「人口密度・変動率」仮説
はじめに
ヒトは意識を使ってコミュニケーションをとる。
言葉を言う・聞く、声の抑揚、文字を書く・読む、ボディーランゲージ、シンボル、沈黙を通じて、相手の気持ちを推し量ってきた。
このコミュニケーションする時の意識とは、自己意識だけではなく深層意識など他の意識も使っての交流である。
各自の世界観や価値観とは、その人がどのように思うかによって決定される。それが、間違いであろうか、事実であろうか、真実であろうか、幻想であろうか、妄想であろうか、誤読であろうか、勘違いであろうかに関わらずにである。
各自がそう思ったら、もう、そうなのでしかない。
ただ、どの意識を使っての認知なのか注意深く考察することで、その人の思考パターン(世界観)を推定するヒントになるのではなからうか?
果てして意識には濃度や階層があるのだろうか?
そしてこの濃度差のある意識と人口密度は相関関係があるのだろうか?
もくじ
意識と思考 人間とは!
意識の濃度 4段階
意識濃度の測定方法 睡眠時と覚醒時 意識を形にしたものが都市 人口密度
4つの区分 都市・郊外・田舎・山 環境体験 アナロジー表図 分学図表
密度の変化によって何が起こるか? 非意識→意識→形 形→意識→非意識
変化 加速度
生命体に関わる問題を理解するのに役立つ密度論
使い方
問題の具体例 理性→感性 智性→感性 感性→智性
意識と思考 人の発言と人口密度
人の発言はその人の今まで生きてきた経験を表している。学んできた結果をを表している。育ってきた環境を表している。事実のある一面を表している。
その人の論理性や科学的根拠が、間違いのない正しさと思っているのは、数多くの因果の結果が先にあり、後から合理的な理由を見つけて、それを「説明」として選択したからである。思考のパターンの線をつなげて思考体系を作り上げる。そしてこれを使った経験の集積を自分の人生史とした。その人の属している組織との関係性によって、選択する論理や科学的根拠も変化する。また、この組織も変化するので、組織の論理も根拠も変化する。
この常に変化している環境のどこにスポットライトを当てて何を体験するかによって、論理性の違いができる。
この体験は意識が基準となる。
その人の意識との関わりによって、各自の思考の関心とパターンとクセが形成されていく。これらが実は人口密度とその変動率と深い関係がある、というのがこのエッセイである。
意識の濃度
意識には濃度があるのか?
意識に色や形があるわけではないので、見ることもできず、数値化することができない。
何か数値化する方法はあるのだろうか?
例えば睡眠時には、レム睡眠 Rapid eye movement sleepと呼ばれる急速眼球運動が伴う睡眠と、その程度の低い睡眠をノンレム睡眠と名付けられたものがあるが、測定には脳波が使われていた。
意識は常に変化する。
しかし、意識によって作られてそれが形として残っている世界がある。
そう、私たちの住んでいる文明社会である。家、包丁、道路、ライフライン、コンピューター、人工衛星。
これらの意識化合物は、意識にとってより暮らしやすい物体やシステムや思考法を創造してきた。
形と経路とマニュアルを作ったので、ボタンを押すというインプットにより、オートマティックにアウトプットが出るプログラミングができているので、ヒトは意識を別のことに使えるようになった。
その一つが自己意識のチューンアップだ。そこからアートが生まれ出す。
話が個々の思考パターンの形成になる前に、この意識と街の相関関係や意識の濃度による分類に話を進めよう。
4段階の意識
意識の濃密度に注目して分類して分析すると、後の章で説明する、各自が持つ思考パターンの形成過程、背景、環境、そして理由がわかる。
意識の濃度 |
意識 |
意識段階 |
覚醒睡眠 |
特性 |
H2O |
創造物 |
場所 |
時間 |
過密 |
自意識 |
自己意識 |
覚醒 |
自己主張 |
氷 |
ビル |
都市 |
時計 |
密 |
意識 |
表層意識 |
目をさます |
分裂・自律 |
水 |
家 |
郊外 |
一日 |
疎 |
潜在意識 |
中間意識 |
レム睡眠 |
統合 |
水蒸気 |
四阿 |
田舎 |
一年 |
過疎 |
無意識 |
深層意識 |
ノンレム |
観照 |
大気 |
樹の下 |
山森・砂漠 |
地球誕生 |
なし |
非意識 |
非意識 |
|
|
空 |
|
この世の前・後 |
時空一致 |
意識の一生 過程と機能
意識とは、範囲を決めて、スポットライトを当て、そこを次々と分け続けるものである。そして各自の生命体の一生で見れば、生まれてから死ぬまでの過程の中で、意識の内容である機能が変化する。
一生を幼児期、青年期、成熟期、老年期と分けた時の特徴を表にして、他との関係性をみる。
ヒトの一生の視点
|
区分期 |
意識の |
意識入口 |
意識機能 |
1と2 |
生活 |
他との繋 |
哲学 |
美学 |
観点 |
主要基準 |
1 |
幼児期 |
先験的 |
作成 |
分ける |
1→2 |
経験 |
共感 |
カオス |
成長 |
主観 |
感情 |
2 |
青年期 |
可能性 |
閉じる |
白を選択 |
2→1 |
論理 |
言葉 |
二元論 |
正義 |
客観重視 |
理性 |
3 |
壮年期 成熟期 |
限界 |
開閉 |
黒の再評価 |
2→1 |
道 |
陰陽一致 |
相反一致 |
多層 |
主観=客観 |
智性 |
4 |
老年期 |
通用不可 |
開ける |
分けない |
1 |
ボケ |
非分化 |
一元論 |
往生 |
主客交代 |
老人力 |
5 |
生前死後 |
|
|
|
0 1も2も |
|
|
空論 |
再生 |
大きなもの |
|
近代以降は成熟期と老年期を排除する歴史が繰り返され、ついに欧米ではカント以降はそれらの領域はないと意識によって定義されたが、カラダ(脳)がないと自己意識も生まれてこない。体や脳自身も自然の一部である生命体なので、死ぬ間際にはこの領域に現代人の意志にかかわらず突入してしまう。そして、これまで自分が選択しなかった劣勢を受け入れないことで起こるウツだったり、分けないことにも価値をみつける老年性痴呆症になる。しかしこれらは、各自が準備して受け入れたものではなく、意志に逆らうかのように外部から襲われたものとしてとらえる。そこで、意識はこの事実を受け入れることができず、「病気」というカテゴリーにいれ、これらを不意のアクシデントとして理性は理解する。
どの意識(表層、中間層、深層、非意識)に本質(境界線)があると措定し、
どの意識レベルを標準「スポットライト」を当てるのか?
自己意識
これを書いている私、これを読んでいるあなた、これによって私たちは今、つながることができている。
意識を観ている「観察者」
理性を信念(信仰)にする理念 ナルシズム
表層意識
表層意識は「違い」にスポットライトを当てる
現状分析をして未来の計画行動をたてる
白と黒は別のもの
中間意識
中間深層意識は「違い」と「共通点」の両方にスポットライトを当てる
白と黒はコインの裏表、さらに白黒を「波」として捉えて、濃度や流れによって白黒と判定される。
深層意識
深層意識は「共通点」にスポットライトを当てる
カタチを微細にして全てを溶解して一つにする
白黒に分化される前の状態なので、白黒が溶け合っているので白と黒は同じといえば同じ、違うといえば違う。
非意識
非意識はスポットライトを当てることをしない。
「空」の把握 「空」とは、すべてがあるのにカタチがない、という理性から見ると矛盾したもの
思想体系と意識の相関関係
人はなぜ、結論のない議論をお互い続けるのだろうか?
