ヴァスバンドゥ　世親　　三枝 充悳　横山紘一

 

目次

世親

倶舎論

唯識二十論

唯識三十頌

各地での発展

 

 

背景

中期大乗仏教

二大潮流に仏性を説く如来蔵系と仏相を説く唯識系がある。

如来蔵系の最も重要なテクストは「究竟一乗宝性論」

唯識系は「瑜伽師地論」「摂大乗論」「唯識三十頌」

どちらも源流はマイトレーヤ（弥勒）であるとされる。

性では存在の追求であり、相では心に現れる現象を追求する。

具体的には、仏の本質を体験で追求する実践方法と仏の本質を言語で追求する論理的解釈になる。

1203年ヴィクラマシラー寺院がイスラムによって破壊され、仏教はインドでは見られなくなる。

 

cf.如来蔵　　(tathāgatagarbha の意訳)

「一切衆生悉有仏性」が有名。

凡夫の心は煩悩におおわれているが、その中に本来清浄で永遠に変わらないさとりの本性である如来（仏）があるとする。

※勝鬘経義疏（611）如来蔵章「如来蔵者。是如来境界」 〔釈摩訶衍論‐二〕

『如来蔵経』に始まり、『不増不減(ふぞうふげん)経』『勝鬘経(しょうまんぎょう)』『涅槃経(ねはんぎょう)』などに受け継がれて発展し、『宝性論』によって学説として組織化された。

 

 

 

世親（せしん、梵: वसुबन्धु vasubandhu）

古代インド仏教瑜伽行唯識学派の僧。

世親はサンスクリット名である「ヴァスバンドゥ」の訳名であり、玄奘訳以降定着した。

それより前には「天親」（てんじん）と訳されることが多い。

「婆薮般豆」、「婆薮般頭」と音写することもある。

梵語でvasu輝く（主神インドラの修飾語）でbandhu 親類・友人（結びつき、絆）（ √bandh縛る）

 

 

唯識思想を大成し、後の仏教において大きな潮流となった。また、多くの重要な著作を著し、地論宗・摂論宗・法相宗・浄土教をはじめ、東アジア仏教の形成に大きな影響を与えた。浄土真宗では七高僧の第二祖とされ「天親菩薩」と尊称される。

 

 

世親の伝記については、真諦訳『婆薮槃豆法師伝』、玄奘『大唐西域記』やその弟子・基の伝える伝承、ターラナータ『仏教史』中の伝記などがある。

 

『婆薮槃豆法師伝』によれば、世親は仏滅後900年にプルシャプラ（現在のパキスタン・ペシャーワル）で生まれた。三人兄弟の次男で、実兄は無著（アサンガ）、実弟は説一切有部のヴィリンチヴァッサ（比隣持跋婆）。兄弟全員が世親（ヴァスバンドゥ）という名前であるが、兄は無著、弟は比隣持跋婆という別名で呼ばれるため、「世親」という名は専ら本項目で説明する次男のことを指す。

 

初め部派仏教の説一切有部で学び、有部一の学者として高名をはせた。ところが、兄・無著の勧めによってプルシャプラ（サンスクリット語で「国境の町」）現在のパキスタンのペシャワールで大乗仏教に転向した。

具体的には2人で「無尽意菩薩経」を読誦した時にヴァスバンドゥは因は善だが果は怠惰な道だと思い、

翌朝に「十地経」Daśa-bhūmika Sūtraを読誦した時は因も果も善であると考えた。

兄弟がダルマに関する論議を始めたとき、アサンガは弁才が迅速ではないが善い答えをするので、理由を尋ねたらイダム神に尋ねてから答えると返答した。

「西域記p173」ターラナータ16世紀の「インド仏教史」より

 

cf. イダムとは、阿閦如来を本地とした守護尊のことで守護神のこと。

 

 

 

 

cf. 「十地経」は初期大乗仏経典の１つで、菩薩の修行位階（bhūmi, ブーミ）が十段階に分けて説かれてゆく。

『華厳経』の「十地品」としても知られ、物事には段階があるように修行にも10の段階があることを説いている。

十地は是れ一切の仏法の根本にして、菩薩具足して、此の十地を行ぜば、能(よ)く一切の智慧を得ん。

（「華厳経」十地品）

　

「地」とは、何かを生むもので、種を蒔けばそこから芽が生まれていくので、母胎(ぼたい)を意味する。

十段階とは（①歓喜地(かんぎじ)②離垢地(りくじ)③明地(みょうじ)④?地(えんじ)⑤難勝地(なんしょうじ)⑥現前地(げんぜんじ)⑦遠行地(えんぎょうじ)⑧不動地(ふどうじ)⑨善慧地(ぜんねじ)⑩法雲地(ほううんじ)）のことである。

それを一つずつ理解し、修行していけば智慧を得ることができるという内容の経。

 

 

 

 

１

２

３

４

５

 

歓喜地

離垢地

明地

地(えんじ)

難勝地

 

顕在意識

五識

潜在意識

意識

無意識

Tanmātra

 

Karmendriya

 

 

 

６

７

８

９

10

 

現前地

遠行地

不動地

善慧地

法雲地

 

Jñānendriya

 

manas

 

Ahaṅkāra

 

buddhi

mahat

 

prakṛti

 

 

 

ヴァスバンドゥにとっての説一切有部の誤謬

・citta心とmanas意識を混同して同一視していた

・アサンガのプラクティのレベルにまだ達していなかった。

・当時の説一切有部の阿羅漢のレベルがプルシャ（霊我）のレベルからアハンカーラ（分別意識）のレベルまで退化していた。

・当時当地の説一切有部ではブッディやプラクティに至る道がすでに消えていた。

 

 

無著の死後、大乗経典の註釈、唯識論、諸大乗論の註釈などを行い、アヨーディヤーにて80歳で没した。

 

世親の伝記に関する諸伝承は、世親が説一切有部から大乗（唯識派）へと転向したという点で一致する。しかし近年、説一切有部時代に書いたとされる『阿毘達磨倶舎論』に伝える経量部説が、『瑜伽師地論』にトレースできることから、「ヴァスバンドゥの有部での得度まで否定する必要はないにせよ、彼は最初から瑜伽行派の学匠であったと仮定するほうが、はるかに合理的ではないか」[1]という意見も出されている。

 

著作    以下のリストは網羅的なものではない。

近年、松田和信らの研究によって、『倶舎論』→『釈軌論』→『大乗成業論』→『縁起経釈論』→『唯識二十論』 →『唯識三十頌』という著作の順番が確定しつつある[2]。

 

説一切有部系の著作

『勝義七十論』（『七十真実論』『勝義七十論』『第一義諦論』とも） - 各種伝記中に書名が見えるが現存せず。敦煌文献中に『真実論』として引かれる逸文が関係するか[3]。

『無依虚空論』漢訳『雑阿毘曇心論』中の帰敬偈において先行する『阿毘曇心論』の註釈書として登場し、その際に「和修槃頭（ヴァスバンドゥ？）」の著作として割注に示される[4]。

『阿毘達磨倶舎論』(Abhidharmakośabhāṣya)

経典の注釈

『縁起初分分別経論』（縁起論・縁起経釈・Pratītiyasamutpāda-vyākhyā）

『金剛般若波羅蜜経論』 - 義浄訳では無著造頌・世親釈とする。

『妙法蓮華経優波提舎』（法華論）- インドにおける法華経の注釈書として唯一現存する[5]。

『十地経論』

『無量寿経優婆提舎願生偈』（浄土論・往生論） - 後に曇鸞が、『浄土論註』を撰述し、本書を注解する[6]。浄土教所依の経論として浄土三部経と共に高く位置付けられている[6]。日本の浄土教において、もっとも重要な論書とされる。

『文殊師利菩薩問菩提経論』

『勝思惟梵天所問経論』

『宝髻経四法憂波提舎』

『転法輪経憂波提舎』

『三具足経憂波提舎』

『金剛般若論』 - 漢訳では無著造とするが、チベット訳では世親造とする。

『六門陀羅尼経論』

『大乗四法経釈』

『仏随念広註』

『発菩提心経論』 - フラウヴァルナーは古師ヴァスバンドゥの著作とするが、中国撰述である可能性が高い 。

『涅槃論』 - 中国撰述である可能性が高いとされる。

『涅槃経本有今無偈論』 - 中国撰述である可能性が高いとされる。

『遺教経論』 - 中国撰述である可能性が高いとされる。

『菩提心憂波提舎』 - 『宝髻経四法憂波提舎』等に書名が見える。鳩摩羅什訳『発菩提心経論』とは異なる。

その他、『婆藪槃豆法師伝』・ターラナータ『仏教史』には、『大乗涅槃経』『般若経』『維摩経』『勝鬘経』『五印経』に対する註釈書があったとされる。

 

また、チベット訳でのみ伝えられる『聖十万頌二万五千頌一万八千頌般若波羅蜜多広註』『聖無尽意所説経広註』『聖普賢行願讃広註』は、世親より後の人の作と考えられている。

 

大乗論書に対する注釈

『摂大乗論釈』（Mahāyānasaṃgraha-bhāṣya） - 無著『摂大乗論』に対する注釈。

『大乗荘厳経論（Mahāyānasūtrālaṃkāravyākhyā） - 弥勒の頌に対する注釈。漢訳は無著造とする。

『中辺分別論』（弁中辺論・Madhyāntavibhāga-bhāṣya） - 弥勒の頌に対する注釈。

『六門教授習定論』 - 無著の頌に対する注釈。

『法法性分別論』（Dharmadharmatā-vibhaṇga-vṛtti） - 弥勒の著作に対する注釈。

『順中論義入大般若波羅蜜経初品法門』 - 漢訳は無著菩薩作とするが、吉蔵『中論序疏』の伝承では天親（世親）作。大竹晋は世親作とする。

その他、漢訳『中論』では「龍樹菩薩造・梵志青目釈」となっているが、僧祐『薩婆多師資伝』（逸文）の伝承では、青目を世親とする。また、『百論』では「提婆菩薩造　婆藪開士釈」となっているが、同様に僧祐『薩婆多師資伝』では婆藪開士を世親とする。

 

唯識系の論書

『唯識三十頌』（Triṃśikā-vijñaptimātratāsiddhi） - 後に多くの論師によって注釈書が作られ、唯識の基本的論書となる。

『唯識二十論』（Viṃśatikā-vijñaptimātratāsiddhi）

『大乗成業論』（業成就論・Karmasiddhi）

『大乗五蘊論』（Pañcaskandhaka）

『三性論』（Trisvabhāva[-nirdeśa]）

『大乗百法明門論』 - 玄奘の訳とするが諸説あり、また、内容的に世親ではなく後世の作である可能性もある。

『仏性論』 - この論は、内容的には『宝性論』の抄訳を解説したものなので、訳者の真諦またはその師僧の著作とする説もある。

論理学関連

『如実論』（Tarkaśāstra） - 漢訳（『如実論 反質難品』）は部分訳か。

『論軌』（Vādavidhi）

『論式』（Vādavidhāna）

『論心』

その他

『釈軌論』（Vyākhyā-yukti） - 経典解釈の方法を説く。

『止観門論頌』 - 不浄観などを説く。

Gāthāsaṃgraha - 寓話集的なもの。

Śīlaparikathā

 

世親二人説

世親の生存年代については、仏滅後900年、1000年、1100年など、複数の伝承が存在した。また、ヤショーミトラによる『倶舎論』の注釈書や普光『倶舎論記』において、『倶舎論』の著者とは別の古師ヴァスバンドゥ（古世親、vṛddhācārya-vasubandhu）についての言及があることが、指摘されていた。

 

これらをふまえフラウヴァルナーが、ヴァスバンドゥには古師と新師の2人がいる、という説を唱えた[7]。フラウヴァルナーは、僧肇『法華翻経後記[8]』などに見える鳩摩羅什の伝承に基づき、古師ヴァスバンドゥを4世紀前半の人とし、『中辺分別論』『大乗荘厳経論』『摂大乗論釈』、大乗経典に対する註釈書などを古師ヴァスバンドゥの著作とする。一方、新師ヴァスバンドゥを、仏滅後1000年または1100年＝5世紀の人とし、『倶舎論』『唯識二十論』『唯識三十頌』『論軌』『論式』『論心』などの作者とした。

 

しかし、古師ヴァスバンドゥと新師ヴァスバンドゥの著作間の共通箇所が次々と指摘され、フラウヴァルナーが用いた史料の信頼性にも疑問が呈されたことから、現在では否定的に考えられている。

 

参考文献

桜部建・上山春平『仏教の思想2　存在の分析＜アビダルマ＞』（角川文庫ソフィア、1996年、ISBN 4-04-198502-1）

服部正明・上山春平『仏教の思想4　認識と超越＜唯識＞』（角川文庫ソフィア、1997年、ISBN 4-04-198504-8）

塚本啓祥・松長有慶・磯田煕文 編著『梵語仏典の研究 III 論書篇』（平楽寺書店、1990年）

大竹晋『元魏漢訳ヴァスバンドゥ釈経論群の研究』（大蔵出版、2013年3月）

現代語訳・訳注

『阿毘達磨倶舎論』の現代語訳・訳注については『阿毘達磨倶舎論』を参照。

 

長尾雅人編、荒牧典俊・梶山雄一・桜部建 訳『世界の名著（2） 大乗仏典』（中公バックス版、1978年、ISBN 978-4124006124）

『倶舎論』第1章・第2章、『唯識二十論』

長尾雅人・荒牧典俊・梶山雄一 訳注『大乗仏典15　世親論集』（中公文庫、2005年、ISBN 4-12-204480-4）

『唯識二十論』『唯識三十頌』『三性論』『中辺分別論』

三枝充悳『世親』（講談社学術文庫、2004年、ISBN 4-06-159642-X）

『婆薮槃豆法師伝』・ターラナータ『仏教史』所収の世親伝、『大乗成業論』『唯識二十論』『唯識三十頌』の現代語訳（横山紘一訳）。

兵藤一夫『唯識ということ　『唯識二十論』を読む』（春秋社、2006年、ISBN 4-393-13538-5）

堀内俊郎『世親の大乗仏説論　『釈軌論』第四章を中心に』（山喜房佛書林、2009年、ISBN 9784796310130）

『釈軌論』第四章の和訳。

大竹晋『元魏漢訳ヴァスバンドゥ釈経論群の研究』（大蔵出版、2013年3月）

『三具足経憂波提舎』『転法輪経憂波提舎』『宝髻経四法憂波提舎』『順中論義入大般若波羅蜜経初品法門』の訳注。

勝呂信静・下川邊季由 校註『新国訳大蔵経 インド撰述部 瑜伽・唯識部　摂大乗論釈 （世親釈，玄奘訳）』（大蔵出版、2007年、ISBN 978-4-8043-8039-1）

袴谷憲昭・荒井裕明 校註『新国訳大蔵経 インド撰述部 瑜伽・唯識部　大乗荘厳経論』（大蔵出版、1993年、ISBN 4-8043-8001-9）

高崎直道・柏木弘雄 校註『新国訳大蔵経 インド撰述部 論集部　仏性論・大乗起信論（旧・新二訳）』（大蔵出版、2005年、ISBN 4-8043-8033-7）

大竹晋 校註『新国訳大蔵経 インド撰述部 釈経論部　十地経論 I』（大蔵出版、2005年、ISBN 4-8043-8034-5）

大竹晋 校註『新国訳大蔵経 インド撰述部 釈経論部　十地経論 II』（大蔵出版、2006年、ISBN 4-8043-8038-8）

大竹晋 校註『新国訳大蔵経 インド撰述部 釈経論部　法華経論・無量寿経論 他』（大蔵出版、2011年、ISBN 978-4-8043-8050-6）

『文殊師利菩薩問菩提経論』『妙法蓮華経憂波提舎』『無量寿経優波提舎願生偈』『涅槃経本有今無偈論』『遺教経論』『涅槃論』の訳注。

大竹晋 校註『新国訳大蔵経 インド撰述部 釈経論部　能断金剛般若波羅蜜多経論釈 他』（大蔵出版、2009年、ISBN 978-4-8043-8048-3）

 

 

『阿毘曇八犍度論』(あびどんはっけんどろん)と『阿毘達磨発智論』（あびだつま ほっちろん

梵: Jñānaprasthāna）

説一切有部の論蔵におさめられる論書。

前2世紀頃、迦多衍尼子(カーティヤーヤニープトラ）が著したとされる。

サンスクリット語の原典はなく，漢訳のみが残っており，竺仏念が共訳した八犍度論、そして異訳に玄奘の『阿毘達磨発智論 』がある。

インド仏教の諸部派のなかで最も有力であった説一切有部の根本典籍ともいわれ，この派の教理の基礎をつくった文献である。

 

本書は、雑・結・智・業・大種・根・定・見の八蘊（grantha章、節）を5万の詩で構成され、説一切有部の教学を発展させた書である。

古来より、『集異門足論』・『法蘊足論』・『施設論』・『識身足論』・『界身足論』・『品類足論』の「六足論」に対して「身論」と呼ばれてきた。

本書ではじめて六因説の解釈が明確に詳細に論じられた。

本書には玄奘訳二十巻の他に、僧伽提婆・竺仏念共訳『阿毘曇八犍度論』三十巻がある。

本書に対する注釈が馬鳴Asvaghosaが12年を費やし100万の詩からなる『阿毘達磨大毘婆沙論』である。

 

日本語訳は櫻部建・加治洋一訳 『発智論I・II』（新国訳大蔵経毘曇部1・2） 大蔵出版

 

 

 

説一切有部派の「大毘婆沙論」

『阿毘達磨大毘婆沙論』（あびだつま だいびばしゃろん、梵: Mahāvibhāṣa）

Vibhāṣā は梵語の解説、要約という意味を持つ。　 vi 分ける+ the verbal root √bhāṣ, 'speak' or 'explain'.

略称として、『大毘婆沙論』や『婆沙論』を用いる際には主に玄奘訳の『阿毘逹磨大毘婆沙論』を指す。

 

本論は説一切有部の教説をまとめたとされる『発智論』に対する漢訳200巻におよぶ浩瀚な注釈書である。

玄奘の伝える伝説によれば、カニシカ王がカシミールで主宰した結集の際の論蔵であるとされるが、定かではない。

本論は、玄奘訳の『阿毘逹磨大毘婆沙論』に対応するサンスクリット写本断片が一部発見されているものの、完全な梵本や蔵本は発見されていない。 それに対して漢訳においては玄奘による漢訳200巻（「新訳」と略称する）をはじめ、浮陀跋摩による漢訳60巻（「旧訳」と略称する）、僧伽跋澄による漢訳14巻（『鞞婆沙』と略称する）が存在する。

 旧来、これらは同本異訳と見なされる傾向にあったが、近年の研究ではこれらは異本別訳と捉える傾向にある。

 

 

 

 

 

『阿毘達磨倶舎論』(Abhidharmakośabhāṣya) 　存在するありとあらゆるもの（一切法）の分析と研究

Abhi対する　dharma宇宙法則、存在するものkośabhāṣya研究、分析

dharmaとは、自己の肉体と精神、自己をとりまく自然界、さらに非現象界（無色界）というあらゆる存在の真実の相（すがた）をダルマと呼び、またこれを概念で表現した教えもダルマと呼ぶ。

 

分裂した原始仏教の諸派は、釈尊の教えをアーガマ（伝来の意）阿含にまとめ、その註釈と論理性を兼ねる「論」が部派ごとにつくられた。

世親はまず「大毘婆沙論」を学び、それを要約した詩を散文で解説したものが「倶舎論」となった。

まずは説一切有部の教義で説明し、偏っているところは経量部の教義で論破して付け加えた。

 

真のアビダルマは、「涅槃のダルマに対する清らかな智慧」であり、存在を分析・研究することで、無我をさとり、涅槃に達することを目的とする。

 

アヨーディヤー国王の妹婿はバラモンで、ヒンドゥー教の毘伽羅論を理解していたので、倶舎論と比較すると、毘伽羅論は成り立たないことがわかった。

 

毘伽羅論　Vyākaraṇa "explanation, analysis")

 refers to one of the six ancient Vedangas, ancillary science connected with the Vedas, which are scriptures in Hinduism.

Vyākaraṇa is the study of grammar and linguistic analysis in Sanskrit language.

 

Pāṇini and Yāska are the two celebrated ancient scholars of Vyākaraṇa; both are dated to several centuries prior to the start of the common era, with Pāṇini likely from the fifth century BCE.[6] Pāṇini's Aṣṭādhyāyī is the most important surviving text of the Vyākaraṇa traditions. This text, as its very title suggests, consists of eight chapters, each divided into four padas, cumulatively containing 4000 sutras.[7] The text is preceded by abbreviation rules grouping the phonemes of Sanskrit.[8] Pāṇini quotes ten ancient authorities whose texts have not survived, but they are believed to have been Vyākaraṇa scholars.[8]

 

Vyākaraṇa is related to the fourth Vedānga called Nirukta.[4] Vyākaraṇa scholarship has dealt with linguistic analysis to establish the exact form of words to properly express ideas, and Nirukta scholarship has focussed on linguistic analysis to help establish the proper meaning of the words in context.[4]

 

 

倶舎論の構成

１原理論　　　　　　　　界品　　諸法の体を明らかにした部門

　　　　　　　　　　　　根品　　諸法の用を明らかにした部門

２事実的世界観　　　　　世間品　果としての世界　　　　　　　　　　　苦

　　　　　　　　　　　　業品　　世界の因　　　　　　　　　　　　　　集

　　　　　　　　　　　　随眠品　世界の縁　　　　　　　　　　　　　　集

３理想的世界観　　　　　賢聖品　理想界　　　　　　　　　　　　　　　滅

　　　　　　　　　　　　智品　　理想界への因　　　　　　　　　　　　道

　　　　　　　　　　　　定品　　理想界への縁　　　　　　　　　　　　道

 

 

存在分類法

五蘊（色・受・想・行・識蘊）スカンダ

色rūpaは肉体を形成する5つの感覚器官（5根　眼耳鼻舌身）を指す。

後に５つの認識対象（５境　形・声・香・味・触）をも意味するようになり、さらに部派仏教にいたって、具体的な行為のとどめる「潜在的な影響」も色rūpaのなかに加えられた。

物質（肉体）ではなく、心（表層意識）が物質を認識する時の物質のイメージのことではないのか？

 

色rūpaは物質に他は心に相当する。

色rūpaも心が捉える物質のイメージという原素材のことなので、物質ではなく心のことではないのか？

 

行蘊は、行為を生み出す意志作用（チュータナー）を仏教では指す。

意志作用（チュータナー）ではなく、自動反応回路のことではないのか？

 

識蘊とは、認識作用一般を仏教では指す。

物質、エネルギー体、霊体というレベルにおいての認識のことであるが、修行していない者は物質のレベルの割合が多く、次いでエネルギー体レベルの認識になり、修行するにつれて霊レベルの認識の割合も増えていくのではないのか？

 

感情パターンと思考パターンが争いの根源

受vedanāと想saññāの２作用は、争いを生み出す根源であり、生死輪廻する原因となる。倶舎論　巻一

受vedanā　　情的作用

想saññā　　　知的作用

 

五位七十五法　　　　品類足論

存在するもの（ダルマ）を75種類に分類し、それらを大きく5つのグループに大別する方法。

 

(1-1)色法（しきほう、梵: rūpa dharma、ルーパ・ダルマ[14]）(11)

眼げん（梵: cakṣus、チャクシュス） - 見る機能[3]

耳に（梵: śrotra、シュロートラ） - 聞く機能[3]

鼻び（梵: ghrāṇa、グラーナ） - 嗅ぐ機能[3]

舌ぜつ（梵: jihvā、ジフヴァー） - 味わう機能[3]

身しん（梵: kāya、カーヤ） - 触れる機能[3]（以上を五根という（三科を参照））[4][15]

色しき（梵: rūpa、ルーパ） - 視覚の対象[3]

声しょう（梵: śabda、シャブダ） - 聴覚の対象 [3]

香こう（梵: gandha、ガンダ） - 嗅覚の対象[3]

味み（梵: rasa、ラサ） - 味覚の対象[3]

触そく（梵: sparśa、スパルシャ） - 触覚の対象[3] （以上を五境という（同上））[4][16]

 

無表色むひょうしき（梵: avijñapti-rūpa、アヴィジュニャプティ・ルーパ）もしくは無表業むひょうごう（梵: avijñapti-karman、アヴィジュニャプティ・カルマン）[17] - 行為者の内面に潜み他から認知されないような行為[18]。受戒によって体内に止まり、悪をなさしめない力 [19]。説一切有部の伝統的解釈によれば「悪もしくは善の行為を妨げる習性」で、具体的には律儀、不律儀、非律儀不律儀の三種であり、いわゆる「戒体」と同じものである[20][注 1]。物質的存在でありながら五感覚器官のいずれの対象ともならない[12]。色蘊に属しながらしかも法処（法界）に含められる特別な法[18]。

 

 

(1-2)心法　　（しんぼう、梵: citta dharma、チッタ・ダルマ）(1)

心しん (識・意)（梵: citta、チッタ）

 

(1-3)心所法（しんじょほう、梵: caitasika dharma、チャイタシカ・ダルマ）(46)[注 2]

 

(1-3-1)大地法（だいじほう、梵: mahābhūmika、マハーブーミカ） [23]。 もしくは遍大地法へんだいじほう[3]）

- 最も普遍的な心作用[23]。いつも心とともにはたらく心作用[3]。心が生起すれば必ずともに生起する（倶生する）心作用[24]。

 

受じゅ（梵: vedanā、ヴェーダナー） - 苦・楽・不苦不楽の感受[23]（五蘊の「受」に相当）[23]。

想そう（梵: saṃjñā、サンジュニャー） - 対象を心にとらえる表象作用[23]（五蘊の「想」に相当）[23]。

思し（梵: cetanā、チェータナー） - 心がある方向に動機づけられること[23]（五蘊の「行」に相当）[23]。意志の発動[23]、心を起動させる作用[3]。

欲よく（梵: chanda、チャンダ） - ものごとをしたいという欲求[23]。

触そく（梵: sparśa、スパルシャ） - 根・境・識の接触、すなわち心の内界と外界との触れ合い[23]、感覚と対象と識別作用の合すること[3]。

慧え（梵: mati、マティ） - 分別し判断する作用[23]。正当な分別判断作用（煩悩を止滅する作用を含む）ばかりでなく、誤った分別判断作用（たとえば五見）をも意味する[25]。

念ねん（梵: smṛti、スムリティ） - 記憶作用[23]。対象を亡失しない心のはたらき[26]。

作意さい（梵: manaskāra、マナスカーラ） - 対象に注意を向けること[23]、気をつけるはたらき[3]。

勝解しょうげ（梵: adhimukti、アディムクティ） - 対象がいかなるものかを確認し了解すること[23]。

定じょう（梵: samādhi、サマーディ） - 心を浮動させず一点に集中させること[23]、精神統一[3]。禅定を修する際、ある一つの対象に対して、まっすぐ平等に働き、他の対象に気が移ったり乱れたりしないこころの状態 [27]。 三摩地さんまじ（梵: samādhi、サマーディ）[28] 、三昧さんまい（梵: samādhi、サマーディ ）、等持とうじ[29]ともいう。心の動揺も、集中力の微弱なものという意味で、定に含まれる[30]。

(1-3-2)大善地法（だいぜんじほう、梵: kuśala-mahābhūmika、クシャラ・マハーブーミカ）(10)

- 善心とあい伴う心作用[3]。

 

信しん（梵: śraddhā、シュラッダー） - 心のきよらかさ。四諦、三宝、および業とその報いとの間の因果性、とに対する確信[31]、すみきった心の信順[26]、清らかな心で教えを認めること[3]。

勤ごん（梵: vīrya、ヴィーリヤ） - 善行に対して果敢なこと、心の雄々しさ。精進に同じ]。つとめ励むこと。

捨しゃ（梵: upekṣā、ウペークシャー） - 心の平静。かたよりのないこと[32]。心が平等で苦楽に傾かないこと [33] 。大煩悩地法の「惛沈」と「掉挙」を離れた平らかな心作用[33]。

慚ざん（梵: hrī、フリー） - 「他者の徳に対する恭敬」、もしくは「みずからを観察することによっておのれの過失を恥じること」[32]。 自らを顧みて恥じること[3]。

愧ぎ（梵: apatrāpya、アパトラーピヤ） - 「自己の罪に対する畏怖」、もしくは「他を観察することによっておのれの過失を恥じること」[32]。他人に対して恥じること[3]。

無貪むとん（梵: alobha、アローバ） - 貪りのないこと [32]。

無瞋むしん（梵: adveśa、アドヴェーシャ） - 憎しみのないこと、積極的に、欲望の対象を捨てること、他を愛憐すること[32]、怒らないこと[3]。

不害ふがい（梵: ahiṃsā、アヒンサー） - 非暴力、他を害しないこと[32]。

軽安きょうあん（梵: praśrabdhi、プラシュラブディ） - 適応性。心の巧みさ[32]、心身が軽やかなこと[3]。

不放逸ふほういつ（梵: apramāda、アプラマーダ） - 精励、専心して善を行うこと[32]、なげやりの心でなく専心に善を行うこと[26]、なまけないこと[3]。

 

(1-3-3)大煩悩地法（だいぼんのうじほう、梵: kleśa-mahābhūmika、クレーシャ・マハーブーミカ)(6)

- すべての不善心と有覆無記(うぶくむき)[注 3]心にあい伴うもの [32]。不善心と煩悩に覆われているが、有覆無記心をあい伴う心作用 [3]。

 

痴ち[注 4]（梵: moha、モ－ハ） - 愚かさ、無知のこと[32]。無明むみょうともいう[32]。

放逸ほういつ（梵: pramāda、プラマーダ） - 放恣であり善行に専心しないこと[32]。なまけること[3] 。

懈怠げだい（梵: kauśīdya、カウシーディヤ） - 悪を断ち切り、善を修する努力を尽くしていないこと[34]。心が果敢でないこと[32]。怠惰であること[32]。

不信ふしん（梵: āśraddhya、アーシュラッディヤ) - 信ぜず、心の清らかでないこと[3]。

惛沈こんじん（梵: styāna、スティヤーナ）もしくは昏沈こんじん - 心の沈鬱[32]。心が巧みでないこと[32]。ふさぎ込むこと[35]。心を沈鬱で不活発な状態にさせる心理作用、またその状態[35]。大善地法の「軽安」の逆[32]。心身のものういこと[3]。

掉挙じょうこ（梵: auddhatya、アウッダティヤ） - 心の軽躁なこと、心が浮動してしずまりのないこと[32]。心のざわめくこと[3]。

 

(1-3-4)大不善地法（だいふぜんじほう、梵: akuśala-mahābhūmika 、アクシャラ・マハーブーミカ）(2)

- 不善心とあい伴う心作用[3]。

無慚むざん（梵: āhrīkya、アーフリーキヤ） - はじらいのないこと[3]。大善地法「慚」の逆の心作用[32]。

無愧むぎ（梵: anapatrāpya、アナパトラーピヤ） - 破廉恥なこと[3]。上記の大善地法「愧」の逆の心作用[32]。

 

(1-3-5)小煩悩地法（しょうぼんのうじほう、梵: parīttakleśabhūmika、パリーッタクレーシャブーミカ）(10)

- 不善心や有覆無記心とのみあい伴う心作用[3]。

 

忿ふん（梵: krodha、クローダ） - 怒り[36]。いきどおり[3]。

覆ふく（梵: mrakṣa、ムラクシャ） - 自己の誤ちの隠蔽[36]。過ちをかくすこと[3]。

慳けん（梵: mātsarya、マーツァリヤ） - ものおしみ[36]。

嫉しつ（梵: īrṣyā、イールシヤー） - 嫉み[36]。

悩のう（梵: pradāsa、プラダーサ） - 他の諌めをいれぬ頑迷さ[36]。

害がい（梵: vihiṃsā、ヴィヒンサー） - 害意[36]。大善地法の「不害」の逆 [36] 。

恨こん（梵: upanāha、ウパナーハ） - 恨み[36]。

諂てん（梵: śāṭhya、シャーティヤ） - 心の邪曲[36]。へつらうこと[3]。

誑おう（梵: māyā、マーヤー） - 欺瞞[36]。欺くこと[3]。

憍きょう（梵: mada、マダ） - 自己満足[36]。おのれの性質（美貌・若さ・血統・学識など）を優れたものと考えて自己に執著する心のおごり[36]。

 

(1-3-6)不定法（ふじょうほう、梵: aniyata dharma）[30]もしくは不定地法ふじょうじほう[3](8)

- あるときは善心と、あるときは不善心と、あるときは無記心とあい伴うもの[30]。

 

悪作おさ（梵: kaukṛtya、カウクリティヤ）- 後悔[3]。過去の悪い行いに対してその誤ちを悔いる心作用[36]。

睡眠すいめん（梵: middha、ミッダ） - 心の鈍重さ[36]。心をくらからしめること[3]。眠みんとも呼ぶ。

尋じん（梵: vitarka、ヴィタルカ） - 推究的で粗大な心の動き[36]。分別のひとつである自性分別（じしょうふんべつ）は尋および伺であるとされる[37][38] 。

伺し（梵: vicāra、ヴィチャーラ） - 観察的で微細な心の動き[36]。分別のひとつである自性分別（じしょうふんべつ）は尋および伺であるとされる[37][38]。

貪とん（梵: rāga、ラーガ） - 貪り[36]。心にかなう対象に対する欲求[36]。

瞋しん（梵: dveśa、ドヴェーシャ） - 憎しみ。嫌うこと、いかること[3]。心にかなわない対象に対する憎悪。

慢まん（梵: māna、マーナ）- 慢心。おのれは他より優れていると妄想して他人に対して誇りたがる心のおごり。

疑ぎ（梵: vicikitsā、ヴィチキッツァー） - 疑い[3]。「四諦」の真理に対してあれこれと思いまどうこと[40]。

 

(1-4)心不相応行法（しんふそうおうぎょうほう、梵: citta-viprayukta-saṃskāra dharma、チッタヴィプラユクタ・サンスカーラ・ダルマ）

- 心に伴わないもの。　物質色rūpaでも心cittaのいずれでもない現象。　

無色界レベルのこと？エネルギー体のマナス、アハンカーラ、ブッディの領域のこと？

 

得とく（梵: prāpti、プラープティ） - ダルマを獲得させる原理。すべての有情数の法と必ず倶生する。

非得ひとく（梵: aprāpti、アプラープティ）, 凡夫性 聖道の非得。いずれかのダルマの分離の原理。

同分どうぶん（梵: sabhāgatā、サバーガター） - 法の同類性]。生きものの同類性。有情の各類に共通な同類性。それぞれの人にはすべて人として共通の、それぞれの牛にはすべて牛として共通の同類性がある（有差別同分）。また、すべての有情には有情としての共通性がある（無差別同分）。衆同分ともいう。

無想定むそうじょう（梵: asaṃjñisamāpatti、アサンジュニサマーパッティ） - 心の活動作用を止息させる瞑想。無意識にまで至るほどな極度の精神集中。無想天に生まれることを真の解脱と誤解してそれを求める者が修する。

無想むそう（梵: āsaṃjñika、アーサンジュニカ） - 無想定を修することによって達する境地。無想天に生まれた者の獲得する無意識な状態。無想果むそうかとも呼ぶ。

滅尽定めつじんじょう（梵: nirodhasamāpatti、ニローダサマーパッティ） - 心のはたらきがすべて尽きてしまった瞑想。心のはたらきが消滅した状態にある精神集中。聖者が寂静の境地を楽しもうとして修する。

 

命根みょうこん（梵: jīvita-indriya、ジーヴィタ・インドリヤ） - 生命持続の力。生命機能。体温と心のはたらきとを維持する生命力を法の一要素として見たもの。

生しょう、せい（梵: jāti、ジャーティ） - 生起。四相しそうの一要素。どんな有為法にも必ずあい伴う。説一切有部では、すべての有為法の上にある特殊な法の存在を考えて、心不相応行法の中に数える 。

住じゅう（梵: sthiti、スティティ） - 存続。生起した状態を保つこと。四相の一要素。

異い（梵: jarā、ジャラー） - 変化。状態が変異すること。四相の一要素。

滅めつ（梵: anityatā、アニティヤター） - 消滅。四相の一要素。

 

名身みょうしん（梵: nāmakāya、ナーマカーヤ） - 名称の集まり。文すなわち音節、句すなわち文章に対して、名辞を意味する。名ともいう。本項以下の名・句・心の三つによって、言葉のはたらきが、それによって認識が、成立すると考えられている。

句身くしん（梵: padakāya、パダカーヤ） - 文章の集まり。名すなわち名辞、文すなわち音節に対して、まとまった意味を表しうる文章を意味する。

文身もんしん（梵: vyañjanakāya、ヴャンジャナカーヤ） - 字母の集まり。名すなわち名辞、句すなわち文章に対して、音節を意味する。

 

この３つは形になる前の「潜在的概念」。しかし経量部ではこれらを実在とする必要はないとする。　巻５

ヴァスバンドゥは明言していないが、これらを物質と心の関係の上に仮に設定された存在（仮有）とみる唯識派を唱える。

 

 

(2)無為法　（むいほう、梵: asaṃskṛta dharma、アサンスクリタ・ダルマ）

非現象的存在なので、原因もなく、変化もなく、時空や因果に拘束されない存在。

 

虚空こくう（梵: ākāśa、アーカーシャ） - 物の存在する場所としての空間 。

択滅ちゃくめつ（梵: pratisaṃkhyānirodha、プラティサンキヤーニローダ） - 正しい知恵による煩悩の止滅。苦集滅道の四諦のうち「滅」のこと[51]。また、涅槃のこと[52]。「択」とは法に対して正しい弁別判断をなす洞察力のこと[52]。

 

非択滅ひちゃくめつ（梵: apratisaṅkhyānirodha、アプラティサンキヤーニローダ） - 正しい知恵によらない法の止滅[50]。二心の併起を認めないために考えられる特異なダルマ[53]。（詳細は「非択滅」を参照）

 

 

心のメカニズムがちゃんとわかっていない人には五蘊を説き、　　　 　受vedanāと想saññā

物質のメカニズムがちゃんとわかっていない人には12処を説き、　　　感覚器官と信号と意識の関係

両方のメカニズムをちゃんとわかっていない人には18界を説く。　　　体と信号と認識のはたらき

 

 

世間品　　宇宙の生成と形態、生き物の種類についてまとめられている宇宙論

 

