錬金術 原一体すなわち第一質量
等しきモノは同一を意味する。一は全 全は一。世界は同じ。意識も同じ。
それは原一体(ユニテ)すなわち第一質量(イリアステル)
三原質・四大元素・七金属
パラケルススによると、世界の資源は「原一体」(コニテ)、すなわち万物の第一質量(イリアステル)である。これが女性原理と男性原理に別れる。この両原理の結合によって、カオスとイデアスができる。こうして質量(ヒューレー)が作られた。この質量が光の作用で、三原質(硫黄・水銀・塩)に分かれた。
第一質量 |
硫黄 |
男 |
能動 |
熱 |
不揮発性 |
水銀 |
女 |
受動 |
冷 |
揮発性 |
特に、硫黄と水銀が物質の正反対な性質を象徴するものとして錬金術において重要となる。ただ注意しなければならないのは、ここで言われている硫黄や水銀は実際のものではない。硫黄に代表される物質の形相を決める力、水銀に代表される物質の質量、塩に代表される物質の運動、これらが結びつくことであらゆる物質は作られる。さらに、四大元素と三原質との関係も説明される。
第一質量 |
硫黄 |
土 |
可視的・個体的状態 |
火 |
隠秘で微細な状態 |
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塩 |
第五元素 |
エーテル |
|
水銀 |
水 |
可視的・液体的状態 |
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風 |
隠秘で気体である状態 |
そして、錬金術師は七種の金属を区別していた。その中でも金と銀は完全な金属であり、太陽と月に結び付けられ、その他の金属は不完全で惑星に結び付けられた。
銅 |
金星 |
鉄 |
火星 |
錫 |
木星 |
鉛 |
土星 |
水銀 |
水星 |
銀 |
月 |
金 |
太陽 |
主な錬金術記号
|
錬金術師によれば、全ての金属は同類であり、その形相によって異なるだけである。卑金属とは金属が病んだ状態なのであり、その病を治せば金属は金や銀になるのである。
※ 卑金属
空気中で容易に酸化される金属の総称。イオン化の傾向が大きい。鉄、銅、鉛、亜鉛などがある。貴金属の反対語。貴金属は産出量が少なく貴重で、金、銀、白金など酸やアルカリに冒されにくく、美しい金属光沢を保つ。
○神秘的錬金術
錬金術は金を作るための方法ではないと考える人々もいる。彼らにとっての錬金術とは霊的黄金、つまり自らの魂を高め、最高の智を得ることこそ錬金術の目的であるという。これらの人々にとっても、賢者の石を求める実験は重要である。ただしこれらの実験も修行の一環でしかなく、秘儀を授けた者にとって「賢者の石」を発見するとは、天啓によって得た「知恵」によって自然の秘密を見出す事だ。
○アルス・マグナ
錬金術のもっとも野心的な望みは自ら神に等しくなる事で、これを「大いなる秘法」(アルス・マグナ)もしくは「王者の法」という。
錬金術の実際
では、実際の錬金術はどのような作業をするのだろうか。
○賢者の石
錬金術には、小作業と大作業の二つの作業がある。小作業は、金属を銀に変える「白い石」を得る為の作業である。大作業は、金に変える「赤い石」を得るための作業である。別名、賢者の石という。この方法を多くの錬金術師が書き残しているが、どの文章も寓意に満ちており真意を理解するのは困難である。ただ、どのような記述でも賢者の石の精製は次の四段階を踏んで行われた。
1)予備作業
錬金術師は自らの手で器具を作り、俗民から離れた静かな研究室を用意する。ときには諸惑星の配置をチェックし、吉相である事を確認する。
2)「石」の材料の準備
厳密に言えば、万物は全て単一の素材からできているのだから、森羅万象あらゆるものを素材とすることができるはずである。しかしやはり制限があり、材料も採取する時期も占星術的に決まっていた。ロジャー・ベーコンも、本来なら動植物からす意義ンと言おうのエッセンスを取り出さなければならないのだが、自然に水銀や硫黄が存在する以上、それを使ったほうが有効だと書いている。つまり、鉱物を原料とするのが最も良い。これを言い表した有名な言葉に、「大地の内部を訪ねよ、精留によりて汝は隠されたる石を見出さん」とある。材料としては、まず金銀である。「麦は麦を、人は人を、そして金は金を産む」とはギリシアの錬金術師の格言である。そして硫黄、水銀、塩である。