それは環境から作り上げられた思考のパターンや、複数のパターンの優先順位や使用法が違うので、各自にとっての「正しさ」は他者の体感とは違うので、各自が自分のパターンを一般化しようとすることから、このようなことが起こる。各自の体感をTPOの具体化した現象としてとらえると、もう一般化は起きないので、議論は収まる。お互いの環境の違いの確認にスポットライトは当てられるようになる。
思想体系とは各人の体験によって作られるので、各人の環境も要因になる。
要因の時代、場所、指向性によっても形成され、それぞれの体系の特徴が現れる。
時間と空間によって体系のパターンができあがるということだ。
ここでいう指向性とは、各人の目指す方向性で、周辺から中心、中心から周辺と二つの方向がある。
中心のメタファーは表層意識、都会、エリート、学歴、支配組織、法、緊張、統合、実業、形の形成、成長
周辺のメタファーは深層意識、村落、民草、手仕事、小グループ、掟、弛緩、自律、アート、形の融解、成熟
次に、意識は「中心/周辺」、また「人口密度」と相関関係がある。
指向性は「中心/周辺」との距離加速度、「人口密度」の増減と相関関係がある。
時空一致の非意識から意識への転換が時間と空間をうみだす。
1から4は「力」から「形」へ
宗教・哲学・主義
伝統宗教は変動率がない教条に価値をおき、新興宗教は変動率を上げる教条をもつ。
競争、誤読、対立を生み、動の歴史を創る。
二元論 組織化 学識化 悧巧 融合 成長
5から8は「形」から「力」へ
芸術・思考体系
平和、理解、統合を生み、静の歴史を創る
一元論 解体 体感 愚鈍 自律 退化
表層・深層意識の図式
A M B
M
C
0
S 自己意識 意識の固定化・閉鎖化 閉じた内・外界刺激と神経管の間 脳
A 表層意識 大脳皮質 開いた内・外界刺激と神経管の間 脳
M 中間意識 大脳辺縁系 神経管(自律神経)と循環器系の間 脳・心肺
B 深層意識 脳幹 消化器系と微生物の間 内臓・腸
C 二つの間 非現象態と現象態との間の中間帯 双面的で背反的である。
O 非意識 微生物・他者 自分の意識とカラダの外に在るもの
機能
S 観るもの 予測するもの ただし意識がしっかりしている時だけ
A スポットライトを当てて分類する
M 流れ(山と谷・波動・潮汐・勢い・加速度・濃淡・喜怒哀楽)でとらえる。
B 対象物と自分を同化する デュランの無意識的下部構造infrastructure inconsciente
O この世の前と後にいることで、自我が必要なくなる
フッサール、ルヴィナス、ポンティがだめな理由 西洋(自己意識)のクセもしくは慣習の限界?
仏教でいう「妄念」すなわちコトバの意味分節機能は、意外に執拗で、意外に根深い。
名前を通じて定着されている普遍的「本質」の働きが表層意識だけではなく、意味的阿頼耶識として深層意識の構造まで規定するため。
阿頼耶識
「カルマ」と呼ばれる「業」の情報を集積する「蔵」が「阿頼耶識」である。心の奥底に刻まれている種々の経験のトラウマ(痕跡〈こんせき〉)。唯識派の第八識にあたる。
この種子は自己意識が深層領域(例えばパソコンのハードディスク、忘れている記憶)で揺らめけば、普遍的「本質」が発動し、中間層領域であるメモリーに読み込まれる。また使うことにより、表層領域であるキャッシュの残存し再利用されやすくなる。シンボルが表層意識にまだ現れないといっても、言語以前ではなく、それは深層意識の痕跡が「カタチ」になる過程の場合が、言葉(分別・本質)以前をアピールする西洋の哲学者には確率的に多い。
意識と人口密度
意識を形にしたものが人間社会です。そして茶碗、テレビ、家。これらの集合体が生活の場。そしてこれが集中する都市。人の数だけ意識があるので、ヒトが集まる分だけ、意識の化合物は大きくなります。物体だけではなく、システムや考え方もです。
つまり人口密度が高い場所ほど、だれかの意識を形にした残骸によって出来上がっている空間ということです。デザインされた意図に従って行動するには意識にとっての楽な場所に作り変えられたいうことです。しかしこれはデザインされた意図に従わないと、意識を常に働かせなくてはならず、生活をするのに不都合きまわりない場所になった、ということでもあります。例えば高速道路を逆行して走るような。
ここで問題は、4つの意識のうちのどれに比重が多いのかを外から測定する方法が今のところはないということです。またそれぞれの意識を数値化することもできないということです。
そこで今まで色々と試してみたのですが、一番相関関係が深かったのが、人口密度とその変化でした。
強い関係性の理由は上記の通りで、人口密度が高いほどそこは人(自己意識・表層意識)によって作られたモノやシステムが多くなり、ヒトはそれに対応したり影響されたいりして、自己意識と表層意識が刺激され活性化されて暮らさざるを得なくなります。それに反して、自然の変化や全体性に対応する中層意識と深層意識は使う必要性が低下します。
また逆に山の中で暮らすと、常に天候や植物や動物の様子や、仲間や共同体との作業を考えないと暮らしていけません。たとえば都会では服が濡れるので雨を嫌で不都合なものにすることがあります。しかし農・樹木作業をする者は、雨を植物を始めとした生命体の恩恵としてとらえ、雨は晴れと分別されるのではなく、雨と晴れを一つの周期として捉えたり、雨と晴れをどちらも同じ自然の一つとしてとらえたりします。
これは自然だけではなく、人間の集団や、善悪や自由や平等などの形而上的な抽象的で観念的なもののとらえ方まで変化するのが面白いところです。
同じように、時間、空間、色、カタチ、家族、美学、クセ、法学、文学、思考パターンまで違ってきますから、逆に、ある人の考え方を聴くと、その思考法から、暮らしている人口密度の地域と、その地域の人口の増減まで推測できる、のではないか、ということです。
当然ですが、意識と人口密度・変動率の相関関係は絶対的なものではなく、確率的なものです。
上記のような傾向がある、ということです。
人口密度
|
|
人/km2 |
具体的場所の例 |
人工 |
認識 |
意識・脳機能学 |
1 |
大都市 |
10000以上 |
東京23区13663 |
人工物の集積 |
法則化 |
自己意識 |
2 |
郊外・市街 |
1000以上 |
八王子3100 |
人工物が中心 |
分別 |
大脳皮質 |
3 |
田舎 |
100以上 |
相模湖328 |
人工物と自然 |
波形 |
大脳辺縁系 |
4 |
山林・砂漠 |
100以下 |
福島県檜枝岐村2 |
自然の集積 |
つながり |
脳幹 |
密度による大都市・市町村・山林を分別する定義はないが、参考資料を参照して密度を10、102、103、104の基準にすることにした。
パリ 20,560人、ロンドン行政区16,200人
マカオ18,424人、モナコ 16,244人、ムンバイ27,200人、ソウル17,000人マニラ15,600人大阪市 11,990人
住んでいる地区、住居(平屋・ビル)などによっての数値の調整は必要となる
特殊なケース 意識の形骸化したビルが捨てられる廃墟、 端島、通称「軍艦島」密度83,600人→0人
突如できる一時的な難民キャンプ 70年代のインドシナ難民・現代のシリア難民100人→10000人
5つの区分 都市・郊外・田舎・山 環境体験 アナロジー表図
時間と空間のシンボル
|
空間 |
時間 |
自然 |
元素 |
家 |
体 |
美学 |
周期 |
1 |
都市 |
現代 |
去勢 |
水 |
乙女 |
大脳 |
美/術 |
1秒 |
2 |
郊外 |
江戸 |
恩恵 |
土 |
母 |
辺縁系 |
豊饒 |
1年 |
3 |
森 |
縄文 |
力強 |
火 |
青年 |
心臓 |
共感 |
50年 |
4 |
山/沙漠 |
前史 |
厳格 |
風 |
父 |
腸 |
叡知 |
10億年 |
5 |
宇宙・量子 |
時空一致 |
存在 |
空 |
両性 |
細胞 |
いのち |
瞬間 |
人口密度と現代アカデミー
|
空間 |
