大気中酸素濃度の上昇史とそのメカニズムの解明
地球は,酸素が主成分(約21%)の大気を持っています(図1).このような惑星はほかに知られていません.地球大気も,最初は酸素を含んでいなかったものの,酸素発生型光合成生物が出現した結果,大気や海水に酸素が含まれる「好気的」な環境がもたらされました.生物は,酸素のない「嫌気的」な環境で誕生し,進化してきました.好気的な環境への変化は,それまでの嫌気的な環境に適応していた生物の大絶滅をもたらすような,地球史上最大の環境変動だったと考えられます.
大気中の酸素濃度は,いまから約24.5〜20億年前頃に急上昇したことが,地質学的証拠から知られています.それまで,少なくとも現在の十万分の一以下だった酸素が,現在の百分の一レベルにまで増加したと考えられています.この出来事は「大酸化イベント」(Great
Oxidation Event, GOE) と呼ばれています(図2).
南アフリカ共和国には,約22.22億年前に地球全体が凍りつく「全球凍結(スノーボールアース)イベント」が生じ,その直後に酸素濃度が上昇したことを示唆する地質学的証拠(カラハリマンガン鉱床)が存在します.すなわち,酸素濃度は,全球凍結イベント直後に上昇した可能性があるのです.しかし,全球凍結イベントと酸素濃度の上昇にはどのような因果関係があるのか不明でした(田近 (2007) を参照).
そこで,私たちの研究グループはこの問題を詳細に検討し,地球が全球凍結状態から脱出した直後に大気中の酸素濃度が必然的に上昇することを,数値シミュレーションによって初めて明らかにしました
(Harada, Tajika, and Sekine,
2015).
全球凍結イベント直後の地球は,大気中に大量の二酸化炭素が蓄積したため,全球平均気温が摂氏60度を超えるような高温環境にあったと考えられます.この結果,全球凍結直後の地球においては,大陸表面が激しく風化浸食され,生物の必須元素(リン)が大量に海洋へ供給されるため,海洋は異常な富栄養化を起こし,光合成を行うシアノバクテリアの爆発的な繁殖をもたらすはずです.この結果,膨大な量の酸素が大気中に放出され,その濃度が急激に上昇するという可能性が考えられます(図3).
この仮説を検証するため,私たちの研究グループでは,海洋生物化学循環モデルと大気化学モデル及び気候モデルを結合させた独自のモデルを開発し,全球凍結イベント直後の物理化学条件を初期条件とした数値シミュレーションを行いました(図4).
その結果,予想通り,大陸表面は激しく風化浸食され,大気中の二酸化炭素が急速に吸収されて炭酸カルシウムの大規模な沈殿と大気中の二酸化炭素濃度の低下が生じる過程で,リンが通常の二十倍以上の速度で海洋へ供給される結果,シアノバクテリアが爆発的に光合成を行い,通常の十倍もの速度で酸素が大気中に放出され,その濃度が急上昇するという結果が得られました(図5).
このことは,光合成活動が生じても,通常の自然変動では酸素濃度のゆらぎしか生じないが,全球凍結イベントにともなう地球システムの大きな擾乱の結果(光合成による酸素の生産率が通常の十倍にも増幅された結果),大気酸素濃度の多重安定解間の遷移(低い安定レベルから高い安定レベルへの遷移)が生じたのだと解釈することができます(図6).地球大気に酸素が高い濃度で含まれている理由は,全球凍結イベントが生じたためである,ということなのかも知れません
おもしろいことに,酸素濃度はいったん現在のレベルにまで達した後,1-2億年かけて現在の百分の一レベルに低下するという「酸素濃度のオーバーシュート」が生じたことが,最近の研究から示唆されていますが,本モデルによってそのようなオーバーシュートが必然的に生じることが示されました(図5,6).
いまから7-6億年前にも全球凍結イベントが生じ,その直後にも酸素濃度が増えたらしい証拠が見つかっています.おそらく同様のことが,そのときにも生じたのではないかと考えられます.
大気中の酸素は,真核生物や多細胞動物が出現する上で,必要不可欠なものであったと考えられています.酸素が全球凍結イベントによってもたらされたのだとすると,地球史において全球凍結イベントが果たした役割はきわめて本質的なものだといえます.このことはまた,太陽系外における第二の地球の存在を考える上でも,きわめて重要な意味を持っていると考えています.
また,大酸化イベント時に酸素濃度が一時的に現在と同じレベルにまで達したのだとすると,生物への影響は計り知れません.多くの生物種が絶滅したであろう一方,そのような好気的環境に適応進化した生物種がいたはずです.そしてそれは,現生生物のゲノム情報に記録されているはずだと考えられます.
私たちは現在,大酸化イベントにおける酸素濃度の急上昇とその当時の地球表層に生息していた微生物の適応進化との関係に注目して,分子系統解析や代謝酵素(タンパク質)の祖先型配列推定などの分子生物学的なアプローチによる研究を進めています.
【研究論文】
·
Harada, M., Tajika,
E., and Sekine, Y. (2015) Transition to an
oxygen-rich atmosphere with an extensive overshoot triggered by the Paleoproterozoic snowball Earth, Earth and
Planetary Science Letters, 419, 178-186. [PDF] *本研究成果のプレスリリースを行いました
·
田近英一 (2007) 全球凍結と生物進化, 地学雑誌, 116(1),
79-94. [PDF]
【関連した研究論文】
·
Sekine, Y.
