真核細胞の構成体と意識 わたしとは誰なのか?
他の生物と合体してできた人間の細胞
ヒトの1つの細胞の中には13種類以上の構成要素があるのだが、もともとはこれらの構成要素は細胞膜の外側にあった他の生物であったもので、これらを膜内に摂り入れて合体したものがヒトの細胞である。
ミトコンドリア エネルギーを生み出す
リソソーム…細胞内消化の場。生体高分子はここで加水分解される
ゴルジ体…タンパク質の糖鎖修飾や、リボゾームタンパク質の形成、タンパク質を分類し、分泌顆粒、リソソームあるいは細胞膜にそれぞれ振り分ける働き。
小胞体…タンパク質や脂質の合成・貯蔵、カルシウムの貯蔵を行う
DNA核 利己意識 セルフィッシュ・ジーン
典型的な動物細胞の模式図
:(1) 核小体(仁)、(2) 細胞核、(3) リボソーム、(4) 小胞、(5) 粗面小胞体、(6) ゴルジ体、(7) 微小管、(8) 滑面小胞体、(9) ミトコンドリア、(10) 液胞、(11) 細胞質基質、(12) リソソーム、(13) 中心体
とんでも仮説 構成要素と意識の関係性を仮想してみる
正しい仮説ではなく、細胞の各構成要素の働きを知るために、あえて無茶な仮説を想定してみる
探求するためのツールとして。
根拠ではなく、探求するきっかけとなる照明灯として
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機能 |
意識 |
インド哲学 |
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ミトコンドリア |
エネルギーを生成 |
非意識 |
citta |
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DNA核 |
枠組みを複製 |
自己意識 |
ahankāra |
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リソソーム |
細胞内消化 |
一体意識 |
buddhi |
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ゴルジ体 |
分類、振り分け |
共通意識 |
manas |
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小胞体 |
蛋白質合成、貯蓄 |
統合意識 |
jīva |
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小胞体
リボソーム(ribosome) の付いた粗面小胞体(rER)と付いていない滑面小胞体(sER)がある。
粗面小胞体は、 平たい袋状に拡がった小胞体の2枚の膜表面にリボソーム顆粒が付着していて、 おもに円盤状(押しつぶされた袋状)をしており、膜結合型・分泌型タンパク質を作る「工場」となっている。 分泌性タンパク質をさかんに合成する消化酵素をつくる細胞や、内分泌腺の細胞でよく発達している。
滑面小胞体は細胞質内に網のように広がり、互いに連絡する内腔をもった微細な管状の構造物。粗面小胞体とともに脂質の合成・代謝の場となっている。 また、粗面・滑面小胞体とも、特定のイオン類の貯蔵の場となっている。 平たい膜ではなくむしろ管状構造をしている。両者の小胞体の管腔は連続している。
粗面小胞体
ゴルジ体やリソソーム、小体、細胞膜等を構成するタンパク質および、分泌タンパク質が合成される。
タンパク質のプロセシング
合成されたタンパク質の折りたたみや切断、ジスルフィド結合、糖鎖の付加等が、小胞体膜表面や内腔で行われる。リボソームで合成されたタンパク質は、合成されながら、小胞体膜の膜貫通タンパク質であるトランスロコン(透過装置)を通り、小胞体内に輸送される。小胞体内では、合成されたタンパク質が、折りたたまれ、正しい立体構造を形成する。また、糖鎖付加、ジスルフィド結合の形成等をされることで立体構造がより強固なものになる。
合成されたばかりのタンパク質は異常な立体構造をとりやすい。熱などのストレスがかかると、立体構造が異常なタンパク質が小胞体の中に過剰に蓄積される。そのような状態を小胞体ストレスといい、小胞体ストレス応答といわれる反応を引き起こす。
小胞体ストレス応答では、立体構造が異常なタンパク質は折りたたまれたり、分解されたりする。立体構造が異常なタンパク質は、分子シャペロンにより正しい立体構造に折りたたまれたり、ユビキチン-プロテアソーム分解系によって分解される。分解される場合は、トランスロコンを通じて小胞体外へ出される。
タンパク質の輸送
合成されたタンパク質は小胞体から出芽する輸送小胞によって他の細胞小器官や細胞膜へと輸送される。ゴルジ
体を経由する系が主要な物とされる。
代謝
シトクロムやシトクロムP450等が局在し、これらの酵素が様々な物質の代謝を行っている。
カルシウム貯蔵
細胞内カルシウム濃度は、細胞外からのカルシウムの流入に加え、細胞内のカルシウム貯蔵器官からのカルシウム放出によっても制御されている。小胞体はこのカルシウム貯蔵器官であり、IP3受容体など細胞内シグナル伝達に関わるタンパク質が局在し、カルシウム結合タンパク質等とともにシグナルに応じたカルシウムの放出を行っている。
リボソーム (ribosome)
遊離型 (free ribosome)と付着型 (membrane-bound ribosome)がある。 12nm×25nm位の大きさの、顆粒状(雪だるま型)の構造物。
リボソームは、ダルマのように大顆粒(large subunit)と小顆粒(small subunit)が 重なった構造をしている。
リボソームはRNAとタンパク質の複合体で、核小体部で作られたRNAとサイトゾールで作られ核に送り込まれたタンパク質からつくられ、再びサイトゾールに送り返される。
リボソームはタンパク質合成の場所である おもにリボソームRNA (rRNA) からなる(少量のDNA・タンパク質も含む)。 RNAからポリペプチド(タンパク質)への「翻訳」の場。
注)付着型リボソームは小胞体に付着し、そこを粗面小胞体と言う。付着型リボソームでは膜結合型・分泌型タンパク質の翻訳がおこなわれる。
遊離型リボソームは、しばしば集合してポリリボソーム(ポリソーム)を形成する。ポリソームでは非膜結合・非分泌のタンパク(おもにサイトソルのタンパク)の翻訳がおこなわれる。遊離型リボソームを細胞小器官に含めない場合もある。
遊離のリボソームでは細胞内で日常的に使われる(house-keeping)タンパク質が合成され、小胞体に結合したリボソームでは細胞外へ分泌されるタンパク質あるいは膜に埋め込まれる膜タンパク質を合成されている。後者の2種のタンパク質は小胞体腔へ入り、管腔を通って処理され、ゴルジ装置へ送られる。
ゴルジ体
ゴルジ体という奇妙な名前は、発見者のイタリア人病理学者カミッロ・ゴルジ(Camillo
Golgi,1843-1926)に由来。ゴルジは銀を用いて神経を黒く染める研究をしていました。その研究を進める中で、細胞の中に奇妙な形の小器官があることがわかったのです。1898年の発表以後長い間、間違って染色されたものだという意見も多く、広く認められたのは1950年代、電子顕微鏡の登場を待つことになる。