3)「哲学の卵」の中での加熱
哲学の卵とは小さな球形フラスコで、錬金術師は水晶で作られたものを好んで使ったという。このフラスコは世界の卵(物事が生まれる前の無垢な状態)の象徴でもある。これに材料を入れて加熱する。この加熱温度と加熱時間にも厳密な規定があり、これに反すると正しい結果が得られず、しかもこの規定は理解しずらい寓意で示されている。しかし研究によると四段階の加熱であり、最初が60〜70度、第二段階が硫黄(S)の融点と沸点の間(113〜447,7度)、第三段階が錫(Sn)の融解温度より少し低いくらい(232度)、最後に鉛(Pb)の融解温度(327,5度)より少し低いくらいにするとよいと言われている。
哲学者の卵の中身は、これによって三段階の色の変化を起こす。まず黒これは腐敗を象徴している。次に白で、復活を意味し、この時点で止めると金属を銀に変える「白い石」が得られる。最後に、石は輝くばかりの赤色に変わる。これを赤化といい、「賢者の石」のできあがりである。
4)「賢者の石」の仕上げ
ここで哲学の卵を割り、賢者の石を取り出す。だが使用する前に、もろい塊である賢者の石を溶けた金と混ぜ合わせる。こうすることで賢者の石は質的にも量的にも無限に高まる。
○ホムンクルス
パラケルススが『ものの本性について』で紹介している。人間の精液を40日間、蒸留器に密閉し、精液が生きて動き始めるまで腐敗させる。この期間を過ぎると、人の形をした、ほとんど透明で非物質的なものの姿が現れる。この生まれたばかりのものに、毎日人の血を与えて慎重に養い、馬の胎内と同じ温度で40週間保存すれば、それは本物の生きた子供になる。ただずっと小さいだけだ。
○薬品
錬金術は様々な薬品も作っている。そもそも賢者の石そのものが赤い粉状のもので、飲むとあらゆる病を治す薬効を持つとされる。他にも霊薬(エリクサー)を飲めば長寿を得るし、万能薬(パナケア)を用いればあらゆる病は快癒する。また、賢者の石こそがエリクサーでありパナケアであるという説もある。他には、あらゆる物を融解する融解液(アルカエスト)なども知られている。
○錬金詐欺
18世紀になると魔女狩りが下火になるので、火あぶりを恐れることなく好きなだけ自称する事ができた。スポンサー、バテレンを得る為、研究室を貸して欲しいという名目で錬金詐欺が行われた。容器の底に金を入れて、その上からロウでフタをする。ロウは容器の底と同じ色を塗っておく。そこに鉛や水銀を入れて熱せば金がでてくるというわけだ。
_第一質料_/ 硫黄:男性:能動:熱:不揮発性
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ 水銀:女性:受動:冷:揮発性
次に、四元素の説明に移る。これはその物質の状態であり、それぞれ「水」「土」「空気」「火」の四つである。この名称も三原質と同じで、言葉通りではなく物質の状態を名称化したものである。
「水」と「土」は可視で、「空気」と「火」は不可視であり、それぞれ熱・冷・湿・乾の性質を持つ。
また、これらは下の様に周期的に遷り変り、これはプラトンの輪と呼ばれ、四元素はこの順序で遷り変る。また、逆にも遷り変りえる。
「火」→→(凝結)→→「空気」→→(液化)→→「水」→→(固体化)→→「土」→→(昇華)→→「火」
四元素と三原質の関係は、上の図に下を付け足した様になる。
_硫黄_/「土」 乾:冷:可視:固体
/ ̄ ̄ ̄ ̄\「火」 乾:熱:不可視:希薄
_第一質料_/__塩__
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
\_水銀_/「水」 湿:冷:可視:液体
 ̄ ̄ ̄ ̄\「空気」 湿:熱:不可視:気体
なお、これらを化学に対応させると、「水=液体」「土=固体」「空気=気体」「火=プラズマ」になるといわれている。
全ての物質はこの三原質と四元素の比率により別の性質を示す。錬金術師はこの比率を変化させることで、ある物質を別の物質へ錬成しうる。
そして、物質の変化、詰まる所この二つの要素を変質させる原動力は生気論が元となっている。
前項で紹介したが、錬金術の目的は物質の純化、霊的な次段階への昇華である。錬金術師は物質が本来持つエネルギーを生命根源の力で、第一質量に働き掛け昇華させようとする。だがこれはファンタジーでいう魔力とかいう類の物ではない。これは燃料ではなく、着火剤と言うべきである。
