『空』の前に一切の個人を消滅せしめた仏教においては、人間の共同態はそれぞれの段階においてこの絶対的全体性を実現するところの場面である」

「生活の共同はそれぞれの程度における自他不二の実現である。具体的なる生の共同として実現せられることを除いては、自他不二は『空』にほかならぬ。　

かく見れば有限なる人間の全体性は、無限なる全体性即ち『空』において成立し、この全体性が己を現わす必然的な道として、最も根源的な意義を獲得する。」

「仏教の理想がわれわれの祖先の精神的昂奮を惹き起した時に、彼らがそれを超国民的な教団という如きものとして実現することなく、社会主義的な国民社会の組織として実現した如きは、その顕著な証拠である。仏教による普遍的道徳の実現が、その最大なスケールにおいてはただ国民としての全体性においてのみ実現せられたということを、われわれは安んじていい得るのである」「和辻哲郎全集23巻」

「仏教の『空』『無我』がやすやすと『国家』『国民』と結びついていく。ここにもまた、和辻のみならず、勤怠日本の仏教解釈の陥ったひとつの罠が潜んでいるといわなければならない」「和辻哲郎の原始仏教」末木文美士

木村の「生の哲学」への傾倒を厳しく批判した和辻も「法」を変易せざる、無常ならざる観念的実体と定め、やがて空性をも実体的に捉え、空によって共同体や国家を絶対的全体性の現実態として肯定する過失を重ねていく。

「法」（五蘊の法）や「法の法」（無常・苦・無我の法）を何としても存在の領域、つまり無常の世界から別除しなければならないというのが和辻の強い信憑であった。

プラトンのイデアのような、永遠に変滅しない絶対の実在、つまり実体という他なきものとして安置しようとしたのである。

言語批判が不十分であり、色によって充たされぬ純粋名辞としての「法」という永遠不滅の観念的実在を措定してしまう。実体論への志向を遂に克服することができなかったのである。

Saṁyutta Nikāya 22　3 Bhāravagga　32 Pabhaṅgusutta　https://suttacentral.net/sn22.32/pli/ms

雑阿含経51. 壊れるもの

如是我聞。一時佛住舍衞國祇樹給孤獨園。爾時世尊告諸比丘。

我今爲汝説壞不壞法。諦聽善思。當爲汝説。諸比丘。色是壞法。彼色滅涅槃。是不壞法。受想行識是壞法。彼識滅涅槃。是不壞法。

佛説此經已。諸比丘聞佛所説。歡喜奉行

このようにわたしは聞きました。あるときブッタは舍衞國の祇園に住んでおられました。そのとき世尊は比丘たちに告げました。

「わたしは今、あなたたちのために『壊れるもの』と『壊れないもの』を説きましょう。しっかり聞いてよく考えなさい。さあ、あなたたちのため説きます。比丘たちよ。色が『壊れるもの』です。その色が滅び、しずまっていること。これが『壊れないもの』です。受想行識が『壊れるもの』です。その識が滅び、しずまっていること、これが『壊れないもの』です」。

ブッタがこの経を説き終わると、比丘たちはブッタの説かれたことを聞いて、喜び承りました。

木村の「空」を越えた形而上学的実在論的傾向

「法性常在」や「法性自爾」といわれるように、仏教において動かぬ法を指すことがある。それはむしろ不変不動として高唱される。「事実的世界観　第６章」

ショーペンハウアーやドイツの印度哲学者のパウル・ドイセンの偏りを木村もそのまま受け継いでいる。

法性（dharmatā梵）は諸事物、諸事象の本質、法の法をいう。通常は実相、真如、法界、涅槃と同義されるが、この語を過剰一般化させて、「その法界とは動くものの中における動かぬ一定の法則を指す。」

あらゆる活動の根柢に、法性という無常ならざる理念的存在の実在を認めるのである。

「空」の境界線も、言詮の及ばない形而上的実在、形而上力とでもいうべき特有の実在を認める。

初期仏教にも法性の用例はみられるが、それらは「きまり」や「本来備えている性質」くらいの意味で使われている。　平川彰「法と縁起」

ナーガルジュナの法性と木村の法性の違い　　　涅槃と輪廻　　　

空性において言語多元性が滅するとき、言語の対象は止滅する。そして、心の活動領域も止滅する。

なぜならば、｛諸法の｝法性は、あたかも涅槃のように、不生にして不滅だからである　「中論」18章７偈

この「涅槃のような不生にして不滅の法性」を木村のように形而上学的実在として捉えるのは誤った読解である。

これは原始仏教や中観派仏教とは異質のものである。

この偈における「不生不滅」とは、「自性として生じるものでも、滅するものでもない」の意であり、法性の恒常的な実体性を認定しているのではない。自性とは固有の実体的性質のことである。法性は自性ではない。

「空なるもの」は実在しないのである。

「もしも空でないものが何か存在するなら、空なるものも何か存在するだろう。しかし、｛今まで述べてきたように｝空でないものは何も存在しない。どうして、空なるものが存在しようか」13章７偈

「輪廻を涅槃から区別するものは何もない。涅槃を輪廻から区別するものもなにもない」25章19偈

「涅槃の極みは輪廻の極みである。その２つの極みの間にはわずかな隙間も決して知られない」25章20偈

中論の前提は、アビダルマ仏教において説かれた「法有論」すなわち法の実在論に対する根源的批判である。

木村の絶対的生命

経典にはなく、西田「善の研究」の真生命に近い概念。

人間はその「生意志」が日常的・現実的には動物と異ならぬ本能的欲動として現れ、他方、理想的には超時空の霊的生活へのあこがれとして現れる。

「吾人は暫く前者を現実的生命の要求といい、後者を絶対的生命の要求と名づけたと思う」

「凡ての宗教は絶対的生命の要求に応じて起こったものである」

絶対的生命の要求とは、永生への意志を全うし、その欲求を満たさんとすることにあると知れる。

ヴェーダーンタ学派の意義を総括するに当たり、　梵我一如を「全宇宙を貫通する絶対的生命と吾ら自身の生命とが根柢において連なっている」とみる解釈が書き付けられている。「木村泰賢全集2巻」

絶対的生命とは梵ブラフマンの別名である。

木村の自我

真我（純粋主観・純粋意思）∈真我（心理的自我）∈精神∈身体

身体∈家族∈国家∈全人類∈宇宙

「大乗仏教思想論　6章３節」

極大たる宇宙と極小たる真我とが一致するウパニシャッド哲学の梵我一如と想起させる自我論である。

「吾人の自我はかかる性質のものであるならば、その本体は何であるかとの疑問が起こる。ここにおいて吾人はどうしても最後の仮定として、吾人の本性としてのいわゆる絶対的生命または絶対我の存在を許さねばならぬ。

しからざれば、わずか５尺の身体と70年の命を有する吾人が、内的にも外的にも無限に拡がろうとする要求を持つべきはずがないからである。・・・・

吾人の生命すなわち自我が時間的にも空間的にも無限の方向に向かって進む所以は、その本性が元来無限絶対の大我に連なるからであると解しないでは、この意味が分からぬことになる。」

「真如といい、法身といい、仏心といい、ないし神明というのも、実にこの絶対我を指したものに外ならぬ」

「大乗仏教思想論　6章４節」

仏教では有情、つまり心を備え、動作する者にしか成仏の可能性を認めていないから、「草一葉、木一本の中にも」意味が宿るという信念は特殊日本的なアニミズムや汎神論ではあり得ても、仏教ではあり得ない。しかもその意味が「絶対我」に依拠するとなると、いよいよ仏教とは程遠くなってしまう。

この絶対我の思想には、実質的に無我もなければ無常もない。無明も智慧も煩悩も縁起もなく、ブッダの教えとは懸け離れた意味付けがなされている。

これはインド的に改鋳された生命主義、生命を原理（実体）としての不二一元論である。

ドイセンの流儀で仏教を「生の哲学」の色に染め抜いている。

言葉の罠

法や法性、そして空性までも実体的に捉えてしまったことが「罠」に嵌った原因である。

「およそ、空性という見解をいだく人びと｛がおり｝、かれらを癒しがたい人々であると、｛もろもろの勝者は｝語った」「中論」13章８偈

「空性は、間違って理解すると、捕まえ方を間違えたヘビのように、あるいは間違って唱えた呪文のように、愚か者を破滅させる」「中論」24章11,12偈

「この｛空性の｝教え（法）は愚者たちに理解しがたいと考えて、｛釈迦｝牟尼はそれを説くことを躊躇されたのであった」「龍樹「根本中頌」を読む」

「宝積経Mahāratnakūṭa Sūtra」の23番めにある「迦葉品（摩訶迦葉会）」

漢訳大蔵経には「大宝積経」として四十九にのぼる経典が収められているが、その五番目には浄土教の経典「無量寿経」が、また四十八番目には「勝鬘経」が収められている。

迦葉品は「摩訶迦葉会」と題して、宝積経の二十三番目にある。宝積経の経典の中でももっとも古い層に属するものと思われる。それは法華経と比較してわかる。法華経も古い経典だが、それよりも古いようだ。というのも法華経ではすべての衆生が成仏できると教えているが、迦葉品はまだそこまでは主張していないからだ。小乗の徒には成仏が認められていない。だから法華経よりは古く成立したものと推定されるわけである。

もともとはこの迦葉品をさして宝積経と言った。宝の言葉を集めた経という意味である。それが今日のように四十九の経典全体をさすようになって「大宝積経」と呼ばれるようになった。