宇宙は器世間（自然界）と有情世間（生物界）がある。

世間lokaは壊れるという動詞rujに由来する。世界は生成と破壊を繰り返す無常なるものであるから。

器ヴァージャナとは容器の意味で、その中で維持されているのが自然。

有情サットヴァは、生きものの総称。地獄の最下層の無間地獄から、無色界の最上層の非想非非想処にいたるまで様々な生存状態で存在する。

この２つの領域は？　　器世間は風輪から６欲天まで？　　有情世間は地獄から非想非非想天まで？

 

 

 

宇宙の基盤体が形成される原因は「あらゆる生きものに共通する業kammaの力」

スメール山　　須弥山（しゅみせん、（旧字体：須彌山、サンスクリット語ラテン翻字: sumeru）

「須弥」とは漢字による音訳で、意訳は「妙高」という。

古代インドの世界観の中で中心にそびえる山[1]。

インド神話のメール山、スメール山（su- は「善」を意味する接頭辞）の漢字音訳語。

 

古代インドの世界観の中で中心にそびえる聖なる山であり、この世界軸としての聖山はバラモン教、仏教、ジャイナ教、ヒンドゥー教にも共有されている。

仏教の世界観では、須弥山をとりまいて七つの金の山と鉄囲山（てっちさん）があり、その間に八つの海がある。これを九山八海という。

 

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仏教における須弥山世界観

『倶舎論』によれば、風輪の上に水輪、その上に金輪がある。また、その最上層をなす金輪の最下面が大地の底に接する際となっており、これを金輪際（こんりんざい）という。なお、このことが俗に転じて、物事の最初の最後までを表して金輪際と言うようになった。

 

周囲の鉄囲山（てっちせん）にたたえた海水に須弥山に向かって東には半月形の毘提訶洲（びだいかしゅう、（あるいは勝身洲）、南に三角形の贍部洲（南洲あるいは閻浮提）、西に満月形の牛貨洲（ごけしゅう）、北に方座形の倶盧洲（くるしゅう）がある。南に位置する贍部洲（せんぶしゅう）は我々が住んでいるインド亜大陸を示している。

 

須弥山中腹には日天と月天がまわっている。須弥山の高さは八万由旬[7]といわれ、中腹に四大王天がおり四洲を守る。さらにその上の山頂の忉利（とうり）天には帝釈天が住むという。

須弥山の頂上に善見城があり33の天が住み、主はインドラ（帝釈天）である。須弥山には甘露の雨が降っており、それによって須弥山に住む天たちは空腹を免れる。

この須弥山の頂上から無限の空間が広がっており、夜摩天からの４つの天は貪欲に拘束された欲界に属し、

地上にある33天と4大王衆天とあわせて6欲天とよぶ。

その上には色界の17天があり、感覚を統制し、心を静めた精神統一の禅（dhyana）心境の世界である。

さらにその上には無色界は、形がなくただ精神的なるもののみが存在する定（samadhii）の世界である。

最上層の非想非非想天を存在（有）の最高の頂という意味で「有頂天」とよぶ。

 

 

 

内容

領域

わたし　

科学

宗教・哲学

仏教

虚空　

霊体

真我

 

上座部仏教

圏外　無為

形がない

エネルギー体

自性　空

量子力学

インド哲学

無色界　有為

形のあるがまま

物質体

分別意識

相対性理論

西洋哲学

色界　　有為

妄想VR　認識依存

思考パターン

個我意識

ニュートン力学

一般常識

欲界　　有為

 

 

 

実践について

輪廻と十二支縁起

釈尊の教えが無我ならば、輪廻転生の主体はなにか？

「我は存在せず、煩悩と業kammaによって形成される蘊のみがある」　倶舎論

つまり、存在するものは、各自の心のはたらきである五蘊（色・受・想・行・識蘊）によって成り立つ。

しかも五蘊（色・受・想・行・識蘊）は、刹那に生滅するものだから、五蘊（色・受・想・行・識蘊）から構成される認識の主体は、不変的・実体的な我などではない。

これらのことから、輪廻転生の過程において、一定不変の我というものは実在しない。

五蘊（色・受・想・行・識蘊）は前世の業kammaを原因として形成され、現世の業kammaによって、来世の生が形成される。

12縁起は前世の無明と行を原因として現世の識・名色・６処・触・受vedanā・愛・取（煩悩）と有（業kamma）が原因となり、来世の誕生と老死が結果となる。

これが説一切有部が主張した「３世両重の因果」の縁起説である。

苦的存在である誕生という結果を形成する原因は業kammaであると考える。

 

行為（業kamma）の本質

行為のことを業kammaといい、身業（身体活動）、語業（言語活動）、意業（意識活動）がある。

意業は、精神的行為であり、本質は意志すなわち思cetanaであるので、思業と呼ばれる。

身業と語業は意志によってひきおこされたものであるから、思己業と呼ばれる。

経量部は業の本質は意志（思）とみなし、対して説一切有部は身業の本質は「身体の形」と語業の本質は「音声」である、と主張する。

経量部は行為の内的原因にスポットライトを当て、説一切有部は結果に光を当てることによる相違が生じた。

ヴァスバンドゥの「成業論」では説一切有部を批判し、経量部の立場にくみしている。

 

業の成分

業は未来の結果を生じる原因であるので、四元素からなる物質的（エネルギー体）なるものとして「無表色」と説一切有部ではよぶ。

たとえば五戒を受けた時には、その行為の残気が色心のなかにとどめられ、それが「非を防ぎ悪を止める力」となって以後の行為を規制する。

しかしヴァスバンドゥが支持する経量部説では、このような無表色をみとめず、「種子」という概念で残気を表す。

たとえば布施を行った場合、この行為の本質である思cetanaが種子を薫じ、その種子が「相続転変差別」

samtati-parimama-visesaして未来に福業増長という結果を生じる、と説く。

相続転変差別」とは、薫じられた種子が刹那生滅を繰り返しつつ存在しつづけ、前後に変化しつつ、最後に新たな結果を生ずる特殊な力を持つにいたるまで種子の潜在的過程を表す。

 

修行の階位

業kammaは煩悩を原因として起こるものなのであり、現在の苦的生存は、過去の業の結果である。

倶舎論では、随眠（すなわち煩悩）が詳細に分析され、これらを断じる原因を論じる。

その時の修行の階位は「賢聖品」に書かれている。

 

１身器清淨　　準備段階

２三賢　　　　五停心　別相念住　総相念住

３四善根　　　煖　頂、忍、世第一法

４見道

５修道

６無学道　　　　阿羅漢

１～３　凡夫　　４～６聖者　　

 

具体的には

１身器清淨　　四諦の真理を体験しようとして、戒を守って、智慧（聞・思・修）を得るように修行

　　　　　　　内容は身心遠離　　喧騒な交際を断ち、悪い考えを起こさない

　　　　　　　喜足少欲　　　　　すでに獲得したもので満足し、まだ獲得しないものを多く欲しがらない

　　　　　　　四聖種　　　　得られた衣服、食物、寝具に満足し、煩悩を断じて聖なる道を修行すると願う

 

２三賢　　　　

五停心の１つを各自の正確にあわせて選択して実践する　　　特に不浄観と持息観　　　これがサマタ瞑想

不浄観　　貪りの多い人　　　　　　　　　自分や他人の肉体に対する貪欲を断じる修行

慈悲観　　怒りの多い人

因縁観　　理に愚かな人

界差別観　自我を存在すると見る人

持息観　　心が乱れやすい人　　　　　　　　　出る息と吐く息に心を集中して観ずる修行

 

別相念住　　　ありのままを観察する心

念住とは存在を身・受（感覚）・心・法の４つに分けて、その本質を見究める観法　　　　　サティパッターナ

身は不浄、受は苦、心は無常、法は無我と観じ、それによって物事を浄・楽・常・我とみる４つの誤った見解を対治する。

 

総相念住　身・受（感覚）・心・法を１つの対象として、共通の特質を観ずる修行

すなわち、無常、苦、無我、空を観ずる

 

３四善根　　　煖　頂、忍、世第一法　　　　　四諦を観ずる修行段階

苦諦　　　無常・苦・空・無我

集諦　　　因・集・生・縁

滅諦　　　減・静・妙・離

道諦　　　道・如・行・出

 

これらの16種の特質として観ずることで、四諦の理を段階的に理解していく。

煩悩を燃やし尽くす聖道の前兆が煖　

高い頂きに登ったごとくにすぐれた悟りを得た心境となるから頂、

もはや退くことのなき決定的な忍可、すなわち理解を得るから忍、

世間で最高の存在となるから、世第一法

 

 

４見道　　３までは世俗智であるが、直後に出世間智によって四諦の理を悟る段階

忍　　　煩悩を断じるツール

智　　　煩悩を断じた状態を獲得するツール

四諦の各段階にこの忍と智があって８心、さらに欲界・色界・無色界の忍と智の８心で計16心になる。

 

５修道　　はじめの15心が見道、最後の1心が修道である。

見道の15心によって四諦の真理を悟り、理に迷う煩悩が断ぜられる。　　　　　　　

意識体には真理に迷う煩悩以外に、具体的な事象に迷う煩悩がある。

事に迷う多くの煩悩を漸次断じてゆくのが修道である。

 

６無学道　　　　阿羅漢

金剛喩定であらゆる煩悩を断じ尽くして最高の位に達して阿羅漢となる。

 

 

唯識論書における思想

3つの特徴　　唯識無境　アーラヤ識　　三自性

唯識（Vijñapti-mātratā）とは、個人にとってのあらゆる諸存在が、唯（ただ）、八種類の識によって成り立っているという大乗仏教の見解の一つである瑜伽行唯識学派の一大命題。

存在する識を手段として以外に真理に到達する方法はない、と考えているのが唯識派

 

 

唯識無境

止観の観（ヴィパッサナー毘鉢舎那）を行ずる瑜伽行者の心に現れる影像が、心そのものであるのか、心と異なったものであるのかという問いに対して、

「異なっていない、なぜなら、その影像は唯だ識であるから」と説かれる。　　「解深密教」

ヨーガ実践の体験を描写する中で、唯識という語句があらわれた。

影像とはヨガなどで意図的で作る出されたものではなく、日常の知覚に現れる観念のこと。

 

これは、外界に事物が存在していないという見解が示唆されている。

すなわち、「境（事物）は存在しないのに、ただ識のみが境として顕現である、と説かれる。

このような思想は、アサンガの「摂大乗論」に記されている。

 

唯識と唯識性

唯識Vijñapti-mātra　　　　　　　　　　　言葉による判断を手段として三昧を進める段階

唯識性Vijñapti-mātratva　–tva抽象名詞　判断も消滅して、あるがままの真実の世界（真如）に突入する段階

方便唯識と正観唯識　真諦訳

虚妄の唯識性（遍計所執性parikalpita）と真実の唯識性（円成実性pariniṣpanna）　　玄奘訳

 

唯識無境の証明

まずは「心をはなれて外界に事物が存在しないこと」を論理的に理解しようとした。

１　もしも外界に事物が存在するならば、現実に起こる様々な認識が成立し得ない

２　外界に事物が存在しなくても現実の認識が成立する。

 

相違識相智、無所縁識現可得智などの４つの智による証明の仕方がある。　　　　　　「大乗阿毘達磨経」　

四尋思　　　　ヨーガの観法による論証　　名称と事物の相互客塵性による証明　　　「瑜伽師地論」

名称と事物は非本来的なるものであり、かつ同一のものではないと観察し、外界に存在すると考える事物は、ただたんに名称によって仮りに施設されたものにすぎないと結論する。

 

 

「唯識二十論」による証明　

外界に実在し、認識の対象となるもの

諸部分（地水火風）を持つ単一なもの　　　　　　　勝論派

間隙をもって結合した多くの原子　　　　　　　　　毘婆沙師

諸極微が間隙なくして結合した諸原子の和合体　　　経量部

 

ヴァスバンドゥの反論

諸部分より別の全体はどこにも知覚されない。「仮に和合したもの」は縁起説により実在性を持たないため

原子の一つ一つは知覚されないから、多くの原子が知覚の対象になることはない。

極微は一つの実体として成立しないから和合体は知覚の対象とはならない。

たとえば多くの原子が結合して１つの和合体を形成するならば、１つの原子に上下・左右・前後の６面に合計６つの原子が付着するから、１原子は６つの部分を持つことになり、それはさらに小さく分解されうる事になり最小単位としての原子でありえない。

またもしも１原子に大きさがなければそれがいくつ和合してもその和合体は大きさをもたない。

以上の論理より、原子は１つの実体として成立しなくて、したがってそれが和合した和合体というものも存在しない。

 

アーラヤ識

 

現実に認められる外的現象と内的精神とはすべて、何か或る根源的なものによって表されているにすぎない、というのが、唯識の根本的定義である。

この根源的なもの、つまり究極的存在、根本的真理活動を阿頼耶識という。

したがって唯識とは、あらゆる存在は阿頼耶識によって表されたもの、作り出されたものである、という意味になる。

 

p18唯識思想は、外界の事物と自己の存在を否定する

 

 

なぜ輪廻転生をくりかえしているのか？　　業kammaが存在の質を決定する。

輪廻の主体 は何か？

有分識　　　赤銅鍱部　巴: Tambapaṇṇiya　インド南部やスリランカに広がった分別説部支派の古称

根本識　　　大衆部

窮生死蘊　　化地部

アーラヤ識　　唯識

 

「異熟はアーラヤ識と称される識で、一切の種子をもつものである」　　　「唯識三十頌」

異熟とは、過去世（あるいは現世）の業kammaを原因として現世（あるいは来世）に生じた結果であり、つまり自己存在のことをいう。この自己存在の根本がアーラヤ識である。

 

アーラヤ識とは

身体を維持するエネルギー的根源

あらゆる存在を生み出す生成的根源

 

身体と心は相互に依存しながら両者は存在し続けると仏教は説く。

しかしここに問題が起こる。

心すなわち識として、眼耳鼻舌身意の６種の識は常にはたらいているのではないので、活動していない時には身体は何によって維持されているのか？

瑜伽行唯識派は、意識では知覚されないが、心の深部で常に絶えることなく活動し続ける深層心理の意識としてのアーラヤ識を発見することでこの問題を解決した。

 

私たちが生きている間だけではなく、輪廻転生している間は、常に身体を維持し続けて腐壊せしめることがないアーダーナ（阿陀那）識と、その一部であり各自の性向のパターンであるアーラヤ識によって、この世に存在し続けている、と考える。

 

識vijñaptiは知るvijñāの使役形から作られた名詞で、「知らしめること」が原意である。

したがって「一切は唯識である」とは「あらゆる存在は現象として知らしめられたものにすぎない」ということである。

では、この「知らしめる」主体とは何か？

これがアーラヤ識である、と唯識派は主張する。

「知らしめる」とは主体と客体がセットになる認識用語なので、これを生成的に表すと「生み出す」ということになる。

そこでアーラヤ識は「あらゆる存在を生み出す可能力（種子）をもつもの」という意味で別名は「一切種子識」と呼ぶ。　　　　　　　　　　　　　　　　

一切の種子を有するものsarvabijakam　　　唯識三十頌の第２頌

 

アーラヤ識が生み出すものは

身体と自然界　　　　　　　　　　　物質

眼識や意識やマナ識などの転識　　　心のはたらき

 

物質が不変的に知覚される理由は

アーラヤ識は物質を生み出し、それらを認識する２重の働きを有する、から。

アーラヤ識が身体と自然界とを常に生みだし、常ににんしきしているからこそ、自然界はいつ見ても、変わることがないように認識されるのである。

 

識転変

８つの識の変化、具体的にはさまざまな心的活動の総称である。

経量部の「相続転変差別」が淵源である。

 

「相続転変差別」samtati-parimama-visesaとは、薫じられた種子が刹那生滅を繰り返しつつ存在しつづけ、前後に変化しつつ、最後に新たな結果を生ずる特殊な力を持つにいたるまでの「種子」の潜在的過程を表す。

ある業kammaの潜伏過程を相続と転変と差別と３つの特徴で表している。

相続　　業kammaによって植え付けられた種子が刹那生滅を繰り返しながら存在し続けてゆくこと

転変　　種子が前と後とで変化すること

差別　　種子は変化し続け、次の刹那に結果を生み出す特殊な力をもつようになること

 

ヴァスバンドゥは「成業論」で、種子をアーラヤ識におきかえて、再解釈を加えた。

たとえば、地獄の諸現象は、地獄に転生した人の業kammaの種子の結果によってひきおこされる識の転変である、と解釈した。

このように具体的に知覚される顕在的現象の変化をも「識の転変」で説明したのが唯識の特徴である。

 

 

分別vikalpaを識転換に置き換えるヴァスバンドゥ。

分別とは識の働き・作用を表す総称であり、具体的には感覚・知覚・思考などのさまざまな心のはたらきをいう。

 

分別には、

自性分別（じしょうふんべつ、知覚作用に相当する[3]。自性とは物それ自体の独自の本性のこと）

計度分別（けたくふんべつ、対象について分別心をもって区別をたて推量する心のはたらき[4]。

計度とは推理忖度する心のはたらきのこと[1]。なお、説一切有部の『阿毘達磨大毘婆沙論』においては、計度分別は禅定に入っていない意識と相応する有分別なものであるため、無分別である五識の後に生起すると説かれている[5]）

随念分別（ずいねんふんべつ、過去のことを心に明記する記憶作用[6]があり、随念とは過去を追想し思い出す心のはたらきのこと[1]。なお、『阿毘達磨大毘婆沙論』においては推度分別[7]）

があり、分別の支分とされる[1][8]。

 

説一切有部の『阿毘達磨倶舎論』によれば、自性分別は五位七十五法のうち心所法、不定法のひとつである尋（じん）、および伺（し）であると定義されている[8][9]。

三科、十八界のうちの五識（眼識、耳識、鼻識、舌識、身識の5つ）には自性分別、即ち尋、伺はあるが、計度分別および随念分別にはないため、五識を無分別（むふんべつ）と呼ぶ[1][9]

（なお、説一切有部で五識が無分別であるとの記述があるのは、『阿毘達磨大毘婆沙論』が最初である[10]。また、南伝上座部では、五識は尋、伺を持たないと説いている[7]））。

 

つまり、五識による認識は、自性分別という極めて微弱な分別の働きを有し、それゆえに「分別がない」と理解されている[8]。このような阿毘達磨倶舎論の自性分別は、陳那(ディグナーガ)、清弁(バーヴィヴェーカ)によって、直接知覚(五識)による分別として理解された[8]。

なお、意識（上述の五識に意識を加えて六識という。）は、自性分別、計度分別、随念分別の3分別すべてを有しているので有分別（うふんべつ）[11]という（なお、『阿毘達磨大毘婆沙論』においては、禅定に入っていない意識は無分別であり、入っているものは有分別としている[12]）。

 

唯識三十頌　

17　識の転変は分別である。

01　生命的存在（我）と事物的存在（複数形のダンマdhamma）は識の転変である。

18　識はあらゆる種子をもち、相互の力によって転変する。それによって分別が生ずる。

 

独立した我も事象も実際には存在しないのに、それらを存在すると考える働きを識転変に帰する。

転変には3種がある。

異熟　　　　　　　　　　アーラヤ識

思量とよばれるもの　　　マナ識

対象を認識するもの　　　眼識をはじめ６識

 

ヴァスバンドゥの転変の意味をまとめると、

これらの８識は分別することであり、それによって我と事象が仮設される。

アーラヤ識の中で種子が変化成長する。

種子から分別が生ずる。

 

サーンキヤの実体を実体のない「識」にとらえ直したのが唯識派

 

 

サーンキヤ

サーンキヤ

唯識

瞑想

 

パラアートマンparamtman

ブラフマン

 

 

涅槃

プルシャpuruṣa

自己

atman

 

 

 

変化のない実体　　　

プラクリティ

prakṛti

原質、自性

 

 

 

buddhi

mahat

覚、

大

citta心

 

阿頼耶識

根源状態

 

根源的なもの

無形象唯識派　光り輝く

 

様々な階層の認識に分離する

思惟機能　識viññāna

アハンカーラ

Ahaṅkāra

我執

主観

自我、　認識

末那識

主観・心理作用・心

有形象唯識派　対象あり

感覚器官と心による認識

自我意識

マナス

manas

意

意識

主観

 

 

Jñānendriya

Karmendriya

 

五感覚器官

五行為器官十根

前五識

眼耳鼻舌身

 

主観

 

タマントーラ

Tanmātra

五唯

五大

五境（対象）

 

客観　　外界

阿頼耶識から分かれた

 

 

インド神話　purushaとインドラと阿修羅

インドラは弟のヴィシュヌを派遣して、南州閻浮提の地の王となり、阿修羅（a否定sura天）を降伏させようとした。

こうしてヴィシュヌはインドにVasudeva王の子として生まれた。

阿修羅は妹のプラバーヴァティー（Prabhā明vatī妃）を利用してヴィシュヌを殺害しようとした。

プラバーヴァティーを欲するヴィシュヌと阿修羅は闘いになる。

ヴィシュヌは斬っても刺しても不死身の体を持ち、

阿修羅は斬られて２つになっても、また元通りに１つになる体をもっていた。

長い闘いの後、ヴィシュヌは疲労困憊に達したのに対し、夜になると阿修羅の力は増大する。

そこでプラバーヴァティーは切断した花びらを使って、戦いに勝つヒントをヴィシュヌに伝える。

プラバーヴァティーは切断した花びらの中間に立ち、その花びらの両方の間を行ったり戻ったりした。

この喩えを理解したヴィシュヌは阿修羅の身体を２つに割いて放り投げ、その中間で両片の間を行き来しているうちに、阿修羅の命は切れた。

こうしてヴィシュヌは阿修羅を征伐して、この地に以後住み、丈夫（ますらお）の才能にちなんで、丈夫purushaの国と称することになった。

「ヴィシュ・プラーナ」

 

プルシャ（puru土sha）とはインドラ（indra帝釈天）の弟のヴィシュヌのことである。

 

 

アサンガのさとり仮説

アハンカーラAhaṅkāra　　当時当地の説一切有部の最高位　　一切の欲望から離脱　満足せず自殺を試みる

ブッディbuddhi　　　　　　説一切有部の聖者ピンドーラが「空」について説く

プラクリティprakṛti　　　　兜率天のマイトレーヤ菩薩に教えを請い、後に大乗の「空」を体得。

マイトレーヤの教えたsamadhi日光三昧（禅定の究極）を実修師、それ以後は仏の教えをことごとく理解し通達するようになり、大乗経典の註釈を布教した。

 

 

 

三性

釈尊の教説を３段階に分ける　　　　「解深密教」

１　声聞乗のために「四諦」の教えを説く　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　有教

２　大乗のために「一切法皆無自性無生無滅本来寂静自性涅槃」の教えを隠密相をもって説く　　　空教

３　一切乗のために「一切法皆無自性無生無滅本来寂静自性涅槃」の教えを顕了相をもって説く　　中道教

 

１　存在するのは刹那に生滅する５つの構成要素（五蘊）のみであり、因と縁によって仮に結合したものが自己という存在であるから、そこには自己とよばれる固定的・不変的実体はない、すなわち無我である。

　　五蘊は存在するとみるから、この時代の教えを有教とよぶ。

２　心を離れて心の外に事象があるという考えを否定するためにできた教え、すなわち「空教」が出現した。

　　般若経の無自性の教えのこと。　あらゆる存在（一切諸法）の存在性が否定される。

　　「一切のダンマdhammaは無自性である」

　　自性とは自ら存在すること、であり、作られないものであり、因と縁によって存在するものではない。

  時空や因縁に囚われていないものである。

　　説一切有部では、自性を諸法（複数形のダンマdhamma）に認めるが、般若経を作成した人々は、このような自性を否定した。

　　その理由は？　　

 

　　後に龍樹は「縁起のゆえに無自性であり、無自性のゆえに空である」とまとめた。

　　つまりすべては因と縁とにより生起するとして、あらゆるものは無自性であり、空である、と主張する。

    どのような背景があったから空を説く必然性があったのか？

３　　般若経が空をわかりにくいかたちで説くのに対して、唯識では明瞭ではっきりした形で説く。

 

般若経の虚無主義への反駁

般若経の否定の思想によって、すべてを否定してしまう勘違いもあったが、龍樹の八不中道のように、主張したのは否定ではなく中道であった。

 

しかし、すべてを無自性あるいは空と否定する見解は、虚無主義に陥る危険性があった。

中観派が、あらゆる存在が決定的にまったく無自性であり空である、と説くことに唯識派は反対する。

 

龍樹は自性を含めてすべてを実有ではないと否定したが、中には空の思想を虚無主義へ導く人たちもいたので、唯識は真如という実有があると主張して、「諸法の実相」と説いた。

真如tathataは「その如く」という副詞tathaに抽象名詞を作る接尾辞-taをたしたもの。

したがって真如とは「自からあるが如くにあるもの」をいう。

思考と感情のパターンを取り除くことで、事象の真の相（すがた）が真如である。

 

部派仏教の有見、中観派の空見、そこに非有非無の中道の立場を確立しようとしたのが、瑜伽行唯識派である。

最勝子「瑜伽師地論釈」

 

この非有非無の論理を裏付けるものとして生まれたのが三自性説である。

「分別される（顕現する）如くには存在しない。しかし、一切がまったく存在しないというわけではない」

 

依他起性中→　　　遍計所執性の無→非有

→　　　円成実性の有　→非無　　　　→非有非無

 

各別でみると

遍計所執性の無　　　　　→非有

依他起性と円成実性の有　→非無　　　　→非有非無

 

 

 

瑜伽行唯識派がする「空」の論理的説明の仕方

「これAにかれBが存在しないとき、これAはかれBとして空であると如実に見る。さらにかれに残れるものCそれは実に実存すると如実に知る」

低次の存在性をもつBの否定を通してAの中に、より高次の存在性をもつCの存在を見究める観法である。

最後に何ら否定さるべきものがなくなった絶対的肯定なるものが、「空性」あるいは「真如」ということばで表現する。

 

 

三性論　　　世界を認識する時に３つの方法がある

1.B遍計所執性（へんげしょしゅうしょう, parikalpita）　　構想された存在　凡夫の日常の認識。

2.A依他起性（えたきしょう, paratantra）　　　　　　　　相対的存在、縁起に依存する存在　自性がない

3.C円成実性（えんじょうじっしょう, pariniṣpanna）　　　絶対的存在、完成された存在

 

因と縁とより生じるものは現象的存在である有為法を指し、唯識説によれば、存在するものをすべて識に還元する立場より、有為法とは「識」に相当する。

このような見方は唯識を待つまでもなく大乗仏教の基本であり、その原型が既に般若経に説かれている。

 

三自性の意味　ウェキペディア

Parikalpita-svabhāva (the "fully conceptualized" or "imagined" nature)

遍計所執性：妄想された存在形態、つまり言葉に依存するものの見え方　　　　　　　　月をみて嫦娥がいると考える

Paratantra-svabhāva (literally, "other dependent")

依他起性：他に依存する存在形態、つまり縁起により生滅するものごとの姿　　　　　　月は太陽の反射で光っている

Pariniṣpanna-svabhāva (literally, "fully accomplished", "perfected", "consummated")

円成実性：完全に成就された存在形態、つまり一切法共通の性質である空性　　　　　　月はもともと丸い

 

 

 

1遍計所執性　　ことばを起こして、名称によって仮に施設されたもの　　妄想されたもの　

2依他起性、　　因と縁によって生じたもの　虚妄なる分別　「リンゴは縁起（他の力）において現れている」　

3円成実性、　　あらゆる存在の真如　　　　

 

1遍計所執性　　妄想されたもの　２つのもの「外界にリンゴが存在している。」一般的、カント以前。

2依他起性、　　他によるもの　虚妄なる分別　「リンゴは縁起（他の力）において現れている」　

3円成実性、　　完全に成就されたもの　　空性　

 

 

 

マイトレーヤの三自性説　　　　　中辺分別論

1遍計所執性　　境　　　認識対象あるいは事物　　　具体的には所取（認識されるもの）・能取（認識するもの）　

2依他起性、　　虚妄分別　　　実際には存在しないものを存在すると誤って思考する本体そのもの　

3円成実性、　　所取・能取の無　　主客がない状態　　　　　　無の有

 

マイトレーヤは現象的存在をすべて識に還元する立場より、依他起性を虚妄分別と定義するにいたった。

そして次の段階である「無の有」を説いた。

これをヴァスバンドゥもひきつぎ、依他起性を分別vikalpaであり、「無の有」pariniṣpannaを真如と定義した。

 

 

アサンガの三自性説　　　　　摂大乗論

1遍計所執性　　境は存在しないのに、唯だ識が境として顕現したもの

2依他起性、　　アーラヤ識を種子とする虚妄分別にまとめられる諸識。　

3円成実性、　　依他起性において境の相がつねに存在しないこと。

 

真如（円成実性）は識（＝依他起性、虚妄分別）と質的に異なったものではないが、識の中から境という表象がまったくなくなったその識そのもの、換言すれば質的に変化した識が真如であり、円成実性である。

つまり、円成実性とは依他起の中に性遍計所執性がないこと。

 

外界は存在しないとする唯識派　　心だけが認識する　

有形相唯識派　　表層は存在する　　マナスの実現のレベルなので、まだ対象が見える

無形相唯識派　　表層も存在しない　buddhiの実現のレベルなので、対象も全部消えた光り輝く「空」を実現

 

 

ヴァスバンドゥの三自性説　　　　　唯識三十頌

1遍計所執性　　分別によって分別された事物。

2依他起性、　　縁より生じた分別。　

3円成実性、　　依他起性が遍計所執性を遠離していること。

 

 

 

阿頼耶識・末那識・六識によってつくり出された対象に相当して、存在せず、空である。

 

舎利弗、仏に言（ことば）を白（もう）せり。
「世尊。諸法の実相、云何（いかん）が有なるや」
仏言わく。
「諸法は有る所無し。是の如く有り、是の如く有る所無し。是の事を知らざるを名づけて無明と為す」

— 摩訶般若波羅蜜経相行品第十

 

依他起性とは相対的存在であり、構想ではあるが、物事はさまざまな機縁が集合して生起したもの（縁起）であるととらえることである。阿頼耶識をふくむ全ての識の構想ではあるけれども、すでにその識の対象が無であることが明らかとなれば、識が対象と依存関係にあるこの存在もまた空である。

名字は是れ因縁和合の作れる法なり。但だ分別憶想、仮名を説く。
是の故に菩薩摩訶薩、般若波羅蜜を行ずる時、一切の名字を見ず。
見ざるが故に著せず。

— 摩訶般若波羅蜜経奉鉢品第二

円成実性は、仏の構想であり、絶対的存在とも呼べるものである。これは依他起性と別なものでもなく、別なものでもないのでもない。依他起性から、その前の遍計所執性をまったく消去してしまった状態が円成実性である。

復た次に舎利弗。菩薩摩訶薩、諸法の如・法性・実際を知らんと欲さば、当に般若波羅蜜を学すべし。

— 摩訶般若波羅蜜経序品第一

以上の如く、般若経の段階では三性としてまとめて整理記述しているわけではない。

 

三性のなかで、第一の遍計所執性はその性格からみて、すでに無存在である。

つぎに依他起性は、自立的存在性を欠くから、やはり空である。

また、同じ依他起性は存在要素の絶対性としては、第三の円成実性である。

そして、どういう境地においても、真実そのままの姿であるから真如と呼ばれる。

その真如は、とりもなおさず「ただ識別のみ」という真理である。

これを自覚することが、迷いの世界からさとりの世界への転換にほかならない。

しかし、実践の段階において、「ただ識別のみ」ということにこだわってはならない。認識活動が現象をまったく感知しないようになれば、「ただ識別のみ」という真理のなかに安定する。

なぜなら、もし認識対象が存在しなければ、それを認識することも、またないからである。

それは心が無となり、感知が無となった。それは、世間を超越した認識であり、煩悩障（自己に対する執著）・所知障（外界のものに対する執著）の二種の障害を根絶することによって、阿頼耶識が変化を起こす（転識得智＝てんじきとくち）。

これがすなわち、汚れを離れた領域であり、思考を超越し、善であり、永続的であり、歓喜に満ちている。それを得たものは解脱身であり、仏陀の法と呼ばれる（大円鏡智＝だいえんきょうち）。

 

 

熏習　　　梵: vāsanā、abhyāsa、bhāvanā

身口に現れる善悪の行法もしくは意に現れる善悪の思想が、起こるに随ってその気分を真如あるいは阿頼耶識に留めること。俗にいう「移り香」、香りが衣に染み付いて残存するようなことを言う。

 

薫習が身口意に現れたのを「現行法」（げんぎょうほう）といい、阿頼耶識に気分が留まったものを「種子(しゅうじ)」あるいは「習気」（じっけ）という。このように現行法が阿頼耶識にその種子もしくは習気を留める作用を薫習という。

 

「薫習の義とは、世間の衣服に実に香なし、もし人、香をもって熏習するに、すなわち香気あるが如し」大乗起信論

「熏とは撃発の意味。習とは数々の意味。数々の熏発によってこの種(子)があるから。」　　　唯識述記 一本

 

四薫習

真妄たがいに薫習し、それによって染浄の二つの法が相続して断続することがないことを説明する。

この四薫習は、馬鳴に仮託される大乗起信論の所説で、根本煩悩である無明が、本来平等一味の世界に対して分別の妄想を生起して、人間に差別的執著を起こさせ、それが世間に差別を生ぜしめ、そこに起こる対立観に人間は苦しめられると染法の重荷を説いて迷いの事実を明らかにする。

 

また、悟りについては、本来的に一味平等であり、自他一如であるという事実認識が、常に自他対立に迷う人間生存へ影響し作用することによって、人間は迷いを克服し悟りを実現することができると浄法の熏習を説く。

このように、流転と還滅(げんめつ)を染浄互熏ということから明らかにする。

このような熏習による迷悟の理解は、ひいては人間性の開発(かいほつ)や確立について、また人間形成の問題を考える時、大切な暗示を与える。

 

無明薫習

衆生は無始からの無明を持っている。真如に薫習し、その薫習によって妄心を生ずる。妄心とは業識である。

妄心薫習

この妄心が還って無明に熏じて不了の念を増やすことになるから、さらに妄境界を現行することとなる。妄境界とは、転識および現識のことである。

妄境界薫習

この妄境界は還って妄心を熏動して諸々の浪を起して、種々の業を造って身心の苦を受ける。分別事識がこれである。以上の三薫習の意味によって染法が相続する。

浄法薫習

これに二つある。真如薫習と妄心薫習である。

真如薫習とは、衆生が真如の法を具備しているので、無明に冥熏することができる。冥熏の因縁によって、妄心に、生死の苦を厭い涅槃を楽求させる。これを真如薫習という。妄心薫習とは、この厭求の妄心が還って真如に薫習することによりその勢力を増し、種々の方便随順の行を起して無明を滅する。無明が滅するから心相みなことごとく涅槃を得て自然の浄業を成就する。この薫習によって浄法が不断となる。

 

ただし、染法は自性差別するので三種に分けて、浄法は体と用が一つであるから一種で説明している。

 

三種薫習

名言薫習（みょうごんくんじゅう）：名は名字、言は言説。名字言説の識を分別する。つまり、第六意識が、第七識第八種子識に伝送薫習して、染分の相を成就するから。

色識薫習：色は眼根に対する諸色である。この諸色によって眼根を引生するのを色識という。この場合、分別すなわち第六意識また第七識第八種子の識に伝送薫習して、染分の相が成就するから。

煩悩薫習：貪瞋邪険などの煩悩。この煩悩は第六意識が起すものであり、また第七識が第八種子識に伝送薫習して染分の相を成就するから。

以上が唯識の薫習説のあらましである。このような熏習が可能であるためには所熏と能熏とに、それぞれ一定の条件がなければならないので、それぞれ四つの条件をあげる。すなわち所熏の四義と能熏の四義である。

 

所熏の四義

所熏の四義とは1.堅住性、2.無記性、3.可熏性、4.能所和合性である。

堅住性とは熏習をうけるものは、永続的に同一性を保持できるものでなければならないということである。途中で間断したり、変化したりしてしまっては、保持している種子も間断し変化してしまうことになってしまうであろうからである。

無記性とは善悪の種子を熏じつけられるものとしての所熏の識は、それ自身が善であったり悪であったりでは、どうにもならないから、善とも悪とも決定しない無記の性質のものでなければならないという。

可熏性とは、それが他に支配されるようなものでなく、自主性をもったものでなければならないことと、常恒不変であるというようなものでは熏習する余裕がないから、熏習可能の余裕のあるものでなければならないという。

能所和合性とは、能熏と和合して離れないものでなければならないという。すなわち、能熏と所熏とが同時同所にして、二者和合して離れないということが条件であるというので、これは他身においてと前後異時におけるものを斥けるものである。そうでないと因果関係が全くこわれてしまうからである。

能熏の四義

能熏の四義については1.有生滅、2.有勝用、3.有増減、4.能所和合転の四義をあげている。一切のものが何でも所熏の阿頼耶識にむかって種子を熏じつけることができるかというと、そうはゆかない。それには四種の条件があるというのである。

 

有生滅、これは作用のあるものという意味をふくんでいる。すなわち、影響力を与えるものというのは、当然、働きのあるものでなければならない。作用があるということは変化するものということである。変化のない常住のものは何らの作用はない。いやしくも熏習するものは、第一に自ら変化するものであり、生滅にわたるものでなければならないという。次に、このように変化するものとして作用をもつものであっても、その作用の劣弱なるものではどうにもならないから、

有勝用という条件がとかれる。たとえば無記心のようなものは力が弱いから問題にならないから、それは善であるとか悪であるとかという強勝な思慮作用でなければならないという。また、ただぶらぶら散歩しておるようなものでは何もならないように、強勢なる行動力をともなうものでなければならない。

有増減とは、何らの増減のない完全円満なものでは能熏の役を果たしえない。不完全であるから完全へと増長の役を果たすことができるが、究極に達すれば、もはや種子薫習の余地はないからである。したがって、これは薫習が不完全位のものであることを示している。

能所和合転とは所熏と和合して転ずるものということである。それは薫習をうけるものと同一人であり、同時同処でなければならないという。

以上のような能熏と所熏のそれぞれの条件をもって熏習ということが説かれるが、このような条件を満足するものは識より他にないといわねばならない。

このように熏習という概念は、われわれの意識作用の中で語られ、そこに迷いと悟りがなんであるかが語られている。

 

熏習された阿頼耶識

さまざま思（意志作用）によって熏習された阿頼耶識より後に果が生起するのであって、身業や語業から、果が生起するのではない。

 