ゴルジ体の機能
ゴルジ体は細胞の中からタンパク質を加工して外に出す、配送センターのような役割をしています。糖尿病の話題で出てくるインスリンは、分泌されるタンパク質の身近な例です。細胞内の小胞体に付属するリボソームで作られた分泌タンパク質は、ゴルジ体で加工され、その後いくつかの過程を経て、最終的に品質管理された状態で細胞外に分泌されます。
ゴルジ体はいくつかの嚢(のう)が積み重なった形(層板といいます)をしていて、分泌タンパク質の入口と出口があります。入口側はシス嚢、出口側はトランス嚢と呼ばれています(図1)。しかし、シス嚢に入ったタンパク質が中間嚢を通りトランス嚢から出て行くまで、どのような経路を辿るのかは様々な説があります(図2)。
90年代の終わりまでは、分泌タンパク質を包む小胞がシャトルのような役割をして、各嚢を行ったり来たりするという説が主流でした(A)。他にも、見えていないだけで嚢と嚢はチューブで繋がっていて、実は分泌タンパク質がそのチューブの中を行き来しているという説もあります(B)。
今主流なのは、ゴルジ体はエスカレーターのように流れているという説です。分泌タンパク質が小胞に包まれてゴルジ体に運ばれてくると、まずそれらがいくつか集まって合体し、一つのゴルジ体の嚢を形成します。次にあとからやってきた小胞が集まって隣に別の嚢を形成します。これが繰り返されて、ゴルジ体の層板ができあがります。最初にできた嚢は、しばらくすると、小胞に分解されて、細胞膜などの目的地に向かって散っていきます。つまり、ゴルジ体の嚢は、絶えず片方の側(シス)で形成され、もう一方の側(トランス)で分解されていて、分泌タンパク質はエスカレーターのように移動する嚢に乗ってゴルジ体のシスからトランスへ移動するという説です(C)。
一方、分泌タンパク質を加工する酵素は、ゴルジ体のシス側からトランス側に向けて働く順番に整然と並んでいて、嚢の中身のタンパク質はシス嚢の中ではじめの酵素により加工されて、次の嚢に渡るとまた次の酵素によって加工される、というようにそれぞれの嚢にある酵素で順番に加工されていくことがわかっています。もし、酵素が分泌タンパク質と一緒に動いているとすると、分泌タンパク質が嚢から嚢へ移る際に、酵素も一緒に流れていって酵素が順番に働けません。そこで、酵素は次の嚢に移ると輸送小胞に包まれて前の嚢に戻っていくと考えられています。ゴルジ体の嚢は分泌タンパク質を乗せて下へ動き続け、酵素は下向きのエスカレーターを上り続けている人のように動き続けることで、あたかも嚢と酵素が一箇所に停止しているように見えるのです。止まっているようで良く見るとゆっくり動いているというのは、たとえば高速道路における車の渋滞に似ています。ゴルジ体に出入りする小胞の量が変わると層板が増えたり減ったりすることも、渋滞が車の出入りする量によって伸びたり縮んだりするところと似ています。
細胞分裂を促進する鍵
多細胞生物のゴルジ体は、普段はまとまった形をしていますが、細胞分裂のときには一旦バラバラに壊れ、分裂し終わるとまた集まるという不思議な特性を持っています。これは従来、ゴルジ体をうまく二つの細胞に分配するためだと言われてきました。しかし、私の考えはこれとは全く異なるものです。
ここ10年間で、細胞分裂時にゴルジ体を人為的に壊れない様にするとどうなるのかという研究が行われてきました。その結果、驚くべきことにゴルジ体が壊れないと細胞分裂が行われないことがわかりました。そこで私は、ゴルジ体が壊れることが細胞の分裂・増殖を促進しているのではないかと考えました。
そもそもゴルジ体は細胞分裂時にどうやってバラバラに壊れるのか、その仕組みの仮説をお話しておきましょう。
ゴルジ体の嚢の表面にはGM130と呼ばれるタンパク質があり、小胞同士、あるいは小胞とゴルジ体嚢を結びつけて合体(融合)させ、ゴルジ体の嚢を形成・成長させると考えられています。しかし、このGM130がキナーゼ(※リン酸化酵素)によってリン酸化されると、小胞は結合できなくなります(図3上)。すると、新しい嚢はできないにも関わらず、トランス側の嚢は個々の小胞に分かれて散っていくので、やがては全てのゴルジ体がバラバラになってしまうのです。車が渋滞しているところに新しい車が入ってこないようにすると渋滞が解消されるのと似ています。
更に、ゴルジ体を形成する嚢と嚢の間には、GM130に隣り合ってGRASP65と呼ばれるタンパク質が存在します。これは、嚢と嚢をつなぎとめる役目をしていると考えられています。このGRASP65も同時にリン酸化されることで各嚢が分かれ、ゴルジ体の分解は促進します(図3下)。
細胞分裂の際には、まずGRASP65とGM130がわずかにリン酸化されます。この時点ではゴルジ体の構造がゆらぐ程度で、これだけではバラバラになりません。しかし、このゆらぎによって、通常時は嚢の間に隠れているGRASP65がゴルジ体の外に露出することになります。このGRASP65はCdk1-cyclinB(サイクリン依存性リン酸化酵素)と呼ばれる細胞分裂を促進するキナーゼを活性化します。Cdk1-cyclinBはGRASP65、GM130をリン酸化するので、これによってゴルジ体は一層バラバラになりGRASP65がさらに露出し、Cdk1-cyclinBがさらに活性化して細胞分裂が促進される……というポジティブ・フィードバック構造が生じます。この結果、ゴルジ体は完全にバラバラになり、同時に細胞分裂が行われるのです。この仮説が正しいとすれば、ゴルジ体の分裂は細胞分裂の結果ではなく、実は要因だったという大きな視点の転換が起きるでしょう。
※2 決定面にもっとも近い点のことを「サポートベクター」と呼ぶ。
ゴルジ体研究の未来
ゴルジ体の機能の中でも特によくわかっているのは糖鎖の加工です。関係する酵素も、加工すべき順番通りに整然と並んでいることがわかっています。しかし、何故そんな綺麗に並べることができるのかは、分子的にまだ理解されていません。この順番が狂ってしまうと、当然タンパク質の加工はうまくいきません。糖鎖と病気の関連はまだよくわかっていませんが、例えばある糖鎖がガン細胞において特徴的に多い、あるいは少ないというデータも存在します。酵素自体が異常を起こしているかもしれませんし、あるいは酵素の並ぶ順番がおかしいのかもしれません。根源となるメカニズムがわかれば、ガンなどの病気の治療に役立つはずです。
また、免疫に関わるタンパク質や、細胞に感染したウイルスのタンパク質の多くがゴルジ体を通ります。ゴルジ体の持つ酵素を使うことで、機能を発現したり増殖したりするのです。従って、アレルギーの治療やウイルス感染の防御に関わる免疫分野でも、ゴルジ体研究は重要な鍵になります。
ゴルジ体は物質生成にも役立ちます。例えば、動物のタンパク質を植物でつくる技術も考えられます。動物と植物のタンパク質で、最も大きな違いは付いている糖鎖の種類ですから、ゴルジ体内部での糖鎖の加工の研究が必須です。うまくいけば、酵素を適当な順番に並べたゴルジ体を通すことで、様々な物質を合成することができるようになるかもしれません。
発見から100年以上経ちますが、ゴルジ体はこれからも、新しい可能性を開いてくれるのです。
バラバラのゴルジ体?