迦葉品は四度も漢訳されたように、宝積経のなかでももっとも重視されてきた。サンスクリット語の原典とチベット語訳も現存している「世界の名著２大乗仏典」にはサンスクリット語原典からの抄訳（長尾雅人編訳）が収められている。

全体の構成は、釈迦が長老弟子のカーシャバ（迦葉）を相手に教えを説くことからなっている。

舞台はラージャグリハ（王舎城）のそばにあるグリッダクータ山（霊鷲山）。八千人の比丘たちと、一万六千人の菩薩たちが一緒であった。菩薩たちは、さまざまな仏国土からやってきた者で、この世（娑婆世界）で生きたのちには成仏することが約束されていた。

釈迦がカーシャバに向って説く言葉は、菩薩のあるべき姿である。そのあるべき姿を声聞や独覚など小乗の修行者と比較しながら説く。菩薩のあるべき姿は、さまざまな比喩を用いながら説かれる。熱、風、月、日輪、獅子、巨象、蓮華など、さまざまな事象を取りあげながら、それらとの譬喩においていかに菩薩がすぐれているか説く。

その菩薩に対比して、小乗の声聞は矮小さを批判される。釈迦は、「はじめて発心したばかりであっても、菩薩はすべての声聞たちや独覚たちにまさる」と言い、「声聞は菩提の座（菩提道場）にすわり、このうえない正しい完全な悟り（無上正等菩提）を得ることは決してない」とも言うのである。

小乗の僧（沙門）が成仏できない理由として色々あげられるが、基本的には、小乗の僧たちが自分自身のことだけにこだわり、衆生の救済に無関心ということである。

また空性にこだわりをもってしまった者たちの限界を説く。

「カーシャパよ。もしある人々が空性という概念をつくり上げ、その｛観念的な｝空性に帰依するならば、カーシャパよ、私は彼らをこの教えから疎外され、破壊された者であると呼ぼう。実に、カーシャパよ、空性という観念（空見）を足場にして思い上がっている者よりは、スメール山ほどにも大きな個我の観念（我見）に依拠している者のほうが、まだしもましである。それはなぜか。カーシャパよ、個我の観念を信奉する者を（自由な境地に）出離させるのが空性であるのに、その空性の観念に固執するならば、彼は何によって出離することができようか。（それを癒やす薬はない）」

「カーシャパよ、それと同じように、観念に固執する者をすべて（自由な境地へ）出離させるのが空性である。しかるに、カーシャパよ、もしその空性をこそ観念化する者があるならば、彼こそは癒やすことのできない者、と私は呼ぶ」

釈迦の批判に怒った小乗の僧たちは、その場から退出してしまう。それに対して釈迦は、彼らを追いかけて行って、目をさまさせるようにスプーティ（須菩提）に命じる。法華経方便品にも、増上慢の僧たちが釈迦の説法を拒否して退去する場面があるが、釈迦は去るにまかせて追わなかった。それに対してこの経では、釈迦は小乗の僧たちを目ざめさせようとするのである。

スプーティはしかし、自分の身には余ると言って辞退する。そこで釈迦は、神通力で二人の比丘を仮作し、それらに小乗の僧たちを追わせ、目覚めさせる努力をさせるのである。比丘たちは小乗の僧たちに向って言う、

「涅槃という観念を捨て去ってください。観念において観念をつくってはいけません。観念でないものにも、観念を作ってはいけません。観念（の実質）を知るのに、観念を用いてはいけません。観念を知るのに観念を用いるような人には、観念による束縛があります。長老がたよ、観念を滅し、感受を滅した（想受滅）ところに、精神を集中（等持）してください。決して分別したり、妄想したりしてはいけません」。

近代的知識人の限界

木村や和辻をして、原始仏教の際立った個人主義的性格を無視せしめ、自我の範疇を家族から共同体、国家に拡張し、最終的には宇宙大のスケールにまで膨張せしめた元凶は、彼らが実体性、恒常性への執著を最終的に払拭できなかった点にある。

とりわけ知識人のレヴェルにおいて常に問題となるのは、言語に対する批判的意志の弱さだ。

自我の、自意識の現存性が言語によって支えられるものであることを見徹するならば、家族だの、共同体だの、国家だのが、言語が齎す虚構、即ち「戯論」に過ぎないことは火をみるより明らかなはずだ。

それを頭では一応理解しながら、知性は往々にしてこの「罠」に落ちてしまう。

知なるものの運命である。

花という名によって把捉されるそのものは、この名に充たすところの名でないものすなわち色である。

名なきものはあり得ぬとしても、名づけらるるものとしての名でないものは色として存する。

そうしてこの名でないものは必ず名あるものでなくてはならぬ。

名のうちには色によって充たされない名、すなわち非色たる法があるが、色として名なきものは把捉せられていない。

だからここで色に充たさるることを要しない純粋の名を除いて考えれば、あらゆるものは名色である。名なき色なく、色なき名はない」「実践哲学2.4」

名称経 相応部Saṃyutta Nikāya, SN

「名という唯だ一つのものに、一切のものが従属した」

Linked Discourses1 7Oppressed 61Name https://suttacentral.net/sn1.61/en/sujato

Saṁyutta Nikāya 7Addhavagga 61Nāmasutta https://suttacentral.net/sn1.61/pli/ms

“Kiṁsu sabbaṁ addhabhavi, “What oppresses everything?

kismā bhiyyo na vijjati; What is nothing bigger than?

Kissassu ekadhammassa, What is the one thing

sabbeva vasamanvagū”ti. that has everything under its sway?”

“Nāmaṁ sabbaṁ addhabhavi, “Name oppresses everything.

nāmā bhiyyo na vijjati; Nothing’s bigger than name.

Nāmassa ekadhammassa, Name is the one thing

sabbeva vasamanvagū”ti. that has everything under its sway.”

生存欲求とは何か？

受vedanāの3つのタグが貪瞋癡という行動パターンのきっかけとなる。

このような行動パターンに操られて生きることを無明という、とすると仮説する。

では生存欲求とは何なのか？

生存欲求とは、ちゃんと死んでいこうとする欲求（表と裏の世界に参加する）の一部だけにスポットライトを当てて、それを名付けたものではないのか？

相対主義の擡頭と三枝の危惧

1970年から80年代初頭にかけて、マルクス主義の衰徴が顕著化し、科学的合理主義にも懐疑的な視線が注がれるようになった。

グランドセオリー（一般理論）の不在が常態化し、経済学だけがピースミールエンジニアリングpeacemeal social engineering（部分改良的政策技術）として生き延びた。

普遍性や一般性への志向が失われ、論理性や実証性は軽んじられ、すべては修辞と解釈相様に過ぎないという相対主義が勢いを増しつつあった。

価値の相対化はたちまち単なる価値の紊乱に転落し、普遍的なリアリティは無秩序な「差異の戯れ」に放散していた。

その中で三枝は、文献学的実証の相対化を放置すれば仏教の混沌を招来してしまうに違いない、という危機感が心裡に漲っていたと推される。

ましてポストモダニズム流の、「解釈の戯れ」に任せたとき、そこが宗教史の闇から何を呼び出してくるかもしれないという、そこはかとない不安もあったと思われる。

そこで、縁起は「無常・苦・無我」の全局、または三項のそれぞれに何の連絡もないと断定したり、ポレミカルpolemical（議論好き）とも受け取られる議論を全面的に展開した。

オウムの12支縁起解釈

無明　　非神秘力

行　　　経験の構成　　

内側の神秘的なもの（絶対自由・幸福・歓喜）に対して向かうがゆえに３グナと干渉する。そして、それは真我が独存位になる以前の経験の構成というものを生起させるわけである。「タターガタ・アビダンマ」

名色　　　心の要素と形状

「生死を超える」麻原

３グナはサーンキヤ学派のいうプラクリティ（根本原質　物質的展開の質料因）の構成要素であり、純質、激質、暗質からなる。

純粋精神（神我）であるプルシャが３グナを観照したことで、それらの間で保たれていた平衡が崩れ、世界展開の運動が始まった。

プルシャはオウムにおいては真我と呼ばれ、３グナの干渉を受けて、「完全煩悩破壊界マハー・ニルヴァーナ」から下位世界のコーザル界（非形状界　無色界）、アストラル界（形状界）、現象界（愛欲界）に転落する。

この真我が頹落した姿が有情であり、人間である。

この真我の降下の過程も12支縁起によってオウムは説明する。

頹落によって重ねられた執著するカルマをヨーガの修行によって滅尽し、真我独存の状態、即ち絶対自由・幸福・歓喜の境地に帰還することがオウムにとっての「最終解脱」である。

解脱までの10のプロセス

１信　　　　　　　　　　苦を感じると解脱したいという想いが生じ、これを信仰という。

２悦（歓喜１）　　　　　修行するとクンダリニーが覚醒し、悦が生じる

３喜（喜２）　　　　　　悦がサハスラーラ・チャクラに到達すると喜pītiが生じる

４軽安（静寂３）　　　　喜がサハスラーラに満ちると軽安が生じる

５楽（楽3）　　　　　　　軽安が体を満たすと楽が生じる

６三昧（サマディ４）　　精神的にも肉体的にも楽で満たされると、強い精神集中を得ることができる

７如実知見（）　　　　　　三昧によってすべてのことを完全に知ることができる。

８遠離（現世否定）　　　　すべてのことが理解できたとき、この世が幻影だと悟り、遠離する

９離貪（離愛著）　　　　　遠離すると離貪する。

10解脱　　　　　　　　　離貪することによって解脱する。　自分でも解脱したいという納得が生じる。

近代仏教学では、クンダリニー・ヨーガが仏教の中で本格的に修行されるようになったのは、8世紀に始まる後期密教からで、それもヒンドゥー教のヨーガとの接触によって影響を受けたのだという考え方が、主流である。

