1 辨道話  別巻

 

 

「弁」勉める、「道」釈尊の説かれた教え。

「弁道」とは、釈尊の説かれた教えを一所懸命勉強すると言うこと。

 

 

 

本文研究

佛如來、ともに妙法を單傳して、阿耨菩提を證するに、最上無爲の妙術あり。これただ、ほとけ佛にさづけてよこしまなることなきは、すなはち自受用三昧、その標準なり。
この三昧に遊化するに、端坐參禪を正門とせり。この法は、人人の分上にゆたかにそなはれりといへども、いまだ修せざるにはあらはれず、證せざるにはうることなし。はなてばてにみてり、一多のきはならむや。かたればくちにみつ、縱横きはまりなし。ゥ佛のつねにこのなかに住持たる、各各の方面に知覺をのこさず。群生のとこしなへにこのなかに使用する、各各の知覺に方面あらはれず。
いまをしふる功夫辨道は、證上に萬法をあらしめ、出路に一如を行ずるなり。その超關落のとき、この節目にかかはらむや。
予發心求法よりこのかた、わが朝の遍方に知識をとぶらひき。ちなみに建仁の全公をみる。あひしたがふ霜華すみやかに九廻をへたり。いささか臨濟の家風をきく。全公は祖師西和尚の上足として、ひとり無上の佛法を正傳せり。あへて餘輩のならぶべきにあらず。
予かさねて大宋國におもむき、知識を兩浙にとぶらひ、家風を五門にきく。つひに大白峰の淨禪師に參じて、一生參學の大事ここにをはりぬ。それよりのち、大宋紹定のはじめ、本クにかへりしすなはち、弘法衆生をおもひとせり。なほ重擔をかたにおけるがごとし。
しかあるに、弘通のこころを放下せん激揚のときをまつゆゑに、しばらく雲遊萍寄して、まさに先哲の風をきこえむとす。ただし、おのずから名利にかかはらず、道念をさきとせん眞實の參學あらむか。いたづらに邪師にまどはされて、みだりに正解をおほひ、むなしく自狂にゑうて、ひさしく迷クにしづまん、なにによりてか般若の正種を長じ、得道の時をえん。貧道はいま雲遊萍寄をこととすれば、いづれの山川をかとぶらはむ。これをあはれむゆゑに、まのあたり大宋國にして禪林の風規を見聞し、知識の玄旨を稟持せしを、しるしあつめて、參學閑道の人にのこして、佛家の正法をしらしめんとす。これ眞訣ならむかも。いはく、
大師釋尊、靈山會上にして法を迦葉につけ、祖祖正傳して、菩提達磨尊者にいたる。尊者、みづから~丹國におもむき、法を慧可大師につけき。これ東地の佛法傳來のはじめなり。
かくのごとく單傳して、おのづから六祖大鑑禪師にいたる。このとき、眞實の佛法まさに東漢に流演して、節目にかかはらぬむねあらはれき。ときに六祖に二位の~足ありき。南嶽の懷讓と原の行思となり。ともに佛印を傳持して、おなじく人天の導師なり。その二派の流通するに、よく五門ひらけたり。いはゆる法眼宗、仰宗、曹洞宗、雲門宗、臨濟宗なり。見在、大宋には臨濟宗のみ天下にあまねし。五家ことなれども、ただ一佛心印なり。
大宋國も後漢よりこのかた、ヘ籍あとをたれて一天にしけりといへども、雌雄いまださだめざりき。師西來ののち、直に葛藤の根源をきり、純一の佛法ひろまれり。わがくにも又しかあらむ事をこひねがふべし。
いはく、佛法を住持せしゥ祖ならびにゥ佛、ともに自受用三昧に端坐依行するを、その開悟のまさしきみちとせり。西天東地、さとりをえし人、その風にしたがえり。これ、師資ひそかに妙術を正傳し、眞訣を稟持せしによりてなり。
宗門の正傳にいはく、この單傳正直の佛法は、最上のなかに最上なり、參見知識のはじめより、さらに燒香禮拜念佛修懺看經をもちゐず、ただし打坐して身心落することをえよ。
もし人、一時なりといふとも、三業に佛印を標し、三昧に端坐するとき、遍法界みな佛印となり、盡虛空ことごとくさとりとなる。ゆゑに、ゥ佛如來をしては本地の法樂をまし、覺道の莊嚴をあらたにす。および十方法界、三途六道の群類、みなともに一時に身心明淨にして、大解地を證し、本來面目現ずるとき、ゥ法みな正覺を證會し、萬物ともに佛身を使用して、すみやかに證會の邊際を一超して、覺樹王に端坐し、一時に無等等の大法輪を轉じ、究竟無爲の深般若を開演す。

 

 

 

諸仏如来がたくさんおられるけれども、いずれも釈尊の説かれた素晴らしい秩序というものを一系に一つの流れとして伝えて、最高の教えを実際に自分で体験し味わうのである。それには坐禅という最高できわめて自然な素晴らしい手段がある。この坐禅という修行法は真実を体得した人から、真実を体得した人に直接伝えられて、脇道にそれたことのないものであり、自受用三昧がその標準である。

 

諸仏如来とは、お釈迦さんと同じような境地に達した人々と言う意味で、「仏」というものを考える場合に、大切なことが一つある。それは仏は人間か神様かという問題。私は時々外国人を相手に仏教の話をするわけだけれども、その時彼らがする一番多い質問は、「お釈迦さんは神様ですか、人間ですか」と言う質問。そのたびに「お釈迦さんは人間だ」と言うと、みんなにっこりして嬉しそうな顔をして納得する。彼らの境地からすると、神様というもので何千年となく縛りつけられておる。だから「お釈迦さんは人間だ」と言う返事をすると、ほんとにうれしそうな顔をする。その様に、お釈迦さんと言うのはあくまでも人間。人間以上の神様と言うものではなしに、人間が本当の人間になった人を仏と言う。だから仏とは、人間以上の飛び離れた偉い人ということではない、人間がごく当たり前の人間になった時が仏。

 

自受用三昧と言う言葉は、仏教思想の中心的な考え方。自受と自用とに分かれる。

自受とは自分自身を受け取けとるということ。それは坐禅をやっている時に我々が感じるもの。坐禅をやって何になるかと言うと、一つは自分自身と仲良くなるということがある。我々は日常生活において大抵いろんなことで頭を使っている。だから自分自身がどういうものかということには中々お目にかからない。「何にも考えなくていいよ。足を組んで、手を組んで、背骨を伸ばして坐っていればいいよ」と言う時に一番身近に感じられるものは自分自身。「足が痛いなあ」とか「いろんな考えが起きて来るなあ」とか「退屈だなあ」とか「早く終わればいいなあ」という事を考えている反面、一番身近になってくるものは自分自身。

そして我々の人生の生き方の中で一番大切なのは、自分自身をしっかりつかんで生きるということ。これが非常に大切な事。

仏道の狙いとは何かといえば、自分自身をしっかりつかむということが一番の基準である。だから釈尊が亡くなられるときに、弟子たちが、「釈尊が亡くなられたら、自分たちはどうして生きたらいいでしょうか」と言う質問をされた時に、「自分自身と法を頼りにせよ、そしてそれ以外のものは頼りにするな」と言われた。これは自分自身をよくつかむということがかなり大切なことだということを意味する。

 

日常生活では、中々自分自身はどこにあるか分からない。

たまたま足を組み、手を組み、背骨を伸ばしてジ−ッとしておると、他の余分なものがどっかへ行ってしまう、そうすると、何が残るかと言うと、自分が残る。そのことが我々の日常生活でかなり大切な事。

だから道元禅師が坐禅の事を「自受用三昧」と言われたのは、そういう事、自分自身を受け取って、しかもその自分自身を使いこなすことが大切だということである。

 

 

この自受用三昧(自分自身を受け取って、自分自身を使いこなす境地)に遊ぶには、姿勢を正しくして右に傾いたり、前に傾いたり、後ろに反り返ったりしないで、きちんと坐る事が、仏道の正しい入り口であるとされている。この坐禅によって得られる自受用三昧というものは、各人がそれぞれ十分に素質としては持っているけれども、実際に体験してみなければ自分のものにはならない。

この自受用三昧というものは、自分で握り拳を作って握っているうちは、なかなか自分のものにならない。ただ坐禅というものを通して自然に身についてくると、自受用三昧というものを気にしなくても、忘れてしまっても、自分の身について離れない。

 

また自受用三昧に我が身を置けば、自分の話したい事が自然に口から出てくる。真実を体得された方々が、こういう状態の中にすでに住まい、それを保持している状態の中では、色々つまらないことがあれこれと気にならず、素直にさらりと日常生活が送れる。

また様々の生き物が、この中で自受用三昧というものを使いこなす状況というものは、狭い視野でものを見ないという事である。いま教える坐禅という修行法は、坐禅という体験のうちにこの世の一切のものをあらしめる。

 

坐禅の体験の上に、一切の宇宙を実現させ、行動の世界においてたった一つの真実を実行するのである。坐禅をやって、色々な難問を乗り越え様々な煩いから抜け出した状態の時には、以上述べた様なくどくどした説明をはるかに超越したところの境地に行かざるを得ないのである。

 

※上記に関連して西嶋先生の話。

坐禅によって何をするかと言うと、自律神経をバランスさせるということが大きな狙い。このバランスと言うのは、自分が落ち着いたとか落ち着かないとかというふうに、頭の中でクヨクヨ考えても、なかなか実現するものではない。本来はバランスしているはずのものだけれども、それぞれ長年の習慣に従って、せかせか落ち着かない人もあれば、のんびり過ぎて、なかなかエンジンのかからない人もあるといった性格の違いというものも、この自律神経の状態と関係がある。

自受用三昧とは何かというと、交感神経と副交感神経とがバランスした状態と理解して間違いない。だから自受用三昧を坐禅によって得るということは、この自律神経をバランスさせること。この自律神経がバランスしている時に、我々の体と言うものは、一番健康。抵抗力も一番ある。働いても疲労がすぐ回復するというのがこの自律神経の均衡。交感神経が強すぎると、頭が働きすぎて、クヨクヨと心配ばかりしておって、夜になって「さあ寝なきゃ」と思ってもなかなか寝られないという形が出てくる。あるいは副交感神経が強い人は、食欲が旺盛で、パクパク食べ、食べるとすぐ眠くなって横になる。

この自律神経のバランスと言うものは、人々の誰の体の中にも具わっておるものではあるけれども、実際に実行しなければ発現してこない。体験すれば初めて自分のものになる。「ああ、なるほど、自分は案外落ちついてんだなあ。今までせかせかせかせか焦ってたけど、そう焦ることはないなあ。そうかといって、あんまりのんびりしてるってことも、かえって退屈で困るな」と言うふうな、きわめて常識的なきわめて本源的な人間のあり方と言うものが、坐禅をやることによって浮かび出てくる、そういうことにならざるを得ない。

 

 

自分(道元)は発菩提心(本当の事を知りたいという気持ち)を起こし、法(現実の世界を支配している宇宙秩序の教え)を求めて以来、我が国の色々な方面に徳の高い僧侶を訪ねた。ある時、建仁寺の明全和尚に相見し、師事した歳月も瞬く間に九年たってしまった。かなり臨済禅師の系統の教えを聞いた。この明全禅師は、栄西禅師の弟子の中では唯一と言っていいほど、釈尊の説かれた宇宙の秩序と言うものを正しく伝承していた。他の弟子がこの明全禅師と肩を並べようとしても、力量が違っていて肩を並べるわけにはいかないという状態であった。

 

自分はさらに大宋国に赴き、浙江省に行って徳の高い僧侶をいろいろと訪ねて、仏教に関係する五つの宗派(臨済宗・潙仰宗・曹洞宗・雲門宗・法眼宗)に聞いた。そして最後に天童山の如浄禅師に弟子入りして、一生をかけて仏道を勉強しようとしていた大事業がここで完成した。

 

その後、宋の紹定年間の初めに日本に帰って来たが、その時は直ちに釈尊の説かれた教えを広め、一切の生あるものを救済することを念願としていたので、あたかも重い荷物を肩に乗せたような気持であった。しかしながら仏教の信仰が盛り上がってくるような時期がいずれは来るであろう。そういう時代を待つために、それまではしばらく雲の様にあちこちと全国を歩き回り、浮草の様にあちこちの寺に泊まり、自分も過去の先輩方がやられたのと同じ様な寺院めぐりをしようかと考えた。

 

しかしながら、万が一にも名誉や利得と言うものに関心を持たず、本当の意味で仏教を勉強してみたいという人があった場合に、もし自分があちこちと全国を浮草のように歩いているならば、その人々が正しかざる師匠のために混乱させられて、無駄な努力をし、むやみに正しい理解と言うものをくらまされて、本当のものがわかっていないのに自己陶酔に陥って、長い期間にわたって迷いの境地に沈んでそこから出られないということがあった場合に、それらの人々は、何によって智慧の正しい素質を伸ばし、釈尊が説かれた教えを自分の身につける時期をどうして得ることが出来よう。どこに行ったら本当の師匠に巡り合うかがわからないであろう。

 

もしもこの様な事態が起こったならば、非常に気の毒な事であると考えたので、自分が現にこの目で大宋国において見聞きし、そこにいる徳の高い僧侶が説かれた奥深い思想を受け取り、それを保持してきたのであるから、それらを記し集めて、真実を学ぼうとする真の求道者に残し、仏教徒としての正しいやり方と言うものがどういうものであるかということを知らせようと考える。これこそまさに非常に大切なことではなかろうか。

 

 

―西嶋先生の話―

仏道は何のために勉強するかと言うと、金儲けのためでもない。人に褒められるためのものでもない。仏道は何のためにするかと言うと、仏道を知りたいということ、本当のことを知りたいという気持ちにせき立てられて「法」を求めるということ。法とは釈尊が説かれた教え。釈尊はどういう事を説かれたかと言うとこの我々の住んでいる世界そのもの、我々が住んでいる宇宙そのもの、それを勉強しろと言われた。法と言うのはこの我々の住んでいる世界、我々の住んでいる宇宙そのものの事であります。

なぜそれを勉強することが大切かと言うと、我々人間と言うのは頭が非常に優れておる。サルと人間とどこが違うかと言うと、脳細胞が非常に優れているという点が大きな違い。そういうふうにものを考える力が優れているということは、逆にがその考えに引きずり回されるということもあり得るわけです。実際に我々は、現実に生きておる現実の世界よりも、頭の中で考えた事の方が大切と思いがちなのであります。

だからそういう点からすると、本を読んで色々な知識を求めるということ、あるいは色んな本を読んでいろんな考え方を勉強することの方が大事で、日常生活をしっかり見つめるということの方は二の次という考え方が人間にはありがちなんです。これはもう何千年も昔から、人類が発生すると同時に生れてきた思想であります。だからそういう点では「あの人は頭がいい」と言うとそれだけで尊敬の対象になる。ただ、頭がいいだけで人間が生きていけるかと言うと、それ以外の何かが欠けていると、頭のいいということが災いして、おかしな方向にいっててしまうという例はいくらもある。人間の価値の一番大切なものが頭のいいこと、ものを考えるということだけなのかと言うと、それは実際疑問である。

 

 

 

経典によると、偉大な師匠である釈尊が霊鷲山の教団において、法(現実の世界を支配している宇宙秩序の教え)を摩訶迦葉尊者に伝え、さらに代々の教団の指導者から指導者へと正しく伝えられ摩訶達磨尊者に達した。而して達磨大師は自ら中国に赴いて、法を達磨大師の次の指導者である慧可大師に伝えた。達磨大師が中国に赴く以前に経典はいろいろ伝わったけれども、坐禅が伝わらなかったということは、本当の仏道が伝わらなかったということになり、これが中国に釈尊の教えが伝わった最初である。

 

この様に一筋に伝えられて、中国の六代目の教団指導者である大鑑慧能禅師に達した。そして坐禅を伴った釈尊の教えが広く行き渡り、仏道とは経典に書いてある事を読んで「覚えた、わかった」ということでは仏道の理解にはならないということが、まさにこの時はっきりした。当時、大鑑慧能禅師には二人の優れた弟子がいた。南嶽懐譲禅師と青原行思禅師とである。いずれも、釈尊以来の認可を伝承保持した指導者であった。南嶽懐譲禅師と青原行思禅師との系統が行き渡るに従って見事に五つの宗派が開けた。いわゆる(臨済宗・潙仰宗・曹洞宗・雲門宗・法眼宗)がこれである。

 

現在、大宋国においては、臨済宗だけが天下に満ち満ちている。五つの宗派がそれぞれ別々になっているけれども、釈尊は一人しかいない。いずれも釈尊の教えから流れ出たものであることに間違いない。大宋国においても後漢の時代から仏教関係の書籍が沢山出て、全国に行き渡ったけれども、五つのうちのどの宗派が優れているかという事は分からなかった。達磨大師がインドから中国に来られて、何が何だか分からなくなっていた仏教の根源をを断ち切って、坐禅を教えられた事によって、実際の体験を通して仏道を勉強していくやり方が広まった。

 

中国に本当の仏教が盛んになったと同じように、わが国でも、同じくこのようであることを乞い願うべきである。釈尊が説かれた宇宙秩序に住まい、それを保持してきた代々の仏教教団の指導者、並びに真実を体得された方々は、いずれも自受用三昧(自分自身を受け取り、自分自身を使いこなす境地)坐禅に頼る事が、仏道の出発点であり、目的地であるとした。インドにおいても中国においても、釈尊の教えが何かということが分かった人々は、いずれもこの坐禅をする風習に従って今日に至っている。

 

なぜこの様な伝承が行われたかと言うと、師匠と弟子との間でこっそりと、この優れた坐禅と言う修行法が正しく伝えられて、仏道の本当の中身と言うものが受け取られ保持されて来たからに他ならない。

 

 

―西嶋先生の話―

またもう一つの考え方、もう一つの人間の生き方と言うのは、感覚と言うものに非常に重点を置く。ああ、あそこのビフテキはうまかったとか、あそこの天ぷらはうまかったとか、あるいはサウナ風呂に入ったら気持ちがいいとか、そういう感覚的なもの。もう少し高尚になれば、あの映画は面白かったとか、音楽を聴くと実に気持ちが静まるとか、そういうふうな色んな感覚的なものを受け入れるという働きが人間にはある。この感覚的に優れているということも、人間の大切な価値という言うふうに考える考え方がある。

だからあの人はセンスがいい。センスがいいというのは、かなり人間的な価値として今日重要視されておる。ただそのセンスがいいということだけで何もかもけりがつくかと言うと、なかなかそうはいかない。非常にセンスがいい形で、素晴らしい洋服を着て、素晴らしいネクタイを締めて、素晴らしい靴を履いて、ということで、ちゃらちゃら遊んでおって、人間としての務めが務まるかと言うと、なかなかそうはいかない。センスがいい、人をそらさない、あるいは音楽に対する知識があるということだけでは、人間の用は足りない。しかし、センスがいいということも人間の価値としてかなり評価されるという面がある。そういう考え方で人間と言うものを割り切ってきた考え方と言うものも、人類の発生と同じくらい古くからある。だから人間の価値を決める時に、頭がいいという価値の決め方と、センスがいいという価値の決め方と、二通りの決め方がかなり昔から重要視されてきておる。

ただ、釈尊がどういうことを言われたかと言うと、頭のいいことも大切、センスのいいことも大切かもしれないけれども、人間の価値を決めるのは、人間がどういう行動をとるかということによって決まると。頭のいいことも結構、センスのいいことも結構、だけれども、頭のいいだけでは人間の価値は出てこない。その頭のいいという基礎を生かして、どういう仕事をするかということで人間の価値は決まる。あるいはセンスがいいということだけで人間の価値が決まるわけじゃない。そのセンスを生かしてどういう仕事をするかということで人間の価値は決まると、そういう事を言われた。

だからそういう点で、頭だけの世界、あるいは感覚だけの世界よりも、何をするかと言う世界、現実の日常生活、ご飯を食べてたり、着物を着たり、会社に行ったり、勉強したりと言う日常生活をどう送るかが非常に大切なことだということを釈尊は主張された。その場合に、そういう日常生活を送る実際の舞台と言うものが「法」と言うもの。現実の世界と言うもの。そういう意味で釈尊は現実の世界と言うものを重要視された。その現実の世界に内在しておる「法」と言うもの、決まりと言うものをしっかり身につけて、それにしたがって生きていくことが自分の人生の価値を最高に発揮する道だという風ふうに説かれた。

 

 

宗門の正しい伝承においては、この一系に伝えられて来たところの坐禅と言うものは最上中の最高である。師匠にお目にかかって教えを受ける最初から、線香をたいたり、礼拝したり、念仏を唱えたり、懺悔をしたり、お経を読んだりすることは必要ない。それよりも大切なことは坐禅であるから、ひたすら坐禅をして、身心脱落することを得よ。

身心脱落について西嶋先生の解説。

身を脱落する、心を脱落すると言うのは、人間の肉体とか精神とかと言うけじめのある考え方から抜け出すこと。我々の体は、肉があり、骨があり、血液が流れているという物質的なものだけではない。そういうものが常時ものを考え、働いて、人間として動いておればこそ、我々として価値があるわけです。ところが人間は、普通の考え方からすると、肉体と精神に分けてものを考える。この別々に分けて考えるところから、いろいろな間違いが出てくる。よく街で見かける風景だけれども、ぐでんぐれんに酔っぱらっている人が「俺は酔ってない」と言って頑張っているのをよく見かける。ご本人は酔っていないつもり。ただ体が言う事を聞かない。そういうところから見ると、体と心とは必ず一つのもの。だから、本人がいくら「酔ってない、酔ってない、おれは酒を飲んだけれども、気持ちの上では酔っていない」なんて言っても、傍から見れば酔っているか酔っていないかすぐわかる。

人間と言うのはそういうもの、体と離れた心があるんではなしに、また心と離れて体があるのではなしに、一つの具体的な人間というものがいて、それを傍から分析的に眺めれば、体というものからも眺められるし、心という面からも眺められるというに過ぎない。だから体と心とを別々に分けて考える考え方も、もちろん学問としては大切であるけれども、人間が日常生活を生きていく上においては、その両方を統一したところで問題を考えていかなければならない。そのことが仏道である。

だからそういう点では、体がどうで、心がどうでという風な事を頭の中で区別して考える考え方から脱け出さないと、本当の現実的な行動と言うものがとれない。坐禅というものは、普通の常識的な境地から抜け出して、そういう境地に自分を置くためにやるわけです。だから坐禅をやるというのは、何をやっている時かと言うと、実行している時。体は動かしていないけれども、自分自身の行動を実際に起こしている時、それが坐禅の姿。

なぜそういうことが必要かと言うと、頭を使って本を読む、いろんな知識を覚えるということも大切ではあるけれども、それだけでは頭の中だけの問題で、現実に適合するかどうかということについては非常に疑問がある。また学問の方はもう結構だと。音楽を聴いて、美しい絵を見てと言う風な働きも人間にはある。それだけで用が足りるかと言うと、そういう受け身に外からものを受け入れるだけでは、人間として「よし、やろう」という気が起きない。ところが日常生活においては、毎日「よし、やろう」ということで一所懸命努力しなければ、日常生活が流れていかない。日常生活をうまくそつなく生きるためには、そういう行動と言うもの、行動の世界というものを勉強しなければならない。

 

坐禅というのはそういう行動の世界を勉強するためにやるわけです。だから足を組み、手を組み、背骨を伸ばして、ジ−ッとしておる姿と言うものが、自分自身の一番本来の姿。だからその本来の姿と言うものを経験する事によって、本当の自分が出てくる。本当の自分が出てくることを「身心脱落」と言う。体とか心とかと言うものは全部棚上げしてしまって、本当の自分が何かということを、坐禅と言う方法を通して体全体で実感するというのが坐禅の狙い。

 

 

もし人がほんのわずかの時間であっても、釈尊がとられたと同じ様な体の状態をし、釈尊がとられてと同じような口の状態を保ち、釈尊が考えられたと同じような考えを心にもって、坐禅によって得られる境地にきちんと坐る時に、この我々の住んでいる世界の一切が真実と一体になる。故に真実を得てしまった人々は自分の本来の境地を楽しむということをますます盛んにし、真実をつかんだというその素晴らしさをますます発揮する。

 

※西嶋先生解説。

自分自身が正しくなれば、宇宙全体が正しくなる。

自分自身が正しい体の状態に置かれると、なるほどこの世界は落ちついておって、「うまくできているなあ」ということが体で実感されるんです。前の晩、酒を飲んで二日酔いで、朝ご飯を食うや食わずで飛び出してということをやっておると、一日中気持ちが騒いで自分自身の気持ちが落ち着かないと同時に、世間全体も落ち着かない、街を通っても、みんなそわそわと落ちつかない状態で歩いている。「さあ忙しい、さあ忙しい、さあ大変だ、さあ苦しい」と言う様な事で、自分の気持ちが落ちつかなければ世間全体も落ち着かない。

自分の気持ちが落ちついている時には、世間全体が落ちついて見える。ゆったりとして見える。だから世間が落ちつく、落ちつかないというのは、」自分の心次第だというふうな面もある。

そのことが主観と客観とがぶつかり合ったところに現実の世界があるということとの関係で、ここに出てくるわけであります。自分自身が体も口も心も釈尊と同じ状態に置かれるならば、宇宙全体が釈尊と同じような状態になり、この我々の住んでおる世界の一切が真実と一体になる。

だから宇宙が素晴らしいかどうかということは、自分のあり方次第。

普段は「忙しい、苦しい、どうもこの世の中は面白くない」というふうな考え方で生きているという場合も多々あるわけだけれども、自分の気持ちが落ちついてくるとこの世の中と言うのは、落ちついておって、素晴らしいなと言う実感になるわけです。

 

 