哺乳類などの多細胞生物の細胞にあるゴルジ体の多くは、嚢が積み重なってまとまり、皆さんがよくご存知の奇妙な形をしています。しかし、ゴルジ体は必ずしも一塊になっているわけではありません。同じ多細胞生物でも、例えばハエなどはバラバラになっています。酵母などもそうです。一般にゴルジ体は、高等生物になればなるほど発達してはっきりした形を持っています。一説にはそのほうが効率がいいからだと言われていますが、実際のところはまだ良くわかっていません。
顕微鏡の限界
私たちの研究では、ゼブラフィッシュの遺伝子をゴルジ体が発光するように改良して、卵の細胞分裂を観察しています。光学顕微鏡を使えば、細胞分裂のたびにゴルジ体がバラバラになって再びまとまっていく様子を実際に見ることができます。しかし、光学顕微鏡の倍率では、ゴルジ体から出たり入ったりする小胞や層板構造を観察することができません。そこでより高倍率の電子顕微鏡を使う必要があります。ところが電子顕微鏡で見るには、一旦細胞を殺してスライスしなければならないので、時間的な動きを見ることはできなくなります。現在、この問題を解決するための技術開発が進められています。
アドバイス
特別に生物を詳しく勉強する必要はありません。もちろん生物をよく知っているに越したことはありませんが、教科書レベルのことさえ知っていれば、知識は後から詰め込めるので大丈夫です。むしろ大事なのはサイエンスの考え方の基礎です。多くの大学では物理が必修になっていますが、それは物理の考え方や論理がなかなか身につかないからです。同様に化学はとても大事です。生物では、最終的に分子レベルの話をするときは化学の知識が必要になるので、研究で最先端を目指すなら必須でしょう。サイエンスの中で得意なものがあれば、何を勉強してきても構いません。色々な問題意識を持って、広く勉強してください。
図1: 核、小胞体、ゴルジ体 (1) 核 (2) 核孔 (3) 粗面小胞体 (4) 滑面小胞体 (5) リボゾーム (6) 輸送されるタンパク質 (7) ゴルジ小胞 (8) ゴルジ体 (9) ゴルジ体シス面 (10) ゴルジ体トランス面 (11) ゴルジ偏平嚢 (12) 分泌小胞 (13) 原形質膜(細胞膜) (14) エキソサイトーシス (15) 細胞質 (16) 細胞間基質
ゴルジ体はゴルジ偏平嚢 (Golgi cisternae) の層が重なって形成される。ゴルジ偏平嚢は直径0.5μm程度の偏平な袋状の膜構造で、20〜30nm程度の一定の間隔で層をなす。ゴルジ体の全体的な形態は多様である。膜系の枚数は、種子植物の場合は7枚のものが多いが、その他の生物ではより多くの層からなる。各膜胞の辺縁部やゴルジ体両面の層は網目状となっており、小胞体、核膜あるいは細胞膜といった他の膜系とつながっている。
ゴルジ体の分布も様々で、動物細胞では細胞核を半ば取り囲むように存在する様子がよく見られる。一方、植物細胞では独立した細胞小器官として存在する様子がよく見られる。形態的にも多様であるが、多くの場合軽く湾曲して明確な背腹性を示している。ゴルジ体は通常、核に近接して存在し、動物細胞では中心体付近に位置する。
ゴルジ体は小胞体と近接して存在することが多く、小胞体側の網目構造をシス・ゴルジ網 (Cis Golgi Network; CGN)、反対側の面の網目構造をトランス・ゴルジ網 (Trans Golgi Network; TGN) と呼ぶ。ゴルジ体の成層部分も小胞体側からシス嚢、中間嚢、トランス嚢の三つの部分に分類される。特に成層部分をまとめてゴルジ層板 (Golgi stack) と呼ぶこともある。ゴルジ体は、小胞体側にあたるシス側とその反対側であるトランス側とで、膜タンパク質の酵素活性などいくつかの点で大きく異なり、その果たす役割もかなり明確に分かれている。
ゴルジ体は細胞分裂時に、全体が一旦数百の小胞に分断され、細胞全域に均等に分布した後、分裂終了後に改めて集合、再構成されることが知られている。小胞輸送と並び、ゴルジ体の構造を維持・制御する機構として研究が進められている。
ゴルジ小胞と小胞輸送[編集]
ゴルジ体の各層・網間では、常にゴルジ小胞 (Golgi vesicle) の生成(出芽)、交換と取込み(融合)を繰り返しており、これを通じて各層間の物質の授受が行われている。同様の機作で周辺の細胞小器官との物質の授受(特に小胞体-CGN 間)や TGN からの分泌小胞、分泌顆粒、リソソームおよびエンドソームの形成なども行う。ゴルジ体のタンパク質の分類と輸送についてはある程度の知見が得られているが、まだ不明な点が多い。
ゴルジ小胞の交換は小胞輸送と呼ばれる。小胞輸送の機能としては小胞体からゴルジ体を通じて細胞内外に分泌される方向が主で、通常の輸送経路と呼ばれる。分泌タンパク質などはこの小胞の内腔に取込まれ、あるいは膜タンパク質として輸送される。
これと平行に逆方向の輸送を行う経路も存在し、返送経路と呼ばれる。小胞体に存在するべきタンパク質(小胞体タンパク質)も通常の輸送経路によりゴルジ体へと移行するが、ゴルジ体ではこれらのタンパク質に存在する小胞体保留シグナルを認識し、これをゴルジ小胞に集めて返送経路に乗せ、小胞体に返す働きがある。小胞体保留シグナル (ER retention signal) はシグナルペプチドの一種で、ペプチドのC末端に存在する-Lys-Asp-Glu-coo-あるいはこれに類似した配列でKDEL配列とも呼ばれる。実際には小胞体やCGNの膜タンパク質として存在するKDEL受容体により行われる。返送される小胞体タンパク質の中には結合タンパク質(BiP; Binding Protein)と呼ばれるタンパク質があり、これはタンパク質としての畳み込みに問題があるペプチドを識別し結合する働きがある。結果として小胞体からゴルジ体へと誤って輸送された未熟なタンパク質などを小胞体に送り返す機能を果たしている。
なお、通常の輸送経路はプレフェルジンAにより、また、返送経路はノコダゾールにより阻害される。