Suzuki, K.. Senda, R., Goto, K. T., Tajika, E., Tada,
R., Goto, K., Yamamoto, S., Ohkouchi,
N., Ogawa, N. O., and Maruoka, T. (2011) Osmium
evidence for synchronicity between a rise in O2 and Palaeoproterozoic
deglaciation, Nature Communications 2:502 doi: 10.1038/ncomms1507. [PDF]
·
Sekine, Y., Tajika, E., Tada, R., Hirai, T., Goto,
K.T., Kuwatani, T., Goto,
K., Yamamoto, S., Tachibana, S., Isozaki, Y. and Kirschvink, J.L. (2011) Manganese enrichment in the Gowganda Formation of the Huronian
Supergroup: A highly oxidizing shallow-marine
environment after the last Huronian glaciation, Earth
and Planetary Science Letters, 307, 201-210, 2011.
doi:10.1016/j.epsl.2011.05.001 [PDF]
·
Sekine, Y., Tajika, E., Ohkouchi, N., Ogawa,
N.O., Goto, K., Tada, R., Yamamoto, S., and Kirschvink, J.L. (2010) Anomalous negative excursion of
carbon isotope in organic carbon after the last Paleoproterozoic
glaciation in North America, Geochemistry Geophysics Geosystems, 11, Q08019,
doi:10.1029/2010GC003210. [PDF]
·
Goto, G. T.,
Sekine Y., Suzuki, K., Tajika
E., Senda, R., Nozaki, T., Tada, R., Goto, K. Yamamoto, S., Maruoka,
T., Ohkouchif, N., and Ogawa, N.O. (2013) Redox
conditions in the atmosphere and shallow marine environments during the first Huronian deglaciation: insights
from Os isotopes and redox-sensitive elements, Earth
and Planetary Science Letters, 376, 145-154. [PDF]
地球誕生時の大気には、二酸化炭素酸素と一酸化炭素が60気圧も含まれていたが
現在の地球大気は、一酸化炭素はほとんど含まれず、二酸化炭素は0.0003気圧しかありません。
酸素は、濃度 0.02%(35億年前)⇒ 21%(現在) へと大きく増加しています。
地球大気の「酸素」濃度の推定値 |
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年代 |
酸素濃度 |
出来事 |
46億年前 |
- |
地球誕生 |
35億年前 |
0.02 |
光合成生命誕生 |
20億年前 |
0.2 |
藍藻の大繁殖 |
5億年前 |
20 |
オゾン層の形成 |
0 |
21 |
現在 |
では、二酸化炭素はどこへ行き、酸素はなぜこれほど増えたのでしょう?
その答えは、生命の誕生・進化と繁殖の過程にある。
水、アンモニア、メタン、水素などに落雷が繰り返されてアミノ酸などの有機物が生まれ
ついに地球に原始生命が誕生。
世界最古の生命の痕跡としては、西オーストラリアの35億年前の地層から
最古の化石(藍藻に似た生物の化石)が発見されていますが
おそらくもっとも原始的な生命は40億年前に誕生しただろうと考えられています。
そして、海の形成により二酸化炭素が減り始めると
オレンジ色の分厚い二酸化炭素を含んだ雲が切れ目を見せ始め
地球に日光が差し込むようになり、
35億年前に、光合成をおこなう生命が活動を開始したのです。
この新たな生命・藍藻(シアノバクテリア)は、
水と二酸化炭素からブドウ糖などの有機物をつくり、酸素を吐き出すようになります。
生命の誕生と生命活動によって、地球は、二酸化炭素を減らす循環を得たのである。
藍藻(シアノバクテリア)が誕生し繁殖をはじめたことで、
地球の「二酸化炭素」は、減少の速度を加速さます。
ただし藍藻が排出した「酸素」については、
海底火山から噴出された鉄分、硫黄分の酸化にそのほとんどが使われたため、
酸素の増加は、長い期間、ほんのわずかなものでした。
(酸素と結合した鉄分は酸化鉄となり、海底に沈み、