上座部仏教のなかには、座法と呼吸法の制御によって、クンダリニーを覚醒させるという修行法は見あたらない。

八正道や止観の瞑想だけで、果たして本当に解脱できるのだろうかという、ヨーロッパで発達した近代仏教学の発想にあきたらない思いを抱えていたアノマリーanomalyな仏教学者たちの疑問に、体験的根拠を与えてくれるように見える、という点において、とても魅力的なのだ。　　「イマーゴ1995年8月号」永沢哲

ディーガ・ニカーヤ長部Dīgha Nikāya　　第22経　　大念処経

Long Discourses 22　The Longer Discourse on Mindfulness Meditation　https://suttacentral.net/dn22/en/sujato

Dīgha Nikāya 22　Mahāsatipaṭṭhānasutta　　https://suttacentral.net/dn22/pli/ms

身体や感覚や心や心の内容は無常であることをテーマに分析を深めていくことによって、自己にも、様々な外界の現象としてあらわれてくるものにも、実体がないということを自覚し、最終的には、自己と他者、内部と外部といった2元論的な意識作用の働きを解体していくことができる。

オウムでは自他の解体へのプロセスが逆に自他の確立へのプロセスとなる。

実体としての真我の存在を前提にしたうえで、その真我と、その真我をまどわす、心に生じてくる現象や観念、イメージ（とくに社会的常識）を区別し、さらに真我以外のものを、否定していくことに重点が置かれている。

真我は、自己とそれ以外のものを区別するためにいっしょうけんめいになりながら、無に向かう力として、存在の作りなす世界を破壊するテンション構造の中におかれている。　「生死を超える　　４つの記憶修習」

意識の深層にダイブする問題

「仏陀の内部生命の根底に、カオスの過流が噴きあげていることを忘失したのだといっていい。そのようなカオスの過流のなかから原始仏教のエネルギーがくみだされていることへの洞察が、みごとに回避されたのである」

「木村は、仏陀の宗教体験の彼方にデーモンの呼び声をききわけようとしたのである。そしてそのデーモンの呼び声は、仏陀という存在をもこえて、歴史の始原の闇のなかから聞こえてくる大いなる響きであるとかれは考えたのだ」　　「やせほそった仏陀」山折哲雄

虚構に執著する者たち

聖求経Pāsarāsi-sutta　中部第26経

Majjhima Nikāya 　26Pāsarāsisutta　　 https://suttacentral.net/mn26/pli/ms

Middle Discourses 　26The Noble Search　　 https://suttacentral.net/mn26/en/sujato

Ālayarāmā kho panāyaṁ pajā ālayaratā ālayasammuditā. Ālayarāmāya kho pana pajāya ālayaratāya ālayasammuditāya duddasaṁ idaṁ ṭhānaṁ yadidaṁ—idappaccayatā paṭiccasamuppādo. Idampi kho ṭhānaṁ duddasaṁ yadidaṁ—

執著を好み、執著を楽しみ、執著を喜んでいる人々には、いわゆる「これを縁とすること、縁起」ということの道理は見がたい

執著Ālaya　　ものを蓄える場所、貯蔵庫　　　　　経験して蓄積した慣習、言語という根源的慣習を含む

道理が見がたいのは、言語が事物事象の実体視を助長し、促進するからだ。

例えば、物がやがて損なわれ壊れることは経験的に知ることができるが、物が言葉に転じたとき、それの損壊を経験的に知ることはできない。例えば「ある机」はやがて壊れ、実は常に変化し続けているが、「机」という語で表される概念が変壊することはない。

言葉として分節される概念や観念は、事物事象を実体として固定しようとする本能を強化し、直接的な知覚の範域を遥かに超えて実体を可能にする。

見たり、聞いたり、嗅いだり、味わったり、触れたりできない仮構すら、例えば神や国家や生命や天界や地獄なども言語によって実体的に捉えることが可能となる。

ニヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」によれば、言語の獲得こそが、ホモ・サピエンスがかくも繁殖し、繁栄を遂げた決め手だった。

言語によって可能となった虚構こそが、大規模な集団の形成、維持、発展の装置として機能した。

「近代国家にせよ、中世の教会組織にせよ、古代の都市にせよ、太古の部族にせよ、人間の大規模な協力体制は何であれ、人々の集合的想像の中にのみ存在する共通の神話に根差している」

国家、宗教、イデオロギーまで、すべて言語によって齎された虚構であった。

ナショナリズム、デモクラシー、マスメディアも虚構ならば、人権も貨幣も市場も、そして科学への信頼も虚構である。

近代的な政治経済の基盤は、原理的に、いにしえのアニミズムや建国神話と選ぶところがない。

それらは大規模な共同体を円滑に統合し制御するための装置である。つまり虚構なのである。

しかしそれらは、サピエンスの生存と繁栄に必要不可欠な虚構、擬制だった。言語によってかたち作られる世間lokaは虚妄ではないが虚構である。

「現実」は苦というかたちで、言語が齎す虚構に依拠する人間に埋め合わせを迫ってくる。

虚構は類としての人を繁栄に導くと同時に、個としての人を疎外する。

仏教が生殖や繁栄を相対化し、生存を厭い、言語を批判するのは、、この「必要不可欠な虚構」が苦という原本的疎外の促進因であることを知っていたからである。

「消費主義は、幸せになるためにはできるかぎり多くの製品やサービスを消費しなくてはならない、と私たちに命ずる。

何かが欠けている、あるいはしっくりこないと感じたら、おそらく私たちは製品（自動車、新しい服、自然食品）或はサービス（家事、対人関係療法、ヨガのクラス）を買ったり受けたりする必要があるなどのテレビのコマーシャルも、何らかの製品あるいはサービスを消費すれば人生が良くなるという、小さな神話なのだ」　

ホモ・サピエンス全史

言語は示差的な体系、仏教でいえば「相互依存の縁起」的な体系を成している。

「言語は言語についての言語である」柄谷行人「隠喩としての建築」

言語体系は自己参照的な閉じたシステムである。

終わりなき正理の探究

言語的分別を直接知覚と錯視している。

言語は知覚の領域に食い込んでいる。

しかし、直接的な純粋知覚と言語的分別のあいだには大きなズレがある。

ディグナーガやダルマキールティは「直接知覚は分別を離れている」と主張した。

陳那Dignāga, ディグナーガ、480年頃-540年頃

唯識の立場からの新しい仏教論理学（=因明学）を確立した有相唯識派の仏教思想家。

南インドの婆羅門の出身。最初は、部派仏教の犢子部において出家したが、後に大乗仏教に帰し、世親のもとで唯識と論理学を学んだと伝えられる。その伝統はインド論理学最高峰といわれる法称（ダルマキールティ）に受け継がれた。

また、その思想・論理学は、中観派の清弁にも影響を与え、中観派内に「自立論証派」（スヴァータントリカ）、更に後には「瑜伽行中観派」と呼ばれる流派が形成される契機となった。

分別とは言語の分節化、事物の概念化に他ならず、言語は自己言及的で自己完結的な虚構の体系なのである。

だが、無分別の直接知覚の方も固定的ではないが実体でもあり得ず、言語とは質の異なった虚構である。

言語に対して批判的な仏教も、言葉に囚われ縛られ、やがて概念的思惟を実体と錯視する罠に陥ってしまう。

仏教ではブッダが発見し説義した「真理」といえども永遠性は保証されておらず、危機的であり、可滅的であるので常住ではない。

だからこそ、仏教者は、実存のすべてを賭けて、仏教における正理を探求し続けなければならいのだ。

ポー・オー・パユットー　　「仏法」の縁起と認識過程論

１無明　あるがままを知り見ること（如実知見）がない。実相を覚知しない。世俗の教示に惑う。

�@生物の遺伝的な本能とヒト固有の言語によって自己と世界とを認識する本能についての無知。

この２つの本能がアイデンティティ（自分）とソシアリティ（世間）という虚構を作り出していることを知らないこと。

無知である故に、そうした虚構に執著し、盲目的生存欲を湧き立たせる。

この無知によって、ヒトは行為への意志に駆り立てられる。この行為を行という。

生物の遺伝的本能は体（細胞）の刺激、心の変化、体からの離脱の３つの欲求である。

貪瞋癡とは、心を基準にした時に感じる偏りであって、信号（刺激、情報）を強く求め、あるいは強く拒否し、あるいは無関心であることである。

この３つの偏りから離脱することで、すべての信号に反応するのではなく、「ただ大事にする」という心の状態を得ることができる。

言語による認識による誤謬は、名色の領域を指すのであって、この２つを仮に結びつけてしまうのは無明と呼ばないのではなかろうか？

２行　　思考、意図。熟慮し、目指し、決意する。意思を行為として示すこと。偏向、慣れ、蓄積された心の様々な特性に従って進行する思考の過程。

�A行に突き動かされ、「分けて知る」行為が開始される。識とは事物を分別する作用のこと。

これによって自己意識も世界意識も萌芽する。

言語による分節化に向かう根源的欲動の生起。言語慣習の濫觴（流れの源）。

行は貪瞋癡を原因にして「行動、言語活動、思考」することでできあがるパターンを指すのであり、このパターンによって自分の思惟にかかわらず、この自動反応回路によって操られることを指すのではないか？