小胞の輸送には常時一定の速度で行われる構成的なバルク輸送と、外部からの刺激によって始まる調整的なものがある。バルク輸送の速度は、粗面小胞体にタンパク質を注入し、その半分の量が細胞外へ運び出される時間でおおむね1〜3時間程度であるが、ごく短いペプチドでは10分程度と速くなる。分泌小胞はバルク輸送に、分泌顆粒は調整的輸送の際に現れる。
機能[編集]
分泌タンパク質や細胞外タンパク質の糖鎖修飾や、リボゾームタンパク質のプロセシングなど、小胞体(粗面小胞体)により生産された各種前駆体タンパク質の化学的修飾を行うとともに、各々のタンパク質を分類し、分泌顆粒、リソソームあるいは細胞膜にそれぞれ振り分ける働きをもつ。また、分泌顆粒そのものの生成(特にゴルジ体により生成される小胞をゴルジ小胞と呼ぶ)も行い、細胞外へ分泌などを行う。また、これらの移送に伴い、脂質の輸送も行っているといわれている。
各層の機能と特徴[編集]
CGN
リソソームタンパク質にある糖鎖のリン酸化、小胞体タンパク質の選別・回収
シス嚢
マンノースの除去
OsO4(四酸化オスミウム)還元能を持つ
中間嚢
マンノースの除去、N-アセチルグルコサミンの付加
N-アセチルグルコサミントランスフェラーゼI、NADPアーゼ
トランス嚢
ガラクトースの付加
Galトランスフェラーゼ、チアミンピロフォスファターゼ、硫酸化、リン酸化
TGN
N-アセチルノイラミン酸の付加、タンパク質の選別
ジアリルトランスフェラーゼ、酸性ホスファターゼ、H+ポンプ
タンパク質の修飾[編集]
糖鎖の付加[編集]
小胞体から送られてきたタンパク質に糖鎖を付加する。付加は糖残基1つずつ行われ、2〜10個程度の付加が行われる。糖鎖の付加は、セクレチンのようにその機能を果たすため必要なものや、糖鎖を失うと正常な構造を維持できないものなどものも存在するが、多くの場合タンパク質の活性発現に重要ではない。おそらく、タンパク質表面に糖鎖を付加することで親水性を高めるのが目的ではないかと考えられている。
脂質の付加[編集]
特に小腸においては、脂質をタンパク質に付加し、リポタンパク質の形に変換する。他の細胞への脂質輸送を行う際に有用と考えられる。
多糖類の合成[編集]
粘液の分泌の際に必要な、ムコ多糖類の合成を行う。また、植物細胞においては細胞壁の形成に必要な多糖類であるセルロース、ヘミセルロースおよびペクチンの合成も行う。
低分子化合物の分泌[編集]
神経細胞において、カテコールアミンの分泌に関与している。
タンパク質の選別[編集]
細胞内外へと輸送されるタンパク質の選別は、主としてTGNにおいて行われる。
ここまでは、あまり細かい説明を加えないで、大まかな流れをお話してきたが、生物の基本的な最小単位が細胞で、細胞の核の中には染色体があり、その上に粒子状の遺伝子が載っていて遺伝情報を伝えていることが理解できたと思う。ここからは、もう少し具体的なお話に移ろう。
はじめに、基本最小単位である細胞についてみていこう。
http://www.emc.maricopa.edu/faculty/farabee/BIOBK/BioBookCELL2.html
第6章の冒頭に掲げた顕微鏡写真は、たまねぎの表皮の細胞である。明視野の光学顕微鏡では、核と大型の粒子が見える程度であるが、染色法の工夫や顕微鏡の改良により、染
色体やミトコンドリア、小胞体なども観察できるようになる。さらに電子顕微鏡の発明により、飛躍的に拡大した像を見ることができるようになった。こうした知識を総合して動物細胞の模式図を描くと上の図のようになるだろう。
すでに生物界の階層性のところで述べたように、細胞の内部にはさらに多くの構造物で埋め尽くされている(冒頭の図を参照)。これらの構造を細胞小器官(organella)と言い、それぞれの細胞小器官は細胞の活動に必要な特定の機能を持っている。
細胞小器官の名前 |
機能 |
核(nucleus) |
遺伝子貯蔵所 |
・核膜(nuclear
envelope) |
・核質を細胞質基質から分ける |
・染色質(chromatin) |
・染色体が脱凝集した無定形の構造 |
・核小体(nucleolus) |
・リボソーム形成に必要な原料を供給 |
小胞体(endoplasmic
reticulum) |
細胞内に発達した膜系で |
・粗面小胞体(rough
ER) |
・細胞外へ分泌されるタンパクの合成 |
・滑面小胞体(smooth
ER) |
・ステロイド合成など |
リボソーム(ribosome) |
遺伝情報をもとにタンパク質合成 |
ゴルジ装置(Golgi
apparatus) |
細胞外へ分泌されるタンパク質をパックする |
ミトコンドリア(mitochondoria) |
エネルギー源であるATP産生 |
細胞骨格(cytoskelton) |
細胞の形を整え、細胞の運動を司る |
中心体(centriole) |
細胞分裂時に紡錘体となる |
リソソーム(lysosome)等 |
細胞内での消化 |
細胞膜(cell
membrane) |
細胞と外界との境界面 |
植物細胞では細胞膜の外側を硬い細胞壁が覆っていること、葉緑体を細胞内に含んでいることが、動物細胞と異なる点である。
動物細胞と植物細胞は真核細胞と呼ばれ、核膜によって核と細胞質が分けられている。真核細胞からなる生物を真核生物(eukaryote)と呼んでいる。一方、モネラ界に属する生物すなわち原核生物(prokaryote)の細胞は原核細胞と呼ばれ、核膜による仕切りがなく、細胞小器官もリボソーム以外は発達していない。
これまでの話で分かるように、細胞は核とそれ以外の細胞質(cytoplasm)からなり、細胞質の一番外側には細胞膜があり、内部は細胞小器官で満たされている。と言っても、液体の部分がないわけではない。細胞小器官が浮かんでいる液体の部分を細胞質基質あるいはサイトゾール(cytosol)と呼んでいる(下の右図水色の部分)。サイトゾールにはカリウムイオンなどのイオン類のほか、多くのタンパク質やその原料であるアミノ酸、ブドウ糖などが溶け込んでいる。