宇宙の中に住んでいるところの「三途六道の群類」も、坐禅をするならば、坐禅を始めた瞬間から体も心も明瞭清浄となる。そして様々の煩いから抜け出たところの境地を体験し、本来の面目が現れる時、周りのあらゆる実在と言うものがみな真実を現して、宇宙全体が釈尊と同じ様な状態になる。そういう状態になると、真実だとか悟りだとかと言うものを一気に乗り越えて、菩提樹の下で悟りを開かれた釈尊と同じようにきちんと坐って、最高の均衡した状態において、自分の体で釈尊と同じ説法をしている。つまり、坐禅をしている姿は自分では見ることが出来ないけれども、人が坐禅をしている姿を見るとはっと打たれるものがある。それは坐禅の姿と言うものが、釈尊と同じ性格を具えているからである。そして、坐禅をした時に初めてきわめて常識的な、きわめて平凡な、しかも一番現実的な智慧と言うものが生まれて来るのである。

 

「三途六道の群類」について西嶋先生の解説。

三途と言うのは、地獄、餓鬼、畜生と言うふうな形で、人間が人間であればそのままで何の問題もないんだけれども、人間はえてして苦しみの世界へ入り込んでしまう。地獄の境涯。何とかしてその中から抜け出そうと思って無理をする。餓鬼の境涯。人の事なんかどうでも構わんと。何としてでも自分がやりたい事をやるんだと言う畜生の境涯。これも人間が簡単に入っていける境涯であります。

それから六道と言うのは、その地獄、餓鬼、畜生と言う三つの境涯の他に、阿修羅、人間、天上と言う境涯と言うものを加えた。だから六道と言うものも、人間がこの現実の世界の中で経過していく色んな境涯のことを言っているわけであります。

地獄の境涯。あれがしたい、これがしたいと言って希望を持つんだけれども、中々実現しない境涯。

その自分の希望と言うのをどうしても得たいというのが、餓鬼の境涯。

それから何としてでも自分の希望を達成したいということで、やって悪いことまで無理してやるというのが、畜生の境涯。

それからその後で暴れまくるのが阿修羅の境涯。

それから暴れまわった後、やっと少し人心地がついて落ち着くのが、人間の境涯。

多少落ち着くと、俺は神様ではなかろうかというふうに自惚れてしまうから、天上の境涯。

そして天上の境涯で、俺は神様だというふうに思い違いすると、あれもやれない、これもやれないということでまた地獄に落っこちるというふうな事で。六つの境涯を次から次へと経めぐって人間と言うものは生きていくのが現実の我々の姿。

こういう様々な境涯に普段はあるわけ。これは他人ごとではないんです。我々自身がそういう境涯を出たり入ったりして苦しんでおるわけであります。

 

本来の面目について西嶋先生の解説。

坐禅によって得られるのは本来の面目。我々は普通は、坐禅をしていない時が本来で、坐禅をしたときはちょっと偉くなったと思っている。そうじゃない。坐禅をした時が我々の普通の状態。だから坐禅をするということは本来の姿に返るということ。なぜそうかと言うと、坐禅をした時が一番気持ちがいい。人の事に恨みを持って「あの野郎、この野郎」と言って一所懸命恨んで、「あいつを何とかして殴ってやろう、引きずりおろしてやろう」というふうに考えておる時は、自分自身不幸なんです。あるいは「あれが欲しい、これが欲しい」というふうな事で欲望があって、それがどうしても得られないと「何とかしてほしい、泥棒してでも欲しい」と言うふうな時は、本人自身が不幸な状態なんです。そういうものからスッと離れて、足を組み、手を組み、背骨を伸ばしてジ−ツとしている時と言うのが、一番幸せな時。

それが本来の人間の状態。だから本来の状態に返りたいと思ったら、フッと思い直して坐禅をすればいい。だから坐禅と言うのは、本来の面目を現すためである。

 

 

これらの等正覺、さらにかへりてしたしくあひ冥資するみちかよふがゆゑに、この坐禪人、確爾として身心落し、從來雜穢の知見思量を截斷して、天眞の佛法に證會し、あまねく微塵際そこばくのゥ佛如來の道場ごとに佛事を助發し、ひろく佛向上の機にかうぶらしめて、よく佛向上の法を激揚す。このとき、十方法界の土地草木、牆壁瓦礫みな佛事をなすをもて、そのおこすところの風水の利uにあづかるともがら、みな甚妙不可思議の佛化に冥資せられて、ちかきさとりをあらはす。この水火を受用するたぐひ、みな本證の佛化を周旋するゆゑに、これらのたぐひと共住して同語するもの、またことごとくあひたがひに無窮の佛コそなはり、展轉廣作して、無盡、無間斷、不可思議、不可稱量の佛法を、遍法界の内外に流通するものなり。しかあれども、このもろもろの當人の知覺に昏ぜざらしむることは、靜中の無造作にして直證なるをもてなり。もし、凡流のおもひのごとく、修證を兩段にあらせば、おのおのあひ覺知すべきなり。もし覺知にまじはるは證則にあらず、證則には迷情およばざるがゆゑに。
又、心境ともに靜中の證入悟出あれども、自受用の境界なるをもて、一塵をうごかさず、一相をやぶらず、廣大の佛事、甚深微妙の佛化をなす。この化道のおよぶところの草木土地、ともに大光明をはなち、深妙法をとくこと、きはまるときなし。草木牆壁は、よく凡聖含靈のために宣揚し、凡聖含靈はかへつて草木牆壁のために演暢す。自覺覺他の境界、もとより證相をそなへてかけたることなく、證則おこなはれておこたるときなからしむ。
ここをもて、わづかに一人一時の坐禪なりといへども、ゥ法とあひ冥し、ゥ時とまどかに通ずるがゆゑに、無盡法界のなかに、去來現に、常恆の佛化道事をなすなり。彼彼ともに一等の同修なり、同證なり。ただ坐上の修のみにあらず、空をうちてひびきをなすこと、撞の前後に妙聲綿綿たるものなり。このきはのみにかぎらむや、百頭みな本面目に本修行をそなへて、はかりはかるべきにあらず。
しるべし、たとひ十方無量恆河沙數のゥ佛、ともにちからをはげまして、佛知慧をもて、一人坐禪の功コをはかりしりきはめんとすといふとも、あへてほとりをうることあらじ。

 

坐禅をした時に初めて、きわめて常識的な、きわめて平凡な、しかも一番現実的な智慧と言うものが生まれて来るのである。この様な調和のとれた状態と言うものが、今度は向きを変えて(坐禅をしている人に対して)周囲が坐禅をしている人と同じ状態になり、また周囲が坐禅をしている人と同じ状態になることによって、この坐禅をしている人は、体とか心とかと言う頭で出来たけじめと言うものがなくなる。そして今まで沢山ため込んできた色々な知識と言うものが一時中断されて、釈尊が説かれたところの宇宙の秩序と言うものを体験し、それを理解し、これ以上細かく砕くことが出来ない粒子の中にまで、真実と言うものに関する道場(仏道を実践する場所)が出来る。

 

そこで釈尊が説かれたのと同じ様な事態が行われて、真実を得た上で、さらに日常生活を一所懸命やっていく素質の人に影響を与えて、日常生活を一所懸命やっていくという実体を励ます。

このように周囲が坐禅をしている人に働きかけることにより、周囲のあらゆる方角に存在するところの実在(土地、草木、垣根、壁、瓦、小石等)、この世の一切のものがすべて釈尊と同じようなことを行う。

庭に生えている木も、空に浮かんでいる雲も、ここに立っている柱も、みな釈尊と同じ境涯でそれぞれの役目を果たしている。つまり、ここに柱が一本なければ、ひずみが出来て家が歪む。だから柱は柱で自分の仕事を一所懸命やっているのであり、畳は畳で、人を乗せて一所懸命仕事をしているのであり、この世の中の一切が自分のやるべきことを一所懸命、せっせ、せっせとやっているというのが、この我々の住んでんでいる世界である。

 

―西嶋先生の話―

現代の社会と言うものは、正しさと言うものがなくなった社会だという話を前にしたわけでありますが、考えようによると、正しさと言うようななものがなくてもいいんじゃあないか、と言う考え方もあり得るわけです。

ただ、正しさと言うものがないとなぜ困るかと言うと、個人生活だけに限って見ても、正しさと言うものがないと、自分自身の気持ちが落ち着かないと言う問題がある。どういう事を基準にして生きていったらいいかと言う基準がないと、気持ちが落ち着かない。傍の事ばかり気になって、傍の人のなりふりを見い見い毎日を送って行くということにならざるを得ない。人がやっていることは何でもいいように見えて何でも真似をする。そのうちに「どうもおかしかった」ということで、また別の事に熱中する。そのために気持ちが常に落ち着かないという問題がある。

それから、また気持ちが落ち着かないということは体が落ち着かないということ。

仏道では「物心一如」「心身一如」と言って、体と心とは同じものの裏表。だから気持ちが落ち着かないということは、体が落ち着かない事。体が落ち着かないということは、健康でないということ。

だから正しさの基準がないということは、健康の維持という点でも、長い時間の内には必ず体を壊すというような形にならざるを得ない。そういう点では、毎日僅かな時間でも坐禅をして、自分の気持ちを落ち着け、体を落ち着けるということが健康になるという最大の決め手です。

我々の体と言うのは、非常に微妙にできている。だから、一日、一日、正しい状態に置いておくということが、健康を維持し、健康になっていく唯一の決め手と言うふうに考えてもいい。

ところが人間と言うのは、案外楽なことをして健康を保とうと思う。

だから非常に滑稽なことがいくらもある。記憶に残っておられる方もあるかと思うけれども、九竜虫と言う虫が流行っておがくずの中に虫を養って、その虫を食べると長生きするという迷信が大真面目に行われたことがある。我々の周囲でも実際に瓶におがくずを入れて虫を飼って、その虫を朝晩飲んでいたという人もある。しかしいつの間にか、あれはどうもおかしいということでやめてしまった。その他、いかがわしい健康法と言うのはいくらでもある。そしてそういう健康法で楽をしいしい健康になろうというのが人間の願い。

 

 

周囲のあらゆる方角に存在する土地、草木、垣根、壁、瓦、小石等、みな釈尊と同じような状態にあるのであるから、そういう物質的な要素を通して影響が周囲に伝わり、その周囲が持っているところの釈尊と同じ様な感化に助けられて、直接の真実をそれぞれが身につける。

 

そしてこの物質的な影響を受け活用する周囲のあらゆる事物は、本来の体験と言う釈尊の感化と同じものをお互いに影響させ合うので、これらと同じ場所に存在し、互いに語り合うのものの間でも無限の釈尊の持っている性質が具わるようになる。それが何回となく広く広がって、尽きることなく、断絶することもなく、頭では考えられない仏教的宇宙秩序(価値が無限大で評価の対象になり得ない)を、この我々の住んでいる世界の一切に行き渡らせるのである。それは何によって生まれるかと言えば、一人の人がほんのわずかな時間坐禅することによってそういう状態が生まれる。

 

然あれど坐禅によって本人が、自分の心の中で「さとった」とか「悟らない」と意識する事と坐禅の実体とは全く別のものである。

なぜその様に言えるかと言えば、坐禅とは無目的の行為であり、直接体験である。頭で考える、心で感じる、そんなことはいらない。自分で足を組み、手を組み、背骨を伸ばしてジ−ッとしておれば、すぐそのまま直接に感じられ直接に体験できるのである。

 

―西嶋先生の話―

我々の体は非常に微妙にできておる。何億と言う細胞が集まって体はでき上がっておるのであるから、その100%が全部健康というわけには中々いかない、60%が健康か、70%が健康かということだけであって、健康と言っても程度の問題。ただ己の体を毎日正しい状態に置いておけば、我々の体自体がどんどん健康の方に向って変わっていくという性質がある。特別におかしい虫を飲まなくても、正しい状態に置いておけばどんどん健康になる。

ところが正しい状態と言うのは中々難しい。そこで、坐禅と言う基準が二千数百年前から行われておって、それが伝えられたのが、日本の場合には道元禅師ということになるわけです。

我々が健康を維持するという点でも、坐禅を毎日やるということが絶対の決め手ということになろうかと思います。

そしてまた、坐禅と言うのは実行ということと関係があるわけです。「やろうかな、やったらいいんだがな」と思っているうちは坐禅にはならないんです。思い切って、足を組み、手を組み、背骨を伸ばしてジ−ッとしておるというのが坐禅。「やろうかな、やろうかな」と思っているのは、坐禅でも何でもない。

そうすると、坐禅と言うのは、実行するかしないかということが非常に大きな問題。

だから毎日坐禅がやれるようになるということは、その人自身が非常に実行力ついたということ。

非常に簡単な事ではあるけれども、毎日坐禅がやれるようになったということは、その人が非常に物事を実行する能力がついたということであります。このことは非常に大切。

頭がよくて、いろんなことを考えるところまでは十分できるのだけれども、実際にやろうと思うと中々できないというのが人間の実情であるとすれば、坐禅を毎日やるということは、実行力がつくということと全く同じことになる。

それから最後に、正しさと一体になるという点について、我々の人生と言うものには一体何の意味があるかと言えば、正しさと一体になっておるということ。

それが我々の人生の意味。

朝起きて、ご飯を食べて、手洗いに行って、仕事をして、あるいは学校に行って、またご飯を食べて、手洗いに行ってというふうな事を繰り返しているのですが、ご飯を食べたり、手洗いに行ったりすることだけが人間の全てではない。

どういう行いをやるかということ、そうして、正しさと言うものと一体になっておるかどうかということが、自分の人生に意味があるかないかということと密接な関係がある。

だからそういう点で、正しさと一体になった生活を送っておるということは、それだけ意味のある人生を送っているということになるし、正しさと別々の生活を送っておるとすれば、せっかく人間として得た数十年の人生のうちの大切な時間を、無駄に過ごしてしまうということにもなりかねない。

そういう意味で人生を本当に意味あらしめるという点からすると、坐禅を毎日やるということが非常に大切な事、ということになるわけであります。

仏道と言うのはそれしかない。坐禅を毎日やっておれば、仏道の全ては全部具わるということになるわけであります。

 

 

 

もし平凡な人々が考えているように、修行と悟りとを別々にして、修行しているとそのうちに悟るという考えをとるならば、修行はどういうことで、悟りがどういうことかが自分でわかるはずである。

しかしそんなことがわかる様であれば本当の悟りではない。なぜかというと、悟りと言うものの原則とはそんな小さなものではない。自分でわかるというふうな事ではない。本当の悟りと言うものは、人間の浅はかな智恵では及びのつかないものであり、人間の浅はかな智恵とは別ものである。

また坐禅においては、主観も客観も共に静寂な状態にありながら、真実の世界に入ったり出たりするのであるけれども、結局のところそれらは自分自身を受け取り自分自身を使いこなす境地であるから、ほんの僅かなものでさえ変化させることもないし、どんな些細な姿でさえそれを破壊することもなしに、広く大きな釈尊と同じ仕事をし、意味の深い素晴らしい感化を与えることになる。

この様な感化が及ぶのでその周囲の草や木や土地が素晴らしい光を放ち、素晴らしい宇宙の秩序を説くことが無限である。

草や木や土塀は、一切の人間や一切の生物のために説法をし、また一切の人間や一切の生物は草や木や土塀のために説法する。

自分自身が何であるかを自分自身でつかむみ、客観世界が何であるかということをつかむという、その二種類の境界と言うものは、坐禅から出た効用として、真実と一体になった姿と言うものが具わっていて欠けるところがなく、真実の体験に関する原則が行われて、それが中断することがない。

 

 

いまこの坐禪の功コ、高大なることをききをはりぬ。おろかならむ人、うたがうていはむ、佛法におほくの門あり、なにをもてかひとへに坐禪をすすむるや。
しめしていはく、これ佛法の正門なるをもてなり。

「十八問答」とは、「仏道とはどういうものか、坐禅とはどういうものか」私たちがよくわからない事を道元禅師ご自身が質問を出され、道元禅師ご自身がそれに対して答るという質問形式で、私たちに丁寧にわかりやすく解説しています。坐禅(仏道)を理解する上においては、非常に有益になろうかと思います。

 

いまこの坐禅の効用が非常に高いという事を聞き終わった。そこで愚かな人は疑問を持って言うであろう。

質問-1

釈尊の説かれた宇宙の秩序というものには、その入り口が沢山ある。沢山の入り口があるにもかかわらず、なぜ坐禅だけが良いとしてしきりにそのことを勧めるのか。

答 

坐禅は、釈尊が説かれた宇宙の秩序の正しい入り口であるからである。

 

 


とうていはく、なんぞひとり正門とする。
しめしていはく、
大師釋尊、まさしく得道の妙術を正傳し、又三世の如來、ともに坐禪より得道せり。このゆゑに正門なることをあひつたへたるなり。しかのみにあらず、西天東地のゥ祖、みな坐禪より得道せるなり。ゆゑにいま正門を人天にしめす。

質問-

なぜ坐禅だけが正しい入り口と言われるのでしょか。  

偉大な師匠である釈尊が、坐禅の修行により真実を把まれた。また、過去、現代、未来において如来(真実を得られた方々)が、いずれも坐禅という修行法を通して真実を把まれた。この様なところから。坐禅が正しい入口であるという事を伝えて来たのである。しかもそればかりではない。インド、中国の諸先輩たちも、みな坐禅によって真実を把まれたのである。

 

※西嶋先生解説。

釈尊は29才で出家されて、35歳で真実に到達されたと言われている。したがって、出家をしてから真実に到達するまで6年間の修業期間があった。その6年間の修業期間のうち色々な師匠について真実を求めたわけであるけれども、その師匠から教えられた修行法として坐禅があった。その坐禅をやることによって釈尊は真実に到達された。そして釈尊はその弟子たちに対して坐禅を教え、その坐禅をやって真実を得るということを教えられた。


とうていはく、あるいは如來の妙術を正傳し、または祖師のあとをたづぬるによらむ、まことに凡慮のおよぶにあらず。しかはあれども、讀經念佛はおのづからさとりの因緣となりぬべし。ただむなしく坐してなすところなからむ、なにによりてかさとりをうるたよりとならむ。
しめしていはく、なんぢいまゥ佛の三昧、無上の大法を、むなしく坐してなすところなしとおもはむ、これを大乘を謗ずる人とす。まどひのいとふかき、大海のなかにゐながら水なしといはむがごとし。すでにかたじけなく、ゥ佛自受用三昧に安坐せり。これ廣大の功コをなすにあらずや。あはれむべし、まなこいまだひらけず、こころなほゑひにあることを。

 

おほよそゥ佛の境界は不可思議なり。心識のおよぶべきにあらず。いはむや不信劣智のしることをえむや。ただ正信の大機のみ、よくいることをうるなり。不信の人は、たとひをしふともうくべきことかたし。靈山になほ退亦佳矣のたぐひあり。おほよそ心に正信おこらば修行し參學すべし。しかあらずは、しばらくやむべし。むかしより法のうるほひなきことをうらみよ。
又、讀經念佛等のつとめにうるところの功コを、なんぢしるやいなや。ただしたをうごかし、こゑをあぐるを、佛事功コとおもへる、いとはかなし。佛法に擬するにうたたとほく、いよいよはるかなり。又、經書をひらくことは、ほとけ頓漸修行の儀則ををしへおけるを、あきらめしり、ヘのごとく修行すれば、かならず證をとらしめむとなり。いたづらに思量念度をつひやして、菩提をうる功コに擬せんとにはあらぬなり。おろかに千萬誦の口業をしきりにして佛道にいたらむとするは、なほこれながえをきたにして、越にむかはんとおもはんがごとし。又、圓孔に方木をいれんとせんとおなじ。文をみながら修するみちにくらき、それ醫方をみる人の合藥をわすれん、なにのuかあらん。口聲をひまなくせる、春の田のかへるの、晝夜になくがごとし、つひに又uなし。いはむやふかく名利にまどはさるるやから、これらのことをすてがたし。それ利貪のこころはなはだふかきゆゑに。むかしすでにありき、いまのよになからむや、もともあはれむべし。
ただまさにしるべし、七佛の妙法は、得道明心の宗匠に、契心證會の學人あひしたがうて正傳すれば、的旨あらはれて稟持せらるるなり。文字習學の法師のしりおよぶべきにあらず。しかあればすなはち、この疑迷をやめて、正師のをしへにより、坐禪辨道して佛自受用三昧を證得すべし。

質問-

おそらく釈尊が説かれた素晴らしい方法を正しく伝承して、釈尊以来の諸先輩のやられたと同じ事をやるということに、その理由を求めるべきなのであろうと。しかしなかなか普通の凡人の思慮では考え及ばないところである。しかしながら、お経を読んだり念仏を唱えたりする事が、何となく「悟り」を得る直接・間接の原因になる様な気がする。

坐禅の様に、ただ何もせずにぼんやりと坐っている事にどういう意味があろうか。どうしてそれが悟りを得る手段になるのであろうか。 

仏教界において真実を得られた沢山の方々の境涯、この上なく尊い宇宙の秩序を本質とする坐禅を、ただぼんやりと坐っているだけで何の役にも立たないと考える事は大乗仏教を誹謗する事になる。その深く迷っている様子とは、大きな海の中にいながら「水がない、水がない」と言って騒いでいるようなものだ。

坐禅をしている状態を考えてみるならば、有り難くも仏教界の真実を得られた諸先輩が坐禅によって体験されたと全く同じ境涯(自分自身を受け取り、自分自身を使いこなす)に、すでに安らかに坐っているのである。

これこそ広くかつ大きな効用をなすものである。

 

実体をよく見る眼がまだ開けておらず、またその事実を捉える心が他のものに惑わされている状態は非常に残念なことである。

一般的に言って真実を得られた仏教界の諸先輩の境涯は、不可思議(考える事が出来ないもの)である。

仏道を信じることが出来ない、仏道が素晴らしいという事に考え及ばない人々がどうして知る事の出来るものであろうか。

坐禅の境地とは、仏道を信じる事が出来て初めて坐禅の意味がわかって来る。

釈尊の教えの正しさというものに「なるほど」という感じを持ち、釈尊の教えを自分の信仰として信じることが出来るようになった偉大な素質の人のみが、坐禅という世界に入ることが出来るのである。

 

仏道を信じる気持ちのない人は、坐禅をやってみようという気持ちには中々なれない。霊鷲山(釈尊が説法された場所)においてさえ、釈尊の説法を聞かずその席から退いた人々がいた。それに対して釈尊が、「退くもまたよし」と言われた。心に正しい信仰が起こったならば、心に仏道を信じようという気持ちが起こったならば、坐禅をやり仏道を学ぶべきである。もし仏道に対する信仰が起きない場合は、しばらくやめて時期を待った方がいい。

昔から釈尊の説かれた教えは厳しく、甘えていたのでは中々入れないものである。人を甘やかしておかない事を恨むものは恨んだらいい。

 

※「仏道に対する信仰が起きない場合は、しばらくやめて時期を待った方がいい」について西嶋先生の解説。

これは道元禅師の非常に厳しい教えです。キリスト教その他の宗教では「ただ信じろ、ただ信じろ」と言う。信じる気持ちがあるかないかもわからんで、「信じなさい、信じなさい、これが本当です」ということで、宗教と言うものが強制され宣伝されるのが普通。

ところが道元禅師は、信仰と言うものが起きてこなかったならばしばらくやめて、時期を待った方がいいと言われた。

 

 

また経典を読んだり念仏を唱えたり等の勤行によって得られるところの効果をお前たちは知っているかどうか。 ただ舌を動かし声を上げる事だけを、仏事功徳と考えているとは甚だ頼りない話である。

読経や念仏等の行いを 釈尊の説かれた宇宙の秩序というものに押し当てて考えてみると、ますます遠くいよいよ遥かである。

経典を開いてそれを読むということは、経典を読むことによって修行のやり方をはっきりさせ、その教えの通りに修行をするならば、かならず悟りを獲得させようとの意味である。

 

愚かにも、千万回の口による修行を休みなく繰り返し、釈尊の説かれた教えに到達しようとすることは、ちょうど車を北の方に向けて南の越に行こうとするようなものである。 また、丸い穴に四角い木の棒を無理やり入れようとして、どうしても入らない状態に似ている。 せっかく経典を読んでいながら、どういう修行をしたらいいかという事がさっぱりわかっていないという事は、医者でありながら薬の調合がわからないのと同じで何の利益があろう。 念仏、お経を何千万回と繰り返し休みなく声を張り上げてみても、その様は春の田で蛙が日夜鳴く様なもので何の効用もないと言える。 深く名誉や利得に惑わされている人々は、やめようとしても簡単にはやめられない。 これは、利得を愛し名誉を貪る心が甚だ深いためであって、昔もこのような人はすでにいたのである。 どうして今の時代にいないという事があろうか。 甚だ憐れむべきことである。

 

まさに銘記せよ。

過去七仏(釈尊以前にいた六人の真実を得られた方々を想定して、それに釈尊を加えて七仏と言う)の唱えられた素晴らしい教えとは、真実を把握し自分の心を解明した優れた師匠に、釈尊と同じ心境になり釈尊と同じ理解を自分のものにした人々が師事して、正しく伝承することにより明確な理論がはっきりとしてそれが受け継がれ保持されて今日に至っているのである。

このことは、文字のみに頼って仏道を学んだ僧侶にはわかるはずのものではない。

 

経典を読み念仏を唱える事で仏道がわかると言う迷いをやめて、正しい師匠の教えに従って、仏教界における諸先輩が体験されたところの自分自身を受け取り自分自身を使いこなす境地を坐禅をして実際に体験し自分のものにするべきである。 釈尊をまねて同じ姿でひたすら(只管)坐禅をするならば、迷いとか、悟りとかというものや、独りよがりな理論とかに惑わされる事なく、坐禅を始めた瞬間から自由自在に生きる事が出来る様になる。

 


とうていはく、いまわが朝につたはれるところの法花宗、華嚴ヘ、ともに大乘の究竟なり。いはむや眞言宗のごときは、毘盧遮那如來したしく金剛薩につたへて師資みだりならず。その談ずるむね、卽心是佛、是心作佛というて、多劫の修行をふることなく、一座に五佛の正覺をとなふ、佛法の極妙といふべし。しかあるに、いまいふところの修行、なにのすぐれたることあれば、かれらをさしおきて、ひとへにこれをすすむるや。
しめしていはく、しるべし、佛家にはヘの殊劣を對論することなく法の淺深をえらばず、ただし修行の眞僞をしるべし。草花山水にひかれて佛道に流入することありき、土石沙礫をにぎりて佛印を稟持することあり。いはむや廣大の文字は萬象にあまりてなほゆたかなり、轉大法輪又一塵にをさまれり。しかあればすなはち、卽心卽佛のことば、なほこれ水中の月なり、卽坐成佛のむね、さらに又かがみのうちのかげなり。ことばのたくみにかかはるべからず。いま直證菩提の修行をすすむるに、佛祖單傳の妙道をしめして、眞實の道人とならしめんとなり。 