現代社会を支える鉄鉱床を形成していった。)
しかし20億年前に
シアノバクテリアが世界の海にあふれるほどの大繁殖期に入り、状況が変わります。
鉄や硫黄などの鉱物に吸収されていた酸素は飽和し
余った酸素が大気に蓄積され始めます。
そして酸素の増加は、生命を育む地球環境の新たな転換をつくりだして行きます。
オゾン層の形成です。
生命体を破壊する「紫外線」が降り注ぐそれまでの地球は
地上はもちろんのこと海中の浅い所でさえ生命の存在が許されず、生命が誕生したのは紫外線の届かない海中深くでした。
しかし、大気中の酸素が増加し、
酸素が、紫外線と反応して「オゾン」を発生させ始めると
オゾンが紫外線を吸収するようになります。
オゾンにより紫外線が弱まると光合成生命体は、より浅い海中に浮上できるようになり、より多くの光を受けて、さらに活発な光合成をおこない、酸素の増加を加速。
酸素の濃度が現在に近い値となり、現在のようなオゾン層が形成されたのは
5億年前くらいだと考えられています。
ほぼ30億年にもわたる生命の長い長い活動が、
地球に、生命を育む環境をもたらしていったのです。
地球が現在に近い環境を獲得すると生物の大爆発が起きます。
それまで(先カンブリア紀末期)は数十種類しか存在しなかった生物が
カンブリア紀(5億7000万年前〜5億500万年前)には1万種類に達した。(カンブリア爆発)
三葉虫、エビやカニの祖先、サソリやクモの祖先、脊椎動物の祖先などが次々に現れました。
そしてコケのような植物が、生物としてはじめて上陸を果たし(5億年前)、
4億1000万年前には原始的なクモや昆虫、貝類が、
3億6000万年前には脊椎動物が上陸。
恐竜は2億2500万年前に登場し、1億5000万年前のジュラ紀には巨大恐竜時代。
こうして地球上では生物が進化し繁栄して行くのですが
その進化は「ヒト」の出現(400万年前)に至るまで直線的に進んだわけではなく
何度もの断絶期(大絶滅期)を経て現在の姿となっています。
その中でも特に大きな絶滅期を「5大絶滅」といいますが
これは隕石の衝突、マントル対流による超大陸出現、磁気圏の消滅などが要因です。
(恐竜の絶滅として知られる「白亜紀/第三紀境界の大絶滅」(6500万年前)は
直径10kmという巨大隕石の落下による地球寒冷化が引き起こしたものである。)
つまり、生物は
繁栄⇒大絶滅⇒新たな種の繁栄⇒大絶滅⇒新たな種の繁栄・・・
を繰り返す中で進化してきました。
ただし、ここで考えなければならないのは
宇宙活動や地球活動によって起ってきた大絶滅と
現代における「人間の活動によって引き起こされている大絶滅」の違い。
恐竜の絶滅は、数日で起ったわけではなく
隕石の落下から「2,000,000年」(=200万年)という長い時間を経て絶滅に至っています。
しかし現在、
わずか数10年の間に人間が行った化石燃料使用、オゾン層の破壊、森林破壊、砂漠化などによって
1年に1,000種が絶滅しており、
今世紀末には全生物種の1/4が絶滅すると考えられている異常なスピードでの大絶滅期にあるのです。
地球の歴史をもう一度振り返ってみましょう。
地球の歴史を「1年」としてみると |
||
- |
出来事 |
時期(年前) |
1月1日 |
地球誕生 |
46億年 |
2月10日 |
海の形成 |
41億年 |
3月30日 |
光合成生命の誕生 |
35億年 |
7月25日 |
藍藻の大繁殖 |
20億年 |
10月13日 |
多細胞生物の出現 |
10億年 |
11月16日 |
生命の爆発的進化 |
5.7億年 |
11月28日 |
最古の陸上植物 |
4.2億年 |
12月13日 |
恐竜の登場 |
2.5億年 |
12月26日 |
6500万 |
|
12月31日 |
猿人の登場 |
360万 |
12月31日 |
人類の誕生 |
20万 |
46億年前の地球誕生を「1月1日」として、現在までを「1年」にたとえてみます。
少しずつ気温を下げた地球で雨が降り始め
海が形成されたのは「2月10日」ころ。
光合成生命が誕生したのが「3月30日」ころ。
そして、海と光合成生命の働きで何10気圧もあった二酸化炭素は、奇蹟的な減少を始めました。
藍藻が大繁殖して(7月25日ころ)酸素が増え始め、オゾン層の形成(11月15日ころ)によって
生命を育む地球環境が形成されました。
つまり、地球誕生(1月1日)から11月半ばまでの長い長い期間を経て
二酸化炭素、酸素、オゾン層などの環境が整い
生命の爆発的進化(カンブリア爆発、11月16日)の時代になったのです。
では、「ヒト」の誕生は?
直立歩行を行うヒトの祖先(猿人)が登場するのは
「12月31日午後5時」ころ。
そして私たち人類(ホモ・サピエンス)の登場は
12月31日の午後11時30分を過ぎてから。
狩猟によって生活していた人類は、道具を使い、農耕を始め、ついに産業革命を起こして、地球がこれまで蓄積してきた資源(化石燃料など)の大量使用を始めます。
二酸化炭素の増加、オゾン層破壊、森林破壊や砂漠化などの地球環境の異変をもたらした人間のこの間の活動は、地球史を1年にたとえたときに、
最後の「1秒以下」のことです。
生命が誕生してから営々と築かれてきた地球環境は
人間によって、
わずかコンマ何秒で、
積み上げてきたものを貪りつくそうとしている。
人間は、これだけの破壊ができる能力をち、
