42  都機   第二十三

 

相対性理論はアインシュタインが道元を読んだから思いついた?

 

オリエンテーション

 

月は自転しているのだが止まっているように見えるのは、月の自転と公転のスピードの関係で月の裏側を見ることができないのでまるで自転していないように見える。

しかし、これは地上にいるヒトの認識感覚を基準にしていることを根拠に成り立っている。

前提条件である観察者の視点を解除すれば、すべてのものは同時に各方向に動いている。

とすれば別の条件下では月が動いているという見方も成り立つ。

 

言葉にするとは、動いているものを固定化させることでそのダイナミズムを除去し、それに名前をつけているに過ぎない。

「運動」を言語に分節して言い表すことは仮設なので、起きている事態そのものは起動・静止、流動・転回のいずれでもない。

 

ヒトの運動は静止した地面を基準としているので、これも宇宙から見れば、一つの仮の表現でしかない。

五感と脳を使って認識し、それを言語化する時に、必ず枠組みを必要とする。

これが区別である。

しかし、そんな認識の仕方だけでは、そのうちに飽きがこよう。

飽きてしまえば時間や空間の区別に固執して、それらに囚われることもない。

 

空間である東西南北の区別に根拠はないし、

また、時間である過去現在未来の区別にも実は根拠はない。

 

この道元の宇宙観をベースに、質量によって時空は変化し、光速を超えるものがないことを加えれば

相対性理論ができあがる。

そして、「有時の巻」では、ヒトの意識がカタチを確定するという。

これはアインシュタインの理論を超えているので、科学では量子力学で説明することになる。