又、佛法を傳授することは、かならず證契の人をその宗師とすべし。文字をかぞふる學者をもてその導師とするにたらず。一盲の衆盲をひかんがごとし。いまこの佛祖正傳の門下には、みな得道證契の哲匠をうやまひて、佛法を住持せしむ。かるがゆゑに、冥陽の~道もきたりし歸依し、證果の羅漢もきたり問法するに、おのおの心地を開明する手をさづけずといふことなし。餘門にいまだきかざるところなり。ただ、佛弟子は佛法をならふべし。
又しるべし、われらはもとより無上菩提かけたるにあらず、とこしなへに受用すといへども、承當することをえざるゆゑに、みだりに知見をおこす事をならひとして、これを物とおふによりて、大道いたづらに蹉過す。この知見によりて、空花まちまちなり。あるいは十二輪轉、二十五有の境界とおもひ、三乘五乘、有佛無佛の見、つくる事なし。この知見をならうて、佛法修行の正道とおもふべからず。しかあるを、いまはまさしく佛印によりて萬事を放下し、一向に坐禪するとき、迷悟情量のほとりをこえて、凡聖のみちにかかはらず、すみやかに格外に逍遙し、大菩提を受用するなり。かの文字の筌罤にかかはるものの、かたをならぶるにおよばむや。

質問-

現在わが国に伝えられている法華宗、華厳教は、いずれも大乗仏教の究極のものと考えられている。

まして真言宗に至っては大日如来ご自身が金剛薩埵に伝えたものであって、師匠と弟子との間の伝承が非常にはっきりしている。しかも長い時間の修行を経験することなしにほんの瞬間坐っただけで、五人の真実を体得された方々の正しい悟りを得る事が出来ると主張していることは、釈尊の説かれた宇宙の秩序に関しては最も素晴らしいという事が出来る。しかるに、今ここで説かれているところの坐禅の修行には、どのような優れたところがあって、法華宗、華厳教、真言宗等の坐禅をさしおいてひとえにこれを勧奨するのか。

 

仏教においては、どの教えが優れていている、どの教えが劣っている、どの教えが深い、どの教えが浅いと言う理屈の上で論議はしない。しかし釈尊が教えられた修行方法か、そうでない修行方法かと言う事は明らかにする必要がある。過去の仏教界における諸先輩を見ると、草・木・花・山・川等の自然の環境の中において、そのことが誘因となって釈尊の教えに入っていった例がある。

また日常生活で、土・石・砂・小石等を手に握った瞬間に、釈尊の教えが自分自身に伝わったという例もある。

 

まして釈尊の説かれた(宇宙秩序と言う)広く大きな文字は、我々の住んでいる世界全般に満ち溢れていてどこにでもある。この世の中における最も小さな粒子の中にもそのままそっくり入り込んでいる。

釈尊の教えというものは、この世の中全般に具体的に満ち溢れていて、一つ二つの言葉で表現するという抽象的な表現は必要ないものである。

たとえば即心是仏(今日只今の心が即ち真実そのものである)という言葉にしても、水の中(小川の水、金盥の中の水等)に映る月そのものではなくて抽象的な言葉で表現された月の影、真実の影に他ならないし、即坐成仏(現に坐った瞬間において仏になる)という考え方も、同じように鏡に映った影のようなもので、この現実の本当の真実というものではない。

※西嶋先生解説

じゃ、現実と言うのは何かと言えば、坐禅をした時の状態。頭の中で考えられたもの、文字で印刷されたものということではなくて、現に足を組み、手を組み、背骨を伸ばして坐っている状態そのものが現実。

だからそういう現実そのものから離れて、言葉による表現だけでは仏道は伝わらない。

この様に言葉の表現がうまいからと言って、そのことが仏道というものを的確につかんでいるという事にはならない。

いま、直接に自分自身が真実になってしまう修行法である坐禅を勧めるのは、釈尊以来一系に伝えられてきた素晴らしい教えを示して、本当の真理探究者にさせようとしていることに他ならない。

また釈尊の説かれた宇宙の秩序を伝えるという場合には、釈尊と同じような境地を体験した人を師匠とすべきである。

坐禅をやらずに経典だけを読んで仏道の説明をする学者を指導者とすることはできない。

仮にそういう指導者に師事して学ぶとすれば、一人の盲がたくさんの盲を指導するようなものである。

        

ところが、釈尊以来一系に正しく伝えられてきたところの坐禅を中心とした門下にあっては、いずれも真実を得、釈尊と同じ境地を体験した優れた師匠を尊敬して、その師匠に釈尊の教えを保持し安住するという事をゆだねている。

そして陰陽二道の神道を学ぶ人々も仏道に帰依し、また仏道修行をしてある程度の仏道の成果を体験した阿羅漢たちも来て、釈尊の教えを学ぶに当たり、それぞれに対してその心境を解明する手段を与えないという事がない。

この様な例は、ほかの宗派ではまだ聞いた事もない事柄である。ただし釈尊の弟子たるものは、ひたすら釈尊の説かれた宇宙秩序を学ぶべきである。

 

また銘記せよ。

我々は本来釈尊が説かれた最高の真実と言うものが少しも欠けることなく具わっているということをはっきり知っておかなければならない。

そしてその永遠に具わっている真実というものを自分自身で受け取り、それを使いこなして日常生活を送っているのである。

しかし、具体的に坐禅をして真実というものを体で体験し心で体験することがないために、頭の中だけで色々なことを考えようとする事が習慣となり、頭の中で考えられたものが実体だと考えてそれを追い求めるところから、本当の真実というものがどっかに行ってしまってうかうかと通り過ぎてしまう。

 

しかも、我々の頭の中に生まれた色々な考えによって、色々な抽象的な論議を巻き起こす。

そのような色々なことを頭で考えるために、ある人はこの世を十二因縁による流転と考え、ある人はこの世を餓鬼、畜生等二十五種類の境涯と考え、その他(声聞、縁覚、菩薩)の三乗とか、(仏、菩薩、縁覚、声聞、人天)の五乗とか、仏性があるとかないとかといった見解が現に存在し、お互いに論議を重ねて終わるときがない。この様な頭の中で考えられた理屈を勉強して、釈尊の教えを実際に実行していく上の正しい道だと言うふうに考えてはならない。

 

しかしながらそれとは逆に、現に釈尊が行われたと同じような姿に我が身を置いて、一切の煩わしいことを一時棚上げしてひたすら坐禅をするならば、迷いとか、悟りとか、感情的な理論とか、そのようなくだらない境涯というものを全部乗り越えて、凡人とか聖者とかという分け隔てのある境涯とは全く無関係に、坐禅を始めた瞬間から、様々な枠を乗り越えて、自由自在の境涯にあそび、偉大な真実を我が身に受け取り、その真実を使いこなすのである。文字の罠に引っかかる事とはわけが違う。同列に考えることは到底出来ようがない。

         

―西嶋先生の話―

坐禅というものが安楽であるという事の一つの形は、たとえば朝早く起きて走るという事と、坐禅とどっちが楽かという事を考えて見ればいい。

体のあまり丈夫でない人に「あなた走りなさい、走りなさい」といった場合に、はたして妥当かどうか疑問があるわけです。 ただ「あなた坐禅をやりなさい」という事になれば、そう無理はない。 それはなぜかと言うと、走ることよりも安らかだから。 それからまた、楽しいかどうかという点について、楽しさというものは何かという事と関係があるわけです。

 

何か物事をグズグズ、グズグズと考えて、その考えから抜け出せないという状態が、我々の日常生活にはよくある。 考えまい、考えまいとしても、その考えが浮かんできて、どうしても離れないという事がある。 それが悩みという事になるわけです。

悩みから離れる方法として何があるかというと、坐禅があるわけです。

足を組み、手を組み、背骨を伸ばしていると、ものを考えている時と体の状態が違うわけです。

ものを考える時には、大体背骨を丸くしてうつむき加減にしてものを考える。

だから腰骨を立てて、背骨を立てて、首筋を立てていると、ものを考える姿勢ではなくて、むしろ人生を楽しむ姿勢という事になるわけです。

 

それからまた、我々は感覚というものに捉えがち。

「あそこのウナギは美味しい」「あそこの天ぷらでなきゃ駄目だ」等、いいろいろ感覚的な楽しみを追い求めるわけだけれども、またそういう感覚的なものに引きずり回される面もある。

そういうものからも離れて、ジ−ッとしているという事。

そのことが人生の楽しみというものの一番の原点です。

我々が草野球をして何が楽しいかというと、一所懸命にやっていることが楽しい。

つまらんことを何も考えないという状態が楽しい。

あれが欲しい、これが欲しいと言って、何か感覚的なものを追い求めている事のないという事が楽しい原因です。

 

だからスポ−ツの楽しみというのは、一所懸命にやる楽しみ。

その一番単純な、一番の原点が坐禅という事になるわけです。

だからそういう点では坐禅によって何をするかと言えば、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして、ジ−ッとしていることを楽しむ。 それ以外にはない。

そういう楽しみというものが、人生の楽しみの根源。

つまらんものに引きずられて、ズルズルと苦しむことがないという事。

これが人生の基本、出発点です。

そういう点では、坐禅は足が痛かろうと、退屈であろうと、ほかの苦しみの状態に比べれば非常に安らかで楽しいという事。

 

これは人生の苦しみを味わった人にとっては良くわかる。

何か病気をしてしまって、どうにも苦しくてしようがなかった、

長い間欠勤したというふうな経験のある人は、そういう病気をしておった時の自分というものと、坐禅をしている時の自分とを考えると、なるほど坐禅が楽しいという事がわかる。

あるいは、たまたま好きな人に結婚を申し込んだら断られた。 もうどうにもいても立ってもたまらない程つらい。 もうこんな世の中なら死んじまった方がいいというふうな形で仮に苦しんだとすれば、そういう経験のある人にとっては、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして、ジ−ッとしていることが、いかに安らかな、いかに楽しい瞬間かという事です。

だから人生の苦しみ、人生の悩みを知っておれば知っておるほど、坐禅というものの有難みがわかる。

 

※西嶋先生解説

仏道をどのように勉強していったらいいかということで、釈尊が三学(戒・定・慧)を説かれた。戒と言うのは戒律。釈尊は人を殺してはいかんとか、盗みをしてはいかんとか、嘘をついてはいかんとかと戒律を定められて、それを弟子たちに実践させた。そういう点では、仏教と言う教えは、正しさを追求する教え。今日の様に世の中が正しさの基準を失って、強いもの勝ち、ずるい者勝ちと言う形でやっさもっさやっておると、社会全体が動揺して、各人が息苦しくなってくる、それでも我慢して生きていかなきゃならんと言うのが、今日の時代ではなかろうかと思う。そうすると各人が正しさと言うものを勉強して、自分の本分を守る、あるいは人の領域を侵さない、というふうな形が出てくると、初めてそこで社会が落ち着いてきて、社会の能率と言うものが向上するわけです。だからそういう点では、やっていいこと、やってはいけないことを決めて、それを実践するというのが、釈尊の教えの一つ。そういうやっていいこと、やって悪いことということの教えとして戒律がある。これを守れというのが釈尊の教えの一つであります。

 

定と言うのは安定。体の安定、心の安定。我々が坐禅によって得るものは、体の安定、心の安定。体が安定しておる、心が安定しておるということであれば、どんな事態が来ても、そうビクビクすることはない。ところが体が安定していない、心が安定していないとなると、ほんの僅かな事でも、ビックリ仰天して慌てなけゃならん。あるいは非常な恐怖心を起こして、逃げて回るということもあり得る。だから人間が普通の行動を取れるか、取れないかと言うのは、体が安定しておるか、心が安定しておるかという事と非常に関係がある。そういう点で、釈尊は安定ということを言われた。それが定であります。

 

慧と言うのは、智慧ということ。智慧と言うのは、体が安定している時に、心が安定している時に、生まれて来る考え、それを智慧と言う。だから安定と言うものは、体だけの問題ではなしに、心の問題としても重要だということで、智慧と言われた。

この戒・定・慧と言うのが、釈尊が説かれた、仏教徒が学ばなければならない三つの道ということになるわけであります。その中に定と言うのがある。坐禅も、禅定と言われていて、定と言うものが三学の中にあるけれども、その定と言うものと坐禅との関係はどうかという事がここで説かれているわけです。

 

六度の度と言うのは、パ−ラミッタと言う梵語の意味を漢字に直したもの。度と言うのは渡るという意味。

行事でお彼岸と言うのがあるけれども、あれは向こうの岸と言う意味、真実の世界と言う意味。

そっちへ渡るというのが度ということ。漢字の音に直すと、波羅蜜と言う。波羅蜜と言うのは何かというと、真実の世界に行く方法ということ。

真実の世界に行く方法にどんな方法があるかと言うと、それを六種類考える。六種類の波羅蜜は何々かと言うと、布施は貪らないこと、人にものを与える事。持戒は戒律を守ること。忍辱は感情に走らず我慢する事。精進は一所懸命努力をする事。禅那は坐禅のような方法によって、自分の体を安定させること。智慧はその安定した体から生まれて来る正しい考え方。この布施・持戒・忍辱・精進・禅那・智慧を六度と言う、六つの真実に到達する道と言う意味であります。

 

―西嶋先生の話―

「正法眼蔵」という本は非常にありがたい本で、我々の日常生活に関するごく細かい問題についても、こういう問題はどうしようかという疑問に対しては、どっかの箇所でそれに対する回答が与えられているという事があるわけです。 だから、我々がこの本を読んで、隅から隅まで意味がとれるようになると、一生、この本一冊があれば、どんな問題もけりがつくという事があるわけです。 その点では、難しい本ではありますけれども、この本を読みこなすという事は、一人一人の人生にとって非常に大きな意味がある。

我々の人生と言ってみても、いくら長く生きても百年前後、大抵は数十年で終わりになる。 という事は我々に与えられている時間は、無限に与えられているわけじゃない。

割り当てというのはせいぜい百年。 その割り当てられた百年の時間というものは非常に貴重。 それをどう過ごすかという事がかなり大事な問題となるわけです。

我々は普通その人生に対して波乱を求める。 非常にいいことを希う。

ところが、その非常にいいことを希うと、人生には必ず裏目がある。 そうするといいことがあったり、悪いことがあったりする。 波乱万丈の人生が望ましい人生であると、たいていの人は考えている。

 

しかし仏道ではそういう考え方をしない。 あんまり高い波もないように、あんまり低い波もないように、海の水平線のように、高低のない、きわめて静かな、一直線の人生が望ましいと考えている。

柔らかい潮汐にのある菜道のような一生ではなかろうか?

だけれども、普通常識的にはそういう考え方をしない。 簡単な例を言えば、この世の中にはいろんな楽しみがある。 高尚な楽しみもあれば、そうでない楽しみもある。 金が欲しい、財力が欲しいというんで、各人が一所懸命努力をするわけだけれども、うっかりすると競馬、競輪というふうなものをあてにしがちである。 そして馬券なり車券を買って、レ−スが終わるまでは、自分の買った馬券が必ず来ると思っている。 で、ハラハラ、ワクワク「そのうち来る、そのうち来る」「あ、やっぱり来なかった」という事で、悔しがって馬券をちぎって腹を立てるという事をやるわけだけども・・・・。

 

この世の中で競馬とか競輪とかの最大の名人がいる。 それは何かというと、国家とか、県とか、市とか、競馬・競輪を主宰している団体。 これは馬券の売り上げが入ると、何割かの金はゴッソリ自分の懐へ全部入れちゃう。 あと残った二、三割の金を分け合って、誰の券が来た、誰の券が来ないという事で争うわけだから、どんな競馬の名人、どんな競輪の名人でも、国や県には絶対に勝てない。 そういう仕組みになっているにもかかわらず、自分の買った券で何とかして大穴を当てようという儚い望みを持ってやっているわけです。 えてして世の中にはそういう波乱を求めて、その結果裏目に出るという場合が非常に多い。 だからそういう人の帰りの様子を見ると、皆、酒に酔っぱらっている。 勝った者も負けた者も全部酒に酔っぱらって、電車の中でも、「あれはこれでよかった」「もうちょっとのとこだ」と言う様な、残念話ばかりして帰って行く。 そういう浮かれた気持ちも楽しいかもしらん、人生が楽しいかも知らんけれども、そういう浮かれた気持ちの裏側には必ずマイナスがある。

 

家へ帰ると、今朝持っていった金をみんなスッてきちゃったという事で文句を言われる。 派手に派手にという努力が、地味に地味にという方に否応なしに行ってしまうという事もあり得る。 そうすると我々は、本当に腹を据えて、どういう生き方をしたらいいかという事を常に考えていかざるを得ない。 人生わずか数十年、せいぜい百年の割り当てをどういうふうに生きるかという事、これはかなり大切な問題なわけです。 そういう問題についてじっくり考えておれば5060になった時に、自分の積み上げた人生が非常に幸福なものとして戻ってくる。 だからそういう点では、どういう生き方をするかという事が我々の生活にとってはかなり大切です。 したがってそういう点では、「正法眼蔵」のような本を勉強していくことが、一人一人にとってかなり大切な事というふうに考えざるを得ない。

 

とうていはく、三學のなかに定學あり、六度のなかに禪度あり。ともにこれ一切の菩薩の、初心よりまなぶところ、利鈍をわかず修行す。いまの坐禪も、そのひとつなるべし、なにによりてか、このなかに如來の正法あつめたりといふや。
しめしていはく、いまこの如來一大事の正法眼藏、無上の大法を、禪宗となづくるゆゑに、この問きたれり。
しるべし、この禪宗の號は、~丹以東におこれり、竺乾にはきかず。はじめ達磨大師、嵩山の少林寺にして九年面壁のあひだ、道俗いまだ佛正法をしらず、坐禪を宗とする婆羅門となづけき。のち代代のゥ祖、みなつねに坐禪をもはらす。これをみるおろかなる俗家は、實をしらず、ひたたけて坐禪宗といひき。いまのよには、坐のことばを簡して、ただ禪宗といふなり。そのこころ、ゥ祖の廣語にあきらかなり。六度および三學の禪定にならべていふべきにあらず。
この佛法の相傳の嫡意なること、一代にかくれなし。如來、むかし靈山會上にして、正法眼藏涅槃妙心、無上の大法をもて、ひとり迦葉尊者にのみ付法せし儀式は、現在して上界にある天衆、まのあたりにみしもの存ぜり、うたがふべきにたらず。おほよそ佛法は、かの天衆、とこしなへに護持するものなり、その功いまだふりず。
まさにしるべし、これは佛法の全道なり、ならべていふべき物なし。
質問-5

三学(戒・定・慧)のなかに定学があり、六度(布施・持戒・忍辱・精進・禅那・智慧)の中に禅度があり、これらはいずれも実践を通して真実を得たいと思って一所懸命努力する人々が、その初めから学ぶところであり、頭のよい人、頭の悪い人の区別なく実際に修行するところである。そしていま我々がやっている坐禅も、三学の中の一つ、六度の中の一つであろう。どういう理由から、この坐禅の中に釈尊の説かれた正しい教えと言うものがすべて含まれていると主張するのであろうか。

 

質問-5、答

現代にあっては釈尊の一大事業である、正法眼蔵(正しい宇宙秩序の眼目の所在)、最高の大基準であるところの坐禅と言うものを、禅宗と言う名前で呼んだところから、この様な疑問が生まれてきたのである。はっきり知っておかなければならないことはこの禅宗と言う呼び名は、中国をはじめ東の国で始まったところであってインドでは聞かれないところである。達磨大師がインドから遥々海を渡って中国に来られ、初めて坐禅を中心にした仏道を伝えたのである。

 

最初、達磨大師が少林寺で九年にわたり壁に向かって坐禅をしていた頃、当時の人々はまだ達磨大師の教えをよく理解していなかったので、達磨大師の事を坐禅を一所懸命にやっている婆羅門(インドから来た僧侶)という呼び方をした。そしてその後、代々の指導者も皆、常時もっぱら坐禅をした。これらの坐禅をする僧侶のやり方を見た当時の俗世間の人々が、真実もわからずむやみにそれらの人々を坐禅宗と呼んだ。現在では、その坐禅宗という言葉の坐という字をさらに省略して、ただ禅宗と言うのである。

 

この様な趣旨は沢山の先輩方の書かれた本の中に非常にはっきりと書かれている。したがって禅宗とか坐禅宗とかという名前は、当時の人々が勝手につけた名前であり、達磨大師が自分の宗派を禅宗と呼んだわけでもない。あるいは達磨大師の教えを受け継いで一所懸命努力された方々が、自分の宗派を坐禅宗と呼んだり禅宗と呼んだりはしていない。その坐禅は、三度の中の定、六度の中の禅定と同じであろうという誤解が生まれてきた

 

達磨大師は坐禅をやることが仏道だという理解のもとに坐禅をやられた。だから三学、六度の中に出てくる禅定というものと同じではない。この様な形で釈尊の説かれた宇宙の秩序、その実体であるところの坐禅が、代々相伝えられていると言う理解の仕方はいずれの時代にも非常にはっきりとしている。釈尊が昔、霊鷲山の教団において、正法眼蔵涅槃妙心(正しい宇宙秩序の眼目の所在、非常に落ち着いた素晴らしい心境)を説かれ、ただ摩訶迦葉尊者だけに授けた儀式は疑うべきではない。はっきり知っておかなければならない事は、坐禅とは釈尊が説かれた宇宙秩序のすべてである。

 

※西嶋先生解説

仏道と言うのは、本来が坐禅をすることであり、坐禅することが仏道だという教えが、釈尊から摩訶迦葉尊者に伝えられ、それから代々伝えられて達磨大師に伝わり、達磨大師がはるばると海を渡って中国に伝えられた、それがまた中国で代々伝わったということで、道元禅師のお考えでは、坐禅をすること以外に仏道と言うものはないという見方。仏道とは何かといえば、坐禅をした心境から生まれてきた哲学・教えということであります。

 

だからそういう点では、坐禅をするということが仏道の全体であり仏道の一部ではない、三学の中の一つ、六度の中の一つということではない。ただ世人が誤って、禅宗、坐禅宗と言う言葉を使ったために、何か坐禅が仏教の一部の様に理解される様になったけれども、それは誤りだということを言っておられるわけです。

 


とうていはく、佛家なにによりてか、四儀のなかに、ただし坐にのみおほせて禪定をすすめて證入をいふや。
しめしていはく、むかしよりのゥ佛、あひつぎて修行し、證入せるみち、きはめしりがたし。ゆゑをたづねば、ただ佛家のもちゐるところをゆゑとしるべし。このほかにたづぬべからず。ただし、祖師ほめていはく、坐禪はすなはち安樂の法門なり。はかりしりぬ、四儀のなかに安樂なるゆゑか。いはむや、一佛二佛の修行のみちにあらず、ゥ佛ゥにみなこのみちあり。
質問-6

仏教徒(釈尊の教えを学んでいる人)はどの様な理由から、四儀の中で、なぜ坐禅という坐ることだけに限って勧めて、それによって仏道に入ると言う事を主張するのか。

※四儀(しいぎ)とは、我々が日常行う行動を、その形によって大まかに四つに分ける。

(歩く、走る、動く)・住(立ち止まる)・坐(坐る)・臥(寝る)

 

昔から今日まで真実を究められたたくさんの方々が仏道に入って行かれた方法は、いろんな方法によって入っていかれた。だから、特に我々が坐禅を中心にして仏道修行をするのはなぜかと言えば、昔から仏教を学ぶ多くの人々が坐禅によって仏道に入った事に理由を求めるしかない。それ以外に理由を求めてはならない。

 

しかしながら、仏道の先輩が坐禅を褒めて言われた。「坐禅はすなはち安楽の法門なり」と。そこで考えてみるに行・住・坐・臥という四つの行動の形の中では、坐るという形が安楽で苦痛のないためであろうか。まして坐禅は一人、二人の真実を得られた方々が修行したという事ではない。多くの真実を得られた方々や多くの先輩方が、いずれもこの坐禅という修行法によって仏道を修行された。したがって坐禅というものが行・住・坐・臥という四つの形の中で一番に推奨されると言う事になるのであろう。

 


とうていはく、この坐禪の行は、いまだ佛法を證會せざせんものは、坐禪辨道してその證をとるべし。すでに佛正法をあきらめえん人は、坐禪なにのまつところかあらむ。
しめしていはく、癡人のまへにゆめをとかず、山子の手には舟棹をあたへがたしといへども、さらに訓をたるべし。
それ、修證は一つにあらずとおもへる、すなはち外道の見なり。佛法には修證これ一等なり。いまも證上の修なるゆゑに、初心の辨道すなはち本證の全體なり。かるがゆゑに、修行の用心をさづくるにも、修のほかに證をまつおもひなかれとをしふ、直指の本證なるがゆゑなるべし。すでに修の證なれば、證にきはなく、證の修なれば、修にはじめなし。ここをもて釋迦如來、迦葉尊者、ともに證上の修に受用せられ、達磨大師、大鑑高祖、おなじく證上の修に引轉せらる。佛法住持のあと、みなかくのごとし。
すでに證をはなれぬ修あり、われらさいはひに一分の妙修を單傳せる、初心の辨道すなはち一分の本證を無爲の地にうるなり。しるべし、修をはなれぬ證を染汚せざらしめんがために、佛祖しきりに修行のゆるくすべからざるとをしふ。妙修を放下すれば本證手の中にみてり、本證を出身すれば、妙修通身におこなはる。
又、まのあたり大宋國にしてみしかば、ゥ方の禪院みな坐禪堂をかまへて、五百六百および一二千僧を安じて、日夜に坐禪をすすめき。その席主とせる傳佛心印の宗師に、佛法の大意をとぶらひしかば、修證の兩段にあらぬむねをきこえき。
このゆゑに、門下の參學のみにあらず、求法の高流、佛法のなかに眞實をねがはむ人、初心後心をえらばず、凡人聖人を論ぜず、佛祖のをしへにより、宗匠の道をおうて、坐禪辨道すべしとすすむ。
きかずや、祖師のいはく、修證はすなはちなきにあらず、染汚することはえじ。
又いはく、道をみるもの、道を修すと。しるべし、得道のなかに修行すべしといふことを。
質問-7