３識　　様々な所縁を認識すること。すなわち、見る、聞く、嗅ぐ、味わう、身体に感じ心の中にある所縁を知ることから、そのときの心の根底の状態に至るまで知ること。

�B識によって名色が生じる。自己の分節化と外部世界の分節化が進み、それらは名と色、名称とその対象に分かたれる。

名は、言語表現としての内的に固定された諸事象のこと。

色は言語によって分別され、対象化された諸事象のこと。

識は自動反応回路によって操られることによって発動する「線引き」のことで、７つの階層において各々の基準によって信号を分別する。各々の層にて１つではなく複数の線引をするので集合体である「識」と呼ばれる。

４名色　人の認識の中の精神的なものと物質的なもの。

�C名色によって六処とは眼耳鼻舌身意の心身の認識器官および認識機能を指す。

眼耳鼻舌身が感覚機能であり、意が意思作用である。

これらの器官の、部位としての識別もまた分別の所産であり、かつこれらによって心身の内外のデータが集められ、言語による分別が巧緻化していく。

各層において複数の線引をする（識）ことで、

変化し続ける信号に固定化されたイメージは対応しないのに、これをつなげてしまうことが名色である。

つなげてしまうという無理な行いは主体があって初めて成り立つことであるので、名色がある時には「わたし」という主体が仮構されていることが前提となる。

５六処　その様々な状況に一致して働くことに関係する処の状態

�D六処によって触が生じる。６つの認識器官が個別具体的な対象（色声香味触法）に接触する。

信号とイメージを結びつけてしまったことで、

５感覚器官と記憶データを受けとめる器官（意）は、名色の信号を感知できるようになり、そのような信号を吸い寄せてしまう六処になってしまう。

６触　　外の世間と知識の接合

�E触によって受が生じる。

接触した認識対象が容受され、仮構された主体にとって、諸事物の集積としての世界が「在り在り」と存することが認知される。

六処ができあがることによって、無意識のうちに求めていまっている名色の信号が受容され、、そのつどに浮き上がる主体「わたし」が出現する。

７受　　快適な、気に入る、または苦、不快、または感じない、不苦不楽などの感覚

�F受によって愛が生じる。

「在り在り」と存在すると感受された諸事物に対し愛著が生じる。

六処が信号と接触することで主体と現象の関係が成立し、

その時には信号は３つのタグが付随されるようになる。

具体的には近づく、遠ざかる、どちらでもないの３種のタグである。

楽・苦・不苦不楽

#2  vedanā 受

tattha vedanā-saṅgahe tāva tividhā vedanā; sukhaṃ dukkaṃ adukkhamasukhā ceti, sukhaṃ dukkhaṃ somanassaṃ domanassaṃ upekkhā ti ca bhedena puna pañcadhā hoti.

その中で受のまとめに関しては、まず、受は楽、苦、不苦不楽の3種類である。また、楽、苦、喜、憂、捨という分類によっては、5種である。

５種の場合のsukha楽と、dukkha苦は感情の領域？

 somanassa 喜と、domanassa憂は思考の領域？　

８渇愛　楽受をもたらすものを欲求すること。苦受をもたらすものを避けること。

�G愛によって取が生じる。

愛著はやがて取、即ち諸事象への盲目的な執著へと変わる。

タグの付いた信号は次の段階では観念の元になる想saññāの領域で分類され、シンボル化と一般化されたものは回路となったことを意味するので、この回路は「受」によって付随されたタグによって、近づいたり、遠ざかったりするように自動反応する。これが渇愛となる。

９取　　好き嫌いといった受に固執し、その受を自分に結び付けるのに役立つ様々なものと生きる状態を手放さないこと。

�H取によって有が生じる。

自己を含む世界への執著から、いま自己がここに存在しているという感覚やずっと存在しなければならないという確信が生まれる。

変化し続けているTPOや思惟にかかわらず、インプットによって自動反応する渇愛の回路が何度も使用されることで回路は強く太くなり大きく反応するようなる。これが「習慣」と呼ばれる。

10有　　渇愛と取に応えるために表すすべての行為の過程（業有）と、自我、あるいはその行為の過程と、取に一致して何らかの形をとる自我（生有）のための生命の状態。

�I有によって生が生じる。

「在り在り」とした自己の実存感は、あくなき生存への欲望、永生への冀求（切望）を起動する。

習慣になることで、か細い回路は「有」と呼ばれるようになる。

この回路が強く繰り返されることで、強く生存を望む生存欲求エネルギー体になる。

11生　　その生きる状態の中にいるのかいないのか。あるかないか、そのようかそうでないか、という自我に自覚が生じること。

�J生によって老死が生じる。

永生への欲求は老死への恐怖、不安、老死の苦を生じさせる。そこから憂い、悲しみ、苦患、失意、懊悩（愁悲苦憂鬱悩）のあらゆる苦が派生する。

生存欲求エネルギー体を原因として条件が揃うとカタチになる、すなわち「誕生」が発生する。

12老死　その生き方から自我が切断、逸脱、あるいは離脱するという思い、怯え。そこで、愁悲苦憂鬱悩のすべての苦が生じる。

この世に誕生したものはすべて、成長、成熟、衰退を経て死に至る。これが苦のプロセスである。

āāāā ḿṭḍḷṇṅñṭṭññāīūṃ　 Ā　āṇa ṃ　 ṣ ś

2019/1/19 宮崎哲弥先生　相愛大学「仏教原論」　講義ノート（前半）

『門松は冥土の旅の一里塚　めでたくもあり　めでたくもなし』
極めて仏教徒らしい、禅師がうたいそうな意味が込められている。一休宗純禅師の狂歌と言われている

四季の巡り＝死と再生（人生）に例えられる
新年＝再生（自然のサイクルとしての再生。輪廻とは異なる）
正月はめでたいと言っているが、それだけ死に近づいている。
めでたくもないということを忘れてはいけない。
つまり無常の中にいる、ということ。

MEMENT　MORI（メメント・モリ）　　　MEMENT＝記憶・想像　　MORI＝死 　ラテン語。『死を想え』という意味。
　中世のキリスト教社会の中で頻繁に使われたことば。　栄華を極め、富を得ても、肉体は虚しくいつかは朽ち果てて滅んでしまう。

MEMENT　MORIの考え方

　 天　（神の存在＝実体視）
　 ↑
　 ↓
　 肉体（むなしく、はかない、無常の存在）

　※神（実体視する存在）と真逆の位置にあるのが、仏教的『空』（実体は無い）
　　『空』は実体視の否定。
　　（ナーガールジュナ「中論」：空を実体化すれば、つける薬はない。）
　※「肉体＝無常」という生死観の概念部分は、仏教と中世キリスト教の思想と似ている
　
Transi（トランジ）

　　
　「通過する」「死にゆく」という意味のフランス語。
　メメント・モリと同じような意味合い。
　中世ヨーロッパ有力者の墓標に用いられる、肉体が朽ちていく様子を描いたレリーフ。
　メメント・モリの教えにもとづいている。（14世紀後半〜16世紀あたりに流行）
　

なぜこのようなものを自分の墓標に飾るのか？
有力者、聖職者であろうとも、最後はこのような虚しい姿になるという「警告」

不浄観（ふじょうかん）
仏教において他者の身体（死体）が腐敗していく様子を観想する修行法。
肉体への執著を断つための修行。（世の儚さ。無常を知る）

佐々木閑先生は、浄土真宗高田派の僧侶。初期仏教の研究者。
『ごまかさない仏教』の構成は、対話形式。
第１章　釈迦の仏教（＝原始仏教）から大乗仏教への変化
第２章　般若経
第３章　法華経
第４章　浄土教
第５章　華厳経・密教
第６章　大丈涅槃経
第７章　大乗仏教のゆくえ
初期仏教の観点から、大乗仏教を斬った（考えた）内容となっている。
「そもそも、大乗仏教というまとまった教義があるのか？」
大乗仏教をひとつの枠組みに入れることが本当に可能なのか？
「大乗仏教は、初期仏教からどれだけ逸脱したか？」
　（※最古層：初期仏教はとても単純で明快性がある）
この本では大乗仏教と異なる視点から、「大乗仏教とは何なのか？」をわかりやすく解説している。

『大乗仏教の概念は、クラシック音楽に似ている』
　クラシック音楽の作曲家と言えば・・・
　ベートーヴェン（古典派〜初期ロマン派）　
　（ベートーヴェンによって、ロマン派の流れを決定づける）
　後に、ブラームス、シューベルトへ・・・。
　
　作曲法、内容はおそろしく変化しているが、私たちはそれを一括りで
　「クラシック音楽」と認識。
　（クラシック音楽というカテゴリーは、便宜的なもの）

　大乗仏教で当てはめると、
　般若経が説いていることと、密教が説いていることは大きく異なるのに、大乗仏教という枠組みの中で理解している。
　初期仏教〜部派仏教と大乗仏教には、無視できない『差』がある。