そして同時に、破壊から再生へと転換する能力もまた同時に備えています。
地球のこれからの歴史は、
これからの私たち人間の選択と行動に委ねられているのです。
○本のレビュー『大気の進化46億年 −酸素と二酸化炭素の不思議な関係−』リンク
<新しい創傷治療>より
////////↓↓引用開始↓↓////////
地球の場合,真核細胞生物が誕生したのが20億年前,最初の多細胞生物が誕生したのは6億年前とされている。つまり,真核細胞から多細胞生物に進化するのに14億年もの膨大な時間が必要だったのだ。その14億年間,酸素が供給され続けなければ真核細胞(=ミトコンドリアを持つ細胞=酸素がないとATPが作れない)はすぐに死滅してしまうのだ。要するに,細菌に比べて真核生物は「高機能だが極めて脆弱」なのである。
真核細胞誕生以降,地球は2度の全球凍結(地球上全て厚さ1000メートルの氷で閉ざされていた時代。この状態が数千万年続いたらしい)を経験しているのである(真核細胞誕生以前に1度,全球凍結があったので,全球凍結は合計3回あった)。それを乗り越えたからこそ,今こうやって私達が生きているわけだが,よくもまあそんな過酷な状況を真核生物や光合成細菌が生き延びたものだと思うし,どうやって生き延びたかは生物学上最大の謎の一つとなっている。1000メートルの氷は日光を通さず,氷の下で光合成細菌が生きていたとしても光合成ができず,真核生物の生存に必要な酸素は作られないからだ。
おまけに,酸素という物質がこれまた熱力学的に不安定な元素である。常識的に考えれば,大気に酸素なんて存在している事自体が奇跡みたいなものだ。なぜかというと,酸素は超強力な酸化作用を持ち,還元的物質を見るとすぐにそれに結合して酸化してしまうからだ。おまけに還元的物質は地球にどっさりある。
実際,地球上で最初の光合成細菌のシアノバクテリアが誕生してからも大気中の酸素はなかなか増えず,シアノバクテリア誕生から10億年経ってようやく,現在の酸素濃度の1/100の濃度に達したが(この濃度になると嫌気性代謝より好気性代謝のほうが有利になる),その後も酸素濃度は遅々として増えず,現在の濃度に達するのは最後の全球凍が終了した6億年前なのである。大気中の酸素はシアノバクテリアなどの光合成生物が作ったものだが,作っても作っても物質の酸化で消費されるため増えなかったのだ。
25億年前以前の堆積物には酸化物がなく,24億5千万年前の地層から酸化物が見つかっていることから,シアノバクテリアがこの頃から「消費を上回る量の酸素」を放出し始めたのは確かだ。
しかし,光合成を行って生存のためのエネルギーを得る細菌はシアノバクテリアだけではないのである。シアノバクテリアは「酸素発生型光合成」を行うが,酸素を発生しない光合成を行う細菌(緑色硫黄細菌,紅色硫黄細菌,紅色非硫黄細菌,緑色非硫黄細菌)も多数存在するのだ。つまり,25億年前に「シアノバクテリア生存に有利で硫黄細菌に不利」な環境が生じたためシアノバクテリアが優勢となって増殖できたが,これだってちょっと状況が変わっていたら「硫黄細菌生存に有利でシアノバクテリアに不利」になっていたはずで,紙一重の違いだったかもしれない。つまり,わずかな環境の違いによってこの地球は「細菌は増殖しているが,大気に酸素は存在しない惑星」になっていても不思議はないのだ。
酸素は熱力学的に不安定な物質であり,それに比べると二酸化炭素は反応性に乏しく,大気中で安定して存在できる化合物だ。また,メタンなども温室効果を持っているが,メタンは太陽光で容易に分解されるため大気中に安定して存在できないらしい。そのため,大気の温室効果で二酸化炭素が重要となる。現在では生物の呼吸でも二酸化炭素が放出されるが,生命誕生以前の地球では二酸化炭素は「火山ガスで放出され,海水中に溶けこみ,炭酸塩として沈殿し,海洋プレートの移動で大陸の下に沈みこみ,火山活動でまた放出され・・・」という形で炭素循環していた。
しかし,大気中の二酸化炭素濃度が一定していたかというとそうではないのだ。分解速度が遅く,しかも二酸化炭素濃度に関する正・負のフィードバックが存在し,そのどちらに転ぶかで濃度は大きく変化していたのだ。例えば,カンブリア紀からオルドビス紀にかけての二酸化炭素濃度は現在の20倍だったが,その後激減して気候は寒冷化し,これが生物大量絶滅(オルドビス/シルル紀境界)をもたらしたと言われている。石炭紀には陸上を巨大なリンボク(シダ植物)の大森林が覆ったが(これが後に石炭となる),植物の存在により土壌(スポンジのように水を含みやすく二酸化炭素濃度も高い)が安定したが,このことは地表面の化学的風化を大幅に促進させることになり,その結果として二酸化炭素は消費されて大気中の二酸化炭素濃度は低下し,石炭紀後期の氷河期をもたらした。その後,白亜紀からジュラ紀にかけて大気中の酸素濃度は13%程度に低下し,一方,二酸化炭素濃度は上昇する。この低酸素濃度に「気嚢」という高性能の呼吸システムで適応したのが恐竜の獣脚類であり,この呼吸システムは次世代生物の鳥に受け継がれることになる。
要するに,酸素も二酸化炭素もあるずっと安定した平衡状態にあった訳ではなく,ちょっとしたきっかけで平衡が崩れ,新たな動的平衡が安定するまで濃度の増減を繰り返していたのだ。
////////↑↑引用終了↑↑////////
2億5000万年前の生物の大量絶滅は小惑星か彗星の衝突が原因