この坐禅という修行法は、釈尊の説かれた宇宙の秩序を理解していない人が坐禅をし修行をして、そのさとりを得ると言う事であろう。しかし、すでにさとりを開いてしまったならば、坐禅によって何を期待することがあろうか。

   

※西嶋先生解説

今日、坐禅をやる宗派が三つあります。

1・臨済宗と言うのは、鎌倉時代初期に栄西禅師が始められた宗派で、坐禅というのは、さとりを開くためにやるという考え方。だから公案を使って、「早くさとれ、早くさとれ」と叱咤激励し、悟りを開く事を一所懸命やる。

2・曹洞宗と言うのは、鎌倉時代の初期に道元禅師が始めた宗派で、坐禅というのは、坐禅をしているその時がさとりだという考え方。だから私たちが坐禅を始めた瞬間から悟りの状態に入るのだし、坐禅をしている我々自身は仏に他ならないという考え方をする。

3・黄檗宗と言うのは、徳川時代初期に中国から来られた隠元が始められた宗派。坐禅の考え方は臨済宗に似ています。

 

愚かな人の前で夢を説くと、愚かな人はその夢を本当の事と思い違いをしてしまう。だから愚かな人の前で夢を説いてはいけない。

また山の中で木こりをしていて、海を見たこともない、船に乗ったこともないという人を船に乗せて棹を与えて「さあ舟を漕ぎなさい、さあ舟を動かしなさい」と言っても、それは非常に危険なことである。だから「さとった人は坐禅の必要がないのではないか」という疑問が出てくる人に対しては、返事をすべきではないのかもしれないけれどもさらに教えを与えよう。

 

坐禅をする事とさとると言うことが別々にあって、一所懸命坐禅をして「さとり」に到達しようとするのは釈尊の教えではない。

釈尊の説かれた宇宙秩序においては修証一等(坐禅をする事とさとりを開く事は全く同じ)である。

坐禅は坐禅を始めた時からさとっている。

そういうすでにさとった状態における修行であるから、ほんの初心者が始めた坐禅と言えども、まさにそれが本来のさとりのすべてである。

 

この様な理由から、師匠が弟子に修行の心得を授ける場合にも、「修行の他にさとりがあると考えてはならない」と教えている。それは、坐禅をすることは、直接の指摘そのもの、直接のさとりであるがためであろう。

坐禅をして長い年月が経ったらさとるのではなくて、坐禅をする事に意味がある。

坐禅というものは、修行とさとりが全く一つのものになっているのであるから、さとりが限定されたものではなく、無限の内容を持ったさとりというものが我々のやっている坐禅そのものの中に含まれている。

 

この様なことであるから、釈尊も迦葉尊者も同じように、さとりの真ん中における坐禅を毎日やられた。

インドから中国に坐禅を伝えられた達磨大師も、中国における六代目の指導者大鑑慧能禅師も坐禅に導かれて坐禅を拠り所して日常生活を送った。

釈尊の説かれた宇宙秩序の中に住まいそれを保持する人々の事蹟というものは、いずれもこのようである。

すでに坐禅という形によって、さとりと別のものではない修行が現在我々の身近にある、手の内にある。

我々は幸いにして、坐禅という素晴らしい修行の一部分を釈尊以来一系に伝えてきたところの初心者ではあるけれども、すでにそういった意味の坐禅をしているのであるから、自分自身がやっている坐禅によって、本来のさとりというものの自分自身の部分を、きわめて自然な境地の中で体験しているのである。

 

銘記せよ。

修行と一体になったさとりと言うものは、坐禅を頻繁にやる事によって修行とさとりとが別々でないという事がはっきり身につく。

釈尊あるいは仏教界の諸先輩は、坐禅はあまり間をあけずに一所懸命やるようにとしきりに教えられた。

坐禅を終わって立ち上がるならば、坐禅によって得たところのさとりが自分の中にいっぱいに満ち溢れている。坐禅を終わってさとりの境地から離れようとするならば、さとりは我が身から離れることなしに、坐禅をやった効果が体全体に行き渡る。

 

また自分自身(道元)が大宋国に行って、自分の目で見たところによれば、諸地方にある坐禅を中心とした寺院がそれぞれ坐禅堂を建てて、五百人、六百人、あるいは千人、二千人の僧侶を住まわせて、夜となく昼となく坐禅をやることを勧めていた。そして、その寺院の最長老であり釈尊の心と同じ心を伝えている師匠に釈尊の説かれた宇宙秩序の中心的な意味を尋ねたところが、修行とさとりとが別のものではないという根本思想を話された。

 

この様な理由から、寺院の師匠のもとで勉強している門下の人だけでなしに、釈尊の説かれた宇宙秩序を求める高遇な人々、釈尊の説かれた宇宙秩序の中に本当のものを見出しそれを得たいと願う人々は、初心者であろうと、後輩であろうと、平凡な人であろうと、さとりを得た聖者であろうと、釈尊の教えに従って坐禅をやり修行をすべきであると勧めている。

過去における大先輩である大鑑慧能禅師も言われているではないか。

「修行と悟りと言うものとがないわけではない、ただそれを二つのものに分けて、別々に考えるという事があってはならない」と。

また別の人が言われている。

「坐禅をやってみて、坐禅のよさがわかって来ると、坐禅をやらずにいられないという境地になる」と。

銘記せよ。

坐禅をして真実を把握した人と言えども、さらに修行(坐禅)をしなければならないという事を。

 

※西嶋先生解説

坐禅と言うものの本質を考えていく場合に、修行とさとりと言うものとが全く一つのものだという思想が、道元禅師の坐禅に対する考え方の非常に大きな特徴であります。だから我々のやっておる坐禅が、さとるために公案と言うものを使って「早くさとれ、早くさとれ」と言う様な形での坐禅ではない。我々のやっている坐禅は、坐禅をしていることそのものに意味があるということで、毎日欠かさずやる努力をするということになるわけであります。

 

このことが坐禅と言うものを考えていく場合にかなり大事な問題。

ふつう坐禅と言うと、よくさとるためにやると言う様な事で、お寺へ行って、粗末なものを食べて、夜も寝ないで、棒で叩かれて「そのうちさとるんだ」と言うふうな事を考えているけれども、そんなものではない。

ところが、だいたい坐禅と言うものについてはそういう誤解が多いから、「じゃ、たまにやってみようか」と言って寺に行って一所懸命やるんだけれども、和尚さんの言っていることはチンプンカンプン。

「他の人は悟ったてな事を言っているけれども、私はどうも全然わからん」と言う様な事で、がっかりして帰ってくる。

一所懸命やっているんだけれども、「どうも結局わからんからやめた」と言う様な事で、坐禅と言うものに対する誤解がはびこっておる。

そういうものだというふうに世間一般から思いこまれているから、坐禅をやってみようという人がなかなか出てこない。バカらしくてやれないということにもなるわけです。

ところが坐禅をやることそのものが尊いんだという考え方になると、今度は「さとり、さとり」なんて言って焦る必要はない。

やりさえすればいいんだということになってくれば、そのことが日常生活の基準になり、楽しみになるということがあるわけです。

 


とうていはく、わが朝の先代に、ヘをひろめしゥ師、ともにこれ入唐傳法せしとき、なんぞこのむねをさしおきて、ただヘをのみつたへし。
しめしていはく、むかしの人師、この法をつたへざりしことは、時節のいまだいたらざりしゆゑなり。
質問-8

奈良時代、平安時代に仏教を広めたたくさんの師匠は、いずれも中国に行って釈尊の説かれた宇宙の秩序をわが国に伝えて来たわけですが、どうして坐禅が仏教の中心であるという思想をさしおいて、ただ抽象的な教義だけを伝えてきたのでありましょうか。

※西嶋先生解説  

道元禅師が生まれたのが鎌倉時代の初期 。奈良時代にもたくさんの僧侶が中国に行って仏教を持ち帰って来ています。平安時代になると、伝教大師(最澄)が中国に行って、天台宗を日本に持ち帰り、比叡山を開いて延暦寺を建てました。弘法大師(空海)も中国に行って、真言宗を日本に伝えました。

 

当時の師匠が、この坐禅の修行法を伝えなかったのは、時期がまだ到来していなかったためである。 


とうていはく、かの上代の師、この法を會得せりや。
しめしていはく、會せば通じてむ。
質問-9

あの奈良朝・平安朝時代の師匠は、この坐禅という修行法を理解していたのでありましょうか。

もし理解していたならば、伝えたであろう。

 

とうていはく、あるがいはく、生死をなげくことなかれ、生死を出離するにいとすみやかなるみちあり。いはゆる心性の常住なることわりをしるなり。そのむねたらく、この身體は、すでに生あればかならず滅にうつされゆくことありとも、この心性はあへて滅する事なし。よく生滅にうつされぬ心性わが身にあることをしりぬれば、これを本來の性とするがゆゑに、身はこれかりのすがたなり、死此生彼さだまりなし。心はこれ常住なり、去來現在かはるべからず。かくのごとくしるを、生死をはなれたりとはいふなり。このむねをしるものは、從來の生死ながくたえて、この身をはるとき性海にいる。性海に朝宗するとき、ゥ佛如來のごとく妙コまさにそなはる。いまはたとひしるといへども、前世の妄業になされたる身體なるがゆゑに、ゥ聖とひとしからず。いまだこのむねをしらざるものは、ひさしく生死にめぐるべし。しかあればすなはち、ただいそぎて心性の常住なるむねを了知すべし。いたづらに閑坐して一生をすぐさん、なにのまつところかあらむ。
かくのごとくいふむね、これはまことにゥ佛ゥ祖の道にかなへりや、いかむ。
しめしていはく、いまいふところの見、またく佛法にあらず。先尼外道が見なり。
いはく、かの外道の見は、わが身、うちにひとつの靈知あり、かの知、すなはち緣にあふところに、よく好惡をわきまへ、是非をわきまふ。痛痒をしり、苦樂をしる、みなかの靈知のちからなり。しかあるに、かの靈性は、この身の滅するとき、もぬけてかしこにむまるるゆゑに、ここに滅すとみゆれども、かしこの生あれば、ながく滅せずして常住なりといふなり。かの外道が見、かくのごとし。
しかあるを、この見をならうて佛法とせむ、瓦礫をにぎつて金寶とおもはんよりもなほおろかなり。癡迷のはづべき、たとふるにものなし。大唐國の慧忠國師、ふかくいましめたり。いま心常相滅の邪見を計して、佛の妙法にひとしめ、生死の本因をおこして、生死をはなれたりとおもはむ、おろかなるにあらずや。もともあはれむべし。ただこれ外道の邪見なりとしれ、みみにふるべからず。
ことやむことをえず、いまなほあはれみをたれて、なんぢが邪見をすくはば、しるべし、佛法にはもとより身心一如にして、性相不二なりと談ずる、西天東地おなじくしれるところ、あへてたがふべからず。いはむや常住を談ずる門には萬法みな常住なり、身と心とをわくことなし。寂滅を談ず門にはゥ法みな寂滅なり。性と相とをわくことなし。しかあるを、なんぞ身滅心常といはむ、正理にそむかざらむや。しかのみならず、生死はすなはち涅槃なりと覺了すべし。いまだ生死のほかに涅槃を談ずることなし。いはむや、心は身をはなれて常住なりと領解するをもて、生死をはなれたる佛智に妄計すといふとも、この領解智覺の心は、すなはちなほ生滅して、またく常住ならず。これはかなきにあらずや。
嘗觀すべし、身心一如のむねは、佛法のつねの談ずるところなり。しかあるに、なんぞ、この身の生滅せんとき、心ひとり身をはなれて、生滅せざらむ。もし、一如なるときあり、一如ならぬときあらば、佛おのづから虛妄にありぬべし。又、生死はのぞくべき法ぞとおもへるは、佛法をいとふつみとなる。つつしまざらむや。
しるべし、佛法に心性大總相の法門といふは、一大法界をこめて、性相をわかず、生滅をいふことなし。菩提涅槃におよぶまで、心性にあらざるなし。一切ゥ法、萬象森羅ともに、ただこれ一心にして、こめずかねざることなし。このもろもろの法門、みな平等一心なり。あへて異違なしと談ずる、これすなはち佛家の心性をしれる樣子なり。
しかあるをこの一法に身と心とを分別し、生死と涅槃とをわくことあらむや。すでに佛子なり、外道の見をかたる狂人のしたのひびきを、みみにふるることなかれ。
質問-10

ある人の言に、「我々は生きたり死んだりと言う人生を送っているけれども、その生き死にの人生を嘆く必要はない。なぜかと言うと、生き死にの人生というものから抜け出すのに、非常に早くそのことを達成できる方法がある。それはよく言うところの霊魂不滅の理論が理解出来ればそれで済むことだ。霊魂不滅の趣旨とは、この体は現に生命を持っているのであるから、どうしても死を避けることは出来ないけれども、体の中にある魂というものは決して消滅することがない。この生まれたり死んだりすることのない魂が、自分の体の中に存在する事を知ったならば、この魂こそ本当の自分の実体であるから、肉体は仮の姿であり、此処に死んで彼処に生れる等その現れ方は恒常性がないけれども、魂は消滅しないものであり過去・現在・未来にわたって不変である。

 

この様な理屈のわかることが、我々の生き死にの人生を超越した事だという事が出来るのである。そしてこの様な基本的な考え方がわかってくると、今までの生き死にの人生に関する問題は全く消滅してしまって、この肉体としての体がその終わりになった時には、魂だけが魂の世界に入る。そしてその魂の世界に入って行ったときには、沢山の真実を体得された方々と同じように、素晴らしい徳というものがまさに具わるのである。現在にあっては、この体の中には魂があって、体が死んだ後も死なないという理論を知っているけれども、体が過去の出鱈目な行動によって形成されたものであるから、真実を体得された沢山の方々と同じではない。いまだこの理論がはっきりとわかっていない人は、長い間にわたって生き死にの生涯を何回も何回も繰り返すのである。ただただ急いで、魂というものが決して滅びるものではないという思想をはっきりと理解すべきである。むだに坐禅の様な事をやってぼんやり坐って一生を過ごすことに何の期待が持てよう」と。

 

この様に我々の体の中には魂と言うものがあって、体が死んでも魂が生き残るから心配がないという説明をする人がおりますけれども、この人の言っていることは本当に釈尊や真実を得られた諸先輩の説かれた教えに適っているのでしようかどうでしょうか。

 

今言われたところの考え方は、釈尊の説かれた教えとは全く別である。魂が生き残るという思想は、仏教以前に盛んであった外道(婆羅門僧)の考え方である。すなわち外道(仏教以外の教え)の見解では、自分の体の中には一つの魂と言うものがあり、その魂というものが、外界の世界に出会うと、食べ物を食べれば美味しいものとまずいものの見分けがつくし、これはやっていいこと、これはやってはいけないこともわかる。痛いとか痒いとかということもわかるし、苦しい、愉しいということもわかる。これらは皆、我々の体の中にある心と言うものの力である。この魂(心)は、この体が消滅する時、体から抜け出し別の世界に生まれるので、現世では死んだ様に見えるけれども、別の世界において生まれるという事から考えれば、永遠に消滅することがなく永遠に生き続けるものである。かの外道の考え方はこの様である。

 

しかるにこの様な考え方を勉強して、これが釈尊の説かれた教えであると考える事は、瓦や小石を握ってそれが金の宝だと考えるよりもさらに愚かであり、これを何かに例えようとしても例える事が出来ないほど愚かな例である。

唐の時代の慧忠国師は、このような考え方は仏教ではないという事を深く戒めている。魂は滅びることがなく、体は滅びてしまうと言う誤った考え方を持って、釈尊以来沢山の真実を得られた方々の把まれた宇宙の秩序というものと同じだと考え、生き死にの根本の原因を発生させる考え方を持って、しかもそれによって生き死にの悩みから離れられたと考えることは非常に愚かなことではないか。はなはだ哀れなことである。

 

霊魂不滅の考え方は、釈尊以外の教えを奉じている人々の誤った考え方であると知るべきであり、耳に触れてはならない。

しかしながら、すでに誤った考え方に陥っている事態はやむを得ないので、そこで今慈悲の心を持ってお前方の誤った考え方を救う、

ならば銘記せよ。

釈尊が説かれた宇宙の秩序においては、本来、肉体と魂とはまったく一つのもの(身心一如)であり、中身と外側も一つのもの(性相不二)であると主張することが、インドにおいても、中国においても同じように知られていたところであって、これに違背してはならない。

            

※西嶋先生解説

この「身心一如」「性相不二」と言う考え方が、仏法の理解の上では非常に大切な事であります。沢木老師がよく講義の中でいわれたことに「人間がアカンベ−をする事と、合掌する事とは違う。アカンベ-をやった時にはアカンベ−をしたような考え方になるし、合掌した時には合掌したような考え方になる。体と気持ちと言うものは全く同じもんだ」ということをしきりに言われた。だからそういう点では、よく街中などでいかにも肩を怒らして、いわゆる与太者風に歩いている人を見かけるけれども、ああいうふうに歩いている人と言うのは、心もそうなっている。

「様子がおかしいけれども、あれはほんとは真面目なんだよ」と言うわけにはいかない。人間のやることによって気持ちが決まる。だから中身と外側とは全く同じだということ。

 

これは世の中の問題を考えていく上に置いてかなり大事な事。

「あの人は気持ちは善いんだけれども、どうも態度がよくない」ということをよく言うけれども、態度が悪いということは、心も悪いということ。また態度がいいという事は、心がいいというこ事。「あいつはどうもおべっか使って、ペコペコペコペコ調子ばかり合わしているけど、あいつは腹が黒いんだよ」と言う見方もあるけれども、必ずしもそうではない。人間がどういう外側の体裁をとるかということがかなり問題になるし、また気持ちが正しければ体が自然に正しい方に変わっていく、そういう問題もある。

 

「身心一如」「性相不二」ということは、仏教的な考え方をする場合には、非常に大切な考え方であります。

ところが世間一般ではこういう考え方をしない。

心と外側とを別々に分けて、「俺は態度は少し良くないけれども、気持ちは純真なんだ」ということを各人が思っている。

あるいはそうかと思うと、「どうせ世の中なんて狡いものが勝つんだから、外側さえうまくやっときゃいいんだよ」ということもある。ただそういうことで世渡りがうまくいくかと言うと、長い目で見ると、中々うまくいかない。

そうしてみると、中身と外側とを一致させて、一所懸命毎日やるということにならざるを得ない。

 

質問-10、答の続き

この世の中が常住(永遠であるという考え方)に立つならば、この世の中の一切は永遠の存在であり滅びる事のない存在であり、体も心も永久に滅びることはない。

この世の中が寂滅(滅び瞬間的という考え方)に立つならば、体も心も、瞬間瞬間に滅びていくという事が言える。この様なことが実際であるにもかかわらず、体は滅びるけれども魂は永遠だという考え方は正しい理論に背いているではないか。

単にそういう考え方が理論的に妥当でないというばかりでなく、釈尊の教えに従い、我々の生き死にの人生そのものが涅槃(非常に落ち着いた最高の境涯)だと理解すべきである。

涅槃はどこにできるかと言えば、我々の生活そのものの中にできるのである。

 

まして心(魂)が、体を離れて永遠の存在であると無理に理解したとしても、生き死にの問題を離れた釈尊の智慧にむやみに押し当てようとしても、この理解や認識を行う心そのものが、相変わらず瞬間瞬間に生まれては消えていて決して永遠の落ち着いた存在だという事は言えない。

このことは、非常に儚いことではあるまいか。

よくよく観察してみる必要がある。

体と心とが全く一つのものであるという思想は、釈尊の説かれた宇宙秩序においては常に主張されているところである。

それにも関わらずどうして、この体が生まれたり死んだりするときに、心だけが体を離れて生まれたり死んだりしないという事があろう。 

もし魂が体が死んだ後、そのまま残るという考え方をとるならば、体と心とが一致している時もあり、体と心が一致していない時もあるという主張になり、心身一如(体と心は全く同じもの)と主張された釈尊の教えは嘘になってしまうであろう。

また、この我々の日常生活の生き死にというものが甚だつまらないものであって、それを乗り越えなければならないというふうに考えるとするならば、それは釈尊の教えを嫌う事になる、慎まないでよかろうか。

       

※西嶋先生解説    

釈尊の教えは、我々の日常の生き死にを大切にして、それをどう生きるかという事が最大の眼目です。

だからこの僅か百年足らずの人生をどう生きるかという事を棚上げしてしまって、この百年ただずの人生はどうせ仮の人生なんだから、死んだあとでいいところへ行けばいいという考え方をするならばそれは釈尊の教えを嫌う事になる。

 

銘記せよ。

釈尊が説かれた世の中の一切が心であり魂であるいう考え方は、この我々の住んでいる途轍もなく大きな宇宙というものの一切が中身と外側とを区別することなく、中身も外側も同じように生まれたり滅びたりすることがないと主張するのである。

我々が仏道修行をして真実を得たとか、非常に幸福な境涯に入れたという時点に及ぶまで、それはすべて我々の心がどう動きどう経過したかという問題であるという考え方である。

一切諸法(この世の中にある一切のもの)、森羅万象(この世の中にある一切の姿)がいずれも、たった一つの心というものから生まれたものであって、その一つの心というものの中に含まれていないものは何もない。

様々な事物が、きわめて平静な均衡のとれたたった一つのものから生まれてきたものであり、個々のものが少しも違うところがないと主張すること、これが仏教の立場から心(魂)を考えていく説き方である。

 

この様に心()を中心にすれば、この世の中の一切が魂の所産だという事が出来るし、物質的なものだという考え方をすれば、全部が物質的なものとして理解できる。心だと考えることも、物質だと考えることも、見方としては決して間違っていないけれども、一つの考え方の中で心と体とを別々にして、心は永遠だけれども体は滅びるという考え方をすることは仏道ではない。

しかるにこの唯一の実在に関して、体(物質)と心(魂)というものに分けて、我々の生き死にの生活と釈尊が説かれた幸福に満ち満ちた世界とを別々にすることがあってよかろうか。

我々はすでに釈尊の弟子であるから、外道(釈尊の教え以外)の考え方を耳にしてはならない。

 

※西嶋先生の解説

私も、若いころ初めて「正法眼蔵」を読んだ時に、ここのところに来てビックリした。

それまでは、仏教というのは魂を尊重する考え方だとばかり思い込んでいた。

ちょうど私が二十歳を少し前、日本がこれからいよいよ大東亜戦争、第二次世界大戦に突入しようとして、国全体が精神主義に凝り固まっていた。

だから、個人の生命なぞは鳥の羽よりももっと軽い、お国のために尽くすことが大切だという事で一所懸命そういう考え方を朝から晩まで教えられた。

我々も「なるほど、そうかなあ」と思っておって「正法眼蔵」を読んだところが、いや、魂というのはそんなものじゃない、体と心は全く同じだと教えられてびっくりした。

それと同時に、仏教という考え方を勉強してみなきゃならんと思った。

当時、世の中の状況を見ると、各人、口で言う事は立派だ。

「お国のために尽くさなきゃならん」「物資は私物化したらいかん、すべて国に献納して」いう事を言うんだけれども、現実に国家の偉い人がどういう事をやっているかというと、あるべきでない物資がどんどん上流社会に入って行って、楽な生活をしていると言う様なこともあったわけです。

そうすると、「魂というのは本当に当てになるのかなあ」という考え方もせざるを得なかった。

そういう時にこの「物心一如」の考え方にぶつかった。

 

なるほどこれは本当だ、物と心とは全く一つのものだ、そういう考え方が本当に正しいんだという事に非常に感銘を受けて、それからこの本を勉強するようになったし仏教を勉強するようになった。

それから40年たって、ますますそういう考え方の正しいことがはっきり飲み込めると同時に、世の中の人々が物と心とが一つのものだという考え方に目覚めてくると、世の中はもうちょっと落ち着くと思う。

ところがそういう考え方は非常に少ない。 今日でも物と心とは別だという考え方が非常に多い。

 

そして昭和20年、戦争が終わって以降、我々は物を大事にする時代に入った。だから「人生とにかく金だよ、金さえ貯めりゃいいんだよ、ちょっとぐらい悪い事をしたって、金を儲けた方がいいんだよ」と言う様な考え方がわりあい世の中に通用している。だから最近の裁判なんかで結構問題になっている偉かったと言われている人が、やっぱり金のためにちょっと躓いたという事があるわけです。だからそういう点では、物と心が全く一つのものだという事がわかってくると、この世の中の現実がわりあいよく見えるようになる。

「きれい事ばっかり言っていて本当かな」という見方が出てくるし、また人間ぎりぎりの物質的な問題はしっかり処理しなきゃならんと言う様な問題もあるわけです。

 

我々の人生を現実的にしっかりと生きていくためには、物と心とを別々に考えないという事です。

物と心とを全く一つのものとして考えることによって、我々の人生を現実的に考えることが出来るわけです。

この現実的にものを見るというのが仏道です。

釈尊は、決して霞を食って生きていくような呑気な話をされたわけではない。

我々が飯を食ったり、着物を着たりという日常生活をどう送っていくかという事を教えてくださった。

それ以外の事を教えられたわけじゃない。

そういう現実的なものを基礎にして、世の中の事を考え、仕事を考え、自分の家庭を考えていくという事があって、初めて世の中は落ちついてくる。

 

人に話す場合には、とてつもなく高尚なことを言って、裏に回ると適当に欲張っているという事では世の中はうまくいかない。

あるいは「世の中はものだものだ」という事で、各人が各人を押しのけて、とにかく自分のものさえ増やせばいいんだという事で血みどろの争いをすれば、お互いが傷ついて社会が治まりっこない。

