64  家常  第五十九

 

オリエンテーション

「家常」とは日常生活のことです。

ごはんを食べて茶を飲んで、寝る、というあたりまえの生活。

この日常生活こそが仏道である。

 

「お腹がすいたらごはんを食べる、疲れたら寝る」

それがいい、牛を見習って。

余分な思考を続けることで妄想に陥るので、そこから遠ざかるためには。

 

お腹がすくことが大事なこと。

疲れていることを嫌がる必要はない。

迷うことを隠す必要もない。

 

迷いというのも悟りというのもどちらも「空」がカタチになって顕れている一面である。

私たちを迷わす働きも「空」の一面である。

つまり「空」は私たちを迷わせて悟らせているのである。

悟らせることで迷わせている、と言ってもいい。

迷いが悪く、悟りが良いともかぎらない。

良いとか悪いとかいって思考して、判断していることが、あるがままの姿から遠ざける。

迷いの中であっても、純粋無垢に迷っているのがありのままであり、迷いをいけないと非難する気持ちが少しでもあるのならば、それは自己意識である「わたし」が少し強くなってカタチになってきたからだろう。