そんなバカな 遺伝子と神について 竹内久美子
ギャラップ世論調査 1979年 アメリカ国民の半数は、人類は神がお作りになった信じている。
専門家の穴
若い研究者が穴のそばを通りかかると、穴は囁くのである。「この中に手堅くて面白いテーマがたくさんあるよ、寄って行きな」
穴の中は面白くはないのだが居心地の良い場所で温室状態。気がつけば、もう外に出る気がなくなっている。
自己欺瞞 自己催眠の技術を磨いてきた人間。
ヒトと動物の違いは、自分自身さえも騙してしまうほどウソのうまい唯一の動物だ。
ロバート・アードレイ「狩りをするサル」
無意識のうちに誤解し、錯覚する能力が人間の危機を救ってきた。
他人の粗はよく見えるのに自分の欠点にはなかなか気づかない性質、自分の都合の良いことはよく覚えているのに都合の悪いことはすぐに忘れてしまう性質、自分のことが本来とは随分違う姿に見えてしまう性質。
自分のひどい形相や行動に気がついてはいけない。相手の身になってモノを考えることも禁物である。
戦場においては自己欺瞞は大変に重要な能力である。身近なところでは嫁姑戦争に勝利するには自己欺瞞の能力が不可欠である。
人の人たる所以は、自分のやっていることの意味をもう少しでも真剣に考えてみたらすぐに気がつく能力を持っているのに、いつまでも気が付かないようにして、自分の姿を無意識のうちに歪曲した形で捉える能力である。
この能力は遺伝子がコピーを増やすためには効果的だ。
女は排卵を隠す方へと進化してきた。
自分自身もわからなくなった理由は、他人を騙すためにはまず自分を騙すべきだからだ。
ウソを突き通すのは難しく、言動に無意識のサインが出てしまう。目線、呼吸、瞳孔、距離、まばたきなどだ。
ところが自分自身さえもわからなければ、ウソは完璧になる。
原始時代 女が子供を多くほしいと思う状況
排卵の時期が男にわかると、男は排卵期だけ彼女と交わり、その他の時期には別の排卵期の女を探して回る。これは原始時代の男の思うツボで男は喜々として一夫多妻活動を始める。
排卵がわからないと常に女をガードして受精に成功するために、何回となく彼女と交わる必要が出てくる。
複数の女を孕ませたい望みもあるが、一人の女に確実に自分の子供を産ませることは大切だ。
現代 女が多くの子供を欲しがらない状況 ナンシー・バーリー「隠蔽された排卵の進化」
女は自分が望む以上の数の子をしぶしぶ夫や姑に産まされている。
排卵と妊娠の因果関係を気づいた女は排卵期の交わりを断ってきた。秘密のバース・コントロール術を知った。
ところがこの新技術は利己的遺伝子にとっては都合が悪い。そこでこの術の駆除に取りかかかった。
排卵を自身にさえもわからないようにするという方法だ。
排卵がわからない女は子供の数が増えてしまうので、これらの子どもたちが繁殖して、わかる女の子孫の数は減っていくによって自然淘汰が行われたという仮説である。
コミュニケーションは相手を操作するための手段である。 動物行動学
正確な情報を伝える手段ではなく相手を騙すためにある。
子供のアレルギー体質は親からの関心を得るための方便である。
ゲーム理論
意思決定や行動の相互依存的状況を数学的なモデルを用いて説明する。
数学者ジョン・フォン・ノイマンと経済学者オスカー・モルゲンシュテルンの共著書『ゲームの理論と経済行動』(1944年) によって誕生した。
ジョン・メイナード=スミス (John Maynard Smith)
生物学の分野にゲーム理論などの数学的な理論を導入し「血縁淘汰」や「進化的に安定な戦略」 (ESS)を提示
動物の戦略 ハトとタカの戦略
得失点(利益/不利益)の設定によって、ハト・タカ比が変わる。
強い殺傷能力をもった動物の方がむしろハト派的で、行動が紳士的であるというパラドックスを説明する。タカは自分が負傷した場合の大打撃を恐れ、互いに敢えて「武器」の使用を控える。
ニワトリが常時突きあって喧嘩しているのは、彼らが大した武器を持っていないからだ。
動物の殺傷能力の大小と儀式化の程度の相関関係 スミス
殺傷能力が大だと儀式化が強くなる。
未来の多子化
自然界では産子数に利他的な自制を加える必要がなく、とどめのない遺伝子は罰を受けて死に至る。
ところが人間は餓死を望まないために、家族の生活を廃止して、チャリティーや福祉などが機能する国家を経済単位にしたのである。
すると何が起きるのか?