ところが現代では割合そういう事例が多い。力づくでなんでもとっていこうという考え方が強い。

そうすると米が有り余って困っているにもかかわらず「もっと作らせろ、もっと作らせろ」「買う値段はもっと上げろ、もっと上げろ」と言う様なことで大いに頑張る。

またそういう力で頑張ると、「選挙に負けちゃ大変だから、多少は面倒見なきゃならん」という考え方にならざるを得ない。

そうすると「やっぱり力だ、強い者勝ちだ」という考え方も出てこざるを得ない。

ただ、そういう強い者勝ちという事がガンガンと発展していけば、別の面で世の中は暗くなる。

勝つものは、きまっちゃうわけです。

だからそういう点では、金の力で権力を握ってしまったという事が永遠にそのまま維持できるのであれば、世の中は非常に暗い。

ところが世の中案外うまく出来ておる。

半年や一年もたつと、「あれはちょっとおかしかったぞ」というふうなことが、社会のどっからかポツポツと出てくる。 「うん、どうもそういうのはおかしいなあ」という事がだんだん、だんだん輪を広げていって、ある時点になるとクルッとひっくり返る。

そこで初めて「ああ、あいつは間違っていたんだ」という事になる。

 

だからこの世の中というのは、非常にうまくできている世界でもあるわけです。

ずるいままでずうっと通していこうとしても、なかなか通らない。

時間がたつと、おかしな事をやっているとそのボロが出てくる。

そういう点では、案外正しいことが行われているという事が言えると同時に、我々自身の人生の生き方からすれば、早くそういう正しさというものを身につけて、あんまり波風の激しくない人生を生きるべきだ。

波風の激しくない人生というのは、自分の人生目的を達成するための最短距離を行くことだ。

ところが我々は大抵、横道をあっちこっちウロウロして「ああ、また失敗した」「今度これやってみよう」「また失敗した」と言う様なことで、波乱万丈の生活を送っているうちに百年間の割り当てが終わっちゃう。

だから百年間の割り当てが終わらないうちに、何とかしなきゃならん。

百年間の割り当てをなるべく自分自身のこうしたい、ああしたいという人生の希望を遂げ得るように送っていかなきゃならん。

じゃそのためにはどうしたらいいかという事が仏道修行。

 

 


とうていはく、この坐禪をもはらせむ人、かならず戒律を嚴淨すべしや。
しめしていはく、持戒梵行は、すなはち禪門の規矩なり、佛祖の家風なり。いまだ戒をうけず、又戒をやぶれるもの、その分なきにあらず。
質問-11

この坐禅を一所懸命やる人は、釈尊の定められた戒律をきちんと必ず守らなければならないものでしょうか。

※戒律

人が仏教の教えに入る場合には受戒と言うものがある。受戒を師匠から受けるという儀式がある。その受戒を受けた人が正式の仏教徒となる。

 

戒律を守る事は、坐禅を中心とした宗派の規則であり、釈尊の教えである。戒律を受ける儀式をやっていない人でも、戒律を受けたけれどもその戒律が守れなかった人でも、それぞれに坐禅をやっていればそれだけの功徳はある。


とうていはく、この坐禪をつとめん人、さらに眞言止觀の行をかね修せん、さまたげあるべからずや。
しめしていはく、在唐のとき、宗師に眞訣をききしちなみに、西天東地の古今に、佛印を正傳せしゥ祖、いづれもいまだしかのごときの行をかね修すときかずといひき。まことに、一事をこととせざれば一智に達することなし。
質問-12

この坐禅を一所懸命やる人が、さらに真言宗で主張する呪文の修行法や、天台宗で主張する止観の修行法を、坐禅と並行して同時にやるということは、何か支障がありませんか。

 

自分(道元)が中国にいた時、自分の師匠に本当の中心思想というものを聞いたところが、インドにおいても中国においても、昔も今も釈尊の認可を正しく伝承して来た多くの先輩たちは、いずれも真言宗の修行法とか天台宗の修行法とかを同時にやるという話は聞いていないと返事をされた。

実際問題として、自分自身の修行というものを現実に振り返ってみると、一つの事を専一にするのでなければ、欠ける事のない智慧に達することはありえない。


とうていはく、この行は、在俗の男女もつとむべしや、ひとり出家人のみ修するか。
しめしていはく、祖師のいはく、佛法を會すること、男女貴賤をえらぶべからずときこゆ。
質問-13

この坐禅の修行法は、在家人(俗世間で暮らしている人)の男女も行うべきでしょうか。それともただ出家人(頭を丸めて僧侶になった人)だけが、修行するものなのでしょうか。

 

仏教界の先輩方が言われるには、釈尊の教えを理解するという点では、男子でなければ駄目だとか、女子でなければ駄目だとか、身分が高くなければ駄目だとか、身分が低くなければ駄目だとかという事は言わない。

どういう環境におり、どういう性格の人であろうとも仏道修行は可能であるし、仏道修行をすればそれだけの結果は必ず出てくる。


とうていはく、出家人は、ゥ緣すみやかにはなれて、坐禪辨道にさはりなし。在俗の繁務は、いかにしてか一向に修行して無爲の佛道にかなはむ。
しめしていはく、おほよそ、佛あはれみのあまり、廣大の慈門をひらきおけり。これ一切衆生を證入せしめんがためなり、人天たれかいらざらむものや。ここをもて、むかしいまをたづぬるに、その證これおほし。しばらく、代宗順宗の帝位にして、萬機いとしげかりし、坐禪辨道して佛祖の大道を會通す。李相國、防相國、ともに輔佐の臣位にはむべりて、一天の股肱たりし、坐禪辨道して佛祖の大道に證入す。ただこれこころざしのありなしによるべし、身の在家出家にかかはらじ。又ふかくことの殊劣をわきまふる人、おのづから信ずることあり。いはむや世務は佛法をさふとおもへるものは、ただ世中に佛法なしとのみしりて、佛中に世法なき事をいまだしらざるなり。
ちかごろ大宋に馮相公といふありき。祖道に長ぜりし大官なり。のちに詩をつくりてみづからをいふに、いはく、
公事之餘喜坐禪、
少曾將脇到牀眠。
雖然現出宰宦相、
長老之名四海傳。
(公事の餘に坐禪を喜む、曾て脇を將て牀に到して眠ること少し。然しか宰宦相と現出せりと雖も、長老の名、四海に傳はる。)
これは、宦務にひまなかりし身なれども、佛道にこころざしふかければ、得道せるなり。他をもてわれをかへりみ、むかしをもていまをかがみるべし。
大宋國には、いまのよの國王大臣、士俗男女、ともに心を祖道にとどめずといふことなし。武門文家、いづれも參禪學道をこころざせり。こころざすもの、かならず心地を開明することおほし。これ世務の佛法をさまたげざる、おのづからしられたり。
國家に眞實の佛法弘通すれば、ゥ佛ゥ天ひまなく衞護するがゆゑに、王化太平なり。聖化太平なれば、佛法そのちからをうるものなり。
又、釋尊の在世には、逆人邪見みちをえき。祖師の會下には、獦者樵翁さとりをひらく。いはむやそのほかの人をや。ただ正師のヘ道をたづぬべし。

質問-14

出家した人は、様々な煩わしい環境からきれいさっぱりと離れて、坐禅をやって真実を究めるということに対しての障害がない。しかしながら、俗世間にあって繁務に従事している者は、どのようにして専一に坐禅の修行をし、無為な釈尊の教えに適合することが出来るでしょうか。

 

一般論として、釈尊は人々に対する哀れみの心から、「坐禅」という広く大きな慈悲の門を開いておかれた。

この坐禅の教えを残されたのは、およそ生命のある一切のものを釈尊の教えに入らせようとする意図からである。人間の境涯にある者が、どうして坐禅を通して真実の門に入るという事をしないでよかろうか。

この様な理由から、過去、現在における様々の事例をたずねてみると、在家の人でありながら仏道に入り得て、真実を把んだという例が非常に多い。

たとえば中国の皇帝であった代宗皇帝や順宗皇帝は、皇帝の位にあって政務が非常に忙しかった。しかし、その忙しい政治の仕事のあいまあいまに坐禅をして真実を究め、釈尊の説かれた偉大な真実を理解しこれに通達した。また李大臣や防大臣はいずれも皇帝を直接補佐する位にあって国を運営するところの大事な人であったが、坐禅をして真実を究めることによって、釈尊の説かれた偉大な真実を体験しこれに悟入した。

 

この様な例からみると、釈尊の教えを究めるかどうかという事は、志のあるなし(やる気があるかないか)に帰する。自分が出家をしているか、在家であるかという事は関係ない。俗世間の仕事をしていても、やる気があれば仏道はわかって来る。頭を剃ってお寺に入っていても、やる気がなければ仏道というものは一生わからない。

在家出家に関係なく人生における色々な問題について、優劣のけじめが分かる人は、自然に仏道(坐禅)を信じるようになる。

 

※西嶋先生解説

我々は様々な人生経験を持つわけだ。その人生経験の間でいろんな考え方にぶつかる。この世の中にはいろんなたくさんの偉い人々がいて、「俺の話が本当だ」という事でいろんな話をしている。また、たくさんの人がたくさんの本を書いている。だからそういう本を読めばいろんな考え方がある。ただ、我々が様々な経験をしていくうちに、真剣に、どれが本当か、どれが偽物か、という事を見極めるだけの力量が具わってくると、どうしても仏道でなければならんという感じになってくる。

無理に、「信じろ、信じろと」と人に教えられて、やっと仏道に関心を持つという事では、いつまでたっても仏道とは関係ない。ただ、人生を生きて、つらい時もある、悲しい時もある、嬉しい時もある、嬉しいと思って喜んでいると、また、スッテンコロリンで悲しい境涯に行くという事で、さまざまの境涯を苦しみながら生きていくと、本当のものがどういう事で、偽物がどういうものかという事が少しずつ分かってくる。

そういう人生経験の結果、これは本当だ、この教えは本当だ、というふうに自然に考えざるを得なくなってくるものが仏道である。

だから仏道の話をする場合に「本物だから、信じなさい、信じなさい」なんて一言も言わない。ただ苦しい人生、嬉しい人生、嬉しいののか悲しいのか、よくわからないような人生の微妙な味わいと言うものに触れてくると、仏道の真実さというものが身にしみてくる。

 

 

 

 

まして世間の仕事は仏道修行の邪魔になると考えている人は、ただ一般社会には釈尊の説かれた教えが存在しないという事だけを知って、釈尊の教えには、一般社会の教えの介入する余地がないという事実をを知らないのである。

 

最近においては、大宋国に釈尊の教えや達磨大師の教えに通達した、馮と言う名前の重要な大臣がいた。

馮相公は後に詩を作って自分自身のことを述べた。

「公務の余暇には、坐禅を好んでやった。忙しくて横になって寝ることは甚だ稀であった。仕事もやり坐禅もやった結果、大臣の位になって、世間の仕事をしておるけれども、同時に釈尊の教えにおける長老としての名声も国全体に伝わっておる」と。

これは政府の要務に余暇のない身ではあったけれども、釈尊の教えをどうしても学びたいという気持ちが深かったために、釈尊の説かれた真実というものを得た例である。

この様な昔の例をいろいろ参考にして、現在の自分自身がどうかという事を考えてみるべきである。

 

当時の大宋国においては、国王、大臣、官史、庶民の男女等一切の人々が、いずれも心を、釈尊の説かれた教え・達磨大師の説かれた教えに留めないと言うことがない。また軍人も事務を行う役人も共に坐禅をして、釈尊の教えを学ぶことを心がけていた。そしてこの様に釈尊の教えを学ぼうと志した人は殆んど例外なしに、自分の心境をはっきりさせる事が多い。

この様な例からすると、一般社会の仕事が、釈尊の教えを学ぶ事において邪魔にならないと言う事が自然にわかってくる。

 

国中に真実の釈尊の教えが行き渡るならば、多くの真実を得られた人々が絶え間なくその国を守るところから、その国の政治というものがきわめて穏やかに行われる。政治が平和に行われれば釈尊の教えも広まる。

釈尊が生きておられた時代には、反逆の人々や釈尊と違う考え方の人々も、釈尊の教えを聞くことによって正しい教えを身につけることができた。

 

達磨大師の教団においても、狩人・きこり・漁師という普通の職業にたずさわっている人々も釈尊の教えを聞いて悟りをひらいたと伝えられる。それ以外にも様々な人が仏道を学び、それぞれが社会生活を送りながら、ただただ釈尊の教えを身につけた。正しい師匠を見つけてその教えに従って仏道修行をすべきである。

 

※西嶋先生解説        

この様に仏道がその国に広がるかどうかという事と、その国の政治がうまくいくかどうかというこ事とは密接な関係があると言う事が仏教思想。

だからそういう点では、国が治まることと、仏教思想が行き渡る事に関係がある。

なぜそうかと言うと、普通我々は右寄りの思想、あるいは左寄りの思想になりがちなんです。

これは人間がものを考えるとき、たいていはそうなる。

ある人は自分の頭の中だけで「これが正しい」というふうに思い込んで「こうでなきゃならん」ということで、一所懸命説く。ところがどっこいそういう考え方の人ばかりではない。

「そういう呑気な事を言っていたら、人からいい様に利用される、もっと利害損失だけを考えて、損をしない様に、損をしない様にやるべきだ」と言う考え方が世の中には多い。

 

この二つの考え方が一つの社会の中で生きているわけだから、「俺の方が正しい」「俺の方が正しい」と言って、どうしても争いが起きるのは当然なことであります。

我々の社会と言うのは大体右、左に考え方が分かれて、力づくで争うという場合が多い。

そういう場合には国は平和ではない。だから、もうちょっと真ん中に本当の教えがあるんだということが行き渡って、社会の多くの人々が、現実的な、真ん中の考え方と言うものを身に着けてくると、そう喧嘩はしなくなる。たいていの人の考えることがだいたい一致するから、「じゃ、それでいきましょう」ということになるわけです。だからそういう点では、仏道が盛んになるという事と、国が平和になる、国がうまく治まるという事とは密接な関係がある。

 

最近の学校教育でも、生徒が暴れまわっていても先生が抑えることが出来ないという例が多いらしい。

なぜそういうことが多くなるかというと、先生自身がどういう事が正しかということがわかっていないんだと思う。だから、生徒がおかしな事をやった場合に「そういう事をやっちゃ駄目じゃないか」ということを言えるだけの基礎をもっておれば、悪いと思った時にはすぐ注意する。そうすれば教えられる方も「ああ、そうか」と気がついて方向を変える事があるわけだ。ところが先生の方が、正しいのか正しくないのかわからんからほおっておく。

 

昭和20年以降、妙に人間の自由とか民主的とかという思想が広まった結果、子供はほっておけばうまく育つものだという考え方があるから、なるべく自由に、自由にと、ほっておこうと言う傾向が強くなると生徒の方は困ってしまう。どこまでやっていいのか、どこまでやっていけないのか、見当がつかない。そうすると、どうしても枠をはみ出してやりたい事をどんどんやる。先生の方じや「なるべくほっとこう」という事で、ほっておくうちにだんだん乱暴がひどくなって、今度は抑えようと思っても抑えが利かなくなる。そういう事情が今日の学校教育というものにあるのではなかろうかという感じがする。

 

そういう点では、正しさというものが各人の頭にないと、単に学校教育でもうまくいかない。

先生自身がどう教えなきゃいかんという基準をはっきり持っていないと、先生も困る、生徒も困ると言うふうなことがあり得る。

正しさというものの基準、あるいは正しい考え方というものが世間に広まっているか、広まっていないかという事が社会生活がうまくいくか、いかないのかのかなり大事な決め手となる。

 


とうていはく、この行は、いま末代惡世にも、修行せば證をうべしや。
しめしていはく、ヘ家に名相をこととせるに、なほ大乘實ヘには、正像末法をわくことなし。修すればみな得道すといふ。いはむやこの單傳の正法には、入法出身、おなじく自家の財珍を受用するなり。證の得否は、修せむもの、おのづからしらむこと、用水の人の冷煖をみづからわきまふるがごとし。
質問-15

この坐禅の修業は、現代の様な末代悪世の時代においても、修行をしたならば悟りを得ることが出来るでありましょうか。

※末代悪世について。

仏教には昔から、釈尊が亡くなってから500年間は釈尊の教えが盛んに行われ、その後の1000年間に釈尊の教えが衰えてくる。1500年たつと、その後は釈尊の教えが中々行われなくなるという言い伝えがある。この1500年たった以降を末代と言う。

 

仏道を理屈で教える師匠は、末法末世というけれども、実際の日常生活を通して仏道を学んでいこうとする大乗の教えにおいては、正法・象法・末法と言う様な時代を分けて、時代がたつと釈尊の教えが中々行われなくなるという考え方はしない。

坐禅の修行さえすれば、誰でも釈尊の教えが身につくと主張している。

まして釈尊以来、師匠から弟子へとただ一筋に伝えられたところの坐禅という正統な修行法においては、釈尊の教えに入ったり出たりして実際に日常生活を行うというそれぞれの場面においても、各人が自分自身の中にある宝物を受け取ってそれを使いこなすことである。

したがって、仏道修行における体験が得られたか否かは、実際にやることによって体験出来るものだ。

水を使う人が、冷たい水と温かい水とのけじめが直ぐつくのと同じである。

 

※西嶋先生解説

宗教とか仏教とかということを考えると、一般には偉い教えがあって、その教えを勉強して頭に入れると一切のものがわかってくるというふうな考え方があるけれども、仏道は単なる思想ではないので考えることがその出発点ではない。

坐禅をやっている時に身につくところの態度・状態が仏道の基本。

だから坐禅さえやっておれば体が変わってくる。坐禅によって仏と同じ体になる、仏と同じ心になる。

だからあれこれと努力する必要はない。

坐禅さえやっておれば、自然に仏道にかなった日常生活にならざるを得ない。

またそういう生活から出ようとしても、坐禅さえやっておれば出ないで済む。

これが仏道生活。

 

坐禅によって得られるさとりと言うものを特別の体験と考える必要はない。

坐禅をした時に各人が感じられるもの、それが仏の世界。

色々な考えが浮かんで来る事も坐禅の中身の一つ。

「何か考えているな」と気がつくまでは、だれでも何か考えておる。

「考えているな」という事に気がつかないうちは、考えをやめようという段階には入っていない。

そして「考えているな」という事に気がついても「考えをやめた」と思うと、また何か他の事を考えている。

「やめた」と思っても、また考えているというふうなことで、行ったり来たりの繰り返し。

それも坐禅、それもまた仏の姿。

そういう状態が坐禅の中身であって、もちろん非常に静かに落ちついて、ものを考えないと言う状態もある。

しかしそういう状態ばかりではない、ものを考えたり、考えるのをやめたりと言う様々の境涯全部が坐禅の中身。

 

だからそういう点では、坐禅をすれば誰でもが無念無想になる、無念無想にならなきゃならんというふうな事はない。

よく「無念無想、無念無想」と言いますが、この無念無想と言う言葉が坐禅を誤解させる。

無念無想なんていうのは我々は気絶した時とか、麻酔にかかっている時とか、寝ている時とか以外にはあまり経験しない。

我々は意識をはっきりさせながら坐禅をしてるわけだ。だから無念無想と言うふうな事はない。

 

ところがよく坐禅を勧める人の間では、「無念無想にならなきゃいかん」ということをいう。

そうするとみんな一所懸命になって、「無念無想、無念無想」と言う。

ところが一所懸命「まだか、まだか」という事で、いろんな方法でやってみるんだけれども、「どうも無念無想になりません」「どうも駄目だからあきらめた」ということが多い。

しかし坐禅と言うのはそんなもんじゃない。

無念無想なんていう必要がない。

ただ足を組み、手を組み、背骨を伸ばしてジ−ッとしておる時に感じられるもの、それが仏道の究極なのです。

 

だからそういう点では、あれこれと特別な考え方が出てくるという事ではなくて、坐禅をしておれば誰でもわかること。

その状況と言うものは、水を使う人が、冷たい水を使えば冷たいと感じ、温かいお湯を使えば温かいと感ずる、それと全く変わりがない、坐禅をやれば、それに従った体験と言うものは直ぐに得られると言っておられるわけであります。


とうていはく、あるがいはく、佛法には、卽心是佛のむねを了達しぬるがごときは、くちに經典を誦せず、身に佛道を行ぜざれども、あへて佛法にかけたるところなし。ただ佛法はもとより自己にありとしる、これを得道の全圓とす。このほかさらに他人にむかひてもとむべきにあらず。いはむや坐禪辨道をわづらはしくせむや。
しめしていはく、このことば、もともはかなし。もしなんぢがいふごとくならば、こころあらむもの、たれかこのむねををしへむに、しることなからむ。
しるべし、佛法はまさに自他の見をやめて學するなり。もし、自己卽佛としるをもて得道とせば、釋尊むかし化道にわづらはじ。しばらく古コの妙則をもて、これを證すべし。

むかし、則公監院といふ僧、法眼禪師の會中にありしに、法眼禪師とうていはく、則監寺、なんぢわが會にありていくばくのときぞ。
則公がいはく、われ師の會にはむべりて、すでに三年をへたり。
禪師のいはく、なんぢはこれ後生なり、なんぞつねにわれに佛法をとはざる。
則公がいはく、それがし和尚をあざむくべからず。かつて峰の禪師のところにありしとき、佛法におきて安樂のところを了達せり。
禪師のいはく、なんぢいかなることばによりてか、いることをえし。
則公がいはく、それがしかつて峰にとひき、いかなるかこれ學人の自己なる。峰のいはく、丙丁童子來求火。
法眼のいはく、よきことばなり。ただしおそらくはなんぢ會せざらむことを。
則公がいはく、丙丁は火に屬す。火をもてさらに火をもとむ、自己をもて自己をもとむるににたりと會せり。
禪師のいはく、まことにしりぬ、なんぢ會せざりけり。佛法もしかくのごとくならば、けふまでつたはれじ。
ここに則公懆悶して、すなはちたちぬ。中路にいたりておもひき、禪師はこれ天下の善知識、又五百人の大導師なり。わが非をいさむる、さだめて長處あらむ。禪師のみもとにかへりて懺悔禮謝してとうていはく、いかなるかこれ學人の自己なる。
禪師のいはく、丙丁童子來求火と。
則公、このことばのしたに、おほきに佛法をさとりき。
あきらかにしりぬ、自己卽佛の領解をもて佛法をしれりといふにはあらずといふことを。もし自己卽佛の領解を佛法とせば、禪師さきのことばをもてみちびかじ、又しかのごとくいましむべからず。ただまさに、はじめ善知識をみむより、修行の儀則を咨問して、一向に坐禪辨道して、一知半解を心にとどむることなかれ。佛法の妙術、それむなしからじ。
質問-16

「釈尊の説かれた宇宙秩序においては、現在の心がそのまま真実であると言う思想を完全に理解した場合には、経典を唱える事もなく、釈尊の教えを実践しなくとも、決して釈尊の説かれた宇宙秩序に欠けるところがない。元来、釈尊の教えそのものが自分自身にあるという事を知ることだ。

この様な考え方を自分の身につける事が真実を自分のものとする全てであり、これ以外にさらに他人に教えを聞いて勉強する必要はない。

まして、坐禅により真実を勉強する様な面倒な事をやる必要があろうか。」と言う人がいますが、この意見は釈尊が説かれた教えに適っているのでしょうか、どうでしょうか。

 

この発言は、甚だ頼りない根拠のない話である。

もしこの主張のように「現在の心がそのまま真実である」と言う思想を理解する事だけで足りるならば、誰でもこの教えを理解する自分の心と呼んでいるものがあるならば、誰でもこの教えを教わればそれがすぐわかるのであって、そのことがわからないという人があるはずがない。

はっきりと知っておかなければならないことは、釈尊の教えというものは、自分と自分以外のものを分別する見方をやめて学ぶものである。

もし「自分自身こそ真実そのものである」と言う理論を知る事が真実を得たということに合致するということであれば、釈尊は人を導くことに何のご苦労もなかったであろう。

この理論を頭の中で理解するだけでは仏道を理解した事にならないと言う関係を、過去における非常によく出来た説話を材料にして話てみよう。

昔、監院という役にあつた則公という僧侶が法眼禅師が指導している寺院にいた時に、法眼禅師が質問して言った。

法眼禅師問う。

則公、お前さんは私の寺に来てからどの位の時がたったか。

則公言う。

私はこの寺院に参りましてから、すでに三年たちました。

法眼禅師問う。

お前は全くの後輩だ。それなのにどうして常々私に対して、釈尊の教えとはどういうものかと質問をしないのか。

則公言う。

和尚さんに対して、私は嘘をつくわけにいきません。正直なことを言いますと、かって青峰禅師の寺におりました時に、釈尊の教えに関して安らかで楽しい境地というものを十分に会得いたしました。

法眼禅師問う。

お前さんは、どういう言葉で悟りというものに入ったのか。

則公言う。

自分はかつて青峰禅師に質問いたしました。

一所懸命、釈尊の教えを勉強している自分自身とは一体何でありましょうか。

青峰禅師が答えて言いました。

丙丁童子来求火(お前はすでに真実を得ているのにさらに真実を求めている)と。

法眼禅言う

なるほどいい言葉だ。しかし、おそらくお前はこの言葉の意味はわかっていないであろう。

則公言う。

解っていないなんてとんでもない。

丙も丁も火に関係があります。したがって丙丁童子来求火とは自分自身が火でありながら、さらに火を求めるという意味で、自分自身がすでに真実を得ているものでありながら、しかも自分自身を一所懸命見つけ回っているのだとちゃんと理解しております。

法眼禅師言う。

お前さんが解かっておらんと言う事がはっきりした。

もし釈尊の教えがそういう理屈だけのつまらんものであるならば、今日まで伝わって来ておらんだろう。

 

その様に言われた則公は「私がはっきり悟っているのに、こんな事を言われたのではかなわない」と、頭にきて寺院を出て行くつもりで即座に席を立った、しかし途中まで行ったところで考え直した。