それでは、動物細胞の内部の構造、特に細胞小器官の構造とはたらきについてみていこう。
核の中には染色体があると書いたが、核を観察すればいつでも染色体が見えるわけではない。染色体が見えるようになるのは細胞分裂のときだけである。それ以外の時には、電子顕微鏡で観察しても、核の内部には核小体以外には、特定の構造が見えない。
ヘマトキシリン法で染色すると、核内に染色される部分があるので、これを染色質(chromatin)と名づけた。その後、この部分はDNAとヒストンと言うタンパク質の複合体であることが分かり、現在ではクロマチンと言うと、DNAとヒストンとの複合体の意味で使うことが多い。電子顕微鏡で観察すると、染色質は濃い黒色に見える。
核の中にはヘマトキシリンで強く染まる小球体があり、核小体(仁)と言う。核小体ではリボソームの原料を作っている。
膵臓のヘマトキシリン・エオシン染色像(丸い紫色が核)
核の電子顕微鏡像 核小体と核膜の一部拡大像
核を包んでいる核膜(nuclear envelope)は二重の膜で、たくさんの核膜孔(nuclear pore)が開いていて、核の内部とサイトゾールとをつないでいる。遺伝子はDNAであり表現型はタンパク質に対応すると書いた(第5章)が、遺伝子は核の内部に染色質という形で納められていて、その情報は核膜孔を通ってサイトゾールに運ばれ、これをもとにタンパク質の合成がリボソームでおこなわれるのである。ふだんの核はそうは見えないが、クロマチンのあちらこちらで細胞の通常の活動に必要な遺伝子から遺伝情報が読み取られ、サイトゾールへ送られている。
http://users.rcn.com/jkimball.ma.ultranet/BiologyPages/N/Nucleus.html(核の概観)
http://sgi.bls.umkc.edu/waterborg/chromat/chromatn.html(クロマチンについて)
ふだんは脱凝集して核の中全体に広がっていたクロマチンは、細胞分裂が始まると凝集を始め、染色体という明瞭な構造になる。DNAは直径2nmの細い糸のようなものなので、このままでは絡まってしまって収拾がつかなくなる。そのためまとめて扱いやすい形にする必要がある。糸を糸巻きに巻いて裁縫箱に整理しておくのと同じである。
DNAの糸は、4種類のヒストンが2つずつ集まった八量体のタンパク質(糸巻き)に巻きついている。糸巻き1つにヌクレオチド146個のDNAが図のように巻きついていて、一つの単位となっている。これをヌクレオソーム(nucleosome)と呼んでいる(直径11nm)。
ヌクレオソームを左側は横から、右側は上から見た図。
上段はヒストン八量体を、下段はDNAをワイヤーフレームで表示してある。
ヌクレオソームは、リンカーと呼ぶDNAの糸で次のヌクレオソームとつながり、全体として数珠のような構造になっている。このヌクレオソームは凝集して直径30nmのクロマチン繊維となる。
細胞分裂が始まると、クロマチン繊維は、足場となるタンパク質にループ状になって貼り付けられて直径300nmの繊維となり、さらにこの繊維がラセンを作って直径700nmの紐となる。これが染色体(chromosome)である。細胞分裂の中期(後述)の染色体は複製されるので、動原体のところでくっついたY字状の構造をとる。
染色体の数は種によって決まっている。ヒトの染色体の数は46本(23対)で、そのうち半数は父親から、半数は母親から受けついでいる。1本の染色体は一続きのDNA分子なので、46本のDNA分子が、ふだんはクロマチン繊維の形で核の中に分散していて、細胞分裂の時には凝集して染色体という形をとることになる。なおDNA=遺伝子ではない。この点については後述する。
http://www.kean.edu/~breid/chrom2.htm(主な生物の染色体数)
http://www.ornl.gov/hgmis/launchpad/(ヒト染色体研究への入口)
真核生物の細胞の内部には、これから述べる小胞体や次に述べるゴルジ装置のような、非常によく発達した膜系が存在する。小胞体(endoplasmic reticulum、略してER)は、名前の示すように細胞質内の網状構造で、粗面小胞体(rER)と滑面小胞体(sER)の2種類がある。粗面小胞体という名は、平たい袋状に拡がった小胞体の2枚の膜表面にリボソーム顆粒が付着していて、電子顕微鏡で観察すると表面が粗く見えるからである。滑面小胞体にはリボソームの付着はなく、平たい膜ではなくむしろ管状構造をしている。両者の小胞体の管腔は連続している。
rERは細胞におけるタンパク質の生合成に中心的な役割を演じているので、分泌性タンパク質をさかんに合成する消化酵素をつくる細胞や、内分泌腺の細胞でよく発達している。
二重の核膜の外側の膜と小胞体の膜は連続している。
2)リボソームの構造
リボソームは、右下図に見られるように電子顕微鏡では黒い粒子である。さらに拡大してみると、ダルマのように大顆粒(large subunit)と小顆粒(small subunit)が重なった構造をしている事がわかる。
リボソームはRNAとタンパク質の複合体で、核小体部で作られた
RNAとサイトゾールで作られ核に送り込まれたタンパク質からつくられ、再びサイトゾールに送り返される。
3)小胞体とリボソームの機能
リボソームはタンパク質合成の場所である。遊離のリボソームでは細胞内で日常的に使われる(house-keeping)タンパク質が合成され、小胞体に結合したリボソームでは細胞外へ分泌されるタンパク質あるいは膜に埋め込まれる膜タンパク質が合成されている。後者の2種のタンパク質は小胞体腔へ入り、管腔を通って処理され、ゴルジ装置へ送られる。
http://www.cbc.umn.edu/~mwd/cell_www/chapter2/ER.html
ゴルジ装置(ゴルジ体とも言う)は、平たい袋状の構造が積み重なったような構造をしている。やはり分泌活動のさかんな細胞で発達している。