仏教と、キリスト教で見ると・・・
キリスト教のテーマ（キリスト教徒は何を問題としてきたか？）
テーマは「神の意思（神の信義）」
私たちはなぜ、神の意思を受け止めることが出来ないのか？理解できないのか？
神の意思はどこにあり、どのようなものなのか？
神は我々に何をもたらすのか？

一方、仏教のテーマ
仏教では、テーマ（問題）を自分自身で見つけ出す。
見つけ出すべきものは「苦」
つまり・・・
苦とはどういうもので、我々になにをもたらすのか？
を知るために自分自身で内面、身体を掘り起こして問題を発見すること。

『四聖諦（ししょうたい）』チャトヴァーリ・アーリヤ・サティヤーニ
仏教の中で四聖諦は、十二支縁起よりも根幹的な（目的・認識）エッセンスを含んでいる。
苦諦・集諦・滅諦・道諦
聖：アーリヤ　「聖なる」
諦：Satya（サトヤ）　慣習的に「真理」と訳す

・苦諦：ドゥッカサトヤ
　「人生の実相は苦にほかならない。」
　　ドゥッカの意味を狭く考えず、　「生きることそのものがドゥッカ」と考える。　（単なる悩みではない）

　　知らないうちに苦に直面し、苦に苛まれている。
　　楽しいこと、快楽の裏に苦しみがある。
　　自分自身の気持ちに裏切られることがある（可能性がある）、ということを知ること。
dukkhaとは聖なる領域の楽を基準にしてみた、この世の有様を意味する。

　　おさらい
　　「無明」とは・・・十二支縁起の始まり
　　四聖諦に対する無知。
　　苦とは何であるか？がわからない（無知）が苦。
　　さらに、自分が苦しんでいることに気づかず、煩悩にふけていること。
　　つまり、問題に問題が内包されている。（非常に厄介な構造）
　
　・集諦：サムダヤサトヤ
　　苦の原因をつきとめる
　　（苦を集めおこすのは、一体何なのか？苦がなぜ生起するのか？を知る）
　　
　・滅諦：ニローダサトヤ
　　苦が起こった原因を滅することが出来る。そうすれば、苦が生起しなくなる。

　・道諦：マールガサトヤ
　　苦を滅するためには、中道を実践。
　　中道の実践は、八正道によらなければならない。

　初期仏教の目的、世界観をこの４つの諦（四聖諦）が語り尽くしているが、
　構造は極めて複雑であり、誤解が絶えない。

講義前半はここまで。
後半は、八正道の実践、六識・六根・六境、大乗起信論へと続きます・・・。

2019/01/19(土）　　宮崎哲弥客員教授による　仏教原論　講義ノート（後半）

講義前半の内容は↓
http://kotobanotsumugishi.seesaa.net/article/bukkyougenron20190119zenhan.html

四聖諦は、その後のあらゆる仏教的教義に関連づいている。

「十二支縁起の順観、逆観は、四聖諦の構造（苦諦〜滅諦）と一致する。」
　　（タイ：テーラワーダ仏教　日本人僧侶　プラユキナラテボー師が指摘）
　順観→無明から始まる。苦の生起の仕組み　
　逆観→老死から始まる。苦の滅尽の仕組み

・苦諦（生起の認識）→滅諦（滅尽）の構造は苦の認知から解決への道筋。
　つまり、「自分自身」を救済する方法の構造となっている。
　苦を認知し、まず何が問題（原因）なのか？を自分の内側や経験を掘り出して
　「これが問題だったんだ！」と自分の力で原因を発見する。
　その原因を滅して、生存苦から解放される。

初期仏教における縁起は、
　我々が生きる世界（迷界・偽りの世界）の構造を論じている。

大乗仏教における縁起になると
　この世界はいろいろなものが影響しあい、寄り集り支え合っている
　という静止的構造理解が横行するようになる。
☆仏教の最終目的は、ただ「世界の構造」を知ることではない！☆
　
我々が忘れがちなのは、
この迷界から抜け出すためにはどうすれば良いかを知ること。
→我々はそこ（迷界）から抜け出さなければ苦は消滅出来ない。

輪廻についても同じ
　仏教は「輪廻を肯定する教え」ではなく、
　「輪廻から解脱することを目的とした教え」である。

ブッダの時代にさかのぼり、梵天勧請で
「この世界に執著がある人には自分の考え、教えは理解しがたいだろう」と案じた通り、　仏教の最終目的地点を見誤ってしまう。

十二支縁起はブッダの悟りの内容なのか？（仏教論争：P38〜39）
十二支縁起については、たくさんの経典に出てくるが、

十二支縁起こそ「ブッダの悟りの内容」とする記述が（最古層ではないが）ある
自説経「ウダーナ」　経蔵小部第3.1

Udāna 1.1 Paṭhamabodhisutta https://suttacentral.net/ud1.1/pli/ms

Heartfelt Sayings Upon Awakening https://suttacentral.net/ud1.1/en/sujato

因縁相応第「Mahā-vagga（大品）」　, 律蔵Vinaya Pitaka犍度（けんど、巴: Khandhaka

相応部：サンユッタ・ニカーヤに収められている大釈迦牟尼瞿曇　　　　SN12　1 Buddhavagga　10Gotamasutta
12の各支の説明

Saṁyutta Nikāya 12Nidāna-saṃyutta　1Buddhavagga　 2Vibhaṅgasutta https://suttacentral.net/sn12.2/pli/ms

　特に、サンユッタニカーヤには
　「順観」：苦の生起過程「邪な道程」として、迷界における私たちの心身のあり方や迷界の構造を記述。
　「逆観」：苦の滅尽過程「正しい道：真の教」として、迷界を脱するためには支分を一つずつ滅していかなければならないと記述。
　
・「八正道」　道諦（中道）の具体的実践内容
　正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定
　最古層の経典には明確に書かれておらず、古層の経典以降の定義。

・「十八界」
　「六識（ろくしき）」：　　心のはたらき　　眼耳鼻舌身意の識

　「六根（ろっこん）」：　　主観側　　　　　眼耳鼻舌身意
　「六境（ろっきょう）」：　客観側　　　　　色声香味触法

　これらは、一体何のため（目的）の分類なのか？
　苦を滅する方法を知るために、感官を分析した。
　「眼耳鼻舌身意（感官）」を「色声香味触法」から防御するため（守るため）。
　　対象に没入しない。感覚に没入しない。
　　心を動かされない・・・その境地が必要である。
　　そこをいかに遮断するか・・・。
　　（修行により得られるもの。目指すべき境地：現世における解脱）

　宗教学者　中谷英明（1947〜）の分類
　　部派仏教よりも古い釈迦時代の仏教（最古層）の感官分類
　　（スッタニパータ　第4章〜八つの詩句〜11.争闘編　の図式）

　
　※図内に書かれている数字はスッタニパータの句文番号です。
スッタニパータの句文はブッダのことば（訳：中村元）を参考　　http://www.intweb.co.jp/buda/buda_4_11_tunoshiku.htm

　　↓
これは後に、四聖諦や五蘊、十二支縁起、六処等へ整理されていく前の構造

　・自覚（自分が感じている、自分でわかる体や心の感覚）の奥に無自覚（無意識）がある
　・句文一つ一つは、詩のカタチになっていて非常にわかりやすいが、分析してみると複雑な心理・認識過程が抽出できる。
　・ブッダは、「どのようにして争いが生起するか」を語っている。
　　→いかに苦を滅するか、については釈迦の仏教から部派仏教まで一貫していることがわかる。
　
大乗仏教になると・・・
・華厳経：大乗仏教の根幹
　　宇宙的世界観で表現されており、基本的に悟りについては何も書かれていない。
　　縁起の構造がこの世界を成り立たせているため、「これでいいのだ」と考えるようになる。
　　　→大乗仏教ではそこから抜け出す（離脱する）方法を見つけ出さなくなる。
　　ここが、初期仏教と大乗仏教の大きな差の部分！　（初期仏教の断絶を起こしたのでは？）

　・一方、浄土教を見てみると・・・
　　阿弥陀仏信仰のため、一神教的で初期仏教から離れていると考えられがちであるが、
　　この世界が苦しみや悪に満ちていること、さらにここから脱出（救済）部分においては
　初期仏教に継ぐもの、初期仏教と非常に近い位置にあり、共通部分が見られる。
　方法部分での違いがある。
　自力（自らの力）なのか？他力（阿弥陀仏の誓願）なのか？

親鸞も教行信証で、阿闍世王の父親殺しの苦しみ（業）を月愛三昧（光明の力）で救おうとする。
　→救いきれない
最終的にブッダの説いた勝義諦説話「空の思想」で救われた。
　→阿闍世王の業を滅尽するためには、空の思想が必要だった・・・と親鸞は考えた。

・華厳のエッセンスは「一即多　多即一」である（佐々木閑先生）
　『フラクタル構造』＝ひとつのものは複数であり、複数のものもまたひとつである。
　　超論理であり、全円的。（苦というものは不完全、と捉える）
　　　　↓
　　　仏教はもっと、現状や現世に対してもっと批判的なものではないのか？
　　　自己の存在状況に対して悲観的。
　　　だから、悟りへの動機が生まれてくる。

（まとめ）
　　大乗仏教は初期仏教を継いでいる部分もあれば、継いでいない部分もある。（佐々木閑先生は、全く違うものだと断言している）
　　宮崎先生は、「そこまでは考えにくい？」
　　大乗仏教そのものを、仏教概念の枠組みとして持つことへの疑問。