法眼禅師は天下に鳴り響いた僧侶である。また五百人の僧侶を指導しておる大和尚である。

私の欠点を戒めるについても、必ず優れたところがあろうと考え、そこで再び法眼禅師のもとに帰った。

 

そして「先ほどは生意気言ってすみませんでした、大変失礼いたしました」と礼拝して謝りそして、

則公問う「仏道を一所懸命に勉強している自分自身とは、一体何でありましょうか。

法眼禅師言う「丙丁童子来求火」。

則公監院はこの「丙丁童子来求火」と言う言葉を法眼禅師から言われた時に、釈尊の教えが何かと言う事がわかった。

 

※西嶋先生解説

だから、釈尊の教えと言うのは、同じ「丙丁童子来求火」と言う言葉でも、中身が二つあるということ。

単に理屈の上で、AがB,BがCという捉え方をするのと、自分自身が行動の世界に入って、丸裸になって仏道を求めるということの違い。これが釈尊の教えの根本的な問題。

 

仕事の関係でいうならば、単に仕事の本を読んで知識を得たという事だけでは、仕事そのものとは別。

やっぱり自分で足を動かし、体を動かして、仕事そのものに取り組んでこそ、初めてそこに仕事があるわけだ。頭の中で「ああ、仕事と言うのはこういうものか、ああ、簡単なものだ」と感じて、そのままにしてしまえば仕事にならない。

自分自身で手を動かし、足を動かして、汗みどろになって働いて、初めて仕事があり得るわけだ。

そういう仕事の世界が現実の世界、我々の人生そのもの。

我々の人生そのものと言うのは、理屈の中で、頭の中で考えているというだけが人生ではない。

人生と言うのは、常に体を動かして何かをしていなきゃならん。

何かをしておるというのが人生。

仏道の教えには、こういう場面があるということが釈尊の教えの基本の考え方。

 

この事例から「自分自身が真実そのものである」と頭の中だけで理解するということでは、釈尊の教えがわかったということにはならないということがはっきり知れる。

もし「自分自身がすなわち真実である」と、頭の中だけで理解することが釈尊の教えであると法眼禅師が理解しておられたとするならば、法眼禅師は前に使っていた「丙丁童子来求火」と言う言葉をそのまま使って、則公監院を指導するという事はなかったであろう。

 

仏道修行と言うものは、高徳の僧侶にお会いして以降、「どのように修行をしたらよろしいでしょうか」と言う、その修行のやり方を質問して、ひたすら坐禅によって真実を求め、様々の理解と言うものは心にとどめておく必要がない。

その様な形で坐禅をして、形を通して仏道と言うものが何かということを実感するということをやっておりさえすれば、そういうやり方によって得られるところのものは、決して無駄にはならない。

決して空虚なものではない。

かならず実体として我々に仏道と言うものを教えてくれる。


とうていはく、乾唐の古今をきくに、あるいはたけのこゑをききて道をさとり、あるいははなのいろをみてこころをあきらむる物あり、いはむや、
釋迦大師は、明星をみしとき道を證し、阿難尊者は、刹竿のたふれしところに法をあきらめしのみならず、六代よりのち、五家のあひだに、一言半句のしたに心地をあきらむるものおほし。かれらかならずしも、かつて坐禪辨道せるもののみならむや。
しめしていはく、古今に見色明心し、聞聲悟道せし當人、ともに辨道に擬議量なく、直下に第二人なきことをしるべし。
質問-7

インドや中国の古今の様々な話を聞いてみるに、中国の香厳智閑禅師は、竹の音を聞いて仏道がわかった。

霊雲志勤禅師は、花の咲き乱れている情景を見て釈尊の教えが何であるかに気がついた。

まして釈尊は、ある朝、坐禅をしていて、明けの明星が西の空に輝いていたのをふと目にされた時に、自分自身も自分を乗せている大地も、またその大地に生きている草や木も、鳥も、獣も一切が真実を得た。

一切が仏になった。つまりこの世界がいかに素晴らしいかと言う事に気がついた。

阿難尊者は、寺院標式の竿が倒れた瞬間に釈尊の教えの何であるかという事に気がついた。

六祖大鑑慧能禅師以後、臨済・潙仰・曹洞・雲門・法眼の五宗の間では、ほんの僅かな言葉を聞いた瞬間に釈尊の教えの何たるかを悟ったという例が多いけれども、これらの人々の全部が全部、坐禅の修行をして仏道を明らかにした人々ばかりでしょうか。

 

昔から今日に至るまで、物質的な外界の世界を見る事によって仏道とは何かという事をはっきり把んだ例や、様々な外界の音を聞いて釈尊の教えを理解した人も沢山いるけれども、そういう人々に共通して言える事は、釈尊の教えを求める事において頭の中で色々と考えていなかったし、もう一人の自分と言うものが、現在の瞬間においていないということを知らなければならない

     

※西嶋先生解説

坐禅と言うのは、直下に第二人なし(もう一人の自分と言うものが、現在の瞬間においていない)状態に自分を持って行く修行とみて間違いない。

だから、この質問に対する答えとしても、確かに坐禅をやった人ばかりではないけれども、仏道の真実を窮めた人々に共通して言えることは、もう一人の自分と言うものが現在の瞬間においていない、素直に自分自身の本音が出てくるというのが仏。

別の言葉でいえば「まじめ」であるということも仏と同じ意味。

「まじめ」と言うのは、今日、漢字で書くと、真の面と書く。真の面と言うのは仏教用語で、坐禅によって得られるものが真の面、本当の自分自身ということ。

 

今日は、思想的にかなり仏道から離れておるから、まじめであるということは大体軽蔑の対象になっている。

「まじめ人間」と言う言葉があって、まじめ人間と言うのは、少しうすのろで、融通の利かない人間ということになっている。だけれども、まじめぐらい望ましいことはない。人間、まじめぐらい望ましいことはない。

自分自身の本質と言うものが素直に出ていて、滞りなく、せっせ、せっせと日常生活がやれるということが、まじめということ。真の面目、本来の面目ということが、真面目ということの意味であります。

 

だから、仏道修行をやる人は、何とかしてまじめになりたいと思って、一所懸命やっているわけだ。

ところが、まじめになるという事は中々難しい事で、人に「あいつはまじめ人間だ」と言って笑われるのが嫌だから、少し不真面目になっていよう、自分を偽って、少し程度を落として生きていこうという事も、人間の配慮としてはありがちな事。

そういうつまらん配慮をしているうちは仏道修行という事はない。

もっと真実に目覚めて、一所懸命くそまじめに、がつがつと一所懸命日常生活を送っていくということが仏道修行。

だからそういう点では、いわゆるまじめ人間になるということが仏道修行の狙いだとみて間違いない。

やっぱり世間そのものも、真面目であるということに価値があるという事が見直される時代が当然来なければならない。

仏教と言うものが盛んになっていけば、各人各人一人一人が真面目になりたいと思う。

本当の自分と言うものを発揮して生きたいと思うようになる。だからそういう点では、まじめになるという事が軽蔑されている時代と言うものは、必ずしも仏道が盛んな時代とは言えないという事が言えようかと思うわけであります。


とうていはく、西天および~丹國は、人もとより質直なり。中華のしからしむるによりて、佛法を化するに、いとはやく會入す。我朝は、むかしより人に仁智すくなくして、正種つもりがたし。蕃夷のしからしむる、うらみざらむや。又このくにの出家人は、大國の在家人にもおとれり。擧世おろかにして、心量狹少なり。ふかく有爲の功を執して、事相の善をこのむ。かくのごとくのやから、たとひ坐禪すといふとも、たちまちに佛法を證得せむや。
しめしていはく、いふがごとし。わがくにの人、いまだ仁智あまねからず、人また迂曲なり。たとひ正直の法をしめすとも、甘露かへりて毒となりぬべし。名利におもむきやすく、惑執とらけがたし。しかはあれども、佛法に證入すること、かならずしも人天の世智をもて出世の舟航とするにはあらず。佛在世にも、てまりによりて四果を證し、袈裟をかけて大道をあきらめし、ともに愚暗のやから、癡狂の畜類なり。ただし、正信のたすくるところ、まどひをはなるるみちあり。また、癡老の比丘默坐せしをみて、設齋の信女さとりをひらきし、これ智によらず、文によらず、ことばをまたず、かたりをまたず、ただしこれ正信にたすけられたり。
また、釋の三千界にひろまること、わづかに二千餘年の前後なり。刹土のしなじななる、かならずしも仁智のくににあらず。人またかならずしも利智聰明のみあらむや。しかあれども、如來の正法、もとより不思議の大功コ力をそなへて、ときいたればその刹土にひろまる。人まさに正信修行すれば、利鈍をわかず、ひとしく得道するなり。わが朝は仁智のくににあらず、人に知解おろかなりとして、佛法を會すべからずとおもふことなかれ。いはむや、人みな般若の正種ゆたかなり、ただ承當することまれに、受用することいまだしきならし。
質問-18

インドにおいても中国においても、人間が元来質朴であり素直である。これはいずれも文化の中心国であるためであり、これらの国の人々は、釈尊が説かれた宇宙の秩序を教えて指導すると、非常に早く理解し仏道に入る。ところが我が国は、昔から人に対する情けも乏しいし、ものを理解する智慧も少なくて仏教を理解する上での正しい素質というものが中々具わりにくい。これは我が国が中国やインドに比べると、まだ文化の進んでいない野蛮な国であるためであって甚だ残念なことである。

 

また日本の僧侶はインドや中国の一般社会で働いている人にも劣っており、社会全体が愚劣で智慧が発達しておらず大きくものを考える事が出来ない。

人に褒められたいとか、金儲けに執着してやる行いというものが好きで、人に目立つような善を好む。

こういう人々が仮に坐禅をしてみたところで、即座に釈尊の説かれた宇宙秩序を体験し、それを自分のものにすることがあろうか。

    

※西嶋先生解説     

道元禅師の生きておられた鎌倉時代には、わが国よりもインドや中国の方が文明が進んでおったというのが実情。だから道元禅師も、日本における仏道だけでは満足がいかないということで中国に渡られたわけであります。

そういう歴史的背景があって質問-18は理解できる。

 

なるほど、お前の言う通りだ。わが国の人々は、人に対する情けも物事を理解する智慧もまだ十分ではない。

人がまだ素直でなくて、いろいろと曲りくねったものの考え方をする。真っ直ぐな直接の釈尊の教えを示したとしても、かえって人々にとって災いとなってしまう事もあり得る。そして名誉や利得と言うものには、すぐついて行って一所懸命やるけれども、惑いや執着というものから開放されると言う事が難しい。

釈尊の説かれた宇宙の秩序を体験し、その中に入っていくと言う事は、必ずしも世間一般の知恵というものが基準になって教えの中に入っていくわけではない。

社会生活においてどうであろうという事とは関係なしに、仏道には仏道に対する入り方がある。

 

例えば、釈尊の生きておられた時代に、年少の僧侶からも馬鹿にされていた年を取った愚暗の僧侶がいた。

ある日若い僧侶がその年寄りの僧侶を馬鹿にするつもりで、暗い部屋に坐らせ毬でその僧侶の頭を打って、一つ打っては「最初の悟りはお前の頭に入った」、二つ打って「よし、二番目が入った」、三つ打って「三番目が入ったぞ」、四つ打って「もう全部入ったぞ」とからかった。

ところがその年を取った愚暗の僧侶は、毬で頭を四回打たれ、本当に釈尊の教えが自分に入ったと信じ込んだ。そのことが釈尊の教えを悟る機縁となって、修行による成果を全て得てしまった。

これは、世間的な知恵(頭がいいとか、悪いとか)が、釈尊の教えを身につける事の原因にはならないと言う例である。

 

また、別の例として、遊女が尼のところに遊びに行って「尼さんが着ているお袈裟を着てみたいので貸してください」と言って、冗談のつもりで袈裟をかけた。この事が原因になって、その後その遊女そのものが尼になって、仏道修行をして悟りを開いたという話も伝えられている。

これらの例は、正しい信仰に助けられると迷いから離れていく方法というものがあるという例である。

 

また別の例として、正式の食事で僧侶に供養しようとした在家の女子が、愚暗の年を取った僧侶が一人で黙然と坐禅をしていたのを見た事によって、仏道の何たるかを体得したと伝えられている。

この例もその在家の女子に智慧があったわけではない。経典が読めて、経典の意味が解かったという事でもない。だれか偉い人から教えを受けて悟ったという事でもない。言葉による教えによって悟りを得たという事でもない。まさに正しい信仰というものに助けられて、仏道に入ることが出来たのである。

           

また釈尊の教えが、この我々の住む広大な世界に広まって以降も、わずか2000年ちょっと経っているに過ぎない。しかも国土は様々であって、必ずしも仁智(慈悲心や智慧に富む)国ばかりではない。

また人々も必ずしも智慧の優れた聡明な人ばかりであろうか。

しかしながら釈尊の正しい教えは、元来私たち人間の頭では考えも及ばない様な偉大な力を具えていて、時期が到来すると必ずその国土に広まるものであり、人は正しい信仰を持って修行を行うならば、頭がよかろうと、頭が悪かろうと、坐禅をするならば仏道というものはその場でわかる。

 

我が国において、そこにいる国民は、情けの心が少なく、頭もよくないと考え、そこにいる人間は知識も不十分だし、理解力も不十分だと考え、釈尊の説かれた教えを理解する事が困難だと言うふうに考えてはならない。

まして人には、誰でも般若(正しい智慧)の素質が豊かに具わっていると言うのが基本的な仏教の考え方である。我が国でいまだに仏教が栄えないのは、経典の研究はたくさん行われているけれども、坐禅をやって「仏道とは何か」という事を自分自身の体全体で体験する事がないからである。仏道というものを坐禅によって受け取り、それを日常生活に生かして使うことが、まだ不十分だということに過ぎない。


さきの問答往來し、賓主相交することみだりがはし。いくばくか、はななきそらにはなをなさしむる。しかありとも、このくに、坐禪辨道におきて、いまだその宗旨つたはれず、しらむとこころざさむもの、かなしむべし。このゆゑに、いささか異域の見聞をあつめ、明師の眞訣をしるしとどめて、參學のねがはむにきこえむとす。このほか、叢林の規範および寺院の格式、いましめすにいとまあらず、又草草にすべからず。
おほよそ我朝は、龍海の以東にところして、雲煙はるかなれども、欽明用明の前後より秋方の佛法東漸する、これすなはち人のさいはひなり。しかあるを名相事緣しげくみだれて、修行のところにわづらふ。いまは破衣裰盂を生涯として、巖白石のほとりに茅をむすむで、端坐修練するに、佛向上の事たちまちにあらはれて、一生參學の大事すみやかに究竟するものなり。これすなはち龍牙の誡敕なり、鷄足の遺風なり。その坐禪の儀則は、すぎぬる嘉祿のころ撰集せし普勸坐禪儀に依行すべし。
曾禮、佛法を國中に弘通すること、王敕をまつべしといへども、ふたたび靈山の遺囑をおもへば、いま百萬億刹に現出せる王公相將、みなともにかたじけなく佛敕をうけて、夙生に佛法を護持する素懷をわすれず、生來せるものなり。その化をしくさかひ、いづれのところか佛國土にあらざらむ。このゆゑに、佛祖の道を流通せむ、かならずしもところをえらび緣をまつべきにあらず、ただ、けふをはじめとおもはむや。
しかあればすなはち、これをあつめて、佛法をねがはむ哲匠、あはせて道をとぶらひ雲遊萍寄せむ參學の眞流にのこす。ときに、
喜辛卯中秋日 入宋傳法沙門道元記

辨道話

 

上に述べた18問答のやり取りは、質問、答、質問、答と言う形で、何回も問答を繰り返したために、なかなか複雑になってわかりにくかったと思う。

本来、説き尽くす事の出来ない現実というものを「言葉」を使って、何回となく空しい努力を試みた感がないでもない。

しかしながら、この日本では坐禅によって釈尊の教えを探求するという点に関しては、まだその基本思想が伝わってきておらず、これを知ろうと志すものは、それを教えてくれる人がなかったならば悲しく思うことであろう。

 

このような理由から、自分(道元)が多少とも外国に行って見聞きして来たところを集め、仏道について明るかった師匠の方々の本当の中心的な秘訣というものを書き記して、本当の仏道を勉強してみたいという念願を持っている人々に知らせたいと考える。

これ以外の寺院生活をしていく上での規則や寺院における様々な取り決めについては、今書き記す時間の余裕がない。また寺院における規則や定めについては、軽率に急いで十分に時間を取らずに書き記すものではない。

 

総じて我が国は大海の東に位し、インドや中国から見ると雲や煙を隔て非常に遠い国ではあるけれども、欽明天皇、用明天皇の時代の前後から、仏教が西方から伝わってきた事は日本の人々にとって幸せな事であった。

しかしながら、頭で考えた事や見聞きした事についての哲学論議は盛んであったけれども、実際の修行を一体どうすればいいのか見当もつかなかった。

ところが今は、自分(道元)が中国から坐禅というものを持って来た。

 

したがって、破れ衣をまとい、粗末な食器を自分の生涯の唯一の友として、自然の環境の中において茅で粗末な家を建て、その中できちんと坐って坐禅による修行をする事により、単に釈尊の教えがわかるという事だけではなしに、さらにそれを基礎にしてますます向上していくという生活がたちまち具体的なものになって、自分の一生をかけて仏道を勉強してみたいという大事業が即座に究極の目的に到達してしまう事態となるのである。

これこそ竜牙居遁禅師の残された尊い教えであり、摩訶迦葉尊者の遺風である。

その坐禅のやり方については、自分(道元)が中国から帰国した嘉禄の年代に編集した「普勧坐禅儀」に依って、出家人も在家人も修行すべきである。

 

元来仏法を国中に広めるにあたっては、国王の命令を待ってすべきであると一般に言われているけれども、あらためて釈尊の残された教えを考えてみるに、沢山の国々の国王、王子、大臣、大将等、様々な人々がいずれも有り難いことには釈尊の直接の命令を受けて、かつての時代における仏法を守り保持しようとする本来の志を忘れず、現在に生きてこられたものである。その教化の及ぶ場所は、一つとして釈尊の支配していない国はない。

 

この様な理由から、釈尊の説かれた教えを広く行き渡らせるという観点からすれば、必ずしも場所を選んだり、客観情勢の熟するのをまったりする必要はない。今日が最初、今日が出発点と言う考え方で、くじけず努力して行く以外に我々の人生はない。そういう考え方から、外国で見聞きしてきたところを拾い集めて、釈尊の説かれた宇宙の秩序をどうにかして得たいと考えている優れた師匠や真実を求め雲や浮き草のようにあちこちと諸国を遍歴して、仏道を勉強したいと考えている真の求道者にこの教えを残す。

 

「正法眼蔵弁道話」

1231年旧暦815

 宋の国に行き釈尊の教えを日本に伝承して来た

 僧侶である道元が書き記した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参考資料

―西嶋先生にある人が質問した―

質問 鈴木大拙という方は、臨済宗なんですか。

先生 臨済系の方ですね。

質問 先生は鈴木大拙をどういうふうに評価しておられますか。

先生 あの方は、臨済系の坐禅を勉強されて、それからアメリカに行かれて、アメリカ人を奥さんにして、そして共同作業で仏教を英語で説明されたわけですよね。ですから非常に英語の語学力は優れておったということが、鈴木大拙さんの仕事が大きく世界に影響したことの一つの原因だと思うんですが、思想内容については、仏道であるかどうかということについて、私は疑問を持っています。そのことはどういうことかと言うと、いわゆる頭で考えた、一つの思想として仏道を捉えておるということ。

だから鈴木大拙さんの話では、結局、究極のものとして、無とか、日本的霊性とか、東洋的無とかということを床の間に上げておくわけですよ。

で、「あれが尊いんだ、あれが尊いんだ」ということを言うわけだけれども、「じゃ、それは何なんだ」と言うと「それは何もないんだ」ということを言われる。そういうものが東洋思想であり、仏教思想だという説き方ですけれども、それではわからん、人生問題の解決につながらんというふうに私は考えております。

だから、向こうの人は流暢な英語でそういう思想が書いてあると、「これが仏道か、これが東洋思想か」というふうに理解した人が多いと思うんですよね。そのことが仏教に対する期待を生み、東洋思想に対する期待を生んだということ、これははっきり言えると思います。ただそれと同時に、本当に仏道と言うものを世界の人に提供しえたかどうかという点になると、私は必ずしも仏教の普及に役立ったという感じは持たないんですね。むしろ世界の人に仏教を誤解させる原因になっていなければ幸いだという感じを持つわけです。

この様な理由から、たった一人の人が僅かな時間にやる坐禅であろうとも、宇宙の一切と一体になり、諸々の時間と円満に通じているので、この無限の宇宙の中で、過去、現在、未来に亘り、常に絶えることのない永遠に続くところの釈尊の教化を行い、釈尊の教えを実際に自分の行動として行うのである。

あの人のやる坐禅も、この人がやる坐禅も、一人一人の坐禅が、いずれも全く同じように釈尊と同じ修行をすることであり、釈尊と同じ体験をすることである。

ただ坐禅をしている時だけがそういう状態になるのではない。坐禅が終わった後でも、坐禅をした時の影響と言うものが、鐘の音がご−んと響きつづけるのと同じ様に長く続く。そしてさらに、今述べたこの場所だけの問題に尽きるものではない。この世の中にあるあらゆる事物が、いずれも本来の姿を現し、机は机らしく、柱は柱らしく、畳は畳らしく本来の作用を発揮しているのであって、その実体と言うもを想像してみても、単に頭の中だけで考えようとしても考え切れるものではない。

銘記せよ。

この世の中における無数の真実を得た方々が力を合わせて釈尊と同じような智慧を持って、たった一人の人が坐禅をしている時の効果とはどういうものであろうかと想像しようとしても、それは出来るものではない。

 

―西嶋先生にある人が質問した―

質問 臨済系の方の道元禅師への批判を見ると、道元禅師は禅宗に本来本質的に具わっている狂(風狂)と言うものが理解できなかったんじゃないかと言っていますけれども、道元禅師は風狂と言うものが禅にとって本質的なもの、あるいは必要なものだという風に考えられたんでしょうか。

 

先生 そういうものは全然考えておられなかったでしょうね。

質問 そうすると、一休禅師の生き方なんていうものは、道元禅師は全然理解できなかったと。

先生 ええ。一休禅師の生き方が本当の仏道かどうか、むしろ疑問だと言えると思う。

質問 「臨済録」に普化という有名な気違いじゃないかと思う様な坊さんが出て来るんですが、ああいうものに対して、臨済禅を批判しようなんて言うのは、やっぱりそういう狂の面を全然受け入れなかったという点にあるわけなんですか。

先生 普化禅師についての批判はちょっと見かけなかったと思いますが、しかし臨済禅師とか、徳山宣艦禅師に対しては、「荒々しいことばかりやって、本当の事がまだよくわかっておらん面がある」というふうな批評はされておりますね。だから、風狂と言う様なものについても、例えば狂っておれば人生問題の解決にはならんということ。だから風変わりな事をやっていて、世間並から外れたことをやって、「これが仏道だ」と言う考え方は、釈尊の教ではない、と言う理解の仕方をされておったと思いますね。

だから風狂と言う様な事については、全然問題にしておられなかった、取り上げられなかったという事が言えると思います。

もっとそれよりも、人間の本質に根ざして、「どういう生き方が本当か、どういう生き方をしなきゃならんか」と言うふうな基本問題を追及されたということです。

よく中国の仏教関係では、棒で殴ったとか、「喝」と言ってどなったとか、そういう様な事がありますけれども、それにはそれなりの意味があるという程度の事しか道元禅師は説いておられない。

「正法眼蔵」の中でそういうふうな例話がいろいろ出てきますけれども、基本的な考え方は、ちゃんとそういう問答も理論があって理解できるものだのだと。

だからそういう何もかも理解を超越したでたらめな事をやって、それが仏道だというふうな事は非常に理解の仕方が青臭い、ということをあっちこっちで言っておられますね。そういう関係だと思います。

 

 

―西嶋先生にある人が質問した―

質問

お盆になりまして、いろいろお参りすることが世間にはいっぱいありますね。それからこのあいだ地鎮祭がございました。そういうようなことは、道元禅師の考え方からいたしますと、みんな迷いの現れみたいに見えますね。

 

先生

ただそういうふうにああいう問題を捉えるべきかと言うと、必ずしもそうではないと思います。

それはどういうことかと言うと、人が亡くなった場合に、亡くなった人がどう考えておるか、どうあるかは別として、失った人々は心の悩みがあるあるわけですよね。そうすると霊送りもしたい、あるいはお盆の行事もしたいというのは、これは生き残った人の自然な気持ちとしてあるわけですよ。それが仏教とどう関係があるかと言う様な事は別にして、我々の人間社会における習慣として、習俗としてそういうものがあった時に、「あれは本当ではない、けしからん」と言う風な事は考える必要がない。

 

それから地鎮祭の問題については、私なんかはあれは宗教的な問題ではないとみている。つまり、神主さんがやってきて、なんだか意味の分からんことを言って紙切れを振り回すことが宗教と関係あると言ったら、関係はありませんという見方ですね。

だからどんな形でやろうといいんだし、それに列席すれば、まじめくさって立っていればいいんだし、ああいうことと宗教問題とが関係あると考える方がおかしい。だから「あれは宗教なりや、宗教にあらず」と言う論議そのものは甚だおかしいんで、私は「宗教にあらず」と言う判決も納得できるような気がする。

ああいうものはもう宗教と無関係だと考えてもいい。

どんなことをやろうと、それは人間社会の習俗であって、我々の本当の信仰の問題と密接な関係はないということ。ああいう式に列席したから、お釈迦さんに対して義理が悪いということはない。

だからああいうものは適当に、社会の習慣に任しておけばいいというだけのものだと思います。

 

 

―西嶋先生にある人が質問した―

質問 現在の日本の葬式と言うのは、本来の仏教からするとあまり関係ないものなんですか。

先生 ええ、私はそう思いますね。ただ人間社会と言うのがありますと、死者が出た場合に必ず何らかの葬儀をするというのは、何処の国にも共通してありますよね。だからそれがたまたま日本の場合、仏教と結びつけるわけであって、仏教と特に結びつくべきものだということではないと同時に、死者が出た場合に何らかの葬式をしなきゃならんということ、しなければおさまらないということも事実ですよね。