【2001年2月23日 ワシントン大学ニュース (2001.02.22)】
古生代と中生代の境界にあたるおよそ2億5000万年前、地球上の陸地が「パンゲア」と呼ばれるただひとつの大きな大陸であったころ、大量の生物種が一度に絶滅する大事件が起こった。これは、8000年から10万年程度の短期間のうちに海洋生物種の90%、陸上の脊椎動物種の70%が失なわれるという大規模なもので、6500万年前の恐竜の絶滅事件を上回る、地球の歴史上最大の大量絶滅事件として知られる。
この謎に満ちた事件に対し、ワシントン大学やNASAの共同研究チームが、その原因はキラー天体 (小惑星または彗星) の衝突であったという証拠をつかんだ。研究チームによると、そのキラー天体の大きさは、直径6〜12キロメートル程度 (恐竜の絶滅の引き金になったものと同程度) と推定され、衝突そのものが大量絶滅の直接的な原因ではないものの、それは大規模な火山活動を引き起こし、また海中の酸素濃度や海面の高さ、気象などに深刻な影響を与え、環境の変化に適応できなかった生物種は次々に滅び去ったという。
研究チームは、日本、中国、ハンガリーなどにある古生代と中生代の境界の時代の地層のうち、まさに2億5000万年前に対応する部分から、フラーレンと呼ばれる特殊な炭素分子を、通常では考えられないほど多く検出した。その前後の時代の地層からはフラーレンはほとんど検出されなかった。
フラーレンは、60個またはそれ以上の炭素原子がサッカーボール状につながった分子で、中空になった内部には、他の原子がとらえられていることがある。研究チームが地層から発見したフラーレンには、希ガスであるヘリウム、アルゴンがとらえられていた。
そのフラーレンに含まれるヘリウムは、特殊な同位対比率を持っていた。地球のヘリウムはほとんどがヘリウム4で、ヘリウム3はごく少ない。しかし、地層から検出されたフラーレンにとらえられていたヘリウムは、ほとんどがヘリウム3だった。このことからそれらのフラーレンは地球外起源のものに違いなく、キラー天体の衝突によりもたらされたのものだろうと結論された。
ただし、キラー天体の衝突地点については明らかになっていない。
2月23日発売のイギリスの科学誌『Nature』に詳しい発表が掲載される。
第二部−1− 地球の歴史
第4章 大気と海の歴史
1. 大気の変遷
a.酸素
はじめ、地球の大気には酸素がなかった。あるいはほとんどなかった。大気中の酸素は、生物が作り出し、それがたまりにたまってできたものである。現在の地球の大気組成は体積百分率で、ちっ素が78%、酸素が21%、アルゴンが0.93%、この3つでほとんどを占める。二酸化炭素は約0.03%程度とごくわずかでしかない。
生物とは無関係に酸素ができることもある。酸素は上空に昇った水蒸気が、太陽光の中の紫外線によって分解することによってもできる。だが、その量は大変に少なく、大気圧に換算して1hPa(1ヘクトパスカル、1Pa=1N・m-2、1気圧≒10万Pa、100Pa=1hPa(ヘクトパスカル)、だから1hPaは約10-3気圧)程度でしかない。現在の地球の大気圧は1013hPa、酸素はその20%なので200hPaもある。逆にいえば、こうした反応では現在の酸素の量の1/200程度しかできない。
だから酸素を作り出すメカニズムは植物の光合成である。光合成は模式的に下のように書ける。
6CO2 + 6H2O + 光 → C6H12O6 + 6O2 (C6H12O6はデンプン)
光合成を行うシアノバクテリア(ランソウ、らん藻)は少なくとも28億年前、もしかすると35億年前にはすでに登場していたと考えられている。
こうしてできた酸素は、まず地表を酸化させることで消費されてしまう。古い時代の地層からは赤色土層(赤鉄鉱(Fe2O3))というものが見られる。この赤色土層の一番古いものは24億年前のものという。ただし、確実なものは20億年前のものという。
22億年前〜19億年前になると、縞状鉄鉱層(縞状鉄鉱床)が大量に形成されるようになる。縞状鉄鉱層は鉄の酸化物を大量に含むもので、現在の世界中の鉄鉱石の90%以上を供給している。この縞状鉄鉱層は19億年以降はほとんど見られなくなる。つまり、このころまでは植物がつくる酸素は、鉄などを酸化させることに消費され、大気中にはあまりたまらなかったかもしれない。しかし、こうした出来事(酸化されやすいものの酸化)が終わると大気中に酸素が急にたまり出す。
こうしてできた酸素は、生物の体を作る有機物にとっては危険な存在である。しかし、酸素を利用(呼吸)することによってエネルギーの生成が効率的にできる。つまり、大気中の酸素濃度と生物の進化は関係しているとも考えられる。細胞の中に核を持つ真核生物は、ある程度高い酸素濃度を必要とする。またそもそも真核生物のミトコンドリアは、酸素を使ってエネルギーを得る器官である。一番古い確実な真核生物の化石は約21億年前である。こうしたことについては、生命の進化(真核生物への進化)も参照。
また、6億年前には多細胞生物が登場する。これも酸素濃度の増加に関係しているのかもしれない。さらに、4億年前には陸上で生活する生物も登場する。これは、大気中の酸素濃度が十分に高くなり、それに伴って成層圏のオゾン濃度も高くなったことを示すのかもしれない。成層圏のオゾンは、生物(とくに遺伝をつかさどるDNA)を損傷する、生物にとっては有害な太陽からの紫外線を有効に吸収する。これについてはこちらを参照。こうした出来事が、どの程度の酸素濃度を示すものかはよくわからない。