2019年12月6日　宮崎哲弥客員教授による公開授業「仏教原論」（後編）

「スッタニパータ」を読む
第二章　ダニヤ

３万頭の牛を所有する　裕福な酪農家　　 全てにおいて恵まれ、満たされている。何も不足はない。（外形的に満たされた安心）

「神よ、もしも雨を降らそうと望むなら雨を降らせよ」
Atha　ce　patthayasī　pavassa　deva
（直訳）風よ吹かば吹け、雨よ降らば降れ

　一夜の宿、火も無いが、心は安定している。
　ブッダがいる環境は、決して恵まれてはいないが、何も不足はなく、心は穏やかである。（内面的に満たされた安心）

21偈
師は答えた、
「我が筏はすでに組まれて、よくつくられていたが、激流を克服して、すでに渡り終わり、彼岸に到着している。
　もはや筏の必要はない。
神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」

『筏』の喩え・・・今まで聞いてきた「おしえ」を筏にたとえている。
筏は、川を渡り切るためのものであり、彼岸に達すれば必要はなく、捨てても良い。
　

22偈

牛飼いダニヤがいった、

「わが牧婦（＝妻）は従順であり、貪ることがない。久しくともに住んできたが、わが意（こころ）に適っている。
　かの女にいかなる悪のあるのをも聞いたことがない。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」

23偈
師は答えた、
「わが心は従順であり、解脱している。永いあいだ修養したので、よくととのえられている。わたくしにはいかなる悪も存在しない。
　神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」

　（ダニヤ）妻がいかに従順であるか、を説いている。
　（ブッダ）自分の心がいかに従順であるか、を説いている。

人生の喜びに対して、仏教は反逆する。
　→当たり前の幸福を否定する仏教　（言っていることはわかるが、完全には理解し難い）

33偈
悪魔パーピマンがいった、
「子のある者は子について喜び、また牛のある者は牛について喜ぶ。人間の執著するもとのものは喜びである。
　執著するもとののものない人は、実に喜ぶことがない。」

悪魔は、（世間的）欲望を満たしてこそ人生の喜びである、と説く。
世間的幸福＝悪魔の言葉　　　世間的幸福は結果として、「不安や苦しみ」を抱えることになる。

・子どもはいつまでも、言うことを聞くわけではない。
・妻はいつまでも、従順であるとは限らない。
　↓
「無常」

34偈
師は答えた、
「子のある者は、子について憂い、また牛のある者は牛について憂う。
　実に人間の憂いは執著するもとのものである。　執著するもとのもののない人は、憂うことがない。」
世間的欲望を満たすことにより、人類の進化や繁栄が進むことにより、執著が強くなる＝「苦しみ」
（Point)ブッダの説は非世間的である→世間的幸福を「悪魔の言葉」に割り振る

第三章　犀（さい）の角：成立年代は古く、最古層の経典である（読解は難しい）
Eko care khaggavisāṇakappo. 　エコー　チャレー　カッガウィサーナカッポー
「犀の角のようにただ独り歩め」
現代語的訳文「ただ独り歩めサイのごとく」
khaggavisāṇakappo・・・本当の意味は「剣のような角をもつもの」＝サイ

ダンマパダにも近い表現がある　　「林の中の象のように　ひとり歩め」

35偈
　あらゆる生きものに対して暴力を加えることなく、
　あらゆる生きもののいずれをも悩ますことなく、
　また子を欲するなかれ。況んや朋友をや。
　犀の角のようにただ独り歩め。

友も子どもも欲するな・・・子どもを愛することは、生き物へ危害を与えることと同格と表現している。
初期仏教では、子どもを愛することを否定している。

45偈
　もしも汝が、〈賢明で協同し行儀正しい明敏な同伴者〉を得たならば、
　あらゆる危難にうち勝ち、こころ喜び、気をおちつかせて、かれとともに歩め。

　ここまでは、「群れるな」と主張していたが
　45偈で　はじめて「かれとともに歩め」が出てくる。

47偈　　
　われらは実に朋友を得る幸せを讃め称える。自分よりも勝れあるいは等しい朋友には、親しみ近づくべきである。

このような朋友を得ることができなければ、罪過のない生活を楽しんで、犀の角のようにただ独り歩め。

58偈
　学識ゆたかで真理をわきまえ、高邁（こうまい）・明敏な友と交われ。
　いろいろと為になることがらを知り、疑惑を除き去って、犀の角のようにただ独り歩め。

61偈
　「これは執著である。ここには楽しみは少く、快い味わいも少くて、苦しみが多い。これは魚を釣る釣り針である」
　と知って、賢者は、犀の角のようにただ独り歩め。
　釣り針・・・愛・快楽・執著

66偈
　こころの五つの覆いを断ち切って、
　すべて付随して起る悪しき悩み（随煩悩）を除き去り、
　なにものかにたよることなく、愛念の過ちを絶ち切って、犀の角のようにただ独り歩め。
　「五つの覆い」五蓋（ごがい）　
・貪欲・・・欲しいという正の欲望
・瞋恚・・・避けたいという負の欲望
・惛沈睡眠（こんじんすいめん）・・・あたかも眠りこけたような鈍重、どんよりした心
・掉挙悪作（じょうこおさ）・・・　心がざわつき、くよくよ思い悩む心
・疑・・・教え等に対して、本当だろうか？とためらい、疑う心

スマナサーラ長老
　「犀角経は　凡夫がこれを理解するのは難しい」
　「犀角経は　ある程度、修行が進んだ修行者のための経である」

新約聖書・・・
　金持ちが天国（＝神の国）に入るのは駱駝が針の穴を通るよりも難しい。
　＝絶対的「善」。信仰の先にある世界。

ブッダが説いているのは
　どのようなことが起こっても、心が堅固であること　「心の安らぎ」「冷静さ」「自由さ」

無常な世の中を知り（観察・認識）〜その無常を超えること。
　→仏教独自の考え方である、と言える。
　（Point）この世とあの世を共に捨てる境地

道元禅師　「正法眼蔵」
　ただ生死すなわち涅槃とこころえて、
　生死としていとふべきもなく、
　涅槃としてねがふべきもなし。
　このときはじめて生死をはなるる分あり。

→「生死すなわち涅槃」と理解し、
　心に定着させることは難しい。

「生死即涅槃」・・・初期仏教の経典では、あまり見られない。
　※ナーガールジュナ「中論」　輪廻と涅槃の区別は存在しない　という表記あり

「仏弟子の告白」　〜テーラガーター〜

　イシディンナ長老の詩句
　教えに通じて居る在俗信者達が、「欲望は儚いもので在る」と語って居るのを、私は見た。

然も、彼等は、宝石や耳輪・腕輪を矢鱈に欲しがり、妻子に曳かれて居るので在る。

　かれらは「欲望は儚いもので在る」というけれども、かれらは実に道理を如実に知ってはいないのである。
　かれらは欲情を断ち切るだけの力をもっていない。
　それ故に妻子や財産に執著しているのである。

　仏教における「悟り」までの道筋は、非常に論理的に出来ている。
　　論理的であるから「言葉」で表せる。。
　　しかし、仏教は「言葉（言語）＝苦の原因（執著の結果）」であると説く。

　では、ブッダの明晰で冷徹な論理を心の底から理解するためには・・・

　言語から離れ、生命に対する欲望から離れる
　＝「瞑想」修行（しかし、あくまでも「手段」）
　　

2019年11月8日　宮崎哲弥客員教授による公開授業「仏教原論」（後編）

空 śūnya
初期経典における「空」の考え方　　　

「空小経」中部に収録されている第121経　

Majjhima Nikāya 121　　Cūḷasuññatasutta　https://suttacentral.net/mn121/pli/ms

Middle Discourses 121　The Shorter Discourse on Emptiness　　　　https://suttacentral.net/mn121/en/sujato

ある時、釈迦はサーヴァッティー（舎衛城）のミガーラマーター講堂に滞在していた。

そこにアーナンダが訪れ、釈迦に空の境地について問う。

釈迦は、あるものへと心を傾け合一させていくと、他の観念が消えていき空っぽになる性質を説明していく。

アーナンダは歓喜する。

ｘ：つぼ　Y：中に入っている水
　（初期)　あるもの（Y）において（X）は存在しない
　　　→（Y)には（X）が欠けている。
　　　Xが存在しない＝ネガティブ表現
　　
　（大乗)　（Y）において、（X）は空である。
　　→縁起の要素が含まれて、肯定的な表現に変化している。

（大乗）空性を悟ること＝あるがままの（法の）本質に触れ、悟ること。

龍樹　「中論」13章8偈より

空性は一切の見解から［われわれを］解放するものである、と勝者たちは言われたが、
空性を見解とする者たちは救いがたいとも言われた。

24章　11偈・12偈
（11）空性を間違って理解されるとき、誤って捕らえられたヘビのように、誤って唱えた呪術のように、愚か者を破滅させる。
（12）釈迦牟尼は「この〔空性の〕教え（法）は愚者たちに理解しがたい」と考えて、それを説くことを躊躇された。　　

空の思想家と言われた龍樹であるが・・・
　「空性を考えただけで、人間を破滅させる。癒やす薬はない」と警告を発した。
（point)「空の思想」と言われる大乗仏教　　・・・空の思想は、果たして悪なのか？