業kammaと思とは何か？

身業の本質は思である

業をなそうとする人の意（こころ）が現象として現れたのが業である。

身を動作せしめる思を身業を業という。

思には深慮と決定と動作する３つの種類がある。

３つめの動作する思を身業という。

思は身を動作せしめて、殺し、盗み、邪行せしめる。

この思によって生ぜしめられる相続による所作（＝業）を、この思による所作という。

思は造作をなすから、その本性として業であり、善趣と悪趣との２趣への道であるから業道という。

動作する身が業道である。なぜなら思という３種の業が、動作する身によって働くからである。

また動作する身が殺生し、盗み、邪行するから、世間にしたがってそれを身業と説く。

この場合、動作する身そのものには善とか不善ということはないが、仮に善・不善を立てる。なぜなら、世間の人はこの動作する身という門を通して、かの善なる思を起こし、かの不善なる思を滅するからである。

身を動作する場合、身を門とし、身を依拠とし、殺・盗・邪行を所縁（心の対象）とし、思業を因とする。

以上の思より他の思を意業という。

 

深慮と決定の２つが思であり、動作せしめる思は身業と語業とを起こしめるから、思己業といわれる。

意業とは識である。我・我所と思量されるから、また他生と境とに趣くから意といわれる。

 

散乱心や無心でも特別の思が熏習した習気が壊されないから、律儀と非律儀の２つがある。

律儀と非律儀とを棄捨する因たる表業を発起する思、およびそれより他の棄捨の因によって、習気は壊される。

 

 

所依と能依　　　根拠と法則

所依　よりどころになっているもの

能依　経論など典拠となる所依に対して、それに依って成りたつ教義

 

 

 

 

 

唯識二十論

勝論派（ヴァイバーシカ）と説一切有部と経量部（経典を重んじて基準（量）とする）への反論

説一切有部は過去現在未来においてダルマを実有とし、経量部は現在のダルマだけを実有とみた

 

Vaibhāṣika　　　ヴァイバーシカ派

正式名はSarvāstivāda-Vaibhāṣika

北インドとくにカシミールで論蔵の解釈で特徴のある説一切有部の中の一学派である勝論派のこと。

別称は、Yuktavāda (the doctrine of logic), や Hetuvāda

説一切有部はMauryan Empire時代の前２世紀頃にKātyānīputra (ca. 150 B.C.E.)によって、確立されたとされる。

 

 

サンスクリット語と漢訳と意味

心と意と識と了別とは同義語である。

了別vijñapti（玄奘訳）とはvi「２つに分けて」－jñā「知らしめる」という動詞の使役形から作られた名詞形である。

心cittaが主観と客観とに２分化し、その対立のうえに具体的に行われる認識活動一般を意味する。

唯識の識は識vijñānaではなくvijñaptiである。

心はかならずなんらかの対象を表象としてもち、その存在を自己自身に知らしめている、という観点からこの語を重要視した。

 

心そのものをcittaといい、それに付随する（saṃprayoga相応）心作用をcaitta（心所）という。

心は事物を相対的にとらえるのに対し、心所は同じ事物を分析的にとらえる。

唯識の唯とは、対象の存在を否定するためである。

「唯だ心のみ」とは、心所を含んだ心のことである。

 

対象arthaは認識対象のことで、心を離れて外界に実在すると考えられる外的事象、すなわち幻影を意味する。

 

相続saṃtānaとは、各個人の存在を表す語である。肉体と心からなる個人的存在は刹那に生滅しつつ存在し続けるから。

 

表象ābbāsaは漢訳では顕現と訳され、心の中に現れたものを指す。

 

行為がもたらした結果karma-vipākaは過去の業によって決定された結果のこと。

vipākaは異熟と漢訳された。この結果（異熟）の基体をアーラヤ識とするのが瑜伽行唯識学派

 

獄卒を有情sattva（生きもの）と観る学派が大衆部や毘婆沙師（説一切有部）　

 

畜生tirsc

 

物質的構成要素bhūtaとは地水火風の４つで四大種と訳される。仏教では極微（原子）から構成されていると見方の派もある。

 

潜在的残気vāsanāとは業kammaの因果関係を定めるエネルギー体で、行為によって心の中にとどめた影響のこと。習気と漢訳され、その留められた場所を瑜伽行唯識学派はアーラヤ識とする。

習気は種子bījaともよばれ、未来に行為を生み出す潜在力である。

経量部は残気の存在しないところにでも結果が生じると考えている。　

経に基づく証明をāgama教証、理論に基づく証明を理証という。

 

認識領域āyatanaとは感覚器官と意根、そしてそれらの対象である色声香味触と法manasの計12によって生じるものなので十二処という。ここに全存在が収めつくされているので一切法ともよばれる。

すべての存在は主観と客観という認識の仕方に基づいてなされるので、認識領域と現代日本語に訳されている。

 

意根とはエネルギー体なのか？

(「意」はmanaś 「根」はindriya の訳)。思量の働きをもつ器官。意識のよりどころ。意、意処のこと。

 

別の意図abhiprāyaとはある教説の奥に秘められた意図のことで意趣、密意、密意趣と漢訳されている。

 

転変差別parināna-viśesaとはアーラヤ識中の種子（相続）が徐々に変化・成熟して最後に新たな行為を生ずることができる特殊な力をもつにいたることをいう。

 

自性svabhāvaとは、固定的実体のこと。自らの本性や特質をもち、変化することなく存在し続ける実体をいう。

説一切有部は存在をさまざまの構成要素（諸法）に分解し、それら構成要素は自性をもつと考えたが、大乗はそのような自性は存在しない、すなわち無自性であると主張した。

 

知覚対象の構成要素的メカニズム

ヴァイバーシカ派（勝論派）　　外的事物は地水火風の4原子より構成されるが、１原子だけでは知覚の対象にならず、多くの原子が結合して１つの複合体になった時に、その全体が一なるものとして知覚されると考える。

毘婆沙師（説一切有部）　相互に間隙をたもって結合する数多くの原子が知覚の対象となる

経量部　　　　　　　　　間隙なくして直に結合した原子の集合体が知覚の対象になる。

 

認識手段pramāṇa（量）とは認識が成立する手段・方法・根拠のこと。

直接知覚、推理、聖者の教えと３つの認識手段があるとする。

直接知覚pratyaksa（現量）　　概念や言葉を交えずに対象を直にありのままにとらえる知覚

推理　　anumāṇa（比量）

聖者　　　āgama（聖教量）

 

世間を越えた分別なき智慧lokottaranirvikalpa-jñāna　出世間智　lokottara世間 nir越えた vikalpa分別

さとりの智慧のことで、対象は煩悩によって偏見する世間を越えたものであり、凡夫から聖者へと転換する。

出世間智を得た後に、ふたたび具体的な世間のなかではたらく智慧を後得清浄世間智tatprsha-labhi-laukika- jñānaを得る

 

命根　jīvita-indriya　　　生命を維持せしめる力

同一性sabhāga（衆同分）とは生命体はこの世に存在するかぎり、その生命体で有り続けること。

 

āā ḿṭḍḷṇṅñṭṭññāīūṃ　 Ā　 ṇaṃ

 

 

 

 

 

心cittaとはそれに伴う心の作用（心所caitta）を含んだものことで、唯とは対象の存在を否定するためである。

対象arthaとは、心を離れて外界に実在すると考えられる外的事象、すなわち思考による形、事実としては幻影。

心と意と識と了別とは同義語である。

了別vijñapti（玄奘訳）とはvi「２つに分けて」－jñā「知らしめる」の名詞形。

第一頌

「三種（欲界・色界・無色界）の現象はまさに唯識のみである。存在しない対象として顕現するから。

たとえば眼病者に実際には存在しない毛髪や月などが見えるごとくである。」

 

第二頌

「もし唯だ識のみであって、対象が存在しないならば、場所と時との決定と、相続saṃtāna（各個人の存在を表す語）の不決定と、および作用をなすことには理にかなっていない」

 

もし色・形rūpaの対象が存在することなくして、色・形などを知覚する識（了別）が生じ、その識は色・形などの対象が外界に存在することによって生じるのではないとするならば、たとえばある色・形を知覚する識はなぜ、ある場所においてのみ生じ、あらゆる場所において生じないのか。

 

また、眼病者たちの相続のなかには毛髪などの表象ābbāsa（心の中に現れたもの）は現れて実際に作用をするが、眼病ではない人には毛髪などの表象は現れないごとくである。

また、夢の中で食物が見られる場合、実際には食物の作用はなさないのに、現実の食物は実際の作用をなすのか？

陽炎は実在しないから、実際の作用がないように。

 

以上の批判に答えていう。

第三頌a

「場所などの決定は夢のごとくに成立する」

 

夢の中では、対象が存在しなくても、ある場所において、ある村や園や男が見られ、ある場所においては見られるのではない。

またその同じ場所において、ある時に見られるが、あらゆる時に見られるのではない。

したがって対象が存在しなくても場所と時との決定は成立する。

 

第三頌ｂ

「さらに相続の不決定は餓鬼のごとくに」

「あらゆる餓鬼が膿河などを見る場合と等しい」

 

前世での共通の業kamma（行為）をもたらした餓鬼たちの共通の結果に住する餓鬼たちは、河を膿で満ちたもの見るのであり、かれらのなかのただ1人だけが膿河を見るということはない。

このように、対象が存在しなくても、さまざま識に関して相続の不決定が成立する。

 

 

 

第四頌

「作用をなすことは夢中の罪過のごとく」

たとえば性交のない夢精のように

「さらにすべては地獄のごとく」

「獄卒などを見ることにおいて、また彼らに迫害されることにおいて」

 

 

どうして畜生たちが天に生まれることがあるのか。特殊な畜生・餓鬼たちが地獄人として地獄に生まれることもあるであろう。

第五頌

「畜生たちは天に生まれるがごとくには、地獄には生まれない。餓鬼たちも地獄には生まれない。なぜならかれらは、その地獄に固有の苦を受けないからである。」

 

天に生まれる畜生たちは、その世界の楽を感受すべき行為によって、そこに生まれ、そこに固有の楽を受ける。

しかしそれと同じように獄卒などは地獄の苦をうけることはない。

 

 

経量部の見解では、地獄人たちの行為によって、さまざまな色・形・大きさに区別された特殊な物質的構成要素が地獄に生じ、それらが獄卒などの名前で呼ばれるのである。また獄卒などが変化して地獄人に恐怖を起こすために、手をのばすなどのさまざまな作用をなすのが見られる。

第六頌

「もしも、彼らの行為によって、そこに物質的構成要素の生成と変化とがかくのごとくにあると許されるならば、なぜ識の生成と変化とがあるとは許されないのか」

 

地獄人の行為によって物質的構成要素が変化するというのに、なぜ識がそのように変化するのは認めないのか？

 

 

第七頌

「行為の潜在的残気とその結果とは場所を異としてあると考えているが、潜在的残気がある場所と同じところにその結果が生ずると許さないのはいかなる理由によるのか」

 

潜在的残気vāsanāとは業kammaの因果関係を定めるエネルギー体のことで、行為によって心の中にとどめた影響のこと。

習気と漢訳され、種子bījaともよばれ、未来に行為を生み出す潜在力であり、その留められた場所を瑜伽行唯識学派はアーラヤ識とする。

 

 

 

第八頌

「物質などの認識領域āyatana（十二処）の実在性は、それぞれによって教化されるべき人に対して、別の意図abhiprāyaをもって説かれたのである。

たとえば化生という生きものを説くようなものである。」

 

釈尊が化生が存在すると説いた流れは、心やその青写真プリントである種子が断絶することがないことを諭すためである。

すなわち「この世には、生きものも、我アートマンも存在しない。しかし原因をもつ諸存在（種子）は存在する」

 

 

色形などの認識領域の実在性を教示した意図は

第九頌

「自己の種子からある対象の表象（ābbāsa顕現、心の中に現れたもの）をもつ識が生じるとき、これら種子と表象との２つが、それぞれの２種類の認識領域であると牟尼は説いた」

 

これは眼（データ信号）および色形rūpa（色蘊）という２種類の認識領域であることを強調するために実在性を釈尊は説いた。

 

第十頌a

「このようにすれば実に人無我をさとる」

 

これは６つの識はそれぞれ２つの認識領域から生ずるが、しかしそこにはなんら見る者ないし考える者は存在しないと、このように理解して、人無我の教示によって教化されう人びとは人無我をさとるにいたる。

 

第十頌b

「さらに別の教説によって法無我をさとる」

 

この別の教説とは「唯だ識のみ」である教説である。

「唯だ識のみ」であり、色・形などの事物の表象（色rūpa蘊）をもつ識（六識）が生じても、そこには色・形などという特質をもつ事物は何一つ存在しないと理解することによってである。

中観派は、「もし事物が全面的に存在しないならば、唯識も存在しないことになるから、どうして唯識であると主張できようか」と反論する。

対して唯識派の答えは、事物は全面的に存在しない、とこのように理解して法無我をさとるのではない、そうではなく、

 

 

第十頌c

「分別されたもの（遍計所執自性）としての事物が存在しないのである。」

 

凡夫は客観・主観などという固定的実体があると分別するが、それら事物には分別された固定的実体が存在しないという意味で、それらは無我であるが、同時に、言葉を越えたものが存在しないという意味で無我があるというのではない。

このように唯識といえども、別の識によって分別せられたものとしては無我であることから、人びとは唯識と主張することによってあらゆる事物の無我（法無我）をさとるのであり、かの仏の境界の実在性を否定することによってさとるのではない。

 

原子論への論破

世尊は物質などの認識領域は存在すると説いたのであり、識をはなれて実在する色・形などが諸識それぞれの対象となるのではない、という唯識派の主張とは違うのではないか？

 

第十一頌

「物質は一なるものであって対象とならない。また多数の原子であっても、あるいはそれら原子が集合したものであっても対象とはならない。なぜなら、原子というものは成立しないからである」

 

知覚対象の構成要素は以下のようである。

１ヴァイバーシカ派（勝論派）では、外的事物は地水火風の4原子より構成されるが、１原子だけでは知覚の対象にならず、多くの原子が結合して１つの複合体になった時に、その全体が一なるものとして知覚されると考える。

２毘婆沙師（説一切有部）では、　相互に間隙をたもって結合する数多くの原子が知覚の対象となる

３経量部　　　　　　　　　間隙なくして直に結合した原子の集合体が知覚の対象になる。

 

１の「一なるもの」は対象とはならない。なぜなら諸部分とは別の一なる有分色というものは、けっして知覚されえないからである。

２の多数の原子も対象とはならない。なぜなら原子それぞれが知覚されえないからである。

３の原子が集合したものも対象となることはない。なぜなら原子が一つの実体であるということは成立しないからである。

 

どうして成立しないのか？

第十二頌a

「６つ（前後左右上下）のものが同時に結合するならば、原子は６つの部分を持つものとなる」からである。

 

これは、１つの原子は６つの部分をもつことになるので、１つの原子がある場所に他の原子が存在すると、原子の定義と矛盾してしまうからである。

 

第十二頌b

「６つのものが同一の場所を占めるとするならば、集合体は原子の大きさとなるであろう」

 

同一の場所を占めることになれば、あらゆる集合体も原子の大きさとなり、相互の区別はなくなるので、集合体というものが認められなくなる。

 

ヴァイバーシカ派は集合したものが相互に結合すると主張するが、

「諸原子が集合したものは、それらは諸原子より別のものではないのか」と尋ねてみるのがいい

もし別のものでないとすれば

第十三頌a

「原子が結合しない場合、その集合体において、いかなるものの結合があるのか」

 

第十三頌b

「また部分を持たないからそれらの結合は成立しない、ということはない」

 

部分を持つ集合したものでさえも、結合するということが認められないからである。

以上の理由で原子が１つの実体であるということは成立しない。

 

第十四頌a

「方向的部分の区別のないものが一なるものであるということは理にかなわない。」

 

原子の東と西の部分、上方と下方の部分とはそれぞれ別であるというように、方向的部分をわけることがあれば、どうして方向的部分から構成される原子が、一なるものであるということが正当であろうか。

 

あるいは原子に部分がないとするならば、

第十四頌b

「あるいはまた、どうして影や障碍があるのか」

 

もし原子に方向的部分の区別がないとするならば、太陽が昇った時にどうして場所によって明暗ができるのか？

なぜならその原子には日光が当たらないというような場所がないからである。

またもしも、方向的部分の区別が認められないとするならば、どうしてある原子が他の原子によって障碍されるということがあるのか？

なぜなら、ある別の原子が接近して、その別の原子の侵入を障げるような部分は、原子には決してないからである。

また、障碍がないとするならば、前述したように、あらゆる原子は同一の場所を占めることになるから、それら原子が集合したものもすべて、原子と同じ大きさになってしまうであろう。

 

第十四頌b

「もしも集合体が原子と別のものでないとするならば、影と障碍との２つは、その集合体にはおこらない。」

 

一なるものである場合の過失は

第十五頌

「一なるものである場合には、一歩一歩あるくということはなく、把むと把まないということが同時にあるということもなく、また別々の多数なることが存在するということ、微細なものが見られないということもありえないであろう」

 

ひとたび足を大地に踏むと、あらゆる大地に行ったことになるからである。またこちらの部分をつかみ、あちらの部分をつかんでいない、ということもないだろう。

なぜなら一なるものを掴みかつ掴んでいないということは理にかなっていないからである。

また、別々の多数の象や馬が多くの場所に存在するということもないであろう。

なぜなら、一頭の象や馬がいるところに、他の象や馬がいるならば、2頭の区別がどうして認められようか。

あるいは、2頭がいるところといないところとの2つの場所がどうして一なるものであろうか？

なぜなら、その中間に、それらがいないことが認められるからである。

また微細な水中の生物も粗大な生物との共通の性質をもつから、見ることができないということもないであろう。

以上のように過失があるのは、実体の個別性を特質の区別によってのみ考察し、他の方法によらない場合である。

以上の結果、かならず原子の区別が考察されるべきであり、しかもそれが一なるものであるということは成立しない。

それが成立しないから、実在する色・形などが眼などの対象であるということも成立せず、したがって唯識が成立するのである。

 

外的事物が存在しないとき、どうして直接知覚というこの認識はおこるのか。

第十六頌a

「直接知覚という認識は夢の中におけるがごとくにおこる」

対象がなくてもおこる

 

第十六頌ｂ

「直接知覚がおこるとき、そのときには、その対象は見られない。どうして対象が直接知覚されていると考えられようか」

 

ただ意識のみが識別作用を行っているのである。

また、そのときには、眼識はすでに滅しているからである。

色・形などの対象は刹那に生滅するので、意識が識別作用するときには、対象はすでに滅しているからである。

 

知覚されないものを意識が記憶することはないから、必ず対象を知覚しているはずである。

第十七頌ａ

「その表象をもつ識がどのように生ずるかはすでに説いた」

 

知覚された対象を記憶するということは成立しない。

対象がなくても、対象の表象をもつ、眼識などの識がどのように生ずるかはすでに説いた。

 

第十七頌ｂ

「それから記憶がおこる」

実に、その対象の表象をもち、色・形などを分別する意識が、対象の表象をもつ眼識などの識から、記憶をともなって生ずる。したがって、記憶が生ずるからといって、対象を知覚することがあるということは成立しない。

 

夢では識は存在しない事物を対象としているが、もしも覚醒時にも対象なくして認識しているのならば、ありのままに理解するはずではないか。

第十七頌c

「目覚めていない人は夢において見る対象が存在しないことを理解していない」

 

このように世間の人は誤った分別を繰り返して行い、それによって植えつけられた潜在的残気の眠りにおちいって、夢におけると同じく、存在しない対象を見つつも、いまだ目覚めていないために、それが存在しないことを如実に理解していないのである。

だが、潜在的残気を対治する、世間を越えた分別なき智慧lokottaranirvikalpa-jñāna（出世間智）を得て目覚めるならば、その後に清浄なる世間の智慧tatprsha-labhi-laukika- jñāna（後得清浄世間智）を得る。

それは、ふたたび具体的な世間のなかではたらく智慧て、対象が存在しないことを如実に理解する。

それは夢からさめるのと同じである。

 

 

対象の表象をもつ識がおこるのは、自己のアーラヤ識中の種子が徐々に変化・成熟して最後に新たな業kamma（行為）を生ずることができる力をもつことが原因であり、実在する特殊な対象に由来するのではないとするならば、善友・悪友と出会ったり、正しい教えや不正の教えを聞くことによって、人びとの識が善あるいは悪に決定されることがどうして成立するのか？

第十八頌ａ

「お互いの影響力によって相互に、識のあり方が決定される」

 

実に、あらゆる人びとのお互いの影響力によって、相互に、適宜、識のあり方が決定される。

頌中の「相互mitah」にというのは、互いparasparatahという意味である。

したがって、他人の種子の特殊な識が原因となって、別の人の種子のなかに特殊な識が生ずるのであり、実在する特殊な対象に由来するのではない。

 

 

眠っている人と眠っていない人が善あるいは不善を行った場合、両者は等しい結果を受けることがないのはどういる理由か？

第十八頌b

「夢において心が睡眠によって害されているから、それによって結果は等しくない」

 

 

 

もし唯だ識のみであるならば、いかなる人の身体もことばもない。したがって屠殺者によって羊が殺されたり、羊の死が屠殺者によってもたされたのでないならば、どうして屠殺者が殺生の罪を負うのであろうか？

第十九頌

「死は他人の特殊な識によって起こる異変である。たとえば鬼などの意力によって他の人びとにおいて記憶が乱れるごとくである」

 

たとえば鬼や神通をもつ人などの意力によって、記憶が乱れる、夢を見る、悪霊にとりつかれるという異変がおこる。

このように他人の特殊な識が影響力となって、別の人びとにおいて命根jīvita-indriya（生命を維持せしめる力）を害する異変が生じ、それによって人間ならば人間であり続けるという同一性の相続の断絶という死がおこる、と知るべきである。

 

 

第二十頌

「また、どうして仙人の怒りによってダンダカ林が空無になることがあろうか」

「かの仙人を敬う鬼神たちにとって、そこに住む人びとは殺されたのであり、仙人たちの意の怒りによって死んだのではない」のではなく、仙人の意の怒りによってのみ、それほどの人びとが死んだのであるから、

身体や言葉の行為の罰より意の罰の方が重い大罪である。

 

 

他人の心を知る人は、他人の心を知るのか、それとも知らないのか。

第二十一頌a

「他人の心を知る人びとの知は、どうして対象を如実に知っていいるのではないのか。そうでないのは、たとえば自己の心を知る知のごとくである」

 

それもまたどうして対象を如実に知っているのではないのか。

第二十一頌頌ｂ

「仏の境界のごとくには知っていない」

 

他人と自己の心が言葉を越えたものとして仏の境界になっているようには知っていないから、他心知と自心知とも、対象を如実に知っていない。

他心知と自心知は非真実の表象をもち、客観・主観を区別する分別を断じていないからである。

 

 

第二十二頌ａ

「私は自分の能力に応じて唯識性が成立することを論究してきた。しかしその唯識性の全体を思惟されえない」

 

なぜなら、それは概念的考究の対象ではないからである。ではそのすべては、だれの境界であるのか。

 

第二十二頌ｂ

「仏の境界である」

仏はなんらの障害もなく、あらゆるあり方、あらゆる知るべきものを知りつくしているからである。

 

 

 

唯識三十頌

Triṃśikā-vijñapti-mātratāは、大乗仏教唯識派の世親が著した唯識の思想を要約した30の偈頌で、玄奘が訳したもの。

原題は「トリンシカー」（triṃśikā）が「三十頌」、「ビジュニャプティ・マートラター」（vijñapti-mātratā）が「唯識」、総じて「唯識についての三十頌」の意。

なお、このほかに漢訳されたものに、真諦が訳した「転識論」がある。

その後、護法がこの唯識三十頌を注釈して玄奘が訳した『成唯識論』は、法相宗（唯識宗）の重要な論典のひとつとなった。

 

 

第一頌

「じつにātmanとdharmaとの設定はさまざまに行われるが、それは識の転変においてである」

 

 

ātman 我「生命あるもの」

ヒンドゥー教では、変化することなくつねに存在し続ける自己の中心体のことであり、輪廻の主体である。

仏教では、そのようなものは存在しない、すなわち「無我」である、と主張する。

 

dharma法

ダルマとはアートマンを構成する肉体と精神、さらには山や川などの外界の自然のこと。

説一切有部では、存在するものの構成要素は75種類あり、それらはいずれも実在すると考え、

瑜伽行唯識学派はそのような事物的存在の実在を否定する。「ダルマは無我である」という「法無我」を主張する。

upacāra設定

実在しない事物を、概念を用いてかりにそこにある存在すると設定すること。

存在するものは唯だ識（こころ）のみである、と唯識派はする。

実際にはこころだけが存在するのに、世間の人びとは妄情にしたがって、自己と事物的存在とがこころを離れて実在すると認識して執著する。

 

vijñāna-pariṇāma識の転変   the act of distinguishing transforma into others

こころの活動のことで、ヴァスバンドゥ独自の術語。

初期仏教以来、あらゆる現象は因と縁とによって生じたもの、すなわち「因縁所生の法」であると考えられてきたが、ヴァスバンドゥは唯識という識一元論の立場より、そのような因縁所生の法を「識の転変」という言葉で表現しようとした。

自己のこころ、自己の肉体、山・川・大地などの自然を知覚するが、すべての現象はこころがこころ自身の内部で作り出した表象にすぎず、それら表象に対応する事物が外界に存在するわけではない、と考える。

素粒子を含めたあらゆる現象は、こころから独立して存在するものではない。

 

 

第１頌ｄと第2頌ab

「そしてその転変は3種類である。すなわち異なって熟したものと、思量とよばれるものと、対象を認識するもの、とである」

 

１異なって熟したものvipāka　　　アーラヤ識（アーラヤは貯蔵や蔵の意味）　因果の果

２思量とよばれるもの　　　　　　マナ識　（染汚意）

３対象を認識するもの　　　　　　六識

 

pariṇāma転変

スティラマティの註釈によれば、「原因の刹那が滅すると同時に、その原因と刹那と様相を異にした結果が生じること」

刹那に生滅するところの連続体が、こころの活動である。

物質とよばれる現象もこころにほかならず、したがってこころと同じくつねに生じては滅している、と考える。

 

１原因としての転変　アーラヤ識の中で種子が生長すること。

２結果としての転変　１つは前世の業の力がつきたときにアーラヤ識がこの世から次の世に生まれ変わること

　　　　　　　　　　もう１つは、アーラヤ識からそれ以外の７つの識が生ずること。

 

 

ālayakhyaṃ-vijñānaṃアーラヤ識

深層心理に過去の様々な行為（業）の影響がとどめられる。これらを植物の種に喩えて種子bījaと呼ぶ。

この成熟した種子から現実の表層心理が生じるのである。

1あらゆるものをおさめる蔵　　　　　一切種子蔵sarva-bījaka

2執著の対象　　　　　　　　こころはアーラヤ識から生じたマナ識の対象となって自我であると執著される

 

 

vipāka異熟　異なって熟したもの

１前世の行為を原因として現世のアーラヤ識が結果として生じる。　　　原因と結果の時間が異なる。

なぜ自分は人間として生まれたのか？女性として生まれたのか？前世の自己の行為による。

２アーラヤ識は原因とは異なった性質として生じる。　　　　　　　　　原因と結果の性質が異なる。

前世の行為は善あるいは悪であるのに対して、その結果として生じた現世のアーラヤ識は無記（善悪ではない）

自己の根底をなすアーラヤ識は善でも悪でもないので、悪から善へと向上発展することができる。

 

mananākhya思量  　　　　　　マナ識　（染汚意）　　睡眠時でも働いている深層心理

深層的な自我執著心のこと

cf.量pramD､a　とは対象を正しく認識、論証する手段・根拠。広義には認識の作用・過程および結果の知識。

 

visaya-vijñapti了別境　　　　六識　　　　　　　　　　　覚醒時だけ働く

対象を認識するもので眼耳鼻舌身意の６種の識

意識は、外的信号を知覚すると同時に、内的な思考作用の信号をも認識する。

概念思考を行うのはこの意識だけである。

 

 

 

第２頌cd

「このうち異なって熟したものとは、アーラヤとよばれる識で、あらゆる種子をもつものである」

 

bīja種子

アーラヤ識のなかの「特殊な心的力」（功能差別）。過去の行為（残気、気分）であり、この力をアーラヤ識にとどめて特殊な状態に変化したもの。

現在と未来のあらゆる事象を生みだす可能力ないし潜在力。

１現在の諸現象を生みだす種子　　名言種子　等流習気　　　心的活動の本質は言語を用いる概念的思考

言語というよりもシンボルではないのか？

２来世の自己を形成する種子　　　業種子　異熟習気

 

心的活動は、種子がhetu直接原因となり、それにpratyaya縁（間接原因）が働いて生じる。

そして、その心的行為はただちにアーラヤ識のなかにその影響を種子としてとどめ、その種子はいずれ再び未来の行為として芽を吹く。

 

 

第3頌ab

「そして識は、維持されるものと場所と対象とした知覚されないほどの微細な認識作用をもち」

 

ālayakhyaṃ-vijñānaṃアーラヤ識

深層心理ではあるが、識である以上、主観と客観との二元的対立のうえに認識作用が営まれている。

では認識対象は何か？

内的には「維持されるもの」upādāna執受　　　１感覚器官indriya根　　　２種子

外的には「場所」sthāna処　　　　　　　　　　自然界　「器世間」

 

４ｃの仏教では維持するこころは六識だと考えられていたが、瑜伽行唯識学派では不断に活動するアーラヤ識こそ生命の根源的維持体であることを発見した。肉体を作るだすと同時にその肉体に内在し、肉体を生理的に維持しながら、かつそれを認識し続けている。

種子は肉体とは違い、アーラヤ識から作り出されるものではなく、アーラヤ識のなかに蓄えられたものである。

だがアーラヤ識と種子とは別なるものではなく、アーラヤ識の特殊な働きが種子である。

つまりアーラヤ識は本体であり、種子はその作用である。

 

「場所」sthāna処とは自然界のことで、ヒトはその中で棲息する。これを１つの器に例えて「器世間」とも呼ぶ。

外界の自然界はアーラヤ識から作り出され、同時にアーラヤ識の認識対象となっているという考えは、自己と世界とはすべてこころの表象に過ぎないという主観的観念論の極地である。

どのように？

 

知覚されないほどの微細な認識作用asaṃviditaka -vijñaptikaṃ     不可知了

 

アーラヤ識の活動を知覚しようとするならば、ヨーガを実践し表層心理をしずめ、その底に働く微細な心的活動を感知しなければならない。

 

第3頌cd

「つねに触知と、意（こころ）の活動と、感受と、構想と、意志とにともなわれている」

 

citta心　　　　事物を総体的に把握する作用

caitta心所　　　その同じ事物を差別的ないし分析的に細かく捉える作用

 

バラを見る視覚とは、眼識または心cittaのこと　　触知　

それはバラである　　　　　知覚作用　　　　　　意（こころ）の活動　　心所

素晴らしい色である　　　　情緒作用　　　　　　感受　　　　　　　　　心所

花瓶に飾ろう　　　　　　　意志作用　　　　　　構想　　意志　　　　　心所　　

 

 

触知sparśa触

感覚器官indriyaと認識対象（境）と認識主体（識）との3点が結合する時に、最初に生ずる微細な心作用。

すなわち認識対象からの信号によって感覚器官に変化が生じ、その変化を認知する作用。

 

意（こころ）の活動　manaskāra作意

こころを一定の対象に向けさせる作用

外界の信号を認知しても、それにmanaskāra作意が働かないと、具体的にそれを知覚しない。

こころを始動せしめる最初の動力

cf.　禅定者のmanaskāra作意とは、自分の意志とは無関係に妄念によってこころが乱されている時に、一定の間、ある一つの対象に専注せしめる力のこと。

 

vedanā感受

快なる対象を楽、不快なる対象を苦、どちらでもない対象を不楽不苦、と感受する作用。

この感受作用から欲愛がひきおこされる。

不快な対象からは逃れようとし、喜ばしい対象に対しては維持しておきたいと願うからである。

 

saṃjñā構想　　　想saññā

これは青色であって黄色ではない、などと対象の特殊性ないし特質を認知する知覚作用のこと。

外的信号を感覚器官を通して素材として統合して１つの像にまとめあげる作用である。

対象が何であるか認知するには言葉が必要である。　言葉以前のシンボルではないのか？

 

受vedanāが情的な心理作用であり、想saññāが知的な心理作用であり、こころを束縛させて、輪廻を漂い続ける原因である。

 

cetanā意志

具体的な行動を引きおこす意志作用。

この意志を通して行為は善と悪という倫理的価値をおびる。

 

第4頌ab

「アーラヤ識では感受は中容なるものである。またアーラヤ識は汚れに覆われていなく、善とも悪とも記別されない」

 

upeksā中容　　　捨upekkhā

不楽不苦と感受するもの

アーラヤ識は苦や楽を生む対象（環境、モノ）を認識しているが、アーラヤ識の認識作用（ākāra行相、主体）と認識対象（ālambana所縁、客体）は知覚されないほどに微細なものであるので、苦楽を受け止めるほどにその活動が鋭くない。

 

avyākṛta無記　　　巴: avyākata:

善とも悪とも記別することができないもの

vyākṛta記は、分ける、離す、分析するを意味するので、これを否定した無記は分別できないものを意味する。

存在は4種あり、善なるもの、悪なるもの、汚れに覆われ善悪とも記別されないもの、汚れに覆われていなく善悪とも記別されないもの、である。

マナ識は汚れに覆われ善悪とも記別されないもの、　　　　　　　　　　　　有覆無記nivṛtāvyākṛta

アーラヤ識は汚れに覆われていなく善悪とも記別されないもの、である。　　無覆無記anivṛtāvyākṛta

 

 

また、釈迦が「世界の存続期間や有限性」「生命と身体の関係」「修行完成者（如来）の死後のあり方」といった仏道修行に直接関わらない・役に立たない関心についての問いに対して回答・言及を避けたことを言う。

パーリ語経典中部63経『小マールンキャ経』では、有名な「毒矢のたとえ」と共に、「十無記」について記述されている。

 

釈迦が舎衛城の祇園精舎に滞在している際に、マールキヤプッタ尊者の中に、

 

世界は永遠であるのか

世界は永遠でないのか

世界は有限であるのか

世界は無限であるのか

生命と身体は同一か

生命と身体は別個か

修行完成者（如来）は死後存在するのか

修行完成者（如来）は死後存在しないのか

修行完成者（如来）は死後存在しながらしかも存在しないのか

修行完成者（如来）は死後存在するのでもなく存在しないのでもないのか

といった10の疑問が生じた（上記の通り、対になる選択肢を統一すれば、実際は4つの疑問である）。

nivṛta覆　　　包む、覆う、離さない、

覆っているのは煩悩（汚れたこころ）である。

a-nivṛtaは覆うの否定形である。

アーラヤ識とともに働くのは、触知と、意（こころ）の活動と、感受と、構想と、意志であり、これら自身は汚れたこころ（煩悩）ではない。これらが働く後で、善悪の行為になるのである。

 

アーラヤ識と救済

アーラヤ識は、前世の善悪の業を原因として現世に形成されたものだが、形成した原因である業はその影響力を使い果たしたので、現世のアーラヤ識にはなんの力をもたない。

よって、アーラヤ識の本性は善でも悪でもない。すなわち無記である。つまりアーラヤ識そのものは、来世を規定する力をもたない。

だからこそ、意識体は悪から善へと自己を変革することができるのである。

 

 

 

第4頌c

「触知なども以上のことについてアーラヤ識と同じである」

 

触sparśa、作意manaskāra、受vedanā、想saṃjñā、思cetanāの５つの心所はアーラヤ識と同じ性質をもつ。

１異熟　　業kammaの結果であること

２認識作用と認識現象は知覚されないほどに微細である

３それ自身以外の４つの心作用とおよびアーラヤ識とつねにともに働く

４ともに働く感受作用（受）は不楽不苦を感受する中容なるものである。

５煩悩に覆われず、善とも悪とも記別されない

 

 

第4頌d

「そしてアーラヤ識は瀑流のように、流れて存在する」

 

河の流れはつぎつぎと新たな水が流れつつ、一つの同じ河として存在しつづけるように、アーラヤ識も刹那に生じて滅しつつ、つぎつぎと不断に相続してゆくありさまをいう。

アーラヤ識は自己の根底をなすこころであり、あらゆる存在を形成する根源体である。

 

「阿陀那識（アーラヤ識）は甚深にして細なり。一切の種子は瀑流の如し。我（釈尊）、凡愚に於いて開演せず、彼れ分別して執して我となすを恐れればなり」

『解深密経』Saṃdhi「結合・連結」nirmocana「解放」（「解脱」）Sūtra　　「解放（解脱）へとつながる経」　

 

世間や小乗の人びとにはアーラヤ識を説かないのは、それをアートマン実体的自己であると誤認するからである。

アーラヤ識もアートマンも同一で不変な実体ではなく、実体的自己アートマン（我）は、存在しないとするのが、仏教の無我である。

 

saṃtāna、saṃtati相続

自己存在が刹那に生滅しつつ、つぎつぎに継起してゆく点を強調して、自己存在を相続と呼ぶ。

とくに瑜伽行唯識派は、肉体と精神とからなる個人的存在を表すために「心相続」という語句を好んだ。

 

 

第5頌a

「アーラヤ識は阿羅漢の位において消滅する」

 

アーラヤ識がアーラヤ識として活動しつづけるかぎり、われわれは生死をくりかえして輪廻しつづける。

したがってアーラヤ識は修行の過程において滅せられなければならない。

具体的には、アーラヤ識のなかのdauṣṭhulya潜在的悪をことごとく断じ尽くすこと。

潜在的悪とは煩悩を引き起こす潜在的力（種子）であり、それが現実化すれば、身体とこころを束縛し、所期の目的に向かって自由に軽快に行動できなくなる力である。

この種子を断じるとアーラヤ識はもはやアーラヤ識という名称で呼ばれるようなものではなくなる。

汚れに満ちた想saññāの種子が清浄なる智paññaに変化し、無垢識になったからである。

この過程が瑜伽行唯識派の目指す最大の目的である。

 