4億年前の生物の上陸以降は、森林火災の化石(木炭化石)が出ることから大気中の酸素濃度は13%以上、自然発火により森林が全焼したことがないということから35%以上にはなったことがないだろうといわれている。約3億年前の酸素濃度はその上限(現在の約1.5倍)に達し、巨大な昆虫(もちろん「風の谷のナウシカ」に登場するような超巨大昆虫ほどではないが、翼開長70cm程度のトンボなど)の存在を許したともいわれている。
生物の進化と酸素の関係についてはこちらも参照。
b.二酸化炭素
原始地球の大気中の二酸化炭素濃度は、現在よりもはるかに高かった考えられている。また大気中の二酸化炭素は地球の温度を決める上で重要な役割を果たす。
主系列星として核融合反応をはじめたころ太陽は、現在の光度よりも25%〜30%程度暗かったという。そしてだんだんと明るくなり、現在の姿になったらしい。大気中の二酸化炭素が現在の濃度だと、暗い太陽のもとでは当然温度も低く、20億年前までは全球凍結(地球表面では液体の水は存在しない状態)になっていなくてはならない。一方、少なくとも38億年前の年齢を示す、堆積岩起源(つまり海があった)の変成岩が存在する。これが、「暗い太陽のパラドックス(逆説)」である。
一番簡単な解決は、昔は二酸化炭素の濃度は高かったとするものである。そして、太陽の光度が増すにつれ、大気中の二酸化炭素は地殻に固定され、長期的にはじょじょに減っていったのだろう。ただし、かなり大きな「ゆらぎ」もあり、過去に何回か二酸化炭素濃度が小さくなり、全球凍結の時代もあったらしい。また、逆に中生代(恐竜が反映した時代、約2億年前〜1億年前)は、大気中の二酸化炭素濃度が高く、現在よりもかなり暖かかったらしい。
大気の変遷の推定例を下に示す。地球の歴史を通じて二酸化炭素(CO2)は減少し、酸素(O2)は増大、アルゴン(Ar)もたまってくる、またちっ素(N2)はそれほど変化がない(結果として現在の地球大気に主成分となる)ことがわかる。
「地球の進化」(岩波地球惑星科学講座13,1998年)の図6.15より作成。
なお、大気中の二酸化炭素の増減の問題についてはこちらも参照。
2. 海水の変遷
大気と同じく、昔の海水もそのままでは残らないので、過去の海水の組成の推定は難しい。
海水中のイオンの組成とその濃度は、河川とはまったく異なっている。また、平均滞留時間は、地球の歴史と比べても極めて短い。つまり、海水のイオンは河川が運び込んできたものがそのままたまったものではない。
海水中の水(H2O)と陰イオン(Cl-、SO42-、HCO3-など)は、原始地球時代の脱ガスやその後の火成活動(火山ガス)で供給されてきたものである。一方、陽イオン(Na+、K+、Mg2+、Ca2+など)は、初めは強酸性であった可能性がある海水が地殻(岩石)を溶かしたもの、さらにはその後の陸上や海底での風化作用(水にごくわずかずつ溶ける)に供給されてきたものである。
少なくとも過去数億年前から現在までは、河川が海に運び込むイオンと同じ量がそっくり沈殿し、海水の組成はほとんど変化しなくなっていると考えられている。生物の体液の組成が海水の組成と似ていることは、生物が発生したころの海水の組成が現在と似ていたことを示しているのかもしれない。
海水の量の変化もよくわかっていない。地球初期の大規模な脱ガスにより、ほとんど現在の量の水(H2O)が供給されたという可能性が高いという。
ではその後の脱ガス(火山ガス)により、現在も海水がじょじょに増加しているかというとこれまた難しい。中央海嶺からはH2Oは1.1×1011kg・年-1、ホットスポットからは0.13×1011kg・年-1の、合計1.2×1011kg・年-1が供給されているという。そして、地球の歴史を通じては、(0.76〜1.18)×1021kgのH2Oが脱ガスしたという。これは、現在の海水量の54%〜84%になる。これだけだと地球の歴史を通じて、海水の量は2倍程度に増えたことになる。
しかし一方、海洋プレートの沈み込みにより、H2Oがマントルに運ばれている。海洋地殻では、中央海嶺の熱水活動により水を含んだ岩石が存在し、また海洋底には水を大量に含んだ堆積物が存在する。これらが海洋プレートによってマントルに運ばれるが、その量は9.7×1011kg・年-1と考えられている。こうしたH2Oはすべてがマントルに入り込むのではなく、日本のような弧状列島の火山活動により脱ガスするものある。その量は1.0×1011kg・年-1と考えられている。正味では約8×1011kg・年-1の割合で、地表からマントルへH2Oが運ばれていることになる。
これらが正しいとすると、脱ガス(1.2×1011kg・年-1)よりも、マントルに運び込まれるH2O(8×1011kg・年-1)の方が圧倒的に多いことになる。つまり、このままではあと20億年程度で海水は消滅することになる。現在の海水の量を説明するためには、過去には現在の2倍〜3倍程度の海水があったとする考えもある。
このように、地表と地球内部での水循環により、海水の量はかなり変化した可能性がある。そしてそれはまた、地表や地球内部の状態、脱ガスの組成に対して大きな影響があるが、詳しいことはよくわかっていない。