金属と惑星の対応表
銅………… …………金星
鉄………… …………火星
錫………… …………木星
鉛………… …………土星
水銀……… …………水星
銀………… ……………月
金………… …………太陽 また、七金属についても忘れてはならない。錬金術師達は状態により物質を七種類の金属に分けていた。これらは「銅」「鉄」「錫」「鉛」「水銀」「銀」「金」であり、金と銀は完全な状態、その他は全て不完全な、錬金術師の例えで言うと「病気の状態」である。ちなみに全ての金属は占星術における惑星の記号と対応しており、占星術と結びついた発想も存在した。
通常は「地球の胎内から生まれてくる物質は金属となり、本来全ての金属は完成形、つまり金として生まれる事になっている。だが様々な要因でそれは妨げられ、多くの金属は卑金属となってしまう。しかし、全ての金属は常に完成形になろうと働いているので、地中深くで長い年月をかけ徐々に変性する。」という理論が主流だが、十七世紀オランダの錬金術師グラウパーは「一度金に到達した金属はまた逆の順で鉄に戻る。そして鉄に戻った金属はまた金を目指す。」として金属の循環を説いた。
金語句が地中で金属が変性する際、
鉄→→銅→→鉛→→錫→→水銀→→銀→→金
1−3 化学と錬金術
まず結論から言うと、化学が「この世の現象が全て化学物質の化学的作用によるものだ。」とするのに対し、錬金術は「有機無機を問わず全て生物的な活動に近い。」としている。
学校でも習うだろうが、現在の化学では「全ての物質は元素からできており、その元素は陽子・中性子・電子の組み合わせで成り立っている。」という理論が主流、というか根源となっている。この理論は「物質を極限まで分割すると,最終的にはさまざまな形質・性質の粒子になる。」というフランスの化学者ボイルが十七世紀前半に提唱した理論が基礎とっており、以後幾人もの反錬金術的な科学者達が研究を重ね、二十世紀にデンマークの化学者ボーアが最終的に証明した。
この理論の陽子や中性子の概念は錬金術における物質の原一性と非常に似通った理論であると同時に、元素の存在は錬金術を否定するという奇妙な理論となってしまった。
錬金術衰退の原因となった理論はもう一つある。直接的に錬金術理論とはあまり関係が無いが、フロギストン説である。これは十七世紀にドイツの科学者ベッヒャーが提唱し、十八世紀にドイツの医者シュタールが証明しようとした理論であり、最終的にはフランスの科学者ラボアジェによって証明された。これは「『燃焼』という過程において、物質を燃やす燃素(フロギストン)という物質が介在する。」という説である。この説によると、燃えやすい物質ほど燃素をより多く含み、燃素を消費することで物質は燃焼する、となっている。
しかし、この理論もまたラボアジェにより否定された。ラボアジェは質量保存の法則の証明過程で、物質の燃焼前と後の質量を比べ、燃焼後の方が質量が大きいことを発見した。このことにより、燃焼では「何かが消失する」のではなく「何かが結合する」という事が証明され、フロギストン説は否定された。
よって、物質の変成にはその物質以外の物が関わっている事も間接的に証明されたため、錬金術の原一性理論も否定されてしまった。
錬金術師達は三原質・四元素論の否定を跳ね除けることが出来ず、その後徐々に衰退して行き現代に至るのだが、錬金術師側の化学への見解もここで紹介しておく。化学者達が錬金術を否定しようとしたのに対し、錬金術師たちはあくまでも化学と錬金術を別物であるとして区別をしようとしていた。
ヘルメス哲学者のペルヌティは「化学は自然が作り上げた物質を破壊するものであり、ヘルメス的化学(=錬金術)は自然を完成させるための術である。」と自身の論文中で語っている。また、別の錬金術師の言ったことを要約すると「化学とは物質の外見上の性質のみ特化した学問であり、複数の物質を化合・分解するのみであり、概念的に最初に用いた物質以上の組み合わせは無い。しかし錬金術は物質の在り様を変質させるだけなので、あらゆる物質からあらゆる物質を得る事が出来る。」と、なる。
現代の化学と錬金術とは完全に別物でありながら、化学的作用によるものか、それとも霊的な作用によるものかの違いだけで、非常に近い部分も存在するのだと分かるだろう。