ゴルジ装置の機能は、分泌性タンパク質をまとめて小包にして送り出す働きをしている。小胞体に結合したリボソームで合成されて小胞体腔へ送り込まれたタンパク質は、小胞体から輸送小胞の形で送り出され、ゴルジ装置の膜と融合してゴルジ装置へ取り込まれる。ゴルジ装置では糖が付加されて糖タンパク質になり、ふたたび膜に包まれた小胞(分泌顆粒)となる。
ゴルジ装置には方向性があり、粗面小胞体から小胞を受け入れる面(cis面)と、送り出す面(trans面)が区別できる。
ゴルジ体からサイトゾールへ送り出された輸送小胞(分泌顆粒)は細胞内に留まり、必要に応じて細胞膜へ移動して細胞膜と融合し、顆粒内部に貯蔵された糖タンパク質を細胞の外へ分泌する(開口分泌、exocytosis)。膜タンパク質は小胞の膜に埋め込まれたまま細胞膜と融合し、小胞膜内側が細胞膜外側となることによって細胞膜に埋め込まれる。
http://cellbio.utmb.edu/cellbio/golgi.htm
ミトコンドリアはこれまで述べてきた核膜、小胞体、ゴルジ体を構成する細胞内膜系と異なり、独立した構造をもった細胞内小器官である。
ミトコンドリアはラグビーボールのような回転楕円体からもっと長く伸びた棒状のものまで、いろいろな形を取るが、いずれも内外2枚の膜からなり、内膜はミトコンドリア内に棒状あるいはヒダ状に張り出していて、この部分をクリステと呼んでいる。2枚の膜でできているので、ミトコンドリアの腔所は2つあり、一つは外膜と内膜の間の膜間腔(intermembrane space)、もう一つは内膜に囲まれた基質(礎質とも言う、matrix)である。
ミトコンドリアの基質には、ミトコンドリア独自のDNAとリボソームが含まれている。このDNAとリボソームを使って、ミトコンドリアは自立的に分裂して数を増やすことができる。
ミトコンドリアは細胞の活動に必要なエネルギーを供給するパワープラントである。エネルギーはATPという分子の形で産生され、必要な場所で使われる。
http://cellbio.utmb.edu/cellbio/mitoch1.htm
細胞が一定の形を保つことができたり、分泌顆粒を分泌したり、食胞によって取り込んだり、あるいは原形質流動と呼ばれる細胞内の細胞小器官の動きを作ったりするのは、すべて細胞骨格の働きである。
細胞骨格と言っても骨のように本当に固い構造をしているのではない。いずれもタンパク質の繊維であり、繊維は単位となるタンパク質が会合してできている。繊維の太さや構造によって次の3つの種類がある。1)微小管(マイクロチュービュール)、アクチンフィラメント(微小繊維)、中間径フィラメントである。
|
微小管 |
アクチンフィラメント |
中間径フィラメント |
構造 |
中空の管、13個のチューブリンで管壁を構成 |
2本のアクチンが縒り合わさっている |
繊維状タンパク質が縒り合わさった太い繊維 |
直径 |
25nm(管腔は15nm) |
7nm |
8-12nm |
単位 |
αとβチューブリン |
アクチン |
ケラチンなど |
微小管は細胞内の運搬の道筋となる。細胞内にはダイニンやキネシンといったモータータンパク質があり、これらのモータータンパク質は微小管の上を滑っていくことができる。モータータンパク質は微小管の線路の上を走るトロッコのような働きをして、細胞小器官や小胞などを動かすことができる。この他、細胞分裂のときに染色体を動かす原動力となる。また繊毛や鞭毛の構成要素となり、細胞運動を司る。
アクチンフィラメントは細胞の表面にたくさんあって、細胞表面の形を変えたり、原形質流動を起こしたり、細胞のアメーバ運動を司る。細胞分裂のときの細胞質分裂をおこなう。
中間径フィラメントは主として細胞の形を保つのに重要である。また核膜の内側にあって核の形を保っている。
筋肉の収縮は、アクチンフィラメントとモータータンパク質の一種であるミオシンとの相互作用によっておこる。
細胞膜は、細胞内部を外部から区画して保護するとともに、外部との物質の出入り口となるため、細胞にとってきわめて重要である。
しかしながら、核の節に掲げた膵臓のヘマトキシリン・エオシン染色像を見て分かるように、細胞の境界らしきものを判別することはできるが、膜の構造までは分からない。
電子顕微鏡で拡大すると、細胞の境界には確かに黒い一本の線があることがわかる。そこでさらに拡大をすると、下の図のように細胞膜は一本の黒い線ではなく2本の黒い線が白い線を挟んだような構造をしていることが分かる。これまで述べてきた細胞内膜系の膜も細胞膜と同じ構造をしているので、このような細胞内の膜構造を単位膜(unit membrane)と呼んでいる。
単位膜の構造については、その後さまざまな推定がおこなわれたが、現在では、上の模式図のような構造をしていると考えられている。すなわち2本足のマッチ棒のように描いてあるリン脂質が足を内側にして2層に並んで膜を形成し(脂質二重膜、lipid bilayer)、この膜に膜タンパク質が埋め込まれた構造である。所々に見えるコレステロールは、膜に硬さを与えている。
細胞の外側に面した部分には糖鎖が多くあるが、内側面にはほとんどは無い。これらの糖鎖は、膜タンパク質あるいはリン脂質に付加されている。
膜タンパク質にはさまざまな種類があり、上の図に描かれているように細胞骨格と結合して細胞の形を保つように働くもの以外に、物質の出入りを調節する膜タンパク質、信号を受取る膜タンパク質などがある。細胞膜の機能は、細胞膜に埋め込まれたこれらのタンパク質が担っているのである。
上で述べたように、細胞膜の機能は細胞を取り巻いて内部を保護するとともに細胞の形を維持し、細胞内外の物質の出入りを調節している。特に重要なのは、細胞膜が脂質二重膜であるためにイオンや電荷を持った物質は細胞膜を通過することができないことである。そのため、特定のイオンや電荷を持った物質を通過させることができる膜タンパク質が細胞膜に埋め込まれれば、その細胞にそのような機能を持たせることができる点である。