酸素の生成:水蒸気は紫外線によって、
H2O + 紫外線 → 2H + O と分解する。
このO(原子酸素)は
O + O + M → O2 + M (Mは触媒、Nなどがその役割を果たす)
O2 + O + M → O3 + M
O + O3 → 2O2
こうしてO2はできるが、そのO2も水蒸気と同じように紫外線を吸収して、
O2 + 紫外線 → O + O
となってしまう。
こうして、大気中のO2は1hPa程度しかたまらない。
バクテリアの働き:生物が酸素をつくるもう一つは硫酸還元バクテリアである。海における黄鉄鉱生成には硫酸還元バクテリアが関係しており、その黄鉄鉱が埋没することにより、酸素が放出されることになる。
呼吸:呼吸は光合成の逆反応で、デンプン(炭素の高分子=有機物)を酸素を使って分解し、生存のためのエネルギーを得るものである。
C6H12O6 + 6O2 → 6CO2 + 6H2O + エネルギー
大きく見れば現在は、生物が生産する酸素と、生物が消費する酸素が釣り合い、極端な酸素濃度の変化はないと考えられている。
パストゥール点(PAL):酸素を使う呼吸と、使わない呼吸のどちらが有利かの境目。10hPa(10-2気圧)よりも酸素濃度が高いと酸素を利用した呼吸が有利(好気的代謝)、酸素濃度が10hPaよりも小さいと酸素を使わない発酵(嫌気的代謝)が有利になる。この境目の10-2気圧(10hPa)をパストゥール点(PAL)という。
海水中のイオン濃度:下の表は「地球進化論」(岩波地球惑星科学講座13、1998年1月)による。海水中の塩分量についてはこちらも参照。また、海水中の塩分の起源についてはこちらも参照。
溶存イオン |
海水中の濃度(103mol・L-1) |
河川水中の濃度(103mol・L-1) |
平均滞留時間(106年) |
Na+ |
479.0 |
0.315 |
55 |
K+ |
54.3 |
0.036 |
10 |
Mg2+ |
10.5 |
0.150 |
13 |
Ca2+ |
10.4 |
0.367 |
1 |
Cl- |
558.0 |
0.230 |
87 |
SO42- |
28.9 |
0.120 |
8.7 |
HCO3- |
2.0 |
0.870 |
0.083 |
ヒトの血液と海水:下の表は「海のはなしII」(技報堂出版、1984年)より作成した。海水に多いものは血液にも多いことがわかる。ただし、全体として血液の方が海水よりも塩分濃度では1/3程度に薄くなっている。
イオン |
海水(g・L-1) |
血液(血清)(g・L-1) |
ナトリウム |
10.9 |
3.3 |
マグネシウム |
1.3 |
0.1 |
カルシウム |
0.4 |
0.1 |
カリウム |
0.4 |
0.2 |
塩素 |
19.6 |
3.7 |
空気のような、という言葉がある。“日頃はその存在に気を留めないが、無くてはならない大切な”といった意味であろうか。インターネットの辞書を調べると、“いてもいなくても同じような・存在感の無い”というネガティブな意味が並ぶが、最近では“生きていく上で必要不可欠な”というポジティブなニュアンスも追加されているようだ。「あなたは私にとって空気のような存在」というセリフは、どちらの意味でつかわれているのかを正しく理解しなければ、あとでとんでもなく痛い目をみそうである。
さて、確かに空気は、我々が生きていく上で必要不可欠なものの1つであろう。空気とは地球大気の最下層を構成している気体のことであり、化学的には主として窒素と酸素からなる。我々は空気に含まれる酸素を使って呼吸することで生命活動のためのエネルギーを得ており、この意味で我々にとって無くてはならない空気とはすなわち酸素のことに他ならない。しかし、この“空気のような存在”である酸素も、46億年という地球史スケールでみると、大気の主成分となったのは比較的最近のことであるといったら、皆さんは驚かれるだろうか。
大気中の酸素は、藍藻(シアノバクテリア)や植物プランクトンのような酸素発生型光合成生物によって生み出される。したがって、これら生命が誕生する以前の地球には、当然酸素はなかった。実際、さまざまな地質的証拠から地球大気に酸素が登場したのは今から23~20億年前とされる(図1)。つまり、地球史の前半には、酸素は大気中にほとんど存在しなかったのである。23~20億年前に上昇した大気酸素濃度は、現在の1/100程度のレベルでいったん安定する。そして、酸素が今のような大気の20%を占める主成分となったのは、2度目のジャンプが起きた6~5億年前以降である。地球の歴史を1年と換算し、その誕生を1月1日、現在を12月31日とすれば、それは11月も中旬を過ぎてのことである。
では、なぜ大気中の酸素濃度は、このようにある時期に急激に増加したのだろうか?単純に考えると、23~20億年前に酸素を作る光合成生物が誕生したからではないかと思うが、そう易い話でもないらしい。地質記録を見ると、シアノバクテリアのような原始的な酸素発生型光合成生物は、少なくとも27億年前には誕生していたようだ。酸素を発生する生物が誕生していたにもかかわらず、なぜ23億年以前に酸素は大気に溜まらなかったのか?なぜ23億年前と6億年前に、酸素濃度は急上昇したのだろうか?