 

質問 道元禅師は「焼香、礼拝、念仏は観念にすぎぬ」と書いておられるんですけれども、道元禅師がおられるときはこういう事やめちゃって、全然やらなかったんですか。

先生 いや、そうではございません。礼拝なぞもやっておられますし、それから「正法眼蔵」の他のところで、焼香を誰がやるとかということを事細かに書いてありますから、そういう習慣をやめられたということではないんです。ただ何が大事かと言えば、他の事はやめても坐禅はやめるべきではない。坐禅をやめたら仏道がなくなる、しかし他の事はやめても仏道はなくならんと、そういう理解の仕方ですよね。

―西嶋先生にある人が質問した―

質問

法名とか戒名とかと言う、あれはどういう意味があるんでしょうか、本名と違うと功徳が違うんじゃないかなんて言う人があるんですね。それを考えなきゃいけないんです。どこへ置こうか。

先生

私は、打ち割った正直な事を言えば、あれはやっぱりお寺さんの営業政策だと思いますね。つまり、戒名をつけることによる労動力は、きわめてわずかなんです。そうして、報酬はめっぽう高いんですよ。今、戒名と言うのは10万とか20万とかするんでしょう。だから紙っ切れにサラサラっと何字か書くだけで、何十万と言う収入得られる行為と言うのは、非常に少ないと思いますよ、こういう時代にあって。まあそういう事を別にして徳川時代からあった事ですから、もっとそれ以前からあった事なんでしょうから、日本の歴史の中でだんだんに培われてきたことではあると思うんですよね。

だけれども、宗教としての仏教とどれだけ関係があるかと言うと、あんまり関係ないという風に見ていいんだと思いますよ。ただ人が亡くなった時に「迷ってもらっちゃ困る。なるべくいいところへ行ってもらいたい」と思っているやさき、お寺さんに「このくらいの名前をつけなきゃだめだよ」と言われれば、やっぱり「いやお金が惜しいから、やめときます」と言うわけにはいかんと言う人情はありますよね。

 

 

―西嶋先生にある人が質問した―

質問

道元禅師はサンガ(僧の集団)としての、永平大清規とか規律を重んじられましたね。良寛さんや山頭火みたいなのが、禅と言うのか、あるい規矩に沿った生活をきちっと機械的にやっていくというのが、僧の生活なのか、その辺がどうもよくわからないんですけど・・・・。

 

先生

今の質問、問題が二つあると思うんで、一つは寺院で規則をきちっと守る事と坐禅とどういう関係があるかということ。

もう一つは山頭火とか、良寛さんの生き方と、それから寺院なり、社会生活との関係はどうか。

こういうことの二つだと思うわけですが、最初の問題については、坐禅をやった心境から生まれたものが規則なんです。永平清規と言うのは坐禅から生まれたんです。そのことはどういうことかと言うと、坐禅が終わって僧堂から出た、その坐禅をやった時の気持ちなり体の状態が残っておれば、履物をきちんとそろえるとか、人に出会ったら会釈をするとか、自然にそうなるという関係ですよ。だからきちっとやるのと坐禅とはどうも性格が違うじゃないかということじゃなくて、むしろ坐禅を徹底的にやれば、規則正しい日常生活を送るということにならざるを得ない。だから永平清規と言うものと坐禅の体験とは全く同じものだ。同じものから出てきた、同じものでしかないということが言えると思います。

 

次の問題として、良寛さんとか山頭火をどう考えるかという問題だけれども、私は山頭火と言う人はよく勉強していないけれども、チラッチラッと山頭火の俳句を読んだり、人のしゃべるのを聞いていて、あの人は人間失格じゃないかと言う捉え方をするね、正直言って。たとえば太宰治の小説ね、私はこれもあんまり読んでないけど、ほんのちょっとあの人の小説を読むと、何か奈落の底に引きずりこまれていくような、どうにもならないような破滅型のあれなんだな。ああいうことが人間の望ましい形かどうかということになると、私は非常に疑問に思う。山頭火にしてもそういう点で、ちょっと甘えがあるんじゃないかという感じを持つしね。

 

ただ良寛さんについては、良寛さんの生きた時代と言うのは封建社会なんだよね。で、あの人は出雲崎の名家の息子で、若い時に跡取りをさせられるわけだよ。ところが非常に純粋な人だったから、賄賂なんか使う手を知らんわけだな。そして、次に位する家柄のところに、例えば商業の管理や何かを取られちゃうわけ。良寛さんはそれが残念とか、俺はもう一旗揚げようという気を起こすよりは、ああいう連中と一緒にやるのは嫌だという感じを持ったんだろうね。だから出家の動機と言うのも、そういうことと関係してくるかもしれない。

それで、封建社会との関係からすれば、我々は今非常に恵まれた社会に住んでいるわけでね、封建社会と言うのはとにかく「おぎゃ-」と生まれたら、もう一生その社会的立場がついて回るわけだから。そうすると多少人間らしい生活をしようとすれば社会生活を外れざるを得なかったのかもしれない。あの時代には。だからそういう点では、良寛さんなんかの生きた時代と言うのは現代とは若干違う様な気がするな。

 

質問

いま先生がおっしゃる様に、坐禅をやってればおのずから戒律に伴う行動もとれると思うんですけど、ただサンガとしての社会生活を営むために、一つにはそういう体系が出来たんじゃないかということ、禅と言うものはやっぱり自由を求めてると思うんですよ、心の中の自由と言いますかね。

 

先生

うん、そこが一つ問題なんだな。それで坐禅と言うのは、自由を求めているだけではないんだな。不自由も求めてるんだな。と言うのは、我々の望ましい姿と言うのは、自由だけではとてもかなわないんだよ。不自由もなきゃいかん、不自由と自由と両方、共在するところに法(宇宙秩序)があると考えていいと思う。だから単に「自由だ、自由だ」ということで、駅のベンチで明け方まで寝てしまう様な、ああいう形だけが人間のあり方として本当に望ましいかどうかという問題がある。だから坐禅と言うものが求めるのは自由だけでもない。不自由も求めるんだと。自由とも、不自由ともレッテルの貼れないものを求めるということがあると思います。

 

―西嶋先生にある人が質問した―

質問

我々は百年ぐらいしか生きないわけですね。人によっては自分の子供や孫にまで好ましくない影響を及ぼすと言う様な例もありますが。まあ情けない話ですけれども、そんな点はどんなふうに考えたもんでしょうか。

 

先生

そういうふうな考えはあり得ると思いますね。自分自身は消滅していくわけですけれども、しかし子供、孫の形で残っていくと言えると同時に、我々自身がもう無限の過去からの生命の繋がりですよね。我々は両親から生まれたことは間違いないんだけれども、その両親もまたさらにそれぞれの両親から生まれているわけです。その前もまた同じと言う様なことになると、我々の祖先というのは一体どの辺で終わりになるかというと、全然終わりにならん。

 

ダ−ウィンの説によれば、アメ−バのところまでさかのぼらなければならない。各人、誰でもそうです。

我々はふつう自分の親、せいぜい爺さん、婆さんぐらいまでしか頭の中に残っていないけれども、各人の生命は無限の生命。だからそういう点になると、子供として残っていくというふうなことも、一つの考え方であると同時に、またそれが子供として残らなくても、自分自身が過去からの永遠の生命を担ってきて、百年たらずの生涯を一所懸命生きたという事実、これは永遠に残る事実。

永遠のフイルムの中に刻み込まれるという事が言えるわけです。だから我々の人生というのは、子孫が残ろうと残るまいと、我々の一生は永遠だという事も言えるわけです。

                                 

質問

そうすると、あまり死んだ先のことまで考える事ないですね。

先生

ええ。人間というのは死んだ先のことまで考えるなんて能力はないんです。自分で考えてるツモリになってるだけで。()

 

質問

そうすると、現在の一日一日を一所懸命にやっておればよいという事になりましょうか。

先生

ええ。 だから我々の人生というのは、与えられた瞬間を一所懸命に生きる以外に手はない。

その事は、はっきり認識するかしないかが大事なところ。 ところが我々は、普通そうは考えない。

「そのうち金でもためて、立派な家でも建てて」と言う様なことを考えるわけです。

「地道なことをやってては、中々それはできないから少しずつずるい事をやって」という様な事を考えるわけです。

しかしそれは考えているだけの事で、我々に与えられた瞬間を、忠実にコツコツ、コツコツ生きていく以外に我々の人生というのはない。

だから我々の脳細胞はいろんなことを考えることが出来るから、将来、死んでからどうなるだろうと言う様なことを色々心配するけれども、自分の頭の中で心配しているだけで、本当の将来が考えられるかと言ったら、そんなのは全然考えられない。

考える能力がない。 自分で考える能力があると思って、一所懸命に悩んでいるだけ。 それが実情だと思う。

 

質問

非常に皮肉な見方の様な気も致しますが。

 

先生

いや、しかし事実はそうだ。(笑い) 我々の思考能力というものは、そういう線までは及ばないんですよね。

だから仏教で「却下を照らせ」、足元を見つめろと言うのはそういう事。

「死んでからどうなりますでしょう」って言うんで心配したって、それは頭の中でエネルギ−が活動しているだけのもんで、現実の問題とは全然関係ない。

だからそれよりは、自分の足元を見つめて、いま何をするかという事を考えるべきだという事にならざるを得ない。

ところが中々そういうところに到達しにくいんですね。 我々の常識的な考え方からすれば。

 

一所懸命仕事をするよりは、寝転んで「さあ、金もうけの口はないかな」と思って考えている方が楽だし、その方が我々にピッタリしているという感じもあるわけです。

だけれども、我々の人生とは、それほど呑気なものではないというのが釈尊の教え。

我々の人生は、瞬間瞬間どんどん、どんどん、蝋燭が燃え尽きていくみたいに割り当てが減っていくわけだから、その割り当てが減っていくという事実を見つめて、じゃどう生きなきゃならんかという事が仏道修行という事ですね。

だから仏道修行とは、非常に常識的なごく当たり前の教えだという事です。

ところが我々は、普通は、ごく当たり前の事実というものを見つめないで、うわの空で色んな事を考えて、喜んだり悲しんだりして、割り当ての100年を終わってしまうわけです。 まあ早い人は、560年で終わりになるし、いつ終わるかわからない。 私でも、明日死ぬかもしらん。 人間の生命とはそういうもの。

「あと10年は大丈夫」なんてわけにいかない。 そうかと思うと、ウロウロしていると、20年も30年も生きるかもしれない。

 

次の質問は魂の問題です。仏教という思想を考える場合、死んでから魂はどこかへ行ってまた生き続けるという考え方が多い。仏教と言うのはそういう考え方を信じているから、お葬式を出すときには、お寺さんが来て、お経をあげてくれる。お経をあげると迷っている魂がどこかにちゃんと落ち着いて成仏するという信仰が非常に強い。

ところが道元禅師は、仏教の考え方はそういう考え方ではないということを非常にはっきり持っておられた。

 

―西嶋先生にある人が質問した―

質問

人間の生き死にをどう対処すべきか。

先生

生死というのは、永遠だとか永遠でないとか考えているような呑気な問題じゃない。

現実の一日一日、瞬間瞬間だと。

それじゃやみくもに勝手放題にやって用が足りるかというと、勝手放題にやれば自分自身が苦しむ。

そうすると苦しまないような形で、しかも毎日がうまくやれるためにはどうするかという事。

そうすると何らかの基準に従って生きるしかない。

私の話はいつも「坐禅」のところに行っちゃうから、みなさん、耳にタコが出来てどうも面白くない、もうちょっと慰めのある話をしてくれないかという事になろうかと思うけれども・・・・。

 

質問

そうすると、結局終わりの方は、つまり生き死にをありのままに受け止めて・・・・。

先生

そういう事です。生き死にという問題にも、ありのまま真正面からぶつからざるを得ないだろう。

それで一所懸命やるだけだ。

それ以外に生き死にの問題を解決する方法なんてありえない。

死んだら阿弥陀さんがお迎えに来ますよなんていうのは、当たっているかどうかわからん、はっきり言えばそういう事ですよ。ところが、阿弥陀さんのお迎えに一所懸命というふうな考え方もあり得るからね。

そういう考え方で、「ああ、もう安心した、これで大丈夫だ」と思えば、それはまあそれでいいのかもしれませんけど、しかし人によっては「本当にそうかな」という考え方の人もあり得る。

だから、そういうふうな次々いろんな考え方をする人のために納得のいくような考え方という事で、釈尊が出られたと考えていいと思うんですよね。

 

―西嶋先生にある人が質問した―

質問

先生のご専門の四諦論から、今の国際情勢をご説明願えますか。

 

先生

四諦論、つまり仏教では四つの考え方(苦諦・集諦・滅諦・道諦)で問題を考えていくということをやるわけだ。だからその点の最初の考え方(苦諦)と言うのは、一番望ましい形はどういうことかと言う考え方。

そうすると国際的な考え方にしても、各人が平和を愛好して、お互い仲良くやっていくということが、一番最初の望ましい形として当然出てくるわけだ。だから平和を大切にするという事が最初に出てくる。

ところが、現実はそう甘くない。よその国が「平和、平和」と考えてくれれば問題はないわけだけれど、本音と建前の考え方からすれば、国際会議では「平和が望ましい」ということを言っていても、「相手にやられちゃ大変だ」という気持ちがあれば、否応なしに軍備に一所懸命金をつぎ込まなきゃならん。

今日どこの国も軍備のために相当の金をつぎ込んでおる。それはどういう事かと言うと、相手の国が信用できないから。つまりアメリカにしてもソ連にしても、他の国が本当に平和を愛好しているかどうかということがわからんわけだ。そうすると平和を保つためには軍備をしっかりしなきゃならんと言う問題がある。だから単に「平和でなきゃならん、平和でなきゃならん」と言って、お題目を唱えているだけでは問題の解決にはならない。

 

8月が近づいてくると、例の原水爆禁止運動と言う様なのが盛んになるわけだけれども、原水爆を禁止するということで平和が訪れるならば、人間誰も苦労はしない。「原水爆を禁止しよう、禁止しよう」と言ってみても、各国家がそれぞれ自分の利害関係を持っている以上、そういうお題目だけで平和問題が解決するとは到底考えられない。そうすると今度は逆に、軍備と言うものが現実に存在して、お互いにそれで競り合っておるという現実そのものをよく見るということ、これも大事です。

国際問題を考えていく上において、アメリカの軍備がどこまで進んでいるか、ソ連の軍備がどこまで進んでいるか、今やればどっちが勝つかと、こういう数量的な計算と言うものは非常に大切な事。そういう現実と言うものを裏面からよく見るということも、平和問題と言うものを考える場合には非常に大切な事。これが第二番目の態度。(集諦)

 

ただそういう点で、単に平和を希ったり、あるいは客観的な智恵が増えるということだけでは、平和問題は解決がつかない。そうすると、そういう軍備を出来るだけ使わないようにするためには、あるいは戦争が起こらない様にするためのはどうすればいいかということになる。これは単に考えておっても解決がつかない。日常生活を通じて、コツコツと具体的にやっていかざるを得ない。そうすると、今までの例で戦争の大きな原因は何かというと、一つは国内不安。

戦争と言うものが起きる場合に、国の中がうまく治まっていて、力が余って外国と戦うと言う様な事はまず少ない。国の中そのものが治まりがつかなくなって、その勢力を外に発揮するということで起きるのが戦争。 

 

日本の国が戦争を始めたのも、国内問題がうまくけりがつかないというところから戦争が起こっているんだし、アメリカにしても、イギリスにしても、日本をなぜいじめたかと言うと、それぞれの国内事情があって、他の国をいじめることによって、自分の国の内部をうまく治めるというふうな、各国の利害関係が衝突して戦争と言うものが起きている。そうすると、戦争というものが単に抽象的に国家と国家が争うということだけではなしに、国内がうまく治まるということ、個人個人の生活がうまく流れていくということ、そういう日常生活のきわめて具体的な問題が第三番目の問題として必ず出てくる。

平和問題と言うのは、単に国と国とが戦争しないということだけじゃなくて、各国の社会情勢がうまくいっているか、いないかということとかなり関係がある。

 

そうすると、国内の個別問題、階級的にあまり貧富の差が酷くなりすぎると、国内の不満と言うのはどうしても出てくる。そうすると、金持ちもほどほどに自分の財産と言うものについての管理をしなきゃならんし、なるべく貧富の差と言うものが平均化されて、誰でもが楽しんで生活できるという形も各国がそれぞれ研究していかなきゃならん。だから、戦争を防ぐということのためには、失業問題の解決がかなり大事な問題。

あるいは物価を抑制してインフレを防ぐということもかなり大切な問題。

インフレが進むと国民生活が苦しくなるから、その国民生活の苦しくなったはけ口を戦争に求めると言う様な事は、過去の例ではいくらでもあるわけです。

そうすると、戦争が起きる起きないと言う様な事も、かなり具体的な個々人の実情と密接な関係がある。

そういう点で、具体的に問題を解決する必要があるというのが第三番目の段階(滅諦)。

 

そして第四番目の段階(道諦)が、アメリカにはアメリカの原理があり、ソ連にはソ連の原理がある。両方の原理が食い違っておるから、「俺の方が正しい」「俺の方が正しい」ということで、お互いに譲り合わない。

そうすると、どっかで「じゃ、力で決めましょう」という事になる。それは暴力団と同じで、「どこどこに集まって、やろうじゃないか」と言う事になるわけです。最近では、中学生とか高校生もそういうことをやるらしい。問題の解決、意見の食い違いの解決の一番手っ取り早い、従来行われてきた解決方法と言うのは、暴力による解決。戦争と言うのもそれの規模の大きいものに過ぎない。

 

戦争が起きるということの一つの大きな原因は、ものの考え方の食い違い。

だから今日、アメリカが持っている考え方と、ソ連が持っている考え方と、両方を包み込んで、両方に納得させるような考え方があれば、戦争を防ぐという非常に大きな原因になると思う。

人類も非常に智恵が発達してきたんだから、この辺でお互いに共通の正しい考え方と言うものを発見して、「なるほどこういう考え方でいけば、無理に戦争しなくても済みますなあ」と言う思想を身につければ、そのことが戦争を防ぐということの非常に大きな原因になろうかと思う。

だからそういう点では、第四番目の段階としては、共通の原理を発見するということ。アメリカとソ連が共通に信じ得るところの原理を発見するということ、これも大切なことだと思う。それが第四番目の段階。

 

最初からもう一度言うと、第一番目の段階(苦諦)として、平和ということが望ましいということを腹の底から感じるという事。ただそう考えているだけでは問題の解決にならない。だから今日各国が軍備がどの程度進んで、現実がどうなっておるかということの勉強、これも大切な事。武器がどの程度進んで、もし仮に戦争があれば人類の滅亡につながると言うふうなな危険性をはらんでおるという事もよく知る必要がある。それが第二番目の段階(集諦)それから第三番目の段階(滅諦)では、戦争と言うのは個々人の日常生活をどう送るかという事と非常に密接な関係がある。国の政治がどう行われるか、国の経済がどう行われるか、という事と密接な関係がある。

だからそういう点では、国家内の秩序がうまく保てるという事、これも非常に大切な事。

四番目の段階(道諦)としては、世界の誰もが信じることの出来る共通の原理を人類が発見するということ、これも大切な事だと思う。

 

そういうふうな四段階のそれぞれを進めていく事によって、平和と言うものが確保できるかどうかというのが、これからの人類の抱えておる課題。

私はそう楽観的に、戦争と言うものは防ぎ得るというふうに、今確信は持てない。

非常に難しい問題、ただそれと同時に、いま言ったような四つの段階のそれぞれがうまくいけば、あるいは防げるかもしれないという儚い夢はあるわけだ。

その儚い夢に向かって我々が努力するというのが現在の段階で、一回戦、二回戦があったんだから、三回戦もあるかもしれないという恐れは多分にある、世界の流れを見ていけば。

 

過去の事はそれぞれの見解があると思うけれども、今後どうしなきゃならんかという事になると、単純に「平和だ、平和だ」と言う様な事を声を大にして怒鳴っているだけでは問題の解決にはならんという事は非常にはっきり言えるのではないか、と言う気がするわけです。

多少生臭い方にいきましたけれども、私はそういうふうに問題を考えております。

               

※私の独り言。

西嶋先生は80才を過ぎてからも、欧州やイスラエル、南米、韓国などを訪問。仏教思想の普及のため坐禅のやり方や仏道についての講演をされました。

 

1978720日の講義より―

 

 

―西嶋先生にある人が質問した―

質問

「直下に第二人なきことをしるべし」ここをもう一度ご説明願います。

 

先生

直下と言うのは、今日の言葉でいえば、現在の瞬間ということですね。現在の瞬間において第二人がないということは、第二人と言うのは何かというと、我々の意識はよく二つに分かれて自意識と言うものがありがちなんです。それは自分と言うものが二つに分かれて、ものを考える自分と、考えられる自分と、二つに分かれている状態が第二人がある状態と言うわけです。

 

ところが仏道では、そういう自分自身の意識を持った反省の状態と言うものが本当の人間の状態ではないという主張がある。

そういうものを振り捨てて、無我夢中で一所懸命にやっている状態が仏道の主張する人間のあり方。

だからそういう点では、反省的に「これでいいのかな」「これじゃいけないのかな」というふうな、頭の中でいろいろとグズグズ考えておる状態と言うものが本当の人間の生き方ではないという主張。

そういう点では、もう日常生活においては全く自分が統一された一つになって、滞りなくあらゆる瞬間をこなしていくというのが仏道生活。その状態に入っていくという事が坐禅をやる事のねらいです。

 

坐禅をやることによって何をねらっておるかというと、グズグズと反省する形の日常生活を振り捨てるということ。

もっと行動に投入して、一所懸命、疑いなく、迷いなく、セッセと日常生活をやっていくという事が仏道修行、そういう状態に入った事を、第二人がないという。

ところが、我々は大抵が頭の働きに優れておるから、「これでいいのかな」「あれでいいのかな」とグズグズ考える。

「人はどう思っているかな」とか「将来どうも見込みがないんじゃないか」とか「あれは失敗だった」とかと言うふうな事で、年がら年中先を考えたり、後を考えたりして、グズグズものを考えて、行動の方がそれに伴っていかないというのが、我々の日常生活のあり方です。

 

そういうことを礼賛する考え方もあるわけです。今日の文明と言うのは割合それが多い。

だから小説家がいろいろと、普通の人間が中々及びもつかないような深いことを考えて、それを文章にすれば、「なるほど、なるほど」とみんな読んで喜ぶわけです。そういうことが唯一の文明かどうかと言うところに仏道の主張があるわけだ。

そういう頭が発達していろいろ考えることも大切かもしれないけれども、もっと大事なことは、そういう悩みや惑いを振り捨てて、日常生活に取り組んでいくことだと。

日常生活にそういう迷いがなく、惑いもなく取り組んでいく状態が、第二人のない生活だということであります。だから仏道において釈尊の教えを把んだ人というのは、そういう点での惑いや迷いがないということ。

「第二人なし」ということは惑いや迷いがないという事と理解してもいいと思う。そういうことです。

 

質問

坐禅は遊びのすべてをもぎ取った中心と言われますが、坐禅に関して在家、出家と言うのは、どういう事かよく分からないんですけれども・・・。

  

先生

出家しても出家しなくても、そう大きな違いはないと言う事もいえますね。 それはどういう事かと言うと、坐禅の楽しみと言うのは、やっぱり家庭生活に絡まれておったら出来ないわけです。

だから、僧侶になろうと僧侶になるまいと、皆さんが自分の家で坐禅をしようと思ってやれば、家族からはちょっと変な目で見られますよ。

これはどんな家庭でもそうですよ。 「いやぁ、うちのお父さんちょっと頭がおかしくなったんじゃないか」というふうに思われるからですよ。

そうすると、何となく家族に対する気兼ねから、坐禅がしにくいと言う面も出て来ることもありますけどね。

家族の思惑に関係なく坐禅をすれば、もう出家の世界です。 俗世間とは縁が切れてしまう。

家族とも縁が切れてしまう。 坐禅をやっている間はね。

だから、そういう点からすると、出家というものも形の上だけのものではなしに、もっと実質的なものがある。

 

―西嶋先生にある人が質問した―

質問

大変細かい質問で恐縮なんですが、「弁道話」の終わりに「寛喜辛卯中秋日」とありますね。寛喜辛卯は日本的な年号なんですが、1231年という西暦の年号をお使いになりましたのは、先生が初めてなんでしょうか。

 

先生

今の年号問題とも考え方として関連があるんですが、私がなぜ西暦年号を使ったかと言いますと、思想というものは世界的に通用しなきゃならんという事があると思うんです。だからそういう点では寛喜辛卯というふうに日本の古来の年号に従って説明しますと、いかにも古めかしくて権威があるような感じはするわけです。

ただ思想とは世界的に通用しなきゃならんという事であるとすれば、年号の表現としては世界に通用する年号の数え方の方がより適切だというのが私の考え方です。それで現代語訳の方では西暦を使った。西暦が尊くて東洋が駄目だとか、東洋は尊くて、西洋は駄目だという事ではなしに、どこの国でも通用する年代の数え方というものが基準になって決しておかしくないんだという事に関連しているわけです。

 

質問

そうしますと「正法眼蔵」を書いた日につきましては、全部先生は西暦年号を使っておられますけれども、これは先生の、大変失礼な言葉とは思いますけれども、独創であると解釈してもよろしいわけですか。

先生

今までこういう表現の仕方をしなかったという事は事実ですね。

質問

すると、先生が初めておやりなったと。

先生

おそらくそうだと思います。それで、私の「正法眼蔵」に対する説明の仕方も、どういう言葉を使うかというと、世界的に通用する言葉を基準にするわけです。だからそういう点では、年号も同じような意味がある。単に、新しがって特にという事ではなしに、公平な意味で普通に理解するならば、そういう理解の仕方の方がより適切だと、そういう考え方です。