アーラヤ識の同義語と段階　　　　　「成唯識論」巻第３

１　心、阿陀那識、所知依、種子識　　　　　一切の位でよばれる名称

２　阿頼耶識　　　　　　　　　　　　　　　異生と有学の位で呼ばれる名称

３　異熟識　　　　　　　　　　　　　　　　異生と二乗と菩薩の位で呼ばれる名称

４　無垢識　　　　　　　　　　　　　　　　如来の位で呼ばれる名称

異生pṛthagjanaとは「凡庸なる士夫」の意味で、十分に四諦の道理を知らない人をいう。未だ悟りを得ていない者、すなわち部派仏教においては初果としての預流果を得ていない者。

 

 

arhat阿羅漢

１煩悩という賊を殺したから　　　　　　　　殺賊

２世間の人びとの供養を受けるに値するから　応供

３再び生まれることがないから　　　　　　　不生

小乗の説く最高位であり、涅槃に入り、ふたたび生まれてこない者。

 

 

 

第5頌bcd

「アーラヤ識に依止して生じ、それを認識対象とするものが思量とよばれる識であり、思量することを本性とする」

依止とは拠り所にすること。

 

mano-nāma vijñānam思量とよばれる識  末那識

ヴァスバンドゥ独自の表現　　　mano vijñānamだと意識と同じなるので nāmaを付加したと推察される。

「汚れたこころ」なので、kliṣṭaṃ manaḥ染汚意とも表現される。　　　

 

アーラヤ識から生じ、そのアーラヤ識をながめて、それを自己ないし、自分だと執著するこころである。

 

ヒトは自分の肉体やこころのはたらきを知覚して、ここに自己が存在すると考える。

これが表層的な意識による自我執著心である。

しかし瑜伽行唯識派の人びとはこの奥にもっと根深い深層的な自我執著心があることを発見した。

それが末那識である。

この作用は意識の領域にはのぼってこないから、表層意識はこの働きに気づくことはない。

この先天的な持って生まれて身についている識は、熟睡と覚醒とを問わずにつねに活動し続ける深層心理である。

 

たとえば、ある人が気持ちの上で「自己を犠牲として他人を救済しよう」と考える。

だがそのような気持ちから行った慈善行為は、たとえそれが善いことであっても、それは本質的に汚れをもった行為である。

なぜならば、こころの奥で「自分が布施などの善い行為をしているのだ」という自我意識がはたらいているからである。

また自己や病気で植物人間になった人でも無意識のうちに声を出したり、時には食事を摂ることがある。

これは深層心理としての自我執著心がある証拠ではなかろうか？

 

manas思量　意

man考えるの名詞型で、よく「意」と訳される。

初期仏教では、心と意と識とは同義語であると考えられてきたが、瑜伽行唯識派は「考える」と意味をもつmanasに注目し、この語句によって深層的な自我執著心を表そうとした。

manasは深層心理であり、輪廻転生するかぎり、つねにそして深く明確にアーラヤ識を自己だと考え続け、執著しつづけている。

寝ていても活動し続ける強固で執拗な自我意識であり、私たちが概念的に自分だと認める作用は、このような深層的自我執著心の１つの泡沫にすぎない。

 

 

第6頌

「汚れに覆われており、善とも悪とも記別されない４つの煩悩、すなわち自我は存在するとみる見解と、自我へのおろかさと、自我へのおごりと、自我への愛着とよばれるものをつねにともなう。」

 

マナ識は表層的心理とは違い、深層に働く微細な作用であるから、来世に善あるいは悪、いずれかの結果をもたらす力を持たない。つまり善でも悪でもないので無記である。

有覆無記nivṛtāvyākṛtaとは、汚れているが、分別して認識する力を持たないということであろうか？

マナ識はそのものは汚れに覆われているが善とも悪とも記別されないものである。

 

 

ātma-dṛṣṭi我見   　satkāya- dṛṣṭi薩迦邪見　　　　　　　自我は存在するとみる見解

もともとは、五蘊（色・受・想・行・識蘊）の総合体を自我（我）あるいは自我に属するもの（我所）ととらえる見解（心作用）。　　では五蘊（色・受・想・行・識蘊）とは宇宙、諸法、のことなのか？

この場合のマナ識をともなう心作用は、アーラヤ識が河の流れのように一瞬一瞬生じては滅する相続体であるのに、それを同一で変化しないアートマン自我であると誤認する作用である。

 

 

ātma-moha我癡　　　　　自我へのおろかさ

自己はどこにも存在しない、自己のどこを探しても自我とよばれるべきものはないという「無我」の理をしらないことである。

初期仏教ではavidyā無明といわれ、四諦の理、縁起の理を知らないことだと考える。

瑜伽行唯識派も基本的には同じ立場に立つが、最後に見出しのが無明の最も根源的なものであるマナ識とともに働く無明であった。それは自我の本質すなわち「自我は存在しない」という真理に迷うことである。

換言すれば、アーラヤ識は自我ではないという真理に関して無知であることである。

この無知はマナ識の活動と同じく意識で知覚されるほどに強いものではないが、マナ識が活動するかぎり、つねにこころの奥で働き、真実を見抜く智慧の眼をおおう根源的な障害となっている。

 

ātma-māna我慢　　　　　自我へのおごり

「自我は存在すると見る見解」（我見）によって存在すると設定された自我を根拠にして、「わたしは存在するのだ」とおごぶりたかぶる心作用である。

 

ātma-sneha我愛　　　　　自我への愛着

以上の３つの心作用の結果、自我に対しておこす愛著のこころのこと。

 

一番の根源となるものは我癡すなわち無明である。

 

 

 

 

第7頌a1

「生まれた処、そこに属するものをともなう」

 

生まれた処

人間の生まれた処は人間の世界である。仏教では欲界・色界・無色界があり、詳細には31の界に分類される。

生まれる処によって、マナ識とそれに伴う４つの煩悩も異なる。

だが、人間であれば、人間のもつマナ識は人間としてのアーラヤ識を対象にし、また人間に属する４つの煩悩をつねにともなう。

 

第7頌a2b1

「および他の触知などをともなう」

 

アーラヤ識とともに働く触知sparśa触（根と境と識が結合する作用）と、意の活動manaskāra作意（こころを一定の対象に向けさせる作用）と、感受vedanā受（楽・苦・不楽不苦に分類する作用）と、構想saṃjñā想saññā（一般化する作用）と、意志cetanā思（具体的な行動を引きおこす意志作用）は

マナ識でも働きます。

しかしアーラヤ識では汚れに覆われていないのに対して、マナ識では汚れに覆われているので、５つの働きは性質が異なる。

 

 

第7頌　b2cd

「それは阿羅漢にもなく、においてもなく、および出世間道においてもない」

 

arhat阿羅漢

小乗の説く最高位であり、涅槃に入り、ふたたび生まれてこない者をいうが、総じて声聞、独覚、菩薩の３乗の無学位をいう。

情的汚れ（煩悩障）と知的汚れ（所知障）を一つ一つ取り除いて、最後にまったく清らかな状態すなわち仏陀になることを目指すのだが、汚れ（惑）は２種類ある。

１見道によって断ぜられる汚れ　　　真理ないし真実を見る段階

２修道によって断ぜられる汚れ

 

見道は長年にわたる精進が実を結び、いわば爆発的に真理・真実にふれる瞬間である。

見られる真理は苦・集・滅・道の四諦である。換言すれば「縁起」の理である。

大乗仏教の存在の「ありのまま」真如と呼ばれるものである。

理論や思想や教育によって身につけた汚れ（分別起の惑）である。これは表層意識によって概念的に考えることによって生じた汚れであるから、見道によって断ぜられる。

 

対して、もって生まれた汚れ（倶生起の惑）は、見道以後の修道において断ぜられる。

煩悩は深層心理に働く微細なものであるから、容易に断ぜられず、現象世界の最後のこころ「金剛喩定の無間道」

（阿羅漢になる直前のこころ）において一瞬のうちに種子は断ぜられる。

マナ識とその煩悩を生ずる種子はことごとく断ぜられるから、阿羅漢にはふたたびマナ識は生じない。

 

修道

真実・真理をみたのちに、いまだ残っているさまざまな汚れを徐々に取り除いてゆく修行過程であり、10段階（十地）ある。

 

 

nirodha-samāpatti滅尽定

寂静なる涅槃に入ることをねがって現象世界の最後の段階である、非想非非想天においてあらゆるこころを滅した状態。こころがまったくないことから無心定ともいわれる。

色界の第４禅天の無想天を真の涅槃と思いまちがって、こころを滅した状態は無想定といわれる。

無想定が眼識ないし意識の６識を滅しているのに対して、滅尽定では６識に加えてマナ識をも滅している。

 

瑜伽行唯識派では、滅尽定でもアーラヤ識だけは働いていると考える。したがって定より出るならば、アーラヤ識よりふたたびマナ識はおこるとみる。すなわち滅尽定によってマナ識の活動を抑えているだけであり、その種子までをも断じていない

 

loka-uttara-mārga出世間道　　　　　　　　煩悩なき智慧（無漏智）

欲界・色界・無色界の現象界は煩悩にみちた迷いの世界であるから「世間」という。

対して煩悩なき悟りの世界（涅槃界）を「出世間」という。

uttaraは上、高、外、優　対義語はadhara

「煩悩なき智慧」は出世間に至る道であるから、出世間道という。

この智慧は真理（四諦・真如）をはじめて見る見道においてはじめて発せられる。

真理を見るとは、真理（真如）になりきることである。

そこでは主観も客観もない絶対平等の世界、自己も他人もない一味の世界が現出する。

この真理を見る智慧を別名「無分別智」ともいう。

この智慧が働くところには、「自我が存在すると見る見解」すなわち、「我見」は働かない、すなわちマナ識は活動しない。

マナ識は微細で、先天的なものであるから、たとえ智慧であっても、煩悩ある世間の智慧（有漏智）ではマナ識の活動をおさえることができない。できるのは真理と一枚になった智慧だけである。

 

loka-uttara-mārga出世間道は滅尽定と同じくマナ識の働きをおさえているだけであるから、出世間道から出るときには、ふたたびアーラヤ識からマナ識がおこる。

 

 

第8頌aｂｃ

「以上が第二の転変である」

「第三の転変は６種の対象を知覚するものである」

 

識　　　　　眼耳鼻舌身意　　　視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・意識　　saḷāyatana; 梵ṣaḍāyatana

境（対象）　色声香味触法

 

意識

意識の対象はあらゆる存在であるダンマdhamma（一切法）である。

すなわち眼識などの対象はもちろんのこと、過去や未来の事象をも対象にすることができる。

 

たとえば意識は眼識とともに働いて、眼識の視覚作用を鮮明にする。

ある事物に意識が向かなければそれをぼんやりと見ているにすぎない。だが意識を向けると、その事物は明確な姿を持って知覚される。

そして「その事物は～である」とその事物の特性を認知する。

すなわち意識は感覚作用をたすけると同時に、感覚によって得られた素材に基づいて、それが何であるかを概念を持って認知する働きをする。

過去を悔い、未来に思いをはせるのも意識のはたらきである。

 

upalabdhi知覚する　　了

五識は直接に知覚する　　現量

意識は推理する　　　　　比量　　　概念や言葉が用いられる

概念的思考は往々にしてまちがうことがある。

 

 

識 (巴: viññāṇa ヴィニャーナ, 梵: vijñāna ヴィジュニャーナ)

vi(分析・分割)+√jñā(知)の合成語であって、対象を分析し分類して知覚する精神作用のこと。

意識、生命力、心、洞察力との意味にも仏教で用いる。

 

しかし、大乗仏教全般で言うならば、分析的に認識する「識」ではなく、観法によるより直接的な認識である般若(はんにゃ、プラジュニャー(prajñā)、パンニャー(paññā))が得られることで成仏するのだと考えられるようになって重要視された[3]。

 

パーリ経蔵においては、ヴィニャーナは少なくとも3種の意味合いで登場する。

(1) 感覚器としての 入(āyatana)の派生として。 経験的に網羅される 全(sabba) の一部である。

(2) ドゥッカを構成する五蘊の一つとして。

(3) 縁起を構成する十二因縁のひとつとして。カルマの発見と再生について示される。

パーリ経典アビダルマおよび後世の注釈書では、ヴィニャーナは89種の状態が存在し、それぞれ別種のカルマの結果をもたらすという。

 

感覚器としての識

パーリ経典による六六経　　　Source: MN 148 (Thanissaro, 1998)  

 

パーリ経典による六六経

 

 

処、入 (Āyatana)

 
 
→

 

受
・
ヴ
ェ
｜
ダ
ナ
｜

 

 
 
→

 

渇
愛
・
タ
ン
ハ
｜

 

 

 

六根
感覚器官

<–>

六境
感覚器官の対象

 

 

↓

↓

↓

触 (パッサ)

↓

↑

 

 
識 (ヴィンニャーナ)
 

 

 

1.    六根とは、目、耳、鼻、舌、体、心

2.    六境とは、色（ルーパ）、音、匂い、味、触覚、意の知覚対象（法）

3.    名色（ナーマルーパ）は、識（ヴィンニャーナ）により生じる

4.    処（六根と六境と識）は、名色（ナーマルーパ）により生じる

5.    触は、処（六根と六境と識）により生じる

6.    感受（受, ヴェーダナー）は触により生じる

7.    渇愛（タンハー）は感受により生じる

 Source: MN 148 (Thanissaro, 1998)    details

 

 

五蘊（パンチャッカンダ）
パーリ仏典による

 

 

色（ルーパ）
物質的存在

 

四大（マハーブータ）
元素

 

 

 
 
 

↓

↓

 

↓
↓

触 (パッサ)
接触

     ↓

↑

 
識（ヴィンニャーナ）
認識作用
 

 
 
 
 
 
→
←
 
 
 
←

 

心所（チェータシカ）
精神的要素

 

 
受（ヴェーダナー）
感受作用
 

 

 
想（サンニャー）
概念
 

 

 
行（サンカーラ）
志向作用
 

 

 

 

 出典: MN 109 (Thanissaro, 2001)[信頼性要検証]

 

 

 

五蘊の識

人間の構成要素を五蘊(ごうん)と分析する際には、識蘊(しきうん, vijñāna skandha)としてその一つに数えられる。この識は、色・受・想・行の四つの構成要素の作用を統一する意識作用をいい、六根（眼・耳・鼻・舌・身・意）によって、六境（色・声・香・味・触・法）を認識する働きを総称する[5]。事物を了知・識別する人間の意識に属する。例えば、桜を見てそれが「桜」だと認識すること[6]。

 

また古い経典には、識住(vijñānasthiti)と言われて、「色受想行」の四識住が識の働くよりどころであるとする。この場合、分別意識が、色にかかわり、受にかかわり、想にかかわり、行にかかわりながら、分別的煩悩の生活を人間は展開しているとする。

 

しかしながらいずれも、人間は「五蘊仮和合」といわれるように、物質的肉体的なものと精神的なものが、仮に和合し結合して形成されたものだと考えられており、固定的に人間という存在がある、とは考えられていない。

 

十二因縁の識

十二因縁では、無明・行・識・名色・六処・触・受・愛・取・有・生・老死とあるので、行(サンカーラ)に条件付けられた識である。

 

アビダルマでの識

おおよそ、我々が心という意味とほぼ同義である。心(citta)、意(mano)、識と区分して呼ばれたとしても、それぞれ働きとしては別であっても、総括的には心と呼んで差し支えない。心意識として別々の働きがあるが、心の作用の区別に過ぎないと考える。

アビダルマ(阿毘達磨、abhidharma)では、五位の中で心(しん、心として働く主体)と心所(しんじょ、心の働く作用)と区分するときには、識は心(心王)にあたる。

 

識には、眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識の六つあり、別のものであるようだが、識としての物柄(体)は一つであるとする。六識はそれぞれ色・声・香・味・触・法と別の対象をとるから、別々の認識であり、境(きょう、外界の対象)を写し取るようなものと考える。

 

唯識での識 (vijñapti)

瑜伽行唯識学派では、心は阿頼耶識(あらやしき、ālaya-vijñāna)、意は末那識(まなしき、mano-vijñāna)、識は眼耳鼻舌身意の六識を表す。

説一切有部とは異なり、唯識派では識の認識する対象は自識の中にあると考える。したがって、識には、認識するものと認識されるものの二つが内在しているとする。しかも、この八識は識体が別であり、同時に働くことが出来るとする。

 

ことに、「識」とされる前六識は、事物に対して、もしくは存在として認識される対象として、認識するものとされるものとの関係において、認識作用を行うというのである。

 

密教の識

密教の場合は、すべてのものの存在に遍在しているものとして、純粋意識のように捉えられた。

 

 

 

第8頌d

「善であり、不善であり、善・不善いずれでもない」

 

こころを価値的に分類すると善・悪・無記の３つにわけられるが、六識は、これら３つのいずれにもなりうる。

六識が「善の心作用」とともに働くときはkuśala善であり、

「不善の心作用」とともに働くときはakuśala不善であり

「善・不善の心作用いずれもともなわない」で働くときはavyākṛta無記である。

 

 

 

 

第9頌

「それはあらゆるこころに行きわたるものと、特別に決定したものと、善なるものと、および煩悩と、付随的煩悩との５グループの心作用と、それに３つの感受とをともなう」

 

１あらゆるこころに行きわたるもの　　遍行の心所

２特別に決定したもの　　　　　　　　別境の心所

３善なるもの　　　　　　　　　　　　善の心所

４煩悩　　　　　　　　　　　　　　　煩悩の心所

５付随的煩悩　　　　　　　　　　　　随煩悩の心所

「成唯識論」では

６定まらないもの　　　　　　　　　　不定の心所　　　　　悪作、睡眠、尋、伺

 

第10頌a

「最初は触知などである」

「特別に決定したものは、欲求と勝れた理解と憶念と三昧と智慧とをまとめていう」

 

触知などとは、触sparśa、作意manaskāra、受vedanā、想saṃjñā、思cetanāの5つの心作用のこと。

これらの5つはアーラヤ識、マナ識、六識のいずれとも、つねにともなって働く。

 

特別に決定したものniyata別境

あらゆる対象に向かうのではなく、特別の事物を対象とする心作用。

 

欲求chanda欲

望ましい事物への願望。

たとえば沈みゆく太陽、リズミカルなハーモニー、白檀の高貴な香り、美しい果物、やわらかい絹、すぐれた理論などの快く望ましいものなどに対して、それを感覚しようと希望する。

しかしこの場合の欲求は、そのような感覚的な欲望ではなく、知的で宗教的な欲望のことである。

たとえばすぐれた師について正しい教法を聞き、正しく修行してさとりを得たい、という欲望である。

この場合の欲求は正しい努力（正勤）を誘発する善い欲望のことである。

 

勝れた理解adhimokṣa勝解

道理、理論、信頼すべき人物の教えを学ぶことによって、疑う余地のない事物をこころの底から理解すること。

たとえばあらゆる事物は無常・苦・空・無我であると理解することである。それは知的な頭の中だけの理解ではなく、心身全体にしみわたった確信である。この確信を得れば、いかなる論敵にあおうとも自己の説を曲げるようなことはなくなる。

 

見道にいたる以前に、「勝解行地」という、いまだ真実・真理を見ないが、真実を見たがごとくその存在を信じ込み、疑いなき力強い確信を持って、その獲得に向かって正しく修行するという段階がある。

 

憶念smṛti 念

一度経験した事柄を忘れずに記憶し、いつでも思い続ける心作用のこと。

この憶念を通して、つぎの三昧というこころがおこる。

憶念smṛti 念→三昧samādhi 定→　　智慧prajñā慧

 

 

三昧samādhi 定

ある一つの対象にこころが専注した状態。

こころに動揺がなく、事物をありのままに見ることができる状態であるから、これを何度も何度も繰り返すことで、次の智慧を生みだす原因になる。

 

智慧prajñā慧

ある事物に関し、その事物に固有の特質（自相）と他の事物と共通の特質（共相）とを明確に区別して知るはたらきである。

事物の特質を正しく認識する手段には、直接知覚、推理、聖者の教えと３つの認識手段があるとする。

 

直接知覚pratyaksa（現量）　　概念や言葉を交えずに対象を直にありのままにとらえる知覚

推理　　anumāṇa（比量）

聖者　　　āgama（聖教量）

 

この３つの認識手段pramāṇa（量）を適宜使用することによって、事物の本質を見抜く智慧を身につけることができる。

１聖者の教えを聞くことによってえられる智慧　　　　　聞所成慧

２自己自身、正しい道理にしたがって正しく思索することよって得られる　　　　　思所成慧

３三昧を修することによって得られる智慧　　　　　　　　　修所成慧

修所成慧とは言葉や概念を離れ、対象によって対象を認識する。

 

 

第10頌d第1１頌abc

「信と慚悔と羞恥と無貪などの３つと、精進と軽安と不放逸とともなるものと不殺害とが善なるものである」

 

 

信śraddhā

１四諦と縁起の理が真理であると確信

２三宝（仏・法・僧）には徳があると確信

３あらゆる世間・出世間の善には力があると確信

信を持てば、こころの汚れ（煩悩）がなくなるので、こころがすみきった状態（心澄浄）になる。

慚悔hrī慚ざん　

罪を犯した時、自らを顧みておのれの過失を恥じること

羞恥apatrāpya愧ぎ

罪を犯した時、世間から避難されることを怖れて、おのれの過失を恥じること

無貪alobha　　

貪りのないこころ　　輪廻する自己が存在しつづけるモノに執著しない心

無瞋adveśaむしんアドヴェーシャ

怒らないこころ　自己に害や苦しみを与える原因に対しても怒らない。他を愛憐すること

無癡amoha

おろかでないこころ　　因果応報の道理や四諦の真理や三宝を正しく理解するこころ

精進vīrya勤ごん

善行に対して果敢なこと、心の雄々しさ。善を修し、悪を断じようと努力するこころ。

軽安praśrabdhi

１心身が軽やかなこと 　　心身の適応性　　　　

２麁重そじゅう（煩悩の種子）が阿頼耶識になくなった状態

麁重とは、自と他とを分別する思い、貪りといった煩悩などを生じる種子

不放逸apramādaふほういつ

悪を断じ、善を修するこころであるが、心作用ではない　　　　善を完成する働き

無貪・無瞋・無癡・精進の４つのこころに共通したはたらきに与えた名称

中容upekṣā捨

１心にかたよりがなく、安定している状態　　　　　「惛沈」と「掉挙」がない状態

２こころが安定した後におこる静まり返った状態

３禅定が深まり、こころのたかぶりや沈まりが再発するのではないかという恐れもなくなり、意志的な努力なくしてこころが静まりきった状態

受vedanāの不楽不苦と区別するために行捨と漢訳する場合がある。

不放逸のこころとともに働く心作用で、無貪・無瞋・無癡・精進の４つに共通した心作用

不殺害ahiṃsā不害

非暴力、他を害しないあわれみのこころ

 

 

 

第11頌c第12頌a

 

貪rāga　貪り　　心にかなう対象に対する欲求　　　　別名は渇愛tanhā

苦とは現に生きつづけている「自己存在」すなわちbhava有、あるいは五取蘊という。

この苦の大海に輪廻転生する力が貪りのこころである。

愛別離苦の苦しみは愛するという渇愛が原因である。

瞋dveśa　怒るこころ。憎しみ、嫌うこと、批難すること　

心にかなわない対象に対する憎悪。対象は自分も含む

怒りはその人の健康を害し、その人をして思わぬ残忍な行為にはしらせる。

痴moha　真実・真理を知らないこと。地獄界や天界や涅槃や因果法則に対して無知のこと。　

別名、無明avidyāともいい、汚れにみちた生存状態を生みだす輪廻転生の根本原因である。

無明は貪と瞋などの煩悩を起し、この煩悩が来世に自己存在を形成する業（行為）を生じ転生する。

慢māna　こころや身体を「自己」や「自己に属するもの」と考えること。

そこからおのれは他より優れていると妄想して他人に対して誇りたがる心のおごり、慢心が生まれる。

認識とは分別なので自己があれば自己と他を比較するのが必然となる。

１慢　家柄・才能・財産などに関して、自分より劣っている人に対しては自分が勝っている、とうぬぼれ、同等の人には、自分と等しいと比べる

２過慢atimāna　　自分と同等の人に対して自分が勝っているとし、自分以上の人は自分と同等とする。

３.慢過慢mānātimāna　　勝れた人を見て、自分はさらに勝っている、とうぬぼれる。

４.我慢asami-māna　　　自己が存在すると考え、それらに執著して生じる驕り。自負心が強く、自分本位。

５.増上慢abhimāna　　悟っていないのに悟ったと思い、得ていないのに得たと思い、おごり高ぶる。

６.卑慢ūnamāna　　　非常に勝れている人を見て、自分は少し劣っている、と思うこころ

　　　　　　　　　　　もしくは勝れた人見て自分は劣っていないと思う心

７.邪慢mithyāmāna　徳が無いのに有ると思うこころ。間違った行いをしても、正しいことをしたと言い張る。

見dṛṣṭi　誤った見解、悪見　　　　五つの誤った見解。pañca dṛṣṭayaḥ

①有身見satkāya-dṛṣṭi　実体的な自己が存在するという見解（我見）と一切の事物がその自己に属しているという見解（我所見）とを合わせたもの

②辺執見antagrāha-dṛṣṭi ①の後に起こるもので、我は死後も常住である（常見）、あるいは断絶する（断見）というどちらか一方の極端に偏った見解。

③邪見mithyā-dṛṣṭi　因による果、父母の作用、真の阿羅漢の存在を否定する見解。

④見取見dṛṣṭi-parāmarśa-dṛṣṭi①②③をはじめとする誤った見解を真実であるとする見解。

　自己存在（五蘊）を清浄であるとみる見解　　

⑤戒禁取見かいごんじゅけんśīla-vrata- parāmarśa-dṛṣṭi外道の戒律を実践することによって涅槃に導かれるとする見解。

疑vicikitsā　疑い。四諦、因果応報、三宝の教義に対してあれこれと思いまどうこと。

 

 

 

 

 

第12頌b第14頌

「怒りと恨みと隠蔽と罵倒と妬みと吝嗇と欺きと惑わしと驕りと殺害と無慚悔と無羞恥と心惛昧と心不寂静と不信と怠りと放逸と失憶念と散乱と不正知と後悔と睡眠と推求と推究とは付随的煩悩である。２のおのおのは２種である。」

 

怒りkrodha忿　　直接に他人に害をなされたときの怒り　　いきどおり　　　瞋の一部

恨みupanāha恨、ウパナーハ　　害を受けて怒った後にいだき続ける敵意の恨み　　復讐心　瞋の一部

隠蔽mrakṣa覆　自己の誤ちの隠蔽。後に後悔を生じ、憂いが生じる。痴の一部

罵倒pradāsa悩　相手の急所をつく荒々しい言葉を吐いて噛み付くこころ　怒りや恨みの結果

妬みīrṣyā嫉　　　相手の人を嫉み憤怒する

慳吝mātsarya慳　他人に物事を与えるのを惜しむこころ　　　ものおしみ　　　貪の一部

欺きmāyā誑　　　徳がないのに徳があるように振る舞って欺くこと。　欺瞞。

惑わしśāṭhya諂てん　　自己の過失を農楽里暮らしとして隠すために他人を惑わすこと　　心の邪曲

驕りmada憍きょう　己の性質（美・若・血・学など）を優れたものと考えて自己に執著する自己満足のおごり

殺害vihiṃsā害　　　生き物に害を与えるこころ　　害意　大善地法の「不害」の逆

無慚悔āhrīkya無慚むざん　　　罪を犯し、その不正を理解しながら、自らにその罪にはじらいのないこころ

無羞恥anapatrāpya無愧むぎ　　罪を犯し、その不正を理解しながら、他人に対してはじらいのないこころ　

心惛昧styāna惛沈こんじん　心が朦朧となって重く沈み対象を明確に知覚できない状態。

心を沈鬱で不活発な状態にさせる心理作用、またその状態]。　　大善地法の「軽安」の逆

心不寂静auddhatya掉挙じょうこ　心が浮動してしずまりのないこと　　止サマータ三昧ができない状態

不信āśraddhya不信　縁起と四諦の真理、三宝の徳、善の力を信ぜず、心の清らかでないこと。

怠りkauśīdya懈怠げだい　悪を断ち切り、善を修する努力を尽くせず、心が果敢でない怠惰なこころ。

放逸pramāda放逸ほういつ　貪瞋痴怠り４つの煩悩を防ぐことができず、善行に専心しないなまけるこころ。

失憶念muṣitasmṛtitā失念　　煩悩をともなった憶念のこころ　　　散乱の原因となる

散乱vikṣepa　　　　　　　　貪瞋痴により三昧の対象からはずれてこころが散乱する状態

不正知asaṃprajanya　　　　煩悩をともなった智慧　　

何を行うべきか、行ってはならないかを正しく知ることができないから罪を犯す原因となる働きがある

 

後悔kaukṛtya悪作おさ　　過去の悪い行いに対してその誤ちを悔いる心作用

睡眠middhaすいめん　　心が自由に働かず眠気に襲われ萎縮した状態

推求vitarka尋じん　　言葉を用いて「これは何か」と推究心の動き

意志cetanā思（具体的な行動を引きおこす意志作用）ではじまり、智慧（慧）で善悪を区別する。

推究vicāra伺し　　　言葉を用いずに尋より観察的で微細な心の働き

 

最後の４つは汚れをもつ場合と汚れをもたない場合がある。

 

 

受vedanāの感受作用

五識　苦・楽・捨upekkhā　　　　縁にしたがって生じたり生じなかったりする

意識　憂・喜・捨upekkhā　　　　　睡眠と気絶以外はつねに活動している

マナ識　　　　捨upekkhā　　　　　つねに活動している

アーラヤ識　　捨upekkhā　　　　　つねに活動している

 

 

第15頌

「５つの識は根本の識（アーラヤ識）において、縁にしたがって生ずる。それら５つは同時に生ずることもあり、同時でないこともある。それはあたかも水においてさまざまな波が生ずるようなものである」

 

縁にしたがって生ずる

因hetuは直接原因であり、縁pratyayaは間接的な補助原因である。

たとえば種子から芽が生ずる場合、種子が因であり、水・空気・土・光・温度などが縁である。

五識を生じる縁（間接的原因）は感覚器官、対象、こころを一定の対象に向けさせる作意manaskāraの作用である。

 

識の同時性

説一切有部では五識の同時的存在を認めないが、瑜伽行唯識派は８識の同時の働きを認める。

 

 

第16頌

「つねに意識は生ずる。ただし無想果と２つの定と無心の睡眠と気絶とをのぞく」

 

五識とともに働かない意識

１五識の直後に働くもの　　　五後の意識　　花を見た後に、その花は何であろうかと考える意識

２五識と無関係に働くもの　　独頭の意識　　

　　A三昧中の意識　　五識の働きは抑えられ、特定の対象のみに専注したときの意識

　　B未来や過去に思いをはせる意識　　　想い出、計画、白昼夢

　　C睡眠中に夢を見ているときの意識

 

無想果ā-saṃjñika　色界の第４禅天にある世界のこと

ここに生まれると500大劫kalpaの間無心の状態で生き続けるとされる世界

六識が生ぜず、特に想saṃjñika（一般観念、言葉、かご、構想）作用が働いていない状態。

こころを想saññāに代表させて、こころ（六識）が働いていないことを「無想」という名で呼ぶ。

多くの瞑想者はこの状態を涅槃（さとりの世界）と思い間違う。

 

２つの定

無想定a-saṃjñi-samāpatti　六識が滅せられる

滅尽定nirodhasamāpatti　　六識とマナ識が滅せられた瞑想

 

無心の睡眠　　　夢見ることなく熟睡している状態

無心の気絶　　　気絶して意識がなくなっている状態

 

以上の５位においては意識は活動しないが、そこから出ると再び意識は働く。

なぜならばアーラヤ識の種子から意識がふたたび生ずるからである。

５位においてもアーラヤ識はつねに活動している。

 

第17頌

「この識の転変は分別である。これによって分別されたものは存在しない。したがってこのすべては唯だ識のみものである。」

 

８つの識以外に存在するものはない。

外界に存在すると普通私たちが考える事物は、自己のこころをはなれて存在しない、という瑜伽行唯識派の大命題を証明する。

 

この識の転変は分別である

vijñāna-pariṇāma識の転変   the act of distinguishing transforma into others

転変はこころの活動のことで、ヴァスバンドゥ独自の術語。

初期仏教以来、あらゆる現象は因と縁とによって生じたもの、すなわち「因縁所生の法」であると考えられてきたが、ヴァスバンドゥは唯識という識一元論の立場より、そのような因縁所生の法を「識の転変」という言葉で表現しようとした。

自己のこころ、自己の肉体、山・川・大地などの自然を知覚するが、すべての現象はこころがこころ自身の内部で作り出した表象にすぎず、それら表象に対応する事物が外界に存在するわけではない、と考える。

素粒子を含めたあらゆる現象は、こころから独立して存在するものではない。

 

ヴァスバンドゥが名付けた「識の転変」とは分別vikalpaのことで、意識体の「こころの働き」すべてをいう。

またヴァスバンドゥがときには「妄分別」とも漢訳されるように、意識体の「まちがったこころのはたらき」「虚妄な認識」を意味する。

vikalpaとはvi２つに別れて＋kalpa考えるという語源である。

すなわち主観と客観との２元的対立のうえに、主観が客観を我他・彼此と考える作用をいう。

対して、瑜伽行唯識派は識のみの存在しか認めない識一元論の立場に立つ。

したがって、さまざまな認識対象はただこころのなかの表象にすぎないのに、それらはこころを離れて外界に実在すると考える意識体の思考のあり方をとくに「妄分別」abbūta-parikalpaとよぶ。

 

これによって分別されたものは存在しない

日常生活の中では、私たちは自己の心を離れて実在すると考えるさまざまな事物は、こころをはなれては存在しない。

たとえば、イチゴや自分という言語表象があるが、そのような表象に対応するイチゴや自分という事物がこころをはなれて存在すると考えている。しかしそのように考えられたイチゴや自分は実際にはこころを離れて存在しているのではない。それらはたんに「実体化された表象」にすぎず、存在するのは、そのような表象をもつ「こころ」のみである。

 

仏教では「ものごとはある」とみる見解、逆に「ものごとはない」とみる見解は、いずれも「極端な見解」anta（辺）として否定され、「ものごとはあるのでもなく、ないのでもない」という正しい中庸の見方（中道）をしなければならないと強調する。

「こころを離れて外界に事物が存在する」というのは「ものごとがある」という極端な見解として解釈する。

瑜伽行唯識派はアビダルマ（上座部仏教）もこのような見解をとる、と考えている。

このような極端な見解を否定するために、これによって分別されたものは存在しない、と説く。

 

これに対して、「ものごとはない」という極端な見解として「あらゆるものは非存在であり、こころも存在しない」とみる見解をとりあげる。

そのような見解をもつ人びととしての瑜伽行唯識派が意図したのは「般若経」に基づく「空」の思想を誤解して解釈して「すべてはまったく非存在である」とみる虚無主義を奉ずる人びとであった。

そのような極端な見解を否定するために

したがってこのすべては唯だ識のみものである　　一切唯識

を説く。

汚れと虚妄にみちた「識」は、その性質を変化して、真実を見抜く清浄なる「智慧」とならなければならないのであるが、すくなくても、この迷いの世界、現実の世界から逃れ出るためには、たとえ識が汚れに満ちていようとも、自己のこころを手段として実践生活、修行生活を送ってゆかなければならない。

教法に従い、ヨーガを修し、自己の身心の汚れを徐々に取り除いてゆかねばならない。

ヨーガ中における体験、すなわち「すべては識のあらわれにすぎない」という直接体験が識のみの存在を認める根拠になる。

「外界にあるのではなく、またこころはないのではない」とみる非有非無の中道、すなわち極端な見解におちいらないものの見方を強調する。

 

唯識の証明について

アビダルマ仏教では外界の事物の存在は構成要素（ダルマ）にわけられ、構成要素は実在すると考えている。

ではどのように外界に事物が存在しないことを唯識派はどのように証明できるのであろうか？

釈尊の教説である教証と、理論による証明である理証の２つがある

教証　釈尊の教説　　

１「三界は唯だこころのみである」華厳経

釈尊が菩提樹下でさとった内容を海印三昧という禅定に入ったまま説き示した。

 

２「慈氏菩薩、復た佛に白して言う：「世尊よ！諸毘鉢舍那．三摩地（samādhi）所行の影像（vipaśyanāsamadhi-

gocara-pratibimba），彼れ此の心（citta）と異なること有り（bhinna）と言うべきや？それとも異なることなし（a-bhinna）と言ふべきや？」

佛は慈氏菩薩に告げて曰く。：「善男子よ！異なることなしと言ふべし。何を以っての故に？彼の影像（pratibimba）は唯だ是れ識（vijñapti-mātra）なるに由るが故に。善男子よ！我れ、識の所緣は唯だ識の所現（ālambana-vijñaptimātra-prabhāvitaṃ vijñānam）なり、と說くが故なり。」

「解深密教」　　分別瑜伽品第六

 

 

「識の対象（所縁）は唯だ識によって現されたものである」という「唯識」の体験が毘鉢舎那(vipaśyanā の音訳。普通、観と訳す)というヨーガを実践する中で得られることに注目すべきである。

 

『解深密経』は、三解脱門（三三昧）に関して多くを語らず、僅かにこの段で採り上げているにすぎない。これは、菩薩の修得すべきヨーガの手法が「分別瑜伽品」に纏められているからであると思われる。

「地波羅蜜多品」は、菩薩が、言語化された七つの真如や五明処等に基づき、先ずは概念の枠内で勝義を捉え、これらを対象とする観察（毘鉢舍那）によって、言葉を徐々に脱落させ、完全に言葉を拭い去った時に、本来の勝義を洞察できると説いている。

このように、龍樹が『中論』で提唱した勝義諦は瑜伽行派によって修正を加えられ、「勝義諦相品」では、勝義には言葉では表現できない四つの特質があると体系化され、さらにこれを実際の修行で体得するための導入部として、「地波羅蜜多品」で敢えて言語化されたのである。

『解深密経』は、「勝義諦相品」で勝義を論理化し、「地波羅蜜多品」で修道面での教義を整えたといえる。

 

 

理論的証明の典型が「唯識二十論」であるので、理証の詳細はそちらを参照にすること。

　

 

第18頌

「じつに識はあらゆる種子をもつものであり、相互の力によってかくのごとくかくのごとく転変する。それによってあれこれの分別が生ずる」

 

一般的には、たとえばイチゴを見る場合、外界の事物であるイチゴと自分のこころを結びつけるのは、自分の中にあるイチゴの「表象」であり、その表象は、たとえイチゴという外界の事物そのままの形相をしていなくても、この事物からなんらかの影響を受ける。