さらに詳しくは下記のサイトを参照してください。
http://www.tmd.ac.jp/artsci/biol/textbook/celltop.htm
http://cellbio.utmb.edu/cellbio/membrane.htm
全体の構造からみると、情報の統合のため体正中部に集合して存在する中枢神経系と、中枢外に存在し、個別に線維として認識される末梢神経系とに分けられる。末梢では、繊維(線維)の形態が神経繊維束として明瞭に認められるために、これのみを「神経」と呼ぶことも多い。神経細胞の核を含む部分は「核周部 (perikaryon)」と呼ばれ、小胞体やゴルジ体を含み、タンパク合成の中心的部分となっている。神経細胞は多数の突起を持つが、これらは核周部に向かって情報を運ぶ「樹状突起 (dendrite)」と、核周部から離れた方向に情報を運ぶ「軸索 (axon)」とに分類される。軸索の末端は他の神経や効果器官と、わずかな空間 (1/50,000mm) を隔ててシナプスを形成する。
夢野久作『ドグラ・マグラ』にみる無我表現思想
作家夢野久作が1935年に発表した小説『ドグラ・マグラ』は、“世紀の奇書”として知られる。ウィキペディアには「その常軌を逸した作風から一代の奇書と評価されており、“本書を読破した者は、必ず一度は精神に異常を来たす”とも評される」と記載があるが、実際に精神に異常をきたした読者がいるかどうかは知らない。
『ドグラ・マグラ』は古谷栄一『自我錯覚論』と共通する思想の下に書かれたものであり、もしかしたらその影響下に書かれたものではないか、という仮説である。
作品中に挿入される、精神科学博士正木敬之(物語の実質的な主人公)による「胎内で胎児が育つ10ヶ月のうちに閲する数十億年の万有進化の大悪夢の内にあるという壮大な論文」(「胎児の夢」」)が、エルンスト・ヘッケルの反復説を下敷きにしていることは既によく知られている。
もう一つ、正木博士による論文として、『脳髄論』が挿入されている(正確には、論文について博士が記者に説明した新聞記事という形を取っている)。
その要約をすれば、以下のようになる。
人間の脳髄は自ら、「脳髄は物を考える処である」「脳髄は科学文明の造物主である」「脳髄は現実世界における全智全能の神である」と誇っているが、実際には、物を考える処は脳髄ではなく、物を感ずる処も脳髄ではない。脳髄は無神経、無感覚の蛋白質の固形体(かたまり)に過ぎない。吾々の精神……もしくは生命意識は、頭脳に宿っているのではなく、全身の到る処に満ちているのだ。
吾々が常住不断に意識しているところのあらゆる欲望、感情、意志、記憶、判断、信念の一切合財は、吾々の全身三十兆の細胞の一粒一粒毎に、絶対の平等さで、同じように籠もっている。そうして脳髄は、その全身の細胞の一粒一粒の意識の内容を、全身の細胞の一粒一粒に洩れなく反射交感する仲介の機能だけを受持っている細胞の一団に過ぎないのである。
すなわち細胞の一粒一粒を人間の一人一人と見て、人間の全身を一つの大都会になぞらえると、脳髄はその中心に在る電話交換局に相当するのであり、それ以上でも以下でもない。
(以下引用はじめ)
「……現代二十億の人類は悉(ことごと)く、諸君と同様の阿呆である。郵便局に自分の引越し先を尋ねに行く頓馬(とんま)である。電話口でこちらの番号を怒鳴る慌て者である。『脳髄』を『物を考えるところ』と錯覚している低能児である。
そうして、そんなトンチンカンな幻覚錯覚を得意然と肩の上に乗っけて、その錯覚のタッタ一つを唯一無上のタヨリにしつつ『アタマは最上の、最後の資本』『現代はアタマのスピード時代』という倒錯観念の競争場裡に、かくも夥(おびただ)しい電車、自動車、オートバイを飛ばせて、夜を日に継いで人類文化を、ゴチャゴチャの悶絶界に追い込みつつある、諸君自身の脳髄である。
……『物を考える脳髄』はにんげんの最大の敵である。……宇宙間、最大最高級の悪魔中の悪魔である。……天地開闢(かいびゃく)の始め、イーブに智慧の果(このみ)を喰わせたサタンの蛇が、更に、そのアダム、イーブの子孫を呪うべく、人間の頭蓋骨の空洞に忍び込んで、トグロを巻いて潜み隠れた……それが『物を考える脳髄』の前身である……と……。」
「吾輩……アンポンタン・ポカンは遂に此(かく)の如くにして、地上の大悪魔を諸君の眼前にまで追究して来たのだ。神出鬼没、変幻自在の怪犯人、残忍非道のイタズラ者のトリックの真相をドン底まで突き止めて来たのだ。そうしてタッタ今、その大悪魔の正体……ポカン自身の脳髄を、諸君の眼の前にタタキ付けて、絶叫する光栄を有するのだ。……曰(いわ)く……
……脳髄は物を考える処に非ず……
……と……」
(引用おわり)
この「脳髄論」は、複雑怪奇な作品構造の中におどろおどろしい文体で挿入されているために、何やらとんでもない奇説・珍説の印象を読者に与える仕掛けになっているのだが、実際にその言わんとするところは、常識には逆らうものの、「無我表現思想」の観点からは、きわめて真っ当な主張であると言える。
それは、「アフォーダンス理論」や「自我錯覚論」と根底において通じる考え方である。
夢野の『脳髄論』の「脳髄」を「頭脳=自我」と言い換えてみればその本質が明らかになる。
一般通念では、人間のすべての行動は、「自我」なる主体が行為すると考えている。しかし実際のところはまったくそうではなく、自我というのは過去の記憶、欲望等の集積であり一種の幻影、錯覚にすぎない。
(以下引用はじめ)
「だから吾々が自分の生命、もしくは精神として意識しているものの正体は、全身無数の細胞の一粒一粒が描きあらわすところの主観客観が、脳髄の反射交感作用仲介で、タッタ一つにマン丸く重なり合ったのを、透かして覗いているだけのものだ……。同時に吾々が今日まで迷信させられて来た脳髄の偉大な内容は、実は全身の細胞の一粒一粒に含まれている無限の霊知霊能が、そこで反射交感されているのを錯覚していたものだ……ちょうど電話交換局が、都会を支配していると考えるように……という事実が、何のタワイもなく点頭(うなず)かれるだろう。