法学 |
倫理学基準 |
言語学 |
宗教学 |
文学 |
|
1 |
都市 |
法律 |
論理 |
共通語 |
二元論 |
小説 |
|
2 |
郊外 |
条例 |
共同体 |
国語 |
一神教 |
民話 |
|
3 |
村 |
掟 |
賢人 |
方言 |
多神教 |
伝説 |
|
4 |
山林 |
宿命 |
カミ |
脱言語 |
アニミズム |
神話 |
|
人口密度と空間と時間
|
空間 |
歴史 |
時代 |
空間と集合体 |
象徴 |
視点 |
権力 |
1 |
都市 |
ポストモダン |
現代 |
SNSバーチャル |
理念 |
人工衛星の眼 |
金融・エネルギー |
2 |
郊外 |
モダン |
近代 |
国 |
理性 |
地動説 太陽系 |
国 |
3 |
村 |
プレモダン |
中世 |
地理 |
宗教 |
天動説地球の眼 |
地方 |
4 |
山林 |
Ancient |
古代 |
地形 |
仲間 |
自分の眼 |
武力 |
人口密度と個体時間
|
区分期 |
医学 |
治療思考 |
H2O |
家族 |
身体論 |
1 |
青年期 |
西洋医学 |
解剖・薬 |
氷 |
娘 |
大脳皮質 |
2 |
幼児期 |
自然治癒 |
天然 |
水 |
母 |
大脳辺縁系 |
3 |
壮年期 |
東洋医学 |
血の循環 |
水蒸気 |
青年 |
心肺 |
4 |
老年期 |
伝統医学 |
気の流れ |
大気 |
父 |
腸 |
|
一生 |
人との関係 |
他との繋 |
大義名分 |
生活 |
哲学 |
観点 |
1 |
青年期 |
本人 |
言葉 |
正義 |
論理 |
二元論 |
客観重視 |
2 |
幼児期 |
家族 |
共感 |
成長 |
経験 |
カオス |
主観 |
3 |
壮年期 |
村の共同体 |
陰陽一致 |
義 |
術・道 |
相反一致 |
主観=客観 |
4 |
老年期 |
生命体 |
非分化 |
往生 |
ボケ |
一元論 |
主観の禅定 |
人口密度と意識
|
空間 |
意識の入口 |
白・黒 |
主・客 |
パターン |
意識の |
自己意識 |
1 |
都市 |
閉じる |
白を選択 |
客観重視 |
二元論 |
可能性 |
全能 |
2 |
郊外 |
作成 |
分ける |
主観 |
条件反射 |
先験 |
抑圧 |
3 |
村 |
開閉自由 |
黒の再評価 |
主観=客観 |
相反一致 |
限界 |
オンとオフ |
4 |
山林 |
開ける |
分けない |
観照 |
一元論 |
非使用 |
価値なし |
|
空間 |
個人と集団 |
自己意識 |
身体・実践 |
伝達方法 |
全体性 |
悪いクセ |
1 |
都市 |
個人主義 |
ナルシズム |
不平等 |
文字 |
理性 |
妬み |
2 |
郊外 |
家族主義 |
平等主義 |
無平等 |
話し言葉 |
感性 |
過剰一般化 |
3 |
村 |
血縁主義 |
無平等主義 |
平等 |
シンボル |
智性 |
アメとムチ |
4 |
山林 |
地域主義 |
不平等主義 |
無差別・一体 |
共感 |
魂性 |
畏怖 |
|
人口密度 |
太陽 |
美学 |
法 |
主要ツール |
1と2 |
体 |
美学 |
政党 |
1 |
大都市 |
昼 |
善悪 |
法律 |
(合)理性 |
二から選択 |
大脳皮質 |
美・正義 |
民主党 |
2 |
市・郊外 |
日の出 |
自然 |
条例 |
感情・悟性 |
一から二 |
辺縁系 |
豊穣・成長 |
民主党 |
3 |
村 |
午後 |
智慧 |
掟 |
智性 |
二を一に |
心臓 |
同化・闘争 |
共和党 |
4 |
森林 |
日の入 |
静寂 |
自然の法則 |
老人力・魂 |
一のまま |
腸・微生物 |
叡智・義 |
共和党 |
密度学の読み方・利用法
4つの差+α
多様性ではなく、多層性
一つの事柄を吟味する時に、他と比較する方法がある。これが多様性である。
もう一つは、いろいろな可能性があったのに、現状の形になった必然性や時代や地域による変化を調べる、これが多層性である。
同じ必要性があっても、TPOによって表面に現れる形は変化する。これを意識の濃密度としてとらえて、どの意識が強く作用したかにスポットライトを当てることで、変化した顕れ方の違いと底に流れる共通性が鮮やかに浮かび上がってくる。これが4つに分けて差と共通点を見つける理由である。
また、4つの意識全部とつながっている+αとは、「チカラ」「空」「闇・光」「非意識」のことで、この密度学の作業を経ることで明確に自覚できるようになることもある。
人口密度と変化 絶対量と変化量 ストックとフロー 積分と微分
量と変化の2種類の指針がある。
量は4つに分ける 過疎・疎・密・過密
変化は2つに分ける 増大・減少
変化が起きる理由
4つの差は濃密度により住み分けができているのだが、これが機能しなくなる時が3つある。
環境の変化(宇宙の法則)、個人の移動(感覚器の法則)、意識の偏見(意識の法則)だ。
環境の変化とは、つなみや地震などの天災や戦争などの人災。そしてそれらの災害のない時の人口増加。
「栄枯盛衰は世の習い」という波のような周期でモノを考える「山と谷の法則」のことだ。
次に、個人は移動することで、すぐに都市から山へと自由に簡単に人口密度時空を変化させることができる。
最後に、意識は正義の御旗を立てて、平等や平和などとある時空特定の特性を他の時空にも持ち込み、棲み分けのルールを破壊してしまう。よくある事例は、太古の山や森にある世界を無理矢理に現代の都会に当てはめようとして争いを起こしてしまうことだ。しかし、短期的で合理的な表層意識の特徴の一つは純粋であるので、無茶なことであろうとも自覚症状がない場合が多い。
意識のできないことや表層意識の限界や理性の恐ろしさをまだ体験していない未熟さが原因である。
変化の方向 微分値
変化の方向にも濃度の上昇、濃度の下降、現状維持の3種類がある。
人口密度の上昇とは、意識の形骸物の集中する中で暮らすことなので、自己意識の特性である「閉じて光を当てて分類/分析して法則を見つけ未来を予測する」ことに価値観が傾けられる。
具体的には、科学に使われる時間や労力が増え、学問が尊ばれ、分けることができる物質に価値が置かれる。
それに対して、人口密度の下降とは、自己意識の特性が減ることなので、「開いて無視されていた闇の再認識がはじまり、対象化していたものと同化し今を生きる」ことに価値観が傾く。
具体的には、みんなでゆったりと食事をして、温泉に入ってリラックスすることに価値がある。
抽象度を上げてシンボリズムでみてみると、人口密度の上昇は「いのち」から「形」への移行を象徴し、下降は「形」から「いのち」への移行を象徴する。
「いのち」を非意識と呼ぶとすると、ヒトは非意識を囲みこみ閉じることによって自己意識となる。そしてこの意識が凝縮されることで形になる。そして全ての形あるものは、形のない意識に通じているので、自己意識は囲まれ閉じ続けないと、カタチは非意識に戻っていく。
局地では上昇と下降の場所は同じだけあるのに、全体の人類史からみるとヒトが科学や学問や成長やカタチを尊ぶのは、全人類の人口密度が増加し続けていることが一つの要因だという仮説をここで提示する。
すなわち密度が高いところから低いところに移動して生活すると、価値観が科学や学問から、いのちや情緒に変化するという説である。
濃度の違いによる特性の違いと変化の上下の二つを要因にすることで、この世界を理解する手がかりにする。
そして個別の問題には、そこに特有の要因と時間を加えて立体的に見ると、今まで見えてこなかったものが見えてくる。
参照 X軸を人口密度、Y軸を他の要因(美学、法学、科学など)、Z軸を時間とするグラフを書くとわかりやすい。
変化を好む者、嫌う者
これらのどの場合も変化があるので、変化を好むものと好まない者が出てくる。変化を怖れる者、現状に利権がある者、変化に対応できない者、未知を恐がる者は、できるだけ変化しないように行動する。