子供に対する生活保障の特権を濫用すると、子供は自制することを学ばず、守られているのが当然の大人になり、
その優しさで他者を踏みつけてもそれに気が付かない自己催眠の強い人間になる。
子沢山を望む遺伝子が少子化のあとは残るので、本来働くはずの自然の抑制作用が働かず、人口が爆発的に増加する。子沢山であると自然界では増加が抑制されるが、福祉のせいで、頭打ちにはならないからである。
未来の新聞では「このままでは福祉国家は破産してしまう。皆さん子供嫌いになりましょう」という社説が並ぶ。
宗教活動
ある集団が、ある優位な個体をなだめるために服従の誇示を何度も長々と行う活動が宗教である。
優位な個体は無限の力を持ち、形は動物やイメージの生命体や祖先の人間の姿をする。
この個体は怒ることが存在意義なので、なだめの儀式は規則的な感覚でしばしば行う必要がある。
モリス 裸のサル
共通のカミを崇拝する集団は血縁や現実のリーダーによる連合よりも、遥かに今日こで安定した関係を保つことができる。死んだらカミのもとで幸せに暮らせると教えられている戦士は死を恐れない。カミというミームを載せたヴィークルは強く、負けた集団は感染されられる。
戦争という人の生死に直結する淘汰の場でコピーを増やしてきた。だからこそカミのミームの力は絶大で、ヒトの心を捉える力と離さない力と安心させる力は巨大である。
このカミを乗せると戦争に勝ちやすくなるからだ。
団結のあとには武闘訓練が必要なので、次のミームが必要となる。カミの反対のもの、そう悪である。これに対しての憎しみや憤りや軽蔑や差別の対象になるものが、実際の行動を引き起こす。
統合に対しての分裂である。
また悪がなくても武闘訓練が行うことがある。それは「正しい行動」だ。行動が運動となると、はじめの本来の目的は忘れられ、戦いの練習をする喜びに置き換えられてしまう。
ヒトは利己的遺伝子と利己的ミームのヴィークルでしかない。
カミの座にまだカミがいない人はロックスターや映画スターなどのアナログが座る可能性がある。
Analog 「類似物」。「ana」(〜に則して、〜を背景にして) 他の物に則して語ったもの、で類似。
デジタル(digital)の語源は、ラテン語で「指」を意味する「digitus」。「デジタル」とは指を折って示すことで、数字を連続したものではなく一つ一つ分けたものとして明確に表示するということだ。
快感は遺伝子の戦略
「快感」「心地よさ」「ときめき」は乗り物の報酬である。この報酬で実行が続く。
子を持つ喜び、浮気のときめき、散財の快感、倹約の満足感
意地悪の愉快さ、他人の不幸の蜜の味
社会生物学 sociobiologyの不幸
魔女裁判にかけられたエドワード・ウィルソン 1978.2 Racist&Fascist
善悪の判断や正邪に感じる心も遺伝的基盤があるという説を「社会生物学 新しい統合」に書いたため
これが差別につながると「人民のための科学sftp」S.J.グールドから非難された。
ウィルソンが書いたのは、道徳や宗教のような文化も遺伝子と相関関係がある。
例えばある道徳が遺伝子のコピーを増やすのに都合が良い性質を持っているとすると、その遺伝子はその道徳のおかげでもっと増える。またその道徳もその遺伝子のコピーが増えるに従って増える。これが長い時間をかけて繰り返されていると、その道徳はしっかりとした遺伝子的基盤を持つに至る。
ヴィークル(ヒト)がどういう文化を持つかによって、遺伝子はコピーの増減に影響を受けるということである。
インド文化が牛を大切にする理由
蚊がヒトよりも牛の方を刺してくれるので、ヒトはマラリアに罹って死ぬ確率が低くなる。
もしかしたらインド人は遺伝子のレベルでもヒトよりも大きな温血動物に対して、シンパシーを感じる遺伝子があるのかもしれない。
なぜ反発されたのか?
1自分たちの専門分野が侵略されたり改革を迫られる状況になるから。
2キリスト教徒は動物とヒトを並べて論じることを極端に嫌う。これはイエスが問題なのではなく、教すなわち教会の歴史に由来する。教会は意識の力で、自分たちが有利になるように歴史を作り上げてきた。
迫害、殉教、学問、教育、植民地政策、科学。どれも自分たちの価値を高め、グループの外のものを踏みにじることに効果的であった。グループの外の生命体を動物とすることで自分たちがカミの子でありえた歴史を持つ。
同列に並べてしまうとこれまでの整合性がつかなくなる。動物であったから殺しても良かったのだから。事実よりも教会の歴史と今の自分たちが正しいことを選択する。得意の自己催眠である。
またこの動物とヒトを分ける壁が意識であり、その進化系である自己意識である。自分を肯定するためには何が何でも自己意識の邪魔をするものを断ち切らなければならない。これが欧米の限界である。
3スケープゴート 1976年にベトナムが南北統一して、今までの鬼畜であった共産主義と戦うことが物理的になくなり、自己意識に侵されたアメリカは新たな敵を探す必要があった。そのターゲットにされたのがウィルソンだった。
伝統
理由は分からないが昔から実行している生活習慣やある民族の共通している美的感覚や食の好み、礼儀作法、感覚や心理に関する事柄も、目に見えないが生命に関わる事例のために形、すなわち伝統になった説明できるかもしれない。
文化という名のミーム 形に対しての力
サルの芋洗いのように「文化」は模倣によってコピーされて伝わり、時にはコピーミスが起きる。このコピーミスが新しい文化を産むこともある。役に立つ文化はよくコピーされるが、どうでも良い文化はあまりコピーされないので、文化の複製の頻度には差がある。だから文化は進化すると考えることもできる。
実際、文化は遺伝とのアナロジーが考えられており、遺伝的伝達の単位を遺伝子と呼ぶのに対し、文化的伝達の単位をどう呼ぼうかという論議がある。
R.Dawkinsは「ミーム」という語をつかった。ギリシャ語のmimemeをベースに記憶memoryを絡めて作った造語である。
抽象度をあげた私の言葉で言うと「形と力」の「力」である。
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遺伝子 |
形 |
意識 |
分裂 |
文明 |
機械 |
分子結合 |
色 |
粒子 |
悪 |
文明 |
ミーム |
力 |
非意識 |
統合 |
文化 |
ゴースト |
いのち |
空 |
波 |
カミ |
環境 |
人は遺伝子とミームという二種類の自己複製子の乗り物(ヴィークル)