……現代の科学者たちが、最大、最高級の不可思議とし、驚異としている生命意識の根本問題は、こうして『脳髄が物を考える』という考えを引っくり返して考えると同時に、何の苦もなく氷解して終(しま)うではないか。脳髄の受持っている役割が、手足のソレと同様にハッキリして来るではないか。」
(引用おわり)
単なる錯覚であり、せいぜい電話交換所を高度にした機械的存在にすぎない「脳髄=頭脳=自我」の働きを絶対的存在に祭り上げた「自我至上主義」に現代文明の最大の誤謬がある。
このことを喝破していた知識人が同時どのくらい存在したのかは知らないが、夢野久作はおそらくその一人であった。そしてその影響源の一つとして、大正末、昭和初年に発表された古谷栄一の「自我錯覚論」にまで遡ることも決して無謀とは言えないのではないか。
脳髄が全身の細胞の電話連絡所としての役割を果たすことに徹し、余計な思考が介在しないときに、頭脳は最も明晰となり、人間は最大の能力を発揮することができる。
(以下引用はじめ)
「……それでも、まだわからなければモウ一度、こちらへ来てみたまえ…この脳髄と名づくる自動式、反射交換局の内部を覗いてみたまえ。この交換局の中に詰めかけている親切明敏を極めた交換嬢……神経細胞たちの仕事振りを参観して見給え……。
彼女たち……神経細胞の大集団は、御覧の通り自分自身に電線となり、スイッチとなり、コードとなり、交換台、中継台となり、又はアンテナ、真空管、ダイヤル、コイル等に変形すると同時に、全身の細胞各個に含まれている意識感覚の各種類にそれぞれ相当する、泣き係り、笑い係り、見係り、聞係り、記憶係り、惚れ係りなぞいう、あらん限りの細かい専門に別れながら、アノ通り夜となく昼となく、浮世を離れた気持になって、全身三十兆の市民の気持を隅から隅まで、反射交感させられているのだ。
……諸君は彼女たちに話しかけてはいけない。
彼女たちは全身の細胞群の中から選み出された反射交感術の専門技手なのだ。だから彼女たちは、普通の交換局の彼女たちと同様に、自分がドンナ事を反射交感しているか……なぞいう事は全然知らないまま、一分一秒の休みもなく呼び出され、呼び出し、切り換え、継ぎ直させられているのだ。……内閣が代ろうが戦争が初まろうが、大地震が初まろうが、大火事になろうが、又は、暑かろうが寒かろうが、頭に蜂が螫(さ)そうが、尻に火が付こうが、頓着している隙(ひま)は無いのだ。彼女たちはタダそうした意識や、判断や、感覚を、全身に反射交感するアンポンタン・ポカン式電池、コード、交感台、コイル、ダイヤル、真空管、等々々に過ぎないのだから……。
だから諸君は彼女たちに話しかけてはいけないのだ。彼女たちに物を考えさせてはいけないのだ。彼女たちにソンナ受持以外の仕事をさせて、彼女たちを二重に疲れさしてはいけないのだ。
そうして彼女たちが、ほかの事を考えなければ考えないほど……単純な反射交感の仕事だけに一心不乱になればなる程、全身の反射交感機能が敏活、迅速を極めて行く。アタマが疲れない。チラチラしなくなる。頭脳明晰……シーク……ホガラカという事になって行くのだ。
ナント簡単明瞭ではないか。アタマが、アンポンタン・ポカンとなるではないか。
吾輩……アンポンタン・ポカン局長はここに於て明言する事が出来る。
この簡単明瞭なる脳髄局のアンポンタン・ポカン式、反射交感組織にシャッポを脱いで、頭脳明晰……意識ホガラカとなったアンポンタン諸君のアタマならば、もはや二度と再び脳髄のトリックに引っかからないであろう。脳髄で物を考えないであろう。」
(引用おわり)
『ドグラ・マグラ』全巻を読み通すのは骨が折れるという人も、作品中に独立した章として登場する正木敬之博士の『脳髄論』だけは、一つの優れた無我表現思想として読む価値がある。もちろん、小説全体としても、超一流のミステリーとして大変面白いことを請け合う。ご心配なく。間違っても「精神に異常をきたす」ことにはなりませんので。
次の力強い宣言は、古谷栄一が「自我錯覚論」を宣言したときの勢いと同質のものであると思う。
(引用はじめ)
「……繰返して云う。
人類は物を考える脳髄によって神を否定した。大自然に反逆して唯物文化を創造した。自然の心理から生れた人情、道徳を排斥して個人主義の唯物宗を迷信した。そうしてその唯物文化を日に日に虚無化し、無中心化し、動物化し、自涜(じとく)化し、神経衰弱化し、発狂化し、自殺化した。
これは悉く『物を考える脳髄』のイタズラであった。『脳髄の幽霊』を迷信する唯物宗の害毒であった。
けれども今や、この迷信は清算されねばならぬ時が来た。神に対する迷信を否定した人類は、今や『物を考える脳髄』を否定しなければならぬドタン場に追い詰められて来た。唯物科学の不自然から唯心科学の自然に立帰らなければならぬスバラシイ時節が到来したのだ。……」
(引用おわり)
最後に、『ドグラ・マグラ』という小説に作者夢野久作が込めた意図について、作家の息子杉山龍丸氏の証言を引用しておく。作品を読了した後、自分はこれを読んで大層腑に落ちた気がした。
(引用はじめ)
この初版本を私に渡すとき、彼はこう云った。
「龍丸、とうとう俺は、世界一の長編探偵小説を書くことができた。おそらく、世界の傑作となるだろう」
私はたしか、丸二日間、この本に没頭した。三回くらいは読み返したろう。
「お父さま、判ったよ。初めのブーンから終わりのブーンまで自分という人間が何であるかということを書いたもんじゃろう。二重、三重、いろいろのものにとらわれている人間というもの、人間の意識、そのとらわれているものを除いての人間とは何か、が書いてあるとじゃろう」
こう云うと、夢野久作は
「なんや、おまえも判ったか?」
と、がっかりしている。
「お父さま、それでも、この阿呆陀羅経は長すぎるよ」
と云うと、母が、
「お父さまの小説は、一般の読者が泣いたり笑ったりするものでない、理屈の多かっちゃん」
と云うのを聞いて、閉口したような顔で立っていた父の姿が、今も眼に残っている。
(引用おわり)