また、変化を嫌うのではなく好む傾向が強いのは、現状に満足していない者、冒険心にあふれる者、好奇心が旺盛な者である。
真実が各自によって違うのは、その人がどのようにこの世を理解したいのかに違いがあるからだ。各自の納得の仕方が違うのだから、それに合わせて真実は形を変える。そしてその各自の真実に対応する理論や言い訳や欺計や偽造や騙詐はすでに用意されている。自分の立場を変えたくないものは、それらのどれかを選択して、条件反射にすればよいだけである。
密度変化(変動)のパターン
増大 密度が高い方へ移動した時 差異性(違い)と理念と自我を求める
減少 密度が低い方へ移動した時 共通性(共通点)と感性と共同体を求める
変化率 |
意識 |
脳機能 |
二分法 |
個と全体 |
分合 |
客観主観 |
状態 |
増大 |
意識増大 |
大脳皮質 |
精神 |
個人主義 |
分裂 |
対象 |
主張 |
減少 |
意識減少 |
脳幹 |
肉体 |
共同体 |
統合 |
同化 |
溶融 |
|
伸縮 |
自他 |
聖俗 |
天地 |
方向性 |
全体性 |
美学 |
善悪 |
増大 |
緊張 |
自我 |
聖 |
天 |
理想 |
理性 |
理念 |
天使 |
減少 |
弛緩 |
他者 |
俗 |
地 |
現実 |
感性 |
無為 |
悪魔 |
|
攻殻機動隊 |
夏目漱石 |
他者の関係 |
社会形態 |
伝達 |
意識 |
ミクロマクロ |
増大 |
機械マシン |
理智 |
愛アガペー |
法治国家 |
文字 |
意識 |
意志 |
減少 |
霊ゴースト |
情緒 |
同胞フィロス |
自然状態 |
シンボル |
無意識 |
宇宙のリズム |
1「空」→過疎 種からの誕生 無から自然へ 自然のルールに
2過疎→疎 森から村へ 自然から文化へ 自然のルールから村の掟へ
3疎→密 村から郊外へ 文化から文明へ 村の掟から街の条例へ
4密→過密 郊外から都会へ 文明からバーチャル空間へ 条例から法律へ
5過密→密 都会から郊外へ バーチャルからモノへ 自由から規制へ
6密→疎 郊外から村へ モノからスタイルへ 規制から自律へ
7疎→過疎 村から森へ スタイルからリアルへ 自律から役割(他律)へ
8過疎→「空」 森から消滅へ リアルから無へ 役割(他律)から祈りへ
たとえば3の世界とは
田舎から都会へ移動、 人口密度の低いところから高いところに移動、 人口密度の疎から密への変化
地方から新興住宅地へ移動 文化のあるところから文化のないところへ
生産者から消費者へ
集団から個人へ
右肩上がりの時代、
目的を達成してきた集団
上昇志向、
意識と理性中心主義、
ロマン派
貴族(上流社会)趣味、
具体例の密度学
密度と学問
密度と学者
密度とマスコミ
密度とリベラル
具体例の密度学
具体例といっても、密度学の法則に合うものだけを選定しているので、この法則で説明ができるのは当たり前のことである。ただ、これまで対象を分析・評価する時に「密度」を要因に入れることが少なかった人には、これは参考になるかもしれない。
密度学が通用しない事例を多く集めています。思い当たることがありましたらご教示お願いします。
2016年米国選挙
人口密度と意識の高さは比例する、とする。データの収集の仕方はいろいろあるが、意識で考えたものが形になり、それが集まって村、町、市、都市ができたのは間違いない。
今回の選挙は意識の高さの美学と意識の低さの美学との戦いであったと仮定する。
意識の高さの美学とは、理念を語ること 高い分だけ理想を追求することができる
意識の低さの美学とは、本音を語ること 低い分だけ無意識ではあるが体や心の声を聞くことができる
民主党の理念が高すぎ現実は自分勝手な行為だったため、密度の低いところでは賛同が得られなくなった。
共和党は本音を語り理想を逆撫でするため、密度の高いところでは許すことができなくなった。
アメリカの大都市の密度の変化率は大きくないので今回は考慮することはないと思っていたが、もしかしたらコロラドやネバダやバージニアの都市に住む人口の増加率が上がっていたのかもしれないので、チェックする必要がある。
また、今まで本音よりも理念を語っていたミシガンをはじめとしたウィスコンシンやニューハンプシャーの人口密度が減少したのかチェックする必要がある。
基本は人口密度が高いところと密度の変化が増大したところが民主党、低いところと密度が減少したところが共和党だが、毎回の選挙におけるポイントは争点なので、それによって密度の基準が変化する。
|
地理 |
人/km2 |
都市 |
認識方法 |
対立 |
目前の世界 |
平等 |
認識手段 |
1 |
大都市 |
10000以上 |
NY,LA,SF |
区分け |
弁証法・対立 |
区別する |
ナルシズム |
理性 |
2 |
市・郊外 |
1000以上 |
Denver,LV |
五感・直観 |
並列 |
ありのまま |
平等主義 |
感性 |
3 |
村 |
100以上 |
County |
無意識の 理解・直観 |
対立承認 |
宿命と必然 |
無平等主義 |
智性 |
4 |
山林 |
0以上 |
集落 |
瞑想観照 |
無立一丸 |
差と連繋 |
不平等主義 |
脱言語 |
過去4回の大統領選挙で、デモクラとリパブリカンのどちらが勝ったのかを示す地図
4回すべてがリパブリカンだと赤
4回中3回がリパブリカンだとピンク
2回リパブリカン・2回デモクラだと紫
4回中3回がデモクラだと水色
4回すべてがデモクラだと青
という色分けです。
過去4回とは違う結果のでた州に注目して、そこの都市の人口の増加率を調査してみた。
過去4回の選挙で紫(引き分け)が青になった州 →民主党
ネバダ、コロラド、バージニア
過去4回の選挙でいつも青だったのに今回は赤になった州 →共和党
ウィスコンシン、ミシガン、、ペンシルバニア、
過去4回の選挙で3回が青だったのに今回は赤になった州 →共和党
アイオワ、ニューハンプシャー
|
|
2010 人口 |
2015 人口 |
変化率 |
修正変化率 -3.8% |
人口密度 |
アメリカ総人口 |
|
309.76万 |
321.60万 |
3.8% |
0 |
|
共和党→民主党 |
|
|
|
|
|
|
コロラド |
デンバー |
599,860 |
682,545 |
13.8% |
+10% |
1,561/km2 |
ネバダ |
ラスベガス |
584,313 |
623,747 |
6.7% |
+2.9% |
1,659.5/km2 |
バージニア |
リッチモンド |
204,175 |
220,289 |
7.9% |
+4.1% |
1,400/km2 |
民主党→共和党 |
|
|
|
|
|
|
ペンシルバニア |
ピッツバーグ |
305,704 |
305,685 |
-0.4% |
−4.2% |
2,140/km2 |
ウィスコンシン |
ミルウォーキー |
594,738 |
600,155 |
0.9% |
−2.9% |
2,389.4/km2 |
ミシガン |
デトロイト |
713,862 |
677,116 |
-5.1% |
−8.9% |
1,985/km2 |
|
|
|
|
|
|
|
ニューハンプシャー |
マンチェスター |
109,571 |
110,229 |
0.6% |
−3.8% |
1,285.8/km2 |
アイオワ |
デモイン |
204,186 |
210,330 |
3.0% |
−0.8% |
936.6/km2 |
地域で違う「リベラル」の定義
アメリカのリベラル 中道左派 大きな政府 公民権 フェミニズム アンチ差別 セーフティーネット
ヨーロッパのリベラル 環境保全(例えば緑の党) 共産主義・社会主義・環境左派 車はだめとか
日本のリベラル 共産党 昔の社会党 与党が好きでない人 アンチ権力 大学関係者
日本のリベラル政党と安全保障
縦軸の左右移動は、浄化が必要な時に左に動き、権力志向や共通目的がある時は右に動く
自衛
自民党
民主党
過疎 疎 密 過密
共産党・昔の社会党
公明党?