 

対して、唯識派は外界に事物を認めないのだが、ではどうして、外界に事物がなくてどうしてイチゴを見るなどの視覚、さらにはさまざまな感覚ないし知覚や思考が起こるのか？

この解答が第18頌である。

 

じつに識はあらゆる種子をもつものである

アーラヤ識にはあらゆる存在を生みだす種子が蓄えられているので、別名は一切種子識と言われる。

種子とは、「自己の結果を生ずる特別な心的力」である。

たとえば目の前にイチゴが存在しないのになぜイチゴの像、すなわち観念が心のなかに生じ、目の前に浮かんでくるのか？

イチゴの観念もしくはすがた（相）は、それが現実化する前は、種子としてアーラヤ識のなかに潜在的に内在されていたと理解するのが唯識派である。

 

アーラヤ識は自分のこころをはじめ、自己の肉体だけではなく、自然をも生みだす。

換言すれば、こころはこころ自らの経験内容を自らの内部から創造できるということである。

アーラヤ識のなかには観念や表象を創り出し、それを構成する力があると瑜伽行唯識派は考え、その潜在的力として「種子」を考えるにいたった。

そして経験世界の多様性は外界の事物に由るのではなく、自己のこころが自ら生みだす観念によって多様化されたにすぎないと考える。

 

アーラヤ識の転変（まえより状態が異なること）

相互の力によってかくのごとくかくのごとく転変する。

アーラヤ識からさまざまな現実のこころ（分別）が生ずるわけであるが、その生成はアーラヤ識から一方的に生ずるのではなく、「アーラヤ識（深層意識）」と「現実のこころ（表層意識）」との相互因果的なはたらきによる、という。

転変とは具体的に

１アーラヤ識の種子が、現実のこころに変化することで、さまざまな分別を生みだすことができる状態になる。

２アーラヤ識が変化して現実のこころが生成し、それが感覚ないし知覚・思考などの働きをすること

この２つの変化（転変）とは、「アーラヤ識の転変」と「現実のこころの転変」のことである。

 

この２つの相互力によって、２つの変化（転変）つまり活動をし続けるのである。

たとえば何かを視る、考える、語る、行うといった行動（業）などの「現実のこころ」の活動は、そくざにその影響をアーラヤ識のなかにとどめる。その影響を種子bījaあるいは習気vāsanāという。

この種子はアーラヤ識のなかでまたつぎの現実の行為を生みだすべき状態にまで変化成長してゆく。

これを「アーラヤ識の転変」と呼ぶが、この転変を起こさせる原因は「現実のこころ」である。

 

たとえば、ヒトのこころのなかにさとりを得ることのできる可能性が先天的に備わっていると考え、その可能力を「無漏の種子」と呼ぶが、この種子が現実化するために、この種子を成長発達せしめるのが、「正しく釈尊の教えを聞くこと」（正聞）をはじめとする聖八道である。

善い行為はその影響をとどめるだけでなく、他の善い種子をも生長させる。

このように「現実のこころ」はアーラヤ識の転変の原因になる。

具体的には、私たちの喜び悩み、楽しみ苦しみ、語り考えるすべての行為は、一瞬一瞬に生じては滅していくのだが、いずれも深層心理としてのアーラヤ識を変化せしめる原因となる。

 

また逆にアーラヤ識は「現実のこころの転変」をおこす原因となる。

なぜなら「現実のこころ」のすべては、アーラヤ識のなかの種子から生ずるからである。

深層心理のアーラヤ識には、いまにも芽をふこう待ち構えている種子でみちみちている。

たとえば、ふと何かについて考える。だが、それを考えようとして考えたのではない。その考えを生みだす種子がなにかの機縁を得て、芽をふいたまでのことである。

 

アーラヤ識縁起

それによってあれこれの分別が生ずる

現実のこころの変化があり、それが原因となり、アーラヤ識の変化を引き起こし、その変化が原因となり、さまざまな分別が現実に起こってくる、という意味である。

 

ありとあらゆる存在は表層や深層に関わらず、すべては「こころの変化」である。

ではその変化をはじめておこさせたものは何か？またいつなのか？

 

仏教はこれに対して、始動因としての絶対者やカミをたてず、また時間については「無始」すなわち「始めなき永遠の過去のときより」と考える。

こころの変化の原因を仏教に求めれば「無明」である。つまり、「真理・真実を知らない」内的なこころの汚れであり、このこころの汚れを根本原因とし、さまざまなこころの相互関係によって永遠の過去より変化し続け、流動し続けているのが、この自己であり、この世界であると瑜伽行唯識派は考える。

 

瑜伽行唯識派では、

アビダルマ仏教の業、そして業kammaに由る自己と世界の生成が、

アーラヤ識の転変、アーラヤ識を根底にした縁起説として言い換えられている。

 

 

 

第19頌

「業の残気は２種の執著の残気をともなって、まえの異なって熟したものが滅するとき、ほかのひとつの異なって熟したものが生ずる」

 

第18頌では過去について説明し、ここではアーラヤ識より来世の自己がどのように生じるかについてのメカニズムを説いている。

業の残気

業の残気とは行為（業）によってアーラヤ識のなかにとどられた習気vāsanāのことである。

とどめられた残気という面を強調するときに習気vāsanāと呼び、原因を強調する時に種子bījaと呼ぶ。

業カルマ

サンスクリット語でカルマとは行為の意味である。

カルマには身体的行為、言語的行為、意識的行為の３つに分けられる。

意識的行為が具体的な形になると、身業、口業となるので、意識的行為を最も重要視する。

しかも行為をして善悪のどちらかに色付けされるところの意志cetanāをその本質とする。

 

この頌の業は善悪のどちらかである。なぜならどちらでもない業は未来の自己のあり方を決定する力はないからである。

善の業は天方面に、悪の業は地獄方面へと来世の自己のあり方を決定する。つまり現世の自己のアーラヤ識にある業の残気の性質いかんによって、未来の自己の生まれる世界が決定される。

 

業の残気は２種の執著の残気をともなって

2種の執著とは、認識されるもの（所取）への執著と、認識するもの（能取）への執著である。

認識されるもの（所取）への執著　　自己という実体がある、これは自分の肉体である　～の事物が実在する

認識するもの（能取）への執著　　　自己のこころに執著して、自意識が過剰になる

この2種類の執著は、主観と客観とを区別して、客観は客観として、主観は主観としていずれもその実在性をもつと考えてしまうことである。

これらの執着が概念を生みだす。

たとえば、認識するものと認識されるものと2つに分化する要因は「ことば」である。

言葉がなければ、このような認識は生まれてこず、このような認識は主客への執著がなければ始まらないのである。

逆から言うと、言葉を発するからこそ、この２つの執著がおこるのである。

この点に注目して、主客に執著することによってアーラヤ識にとどめられる残気を「ことばの残気」（名言習気）と呼ぶ。

「現実のこころ」の本質を言葉を用いた概念的思考であると考え、すべての種子すなわち残気を「ことばの種子」（名言種子）とも呼ぶ。どちらも同じものである。

 

たとえば「自己という実体がある、これは自分の肉体である　～の事物が実在する」という考えは、アーラヤ識にその残気をうえつけ、未来においてふたたび同じ考えをおこす。

 

来世においては、業の残気が自己存在を形成するときに天と地獄の方向性を決定するのに対して、言葉の残気（主体と対象への執著）は来世の肉体やこころの働きを形成する補助因となる。

 

まえの異なって熟したものが滅するとき

たとえば現世においてアーラヤ識が滅する時、という意味である。

換言すれば、死ぬ時、ということである。

仏教では死に関しても、「自らの業によって自らその結果を得る」という自業自得の法則を適用する。

現世においてヒトが死ぬのは前世において各人が行った業kammaの力が尽きるからであると考える。

１寿命をもたらす業力がつきるから死ぬ　　　天寿を全うした自然死

２富楽をもたらす業力がつきるから死ぬ　　　　自然死以外の死

という２通りの死に方がある。

 

 

輪廻の主体

瑜伽行唯識派は輪廻の主体はアーラヤ識だと唱えてたが、それは常住不変の自我、すなわちアートマン（我）なのではないかという問題が起きた。

言葉を変えれば、アーラヤ識は輪廻転生のあいだ、その主体として変わることなく存在するので、それは仏教が説く「無我」の教えに反するのではないか？という問題である。

 

「解深密教」では、「わたし（世尊）はおろかな人にはアーラヤ識を説き示さない。なぜならそれがアートマン（我）と考えてそれに執著することを恐れるからである」という頌がある。

 

「まえの異なって熟したものが滅するとき」　　でアーラヤ識が常住ではないことを説明し、

「ほかのひとつの異なって熟したものが生ずる」でアーラヤ識が断滅してなくなるものではないことを説明する。

 

仏教はAでも非Aのいずれとも取らない見方をする。　　　　　　　　　　　　　　　　非有非無の中道

それは存在だけではなく変化や動きに対しても同様である。

輪廻を繰り返す主体、すなわちアーラヤ識の動きも一定でも断絶でもない、とする。　　　非常非断の中道

 

 

第20頌

「あれこれの分別によってあれこれの事物が分別される。事物はじつに妄分別された存在態をもつものであり、それは存在しない」

 

３つの存在態　　３自性

１妄分別された存在態をもつもの

２他による存在態をもつもの

３完成された存在態をもつもの

 

あれこれの分別によってあれこれの事物が分別される

とは、妄分別された存在態をもつもののことで、概念や言葉を用いてさまざまな事物を考えることをいう。

たとえば、「これは自分のこころであり、これは肉体である。」「これはイチゴであり、それを視るのは眼という感覚器官である」「外界は山や太陽であり、それらは地水火風の四元素から成り立っている。」

「苦しみなき悟りの世界は涅槃である」などなどと、さまざまな事物を考える。

このように考えている時には、事物はこころをはなれて独自に実在すると考えている。

しかし、これが間違っているのは

事物はじつにであり、それは存在しない。　からである。

 

「妄分別された存在態をもつもの」は遍計所執自性と呼ばれ、それはたんに概念や言葉によって、あたかも実在するがごとく妄想されたものにすぎず、それはけっして存在しない。

 

ではなぜそのような事物は存在しないのか？

この証明が「唯識二十論」である。

教説に根拠を求める証明

「またじつにスプーティよ、凡夫や異生が執著するごとくには、さまざまの事物（諸法）は存在するのではない」

「般若経」

理論に根拠を求める証明

「認識対象に相違がないときでも、それを理解する人々のあいだに、たがいに相違した理解が生ずる、ということが現に認められる。しかし、ある１つのものに、たがいに相違する数多くの実体があるということは不合理である。したがって（ことばや概念を用いて）強いて存在すると考えられたものであるから、分別の対象は存在しないと知るべきである。」

スティラマティ（安慧）

 

第21頌ab

「しかるに分別は他による存在態をもつものであり、縁より生ずるものである」

 

分別は他による存在態をもつもの

分別とは「こころ」のことであり、具体的には六識とマナ識とアーラヤ識のことである。

なぜこれらの諸識は「他による存在態をもつもの」paratantra-sabhāva依他起自性と呼ばれるのか？

それは縁より生ずるものだからである。

分別すなわち諸識は、自己自身の力ではなく、自己以外の他力、すなわち因と縁によって生ずるからである。

 

たとえば、目をつぶっている状態から突然と目を開く。

すると眼前に机が目に飛び込んでくる。

たまたまそこに机があったという「縁」のたすけをかりて、机を視るという視覚がアーラヤ識にある種子すなわち「因」から生じてきたのである。

視覚そのものが机を見ようと思ったのではない。

その生成には視覚そのものの意志や力は何も働いていない。

すなわちその視覚は自らによるものではなく他によるものである。

視覚だけではなく、ありとあらゆるこころそのもの、分別そのもの、識そのものはすべて他による存在態をもつものである。

 

「妄分別された存在態をもつもの」は徹底的に否定されるが、

「他による存在態をもつもの」はある程度は肯定される。

なぜなら、中観派が「因と縁により生じたものは何らの存在性をもたない（無自性）」と考えるのに対して、

瑜伽行唯識派は「因と縁とより生じたものはなんらかの存在性をもつ」と考えるからである。

一切諸法決定皆無自性という極端な見解に反対し、現実のさまざまな経験が成立する根拠として、「こころ＝分別＝識の転変」の存在を認めようとする。

つまり唯識思想では、存在する事物といえば、「識の転変」つまり「分別」以外にない。

 

 

事物が生成する原因

生成された事物

その存在性

内容

遍計所執自性

parikalpita-sabhāva

分別

妄分別されたもの

認識の対象

存在しない

空華

構想された存在　

凡夫の日常認識

依他起自性

paratantra-sabhāva

因と縁

他によるもの

実際の作用

存在する

幻

相対的存在

縁起に依存する存在

自性がない

円成実自性

pariniṣpanna-sabhāva

因縁から分別が排除

完成されたもの

非有非無

虚空

絶対的存在

完成された存在

 

 

第21頌cd

「しかるに、他による存在態をもつものが前のもの（妄分別された存在態をもつもの）から常に離れていることが完成された存在態をもつものである」

 

完成された存在態をもつものpariniṣpanna-sabhāva円成実自性

pariniṣpannaはdevelopedや perfectという完全に完成されたものを表す。

またa-pariniṣpannaは「無有真実」と訳される「非真実」のことで、妄分別されたものを形容する語句なので、

pariniṣpannaは真実なるものを意味する語句であり、この完成された存在とは真実に存在するものである。

 

般若思想では、真実に存在するものを表すのに真如tathatā「ありのまま」という語句が好んで用いられた。

思考と感情のパターンが払拭された時、自己のこころに顕現してくるありのままの存在のことである。

瑜伽行唯識派の真実性は、般若思想の真如である。

それをpariniṣpanna完成されたという新しい語句を使ったのは、真如はたんに理論的に理解されるのではなく、ヨーガの実践を通して、こころのヴェールを一つ一つとりのぞいてゆくに従って真如はその相（すがた）を表して、完全に汚れを払拭したときに現れるものである、ということを強調するためである。

 

こころの質的変化を束縛するものたち

瑜伽行唯識派の立場から見れば、真実・真理もこころから離れては存在しない。

こころのあり方を質的に変化させることによってこころそのものが真理・真実となるのである。

具体的には、こころ（他による存在態をもつもの）の中から、あらゆる束縛（妄分別された存在態をもつもの）を取り除くことである。

束縛には２つある。

１アーラヤ識にひそむ汚れた種子に由来する情意的ないし身体的束縛。　貪り、怒りを生じる潜在的種子

２主観客観という二元対立のうえに生ずる、いわば知的な束縛。

こころを離れて外界の事物が実在すると考える。

　こころは刹那に生滅する流れの背後にはそれらを統一する固定的・実体的自己が実在すると考える

 

このように実在しないのに実在すると考えられた「事物」と「自己」に執着し、その結果としてさまざまな苦を味わいつつ輪廻転生をくりかえしてゆく。

 

第22頌ab

「それゆえに、完成された存在態をもつものは他による存在態をもつものと異なるのでもなく、異ならないのでもない。」

 

依他起自性と円成実自性の違い

完成された存在態をもつものとは悟り・清浄・真実の世界。　　　涅槃

他による存在態をもつものとは迷い・不浄・虚偽の世界。　　　　生死

 

小乗仏教では涅槃を「灰身滅智」と考え、身体がまったく灰となり、こころも完全になくなってしまう死後を涅槃とした。この生死の世界を否定したところに涅槃の世界が現出する。つまり涅槃と生死とは相異なった次元の世界であると考えた。

対して大乗を興した人びとは「生死即涅槃」すなわち「この苦にみちた生死の世界がそのまま安楽な涅槃の世界である」という大乗独特の思想を打ちだした。この背景には、現実の世界を離れて真理はけっして存在しないとみる在家信者たちの力強い現実肯定の精神が働いた。

 

唯識思想も基本的にはこの立場にたつ。

だが「生死即涅槃」の考えから一歩進んで、「３つの存在態」（３自性）説を用いて生死と涅槃の関係を新たな論理のもとにとらえなおして、「生死と涅槃は異なるものでもなく、異ならないものでもない」、という。

不異不一の根本的理由は「完成されたもの」（涅槃）とは「他によるもの」（生死）のなかから「妄分別されたもの」が取り除かれた状態であるからである。（第21頌）

こころ（他によるもの）のあり方いかんによって生死にも涅槃にもなりうることを両者の「不異不一」という表現で説明しようとする。

 

唯識思想では現象的存在一般を「法dharma」とよび、その本質を「法性dharmatā」という。

そして法と法性は不異不一である、ととらえる。

哲学的にいえば現象と本質との関係、宗教的にいえば俗と聖の関係、仏教的にいえば世間（生死）と出世間（涅槃）との関係がすべて「他によるもの」と「完成されたもの」との不異不一という関係でとらえられている。

 

もしも「完成されたもの」と「他によるもの」とが異なるとするならば、後者のなかから「妄分別されたもの」が取り除かれたとき、それがそのまま前者であるということがいえなくなる。

したがって、両者は不異である、という。

この場合の異なるとは両者はまったく隔絶され、私たちのいかなる実践的努力をもってしても、両者は相互に関係を結ぶことがない、という意味での相違である。

だが完成されたもの（真如・涅槃）と他なるもの（こころ・生死）は、そのように絶対的に隔絶されたものではなく、ただたんにこころのあり方の相違にすぎず、実践的努力によって後者から前者へと変革することができるから両者は「不異」である、という。

 

他方、もし両者が同一であるならば、完成されたものは、他によるものと同じく汚れたものとなり、逆に他によるものは完成されたものと同じく、清浄なるものとなる、という矛盾が生ずる。

したがって両者は同一ではない。つまり不一である、という。

この不一の面は、実践的努力が未だなされていない現実の世界から眺めたとき、生死と涅槃とは、価値観的に相異なっている点を指摘したものである。両者は相違しているからこそ、私たちは生死を抜けてでて涅槃に達しなければならない、つまり実践が必要となるのである。

 

完成されたものと他によるものの不異によって、涅槃と生死とが成立する場の同一性をいい、

同時に両者の不一によって、両者の実質的内容の相違を意味しようとした。

 

まとめると、「生死即涅槃」は静止的にとらえるべきではなく、動的ないし実践的に解釈すべきである。

１勝義諦 paramattha saccaの相と諸行の相との不異不一「解深密教」勝義諦相品第２

２相と真如との不異不一「瑜伽師地論」巻第72

３勝義諦＝円成実性＝真如と有相の法との不異不一「顕揚聖教論」巻第16

４五法（相・名・分別・正智・真如）のうち、相等の前４法と真如との不異不一「三無性論」巻下

 

 

 

第22頌c

「無常性などのごとくである、というべきである」

 

現象と本質の不異不一

仏教の３大主張（３法印）の１つである「諸行無常」とは、ありとあらゆる現象的存在をいい、無常とは、それらが生じては滅してゆく刹那的存在であることをいう。

つまり諸行とは現象であり、無常はその「あり方」（本質）をいう。

 

形容詞nitya「無常なる」を抽象名詞化したものが、nityatā「無常性」で、諸行は無常性の他に、苦性、空性、無我性という普遍的性質のあり方をもつ。

この共通した相を基準にして涅槃に至る宗派が唯識派であり、中国では「法相宗」と呼ばれた。

法（存在するもの）の相（特徴、特質・あり方）を究明する学派という意味である。

つまり現象とあり方、すなわち諸行と無常性は不異不一であることを体感する宗派である。

 

もしも諸行が無常性と異なるならば、諸行は常なるものとなる。

逆にもしも諸行と無常性が同一ならば、諸行はすでに滅して存在しない、という矛盾が生ずる。

したがって諸行と無常性とは不異不一である、という。

唯識思想では、「他によるもの＝法、こころ、識」であり、「完成されたもの＝法性、真如」であるととらえる。

そして、真如は識の実性、こころの真実のあり方であると考える。

 

 

第22頌d

「完成された存在態をもつものが見られないときには、他による存在体を持つものは見られない」

 

ひとたび真理・真実を見抜かないかぎり、現実世界が虚偽であることを真にさとりえない、ということを述べている。

日常生活において、この世の現象の世界は主客の二元対立のうえに成立し、主観としての自己と客観としての事物が存在すると考える。

たしかに、私たちは夢をもているかぎり、それが夢であることをさとることはない。目が醒めてはじめてそれが夢であったことに気づく。それと同じく、この現実の世界からさめたとき、すなわち「完成されたもの」「真実の世界」に目覚めてからはじめて現実が夢であったことをさとるのである。

 

１加行智　　　　　　　真如をさとるまでの修行の段階で働かせる智慧

２根本無分別智　　　　主観も客観もない絶対平等と一枚になりきるという真理に至る智慧

３後得清浄世間智tatprsha-labhi-laukika- jñāna　絶対を得た後に、再び具体的な世間の中で働く智慧

 

１　煩悩ある世間の智慧（有漏智）では、微細で先天的なマナ識の活動をおさえることはできない。

２　根本無分別智

あらゆる現象的存在をあたかも虚空のごとくに観察する

すなわちマナ識は活動しない。

虚空とは、その中にありとあらゆる現象的存在を取り除いた無限の空間をいう。

それは１つの存在物ではあるが、それ自体になんら「いろ」も「かたち」もない。現象界の雑多な差別の世界、しかも実在すると考えられた世界として映るが、根本無分別智のこころには、差別的相対的世界は消え失せ、「一味」なる絶対の世界が顕現する。

一味とは、真実絶対の立場では、すべてが同一平等であること

世間を越えた分別なき智慧lokottaranirvikalpa-jñāna出世間智のことで（lokottara世間 nir越えた vikalpa分別）さとりの智慧のこと

対象は煩悩によってバイアスがかかり偏見してしまう世間を越えたものであり、凡夫から聖者へと転換する。

 

３　根本無分別智を得た後に、ふたたび具体的な現象的世間を眺める智慧が後得清浄世間智tatprsha-labhi-　laukika-jñānaである。

「完成されたもの」を見た後に「他によるもの」を見る智慧であり、この智慧に「清浄」という形容詞が付加されている。

この智慧は清浄であるからこそ、真理・真実が何であるかを一度見抜いているからこそ、「他によるもの」の世界、すなわち現実の世界の本質を見抜くことができるのである。

私たちはこの世界を眺めるが、その本質を見極わめず、自己も外界も実在すると考えるのは、自己のこころが汚れに覆われ、存在がありのままに映らないからである。真如をみることによって、その汚れを焼きとるとき、世間は幻や夢のごとくに見えてくる。

仏陀すなわち覚者になってはじめて、この世界はただ識のみ、すなわちこころのみであると心底からさとることができる。

 

般若思想との相違点

１般若思想は一切諸法は皆無自性である、とみる。

２対して唯識思想は、一切諸法が決定的に無自性であるのではない、と説く。

それは３つの存在態、すなわち３自性を説く。

 

遍計所執自性（へんげしょしゅうじしょう, parikalpita-sabhāva）　　構想された存在　凡夫の日常の認識。

依他起自性（えたきじしょう, paratantra-sabhāva）　　　　　相対的存在、縁起に依存する存在　自性がない

円成実自性（えんじょうじっしょうpariniṣpanna-sabhāva）　　絶対的存在、完成された存在

 

唯識思想は「空」を根本的には主張するので、３つの存在態は各自の存在性は認められながらも、同時にその存在性は「空」という根本的立場よりとらえる必要がある。

 

そこで打ちだされたのが「３つの非存在態」すなわち「３無自性」説である。

第23頌

「３種の存在態（３自性）に３種の非存在態があることを意図して、あらゆる存在は非存在態をもつもの（３無自性）である、と説かれる」

 

「般若経」の「一切諸法は無自性であり不生不滅である」を唯識派では

３種の存在態（妄分別されたもの、他によるもの、完成されたもの）は非存在という無的なあり方をもつ、と理解する。つまり「一切諸法は無自性なり」と解釈する。

 

 

第24頌

最初のものは相としての非存在態をもつものである。またつぎのものは、それに自然に存在することがないからつぎの非存在態をもつのである。」

 

最初のものは相としての非存在態をもつものである

最初とは「妄分別されたもの」のことで、実際にはこころを離れて実在しないのに、概念や言葉で把握すると、さまざまな事物表象（想saññā）をこころのなかに浮かべ、それらに対して、自己・木・山・川、あるいはそれらが有るとか無いとかいう言語表象を付加して、それらを概念的に把握することである。

 

言語とは比喩である

言語は事物に固有の形相ないし特質そのものを直接表現することはできない。

言語は事物を比喩的に表現するにとどまる。

したがって言語によって把握された事物すなわち「妄分別されたもの」には固有の形相ないし特質がないという意味で相としての非存在態をもつものであるといわれる。

唯識派用語では、遍計所執自性は相無自性である、という。

 

相すなわち形相や特質の否定は同時に事物そのものの存在否定につながる。

漢訳の論書でしばしば「体相の無の故に相無自性である」と説かれる。

この場合の体相の原語は相と同じlakṣaṇaだが、この語をあえて「体」を付して訳すのは、たんに相の否定にとどまらず、「体」すなわち事物そのものの否定をも意図しようとしたためだと推測される。

「妄分別されたもの」は眼病者にみえる空中の華（空華）のように「畢竟無」である。

畢竟無とは過去に無く、未来に無く、現在にも無いということ。存在し得無いこと。

 

またつぎのものは、それに自然に存在することがないからつぎの非存在態をもつのである

「他によるもの」は「生としての非存在態をもつもの」という意味である。

依他起自性は生無自性である、ということである。

これは「こころ」の存在性は幻に喩えられるように、魔術師が行うトリックによって作り出されたものであり、現象そのものの自らの力によって自然に生じたものではない。

これと同じく私たちのこころも、他の力によって生じ、決して自らの力によって自然に生じたものではない。

すなわち、こころは、過去の業の影響（因としての種子）と現実のさまざまな機縁という他の力によって生じたものである。

忽然念起といわれるように、自己の意志とは無関係にさまざまなこころが去来して、つぎつぎと生じては滅してゆく。

このような他律的な面とその存在性のはかなさを「生としての非存在態をもつもの」と表現した。

 

 

第25頌ab

「かれはあらゆる存在物の勝義である。それゆえに真如である」

 

「かれ」とは「３つの存在態をもつもの」の最後である

「完成されたもの」が「勝義として非存在態をもつもの」である、という意味である。

円成実自性は勝義無自性である、ということである。

 

勝義paramaの解釈はいろいろあるが、

スティラマティは勝paramaすなわち出世間智、によって把握される義artha対象、と解釈する。

あるいは、「完成されたもの」は虚空のようにあらゆる場所において一味なるあり方をし、また無垢・無変化のあり方をしているから「勝義」である、とも解釈される。

換言すれば、真実性である。真実とは「真に有るもの」という意味だが、この有るは有・無相対の有ではない。

つまり「他によるもの」という現象的存在が存在する意味での「有る」とはまったく相違した意味での「有る」である。

つまり、勝義とは、一切法を否定したところに顕われる真なるものである。

このように否定を通して得られるという意味で勝義がそのまま無自性であると考え、円成実自性は勝義無自性である、という。

一切法とは現象世界すべてをいい、有・無相対の対立世界である。

その対立世界を無とした世界、すなわち勝義の世界は、もはや対立世界でないから、有・無相対が通用しない。

したがって、「完成されたもの」＝勝義が「有る」といっても、それはいわば「絶対的有」である。

換言すればそれは「絶対的無」に裏づけされた「有」である。

 

第25頌c

「一切時においてその如くに存在するから真如である」

 

「完成されたもの」の同義語　　勝義、真如

法界dharma-dāhtu

空性、実際、無相、不二性、無分別界、不可言性、不生不滅、無為、涅槃、法性

 

その如くに存在するからtathā-bhāvāt

真如tathatāであり、つねにその如くであるからnityantathāivaであり。

つまり「ありのままに存在するもの」である。

主観と客観との対立を滅した清浄なる智慧のこころに現れてくる、存在のありのままの相（すがた）である。

真如はいかなるとき、いかなる場所においても、つねに存在し、しかも変化することなく存在しつづける真実性である。

真如とは「聖智の所行、聖智の境界」「無分別智の境」「般若の境」

真如はブッディなのか、それともプルシャなのか？ブッディのように推察される。

 

第25頌d

「それがまさに唯識性である」

 

「完成されたもの」の同義語　　勝義、真如、そして唯識性

唯識性vijñapti-mātratāは「すべては唯だ識にすぎない」vijñapti-mātraに抽象名詞を作る接尾辞tāを付けたものであり、「唯識たること」が原意である。

 

pariniṣpanna-sabhāva円成実自性の解釈

１不変異avikāraとして完成されたもの　　　　不動の真如

２不顚倒aviparyāsaとして完成されたもの　　　誤認することなき無分別智・出世間智　主客未分で把握

 

それがまさに唯識性である

真理・真実すなわち真如を智慧（無分別智）とみる　　　　　スティラマティの解釈である現観

この場合の唯識性は客観としての真如ではなく主観としての無分別智として捉えている。

出世間智が唯識性である　　　　　　　　　　　ヴィニィータ・デーヴァ

唯識性は「如理作意に属する意言」である　　　　　　アサンガ「摂大乗論」

真諦は唯識性vijñapti-mātratāを唯識観と漢訳して、究極的真理に到達するための観法とみなした。

真理の世界に到達するための方便としてのこころであり、また到達しきったところのこころである。

 

 

第26頌

「唯識性に識が住しないかぎり、２つの執著を生ずる潜在力は消滅しない」

 

唯識は理論だけでなく実践も重視し、唯識を覚るためには５つの修行段階がある

１資糧位              順解脱分             

大菩提心を発してから唯識性を悟ろうと決意するまでの期間で，無上正覚を得るための糧を蓄える準備段階。

貯える（資糧）のは福徳と智慧

２加行位              順決択分             

もうすぐ真如をみることができるという期待が高まり，修行に一層の力を加える段階。

３通達位              見道      

はじめて主客未分の真如を直にみて聖者の位に入る。

４修習位              修道      

悟った後の修行（悟後の修行）で，悟る以前の修行にも劣らず大切。

この位で，阿頼耶識の煩悩種子を一つ一つ払拭し，深層の領域において自己を浄化する。

５究竟位              仏位      

最後まで，残った微細な煩悩を，金剛喩定によって滅し，次の瞬間に「仏位」に到る。      

 

 

五位のうち資糧位・加行位・通達位・修習位の４つが「因」で，最後の究竟位が「果」。

唯識の修行段階は，部派仏教の説一切有部で考えられた形式を採用し，内容的にアレンジしたもの。

 

唯識性に識が住しないかぎり、２つの執著を生ずる潜在力は消滅しない

資糧位の頌

こころはなぜ主観としてのこころと客観としてのこころに２分化するのかという疑問がある。

これに対する答えである。

 

こころの本性とは主観（能収、捉えるもの）と客観（所取、捉えられるもの）との二元対立がない状態である。

したがってこころがそのような本来的な一元のあり方に還るとき、「識は唯識性に住する」という。

２つの執著とは認識するものと、認識されるものである。

 

日常の認識のこころの働きは、その影響をアーラヤ識のなかにとどめる。それがanuśaya潜在力である。

随眠と漢訳される。

「有情に随逐し蔵識に眠伏する」と解釈されるように、つねに私たちにあい随い、深層的アーラヤ識のなかに潜伏しているもの、つまり「種子bīja」のことである。

この種子が潜在力となって維持され、未来においてふたたび主観と客観に２分化されたこころを生ずるからである。

 

 

なぜ現象世界は多様化されているのか？

なぜ主体と対象とが対立するのか？

なぜこころは２つに分離するのか？

唯識派は業（現実のこころの働き）と種子（その働きの影響）との相互因果関係によって説明する。

 

第27頌

「このすべては唯だ識のみであると理解するから、なにものかを現前に立たしめるので、唯だそれにのみ住しない」

 

この頌は唯識をたんに知的に概念的に理解すべきでないことをいましめたものである。

このすべては唯だ識のみであると理解する

外界には事物は存在しなく、存在するものは唯だ識であることを理解upalambha（概念的な理解）する。

たとえば人から聞いたり、経論を読んで知的に理解すること。

対してadhigama了解（通達）とは真理・真実と一体になりそれを直に認識する。

そのためには奢摩他（サマタ止観）や毘鉢舎那のヨーガ実践を通して、疑うにも疑うことのできない明晰判明な真理として理解する。

 

なにものかを現前に立たしめる

唯識たることをあくまでも観念としてとらえている段階のこと

 

唯だそれにのみ住しない

唯識たることを対象としてとらえているので、こころは主観と客観とに２分化され、こころはその本来の一元的なあり方に還っていない。

 

唯だそれにのみ住するとは、こころがこころのみに住することである。つまりいかなる観念や表象（image,

symbol,idea）をもつことなく、こころが本来の自己のあり方に復帰することである。

 

 

資糧位　　　「唯識」を信解する段階

「上求菩提・下化衆生」の菩提心を起こしたときから始まる。

資糧位では，特に「聞法」が重要視される。

「唯識」であると繰り返し教えを聞くことによって，唯識を悟ろうという強い意志が起こってくる。

資糧位では、「唯識である」ということを深く信解するが、いまだ「所能と能所とが空である」と悟っていない。

つまり、心が客観と主観とに二分化する可能力が心の中に残っており、「唯識性」に完全に住していない状態である。

「於二取随眠　猶未能伏滅」＝二取の随眠に於て、猶未だ伏し滅すること能わず。

 

唯識を信じる動因：『述記』には、因・善友・作意・資糧の４つが説かれる。

「因」：因縁の因で、因は自分の行為すなわちカルマであると考えられてきたが、唯識では因はすべて阿頼耶識に蓄えられた種子と捉える。種子には２種類ある。

１本性住種姓       無始以来、阿頼耶識にある無漏の種子

２習所成種姓       自らが努力することによって得た種子

 

「善友」：諸仏に逢うこと、言い換えればよき人に出会うこと。

「作意」：唯識であるということを思考を通して決定的に信じる。

「資糧」：福徳・知徳の２種を指す。

 

資糧：資糧位とは、最終的な悟りを得るための助けとなる糧を自分自身の中に植え付けていく、貯えていく修行段間。この資糧に２つある。

福徳資糧              智慧以外の領域ですばらしいあり方。例：禅宗の修行では作務が重要視されるが、これも福徳を積むための修行と言える。

智慧資糧              知性の面ですばらしい貯え。例：学問する、経典を読んで知識を貯える。（福徳の中で特に知性的な面とも言える。）

 

いずれにしても行住坐臥（行：歩くこと、住：止まること、坐：坐ること、臥：臥せること。転じて、日常・不断・始終などの意）という四威儀（いいぎ。規則にかなった正しい行い）の中で展開していく資糧が重量。

 

 

資糧位の段階

この段階では、「唯識の理を勝解する」＝一切は心の現れにすぎないのだという真理を勝解する、にとどまる。

真如を前面に押し出してくるのが、「釈尊の悟りに返れ」と訴えた般若経典群を作り大乗を興した人々。

唯識は、その延長線上にあるので、真如を重視する。

 

勝解 (adhimukti)。アディ＝力強い、ムクティ＝悟り、解脱。別名「信解」。

完全に悟ったという意味ではなく、まだ修行の初めの段階であるから、信じることによってある程度救われている、というような力強い信仰のあり方。

唯識の理を疑うことなく決定的に、確定的に信じ、いかなる論敵者が来ようと、決してその信仰を崩さない、というような信仰段階。

 

二取随眠（二つの随眠）

２つの執着を生ずる種子。煩悩の種子。

二取の「取」：「所取」の取（対象への執着）と「能取」の取（主観への執着）。

両者とも、その熏習した種子（習気）を随眠という。

これらを止滅（伏滅）しないかぎり、主観と客観に二分化する。

 

 

 

 

第28頌

「ところで識が対象を認識しないとき、そのとき唯識性に住する。なぜなら認識されるものが存在しないときは、それを認識しないからである」

 

加行位の頌

識が対象を認識しないとき

こころが、色や形、あるいは音や香りなどをこころを離れて存在するものとしては見たり聞いたり嗅いだりしないことをいう。

あるいは「すべては唯だ識である」という教説を観念としてこころのなかにたてないことをいう、すなわちこころのなかから認識対象がなくなったとき、そのとき唯識性に住する、という。

唯識性に住するとは、自分のこころの本性（唯心）に住することである。

 

原因を認識されるものが存在しないときは、それを認識しないからである、と説く。

瑜伽行唯識派は、認識作用を構成する２つの要素、すなわち認識するもの（能取grāhaka）

と認識されるもの（所取grāhya）は相依関係であり、一方の存在の上に他の存在が可能である。

すなわち「認識されるもの（所取grāhya）が存在しないから、認識するものも存在しない」

と結論する。

この思想はのちに中国にはいって「境識倶泯」とよばれ、こころが主客の対立をなくす論理的根拠とした。

しかしこの「境識倶泯」は論理的に導き出されたものではなく、ヨーガ行者の体験から演繹されたものである。

瑜伽行唯識派の修行には「唯識観」とよばれるものがあり、主客の対立がない未分の状態を認識する観法である。

そして最終的にはこの「主客未分を認識する」をもなくす修業をする。

 

マイトレーヤの「中辺分別論頌」の「法法性分別」では

１唯識の認識　　　　　　主客未分の体感　　　まずはこころのなかで操作される観念

２対象の非認識　　　　　こころを離れて存在すると考えられていた認識対象の存在が否定される

３唯識の非認識　　　　　認識対象が否定されるから、認識する識の存在も否定され、唯識がなくなる

の段階を経ると説かれている。

 

 

第29頌

「これは無心であり無得である。そしてそれは出世間智であり、所依の転である。２種の麁重を断じたから。」

第30頌

「これがまさに無漏であり、界であり、不思議であり、善であり、堅である。これは楽であり、解脱身である。これは大牟尼の法といわれる」

 

スティラマティはこの２頌はヨーガ行者の

見道　　　　　真理を見る段階

勝進道　　　　されに修行を進める段階　　　　　　　修習位              修道

果円満　　　　修行が完成し仏陀となる段階　　　　　究竟位              仏位

の３段階を表したものと註釈している。

「成唯識論」では29頌が修習位、30頌が究竟位を表したものと解釈している。

 

 

これは無心であり無得である。

認識するものが存在しないから無心であり、認識されるものを認識しないから無得である、という意味。

 