空性を実体視、概念として捉えることへの批判。
「肥大化した自我を肯定する人間の方がまだましである。」
　↓
空を言語によって概念として捉え、理解する（理解したつもりになる）ことへの批判。

空性を「概念化・実体化」した時に重大な過誤が生じる。

→初期仏教では、ネガティブに捉えられていたが、その後の大乗仏教では空性の概念化が進み、ポジティブ、実体概念へと展開する・・・。

仏教の瞑想法（空観の違い）
・析空観（しゃっくうかん）　　物質的精神的自性（諸法）をその構成要素にまで分析し、実体的存在性がないことを証明する。
・体空観（たいくうかん）　　　幻のごとく「空」であると観じる（分析しない）。
　※「ミリンダ王の問い」は、構成要素ひとつひとつをとらえて、空であると認識するプロセスが説かれている。

◆学生ウパシーヴァの質問◆　スッタニパータ　1073偈・1074偈
1073偈「あまねく見る方よ。もしもかれがそこから退きあともどりしないで多年そこにとどまるならば、かれはそこで解脱して、清涼（しょうりょう）となるのでしょうか？またそのような人の識別作用は（あとまで）存在するのでしょうか？」
1074偈
師が答えた、「ウバシーヴァよ。たとえば強風に吹き飛ばされた火炎は滅びてしまって（火としては）数えられないように、そのように聖者は名称と身体から解脱して滅びてしまって、（生存するものとしては）数えられないのである。」

原文　na （ナ）　upeti （ウーペティ）　　sankham （サンカン）
　　　　ない　　　　　出来（ない）　　　　数に入れる
　・・・数に入れることが出来ない

聖者は、名称・身体（nāmakāyā ）から解脱して（vimutto）おり、滅びているので、存在する者として数えることは出来ない。

『ブッダのことば』訳注
注釈書（パラマッタ・ジョーティカー）は
「これこれの方向に行ってしまったとは表示されない」と解する。したがってこの場合の　samkhamは、表示呼称と解されていたのである。

富田真理子・訳　→中村元先生の注釈を踏まえて、訳されたもの。
（論文『初期パーリ聖典における涅槃の諸相　ー『スッタニパータ』「ウパシーヴァマーナヴァプッチャー経」1074偈に関してー）
「寡黙の賢者は、名称と身体から開放され、消えてしまって、呼称に至らない（＝言葉で表現できない）」
→概念の領域を超えてしまっている。

nāmakāyā （ナーマカーヤー）　名称と身体から
vimutto　（ウィムットー）　　 解脱して

「我において、実体は空である」
「我というものが無い」ではなく、「実体的要素（名称・身体・概念）」が空である。
　名称と身体から解放され、呼称すらされない（呼称に至らない）。

初期（釈迦）仏教〜大乗仏教への変遷において
　・佐々木閑先生の考察「連続性はない。断絶している」
　・宮崎哲弥先生の考察「連続性を見出さざるを得ない」

初期仏教の中で、（ブッダが）十分に展開出来なかった「概念・言語・実体視」の部分を指摘し、補完したのが　龍樹（ナーガールジュナ）である。
　↓
尽きることのない生存欲求：苦へつながる。

苦（ドゥッカ）の原因となる二つの本能
　第一の本能「生物学的本能」・・・この部分は初期仏教で（総体として苦の根本原因は「無明」）十分に説かれている。
　第二の本能「言語本能」　・・・龍樹が示したものに極めて近いものではある。

では、初期仏教では「言語本能」について、全く説かれていなかったのか？
　テーラワーダ仏教の代表的な注釈者であるブッダゴーサにより、5世紀頃に書かれた
『清浄道論』（しょうじょうどうろん：ヴィスッディ・マッガ）より

有情（うじょう：存在するもの）、補特伽羅（ほとがら：常住の主体）は、言語表現にすぎない。
一つ一つの法が、観察されている時に、「私がある」あるいは「私である」と、執著の基因となる「有情」と名づけるものは勝義として存在しないのであって、勝義としては名色にすぎないもののみが存在する。
※勝義・・・言葉を超え、世俗・世間の判断を超えた究極的な最高の真理
　　　↓
大乗仏教・龍樹の示した考えに極めて近いものであると言える。（初期仏教からの　連続性が見出されるのではないか？）
　

2020年1月10日　宮崎哲弥客員教授による公開授業「仏教原論」（前編）

配布資料（１）

　『純粋経験に関する断章』〜仏教の大綱〜　西田幾多郎全集より　　　※　西田幾多郎（1870〜1945）　哲学者・京都学派

　仏教の大綱には、西田幾多郎が終生持ち続けた仏教観が綴られている。　（『善の研究』を著述するためのノート）
　　
　＜宮崎先生の見解＞
　　記述の８割は正しいが、２割に誤りが見られる
　　　↓
　　日本の仏教哲学は本来の仏教の在り方から逸脱した原因になったと言える。
　　※戦後の文学博士・言語学者　井筒俊彦（1914〜1993）の仏教理解等に影響。


（補足）西田幾多郎の仏教観にみられる誤り
〜仏教の大綱〜より抜粋
　大乗仏教に於ける涅槃の考は無にあらず有なり。
　涅槃は常楽我浄の四徳を円満とするものとなす。
　活動的の涅槃なり。

・初期仏教は『静止的』
　快や不快、好悪によって揺るがない＝止めるもの『止観』
　　→西田幾多郎は「常に活動的」と表現
・無ではなく、有の哲学　ととらえている。
・涅槃は「常楽我浄（※）」→四顛倒（してんどう）をさらにひっくり返した

　※常楽我浄・・・如来は入滅してもこの世に常住し、涅槃こそが真の楽
　　大乗後期の仏教観における「涅槃の境涯」
　※四顛倒・・・衆生の多くが見ている「この世」の在り方
　・無常　を　常　と見る
　・苦　　を　楽　と見る
　・自我　を　有る　ととらえる
　・不浄なもの　を　浄　ととらえる

　この四顛倒を打破するための修行・悟りのための観想法「四念処」
　　無常・苦・無我・不浄→この世界の真相
　　我々はこの世界の真の姿を見ずして、常楽我浄に流されてしまう。
　
西田幾多郎も同様に涅槃を常楽我浄、ととらえたところに本来の仏教（初期仏教・仏説）と反した記述をしているととらえられる。


　配布資料（２）

　宗教学者　中谷英明（1947〜）　　論文　洞窟八詩篇訳注ー八頌品（はちじゅぼん）の研究
　スッタニパータと他の聖典を言語学的に成立構成を分析

�T層：最古層　
　スッタニパータ
　第4章（766偈〜975偈）
　第5章（序を除く　1032偈〜1149偈）
　第1章-3　犀角経（35偈〜75偈）
�U層：古層　・・・・

　注目すべきは、
　最古層と古層では、言語事象・思想に隔たりが見られる点。

＜おさらい＞
〜ダンマパダ210偈〜　（中村元　訳）

愛する人と会うな。愛しない人とも会うな。
愛する人に会わないのは苦しい。
また愛しない人と会うのも苦しい。

初期仏教では・・・
　関係性を「苦の原因」ととらえる。
　『縁起』＝苦の原因
　生起のプロセス（順観）＝誤った道
　滅尽のプロセス（逆観）＝正しい道

十二支縁起＝世間（Loka　ローカ）を構成しているものとしては理解は出来るがあくまでも原理
　→脱するためには、十二支縁起を構成している支分すべてを滅する必要がある。
　「関係性」をいかに捨て去るか？←初期仏教の考え方
　　つまり、関係をつくりすぎてはいけない

　※2019年10月講義より　「動きすぎてはいけない」（哲学者　千葉雅也）
　　初期仏教：関係性の滅尽（構造そのものを壊す・ヒビを入れる）
　　大乗仏教：関係性の調和を重視

　人・モノ・思想も含め　執著してしまう『関係性』を断つことが
　初期仏教における重要なテーマである　といえる。

本日の講義本題
スッタニパータ第4章　「洞窟についての八つの詩句」　（偈文は　中村元　訳/岩波文庫）

一、欲望経
766偈
欲望をかなえたいと望んでいる人が、もしもうまくゆくならば、
かれは実に人間の欲するものを得て、心に喜ぶ。

欲望をかなえたいと望んでいる人
　→　原文　macco　マッチョー・・・本来の意味は「死すべき者」

767偈
欲望をかなえたいと望み貪欲の生じた人が、
もしも欲望をはたすことができなくなるならば、
かれは、矢に射られたかのように悩み苦しむ。

768偈
足で蛇の頭を踏まないようにするのと同様に、
よく気をつけて
諸々の欲望を回避する人は、
この世で執著をのり超える。

　蛇の頭を踏まないように　「気をつけて」歩むように欲望を遠ざける→快も不快も求めない。

　快　と　不快
　嫌悪　と　愛着
　快楽　と　苦痛
これらはすべて「欲望」であり、どれもすべて煩悩によって引き起こされる結果である。

769偈
ひとが田畑・宅地。黄金・牛馬・奴婢・傭人・婦女・親類、
その他いろいろの欲望を貪り求めると、

　奴婢・傭人　　自由につかえる人「富の象徴」
　牛馬　　　　　今の時代で「車」
　婦女　　　　　男性中心目線で書かれているが、親しい異性を指す
　田畑〜親類　　欲望の対象

770偈
無力のように見えるもの(諸々の煩悩)がかれにうち勝ち、
危い災難がかれをふみにじる。
それ故に苦しみがかれにつき従う。
あたかも壊れた舟に水が侵入するように。