国連(第三者による安全)
アメリカと日本のリベラル政党の相違
他者を守る
アメリカの共和党 アメリカの民主党
過疎 疎 密 過密
日本の保守 日本の革新
他者に守られる
密度の変化率と絶対量
2種類のリベラル 変化率の増大タイプと高密度の中心タイプ
一つ目は変化率が常に増大変化することで理念を維持できるタイプです。
地理的移動、経済上昇、ステータス上昇
周辺→中心 田舎→市→大都市 貧窮→裕福 見習い→達人 尋常小学校→大学院
二つ目は密度の高い時空の中心地(⇔辺縁地)にいることで、守られている現実に囲まれて暮らしていけるタイプです。
公務員(⇔日雇い) 一流企業(⇔中小企業) 大都市の郊外のライフライン(⇔田舎) 家の中(⇔家の外) 団地(⇔平屋) 書斎(⇔庭) 氷(⇔水蒸気) 乙女(⇔父)大脳皮質(⇔小腸)
中央と外縁 密と疎のアナロジー
中央 密 欠点を補う 1980年代の西武の森監督 無冠の帝王・清原 大企業・公務員
外縁 疎 長所を伸ばす 1980年代の近鉄の中西コーチ ブライアントの指導法 中小企業
過密度の特性と行動
高密度のメリット 能率、合理性、利便性、集中性、自主性、自律、想定内を前提にできる
しかし同時にある、人口過密による過剰負荷環境 ラッシュアワー 情報の氾濫 格差 欲望の不達成
過密度のデメリット 全体性の欠如、変化に不対応、体・心・いのちへの低関心、任せる安らぎのなさ
他者との関係性
無視 関係の薄い情報は無視、満員電車で寝る、困っている人がいても助けない
関係回避 個人情報を非公開、個人的な会話を極力短くする
責任のがれ 優先度の低い情報には関係を持たない、事件に遭遇しても傍観、選挙に投票しない
高密度のメリット 他者の目を意識して自制というシステムが働く
高密度のデメリット 自制が関わることの面倒くささと誰かがやるだろういう無責任体質になる
傍観者効果 的はずれな援助が笑われるのでは
リンゲルマン効果 集団の規模が大きくなるほど一人あたりの生産性は下がる
キティ・ジェノバース事件 ニューヨーク市内で38人の目撃されていたにも関わらずキティが殺された
状況と役割による冷酷さと無気力 密度による役割
心理学者ジンバルドーは没個性化された状況では人は冷酷になりがちなことを実験で証明した。匿名性が高く、別人格を装うことも可能なネット掲示板では、人がより攻撃的になってしまう。
Es2001ドイツ映画 模擬刑務所で看守と囚人を演じた実験の再現映画
匿名性とは小さな集団では起きず、過密度もしくはネットの時空間が発生する。
強い承認願望
過密度地域では、他者との関係がなくても金があれば生きていける。
疎地域では自治会、小集団での役割(ゴミ、掃除、防災訓練、学校、祭り、青年団、集会所、自衛団、水利権、電波塔維持費、林道保持、災害対策、除雪、道の整備、有害鳥獣駆除、倒木、雪害)があるので、金があるだけでは暮らしづらく特に子供がいれば近所付き合いが必要とされる。
過密度地域では、集団に帰属する必要もなくサバイバルできるのだが、ヒトは他者からの評価と承認があってはじめて安心できるため、集団における自己の居場所を求める行動をしてしまう。
だからこそ、社会一般の集団に属さない者もある集団の一員であろうとする。それは反社会的なヒトでも同じことだ。いや余計にそのようなサークルや集団を求めてしまうのは、一般社会との関係が希薄になってしまい不安、生きがいのなさ、存在意義のなさ、虚無感を感じてしまうからである。これはテロリストやオウム真理教のような破壊的カルト、国にまで例えられるISのような組織こそが、濃い帰属意識と承認願望が強くなることを表している。
他者との距離・自尊心
|
脳機能学 |
特徴 |
優劣 |
他者(主・客) |
疎密 |
自己意識 |
観察する者 |
中心 |
判断をする者 |
客体 |
過密 |
表層意識 |
大脳皮質 |
差異 |
優劣の優 |
異分子 |
密 |
中間意識 |
大脳辺縁系 |
波・潮汐 |
優劣の劣を活かす |
コインの表裏 |
疎 |
深層意識 |
脳幹 |
共通点 |
優劣に分けない |
溶解 |
過疎 |
過密度の高いところでは、自己意識と表層意識を使う割合と時間が増えるので、他者との付き合い方も共通点を見つけることよりも、差異を見出すことにポイントが置かれてしまう。
カラダは共通を求めるのに、自己意識は違いを求めてしまう。これをハリネズミ症候群と呼ぶらしい。
お互いに近づきたいのに、お互いの自尊心(自意識)が邪魔をして、近づこうとするとお互いの針で相手を刺してしまうのだそうだ。
これも過密度で暮らす矛盾である。
過密度(都市)の理念と限界
キレイゴトを好む崇高な理念。求めるのは、誰もが幸せな世界。ラブ&ピース。
たとえば、共生、win-win、爽やかさ、みんなの幸福、正義。
これに加わるのが、実行力を重視する価値観。
カタチにするためならば、邪魔するものを脅威と恐怖で排除する行動力。
そして自分ではできないし責任が取れない時は、そんな夢想に導くヒーローへの渇望と憧憬。
自意識は自らを生贄にはできない。観るモノであって、観られるモノでも、溶けるモノでもないから。
夢見るのはパラダイス、実際に行なうのは排除。
常に「犠牲」を「外(周縁)」に見つけ、愚かだと決めつけた民衆を誘導する。
決して、自分の手は汚さない魔女狩り、気に食わないものを、吊るし上げ うさ晴らしする。
言い訳は「民意」。
空気をつくって、保身を第一にして行動する。
キレイゴトは胸を張って言う。
薄ら笑いからも、怒りや憎しみからはなにも生まれない
醜い部分ではなく美しい部分に目を向けること。
そうすれば世界が変わる。
醜さや怒りに身を任せずに妥協点を探し、みんなの幸せを探す
不本意でも面倒でも妥協点を懸命に探し、争いを避け、みんなの幸せを目指す世界を作り上げる。
人間の醜さに火を点け、油を注ぎ、勝てばいいと醜く争うのは快感があるだけで、欲望の成れの果てである。
人間の愚かさと醜さを利用して勝ってきた方法なんか許すものか
相手に与え譲ることができる勇敢で気高い人間しか、みんなが幸せになる世界を作ることができない
何度でも救う
純粋さで
美しさで
誰もがそれを持っているから
人にはそれができる
これが人の可能性と愛!