そしてそれは出世間智であり

唯識性に住したこころは、世間においておこることがなく主客未分（無分別）であるので、出世間智という。

この智は、真理・真実すなわち真如と1枚になりきったこころである。

そして修習位において、この智をたびたびおこすことによってしだいにしだいにこころのなかの汚れをとりのぞいてゆく。

なお、真如そのものをみる智を根本無分別智といい、それ以後にふたたび世間の中で働く智のことを「後得清浄世間智」という。

 

所依の転である。

所依āśrayaとは自己存在を汚れた状態から清浄なる状態に変化せしめる過程あるいは結果をいう。

ā＋√śriたよる、依るからできた名詞形であり、「ある何ものかがそれに依りかかるところのもの」が原意。

この文脈では、身体とこころからなる人格的個体をいう。

それは五蘊（色・受・想・行・識蘊）のことであり、識のみしか認めない瑜伽行唯識派の立場からすれば、根源的識であるアーラヤ識をさす。

スティラマティはこの文脈での所依は、あらゆる種子をもつアーラヤ識であると註釈している。

 

所依の転じる、とは所依を変化することである。

自己存在全体を「汚れ」「迷い」の状態から、「清浄」「悟り」の状態へと変化させることである。

 

その変化の具体的内容を

２種の麁重を断じたからと説く。

２種の麁重とは煩悩障（情意的なこころの汚れ）と所知障（知的なこころの汚れ）のこと

麁重はアーラヤ識にある煩悩の種子で、自己存在を根源的に束縛する潜在力であり、その潜在力が具体的に働いて、身体的にも精神的にも不自由となった状態をいう。

煩悩障（情意的なこころの汚れ）の起源は「自我は存在する」とみる執著から

所知障（知的なこころの汚れ）の起源は「こころ離れて事物は実在する」とみる執著から

この障害を生みだす２種の潜在力（種子）をアーラヤ識のなかからなくすことを「麁重を断じる」という。

これが転依のプロセスの具体的内容である。

 

転依した結果で得られるものはスティラマティの註釈では、

１　身心の不堪能性　　　　身体とこころとの自由

２　法身　　　　　　　　　真理としての身体　　　

３　無二智　　　　　　　　主客の対立なき智慧

「成唯識論」では

１煩悩障（情意的なこころの汚れ）を断じて涅槃を得る　　煩悩の火が吹き消え、平安でやすらぎにみちた状態

２所知障（知的なこころの汚れ）を断じて菩提を得る　　　真理・真実をさとる智慧

この涅槃と菩提の２つを得ると輪廻転生の苦しみから逃れて安楽な世界に住することであり、無明の闇におおわれて無知蒙昧であることから逃れて、真実を見抜く智慧を得ることである。

 

唯識説：仏の四智　　　　転識得智（てんじきとくち）

 

識一元論の立場から、転依とは「識を転じて智を得ること」（転識得智）と定義される。

具体的には修行の結果悟りを開き仏になると、8つの「識」は「智」に転ずる。

 

前五識は成所作智（じょうしょさち）に

意識は妙観察智（みょうかんざつち）に

末那識は平等性智（びょうどうしょうち）に

阿頼耶識は大円鏡智（だいえんきょうち）に転ずる。

 

転識得智の考え方は天台宗や真言宗、チベット密教のニンマ派にも受け継がれている。

 

 

 

 

これがまさに無漏であり

すでに所依を転じたものはあらゆる悪の種子をなくしてしまったのであるから漏（ろ）すなわち「こころの汚れ」（煩悩）がおこらないことをいう。

界であり

この文脈の界dhātuとは原因hetuという意味で、釈尊が説かれた教法（聖法）の原因となることをいう。

釈尊の教法を「12分教」と総称し、この教法は、根源的な真実界にその存在根拠を有すると瑜伽行唯識派は考え、その真実界を「法界」とよび、釈尊の教えはこの法界から流れでたものと考えて十二分教のことを法界等流の法とよぶ。

 

十二部経dvādaśāṅgadharmapravacana

仏(ぶつ)所説・如来(によらい)所説の教法を内容・形式によって分類したもの。

伝承により多少の異同がある。十二分教(じゅうにぶんきょう)、十二分聖教(じゅうにぶんしょうぎょう)とも。

 

１修多羅(しゅたら、sūtra、契経(かいきょう)) ：教説を直接散文で述べたもの

２祇夜(ぎや、geya、重頌(じゅうじゅ))： 散文の教説の内容を韻文で重説したもの

３和伽羅(わがらな、vyākaraṇa、授記)： 仏弟子の未来について証言を述べたもの

４伽陀(かだ、gāthā、諷頌(ふじゅ)/偈)： 最初から独立して韻文で述べたもの

５優陀那(うだな、udāna、自説経)： 質問なしに仏がみずから進んで教説を述べたもの

６伊帝曰多伽(いていわったか、ityuktaka、itivr̥ttaka、本事(ほんじ)、如是語とも)： 仏弟子の過去世の行為を述べたもの

７闍多(じゃーたか、jātaka、本生(ほんじょう))： 仏の過去世の修行を述べたもの

８毘仏略(びぶつりゃく、vaipulya、パーリ語: vedalla、方広(ほうこう))： 広く深い意味を述べたもの

９阿浮陀達磨(あぶだだつま、adbhutadharma、未曾有法(みぞうほう))： 仏の神秘的なことや功徳を嘆じたもの

10尼陀那(にだな、nidāna、因縁)： 経や律の由来を述べたもの

11阿婆陀那(あばだな、avadāna、譬喩(ひゆ))： 教説を譬喩で述べたもの

12優婆提舎(うばだいしゃ、upadeśa、論議)： 教説を解説したもの

 

『本事経』(巻5)、『摩訶僧祇律(まかそうぎりつ)』(巻1)やパーリ聖典は九分教を伝え、

『長阿含』(じょうあごん)(巻3)、『中阿含』(巻1)、『雑(ぞう)阿含』(巻41)、『四分律』(巻1、『五分律』(巻1)、『大智度論』(巻25)その他の大乗の諸経論には十二部経の名を伝えるものが多い。

パーリ聖典の優陀那(udāna)や漢訳の『本事経』(如是語)のように一つの聖典にまとまっているものもあるが、文学的ジャンルを示すと言える。

『広説佛教語大辞典 中巻』 中村元著 東京書籍。

 

不思議であり

所依を転じたものは概念的思考の対象とはならず、（尋思を超過する）、各人が自らのこころで内的に直接体得すべきものであり（自内証）、いかなる譬えによってもそれを表現することができないから不思議という。

善であり

善とは清浄なる対象であり、安穏なるものであり、煩悩なき無漏の法から成り立っているから善という。

堅である

堅は尽きてなくなってしまうことなくつねに存在し続けるから堅という。

 

これは楽であり

楽とはつねに存在し続けるから楽であるという。なぜなら無常なるものは苦であるが、この所依を転じたものは

つねなるものであるから楽である。

解脱身である

声聞と独覚の者は、情意的な汚れ、すなわち煩悩障を断ずるから解脱身という。

これは大牟尼の法といわれる

ブッダすなわち覚者は情意的な汚れに加えて知的な汚れ、すなわち所知障（知的なこころの汚れ）をも断じるから「法身」と称される。

つまり声聞と独覚の2乗（小乗）の人びとはたんに煩悩障を断じて解脱身を得るのに対して、

大乗の人びとは所知障をも断じて法身を得る。

なお、最高の寂黙性を有するから大牟尼（muni沈黙した人）といわれる。

 

 

唯識三十頌の註釈者たち

玄奘は10大論師（調折伏天、無性などは含まれていない）のうちダルマパーラ（護法）を正統説とする立場として、他の諸説を批判的に織り込んで作り上げたのが「成唯識論」10巻。

玄奘がインドで師事したシーラバドラ（戒賢）の師がダルマパーラであったためである。

ダルマパーラ（護法）は南インド出身でナーランダ大僧院の学長32歳で夭折

 

瑜伽行唯識派の源

文献では「瑜伽師地論」と「解深密教」

人物ではマイトレーヤ（弥勒）

 

 

インドにおける発展と分派

３派

無相唯識派　グナマティ（徳慧）　　スティラマティ（安慧）　　玄奘の翻訳　　法相宗　　識一分説

有相唯識派　ディグナーガ（陳那）南インド出身　６識のみ　　　真諦の翻訳　　摂論宗　　識三分説

識二分説　　難陀→勝軍

 

 

無相唯識派と有相唯識派

すがた（相）をどう解釈するのか？

眼の前のコップを知覚するとき、コップという像すなわち相（ākāra）がこころのなかに現れる。

この表象すなわち影像を一般的インド哲学ではākāra（相もしくは行相と漢訳される）という。このファイルでは形相と訳している。

コップのākāra（相）は、こころの外に存在するコップに属するのか、それともこころの側に属するのか？

無相識論　コップを知覚するとは、外界に存在するコップのākāra（相）をそのまま認識すると考える。

有相識論　こころのなかに生じたākāra（相）によって、外界のコップの存在を推量する、と考える。

 

無相識論nirākāra-jñānavāda　ニヤーヤ学派、バーッタ・ミーマーンサー派、毘婆沙師

有相識論sākāra-jñānavāda　　サーンキヤ学派、ヴェーダーンタ派、経量部、瑜伽行唯識派

 

無相唯識派nirākāra- jvijnānavādin  こころの中のākāra（相）を非実在であり虚偽であるとみなす

有相唯識派sākāra-jvijnānavādin　　　 ākāra（相）は一方的に否定されるべきものではなく実在する

ākāra（相）を無相唯識派は「妄想なるもの」と、有相唯識派は「他によるもの」とみなすのが相違点。

 

マイトレーヤからヴァスバンドゥまでは無相唯識派の立場。

それを継ぐスティラマティ、11cのラトナーカラシャーンティ、8cのシャーンタラクシタ。

こころのなかに現れる種々の表象・形相の虚妄性の自覚から出発して、その虚妄なるものの奥に存在する相なき世界、すなわち「無相の真如」を認識の対象とすることによって真実界に到達することを目的とする。

換言すれば、具体的実践によって現象を否定し、それによって現象の本質に迫ろうとする。

現象の本質を「真如」あるいは「如来蔵」とよぶ。

真諦パラマールタが如来蔵を重要視するのも無相唯識派の特徴を示す、１つの例証となる。

 

有相唯識派のディグナーガ（陳那）は論理学の大成者であり、実践よりも論理によって「唯識」の理を証明しようと努めたことに有相唯識派が生じた根本原因を見出すことができる。

なぜなら、こころのなかに顕現する事象の形相は、他者にそれを伝える場合、ことばとなって表現される。

そしてことばによる認識ないし判断によって真実に迫ろうとするのが論理学の目的である。

この際、自己のことばによる論理が他者にみとめられるためには、自己と他者の間になんらかの共通性がなければならない。この共通性をディグナーガはこころの中に現れる形相ないしことばに求め、依他起自性とみなして、その存在性をみとめたといえる。

チベットではこの有相唯識派の流れをくむ「論理追従派」がダルマキールティに連なっていく。

 

 

中国における発展と分派

地論宗　菩提流支ボーディルティ

摂論集　真諦　　　　　　　　　　　　阿頼耶識は真妄和合の識　　純浄で無垢なる第九阿摩羅識

法相宗　玄奘

 

日本における発展と分派

悉有仏性説と五姓各別説

悉有仏性説と五姓各別説の融合を、仏性を理仏性と行仏性に分けることによって解決する。

理論としては無為の真如があらゆる人びとにそなわっているが、修行すなわち実践的には、有為の本有の無漏種子を持つ人ともたない人があり、成仏するかしないかは後者の行仏性を有するか有しなかいかによる。

 

有為（梵: saṃskṛta、巴: saṅkhata

(1)因（直接条件）と縁（間接条件）が合わさって造作された無常なる生滅・変化してやまない現象的存在を意味する仏教用語。

有為の法（ダルマ）のことを有為法（ういほう、梵: saṃskṛta-dharma）と呼ぶ。

これに対し、さまざまな因果関係・因縁によって造られたものでなく生滅変化を離れた常住絶対の法を無為（むい、梵: asaṃskṛta）という。

有為はまた、(2)人為的なあり方を指す老荘思想の用語でもある

 

一般的には五蘊が有為法であるとされるが、五位七十五法や五位百法ではそれぞれの有為法が説かれる。

法を大別したうちでは色法と心法と非色非心法が有為法に該当し、これらを三有為という。

 

本有の有　サンスクリット語 bhavaの訳で「存在」の意。衆生の存在のあり方を期間別に4種に分類したもの。

(1) 死んでから次の生を受けるまでの期間である中有

(2) それぞれの世界に生を受ける瞬間を意味する生有

(3) 生を受けてから死ぬまでの一生の期間である本有

(4) 死ぬ瞬間を意味する死有の4種をいう

 

 

法華経の「無一不成仏」解釈

「一として成仏せざるなし」一切成仏の一乗思想　　　　　天台宗の良源　　　　悉有仏性説　

「無の一は成仏せず」　　　　無姓有情は成仏しない　　　仲算（935－976）　　五姓各別説

仲算の解釈とするのが主流となる

 

 

 

西洋思想とヴァスバンドゥ

明治初期の日本において、ヨーロッパ文化に触れた日本人の最大の驚きは、日本とは質の違う知と情（信仰）であり、それらの硬質性であった。

この硬質性は、ヨーロッパの「起源」と「歴史」に依拠している。

ヨーロッパの関心は、体の外にある現象である客体へと向けられており、知は哲学に、情は宗教として捉えられて、自己意識である主体はますます硬く強く築き上げられる。

そのような環境の中で、欧州人も各自の迷いと弱さと苦しみに気づいているが、負の源であるヒトの心の内部にスポットライトを当てることは少なかった。

対して、古代インドでは、知と情を分けず、さらに内と外を分けず、根源を求めず、スポットライトは各自の心のはたらきに当て、心を分析し解明する。

その突端が上座部仏教であり、負なる存在としてのヒト、苦を本質とする人生を、仏教のスタートとする。

 

欧米の分析が物質に特化したが、対してアジアの分析はヒトの心に特化した。

ヴァスバンドゥは心の分析を倶舎論としてまとめた。

心の要素である心所を探求し、迷いの根源を追求し、その種子である業kammaを解明し、それを除去する実践法を毎日営む。

業kammaは「行為の総体」であるので、ヨーロッパの「存在と認識」を基準にして思考をはじめる哲学と信仰とは領域が異なる。

ヨーロッパのベースは不動で静止した根源的なものとする観念であるのに対して、インドのベースは流動的で生滅変化し続けるダルマ（宇宙のありよう）である。

 

ヴァスバンドゥは大乗仏教に転向することで、倶舎論にまとめた形式的整合性から、阿頼耶識の常に変化し続ける流動的変化性に礎をおいて、瑜伽唯識派を導いた。

 

 

ライプニッツのモナドに近接し、ばらばらに独立した一種のアトミズムに陥り、無秩序と混乱の末に粉砕してしまうという危惧を、ライプニッツは予定調和（harmonie preetable）を用意し、その底には創造と維持を司る絶対者の神がいる。

 

しかし唯識にはその類を欠く。

唯識は悪しきアトミズムからの救出に、行為（業kamma）を拡大した共業を想定しても、それは論理への借り物に近い。

 

 

 

 

 

 

 

　

āā ḿṭḍḷṇṅñṭṭññāīūṃ　 Ā　 ṇaṃ　　　　ś　ṣ　 ḍ　ṛ ḥ

 

 

主観と客観

 

原始仏教

アビダルマ

唯識

唯識

主観　主体

心citta

能縁ālambaka

ākāra行相

能取grāhaka　　　主体への執著

客観　対象

境　artha

所縁ālambana

ālambana所縁

所取grāhya　　　 対象への執著

 

西洋哲学では主観と客観はいずれか一つで単独に存在できるものとして考えられている。

仏教では主観と客観は相互依存関係をもつものとして把えられている。

一切唯識の立場から、存在を認識論的に把えようとした。

 

唯識は自分の心（主観、末那識）が自分の心（客観、五境）を見ていると把えた

 

4種の心的領域　四分説　　　　客観と主観の背後に、さらに別の心的作用を設定する

 

分

主観・客観・総合観・観察者

内容

唯識

サーンキヤ

１　　　　　

相分

客観としての心的部分

 

五境

五唯・五大

２　　　　　

見分

主観としての心的部分　　　　　　　　　　　　　　　

相分を把握し認識

意識・前五識

五感と

表層意識

３

自証分

客観と主観を同時に見ている心的部分　　　　

主客に二極化する以前

末那識

個我意識

４

証自証分

自証分を見ている心的部分

 

阿頼耶識

 

 

 

 

 

 

Triṃśikā Vijñaptimātratā

Translated from Taishō Tripiṭaka volume 31, number 1586

1.           From the delusion of self and dharmas,
Comes the conveyence of various manifestations;
These are supported and transformed by consciousness,
And there are only three of these which may transform.

2.           These are retribution, thought,
And the perception of external objects.
The first of these is the Ālaya Consciousness,
Which is retribution as well as all the seeds.

3.           Its grasping, location, and knowing are imperceivable,
And it is always associated with mental contact,
Attention, sensation, conception, and thought;
It is associated with neither pleasure nor pain.

4.           It is undefiled and morally indeterminate;
Mental contact and the others are also like this.
Its conveyence is like that of a flowing stream,
And it is abandoned in the stage of the arhat.

5.           Next is the second which is able to transform,
And this consciousness is called Manas.
It is supported by the previous conveyence,
And its character and nature are that of thought.

6.           It is always associated with the four vexations,
Which are delusion of a self, perception of a self,
Identity with a self, and love of a self,
As well as mental contact and the others.

7.           It is defiled and morally indeterminate,
And its location is bound to that of life.
In the Nirodha Samāpatti of the arhats,
And in the Supramundane Path, it does not exist.

8.           Next is the third which is able to transform,
Which is distinguished into six different divisions;
Its appearance and nature are perceiving external objects,
And these may be good, bad, or indeterminate.

9.           It is associated with omnipresent mental activities,
With the external objects, the good, the vexations,
The secondary vexations, and the undetermined,
And it is associated with all three feelings.

10.        Omnipresent mental activities are mental contact, etc.;
Next are those with objects, which are desires,
Determination, mindfulness, samādhi, wisdom, etc.,
And the object of each of these is not the same.

11.        The good are faith, conscience, a sense of shame,
The three roots such as desirelessness, etc.,
And also vigor, peacefulness, vigilance,
Equanimity, and harmlessness.

12.        The vexations are desire, hatred,
Delusion, pride, doubt, and wrong views.
The secondary vexations are anger,
Hostility, obscuration, anger, jealousy, greed,

13.        Deceit, harmful flattery, arrogance,
Lack of shame, lack of conscience,
Acting upon agitations, torpor,
A lack of faith, laziness,

14.        Negligence as well as forgetfulness,
Distraction, and incorrect knowing.
The undetermined are remorse, sleep,
And both types of initial and sustained thought.

15.        With their basis in the root consciousness,
The five consciousnesses manifest according to conditions;
These manifestations may occur together or separately,
Just as waves are formed upon the water.

16.        The thought consciousness always manifests
Except for those born in the heavens of no-thought,
For those in the two samādhis without thought,
And for those who are drowsy or unconsciousness.

17.        These various consciousnesses are transformed
As discrimination and that which is discriminated,
And with this basis they are all empty—
Thus they are all Consciousness Only.

18.        Through the consciousness of all seeds,
There are such-and-such transformations,
And from the power of this conveyence,
This-and-that are produced by discrimination.

19.        Due to the habit energy of various actions,
Along with the habit energy of dualistic grasping,
Even when earlier retributions are exhausted,
Still the renewed arising of retribution occurs.

20.        From this and that imagination,
One imagines all kinds of objects;
These pervasive imagined objects
Are without actual self-nature.

21.        From the self-nature of interdependence
Comes discrimination arising from conditions;
The perfection of the fruit comes from
Always being apart from the former nature.

22.        Therefore in relation to the interdependent,
It is neither different nor is it not different,
Just like the nature of impermanence, etc.,
And when one is not perceived, the other is.

23.        On the basis of the three kinds of self-nature
Is established the threefold absence of self-nature;
Thus the Buddha spoke with the hidden intent
That all dharmas are without nature.

24.        The first is the naturelessness of characteristics,
The next is the naturelessness of self-existence;
The last is the detachment from the first,
When the natures of self and dharmas are grasped.

25.        This is the ultimate truth of all dharmas,
And it is also the same as True Suchness.
Because its nature is eternally so,
It is the true nature of Consciousness Only.

26.        So long as one has not given rise to the consciousness
Which seeks to abide in the nature of Consciousness Only,
Then regarding the two types of grasping dispositions,
He is still not yet able to subdue and extinguish them.

27.        Setting up and establishing even something small
And saying this is the nature of Consciousness Only,
Because there is still something which is grasped,
It is not truly abiding in Consciousness Only.

28.        When one regards that which is conditioned
With the wisdom of total non-appropriation,
Then at that time one abides in Consciousness Only,
Apart from the duality of grasping at appearances.

29.        Without grasping and not conceptualizing—
This is the wisdom of the supramundane realm
Which abandons the coarseness of duality
And naturally attains transformation of the basis.

30.        This itself is the realm of no outflows,
Inconceivable, good, and eternal,
The peaceful and blissful body of liberation,
And what the great Muni called the Dharma.

 

translated by Lapis Lazuli Texts

Taishō Tripiṭaka volume 31, number 1586. Translated originally by Xuanzang in 648 CE. This work is commonly called Thirty Verses on Consciousness Only, and is a core text of the Consciousness Only school of Buddhism, also called Yogācāra or Vijñānavāda. The thirty verses in this work were composed by Vasubandhu Bodhisattva in order to teach the subtle truth that all perceived phenomena are manifestations of consciousness.

 

 

1.   From the delusion of self and phenomena,
Comes the conveyence of various manifestations;
These are supported and transformed by consciousness,
And there are only three of these which may transform.

2.    These are retribution, thought,
And the perception of external objects.
The first of these is the Ālaya Consciousness,
Which is retribution as well as all the seeds.

3.    Its grasping, location, and knowing are imperceivable,
And it is always associated with mental contact,
Attention, sensation, conception, and thought;
It is associated with neither pleasure nor pain.

4.    It is undefiled and morally indeterminate;
Mental contact and the others are also like this.
Its conveyence is like that of a flowing stream,
And it is abandoned in the stage of the arhat.

5.    Next is the second which is able to transform,
And this consciousness is called Manas.
It is supported by the previous conveyence,
And its character and nature are that of thought.

6.    It is always associated with the four vexations,
Which are delusion of a self, perception of a self,
Identity with a self, and love of a self,
As well as mental contact and the others.

7.    It is defiled and morally indeterminate,
And its location is bound to that of life.
In arhats, in the Nirodha Samāpatti,
And in the Supramundane Path, it does not exist.

8.    Next is the third which is able to transform,
Which is distinguished into six different divisions;
Its appearance and nature are perceiving external objects,
And these may be good, bad, or indeterminate.

9.    It is associated with omnipresent mental activities,
With the external objects, the good, the vexations,
The secondary vexations, and the undetermined,
And it is associated with all three feelings.

10. Omnipresent mental activities are mental contact, etc.;
Next are those with objects, which are desires,
Determination, mindfulness, samādhi, wisdom, etc.,
And the object of each of these is not the same.

11. The good are faith, conscience, a sense of shame,
The three roots such as desirelessness, etc.,
And also vigor, peacefulness, vigilance,
Equanimity, and harmlessness.

12. The vexations are desire, hatred,
Delusion, pride, doubt, and wrong views.
The secondary vexations are anger,
Hostility, obscuration, anger, jealousy, greed,

13. Deceit, harmful flattery, arrogance,
Lack of shame, lack of conscience,
Acting upon agitations, torpor,
A lack of faith, laziness,

14. Negligence as well as forgetfulness,
Distraction, and incorrect knowing.
The undetermined are remorse, sleep,
And both types of initial and sustained thought.

15. With their basis in the root consciousness,
The five consciousnesses manifest according to conditions;
These manifestations may occur together or separately,
Just as waves are formed upon the water.

16. The thought consciousness always manifests
Except for those born in the heavens of no-thought,
For those in the two samādhis without thought,
And for those in drowsiness or unconsciousness.

17. These various consciousnesses are transformed
As discrimination and that which is discriminated,
And with this basis they are all empty;
Thus they are all Consciousness Only.

18. Through the consciousness of all seeds,
There are such-and-such transformations,
And from the power of this conveyence,
This and that are produced by discrimination.

19. Due to the habit energy of various actions,
Along with the habit energy of dualistic grasping,
Even when earlier retributions are exhausted,
Still the renewed arising of retribution occurs.

20. From this and that imagination,
One imagines all kinds of objects;
These pervasive imagined objects
Are without actual self-nature.

21. From the interdependent self-nature
Comes discrimination arising from conditions;
The perfection of the fruit comes from
Always being apart from the former nature.

22. Therefore in relation to the interdependent,
It is neither different nor is it not different,
Just like the nature of impermanence, etc.,
And when one is not perceived, the other is.

23. On the basis of the three kinds of self-nature
Is established the threefold absence of self-nature;
Thus the Buddha spoke with the hidden intent
That all phenomena are without nature.

24. The first is the naturelessness of characteristics,
The next is the naturelessness of self-existence;
The last is the detachment from the first,
When the natures of self and phenomena are grasped.

25. This is the ultimate truth of all phenomena,
And it is also the same as True Suchness.
Because its nature is eternally like this,
It is the true nature of Consciousness Only.

26. So long as one has not given rise to the consciousness
Which seeks to abide in the nature of Consciousness Only,
Then regarding the two types of grasping dispositions,
He is still not yet able to subdue and extinguish them.

27. Setting up and establishing even something small
And saying this is the nature of Consciousness Only,
Because there is still something which is grasped,
It is not truly abiding in Consciousness Only.

28. When regarding that which is conditioned,
There is the wisdom of total non-appropriation,
Then at that time one abides in Consciousness Only,
Apart from the twofold grasping of appearances.

29. Without grasping and not conceptualizing,
This is the wisdom of the supramundane realm
Which abandons the two types of coarseness
And naturally attains transformation of the basis.

30. This is itself the untainted realm,
Inconceivable, good, and eternal,
Peaceful and blissful, the body of liberation,
And what the great Muni called the Dharma.

 

 

 

 

 

 

 

唯識説：中辺分別論

大乗仏典第15巻目

1遍計所執性　　妄想されたもの　２つのもの「外界にリンゴが存在している。」一般的、カント以前。外界

2依他起性　　　他によるもの　虚妄なる分別　「リンゴは縁起（他の力）において現れている」　　　心

3円成実性　　　完全に成就されたもの　　空性　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　無色界

 

マイトレーヤの立場による説明

外界A　　　　　内界A‘（鏡像）←照明

 

外界Aと内界A‘　が実在するのが遍計所執性

内界A‘　　　　　は実在するが外界Aは実在しないのが依他起性

円成実性　　　　　は照明だけが実在し、他は「照明」の中に外界Aと内界A’が映像（幻影）としてある

 

空の対義語は満　　　空車と満車

「空」とは空きスペースがあるという意味。空っぽという意味。

空間が「ある」と思っている。

車を都会で停めたい時に空間を重要し、そこを基準にして世界を見る。

駐車場の存在があるということが大事になっている。

空という駐車場は常にあるが、そこに形ある車はあったりなかったりする。

この空には照明というこの世を照らす作用は常にあるが、照らされるものはあったりなかったりする。

だから、この照明、すなわち「空」こそが実在なのである。

 

 

 

大乗成業論

身口意の三業の成立する理由について、部派仏教諸派の議論を批判して、唯識学派の立てる阿頼耶識の存在を認めることによって、業が説明されることを論証している。

 

説一切有部を始めとして、部派仏教では業を実体視して身・口の表業を色法（物質）とし、業を持続させている潜在的な働きとして物質的な無表業、もしくは不失壊法などの原理を立てる。

世親は、このような実在論的な考えを批判し、「思」が働くことによって薫習され、その力によって相続転変して業の果が生ずる、とする。

 

この主張は、経量部が色心の相互薫習の説によっており、未だ実在論的な傾向が残っている。

そこで、世親はさらに唯識説における異熟識(阿頼耶識)を説いて、経量部の説は唯識説に帰着することを論証している。

さらに、諸派の議論を批判して、最終的に業は阿頼耶識の薫習力の相続転変によって成立すると論証している。

 

翻訳

サンスクリット原典は現存しないが、唐代の永徽2年(651年)、玄奘により訳された。

異訳として、魏の毘目智仙(vimokSaprajJaarSi)によって、541年に『業成就論』として漢訳されている。

また、チベット訳は、東北目録 No.113として残っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参考資料

不相応とは何か？

区分して五法（五種類の存在）としている。(1)心、(2)心所、(3)色、(4)不相応、(5)無為である。この前の四つを「事」として、最後を「理」として、五法事理という

 

　五位の中の一つ。詳しくは、「心不相応行」「色不相応行」「非色非心不相応行」といい、存在（色）でも心でもない存在をいう。

　現代的なモノの見方でいえば、存在するものは物質存在か心による認識かいずれかであるが、説一切有部と唯識では、それら二つのものの何れでもないが、両者に関係する状態や性質を一つの存在（法）であるとみなして、これを不相応行と呼ぶ。物と心とを種々の方式に従って活動させる原理をいう。

　但し、この存在性に関しては、説一切有部は、それは物質や心とおなじ程度の存在性をもつもの、つまり実有の法であるとみなし、唯識は、それは心の働きの上に仮に立てられるもの、つまり仮有の法であると主張する。

 

　その内容は、説一切有部と唯識、また諸論によって異なる。

 

説一切有部

　得・非得・衆同分・無想定・夢想果・滅尽定・命根・生・老・住・滅・名身・文身の１４が説かれる。

 

唯識

　得・命根・衆同分・異生性・無想定・滅尽定・無想報・名身・句身・文身・生・老・住・無常・流転・定異・相応・勢速・次第・方・時・数・和合性・不和合性の２４が定説となっている。　　　　〔『瑜伽師地論』〕〔『百法明門論』〕

 

不相応行法

　心不相応行法の略。五位の一つ。心法でも色法でもない有為法のこと。

 

 

 

心不相応行法しんぶそうおうぎょうほう

心と相伴う関係にあるのではなく，物でも心でもなく，それらの間の関係とか力，また概念などの心不相応行法(チッタビプラユクタ･サンスカーラダルマcittaviprayukta‐saṃskāradharma，これも上の70ほどの法に含まれている)の存在を認めた。業論としては，極端な善･悪の行為をなしたとき，人間の身体に一生の間，その影響を与えつづける無表色(アビジュニャプティルーパavijñaptirūpa)が生ずると主張した。…

 

 

 

 

 

駒澤大學佛教學部論集 第45號  成26年10月

心不相応行法と無為法の関連性

村　上　明　宏

― 388 ―

はじめに

 心不相応行は有為法の一つであり、五蘊の中の行蘊に含まれる法として知られている 1。また、五位（五事、五法）と呼ばれる法体系の一つでもある。この心不相応行は部派仏教の時代になってから生じた法であると言われている 2。

 この心不相応行は、AbhidharmakozabhāSya（以下 AKBh）などでは十四法を数える 3。しかし、説一切有部の論書において、その数え方は統一されていない。

『阿毘達磨法蘊足論』（以下『法蘊足論』）『阿毘達磨品類足論』（以下『品類足論』）では十六法を数える 4。『阿毘曇甘露味論』（以下『甘露味論』）では十七法を数える 5。十四法を数えるようになるのは『阿毘曇心論』『阿毘曇心論経』『雑阿毘曇心論』に至ってからである 6。しかし、その分類された十四法の項目についても『阿毘曇心論』『阿毘曇心論経』『雑阿毘曇心論』と AKBh とを比較すると異なっている。さらに、それらの論書では、心不相応行として分類された法の項目もまた、統一されていない。

 しかし、数と項目が統一されていないと雖も共通項はある。AKBh などの十四法の項目は 1. 得（prāpti）2. 非得（aprāpti）3. 衆同分（sabhāgatā）4. 無想定（asaMjJi-samāpatti）5. 無想果（āsaMjJika）6. 滅尽定（nirodha-samāpatti）7. 命根（jIvita-indriya）8. 生（jāti）9. 住（sthiti）10. 異（jarā）11. 滅（anityatā）

12. 名身（nāma-kāya）13. 句身（pada-kāya）14. 文身（vyaJjana-kāya）である。

この十四法を基準として心不相応行をみれば、十六法を数える場合、2. 非得が数えられず、得として依得・事得・処得の三つの得として数えられる。十七法を数える場合、この十六法の数え方に凡夫性（異生性）を加えて数える 7。また、『阿毘曇心論』『阿毘曇心論経』『雑阿毘曇心論』は AKBh と同じく十四法を数えるのだが、項目は異なり、2. 非得を数えず、代わりに凡夫性を数える。すなわち、心不相応行それぞれの項目は 1. 得 2. 非得をどう捉えるのか、ということが異なるのみで残りの法については共通している。この故に、心不相応行法として分類する場合、その根底には一貫した考え方があり、その考え方に基づいて分類されていると考えられる。

 先にも述べたように、心不相応行は初期の仏教では考えられていない。心不相応行の根底にある考え方を明らかにすることは、部派仏教の時代に、この心不相応行がいかにして発生したのか、という問題を紐解く鍵になると考える。

これを明らかにするために、まず、心不相応行（citta-viprayukta-saMskāra）という語義そのものの解釈がどのようになされているのかを考察してみたい。

1．心不相応行（citta-viprayukta-saMskāra）の語義解釈

 説一切有部の論書において、心不相応行は初期の論書 8 とされる『集異門足論』のなかに既にその語が示されている 9。同じく初期の論書とされる『法蘊足論』では、先にも述べたように十六の心不相応行が立てられる。それ以後、様々な論書の中に心不相応行が説かれていく。しかし、説かれている内容は心不相応行の項目を列挙し、その法がいかなる法であるのかを説明するものである。それ故に「心不相応行（citta-viprayukta-saMskāra）」という語義そのものについての解釈は『阿毘曇心論』に至って初めて見られる。そして、『阿毘曇心論経』『雑阿毘曇心論』、AKBh、『阿毘達磨順正理論』（以下『順正理論』）では、『阿毘曇心論』と同様に心不相応行の語義解釈がなされる。

 心不相応行の語義解釈を『阿毘曇心論』では次のように説く。

非色不相応  説是有為行 （T28.830c25）

非色者。此一切諸法如上所説。非色非色所摂。不相応者無縁故。説是有為行者。有為造故説有為行。（T28.831a6-9）

 最初の行に示した一文は頌の部分である。二∼三行目に示した箇所は散文の部分である。まず、頌の部分では、心不相応行について説明する。心不相応行は非色の不相応であり、有為行であることを説明している。散文の部分では、この心不相応行についての語義を説明する。まず、非色と説くのは色ではないからであると説明する。不相応と説くのは所縁がないからであると説明する。

有為行と説くのは有為造であるからであると説明する。すなわち、「心不相応行」の語義を「非色」言い換えれば「心」と「不相応」と「行」に分けて解釈を与

える。

 この解釈は『阿毘曇心論経』でも同様である 10。ただし、有為行については行陰（行蘊）所摂と説明する。また『雑阿毘曇心論』においても同様の解釈を

与える 11。

 このように、この三つの論書における心不相応行の語義解釈は一致している。

この三論書では「心不相応行」の語を「心」と「不相応」と「行」に分けて解釈を与える。「心」の語は色でないことを意味し、「不相応」の語は所縁がない

ことを意味し、「行」の語は有為であることを意味している、という解釈を与える。ただし、「行」の語に関して『阿毘曇心論経』では他の二論書と異なり、

行蘊所摂と限定的な解釈を与える。しかし、行蘊も有為であることに変わりはない。行蘊という限定的な説明であっても有為を意味していると考えられる。

 これを AKBh では次のように説く。

viprayuktAs tu saMskArAH prApty aprAptI sabhAgatA /

AsaMjJikaM samApattI jIvitaM lakSaNAni ca // 35 //

nAma-kAya-Adayaz ca iti （36a）

ime saMskArA na cittena saMprayuktA na ca rUpa-svabhAvA iti citta-viprayuktA

ucyante / （AKBh. p.62,11-14）

「然るに不相応行は得と非得と衆同分と無想果と［二つの］定と命と諸相である。（35）

また、名身などである、ということである。（36a）

これらの行は心と相応するのでもなく、色を自性とするものでもないので心不相応と言われる。」

 

 ここでの心不相応行の語義解釈は「心と相応するのでもなく、色でもない行（saMskāra）である」と述べられるのみである。この簡潔な一文からも「行」と

「不相応」と「色でないこと」という三つに分けて解釈することもできる。しかし、明確には言明できない。そこで AKBh の註釈書である称友（Yazomitra）

の SphuTArthA AbhidharmakozavyAkhyA（以下、SAKV）での解釈を参照する。

citta-viprayuktā iti citta-grahaNaM citta-samāna-jātIya- pradarzana-arthaM / cittam

iva cittena ca viprayuktā ity arthaH / kiM ca teSāM cittena samāna-jātīyatvaM / yad

arūpiNo amI bhavanti / rUpitvād eva hi viprayuktatve api rūpaM na viprayuktatve

nāma labhate / yad vA amISāM nāma-rūpam iti nAmatvaM tat teSāM cittena

samāna-jātIyatvaM / caittā api cittena tulya-jātIyāH / te tu cittena saha ālambane

saMprayuktās tad vizeSaNa-arthaM viprayukta-grahaNaM / asaMskRtam api tat

samāna-jātīyam anālaMbanatvena iti tat parihāra-arthaM saMskāra-grahaNaM ata

eva āha / ime saMskārā na cittena saMprayuktā na ca rūpa-svabhāvā iti citta-

viprayuktā ucyanta iti / （SAKV. p.142,31-p.143,7）

「心不相応と、心を述べるのは、心と同一の種に属することを明示するためである。

心のようであり、心と不相応なるものである、という意味である。では、これら［不

相応なるもの］について、何故、心と同一の種に属するものであるのか。これら［の

不相応なるもの］は無色なるものである。なぜならば、色は、まさにかたちあるも

のであるから不相応なるものでも、不相応であるものにおける名称を得ることはな

い。あるいは、これら［不相応なるもの］について、名と色、と［いう分類で］言うと、

名であるものであり、それは心と同一の種に属するものである。心所もまた等しい

種に属する。しかし、これらの［心所］は心と所縁とともに相応するものであり、

不相応を述べるのは、その［心所］との差別化のためである。無為もまた、その［心

の］同一の種に属し、所縁をもたないので、その［無為］を除くために行と述べる

のであり、この故に、これらの行は心と相応するのでもなく、色を自性とするもの

でもないので心不相応と言われるのである、ということである。」

 