前回講義：スッタニパータ第1章-2　ダニヤ経　より
　牛飼いのダニヤが感じている幸福と、ブッダの満たされた心（安定した心）は、まったく異なるものであり、求めているものが全く違う。
　　　↓
　欲望を満たすことが、苦から逃れられることではない
　
　煩悩は、もともと無力であるのに、人間が執著すると煩悩は人間に打ち勝ってしまう
　→結果：苦しみ（ドゥッカ）がつきまとう　（壊れた舟は、やがて沈没する）

771偈
それ故に、人は常によく気をつけていて、
諸々の欲望を回避せよ。
船のたまり水を汲み出すように、
それらの欲望を捨て去って、
激しい流れを渡り、彼岸に到達せよ。

☆欲望の対象との関係を打ち切る
　　激しい流れ＝暴流（ぼる）
　　無常の流れ（人間の苦しみ）
　　初期経典では「激しい流れを渡る舟」という表現が定型的に用いられる

2020年1月10日　「仏教原論」（後編）

二、洞窟についての八つの詩句
　　　タイトルにある「洞窟」とは何か？
　本文〜偈〜は、「窟〜いわや〜」　
　また「身体」とある・・・この理解？

７７２偈　
窟（いわや）（身体）のうちにとどまり、執著し、多くの（煩悩）に覆（おお）われ、
迷妄（めいもう）のうちに沈没している人、ーこのような人は、実に（遠ざかり離れること）
（厭離）（おんり）から遠く隔（へだ）たっている。
実に世の中にありながら欲望を捨て去ることは、容易ではないからである。

　guha:洞窟（覆う・隠すの名刺形）・・・これがなぜ身体に？

　guha は　ウパニシャッドの頃から「洞窟」という意味合いで使われている。（中谷英明先生）

「心臓に存在するもろもろの欲望のすべてから開放されるとき、死すべき者は不死となる。この世でブラフマンに到達する。」
　(ウパニシャッド哲学）

心臓・・・欲望が宿るところ（隠れた空間）＝空洞
＝身体（煩悩に覆われた空間）
　・・・単なる比喩表現に過ぎない

「迷妄」・・・パパンチャ（戯論）
厭離（おんり）「遠離（おんり）」
　※「厭離穢土（おんりえど）　欣求浄土（ごんぐじょうど）」
　　徳川家康の旗印/浄土教の考え方
厭離穢土　・・・娑婆世界（凡夫が住む世界：世間　Loka）を厭い離れる

　欲望にまみれた人たちは、厭離から遠く隔たっている　　（「離れること」から遠く隔たっている。※二重表現）
　欲望から遠く離れるべきではあるが、そこ（あるべき姿）から遠い。

欲望を捨て去ることは容易ではない！！

仏教では
　好ましいものを近づけ、嫌いなものを遠ざけるという、この世間で
「あたりまえ」と思われていることこそが「苦の原因」と説く。
　我々の一般的実感覚からは遠く離れている。（反直覚主義）
　（人間の第一の実感（直覚）：快と不快　直感的なもの）
　→第一印象（ファーストインプレッション）へのカウンターである。

７７３偈
　欲求にもとづいて生存の快楽にとらわれている人々は、解脱しがたい。
　他人が解脱させてくれるのではないからである。
　かれらは未来をも過去をも顧慮（こりょ）しながら、
　これらの（目の前の）欲望または過去の欲望を貪（むさぼ）る。

自らが抱えている

・問題（苦：ドゥッカ）

・現実、煩悩という問題
それらを（問題意識を持ち）しっかりと見つめて、その問題を解消することが出来る教説を参考にし、自らが「方法」を見出すことこそが仏道である。
→他人が解脱（解決）してくれるものではない。
（補足：浄土教とは異なる。あくまでも「初期仏教上」の教説）

世間一般的に考えると・・・
欲望を完全に捨て去ることは困難である。
生存条件（生きることそのもの）が苦しい・・・一般庶民（凡夫）の考え

現代においても・・・心や身体の欲求を満たす　モノ・媒体があふれているこのような環境下で、全ての欲望を捨て去ることは不可能に近い。

→欲望にまみれた人間が救われる道はないのか？
　大乗仏教への発展・展開の中で「仏の誓願により」往生出来る（救済）　・・・浄土教の起こり

時代の状況と教説の関係も注目すべき点である。


７７４偈
かれらは欲望を貪り、熱中し、溺（おぼ）れて、吝嗇（りんしょく：物惜しみ、ケチ）で不正になずんでいるが、（死時には）苦しみにおそわれて悲観する、ー「ここで死んでから、われらはどうなるのだろうか」と。

第4章と第5章は扱うテーマに若干の違いが見られる。
　・第4章テーマ：生きている中で生じてくる憂い・悲しみ・苦しみ
　・第5章テーマ：学生との対話（さらに抽象的な生老病死をテーマにした問答）
　
774偈は、第4章にしては珍しい「問い」の形式で表現されている。
「ここで死んでから、われらはどうなるのだろうか」
　死に直面すると自分の人生を振り返り、苦しみ悲嘆にくれる。
　そうならないための教えがある。（警告）

７７５偈　
だから人はここにおいて学ぶべきである。
世間で「不正」であると知られているどんなことであろうとも、
そのために不正を行ってはならない。
「ひとの命は短いものだ」と賢者たちは説いているのだ。

人は生きている間に学ぶべきである。「ひとの命は短い」
→どんなことをしても死からは逃れられない（切迫感）
しかし、精神的に負担がかかることを先延ばしにしようとする。

解決しなければならない問題から逃れようとすることそのものが煩悩である。
釈迦は、弟子へ強くそれを伝えようとしている。
　
７７６偈　
この世の人々が、諸々の生存に対する妄執にとらわれ、ふるえているのを、わたしは見る。
下劣な人々は、種々の生存に対する妄執を離れないで、死に直面して泣く。

「生存欲」が生み出すもの
　・満たされれば喜びを得る（しかし、結果として「ふるえる」）
　・満たされずに死に直面する（生存が断ち切られる悲しみ・苦しみ）
　この生存への執著が大きければ大きいほど、死への恐怖が大きくなる。
　（生存への執著＝この世への執著）

７７７偈
（何ものかを）わがものであると執著して動揺している人々を見よ。
（かれらのありさまは）ひからびた流れの水の少ないところにいる魚のようなものである。
これを見て、「わがもの」という思いを離れて行うべきである。
ー諸々の生存に対して執著することなしに。

　
「わがもの」という思い＝所有意識　・・・失うことへの恐怖　（結果として　思い悩む）
「流れ」　水たまりにいるたくさんの魚　→日が照らされ、水がなくなり干からびていく。
　魚はもがき続ける。

　我　：自分自身（自己）
　我所：自己が保有するもの　　
どちらの意識も否定材料。所有・所属しているという誤った見解。

水が干からびたところにいる魚を見て、「我所」から離れるべきである、と知らなければならない。

７７８偈　
賢者は、両極端に対する欲望を制し、（感官と対象との）接触を知りつくして、
貪ることなく、自責の念にかられるように悪い行いをしないで、
見聞することがらに汚されない。

「両極端」に対する欲望を制す・・・中道　　　→「快・不快」「好・嫌」両極端の感情を抱くこと

事物（対象）に対して感情を抱いて、価値付けしてしまうこと＝愛著→「見聞することから、汚されない」

賢者は、欲望を制して感官（感覚・器官すべてを含めて）対象に接触する（触）ことにより感受（受）が生じることを知り尽く　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　すことによって、防御することが出来るようになる。

修行によって、「判断停止」してしまう。
　※十二支縁起で言えば　「受・愛」へ展開させないこと
　　感覚・感情を対象に寄せないこと
　　淡々と事物を見つめる
　（　　）←欲望の対象や、そこから感じたこと
　すべてをカッコに入れてしまう（エポケー：判断しない）

７７９偈　
想いを知りつくして、激流を渡れ。
聖者は、所有したいという執著に汚されることなく、（煩悩の）矢を抜き去って、
つとめ励んで行い、この世をもかの世をも望まない。


「想い（想）」saññā　サンニャ
　触・受といった十二支縁起の「プロセス」を経て、心に形成された〈固着した）観念形態。
　※中村元先生解釈によると
　（ナーマ・ルーパ）「名色（名称と形態）」と同義。（ウパニシャッド時代）
　後に仏教の中では「身体と精神」という解釈へ変化する。
　
「想いを知り尽くす」とはどういうことか？
　　否定対象としての「サンニャ（想い）」の構造を知り尽くすということ。
　　この世界は無常である、という「暴流」を知り尽くすことで、渡り切ることが出来る。

「この世をも　かの世をも望まない」
　犀角経にもたくさん出てきた定形表現。

　現世も来世も（過去世への執著も含めて）望まない境地。
　この世も　かの世もすべて「生存欲」から生み出されるものであり、その欲から断ったものには来世はない。

　「無我」を悟った人間に、輪廻はない。←→「我執」があるから、輪廻がある。

　生存欲から生み出されるもの
　　↓
　死への恐怖
　　↓
　長生きしたい（欲望）
　　↓
　輪廻（再び生まれる→繰り返し）

仏教原論−近代日本が出会った初期仏教−　
　　
　今年度最終講義は　2020年1月31日（金）18時30分〜　相愛大学本町学舎
https://www.soai.ac.jp/