ところが、
これがヒトの理念と理性が間違っていないと信じ込んでいるのが都会人の限界
人は醜く愚かで卑劣だ
それでいいんだ。
だからヒトなんだ。
そこがいいんだ。
自分もその底辺の醜い世界の一員であることに、気づく!
ゴミクズの一匹であることを自覚しちゃえ。
どんだけのゴミを毎日うみだしては家の外に捨て、
これまでどんだけの電気と水とガスと穀物を消費し、どれだけの自然界の元素を搾取してきたことか
過密度のサガを見つめたことがあるのだろうか?
過密度の無茶を隠すための自己弁護
過疎を踏みにじるための自己正当化
登っている木から降りてこい
その木だって光合成で酸素を作るのは木の人生の1/4だけで、一生を通すと酸素なんか供給しないんだぞ
人のために尽くす自分が好きでたまらなく酔いしれる自己意識よ
感謝され崇め奉られたい自尊心よ
独善的で甘くてぬるいのがお好きな方々
たとえばウィンウィンとは全体から見れば他にたくさんのルーザーをつくることだ
理想の実現のために主義や手段や法を利用して、人をたらし騙し操る理念主義者よ
貴方が勝ちにこだわるのは貴方が臆病だからだ
消滅を知らない魂は、まだ本当の「生きる」ことを知らない。
二つの意見を足して二で割るなんて
世界外交や自然の掟では通用しない方法
必要なのは山と谷の波、凪をつくって全てを止めてどうするつもりなのか?
みんなの幸せを本気で作りたいのならば、醜さの中にいることを自覚して、それを愛せ
自分の中の醜さを抱きしめろ
フロンティアと人口密度
技術革新のフロンティアが格差を生む
なぜヒトはフロンティアを目指したのか
そこに未知があったから。
金塊にぶつかることもあれば、野垂れ死にもある。
金塊ならば人口密度は上昇し、
野垂れ死にならば人口密度は下降する。
どちらにしても、フロンティアにいない者にとって、フロンティアは特異点であることにはかわらない。
山と谷の理論と人口密度
経済的盛衰(GDP)は人が密度の低い地域から高い地域に移動したことによって起こる
人口の増減ではなく密度の増減
これがポイントである。
だから人口が減少していても、都市の密度が上昇していれば、GDPは上昇する。
ゆえにその地域や国の経済の盛衰を知りたければ、
過密都市での変化率を調査することで推定予測ができる。
密度と豊かさと平和と戦争
密度が増えると物質的にモノが集まるので豊かになり
密度が減ると貧しくなる。
密度が急激に増えると競争がおき、
密度が急激に減ると部分を統合する共通性が拡がり安定する。
しかし他の密度が増えた地域が密度が減った地域を急襲して戦争が起こるかもしれない
競争が戦争になる要因は何か?
安定が平和になる要因は何か?
ポイントは密度を減らして平和にすることではなく、変化の意味を理解して、それに対しての適応するということだ。
例えば密度が急激に増えることで、戦争する相手を他の集団に求めるのではなく、自分の能力開発に充てたり、戦争をスポーツや学問などの命のやり取りをしなくても良い決められたルールのリングの中に限るという方法である。
ではどうすれば、平和になるのか?
密度が下がった時空での滞在期間を増加させる。
もしくは自己意識と表層意識の濃度や時間を減少させる、
例えば国民の義務として義務教育の時間を少し減らして、カラダを緩める体操や呼吸法や瞑想を導入する。
私は推薦しないが、平和好きな人たちは、分裂よりも溶融することで、マッチョから同性愛、清く正しくよりも乱婚を実践することで、戦いの少ない社会が実現する。
それからそんなに平和が好きならば、男のサガをよく理解して、気持ちの良いオナニー教室を開催して、イマジネーション操作法と快感あふれる実践法を伝授することも効果的だ。
女性は男性よりも子供を優先する特性を持つ人もいるので、自分と同様に子供という他者を大切にする彼女たちを理解することは平和につながる。
同性愛と人口密度
大都市に同性愛者は多い。
なぜ同性愛になるのか?
精神分析学の説明は「影の薄い父親から男の立ち振る舞い方を学習できず、過保護で独占欲の強い母親と密着を断ち切れないと母親と自分を同一化し、母親の立場に立って自分と似た対象を愛する。」
ネオトニー説では、思春期の同性からの学びや憧れの段階に留まっているからだとする。
生理学の説明は、「胎児の性別は受精の際に決定されるが、男の胎児の場合は妊娠三ヶ月の頃に、胎児自身の精巣からアンドロゲンを放出し、それを浴びた脳が男の脳になる準備をする。この男子ホルモンを浴びないと元の脳のまま、すなわち女性の脳のままで成長する。すると出産した後は性別は男性、脳は元の女性脳である。」
男の胎児の脳は元々は女の脳であるが、男の脳になるためには、アンドロゲンによる洗脳が必要なのである。
I・ワードのラット実験では、母親の妊娠時にストレスを受けた(妊娠14日〜21日に毎日3回プラスティック・チューブに45分間閉じ込める)オス胎児のラットは、成長するとメスの性行動であるロードシス(背を弓なりにして反り返る行為)をするが、オスの性行動であるマウントをしない。
母親の受けたストレスが胎児のアンドロゲンの作用を抑制する。アンドロゲンはメスの性行動を抑え、オスの性行動を引き起こす作用がある。
このマウス実験は人にも適用できるのだろうか?
ヒトでは実験はできないが、G・ダーナーは1934〜1953年の間にドイツに生まれた男のうち、1942〜1947年に生まれた中に同性愛者が際立って多いという傾向を発見した。この期間はドイツが戦場となっていた時期と戦後の混乱の時期である。母親には過剰なストレスがかかり心安まる時期ではなかった。
理性の平和とカラダの平和
違いがあるから優劣ができて競争がある。
共通性だけに関心があれば、違いも、差も、優劣もなく、そこには競争をしたくても相手がいない。
競争は戦争につながり、共通性は平和につながる。競争は発展につながり、共通性は沈滞につながる。
違いを男性原理、共通性を女性原理だと仮説すれば、過剰な男性原理にはとらわれずに生きれば、その分だけ争いは減る。
生理学的だけではなく、争いが多くて困難なのであれば、意識と無意識にかかわらず同性愛になるのは、都合の良い選択の一つである。しかしそれでは子孫は生まれない。
それではと、単純に男性原理を減らして女性原理を増やせばいいと思っちゃうのは理性の早合点。
まずはじめに、「原理」なんていうカタチはないし、あったとしても純粋なものではないので、男性原理の中には女性原理があり、女性原理の中には男性原理がある。相反するものを想定することでお互いに存在できるというもの。あるようでなく、ないようであるものだ。あると思えばあり、ないと思えばない。
そして、大事なのは私たちが、この世に存在しているのは、このカラダがあることから始まっているということ。
理性のない生命体はあるけれど、カラダのない生命体はない。
カラダがあるかぎり、それはカタチであり、そこには違いが生じる。違いのないカタチはこの世にはない。
だから、違いをしっかりと認め、その違いの中にある共通点を見つめ生きるのが、カラダの平和。
密度とイジメ
水槽に二匹のメジナを入れるとイジメが始まる。イジメとはヒト科だけの特権ではない。他の生物でもある。
どうしたらなくなるのか?
もう一匹いれてみる。変わらずイジメがある。
もう一匹足してみる。イジメがひどくなる。
次に水槽の中の4匹を網ですくってプールに入れた。
するとイジメはもう起こらなくなった。
宗教の批評と批評者の環境 人口密度とスポットライト
宗教は神や悪魔や創造主を扱うので、ヒトの意識できる形而上的世界を扱うことになる。
ある宗派を批判する時に、なぜその人はその部分にスポットライトを当てたのか?