 ここでは、心不相応行の語義を『阿毘曇心論』『阿毘曇心論経』『雑阿毘曇心論』と同様に「心（citta）」と「不相応（viprayukta）」と「行（saMskAra）」に分けて

解釈を与えている 12。「心」の語についての解釈は、色ではないことを意味していて、それは心の種類に属するものであることを示すためであると説かれている。「不相応」の語については、心の種類であるが、心所ではないことを示すためであると説かれている。「行」の語については、無為ではないことを示す

ためであると説かれている。

 この SAKV の語義解釈は『阿毘曇心論』『阿毘曇心論経』『雑阿毘曇心論』と異なる点が二点ある。まず、「心」の語義について、色ではないことに加えて

広い意味では「心の種類に属する」という解釈を与えている点である。もう一点は「行」の語義に関して「心不相応行」から「行（saMskAra）」の語を除いた

「心不相応」の意味を考えることである。この「心不相応」と言う場合、「無為（asaMskRta）」という意味も含まれる。それ故に「無為ではない」ことを強調して有為であることを示すために「行」の語が附されると説く。これが SAKV の語義解釈である。この SAKV の語義解釈は『順正理論』でも同様になされている。

それは次のように説かれている。

無色法中。已弁心心所。今次当弁心不相応行。頌曰

  心不相応行 得非得同分

  無想二定命 相名身等類

論曰。等者等取句身文身及和合性。類者顕余所計度法。即前種類。謂有計

度離得等有蘊得等性。如是諸法。不与心相応故。説名為心不相応行。非如

心所与心共一所依所縁相応而起。説心言者。為顕此中所説得等是心種類。

諸心所法。所依所縁。皆与心同。亦心種類。為簡彼故。言不相応。諸無為法。

亦心種類。無所依縁。故亦是不相応。為欲簡彼故復言行。（T29.396c7-19）

 ここでも心不相応行の語義を「心」と「不相応」と「行」に分けて解釈している。「心」については心の種類であることを顕すためであると説く。「不相応」

については心所も心の種類であるが、その心所と区別した心の種類を言うためであると説く。すなわち、心所ではないということである。「行」については

無為も心の種類であるが、その無為とは区別するためであると説く。すなわち、無為ではないということである。

 このように、これらの論書では「心不相応行」の語義を「心」と「不相応」と「行」の三つに分けて解釈する。

 この語義解釈のなかの「行」については、説き方こそ異なるものの「無為ではない」ということを顕すための語であることが示されている 13。それ故に、この「行」についての語義解釈は「無為ではない」ということを強調していると考えられる。また、『阿毘曇心論経』においては、「行蘊所摂」ということが

説かれる。説一切有部の論書では、『法蘊足論』以来、行蘊を心相応行と心不相応行に分類する 14。五蘊で言えば、心不相応行は行蘊に分類される。このことを踏まえて、「行蘊所摂」と説かれていると考えられる 15。しかし、行蘊も有為であるから、『阿毘曇心論経』においても「有為であること」を強調し、有為に対して無為ではない、ということを説いていると考えられる。

 この心不相応行の語義解釈において、「行」の語義が行蘊の「行」を意味していようと、有為法全体の「行」を意味していようとも、重要視すべきことは

「有為であって無為ではない」ということであると考えられる 16。それでは、これらの論書が示す語義解釈で強調される「有為であって無為でない」ことを強調する意図は何かを考えてみたい。

 

2．「心不相応行が無為ではない」ことを強調する意図

 心不相応行の語義解釈において、心不相応行は無為ではない、ということが強調されていた。特に SAKV と『順正理論』では明確に無為の語を著して強調していた。「有為であって無為ではない」、すなわち、「無為ではない」ことを強調する意図は何か。無為について考えてみたい。

 まず、説一切有部の無為に対する見解を見てみたい。

 説一切有部では『集異門足論』以来、無為を三つ数える 17。それは択滅無為、非択滅無為、虚空である。この無為を三つ数えることについて SAKV では次のように説く。

katamaM tri-vidham asaMskRtam ity apratItatvAt pRcchati / tri-vidha-grahaNaM

iyattA-avadhAraNa-artham / santi hi kecid ekam eva asaMskRtaM nirvANam ity

Ahur yathA VAtsIputrIyAH / paramANv-Adayo bahavo asaMskRtA iti VaizeSikAH / tan

mata-pratiSedha-artham iyattA-avadhAraNam / katamau dvAv iti / pratisaMkhyA-

apratisaMkhyA-nirodhAv eva pRcchati / na AkAzam / AkAzasya loke prasiddhatvAt /

（SAKV.p.15,1-5）

「三種の無為とは何か、と、理解され難いものであるから質問する。三種を述べる

のは数量を限定して確定するためである。まさに、ある一つのみ無為があるとすれ

ば、涅槃である、と言うのは犢子部のようである。極微などを無為に加えたのがヴァ

イシェーシカ（勝論）である。その考えを否定するために数量を限定して確定する。

二つとは何か、と、まさに択・非択滅に関して質問する。虚空ではない。虚空につ

いては世間において完成されたものであるからである。」

 ここでは、無為の数を三つに限定することは他の無為に対する考え方を否定

するためであると説いている。これは無為に対する考え方が部派によって様々

であったことを示している 18。それ故に、無為を三つに限定することが有部に

とっては重要な意味をもつことであったと推測される。

 一方、心不相応行を認めない上座部では説一切有部と相違して涅槃のみを無為と考える。この涅槃は有部の三無為に即して言えば択滅無為である 19。無為が涅槃であることについて DhammasaGgaNi（以下 Dhs）では、次のように説かれている。

“katame dhammA asaGkhatA? NibbAnaM − ime dhammA asaGkhatA . ”

（Dhs.p.244）

「何れの諸法が無為であるのか ? 涅槃である─これらの諸法は無為である。」

 このように上座部では無為を涅槃のみと説く。この無為に対する考え方の相違が心不相応行を認めるか否かに影響を与えている可能性が考えられる。すなわち、無為を涅槃のみと考える場合、心不相応行は認められず、涅槃以外にも無為を考える場合に心不相応行が認められるのではないのか、という可能性が考えられる。もし、そうであれば、説一切有部の説く心不相応行は三つの無為を考えることによって発展した可能性がある。

 また、上座部では心不相応行は認められないが、「心相応」と「心不相応」という区分は言及されていると C.Cox 氏は指摘している 20。その典拠とされて

いるのは Dhs の「色（rUpa）と涅槃（nibbAna）が心不相応法である 21」という記述である。上座部では、心不相応、すなわち心と相応しない法は色と涅槃で

あると説かれる。

 この「心相応」と「心不相応」という区分に関する言及は説一切有部の初期の論書である『集異門足論』でも見られる。『集異門足論』では三無為を説き、

さらに「心不相応」に関して“saMskAra”が考えられている 22。

 しかし、説一切有部と相違して、この Dhs では「心不相応」に関しての“saMskAra”は説かれていない。それに対して、説一切有部においては、『集異

門足論』の段階で「心不相応」に関しての“saMskAra”が説かれていた。すなわち、上座部では考えられることのなかった「心不相応」に関する“saMskAra”

を説一切有部は考えていたのである。説一切有部が「心不相応行（citta-viprayukta-saMskAra）」を法として分類しているのに対して、上座部がそれを認

めないのは無為に対する考え方の相違によるものであると推測される。

 

むすびに

 心不相応行の語義に解釈を与えると、「心」と「不相応」と「行」に分けた解釈が与えられている。その解釈における心不相応行の意味は「色でも心所で

もない有為法」ということである。特に、そのなかの「行」の解釈は「有為であって無為でない」ということであり、その解釈から「無為でない」ことを強調していた。そして、心不相応行を認める説一切有部と認めない上座部とでは無為に対する考え方が相違している。無為を涅槃のみと考える上座部は心不相応行

を認めない。それに対して涅槃（= 択滅無為）以外に非択滅無為と虚空を無為と考える説一切有部では心不相応行を認めている。この相違が心不相応行の発生や発展に大きな影響を与えた可能性がある。それ故、説一切有部が心不相応行を法として分類する根底には何らかの無為との関連があると考えられる。また、この無為との関連によって心不相応行のそれぞれの法が存在していると考えられるのである。

 

註

心不相応行の先行研究として主なものをここに挙げる：「心不相応行」自体を取り扱った研究には水野 [1997a]、C.Cox [1995]、福田 [1990]、有部等の教理を論じているなか

で「心不相応行」に論及しているものには櫻部 [1969]、吉元 [1982]、R.Kritzer [1999]、三友 [2008]、AKBh における心不相応行の語義解釈について論じているものについては

加藤 [1983]、那須 [2008] などがある。

2

水野 [1997a]p.369

3AKBh.P.62,11-P.82 17 AKBh の十四法をそのまま採用して数える論書には『阿毘達磨順正理論』T29.396.c7-416.a28 がある。AbhidharmadIpa with VibhASAprabhAvRtti（以下 ADV）p.85,15[128] では「然るに、得などの行として不相応なるものは十三である」と説かれ心不相応行が十三法であるとする。しかし、ADV. p.85,15-p.114 7 では AKBh で説かれる十四法すべてが心不相応行として説明されている。すなわち、AKBh の心不相応行をADV でも踏襲している。ADV で十三法とされるのは無想果（AsaMjJika）と無想定（asaMjJi-samApatti）を一括りにして数えていると考えられる。それ故、ADV においても心不相応行に関しては AKBh と同様の捉え方をすると考えられる。この故に、AKBh

における心不相応行が最も整理されたものである。

4 『法蘊足論』T26.500c20-22、501b20-22

1. 得 2. 無想定 3. 滅（尽）定 4. 無想事（果）5. 命根 6. 衆同分 7. 住得 8. 事得 9. 処得10. 生 11. 老 12. 住 13. 無常 14. 名身 15. 句身 16. 文身

『品類足論』T26.692c5-9

1. 得 2. 無想定 3. 滅（尽）定 4. 無想事（果）5. 命根 6. 衆同分 7. 依得 8. 事得 9. 処得10. 生 11. 老 12. 住 13. 無常性 14. 名身 15. 句身 16. 文身

5 『甘露味論』T28.979b28-c3

1. 成就 2. 無想定 3. 滅尽定 4. 無想処（果）5. 命根 6. 種類（衆同分）7. 処得 8. 物得（事得）9. 入得（依得）10. 生 11. 老 12. 住 13. 無常 14. 名衆（身）15. 字衆（句身）16. 味衆（文身）

17. 凡夫性

6 『阿毘曇心論』T28.830c21-831a9

1. 無思想（無想果）2. 無想定 3. 滅尽定 4. 衆生種類（衆同分）5. 句身 6. 味身（文身）7. 名身 8. 命根 9. 得 10. 凡夫性 11. 生 12. 老 13. 住 14. 無常

『阿毘曇心論経』T28.866a3-20 『雑阿毘曇心論』T28.942c24-943b10

1. 無想（無想果）2. 無想定 3. 滅尽定 4. 衆生種類（衆同分）5. 句身 6. 味身（文身）7. 名身 8. 命根 9. 法得 10. 凡夫性 11. 生 12. 老 13. 住 14. 無常

7

福田 [1990] では心不相応行の項目の変遷がもつ意味について考察している。得は聖者を定義する原理（聖道の得）を意図して立てられている、それに対して初期の項目として数えられる三つの得（依得・事得・処得）については、異生（凡夫）を定義する原理（異生に属することの獲得）を意図して立てられていると指摘している。そして聖者の重要性をより強調するために、この三つの得ではなく非得（聖道の非得）として規定されるようになったと考えられることを述べている。また、これら三つの得は衆同分とも密接に関わるものであることを指摘している。

8

アビダルマ論書の成立年代に関しては櫻部 [1969]、廣瀬 [1990] に基づき発展段階を三期に区分して本稿の考察を行う。第一期論書：『集異門足論』『法蘊足論』、第二期論書：『識身足論』『界身足論』『施設論』『品類足論』『発智論』『婆須蜜所集論』『大毘婆沙論』

『鞞婆沙論』『甘露味論』、第三期論書：『阿毘曇心論』『阿毘曇心論経』『雑阿毘曇心論』

AKBh. ADV.

9 『集異門足論』には『法蘊足論』のように心不相応行が項目を立てて述べられてはいない。しかし、「心不相応行」の語は示されている。それは以下の箇所である。

『集異門足論』T26.377c2-4 復次思惟出離。及出離相応受想行識。及彼等起身語業心不相応行時。諸心尋求乃至分別名出離尋

『集異門足論』T26.377c27-29 復次思惟無恚。及無恚相応受想行識。及彼等起身語業心不相応行時。諸心尋求。乃至分別名無恚尋。

『集異門足論』T26.378a23-25 復次思惟無害。及無害相応受想行識。及彼等起身語業心不相応行時。諸心尋求乃至分別名無害尋。

上記、三箇所は出離尋と無恚尋と無害尋の三善尋を説く箇所である。出離と無恚と無害、それと相応する受・想・行・識、それらが身・語業に等起する心不相応行を思惟する

時の尋求・遍尋求・近尋求・心顕了・極顕了・現前顕了・推度・搆度・搆画・思惟・分別が三善尋の一つであると説く。心不相応行が何であるか、説明はない。しかし、「心不相応行」の語が示されている。同様に四無量を説く箇所でも次のように「心不相応行」の語が示される。

『集異門足論』T26.392b7-16 四無量者。一慈無量。二悲無量。三喜無量。四捨無量。慈

無量云何。答諸慈及慈相応受想行識。若彼等起身語業。若彼等起心不相応行。是名慈

無量。悲無量云何。答諸悲及悲相応受想行識。若彼等起身語業。若彼等起心不相応行。

是名悲無量。喜無量云何。答諸喜及喜相応受想行識。若彼等起身語業。若彼等起心不

相応行。是名喜無量。捨無量云何。答諸捨及捨相応受想行識。若彼等起身語業。若彼等起心不相応行。是名捨無量。

 

さらに、非想非非想処を説く箇所では心不相応行は滅尽定であることが次のように示される。

『集異門足論』T26.392b24-28 非想非非想処云何。答非想非非想処略有二種。一定二生。

若定若生所有受想行識。及有一類定所等起心不相応行。即滅想受定。是名非想非非想処。

10『阿毘曇心論経』T28.866.a8 非色不相応  説是有為行

『阿毘曇心論経』T28.866.a20-22 非色者。非此法色自性。不相応者不相応無縁也。説

是有為行者。行陰摂故。

11『雑阿毘曇心論』T28.943.b6 非色不相応  説是有為行

『雑阿毘曇心論』T28.943.b8-10 非色者。此諸法非色性。四種及造色非分故。不相応者。

無縁故。説是有為行者。他為故。為他故。

12

安慧（Sthiramati）の註釈 AbhidharmakoZabhASyaTIkA TattvArthA-nAma、満増（PUrNavardhana）の註釈 AbhidharmakozaTIkA LakSaNAnusAriNI-nAma でも SAKV と同様の語義解釈をする（那須 [2008] 参照）。

13

説き方の異なる「行」の語義解釈について、『阿毘曇心論』と『雑阿毘曇心論』では「有為であること」を強調し、有為に対して無為ではないことを説いていると考えられる。

SAKV と『順正理論』では「無為ではないこと」を強調し、無為に対して有為であることを説いていると考えられる。いずれにしても「有為であって無為ではない」ことを説く。

14『法蘊足論』T26.501b16-23

15

心不相応行の語義解釈における「行蘊所摂」という語については加藤 [1983]、那須 [2008]のなかに言及されている。加藤 [1983] では心不相応行の語義解釈には色・心・心相応行・心不相応行・無為という所謂、五位（五事、五法）の観点から捉える立場と色蘊・受蘊・想蘊・行蘊・識蘊の五蘊の観点から捉える立場がインドには併存していて、玄奘訳の『阿毘達磨倶舎論』は五蘊の観点から捉える立場であったと述べている。那須 [2008] ではAKBh 本論自体の心不相応行の語義解釈は簡略な文面のため明らかではないが、AKBhの諸註釈書では五位の観点から註釈されていると述べている。また、玄奘訳『阿毘達磨倶舎論』のなかでも「行蘊所摂」という語は見られる。しかし、先にも見たようにAKBh のサンスクリット原典には見られない。真諦訳『阿毘達磨倶舎釈論』でも原典と同様に見られない。

16

吉元 [1982]P.235-238 でもこの点について重要視すべきことが指摘されている。それは次のように述べられる。

 「心不相応行」という中で、「心」という表現は、この法が心の種類（精神的法）であって色と異なることを示す。「不相応」なる語は、心と相応するところ心所と区別せんがためである。また、無為法は、無色であって心の種類ではあるが、所依や所縁がなく、心と相応せず、遷りかわる性質をもつ行蘊とは異なったものである。だから、その無為法と区別するために「行」と称すのである。

 ここで、心不相応行が「心の種類」であり、しかも、「心と不相応」にして「行」であると説明されたことは、心不相応行の性格を考察する上において注目すべきことである。すなわち、心不相応行は無色法であって、感性的存在ではないところの精神的なものであるが、心と相応することのない非心理的存在である。

 従って、心不相応行とは、色・心・心所・無為のいずれにも属しない不特定の分類不能の法をまとめたものではなく、行として、生滅変化をまぬがれぬ有為なる非心理的過程という精神的存在の一分野をなすカテゴリーなのである。（P.238.2ℓ‒11ℓ）17『集異門足論』T26.369c6-718

水野 [1997b] では、部派によって無為に対する考え方が相違することを詳細に述べている。説一切有部が心不相応行とする滅尽定や生・住・異・滅のいわゆる有為の四相を

無為とした部派があり、それが案達派・北道派であると『論事』に説かれていることや『大毘婆沙論』には有為の四相を無為とするのは分別論者であり、法蔵部は有為の四相の中の滅相のみを無為としたことが述べられている。

19「無為」についての主な先行研究として水野 [1997b]、池田 [1988]、宮下 [1989a、b] などが挙げられ、涅槃が無為の本性であることが指摘されている。0

C.Cox[1995]p.67.

21

Dhs.p.254：rUpaM ca nibbAnaM ca ime dhammA cittavippayuttA .

22『集異門足論』T26.1536.367c7-369b6. 上座部におけるのと同様に「心相応か心不相応か」という問いが設定され、上座部と相違して「行」に関しても諸門分別がなされている。

〈一次資料〉

ADV：“AbhidharmadIpa with VibhASAprabhAvRtt ”Edited by Padmanabh S.jaini, Kashi Prasad

Jayaswal Research Institute 1977(2nd.ed.); AKBh：“AbhidharmakoZabhASya of Vasubandhu”

Edited by P.Pradhan, K.P.JayaswalReserch Institute 1967(1 st.ed.); AKLA：“AbhidharmakoZaTIkA

LakSNAnusAriNI-nAma by pUrNavardhana”P.5597; AKTA：“AbhidharmakoZabhASyaTIkA

TattvArthA-nAma by Sthiramati P.5875; Dhs：“DhammasaGgaNi”Edited by E.Muller, The Pali

Text Society 1978, SAKV：“SphuTArthA AbhidharmakozavyAkhyA by YaZomitra”Edited by Unrai

Wogihara, Sankibo Buddhist Book Store 1971(1 st.ed.).

『阿毘達磨集異門足論』T26.1536;『阿毘達磨法蘊足論』T26.1537;『阿毘達磨品類足論』

T26.1542;『阿毘達磨発智論』T26.1544;『阿毘曇心論』T28.1550;『阿毘曇心論経』

T28.1551;『雑阿毘曇心論』T28.1552;『阿毘曇甘露味論』T28.1553;『阿毘達磨倶舎論』

T29.1558;『阿毘達磨倶舎釈論』T29.1559;『阿毘達磨順正理論』T29.1562;『阿毘達磨蔵顕

宗論』T29.1563;『倶舎論記』T41.1821;『倶舎論疏』T41.1822;『倶舎論頌疏』T41.1823.

〈二次資料〉

C.Cox[1995]：Collett Cox“Disputed Dharmas Early Buddhist Theories on Existence”

Studia Philogica Buddhica, Monograph Series 11. Tokyo, The International Institute for Buddhist

Studies;R.Kritzer [1999]：Robert Kritzer“Rebirth and Causation in the YogAcAra Abhidharma”

Wiener Studien zur Tibetische und Buddhistische. Heft 44.Wien, Arbeitskreis für Tibetische und

Buddhistische Studien Universität Wien.

池田 [1988]：池田練太郎「< 無為 > 説の起源について」（『仏教学』第 25 号）1988 年 ; 櫻

部 [1969]：櫻部建『倶舎論の研究 界・根品』法蔵館 1969 年 ; 加藤 [1983]：加藤宏道「心

不相応行の名義」（『印度学仏教学研究』31-2）1983 年 ; 那須 [2008]：那須良彦「倶舎論

根品心不相応行論（1）─世親本論と諸註釈の和訳研究─」（『浄土真宗綜合研究』3）

2008 年 ; 西村 [2002]：西村実則『アビダルマ教学─倶舎論の煩悩論─』法蔵館 2002 年 ;

廣瀬 [1990]：廣瀬智一「第 1 章 アビダルマ論書」『梵語仏典の研究Ⅲ』塚本啓祥・松永

有慶・磯田熙文・廣瀬智一・小林守・高野克宏・菅原泰典・才川雅明・中井本秀 編 

平楽寺書店 1990 年 pp.47-100；福田 [1990]：福田琢「十四心不相応行の確立と得・非得」

（『印度学仏教学研究』39-1）；水野 [1997a]：水野弘元「心不相応法について」（『水野弘元

著作選集 2 仏教教理研究』春秋社）1997 年 ; 水野 [1997b]：水野弘元「無為法について」

（『水野弘元著作選集 2 仏教教理研究』春秋社）1997 年 ; 三友 [2008]：三友健容『アビダ

ルマディーパの研究』平楽寺書店 2008 年 ; 宮下 [1989a]：宮下晴輝「涅槃についての一

考察」（『大谷学報』60-1）1989 年 ; 宮下 [1989b]：宮下晴輝「非択滅無為」（『仏教学セミナー』

第 49 号）1989 年 ; 吉元 [1982]：吉元信行『アビダルマ思想』法蔵館 1982 年

 

 

 

 

 

安難陳護1234　安難陳護四分義之看法

 

私たちの認識の在り方に、一分義・二分義・三分義・四分義という諸師の解釈があり、古来より「安難陳護の一二三四」（安慧の一分義、難陀の二分義、陳那の三分義、護法の四分義）と憶えなさいといわれてきたところです。私たちは意識においてものを認識します。ものを知ったり、見たり、聞いたりしますが、その知る働きを深く掘り下げて、認識が成り立つには四つの働きがあると明らかにされたのが四分義であります。

私たちがものを見たり聞いたりする能動的な側面を能縁と云っています。これを見分といいます。認識するという意味です。物を知ったり、見たりするには知られるもの、見られるものがあります。客観的なところを相分といいます。普通はこのような関係で認識は成り立つと思っています。私がものを知り、ものを見ている。外にものが有り、見られる対象が有るということで認識は成り立っているという思い込みがあります。思い込みが有るのは、自分が見ているという自分が存在している。そして対象物も存在しているという、我・我所という執著を生み出す根拠となるものです。

　　「識に離れたる所縁の境有りと執する者」。これが普通の認識ですが、唯識は間違いだといいます。

外境が所縁であるということは、識に離れてものは存在する。

例えば黒板です。私たちは黒板を見ながら、こころの中で黒板をイメージし黒板という影像を作りあげていく、これが相分だと。相分が有るんだと。相分が有って見ている、これが事実だというわけです。ところが仏教は外縁といいます。相分は所縁であると。黒板が所縁となって私は私の心を見ている。これを見分行相といいます。それを証明しているのが自証分である。心が所縁に似た相分を作りだし、心が能縁に似た見分を作りだして、見分が相分を所縁として認識が成り立つという構造を見いだしてきたのが大乗の仏教徒です。

 

　「又心・心所を、若し細かく分別するに応に四分あるべし。三分は前の如し。復第四の証自証分有り。此れ若し無くば、誰か第三を証せん。心分と云うことは既に同なるを以て皆証す応きが有ゆえに。又自証分は果有ること無かるべし。諸の能量は必ず果有るが故に。見分は是れ再三の果には応ぜず。見分は或る時には非量にも摂むるが故に。此れに由って見分は第三を証せず。自体を証するは必ず現量なるが故に。」

　

解釈すると

　「「又心心所を、若し細かく分別するに応に四分有るべし。三分は前（サキ）の如し。復第四の証自証分有り。」（『論』第二・二十七左）　心・心所を細かく整理し分類すれば、四分があることがわかる。三分は既に説いたが、その奥に証自証分が有るのである。

　

次にその理由が述べられます。

　「此れ若し無くば、誰か第三を証せん。心分をば既に同なるを以て皆証すべきが故に」（『論』第二・二十八右）　

若し証自証分が無かったならば、誰が第三目の自証分を自覚するのか。自証の証は証明する、自覚するという意味です。心分は、心の一部分という意味で、相分も心の一部分ですし、見分も心の一部分になります。見るのが見分の働きですが、見分をもって認識が成り立つのですね。見分が相分をみているという構造です。そうしますと、この見分を自覚する働きはどこにあるのかというと、相・見の要である自証分になるのです。識体です。八識でいえば、八つの心王が自証分なのです。そして自証分を見ている働きが証自証分になります。自証分が見ていることを、さらに証明する働きです。これをの能証といっています。三量でいえば、自証分・証自証分は現量になります。

 

　ここからですね、前回までに少し述べました、所量・能量・量果の三量と、新たに説かれてきます、現量・比量・非量の三量（現比非（ゲンピヒ）の三量といわれています。）

　自証分と証自証分の関係は、因果更互関係ですね。自証分は相・見に対して量果ですが、証自証分に対しては因である能量になり、証自証分が量果になります。しかし、量果である証自証分が因（能量）となり、自証分が所量・量果という関係です。この更互関係があって、第五の証自証分が必要ではないと結論づけています。自証分が能量である場合は、証自証分は所量であり、量果として自証分を変現する。この自証分・証自証分は現量であるので、こういう関係が成り立つのです。

 

見分と自証分との関係

　「又自証分は果有ること無かる応し。諸の能量は必ず果有るが故に。」（『論』第二・二十八右）

　「述して曰く。見分を以て能量と為することは、第三を以て量果と為す。若し細さんを能量とせば、誰を量果と為せん。量を為することは前の如し。彼若し救して第二の見分を以て第三の果と為すと云はば、（『述記』第三本・四十九左）

「量果」（認識の結果を確認するこころの働き）。量はものを認識する。能は知る働き、認識するもので、所は知られるもの、認識されるもので、その結果を確認する働きが量果といいます。本文に沿いますと、「諸の能量は必ず果有るが故に。」能量は自証分、自証分には必ず果がある、認識がそこで完成するということなのです。それが証自証分であるといいます。ですから証自証分がなかったなら、自証分の果が無いということになってしまいます。量果が要になりますね。纏め役です。

　そこで、相分・見分ですが、相分は所縁の影像であって認識する作用はないｗけです。見分はただ相分を縁ずる外縁の作用飲みでありますから、自証分を証知することは出来ません。従って能量には必ず量果がなければならないのですね。そしｔ大事なことは、自証分の量果です。それが証自証分を立てる理由になります。

自証分は証自証分の所縁であり、かつ能縁であり、自称分と証自証分とは互いに能所縁となる。互に所量となり量果となりますから、ここで四分は完成されます。

 

　但し、問題はここで提起されます。

　若し、自証分と証自証分に互に能所縁の作用があるとするならば、見分と相分との能所縁の関係を認めて第四の証自証分は要らないのではないというものです。ここで三量をもって説明されます。証自証分が無くても、見分が自証分を縁じて完結すればいいのではないかというものです。

　「見分は第三の果には応ぜず。」（『論』第二・二十八右）　

　見分は或る時には非量（ヒイリョウ）に通じる。即ち、第八識の見分はただ現量であるが、第六識の見分は現量・比量・非量の三量に通じ、自証分の諸の識は現量である。当然、証自証分の諸八識も現量です。前五識も現量です。

　「見分は或る時には非量にも摂むるが故に。此に由って見分は第三を証せず。」（『論』第二・二十八右）　現量とは、対象を直接知覚する認識のことで、言葉を用いずに知覚しますから、自正明了であり迷乱することがなく捉える働きをいいます。ありのままの直覚的認識です。

　比量は、推量のことですね。推理・思考という推し量ることをいいます。言葉を用いた論理的思考をいい「遠くに焔を見て彼に火ありと知るが如く、現量を先と為して比量す。」と喩えられます。教えは現量です。ですから教えを聞いて、現量を推し量るわけです。仏法とは何か。真如とは何か。教えを通してしか知り得ないのですが、直接知ることはできません。聞法の大切さが知り得るわけです。聞法を通して思考し、推理して知っていく、ですから比較する、減量と比較して知っていくので比量といいます。

　非量は量ですね。現量と比量のことですが非ずと、似現量・似比量です。間違った認識の在り方です。この二つを纏めて非量といいます。

自証分と証自証分の相互互換性を明らかにする中で、見分と自証分が相互互換性が無いのはどうしてか、という問いが出されて、そこに三量分別に由って見分は「是れ第三の果には応ぜず」と答えられています。自証分は現量であるが、見分は非量にも摂められるからである、と。

 

　「此に由って見分は第三を証せず。自体を証するは必ず現量なるが故に。」（『論』第二・二十八右）

　見分は現量・比量・非量の三量に通じている。正しくものを見ることも出来るが、時には間違ってものを考えることがある。ほとんど、間違ってますね、自分を柱にしていますから、その柱を軸に見解が生まれてきます。我見と云われるものですが、公平性がないですね。それを依り処にしている限り、正しくものを見、判断することはありません。それを非量と現しています。ですから、見分が自証分を証明することは有り得ないのです。

　「識体転じて」と云われていましたが、識体が転じて相分・見分という相を取るということでした。識体が二分を証明しているということになりますね。

 

　自覚という言葉があります。真宗で大事にされている言葉です。深信も自覚だといわれます。自覚とは自らが自らに覚めるということなのですが、それは現量でなければならないということなのです。ここに自覚の厳密さが示されます。そこに私的な欲がはいると、自覚にはならないで、功利心となってしまうのですね。「念仏もうさんとおもいたつこころのおこるとき」（『歎異抄』）は「報土の真因決定する時剋の極促を光闡せるなり」（『行巻」）と教えて下さっていますが、そこには一点の染汚性はありませんね。「「即」の言は、願力を聞くに由って」と、即得往生＝摂取不捨は、信心決定という如来の大悲を一身にうけた「時」に開示されることですが、唯識は現量と押さえています。

 

　自体を証するとは、自分で自分を証明するということなのですが、証明するには必ず現量でなければならないと云っています。そこに非量が入っては駄目だといっているんですね。これは第七末那識とも関係することですが、自分で自分を正しく見ることはできますかね。末那識も自覚の深さなんですね。

見れない、というところに仏法を聞くということがあるんでしょう。

「聞」がなかったなら、「自分の事は自分が一番よく知っている」ということになるんでしょう。

そこには必ず己を立てることが起こってきます。

己を立てるにはどうしたらいいのかしか考えていません。これが非量だといっているんです。

 

 

四分義にはいっています。今日の所は『成唯識論』（巻第二・二十八左）からです。

　「第三第四をば皆現量に摂む。故に心心所は四分合して成ず。所能縁を具す。無窮の過無し。非即非離（即しても非ず・離しても非ず）唯識の理成ず。」

　自証分と証自証分の間に働くのは、現量だけである。証明するだけであって、相分をいろいろ分析して分別するということは無い。私達の心は四分によって働いている。相分は所量・はかられるもので唯だ所縁である。見分・自証分・証自証分はどうであるのか、といいますと、見分は唯だ相分を認識するだけである。認識する働きである見分は正しい判断や間違った判断を併せ持っている、このような働きをするのは第六意識なんですね。前五識は現量・第七末那識は非量・第八阿頼耶識は現量である。自証分は見分を相分として認識し、また証自証分を相分として認識を起こします。そして証自証分は唯だ自証分はを相分として認識を起こし、自証分と証自証分が互いに縁となって、所縁と為り、能縁となって互に証明し合う関係なのです。ですから第五分・第六分を必要としないわけです。

　四分の功能の別によって非即であり、四分の体は一つです。自体分が外に展開したのが相分・見分であり、内に開いたのが証自証分です。体は一つですがその用、働きは異なっている。それを非離と名づけられている。

　大体ここまでが前回までに学んできたところです。

　太田久紀師が奈良薬師寺で講義なさいましたのが唯識学寮から出版されています。この中で師は

　「四分は私全体像のことをいうんではありません。見という心の働きとか、聞くという心の動きとかというような細かい具体的な働きの中に四分はあるのです。ですけれど、そのことだけで見ていきますと、解り難いですから、自分が自分を見る、自分が自分を掘り下げていくという次元に置き換えてお話していますも

　内の交渉、外向きではありません。宗教は心を内に頂かなくてはいけない。その構造が四分というような認識構造の分析の中にも護法菩薩は出したかった。四分にされることによって、この認識構造が哲学の構造でも、思想の問題でもなくて、宗教の問題、仏様との問題、そういう問題に深まっていったと思います。三分で十分だとう学説に対して四分がいる。もう一ついる、これは護法さんがどうしてもおっしゃりたかったことだと。それは護法さんの宗教的な体験の深さといいますか、そういうものが、こいう論理的な認識構造の分析のなかにも滲み出ていると思います。四分があることによって、はじめて私共は心の中で、私と語ることが出来る。そいうことを四分で護法さんは組織化された。他の学者は誰も云ってないのに厳然として主張された。知的な興味とか論理的要請というこｔだけでなく、私は護法さんの宗教体験に基づいていると思います。

　そういう意味で、四分というきょうも難しいところでした。お話しているほうもくたびれてしまうんです。皆様もたいへんであったと思います。判らなければ判らないで結構です。ただ心というものを四つに分けて細かく見た。ただ目でものを見るという時にも、五十一ある心所の三十四が目と一緒に動く可能性があるんです。善なる目として動く時もありますし、悪なる眼として動く時もあります。その時に眼に貪瞋痴が働くというんです。煩悩が目に働くというのはどういうことかと思うんですが、いやらしい目というようなのがありますか、あれかなと思うんです。ものを見るという一つの動きの中に、多い時は二十も三十もの心が動く、その一つ一つに四分があるんです。そんな複雑な仕組みで私たちは生きている。けっして単純明快なものではない。その根元にあるのが阿頼耶識、自分が何を蓄積しているか。それがこういう複雑な構造をおりなしながら、私共の見えている世界を造り上げている。自分の心が掘り下げられなければ、いつまでも表面しか見えないような人生になってしまう。そういうことを四分義というのは語るのだろうと思います。」

　このように教えて下さっています。

　少し戻りますが、四分義の初めに所量・能了・量果という判断の構造から識の三分が明らかにされました。これは三分説を主張されました因明学の祖である陣那論師の『集量論』の伽他の中にでてくる判断論なのですが、唯識が唯識である為の証明の論書なのです。古来より六経十一論で言い伝えられている、その中の一つに『集量論』があります。

　六経とは　（１）『大方廣佛華厳経』、その根拠は　「三界唯一心心外無別法」の文を引用するのに由る。

　　　　　　（２）『解深密経』、法相宗正所依の経典。

　　　　　　（３）『如来出現功徳荘厳経』　（４）『阿毘達磨経』　（５）『厚厳経』、『成唯識論』に引用されている。伝訳はありません。

　　　　　　（６）『楞伽経』

　十一論とは　

　　　　　　（１）『瑜伽師地論』　（２）『顯揚聖教論』　（３）『大乗荘厳経論』　（４）『集量論』　（５）『摂大乗論』　（６）『十地経論』　（７）『分別瑜伽論』　（８）『観所縁縁論』　（９）『唯識二十論』

　　　　　　（１０）『辨中辺論』　（１１）『大乗阿毘達磨集論』（対法論の名で親しまれている）

　次回は「唯識理成」の教証をあげて説明します。

 

 

 

 

倶舎論(くしゃろん）

阿毘達磨倶舎論 (あびだつまくしゃろん) 　　フリー百科事典『ウィキペディア (Wikipedia) 』 　

　インドの仏教論書であり、世親(バスバンドゥ、５世紀ころの人)の著作。略称を『倶舎論』といい、「倶舎」とは容れ物(蔵)という意味で、「阿毘達磨」の教理のすべてがこの中に納められているという意味。「阿毘達磨」(abhidharma)は、「abhi+dharma」であり、それぞれ「対」と「法」と訳され、「ダルマに関して」という意味となる。サンスクリット本、チベット訳、漢訳２種が現存している。漢訳では、真諦訳22巻(564年)、玄奘訳30巻(651年)があり、おもに玄奘訳が用いられる。
　説一切有部の『発智論』『大毘婆沙論(婆沙論)』の説を中心に他部派の説も加えて、仏教哲学の基本的問題を整理したもの。600の偈文と、その注釈の散文で出来ている。

  1. 界品(かいぼん)　存在の種類
  2. 根品(こんぼん)　存在現象の活動
  3. 世間品(せけんぼん)　世界の構成
  4. 業品(ごうぼん)　有情(うじょう)の輪廻(りんね)の原因となる業(ごう)
  5. 睡眠品(ずいめんぼん)　有情の煩悩(ぼんのう)
  6. 賢聖品(けんしょうぼん)　さとりの段階
  7. 智品(ちぼん)　智慧(ちえ)
  8. 定品(じょうぼん)　禅定(ぜんじょう)
  9. 破我品(はがぼん)

　界・根品で基礎的範疇を説明し、世間・業・随眠品で迷いの世界を解明し、賢聖・智・定品で悟りに至る道を説く。最後に付録の破我品で異説を論破する。説一切有部の行き過ぎた教理に対して、経量部の立場から批判が加えられている部分がある点に特色がある。
　古来、仏教学の基礎として広く研究され、本書にもとづいて日本では「倶舎宗」が成立した。

 


「説一切有部（せついっさいうぶ）」　　「坊主めくり」　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　http://www7.ocn.ne.jp/~priest.1/sisou/kangaku02sisou04.htm