実は、大気中の酸素濃度は、酸素を発生する生命の活動だけでは決まらない。大気や海洋に放出された酸素を消費する、還元的な物質(二価鉄やメタンなど)の供給とのバランスが肝心なのである。収入が同じでも支出が異なれば、毎月溜まる貯金額が異なるのと同じ理屈である。さらに、多くの研究者は、生成される酸素量と消費される酸素量がバランスしていても、異なる大気酸素濃度を取りうるのではないかとも考えている。たとえると、同じ収入の2人が、一方が燃費はよいが広い家に住み、もう一方が燃費は悪いが狭い家に住み、どちらも同じ支出になっているような状態である。両者の収入と支出は全く同じでも、見かけ上異なる状態を取っているのである。
このような状態を一般的に多重安定状態と呼び、地球だけでなく鉱物の結晶や連鎖化学反応、生物生態系、あるいは脳内のニューロンネットワークなど、複雑系一般に内在していると考えられている。地球の場合も、長期的に見れば太陽から一定のエネルギーを受け取り、表層で酸素の発生と消費がバランスした安定状態を保っている。しかし、現在見られる安定状態は、多くの安定状態の内の1つでしかなく、何か外因的な大きな擾乱が起きた時に、ある安定状態から別の安定状態に移り変わることも起きるのである(図2)。つまり、地球史を通じた酸素濃度の安定な時期と急激な上昇は、多重安定状態とその遷移と理解することができる。
地球大気の酸素の場合、このような安定状態の遷移を引き起こした原因は一体何であろうか?現在、これに対する明確な答えは得られていないが、我々の研究グループは、全球凍結がその原因ではないかと考えている。全球凍結とは、文字通り地球全体が凍りつく地質イベントであり、地球史において23~22億年前と7~6億年前に起きたとされる。凍結状態を脱するためには、大量の二酸化炭素が大気中に蓄積する必要があり、その結果、凍結直後の地球は一時的に超温暖状態となる。このような超温室状態では、シアノバクテリアの活動が極めて活発になり、大量の酸素が放出される。このような極端な気候変動とそれに伴う酸素放出により、多重安定状態間の遷移が起きたのかもしれない。たとえれば、前述の燃費は悪いが狭い家に住んでいた人が、宝くじに当たって、燃費の良い広い家に引っ越したようなものである。もちろん、引越しの前後で、収入と支出という境界条件は変わらない。
もしそうであれば、全球凍結のような一見生命を根絶やしにするような気候大変動が、多様な生命に溢れるために不可欠な酸素大気の形成に本質的な役割を果たしたのかもしれない。さらに、現在の20%という酸素濃度の安定状態は、今後、別の安定状態に遷移することもあるのかもしれない。これらの疑問に対して答えを得る1つの方法は、太陽系外の地球型惑星の観測であろう。第2、第3の地球たちが太陽系外に見つかり、大気中の酸素濃度の多様性や普遍性が理解できれば、我々は“空気のような”酸素大気の存在を、もっとありがたく感じることができるのかもしれない。
関根 康人(東京大学)
大気中の酸素濃度
質問者: 教員
川崎
登録番号1093 登録日:2006-10-25
増加傾向であった大気中の酸素濃度が、古生代の石炭紀にその10分の1まで急激に減少したというグラフが資料集にありました。理由は、化石燃料の蓄積があったためだそうです。しかし、木生シダの大森林による光合成によって放出される酸素量と、炭化水素中心の化石燃料の蓄積による減少が結びつきません。
辞典を見たら、石炭には、含酸素基もあると書いてありましたが、これくらいで大気中の酸素濃度が減少するものなのでしょうか。御教示よろしくお願いします。
川崎 様
地球大気の酸素の大部分は, 酸素を発生する光合成生物である藍藻(シアノバクテリア)を初めとする藻類、シダ植物、コケ植物、裸子植物、被子植物が、光合成によって二酸化炭素を固定するときに水から発生する酸素に由来しています。これは火山ガスに全く酸素が含まれていないためですが、これに対し窒素、二酸化炭素は火山活動によって地球内部から発生した大気成分です。ご質問の大気酸素濃度の急激な低下は石炭紀ではなく、古生代の石炭紀に続くぺルム紀(Permian)の末期(2.63億年前)と中生代の三畳紀(Triassic)の初期(2.43億年前)の 約2000万年の間に生じた低下を指すと思われます。この時期の地層はPT境界層とよばれ、この地層には(大気酸素と鉄イオンが反応して沈着する)酸化鉄がなく、また、化石の研究からこの間の酸素欠乏などによって、これまでに進化してきた古生代の生物種の96%が絶滅しています。この酸素濃度の低下が生じた原因はまだはっきりしていませんが、現在、この年代に異常に多かった火山活動によって生じた火山灰によって太陽光が遮蔽されて太陽照度が低下し、植物による光合成が低下し酸素が大気に供給されなくなったためと考えられています。6500万年前に恐竜の絶滅をもたらした隕石の衝突が原因である可能性は低いようです(詳細については、熊沢、伊藤、吉田(編):“全地球史解読”、東大出版会(2002)、丸山、磯崎(著)“生命と地球の歴史“岩波新書(1998)参照)。
ペルム紀より以前の石炭紀には(3.6‐2.9億年前)、植物が非常に繁茂ししかもそれが地中に埋もれた量が多く、それが現在、化石燃料(石油、石炭)として利用されています。石炭紀の年代に生物の絶滅を示す化石の証拠はなく、大気酸素濃度が低下したとする証拠もありません。この年代の地球大気酸素濃度は、植物の光合成・二酸化炭素固定による有機物の生産量、それに伴う酸素発生量、有機物と酸素の生物(呼吸)による消費と燃焼(山火事)による消費、のバランスによって基本的に決まります。石炭紀には光合成産物が地中に埋もれた量が多いため、この年代、植物以外の生物による有機物消費(呼吸)が同じであれば、埋もれた有機物の量(Cの原子数)に相当する酸素(O<sub>2</sub>の分子数)が少なくとも大気に残るはずです。これらのことから、石炭紀の後期には酸素濃度が現在の20.9%より高い30%以上、最高35%にもなっていたと推定されています。これには地質的な証拠以外に、石炭紀には巨大化した昆虫化石(例えば、翅の長さが75 cm、胴の直径が3 cmのトンボ)が見出され、これも高い大気酸素濃度の生物的な証拠と考えられています(Nick Lane: ” Oxygen, The Molecule that made
the World” Oxford Univ. Press (2002))。生物は一般に酸素濃度が高くなると酸素(活性酸素)による障害を抑制するため細胞数を増加し、細胞内酸素濃度が高くなるのを抑制しています。単細胞生物から多細胞生物の出現に至る生物進化も、植物光合成による大気酸素濃度の上昇が誘因であったと考えられます。
JSPPサイエンスアドバイザー
浅田 浩二