それはその人の環境、動き。すなわち人口密度、そして密度移動の方向によって、スポットライトを当てる場所が限定されたと仮定する。
批判者の生活の場所で体験が積み重なることで、その人の考え方のパターンが形成され、この方程式を大事にするあまりに、自分の方程式に収まらない出来事を間違っていると批判するのだ。
ゆえに疎(カトリック)は密(プロテスタント)を批判し、過密(世俗主義)は過疎(神秘主義)を批判する。
人口増減とインターナショナル問題 たとえばPPT
人口増 外向き 革新 賛成派
人口減 内向き 保守 反対派
人口密度と芸術
ヨーロッパにおいて芸術の歴史も、累積的な進歩を見せた。
絵画史における自然描写には急速かつ持続的な累積進歩が顕著に見られる時期が二つある。
ビフォーとアフターが科学技術の進歩と同じように明白なものである。
どちらも都市人口密度が一度に増加した時期に当たる
紀元前6世紀の半ばから紀元前4世紀の半ば
14世紀の初めから16世紀の半ば
双方とも6から8世代続いた期間
各世代の巨人が先輩巨人の肩に立ち、広い視野を眺めたのである。
また先輩の肩の上に乗り続けず、また他者の肩になるのも瞬間だけの孤独な巨人もいる。
偽善と人口密度
都会 偽善を作り出しているのに偽善を嫌い 政治家、経済、男の下心
郊外 偽善に気がつかず 民主主義、植物と酸素
田舎 偽善を受け入れ 共同体、部落、
山林 偽と本当に分けることもしない どちらもどちら
加藤周一がうまいことを言っている。「政治家に望み得る最大の美徳は偽善である」と。
言うこととやっていることが違うにしても、正しいことを言わなくてはいけないということは、多かれ少なかれ、それを言った人の居直りが出来ない状況をつくり出すので、偽善は偽善としてちゃんと大切なことだ。
東ドイツとメルケレル首相と全体主義
ベルリンの壁がなくなり、東ドイツ人が西ドイツに集まり密度が増えた。
すると経済の発展が起こる。
東は内なる移民として力を発揮する。
移民は経済では負けたが、倫理(人間・カミ・社会)は西より東だと自信を持っている。
そのシンボルがメルケレル。人権や人道に基づいて政治を行う。(しかし、移民問題で頓挫)
聖域を行いたいがゲルマン人の特質
美しい国、尊敬される国民、自負self-confidenceを大切にする、自分たちが正義であると思っていたい。
たとえば、ギリシャを助けるんだ、他者(移民)を救え、脱原発、温暖化をストップなどなど。
しかし、2015年ぐらいから何かおかしいと思い始めた国民たち。
ギリシャ救援策の破綻、移民受け入れの限界、各地の右翼支持者の増大、イギリスのEU離脱、統合の限界。
たとえば、緑の党。
自己意識を優先させ、自分の理念に従って移民を受け入れようとしたが、
しかし途中で180度方針を変えることになってしまう。
それは体験(カラダ)が理念(アタマ)を拒否し始めたから。
理念という硬直した自己意識の方程式を否定しはじめたカラダ(自然)の現実。
こんな時には理念社会は絶対悪を持ち出す、
自分を「遅れてきた者」とすることで後から(劣っていること)を機動エンジンとして、領域を拡大していったヒトラー時代のように。
共産主義へのシンパシーを持ちながら多文化主義を否定するメルケレル、
しかし、これは人口密度を高めようとする時に起こる全体主義の素直な姿。
ドイツは鳩山由紀夫のような理念をかかげる者が首相になりやすい国
正しさが大事
サルトルや大江健三郎のように外にある虚偽は許さないが、内にある都市文明や言語の必然性には踏み込まない。
事実よりも正しいことを優先する。
評価されたい人たち
自分たちを褒めて欲しい人たち
たとえば、共産主義を許さないアンチコミュニズムの東ヨーロッパだけど
しかし今のドイツは共産主義も許すという自分の美しさを世界に見て欲しい。
たとえば、正しい本しか認めないので、東京裁判肯定やヒトラー批判が正しいことになり、
謝罪すること、謝罪させることが正しくて、評価されること。
たとえば、ロシアや中国と手を結ぶことが正しい、と思うので
世界外交では簡単に騙されるナイーブな幼児のような価値基準。
しかしもし自分の願望が叶わなかった時には腕力のものを言わせてまわりを叩きのめす
だって正しいのはこちらだから、といって。
正しさの奥にある悪の必然性や、悪を活かしながらも悪の勢力を弱める手法までも否定する。
成熟することを拒否するネオトニー戦略がドイツの純粋さと素直さと開放感と楽天主義の根っこ。
密度と実体 共産主義や社会主義は単なる統合するための教条で、実体は膨張するための大義名分
密度の高いところはお互いがぶつかり合ってしまわないように、いろいろな工夫がされている。
たとえば日本では車は左側通行、大阪ではエスカレーターの右側は立ち止まる人専用というように。
このぶつかる確率を少しでも減らす方法手段が、インテリはイデオロギーと呼ぶ。
そして○○主義のルールを決めるにも、「理念」や「宇宙の法則」や「市場の見えざる手」など様々のものがある。
その一つに、如何に多数の力を統合して、先に行くランナーに追いつくかという無意識のルールを作り出す方法がある。これが共産・社会主義の方法と手段だ。
領域を拡大する時にキレイゴトを言ったほうが、諸力を統合するに都合の良い時間と空間があるのだから、それに対処した良い戦略で効率的な方法だ。
本人たちは認めないが、無意識の欲求は領域を拡大するためなので、大義名分を常に必要とするのが特徴だ。
コラム それでもお花畑が必要なわけ
密度の高いところでは、理念の割合が増えてくる。
たとえば、
非武装中立論。
武力を使った防衛はせず、国連などの場で外交努力はするが、それでも責められたら素直に降伏して占領される。その代わりに虐殺などできるだけしないようにしてもらおうと主張する。
弱肉強食が自然界のルールだと思っている都会の大卒者は多いと思うが、実際に自然を目の前で体感すると、繁殖力が強いものが、得たエネルギー(炭水化物)を弱いものに対して無料で提供しているように見えることが多々ある。
たとえばヤギに食べられる三つ葉のクローバー、キノコに侵食されるコナラの樹木、カエルに食べられる大量の蚊、鰹節につく青カビなどなど。
解釈によって世界はいろいろと違って見える。
繁殖力の強いものが無料(博愛・無償愛)で弱者にふるまうという現実は、「お花畑の妄想」と一見ではあるが共通点があるのはなぜだろう?
無意識のうちに、弱肉強食という一方的な見方を、別の見方(弱きを助ける、無償愛)を重ねることでバランスを取っているのだろうか?
お花畑の妄想を語る者に限って、本人は気がついていないようだが、日常生活においては自分は他者よりも優位だと言われる収入や土地や所有物や職業や肩書や地位を選択する性向が強いためなのだろうか?
では相違点はなんだろう?
自然の無償愛は、強者が弱者にふるまう、という過剰の分配であるのに対して、
お花畑の理念は、自分の特権は、他者に譲らないということではないか?
そしてお花畑の理念を語ることで、ますます周囲から利権を得ることができ、そのことを見ないように生きていることではないだろうか?