アビダルマ論書の代表作「アビダルマ・コーシャ」
漢訳名を「阿毘達摩倶舎論（あびだつまくしゃろん）」(倶舎論)です。
ヴァスバンドゥ（世親・せしん）と言う僧侶は、仏教思想史の中では五本の指に入る偉大な思想家です

[初期]
お釈迦さんが生きていた当時の仏教や原始仏教教団に於いては『人生の苦しみを滅するためにどのように考え、いか行動するべきか』


お釈迦さん在世当時からの伝統的な自他を含む世界の説明方法は
『煩悩に支配されてる状態を有為（うい）と言い業と煩悩の世界を有漏（うろ）と呼びます』逆に『煩悩の汚れが無い状態を無為（むい）と言いさとりの領域を無漏（むろ）』として有為から無為に至るため、言い換えれば悟りを開く為に身体と心を制御していく実践を行いますが、実践を行うには、心と身体の関係を学ばなければ具体的な行動に移れません

そこで身体や物質といったモノと心や意識といったモノがどういう具合に存在しているかを把握をする為に
三つの説明が行われました
（１）五蘊（ごうん）
・色（しき）　　広く物質的なモノ全般
・受（じゅ）　　感覚を通して感受する作用
・相（そう）　　認識したモノを識別する作用
・行（ぎょう）　行動などをおこす意志の作用　
・識（しき）　　経験に照らして認識する作用

（２）十二処（じゅうにしょ）心の働きが起こる為の拠り所
感覚器官であり機能　　　　 覚知される対象
主観の側の六根　　　　　　　客観の側の六境
　眼（げん）　　→　　　　　 色（しき）
　耳（に）　　　→　　　　　声（しょう）
　鼻（び）　　　→　　　　　香（こう）
　舌（ぜつ）　　→　　　　 味（み）
　身（しん）　　→　　　　　触（そく）
　意（い）　　　→　　　　　法（ほう）

（３）十八界（じゅうはちかい）上記の六根と六処、感覚機関と対象現象に認識の主観を組み合わせたモノ
眼識（げんしき）　眼根を拠り所として色境を認識
耳識（にしき）　　 耳根を拠り所として声境を認識
鼻識（びしき）　　 鼻根を拠り所として香境を認識
舌識（ぜっしき）　 舌根を拠り所として味境を認識
身識（しんしき）　 身根を拠り所として触境を認識
意識（いしき）　　 意根を拠り所として法境を認識

五蘊・十二処・十八界の三つの分類によって自他を含む、この世の中の全て一切法（いっさいほう）を表しました。
（法とは一般的に仏教の教えを指しますが仏教哲学に於いて法・ダルマは存在全般を指す意味で使用されるので要注意）

五蘊・十二処・十八界は相互に関係しているので心と身体を認識して個々に考察を加えていくことによって
あらゆるモノは常駐不変ではなく、無常である
あらゆるモノは苦を生み出す元になり、あらゆるモノに自立的な魂や我はなく無我である
と言った仏教の真理を理解していった訳ですが
初期の仏教は身心の考察が大まかであり感覚作用と意識の関連や作用などの定義は曖昧でしたし、自分を取り巻く世界観などにはあまり重点を置きませんでした。

[部派仏教の時代]
・この世界の成り立ちはどうなっているのか？
・物質の極小の単位は何か？
・物と心の関係はどうなっているのか？
・認識をする主体や意識の流れはどうなってるのか？
・原因と結果には因果関係がホントにあるの？
・時間の最小単位はどこか？

と言った具合に、世界と自分の関わりについて考察を法（ダルマ）を以て説明を深めていく傾向が顕著になってきます。

(1)五位七十五法（ごいしちじゅうごほう）　　　　法（ダルマ）＝存在するものを

・有為（うい）…煩悩によって汚れたモノ
・無為（むい）…煩悩の汚れが無いモノ
の二点に大別してから有為に四位を配当する

有為の四位
１・色…物質的現象＝十一種類
　　眼・耳・鼻・舌・身＝五つの感覚器官
　　色・声・香・味・触＝五つの対象
　　無表色（業）＝表象的には表れないモノ
２・心…心の本体＝一種類＝ 心そのもの
３・心所…さまざまな心作用＝四十六種類
　　善の動き、悪の動き、どちらでもない心の動き、
　　根本的な煩悩、付随する煩悩、常駐する心の動き
　　特殊な対象に反応する動きなど心にともなう行い
４・心不相応行…心でも物資でもないもの＝十四種類＝特に心と相伴わない行い

無為の一位
・無為…煩悩の汚れが無いモノ＝三種類　　＝空間や涅槃の境地など

五位の下に、それぞれの作用や対象を七十五種類配して全存在の説明を行う
(2)六因・四縁・五果（ろくいん・しえん・ごか）
原因の種類を分類したものが六因　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　能作のうさ・倶有くう・相応そうおう・同類どうるい・遍行へんぎょう・意熟いじゅく

原因に対しての条件のあり方が四縁
増上縁ぞうじょうえん・等無間縁とうむけんねん・所縁縁しょえんねん・因縁いんねん
　　　　　　　　　　　　　
結果の現れ方が五果　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　増上果ぞうじょうか・士用果じゆうか・等流果とうるか・異熟果いじゅくか・離繁果りけか

因果の関係を上記の組み合わせで分類する
直接的な関係、間接的な関係、連続する関係
積極的な関係、消極的な関係、反発する関係
どちらでもないが特に邪魔もしない関係、
直ぐに表れるのか、時間を置いて表れるかなど

(3)三界・五趣・四生（さんがい・ごしゅ・ししょう）
 仏教の世界観と生物の生まれ方の違いなどに関する説明、またその種類など
　　　　　　　
見道・修道・無学道（けんどう・しゅどう・むがくどう）
四向・四果（しこう・しか）　

(4)器世間・有情（きせけん・うじょう）
(5)表業・無表業（ひょうごう・むひょうごう）
(6)十善・十不善業（じゅうぜん・じゅうふぜんごう）
(7)九十八随眠（きゅうじゅうはちずいめん）
人間の根本的な煩悩を六つに分類しそこから九十八種類に展開

(8)見道・修道・無学道（けんどう・しゅどう・むがくどう）
(9)四向・四果（しこう・しか）
(10)三世実有法体恒有（さんぜじつうほったいごうう）
存在の基盤であり一貫性をもった全ての要素である法（ダルマ）は実体であり過去・現在・未来の三世に於いて存在する。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　つまり、ダルマという法則は永遠に存在するモノでその枠の中で全てが行われていると考え、原因と条件に依って生じる個々の事象は無常だがそれらの事象を成立させる構成要素ダルマという枠組みは有るとしました

究極的には一切が有ると言い、外部対象は真実として成立すると認めると言った具合に、更に細かくなり説一切有部が誕生。


[心相続（しんそうぞく）]
輪廻思想に対しては、刹那滅（せつなめつ）による心相続（しんそうぞく）と言う理論を編み出しました
刹那とはサンスクリットのクシャナを漢訳したもので時間の最小単位、時間の原子と言った意味ですが

『曰く、我々の心と言うモノは原因に依って生じてから一刹那で生滅する瞬間のモノだがもちろんそれで終わりでは無くその直後に前の心とは、ほんの少し違うがほとんど同じ心が生じ、また生滅してまた生まれると言った繰り返しをしている行為を行ったコトによって作られる業は一刹那から次の一刹那に引き継がれる』

つまり不変の個人ではなく刻々と変化しながら相続を繰り返していく心の連続体、非連続の連続こそが心相続であり輪廻を繰り返す主体であるとして永遠不変の魂や真の自我といったモノは無いとしました

しかし、有部の見解では刹那ごとに生ずる心の方向性を定める根拠を想定しなかったのでこの世の中の要素や原理までもが刹那滅で変化していくモノだと世界は自己同一性や一貫性を欠いたモノになってしまいます

その為に、三世実有法体恒有（さんぜじつうほったいごうう）を提唱したので、仏教の根本であるところの諸行無常・諸法無我と矛盾するものとなりました。

これに関して倶舎論を書いたヴァスバンドゥは、経量部の見解である相続転変差別（そうぞくてんぺんしゃべつ）と言う理論がでてきました。

『曰く、心は刹那滅であっても行為の影響は、潜在的に種子（しゅうじ）として残留する心の中に、この種子が植え付けられるコトを薫習（くんじゅう）と言う。』

すなわち次の瞬間に生ずる心を決定づけるのは、前の心によって植え付けられた種子によって決定される。種子が変化発現することで次の心を生じる（現成・げんじょう）

薫習→種子→転変→現成

種をまき、種が変化し、実を生じ、また種をまく種子の影響は繰り返しをしながらも永遠不変なモノでは無いので諸行無常には抵触しないとして、経量部の見解で有部の穴を埋めました

要約すれば、我々の身体や心などは一瞬一瞬に変化をしながらも全く異質なモノにならないのは
種子と言う行為の残影が心に植え付けられる事により自己同一性を保持しているからで
瞬間的には非連続的なモノでありながら種子の力によって方向付けられ連続している。
しかし永遠不変ではない。

つまり、非連続の連続を方向付けるのは
業（ごう）…行為の潜在力・残影であり、永遠に存在するような法（ダルマ）では無い
それは種子という形で引き継がれていく。

単体としては瞬間のモノが連属する事によってあたかも、そこに実体があるかの様に見える。
しかし本質は、瞬間の集まりが一定の性質や条件に従って寄り集まっているだけである。
連続に見えても永遠ではないから、諸行無常であると考えます。

 

成業論

善・不善の心のはたらきと行為により、種子を生長せしめ、適宣、薫習する。この「相続、変化、果を生む」（相続転変差別）というプロセスを経て、種子の力が成熟するに応じて、未来に好ましい果あるいは好ましくない果が生じる。

同じことは「解深密経」において

阿陀那識は甚深にして微細である

一切の種子は瀑流のごとくに流れる

我と分別するなら不合理であるから、われ（世尊）は凡夫にはそれを説示しない、

、と書かれている。

 

異熟識（種子を収める阿頼耶識、身体を維持する阿陀那識）を認めないならば、ほかのいかなるものが身体を維持するのか？

もし異熟識が認められないならば、煩悩の随眠はどこに存在し、その対治によって断ぜられるのか？

無色界に生じ、染汚（ぜんま）と善と無漏なる心相の人々にとって、この無色界という趣に摂せられる、いかなる異熟の体が身であるのか？

また趣（死後における存在の状態）は異熟でなくなり、三界の繋ではなくなる。

 

不還果が漏を滅尽しようと修行するときにも身という実物はなぜあるのか？

命根という実物は存在しない。なぜなら勢力を命根と仮に立てたにすぎないからである。

勢力や相似したものは実物は存在しない。

異熟識が存在すると認めなければならない。

 

 

異熟識の別名　　　　阿陀那識 ădănavijñāna　　　　　　阿陀那識とアーラヤ識と異熟識

ある人の阿頼耶識は、蔵している種子から対象世界の諸現象<現行（げんぎょう）法>を生じる。

またそうして生じた諸現象は、またその人の阿頼耶識に印象<熏習（くんじゅう）>を与えて種子を形成し、刹那に生滅しつつ持続（相続）する。

 

阿頼耶識は個人存在の中心として多様な機能を具えているが、その機能に応じて他にもさまざまな名称がある。。

諸法の種子を内蔵している点からは一切種子識（sarva-bījaka-vijñāna）、

一切法の種子をおさめる「蔵」となるからアーラヤ識　　ālayakhyaṃ-vijñānaṃ

過去の業の果報<異熟（いじゅく）>として生じた点からは異熟識（vipāka-vijñāna）、

前世の業とときを異して熟したものであるから異熟識vipāka-vijñāna

他の諸識の生ずる基である点からは根本識（mūla-vijñāna）、

身心の機官を維持する点からは阿陀那識（ādāna-vijñāna、執持識／執我識。天台宗では末那識の別名）と呼ばれる。

未来の生存を続いて生ずるとき、身体を維持するから阿陀那識ădăna-vijñāna

 

 

異熟識の認識対象（所縁）と認識作用（行相）と五蘊

知覚されないほど微細である。

 

異熟識は五取蘊の識蘊に属する

識を縁として名色あり。識とは６識身なり。

凡夫が分別していると輪廻をし、凡夫の異熟識は変化することがない。

 

「身密・手に諸尊の印契（印相）を結ぶ」、「口密（語密）・口に真言を読誦する」、「意密・意(こころ)に曼荼羅の諸尊を観想する」

 

異熟識と六識は因と果との関係を離れずして生起するものである。すなわち同時に生起する。

また異熟識の相続に対してもう一つの諸識が薫習するからである。

これに対し、別々の身の２つの識相続にはそのような理はないから、それゆえに異熟識と六識と同時生起をみとめてもなんの過失もない。

 

アーラヤ識はアートマン我ではない

 

 

 

 

『成業論』にお け る異熟識説　　　　　　　　　　兵 藤 一 夫

序 『成業論 』の内容および性格はラモート教授と山口博士の研究によりほ ぼ明らかにされている1)。

それによれば『成業論』は世親が『倶舎論』の後に著作したもので, 随所に『倶舎論』との相関性が見られる。

そして『成業論』における世親の立場は経量部のそれであるが, 『倶舎論』における立場と全く同じではなく, 喩 伽行派に近いものとなっている。『成 業論』には喩伽行派のアーラヤ識説に似た異熟識説が説かれているである。 ところで, この『成業論』の最大の特徴は著者世親が経量部の立場で異熟識説を展開することにあり, ラモート教授・山口博士両氏ともこの点に留意して喩伽行派のアーラヤ識説との比較をされているが, 異熟識自体やその存在論証の仕方の比較検討には充分でない点が見受けられる。従って, ここではその点を申心に検討して, 『成業論』における異熟識説の特徴を明らかにしてみたい。

1. 本筋に入いるに先立ち, 『成業論』全体に通じる世親の基本的立場を必要なものだけまとめておく。

(1)顕色の極微を実有とする(外境の実在)。

(2)諸法は文字通りの刹那滅である。

(3)存在するものは効果的作用 をなす。

(4)同時の因果関係は認めない

これらを念頭に置いて, 先ず『成業論』に説かれている異熟識が如何なるものかを考えよう。

『成業論』§18(章分けは山口益『世親の成業論』による。以下同じ)に,一切の種子を有した異熟識は結生して〔自体を〕得て, それぞれの生において中断なく,種々の異熟因によって種々となり, 浬架に至るまで連続して生じる 中略一 〔滅尽定から〕出定の時に,〔定の〕引発が究極に至ったならば, 異熟識において各刹那 に特殊な変化をすることから種子が生起を得ることによって, 〔先ず〕意識と, 後に他の諸識もまた縁に応じて生じる。(北京No. 5563, 164a4-164b3)

さらに §19に,種々なる種子が内在しているその異熟識に対して, それとは別な識と倶起する善不善なるかの別法3)が種子を増長する仕方で所応の如く蕪習する。この〔異熟識の〕相続の特殊な変化から, 力に応じて習気が生じる時, 後時に望ましい或いは望ましくない果が現成する。(ibid., 164b3-164b5)

また §20に, 「異熟識と他の識が一有情身の上に同時に生じるならば一有情身に二有情が仮説されることにな る」という異議に対して,その如くにはならない。

その二つ〔の識〕は因と果なるものとは別でないものとして生じるものであり, そして異熟識の相続に対してもう一方のもの(転識)が薫習するからである。(ibid., 166a4-166a5)

以上が『成業論』に述べられている異熟識説のあらましである。そこで, 前述の世親の基本的立場を考慮に入れてこの異熟識説を検討してみよう。

外境が実在することから, 眼識などの五転識が異熟識から直接生じることはない。従って,§20の 転識が異熟識の果であるというのは, §19の言い方を借りれば, 転識と倶起する善などの法が異熟識の果であるということになろう。これらのことから『成業論』における異熟識説は次のように書けるであろう。

「種々なる種子が内在している異熟識と六転識の一つが有情身の上に倶起する。これらはまとまって一つの心 を形成するが, 識相続としては並列的で二つの相続をなす。 そして, この二つの識相続の間に前後一刹那(異時)の因果関係と薫習の関係とが成立する。

すなわち, Aなる刹那の異熟識の善などの種子からその直後のBなる刹那に善などの法が眼識などと倶起し,一方,Aなる刹那の眼識など倶起した善などの法はBなる刹那の異熟識を勲薫習する」と。この異熟識説を喩伽行派のそれと比較してみると四つの特徴が明らかとなる。

(1)異熟識と転識は並列的で別な相続をなす。

(2)異熟識と転識の相続は前後一刹那(異 時)の〔更互〕因果関係を有する。

(3)六転識同志は倶起しない。

(4)染汚意が別立されていない, である。

 

II. 次に異熟識の存在論証(理証)について検討しよう。『成業論』には五つの理証が説かれている。すなわち,異熟識がなければ,

(1)滅尽定などの無心位から出る時再び識が生じることが不可能,

(2)命終の時まで不断に身を執持することが不可能。

(3)煩悩の対治が不合理。

(4)無色界の有情が染汚や善などの意識の時無覆無記なる異熟の実体がなくなり, 無色の各有情を仮説する基体 がなくなる。

(5)有頂にいる有情が自地の諸惑を断じるために下地たる無所有処の無漏道を起こす時,有頂の有情であるための所依がなくなる5)。

さて, 『成業論』の叙述形態から考えて, 世親にとって(1)が最も重要な問題であったと思われる。

世親は『倶舎論』において経量部の1種子説や相続転変差別説を中核とした単層的な心(識)相続説を積極的に支持していたが, 滅尽定などの無心位において心相続が一時的に断じる問題に対する彼らの考え方, 「有根身(色 相続)が心の種子を保持する」は紹介するだけで何ら支持を与えていない。 世親は滅尽定などにおける心の存在について種々な説を検討する中で, 今まので単層的な心相続の考え方を捨て,潜在的な識相続を含んだ重層的な心相続の考え方を採用したのである。

次に, (2)は「識が身(有 色根)を執持する」という前提に立っているが,『倶舎論』ではこの考え方は見られない(経 量部では身と心の相続は一応別である)。

(3)は煩悩の対治のメカニズムの問題 である7)。『倶舎論』には煩悩の断についての経量部の考え方は示されていない。単に煩悩の種子を保持するだけなら従来の経量部の単層的な心相続に基づく種子説でも対応可能である8)。しかし対治識が生じた時は, 所対治なる煩悩の種子と能対治たる識は何らかの作用を及ぼす関係 にあるか ら, 前者が後者を所依とすることは好ましくない。(4)(5)は いずれも有情の差別(趣 な どの衆同分)に 関するものである。経量部は衆同分や命根を有情の類や持続力に対する仮説に過ぎないとし, 有部のように実体としては認めない。 このため無色界の有情の差別(衆同分)を変化の多い単層の心相続だけに基づいて仮説しなければな らず, ここに指摘されるような不合理が生じてくる9)。

ところで, これらの問題 はいずれも単層的な心相続説に立つ限り解決の出来ないものばかりである。一方, 『摂大乗論』のアーラヤ識の存在論証の中に経量部の種子説そのものの不合理さを指摘するものが あるが10), ここではそれは見られない。 以上のことか ら『成業論』において世親が異熟識を導入した意図が明らかであろう。彼は一有情身において潜在的な異熟識が転識と倶起するという二識の相続を認めることによって, 従来の経量部説の弱点を取り去ろうとしたのである。 しかし,この異熟識の導入は従来の経量部説を越えることになるが, 彼はその影響を最少限にとどめている。すなわ ち, 世親は経量部の立場を可能な限り守りながら, 異熟識説を展開するのである。

 

III. この世親の態度に対して二通りの解釈が可能である。異熟識の概念は経量部内部のものか或いは外部(喩伽行 派)の影響を受けたものかである。 ラモート教授は前者を取り, 喩伽行派のアーラヤ識説はこれを借用したもの であると考えられている11)。山口博士は後者を取り, その論拠として『成業論』が『解深密軽』の偶を引用していることと注釈者スマティシーラのことばを上げておられる12)。筆者も山口説に賛成であるが, 論拠としてさらに次のことを加えたい。

(1)異熟識の同義語の説明の仕方が喩伽行派と同じである13)。「身を執持するからアーダーナ識」『という中, 「〔識が〕身を執持する」というのは前述の如く経量部的ではない。 又, 「一切法の種子の依拠となるからアーラヤ識」 という中,「一切法の種子」というのは心とは別に色法を実有とする経量部の立場を逸脱している。

従ってこれらの語義解釈は喩伽行派のものを借用したのであろう。

(2)薫習の概念が喩伽行派的である。経量部では種子がその都度新たに心相続に置かれることを黒習と考える。一方,『成業論』で述べられる「種子を増長する仕方で黒習する」とは無始時来のアーラヤ識を念頭に置いた考え方であり, 喩伽行派的である。

 

1) E. Lamotte "Le traite de l'acte de Vasubandhu Karmasiddhi-prakarana" (Me1anges chinois et bouddhiques 1936). 山 口益 『世親 の成業論』(法 蔵館 昭26)。

2) (1)は 『成業論』§3, (2)は §5, (3)(4)は §21を 参照。

3) 経量部の立場では善などの心所法と心(識)は 本質的には区別できないが, ここでは転識が善などの様相を持 って生じることを「善などの法が転識と倶起する」と表現したのであろう。

4)同じ世親の著作で『成業論』と密接な関係があると思われる『唯識 三十頚』では,わざわざ五転識(意識はこれ らと倶起)同志の倶起が明言されているので, 『成業論』で明言されていないということは, この問題に対する世観の立場が従来(経 量部)と変わっていないことを示していると思われ る。

5) (1)は 『成業論』§18, (2)-(5)は §19(b)参 照。

6) N. Hakamaya "Nirodhasamapatti Its Historical Meaning in the Vi jnaptimatrata System "(印 仏 研No. 23-2)参照。

7) 『唯識三十頗釈 』(Levi 本p. 38)にはここと同様な議論が見られるが,『摂大乗論』(Lamotte §1-32)では,「対治識(見道)が生じた時,それが修所断の煩悩の種子を保持することは不合理である」と述べられ, 内容が異っ ている。

8)『倶舎論称友釈 』(W本p.148, l. 22-p. 150, l. 10)参照。

9) 拙論『倶舎論』に見える説一切有部と経量部の異熟説 」(仏教思想史No. 3, p. 67)参照。

10)『摂大乗論』(Lamotte §1-30, 1-32)参照。

11)前掲 Lamotte論文p. 178参照。

12)前掲 山口本pp. 33-34参照。

13)『成業論』 §19(a)参照。

(大谷大学大学院)

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『解深密経』（げじんみっきょう、梵: Saṃdhi-nirmocana Sūtra）は、中期大乗仏教経典の1つ。

原題は、「サンディ」(saṃdhi) が「結合・連結」、「ニルモーチャナ」(nirmocana)が「解放」（「解脱」）、「スートラ」(sūtra) が「経」、総じて「解放（解脱）へとつながる経」の意。

 

唯識派もしくは、中国（唐）・日本の法相宗の所依の経典の一つで、唯識思想を初めて説いたといわれる経典である。また、序品を除いて、ほとんどが『瑜伽師地論』第75-78巻に引用され、さらに『摂大乗論』『成唯識論』などに引用されて、後世への影響が大きい。

 

サンスクリット本は現存せず、漢訳では、北魏の菩提流支が訳した『深密解脱経』五巻（513年）と、唐の玄奘訳『解深密経』五巻（646年、諸説あり）、部分訳としては、宋の求那跋陀羅の『相続解脱経』二巻と、陳の真諦訳の『仏説解節経』一巻とがあり、大正新脩大蔵経の16巻に収められている。チベット語訳は全文訳された『dgongs pa nges par 'grel』が残存し、北京版29巻に収められており、フランスのLamotteによって出版され、フランス語訳されている。日本語訳は、国訳大蔵経[1]と、国訳一切経[2]に収められている。

 

成立年代

解深密経は、龍樹以後間もない頃、西暦３百年前後と推定されており、中期大乗経典に属している。

 

内容

玄奘訳『解深密経』は、八品で構成されている。

序品 仏が十八円満の受用土において、二十一種功徳成就の受用身を現じ、無量の大声聞衆と大菩薩衆が集会している情景を述べる

勝義諦相品　勝義諦真如は名言の相を離れ、有無の二相を離れ、尋思の所行を超え、諸法の一異相を離れ、一切に遍じ一味の相であると説く

心意識相品　阿陀那識、阿頼耶識、一切種子心識、心を説き、それと六識の倶転を明らかにする

一切法相品　遍計所執性、依他起性、円成実性の三性を説く

無自性品　　相無性、生無性、勝義無性の三無性を説き、有・空・中の三時教判を説く

分別瑜伽品　止観行を詳説して、識の所縁は唯識の所現であると説く

地波羅蜜多品　十地および十波羅蜜多行を説く

如来成所作事品　如来法身の相および化身の作業を説いている。

注釈書

解深密経は、唐、新羅でも広く研究され、令因の疏十一巻、円測の疏十巻、玄範の疏十巻、元暁の疏三巻などがあったが、現存して用いられているのは、円測の疏だけである。ただ、この円測の疏は第十巻を欠いているが、そのチベット訳が存在しており、それによって補うことができる。チベットの注釈書に関しては、芳村修基によれば五種あったとされるが、現在は無著の疏、智蔵の疏、覚通の疏の三種が北京版に残っている。

 

 

 

心・意・識説におけ阿頼耶識 と末那識との関係　　　　一所縁の問題を中心に　　　　　金 範松

1 ．心・意・識説と心・識説

心・意・識説とは ，

一般的には唯識思想において八識説を表す『唯識三十頌』『成唯識論』の識説である．それに対して初期唯識の経典（『解深密経』『摂大乗論』）では心・識説として理解されている．ここで論者は心・意・識説と心・識説の境界にある「意」をどのように理解すべきかを考察した いと思う．

初期唯識の経典（『解深密経』『摂大乗論』）でも「意（末那識）」の意味が全くないのではない．すなわち，阿頼耶識の異名として現れる「阿陀那識：有根身」または「心：染汚性 」の中には後の第七末那識の先行的な意味がある．確かに「阿陀那識」または「心の染汚性」がそのまま後に末那識になったという学説もある．

 

しかし，「心」乃ち阿頼耶識の異名で呼ばれ ているもの（阿陀那識），または心のある性質（染汚性）が心の体から取り出されて第七識が生まれたという論には無理があると思う。それは第八識と第七識を完全に分離して別 のものとして理解する恐れがあるからだ．例えば，第六識の背後に第七識があり，また第七識の背後に第八識があるように理解するのではないか．

ここで，阿頼耶識は種子であり，阿陀那識は現行として第八識・第七識の意味があると理解する方がより正しいということを本論文の結論として示したい．

2 ．阿頼耶識と末那識との関係 （「唯識三十頌』 第五偈 ： 「依彼転縁彼」）

1 ）所依の関係2♪： 第六・第七・第八識の所依関係 は次のようである．

（図表 ）

 

阿陀那識＝第７識＋第８識

 

 

上の図表で推論できることは，お互いに所依とする第七識と第八識とを合わせて一つの識として見ることができることである．また，それは『解深密経』や『摂大乗論』に出ている阿陀那識という概念に当たると言えよう．

2 ）所縁の関係 ： 所縁とは対象のことである．第七識と第八識とは何を対 象にして働くのかの問題から両識の関係を調べたいと思う．

まず，第七識の所縁はltで 示したように「彼を縁ず」の所である ． ここで「彼」とは何かについて『成唯識論』では議論が行われている．すなわち，［第八識の］体と心所なのか，見分と相分なのか，蔵識と種子なのか， そして見分のみなのかである．

護法は「この意（第 七 識 ）はただ蔵識（第八識 ）の見分（現行自体分）のみを縁じ，他のもの（心所・相分・種子）ではない，彼（第八識の見分）は無始よりこのかた一類に相続し匸また］常と一に似た存在だからである」

3）という．

 

次に，第八識の所縁は『唯識三十頌』第五偈の「不可知の執受と処」の所である．『成唯識論』の説明によると「執受（種子と有根身）と及び処（外器）とは倶に是所縁なり，阿頼耶識は因と縁との力（種子）の故に［頼耶］自体が生ずる（現行）時に4），内には種と及び有根身とを変為（転変）し，外には器を変為す． 即ち所変を以て自の所縁（相分）と為す．行相（見分）は之（所縁相分）に依って起こることを得るが故に」5）という．

では，ここで第八識の所縁（不可知の執受と処）と第七識とは何の関係があるのか．結論から言うと，「染汚の基因」と第七識との関係になると言える．その内容は次の二つの例から明らかになると思う．

例1）『摂大乗論』（長尾雅人 『摂大乗論和訳と注解』上，講談社，1982， 295，2−9）

種々の表象が夢の如くであることはすでに説かれたが，それらの中で眼識などの表象がただ表象のみであるとい うことは合理的でもあろう，しかし眼などの表象は物質的であるのにそれが何のようにしてただ表象のみである と見られるのか． ［物質的なものの表象は］倒錯した考えなどの諸種の染汚に対する基因となるからである．そういうこ とがないならば，［外界の］対象物の存在しない所に，物ありとする倒錯した考えは起こらないであろうし，もしそれが起こらないなら，煩悩の障害，知に関する障害という染汚もないことになるであろう． …

例 2 ）『成唯識論』巻 七，（T31 ．39b），（九難義一 第五 難）

難 ： 若し諸の色処は亦識を以て体と為すというならば，何に縁ってすなわち色相に似て顕現し，一類に堅住にして相続して転ずるや．

答 ： 名言熏習の勢力を以て起きるが 故に（因能変：種 子），染・浄法のために依処となるが故に（果能変：現行），謂わく此（色等）が若し無ければ顛倒無かるべし，すなわち雑染も無く亦浄法も無い．是故に諸識は亦色に似て現ずる．

以上，上の二つの例から見ると，第八識所縁は「種 子」または「染汚性 」であることが分かる．言い換えれ ば，それは種子・染汚性と第七識との関係になる ．

すなわち，種子と第七識との関係は因縁（倶有依）として種子と現行との関係であり，現行第八の染汚性と第七 識との関係は異類の現行として同時に存在する関係（増ヒ縁）であることが分かる．それは所依の場合と同じようにその両識を合わせて阿陀那識として読むことできると思う．

3 ． 阿陀那識の 意味

1 ）第八識の異名：『成唯識論』巻三には第八識の異名として色々名前が出ているが，概ね分類すれば第八識全体に通じる名前と頼耶三位としての名前で分類することができる．

まず，第八識すべての位に通じる名前は心阿陀那識所知依種子識である．ここで，注視することは「第八識すべ ての位に通じる」という名前としての阿陀那識である．それは能縁と所縁との未分化としての心（阿陀那識）を 考えることができるからである．

それに対して頼耶三位は阿頼耶識異熟識無垢識（一切種子識）である．

この時，阿頼耶識という名前は能縁である第七識の［修道の］位によって所縁として現れた名前が阿頼耶識である．その関係を図表で示すと次のようである．

（図表2）：所縁（第八識の見分）と能縁（第七 識）の三位

 

2 ）五教義：「五教義」とは第八阿頼耶識を証明する五教十理証の五教義である．

「成唯識論』巻三では五つの経典を引用して第八識の存在を証明するが，その中で阿陀那という名前を出して第八識を証明する経典は次の二つである．

『大乗阿毘達磨契経』，「無始時来塁一切法等垈由此有諸趣及涅槃証得」

（T31 ．14a）

『成唯識論』の説明によると「この第八識は自性微細なり，故に作用を以て而も之を顕示す，頌の中に初の半は第八識の因縁（界）と為る用を顕す，後の半は流転と還滅とのために依止（依）と作る用を顕す」といい，さらに「界」は因（種子識）であり，「依」は縁（執持識（阿陀那謝）である」と説明する．

 

『解深 密経』，「阿陀那識甚深細一切種子如瀑流… 」 （T3Ll4c ）

『成唯識論』の説明によると「能く諸々の法の種子を執持して及び能く色根と依処とを執受し，亦は能く結生と相続とを取ることに執するを以ての故に，此の識を説いて阿陀那と名つく」という．

以上，二つの経典で引用された阿陀那識という名前は註 6で示した能変という概念から解釈することができる． すなわち，一切種子は因能変として種子識であり，阿陀那識は果能変として現行識である．

 

3）六識の所依：六識の所依は『唯識三十頌』の十五・十六頌の「依止根本識五識随縁現 … 」の所である．「成唯識論』巻七（T31．37a）の説明によると「根本識とは阿陀那識なり，染・浄諸識の生ずる根本なるが故に，依止するものは謂わく前六転識なり，根本識を以て共・親（不供）の依と為すが故に」という．

ここで，前六識の所依は阿陀那識（根本識）であり，さらに根本識を以て供依と新依（不供依）とするという．それはまさに第二章の所依の問題で示した図表1の内容と一致することが分かる．

 

4 ． まとめ

以上，心・意・識説における阿頼耶識と末那識との関係（所依・所縁）を考察した結果，八識説以前の心・識説において「心」の転変の様子が具体的に現われた．それを図表として示してみると次のようである．

 

心 （能変）　　因能変　種子 　阿頼耶識　　

　　　　　　　 果能変　現行　 阿陀那識　　　第８阿頼耶識

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　第７末那識　　　　　　　前六 識

 

1）『摂大乗論』第一章，知られるべきものの依り所 （T31 ．133b− 134a）．

2）金 範松 「心・意・識説に関する研究一 阿頼耶識と末那識との関係を中心に一所依の問題」，『大正大学大学院研究論集』 第36号，2012年．

3）『成唯識論』 巻四（T31 ．22a）．

4）『成唯識論』 巻二 （T31．7c）能変一因能変 （種子 ）： 等流習気・異熟習気，果能変（現行）：等流習気を因縁にして八識差別が起きる・異熟習気を増上縁にして第八識を感ずる．

5）『成唯識論』 巻二（T31．10a）．

6）深浦正文『唯識学研究』下，269．永田文昌堂 ， 1968年．

（大正大学大学院）

 

 

 

 

イダム守護尊

チベット仏教におけるマントラ「ガル・チャンダ・マヌ・フリディ・スヴァーハー」を誦す事で　イダム（守護尊）を見る事ができるとされる。

日本の密教では、開運厄除け・祈願成就の為『守り本尊』という習わしがあり、本尊とする仏達は生まれた年の干支によって決まる。

 

守り本尊とするイダムにはヒンドゥー教の神々からの影響が強いものが多い。彼らの身体は青く、トラの褌やシヴァ神といったヒンドゥー教の神々を踏みつけているのが特徴だ。

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一般的に『ヘールカ』といいチベット仏教では盛んに信仰されている。

 

以下はチベット仏教の代表的なヘールカ一覧。

■ヴァジュラハイラヴァ

チベット仏教で最も異形な姿の仏であり、水牛の頭を持つヴァジュラハイラヴァは文殊菩薩の化身ともされる。

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また無上兪伽タントラは『父(ふ)』『母(も)』『不二(ふに)』というタントラに分類されていて、この水牛の頭を持つ異形の仏は父タントラに属している。

因みにヘールカの殆どは身体が青いが、仏教的な意味合いを見れば青は煩悩に対する『怒り』の色である。

 

■チャクラサンヴァラ

母タントラに属するチャクラサンヴァラは妃(ヴァジュラヴァラヒ)を抱くヤブユムの姿で描かれている。

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チャクラサンヴァラは三日月の髪飾りやダマル太鼓や三叉戟等、明らかにシヴァ神の影響を受けているが、彼が踏みつけているのは、紛れもなくシヴァ神とその妃なのだ。

これを見るとヒンドゥー教より仏教が優れていると物語っているようだ。

 

■ヘーヴァジュラ

妃ナイラートマーを抱く姿で描かれるヘーヴァジュラだが、これはあまねく全ての如来を飲み込み、精子として還元させ、妃の体内に入り、世界を想像し、悟りへと至るという宗教的実践行為の過程を表している。

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ヘーヴァジュラは武器を持つ姿で描かれる事もあるが、一般的なのは十六の手にカッパーラを持つ姿だ。

この場合、右の八本の手に持つカッパーラには病気や不幸のシンボルである動物が。左手の八本の手に持つカッパーラには、病気や不幸から打ち勝つ為の神々が描かれている。

 

■カーラチャクラ

時間のサイクルを意味するカーラチャクラ(『カーラ』は時間『チャクラ』は輪)はイスラム教に対抗するため、仏教とヒンドゥー教が手を取り合い作り出した経典『カーラチャクラ・タントラ』の尊格だ。

また、チベット仏教ではチャナ・ドルジェ(金剛手菩薩)と呼ばれる尊格が存在するが、彼は魔除けとして守りの護符として描かれる事も。

 

自身の生まれた年の干支によって決まる尊格。

【子年】　■千手観音　　　千の手と千の目を持つ、千手千眼菩薩とも呼ばれる菩薩。

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彼が何故で、こんなにも多く手があるかというと、千の手や眼であまねく全ての人々を見渡し、救う為であり、大変慈悲深い尊格だ。

 

【丑年・寅年】 ■虚空蔵菩薩     無限の智恵と記憶力を持つ尊格。

【卯年】       ■文殊菩薩　　　　右手に煩悩を滅する宝剣と左手には経典を持つ、智恵を司る尊格。

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因みに日本では獅子に乗った姿で描かれる事が多い文殊菩薩だがチベット仏教では、数多くの姿で描かれ、妃を抱いた姿や多臂の文殊菩薩等、様々な図像で表されてきた。

 

【辰年・巳年】　■普賢菩薩　　　　慈悲と理知で人々を救う尊格で、六本の牙を持つ象に乗った姿で描かれる。

因みにチベット仏教ニンマ派では、普賢菩薩は本初仏まで地位が上がり、真理や菩提心を象徴する究極的な仏となった。日本では天衣を付けた菩薩の姿で描かれる事があるが、ニンマ派においては青い裸体で妃を抱いた姿で描かれる。

【午年】　　　■勢至菩薩　　　　　智恵の光で、大勢を照らし迷いの中から導く尊格。

【申年・未年】　■大日如来　胎蔵界・金剛界曼荼羅の中心に坐す仏であり、密教では真理(ダルマ)そのもの。

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【酉年】　　　■不動明王　　　大日如来の化身ともされ、五大明王の中心的存在。

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日本では絶大な人気を誇り、宝剣を持つ童子形の姿で描かれるがチベット文化圏では忿怒の姿が一般的だ。

【亥年・戌年】　　■阿弥陀如来　　西方浄土に住む無限の光と無限の命を司る仏であり、無量光(アミターバ)無量寿(アミターユス)とも言われている。