たとえば、理念を唱えてきた国々、共産主義の中国や北朝鮮や昔のソ連、そして理念主義のフランス、アメリカの指導者たちが過去に殺してきた人数を知ることは参考になる。
そんなキレイゴトではあるが、これによって一層と自分たちヒト科の意識の限界を理解するためには、お花畑は大切な場所であり、ヒトの動機にもなるのだと感じる。
都会(密度過多)の共産主義と大学教授と引きこもりネット住民
国民(生徒)たちの目的を指示し、将来の肩書(地位)の分別をするのが、共産党(大学)の役目。
サラリーマン養成所のような役割。
養成所の生徒たちの思考法が、引きこもりのネット住民と重なる部分が多い。
なぜか?
自己意識を中心に価値観を築き上げるので、ヒトの条件反射やカラダの仕組みを考慮しない結果、善悪の二分法などの「分別」にスポットライトが当たってしまい、善悪を潮汐(波の山谷)や灼熱の鉄(溶解した状態)のように、感じたり例えたりすることができないことが、これら3つの共通する思考法だと思う。
言わなきゃならないのが仕事だからと勘違いして党員(先生)をしている。生活(学問)をしているのではない。
選挙と同じだ。選挙とはちゃんとした人を選ぶためにやっているのではなく、民主主義という形を維持するために選挙している。だから先に定員が決まっており、そこに当てはまる人数を上から順番に入れるだけの作業であるように。
あとがき
生年月日、身長・体重・血圧・歯の治療歴などが各自の自己を確定する一つの基準となっている。
意識度測定器が発見されるまではこれに「人口密度」もこれからは重要なファクターになるだろう
ファクターとは他者から見た時に分別しやすくなる利便性を伴う。
これまで暮らしてきた地域の密度を数値化して履歴書に書き加えることも、学校や仕事場で問われる日が来ると推察する。
時間と意識の仮説
表層意識
中層意識
深層意識
1 2 3 4 5 6 7 8 時間軸
1〜8の流れ
1に対して、8は異を唱える
そこから生まれるのが2の世界
2に対して、7は異を唱える
そこから生まれるのが3の世界
3に対して、6が異を唱える
そこから生まれるのが4の世界
4に対して5は異を唱える
そこから生まれるのが5の世界
5に対して、4は異を唱える
そこから生まれるのが6の世界
6に対して、3は異を唱える
そこから生まれるのは7の世界
7に対して、2は異を唱える
そこから生まれるのは8の世界
8に対して、1は異を唱える
そこから生まれるのは1の世界
生まれることを「イボルーション」(発生)と呼ぶ。そして準備が整うと、「発生」に遅れて「リボルーション」(政治的現実)が起こる。
キリスト教の盛衰でみると、
1の誕生 ヘレニズム+ヘブライズム→原始キリスト教団 殉教運動
2の誕生 殉教運動+グノーシス主義→カトリック 国教国家
3の誕生 宗教国+カタリ派(カバラ)→ プロテスタント 政教分離国家
4の誕生 政教分離国家+ピューリタン→新興(改革)キリスト教 理念中心主義の国家
5の誕生 理念国家+現実主義の詩人 →宗派分裂 近代国家 共和国
6の誕生 近代国家+思想家 → 聖書の解釈を変更 帝政国家
7の誕生 帝政国家+印象・象徴派→シンボリズムとしてのキリスト教 資本・社会主義国家
8の誕生 主義国家+原始主義→教会に行かなくなった人々 現代国家
キリスト教 起 承 転 結
|
1 |
2 |
3 |
4 |
変動率の方向+ |
→ |
→ |
→ |
→ |
キリスト教の形態 |
原始キリスト教 |
カトリック |
プロテスタント |
改革キリスト教 |
純粋の力 |
ヘブライズム |
グノーシス |
カタリ派 |
ピューリタン |
|
8 |
7 |
6 |
5 |
変動率の方向− |
← |
← |
← |
← |
キリスト教の形態 |
教会に行かない人達 |
シンボリズム |
聖書解釈 |
宗派分裂 |
純粋の力 |
原始主義 |
アーティスト |
思想家 |
詩人 |
8の後は、また「中心」に向かい1〜4の「形の発展」である、結果としてのグローバリゼーションが続く。そして現在から未来にかけてターニングポイントを迎えて「形の成熟」すなわち「力の深化」が進み、深層意識にスポットライトを当てる思考体系がトレンドになると推定する。
周期に時間の次元を加えると螺旋状にトレンドが変化していくと推定する。
意識と指向性によって思考体系のパターンの分布が上記の図だが、メタファーを使えば、これを、地域予測や時代予測にも転用できる。
時代予測は、突発性の要因が増えるために、相関関係が希薄になることから確率は低減する。
意識と空間の相関関係よりも、意識と時間の相関関係のほうが拡散傾向が強いためである。
例えば、21世紀の現代中国の思想体系は、2020年代には、宋学、その後に、易学、それからしばらくして老荘思想がトレンドとなる。
人口密度と平等のとらえ方の違い
都心の理念主義 自己意識主義 ナルシズムの平等
郊外の学校教育 公平、同胞愛、多数決 機会の平等
田舎の道路掃除 できる人がする 能力別・個別の平等
山の部落の分配 くじ引きという山の神に任せる 偶然の平等
科学と人口密度
サモスのアリスタルコスとコペルニクス
ギリシャ科学
借金とインフレと進歩
借金しないと給料が上がらない
家畜密度
牛馬の放牧地で頭数が
少ないとススキの原に木本植物が侵入する
多いとススキが減少し、低いシバの草地になる
さらに多くなるとシバもなくなり、裸地化する
参考資料
自由
消極的な「からの自由」
積極的な「への自由」
ヨーロッパの理念や社会保障では「からの自由」が強調されてきたが、ワイマール憲法では「財産権は義務をともなう」とう条文があり、フランス革命以来の私有財産絶対に対して、留保をつけた。
これがナチの共同体思想の主張の表層では合致した。
翼賛会やナチの民主主義は個人的自由はゼロに近く、自由主義と民主主義の矛盾を劇的に示した。
|
|
|
|
|
|
|
|
実証 |
周辺 |
歴史軸 |
義務 |
個人の自由がない |
村の平等 |
|
観念 |
中心 |
観念軸 |
理念 |
自由と平等 |
都市の平等 |
社会主義の洗礼をうけているから、私有財産絶対は悪い、という気分が強かった。国有の方が進歩的であるという考え方があった。
ヨーロッパ政治思想においては、人権があるのだからだれでも自由で平等である、とつながっていた。
しかし日本では、人権は自由と繋がり、民権は平等につながった。
個人の権利は自由を求め、社会人の権利は平等な社会を求めた。
自由から切り離された平等と、人権から切り離された民権ができた。
そしてヨーロッパでは都市生活者の観念的権利から自由と平等につながったが、
日本では、村共同体の平等と区別が明治時代にはあった。
日本の平等は「一君万民」で主君は別だけど、あとは万民平等である。貴族であろうが平民であろうが平等である。中国の普天率土ふてんそっと天下を治める王と国の果てに拡がる民の意。「詩経‐小雅・北山」による)
オルトドクシー
ギリシャ語orthódoxos (ortho-正しい+dóx意見=意見が正しい orthoまっすぐな、 直角の、 標準の
西周は孔孟のいけないところは「オルトドクシー」の立場に立ち、政教一致をしようとすることを批判した。
西は徂徠学を学び、道理と物理の区別を注意した。物理とは「物の筋目」の法則概念のことである。
因果
因果応報が因果必然になった。Causal chainsの考え方だ。
前世と來世を含む因果関係から、現世での因果関係に捉え方が変化した。
現世の「原因と結果」の法則が一つではあまりにも説明できないことが多すぎるので、表層と深層もしくは近因と遠因などと複数にすることで事態を説明することで大脳皮質は納得しようとする。
日本の思想史では18世紀の富永仲基が「出定後語」ですべての言説を相対化する視点を「加上」として提示した。
古いものの説明ほど後から作られたものだという命題を提示した。