 

 

―西嶋先生の話− 

私は講義の前によく政治の問題を取り上げる訳であります。なぜ政治の話をするか、釈尊の教えは、我々の生きているこの現実の世界がどんな世界であるかと言う事を説かれた教えですから、当然現実の社会と関連していると言う問題があります。普通、宗教的な考え方では、現実の世界は汚れた世界である。教えの世界はもっと清らかな世界である。だから汚れた世界は見向きもしないで、清らかな世界に憧れる事が正しい教えだと言う考え方がありますが、釈尊はそう言う事は一言も言っておられない。

 

何が真実かと言えば、「この世が真実」「我々の現に生きている世界が真実」だから、それを勉強しなさいと。釈尊は「法」というものをお説きになった。「法」とは、我々が生きているこの現実の世界そのもの。それを勉強しなさい、それが真実だ、とこう言う事を言われた。ですから、政治の世界も非常に複雑な内容を含んでおりますが、沢山の人々が自分たちの考え方を実現しようとして争っている世界です。だから、非常に厳密な世界であると同時に、真実に無縁の世界ばかりではない。

  

人類の文化が未発達の頃には、かなりでたらめな運営が人間社会で行われたわけですが、人間の文化が進んできますと人間の社会の動きもそれなりにまともになってきた。21世紀の今日では、かなりまともな方向で社会運営をするようになって来ているという事です。そしてその頂点の争いが、政治であります。だから、政治と言うものを眺めて、どうなっているかという事を理解する事、この世の中がどんな動きをしているか、と言う風な問題とが密接に関連している。

そういう意味で政治が「釈尊の教えがどういう教えか」と言う事を現実に示す材料として役に立つところから、私は政治の話を仏教の話の中でするわけです。道元禅師の教えを勉強し、龍樹尊者の教えを勉強した限りでは、釈尊の教えとはどうしてもそういう現実を基準にした考え方です。

 

 

 

 

 

参考資料

 

 

別巻 辧道話

        

 『正法眼蔵』の七十五巻本では、「辧道話」は序文に位置づけられている。この「辧道話」という言葉もまた、日蓮の文底の方法的原理で読み解くとき、森羅万象の究極の文底に迫るための導入門となる。「辧道話」の「辧」は分明(明らかにする)、「道」は道元のいう「古仏の道」、「話」は道得(どうて)(言説)を意味する。辧道話とは「古仏の道」を明らかにした言説にほかならない。さらに「古仏の道」の文底は「正法眼蔵」、すなわち「正法」(法華経)の「眼」(真髄)の「蔵」(秘蔵)となる。これは日蓮の「法華経の文底に秘し沈められた妙法の曼陀羅」と通底している。
 さらに「辧道話」の文底は、色心不二・円融三諦・久遠即末法である「辧」を不二、「道」を心法、「話」を色法ととらえれば色心不二となる。「辧」を空諦、「道」を中諦、「話」を仮諦ととらえれば円融三諦となる。「辧」を即、「道」を久遠、「話」を末法ととらえれば久遠即末法となる。この色心不二・久遠即末法なる妙法を、道元は正法眼蔵・涅槃妙心ととらえた。「正法眼蔵」の序文に位置づけられる「辧道話」は、法華経の文底、すなわち正法眼蔵の妙法を修行・実証する方法的原理の展開を予告している。

 諸仏如来、ともに妙法を単伝して、阿耨菩提(あのくぼだい)を證するに、最上無為の妙術あり。これただ、ほとけ仏にさづけてよこしまなることなきは、すなはち自受用三昧(じじゅゆうざんまい)その標準なり。
 この三昧に遊化(ゆけ)するに、端坐参禅(たんざさんぜん)を正門とせり。この法は人人の分上にゆたかにそなはれりといへども、いまだ修せざるにはあらはれず、證せざるにはうることなし。はなてばてにみてり、一多のきはならんや。かたればくちにみつ、縦横きわまりなし。諸仏のつねにこのなかに住持たる、各各の方面に知覚をのこさず。群生(ぐんじよう)のとこしなへにこのなかに使用する、各各の知覚に方面あらはれず。
 いまをしうる功夫辧道(くふうはんとう)は、證上に万法をあらしめ、出路に一如を行ずるなり。その超関(ちようかん)脱落(とつらく)のとき、この節目にかかはらんや。

 道元は修証不二の法理を説いている。「諸仏如来、ともに妙法を単伝して、阿耨菩提を証する」とは、釈尊が久遠五百塵点劫という昔に悟った法理、すなわち法華経寿量文底の妙法の伝授・実証である。法華経は人間・宇宙・生命の心性を説いている。法華経の文底とは人間・宇宙・生命の奥底にほかならない。他者は妙法の存在を示唆することはできるが、妙法の覚知はあくまでも他者に肩代わりできない、それぞれの人生における自悟自得なのである。それを唯仏与仏(ゆいぶつよぶつ)(ただ仏と仏)、すなわち「ほとけ仏にさづけてよこしまなることなき」という。「唯仏与仏」の文底は、己心の仏から己心の弟子への妙法の伝授となる。「自受用三昧」とは、自他不二なる自己の生命のうちに仏を開くことをいう。「はなてばてにみてり、一多のきはならんや。かたればくににみつ、縦横きわまりなし」は色心不二、すなわち物的視点と事的視点の両面からとらえた世界像である。「諸仏のつねにこのなかに住持たる、各各の方面に知覚をのこさず。群生のとこしなへにこのなかに使用する、各各の知覚に方面あらはれず」は久遠即末法、すなわち〈今、ここに〉如如として脈動する妙法の曼陀羅である。
 法華経神力品第二十一には、虚空会における釈尊から地涌菩薩への妙法の付属・伝授が説かれている。妙法とは森羅万象の因縁果報の連関即根源の名称であり、曼陀羅として顕す以外にない。ユングによれば、曼陀羅とは記号と記号が響き合い、照らし合うことによって、無限の意味と力をわき立たせている生命空間なのだという。そこには一点から無限へと螺旋を描いて拡大する力と無限から一点へと収斂する力がせめぎ合っている。
 宇宙・生命・人間・人生は、森羅万象の因縁果報が連関する曼陀羅なのである。妙法の曼陀羅は、己心の仏から己心の地涌菩薩への妙法の伝授を説いた法華経の虚空会を顕現している。妙法の曼陀羅を信受し、唱題することが「端坐参禅」となる。自己の身体を妙法の当体と観念するだけでは理にとどまる。妙法を修行し実証する方法は、妙法の曼陀羅との境智冥合以外にない。「端坐」は色法・末法、「参禅」は心法・久遠、「端坐参禅」は色心不二・久遠即末法を表す。「端座参禅」とは、己心に法華経の虚空会を顕現することにほかならない。
 法華経迹門の要である方便品第二は、諸法実相の法理、すなわち森羅万象が色心不二であることを説いている。色心不二とは心法(関係性・情報)と色法(色彩・形態)が一体不二であることをいう。心法を事(コト)的世界、色法を物(モノ)的世界ととらえることもできる。過去も未来も情報としてしか存在しないから唯心であり、色心不二とはならない。色心不二なる存在とは、今、ここに、現成する自他不二なる自己の生命即宇宙にほかならない。
 法華経本門の要である寿量品第十六には、久遠実成の法理、すなわち釈尊の五百塵点劫成道が説かれている。五百塵点劫成道(過去・唯心)の文底は久遠即末法となる。久遠即末法とは、「久遠は今に在り、今は久遠である」こと、すなわちすべての存在が、今、ここに、現成していることをいう。そこに成道する釈尊とは、他者性・過去性(唯心)の仏ではなく、今、ここに、生きる色心不二・久遠即末法と開かれた自他不二なる自己の内なる仏なのである。法華経は一貫して釈尊の悟りの境地をさまざまな譬喩で説いている。その発心・修行・実証を象徴的に説いたのが法華経の虚空会(こくうえ)である。見宝塔品第十一で舞台は地上会(ちじようえ)から虚空会(こくうえ)に転換する。釈尊の説法の場が地上会(前霊鷲山会「ぜんりようじゆせんえ」)から虚空会へ移されるのだ。まず釈尊の発心・修行・実証を通して人間・宇宙・生命の真髄(妙法)が明かされ、さらに妙法の修行と実証が説かれ、最後に地涌菩薩に妙法が付属される。虚空会は嘱累品第二十二で閉幕し、舞台は再び地上会(後霊鷲山会)に戻る。地上会は色心不二の上で色法が表となり心法が裏となる。虚空会は色心不二の上で心法が表となり、色法が裏となる。
 妙法を象徴する虚空会の時と場を特定することはできない。端座参禅の目的は己心に開く法華経の虚空会に参加し、釈尊の発心・修行・実証を体得することにある。今、ここに、法華経の虚空会を象徴する妙法の曼陀羅を信受し、妙法と境知冥合することが、修証不二の端座参禅となる。
 「いまをしうる功夫辧道(くふうはんとう)」とは、森羅万象の究極の文底を開く方法的原理であり、妙法の曼陀羅を示唆している。「證上万法をあらしめ」は不変真如の理に帰する一面、「出路に一如を行ずる」は随縁真如の智に命づく一面となる。「その超関(ちようかん)脱落(とつらく)のとき」とは、色心不二・久遠即末法なる時である。「超関」は色心不二、「脱落」は久遠即末法を表す。「この節目にかかはらんや」は随縁不変・一念寂照となる。

 予、発心求法よりこのかた、わが朝の遍法に知識をとぶらひき、ちなみに建仁の全公をもる。あひしたがふ霜華、すみやかに九廻をへたり。いささか臨済の家風をきく。全公は祖師西和尚の上足として、ひとり無上の仏法を正伝せり。あへて余輩のならぶべきにあらず。

  「予、発心求法(ほつしんぐほう)よりこのかた、わが朝の遍法に知識をとぶらひき」の「予」をどう読むのか。「予」とは『正法眼蔵』を読む一人ひとりの己心に開く道元にほかならない。〈自己〉をみがかなければ、偉大な師に出合うことも生命の真実を把握することも不可能となる。「建仁の全公」とは道元の師となった建仁寺の明全(みようぜん)和尚(一一八四〜二二五)である。明全和尚は栄西和尚(一一四一〜一二一五)の高弟として仏法を伝承している。道元にとって栄西和尚は祖師となる。「あひしたがふ霜華、速やかに九廻をへたり」とあるように、道元と明全は単なる師弟ではなく、互いに切磋琢磨する善友となった。

 予、かさねて大宋国におもむき、知識を両浙(りようせち)にとぶらひ、家風を五門にきく。つひに太白峯の浄(しん)禅師に参じて、一生参学の大事ここにをはりぬ。それよりのち、大宋紹定(しようちん)の始め、本郷にかへりし、すなはち弘法救生(ぐほうぐしよう)をおもひとせり、なほ重担をかたにおけるがごとし。
 しかあるに、弘通(ぐずう)のこころを放下せん激揚のときをまつゆゑに、しばらく雲遊萍寄(うんゆうひんき)して、まさに先哲の風をきこえんとす。ただし、おのづから名利にかかはらず、道念をさきとせん真実の参学あらんか、いたづらに邪師にまどはされて、みだりに正解(しようげ)をおほひ、むなしく自狂にゑうて、ひさしく迷郷(めいきよう)にしづまん。なにによりてか般若の正種を長じ、得道の時をえん。貧道はいま雲遊萍寄をこととすれば、いづれの山川をかとぶらはん。これをあはれむゆゑに、まのあたり大宋国にして禅林の風規を見聞し、知識の玄旨を稟持(ぼんじ)せしを、しるしあつめて、参学閑道の人にのこして、仏家の正法をしらしめんとす。これ真訣ならんかも。いはく、大師釈尊、霊山会上にして法を迦葉につけ、祖祖正伝して菩提達磨尊者にいたる、尊者、みづから神丹国におもむき、法を慧可大師につけき。これ東地の仏法伝来のはじめなり。

 「予、かさねて大宋国におもむき、知識を両浙(りようせち)にとぶらひ、家風を五門にきく」は、道元自らの参学の実践である。そして「つひに太白峯の浄(しん)禅師に参じて、一生参学の大事ここにをはりぬ」という正師との出会いが実現した。「それよりのち、大宋紹定(しようちん)の始め、本郷にかへりし、すなはち弘法救生(ぐほうぐしよう)をおもひとせり、なほ重担をかたにおけるがごとし」という言葉に仏法弘通の決意があふれている。
 「弘通(ぐずう)のこころを放下せん激揚のときをまつゆゑに、しばらく雲遊萍寄(うんゆうひんき)して、まさに先哲の風をきここえんとす」は従因至果すなわち、不変真如の理に帰する一面である。そして「おのづから名利にかかはらず、道念をさきとせん真実の参学あらんか、いたづらに邪師にまどはされて、みだりに正解(しようげ)をおほひ、むなしく自狂にゑうて、ひさしく迷郷(めいきよう)にしづまん」ことを厳しく自戒しなければならない。問われるのは「なにによりてか般若の正種を長じ、得道の時をえん」という一念である。「まのあたり大宋国にして禅林の風規を見聞し、知識の玄旨を稟持(ぼんじ)せしを、しるしあつめて、参学閑道の人にのこして、仏家の正法をしらしめんとす。これ真訣ならんかも」という言葉に、道元の仏法広通の一念があふれ出ている。「大師釈尊、霊山会上にして法を迦葉につけ、祖祖正伝して菩提達磨尊者にいたる、尊者、みづから神丹国におもむき、法を慧可大師につけき。これ東地の仏法伝来のはじめなり」とは、道元己心の妙法弘通の儀式にほかならない。

  かくのごとく単伝して、おのづから六祖大監禅師にいたる。このとき、真実の仏法まさに東漢に流演して、節目にかかはらぬむねあらはれき。ときに六祖に二位の神足ありき、南嶽の懐譲(えじよう)と青原の行思(ぎようし)となり。ともに仏印(ぶつちん)を伝持して、おなじく人天の導師なり。その二派の流通するに、よく五門をひらけたり。いはゆる、法眼(ほうげん)宗・潙仰(いぎよう)宗・曹洞(そうとう)宗・雲門(うんもん)宗・臨済(りんざい)宗なり。見在(げんざい)大宋には臨済宗のみ天下にあまねし。五家ことなれども、ただ一仏心印なり。

  釈尊が開いた仏教は参学者の視点からさまざまに分析・統合されて、多くの宗派を生み出した。法華経の文底を開き、迹門(不変真如の理に帰する)と本門(随縁真如の智に命(もと)づく)という事象の両義的な働きを読み取らなければならない。生命の表層から深層へ迫る視点と深層から表層へ開く視点、すなわち迹門と本門は互いに補完し合っている。迹門と本門は経文だけでなく、森羅万象の表裏一体性に通じている。その法理を色心不二・久遠即末法・依正不二・生死不二 という。

 大宋国も、後漢よりこのかた、教籍(きようじやく)あとをたれて一天にしけりといへども、雌雄いまださだめざりき。祖師西来ののち、直(じき)に葛藤の根源をきり、純一の仏法ひろまれり。わがくにも又しかあらんことをこひねがふべし。

  言葉は無作為に視点を選び、混沌を分節して意味を創出する。雌雄定めざる言葉の体系化を掘り崩し、生命の如是実相を把握する。それを「直に葛藤の根源をきり」という。「純一の仏法」とは法華経の文底、森羅万象の根源に常住する妙法の曼陀羅にほかならない。その妙法をどのようにして主体的な民衆の生命に刻印するのか。道元の思いは深い。

  いはく、仏法を住持せし諸祖ならびに諸仏、ともに自受用三昧(じじゆゆうざんまい)に端坐依行するを、その開悟のまさしきみちとせり。西天東地、さとりをえし人、その風にしたがへり。これ、師資ひそかに妙術を正伝し、真訣を稟持せしによりてなり。
 宗門の正伝にいはく、この単伝正直の仏法は、最上のなかに最上なり。参見知識のはじめより、さらに焼香・礼拝・念仏・修懺・看経をもちゐず、ただし打坐して身心(しんじん)脱落(とつらく)することをえよ。

 「自受用三昧(じじゆゆうざんまい)に端坐依行する」とは、妙法の曼陀羅の前に端坐し南無妙法蓮華経と唱えることにほかならない。それが「開悟のまさしきみち」であり、「妙術を正伝し、真訣を稟持」することになる。「参見知識のはじめより、さらに焼香・礼拝・念仏・修懺・看経をもちゐず」とは、余念なく南無妙法蓮華経と唱えることに歓喜することをいう。「打坐して身心(しんじん)脱落(とつらく)することをえよ」の「身心脱落」とは、色心不二・久遠即末法、随縁不変・一念寂照の境界である。

 もし人、一時なりといふとも、三業に仏印を標し、三昧に端坐するとき、遍法界みな仏印となり、尽虚空ことごとくさとりとなる。ゆゑに、諸仏如来をしては本地の法楽をまし、覚道の荘厳をあらたにす。および十方法界・三途六道の群類、みなともに一時に身心明浄(しんじんみようじよう)にして、大解脱地を證し、本来面目現ずるとき、諸法みな正覚を證会し、万物ともに仏身を使用して、すみやかに證会の辺際を一超して、覚樹王に端坐し、一時に無等等(むとうとう)の大法輪を転じ、究竟無為(くきようむい)の深般若を開演す。

 「もし人、一時なりといふとも、三業に仏印を標し、三昧に端坐するとき」とは、色心不二・三諦円融・久遠即末法なる時である。道元は釈尊が説いた法華経虚空会の文底を開き、独自の譬喩でその修証不二の功徳を象徴的に説いているのである。「諸仏如来をしては本地の法楽をまし、覚道の荘厳をあらたにす」は、虚空会における三世諸仏の参加、「十方法界・三途六道の群類、みなともに一時に身心明浄(しんじんみようじよう)にして、大解脱地を證し、本来面目現ずる」は、九界の衆生の覚道を表している。「すみやかに證会の辺際を一超して、覚樹王に端坐し、一時に無等等(むとうとう)の大法輪を転じ、究竟無為(くきようむい)の深般若を開演す」は、妙法の曼陀羅に唱題する随縁不変・一念寂照の境界を示している。そこには一念三千の曼陀羅の相貌が浮き掘りにされている。

  これらの等正覚、さらにかへりてしたしくあひ冥資(みようし)するみちかよふがゆゑに、この坐禅入、礭爾(かんに)として身心脱落し、従来雑穢(ぞうえ)の知見思量を截断して、天真の仏法に證会し、あまねく微塵際そこばくの諸仏如来の道場ごとに、仏事を助発(じよほつ)し、ひろく仏向上の機にかうぶらしめて、よく仏向上の法を激揚す。このとき、十方法界の土地・草木・牆壁・瓦礫みな仏事をなすをもて、そのおこすところの風水の利益にあづかるともがら、みな甚妙不可思議の仏化に冥資せられて、ちかきさとりをあらはす。この水火を受用するたぐひ、みな本證の仏化を周旋するゆゑに、これらのたぐひと共住(ぐじゆう)して同語するもの、またことごとくあひたがひに無窮(むぐう)の仏徳そなはり、展転広作して、無尽、無闥f、不可思議、不可称量の仏法を、遍法界の内外に流通するものなり。しかあれども、このもろもろの当人の知覚に昏ぜざらしむることは、静中の無造作にして、直證(じきしよう)なるをもてなり。もし凡流(ぼんる)のおもひのごとく、修證を両段にあらせば、おのおのあひ覚知すべきなり。もし覚知にまじはるは、證則にあらず、證則には迷情およばざるがゆゑに。

 「これらの等正覚、さらにかへりてしたしくあひ冥資(みようし)するみちかよふ」の「等正覚」は妙法の曼陀羅を信受する一念、「したしくあひ冥資する」とは境智冥合である。「この坐禅入」は不変真如の理に帰する一面、「礭爾(かんに)として身心脱落し」はそこに開く色心不二・久遠即末法なる時空である。「従来雑穢(ぞうえ)の知見思量を截断して」は爾前権経を正しく位置づけること、「天真の仏法に證会し」は法華経文底の妙法を信受することである。「あまねく微塵際そこばくの諸仏如来の道場ごとに、仏事を助発(じよほつ)し、ひろく仏向上の機にかうぶらしめて、よく仏向上の法を激揚す」は妙法に随順する色心が開く人生の諸相にほかならない。
 「このとき、十方法界の土地・草木・牆壁・瓦礫みな仏事をなす」は依正不二、「そのおこすところの風水の利益にあづかる」は色心不二、「みな甚妙不可思議の仏化に冥資せられて、ちかきさとりをあらはす」は久遠即末法となる。「この水火を受用する」は色法、「みな本證の仏化を周旋する」は心法である。「これらのたぐひと共住(ぐじゆう)して同語する」は不変真如の理に帰する一面、「あひたがひに無窮(むぐう)の仏徳そなはり、展転広作して、無尽、無闥f、不可思議、不可称量の仏法を、遍法界の内外に流通する」は随縁真如の智に命(もと)づく一面である。「当人の知覚に昏ぜざらしむることは、静中の無造作にして、直證(じきしよう)なるをもてなり」は修證不二を表す。「凡流(ぼんる)のおもひのごとく、修證を両段にあらせば、おのおのあひ覚知すべきなり」は修證隔別の錯誤、「覚知にまじはるは、證則にあらず、證則には迷情およばざるがゆゑに」は他者を仏と見る錯誤である。

 又、心・境ともに静中の證入悟出あれども、自受用の境界なるをもて、一塵をうごかさず、一相をやぶらず、広大の仏事、甚深微妙の仏化をなす。この化道のおよぶところの草木・土地、ともに大光明をはなち、深妙法をとくこと、きはまるときなし。草木・牆壁はよく凡聖含霊のために宣揚し、凡聖含霊はかへつて草木・牆壁のために演暢す。自覚・覚他の境界、もとより證相をそなへてかけたることなく、證則おこなはれておこたるときなからしむ。

 「心・境ともに静中の證入悟出あれども、自受用の境界なるをもて、一塵をうごかさず、一相をやぶらず、広大の仏事、甚深微妙の仏化をなす」とは、妙法に唱題する己心に展開する虚空会の始終にほかならない。「證入」は不変真如の理に帰する一面、「悟出」は随縁真如の智に命づく一面である。「自受用なる境界」は随縁不変・一念寂照の境界を表す。「一塵をうごかさず、一相をやぶらず」は色心不二、「広大の仏事、甚深微妙の仏化をなす」は久遠即末法である。妙法の功徳を「草木・土地、ともに大光明をはなち、深妙法をとくこと、きはまるときなし」という。「草木・牆壁はよく凡聖含霊のために宣揚し」は物本事迹の世界観、「凡聖含霊はかへつて草木・牆壁のために演暢す」は事本物迹の世界観である。色心(事物)不二・久遠即末法なる妙法の世界観を「もとより證相をそなへてかけたることなく、證則おこなはれておこたるときなかしむ」という。

 ここをもて、わづかに一人一時の坐禅なりといへども、諸法とあひ冥(みよう)し、諸時とまどかに通ずるがゆゑに、無尽法界のなかに、未来現に、常恒の仏化道事をなすなり。彼彼ともに一等の同修なり、同證なり。ただ坐上の修のみにあらず、空をうちてひびきをなすこと、撞(とう)の前後に妙声綿綿(みようしようめんめん)たるものなり。このきはのみにかぎらんや、百頭(はくとう)みな本面目に本修行をそなへて、はかりはかるべきにあらず。
 
しるべし、たとひ十方無量恒河沙(ごうがしや)数の諸仏、ともにちからをはげまして、仏智慧をもて、一人坐禅の功徳をはかり、しりきはめんとすといふとも、あへてほとりをうることあらじ。
  
 
 「わづかに一人一時の坐禅なり」とは、妙法の前に端坐する色心不二・久遠即末法なる時空である。そこに「諸法とあひ冥(みよう)し、諸時とまどかに通ずるがゆゑに、無尽法界のなかに、未来現に、常恒の仏化道事」が開かれる。「彼彼ともに一等の同修なり、同證なり」は、自他不二・修証不二の功徳である。「空をうちてひびきをなすこと、撞(とう)の前後に妙声綿綿たるものなり。このきはのみにかぎらんや、百頭(はくとう)みな本面目に本修行をそなへて、はかりはかるべきにあらず」は、その功徳は自己の色心に響き渡り、さらに自他不二なる一人の修行が千波万波と伝播することをいう。
 「たとひ十方無量恒河沙(ごうがしや)数の諸仏、ともにちからをはげまして、仏智慧をもて、一人坐禅の功徳をはかり、しりきはめんとすといふとも、あへてほとりをうることあらじ」とは妙法に備わる森羅万象の力用・功徳である。「いまこの坐禅の功徳」とは妙法を信受し唱題する功徳にほかならない。

  いまこの坐禅の功徳、高大なるをききをはりぬ。おろかならん人、うたがうていはん、仏法におおくの門あり、なにをもてかひとへに坐禅をすすむるや。
 しめしていはく、これ仏法の正門なるをもてなり。
 
とうていはく、なんぞひとり正門とする。
 しめしていはく、大師釈尊、まさしく得道の妙術を正伝し、又三世の如来、ともに坐禅より得道せり。このゆゑに、正門なることあひつたへたるなり。しかのみにあらず、西天東地の諸祖、みな坐禅より得道せるなり。ゆゑにいま正門を人天にしめす。

 「大師世尊」も「三世の如来」も己心に開かれる。釈尊の悟りは法華経の虚空会に象徴されている。己心に法華経の虚空会を開き、そこに参加して仏とまみえるのである。法華経の虚空会に参加することを参禅という。それは法華経の虚空会を象徴する妙法の曼陀羅を信受し、境智冥合することにほかならない。妙法の曼陀羅に唱題するとき、己心に法華経の虚空会が開かれる。「正門」とは法華経の虚空会に入る門であり、妙法の曼陀羅を示している。「西天東地の諸祖、みな坐禅より得道せるなり」とは、己心の十界互具(九界即仏界・仏界即九界)の衆生が、釈尊の悟りを象徴する法華経の虚空会に参列することをいう。ゆえに「坐禅」、すなわち「端坐参禅」を「正門」とするのである。
 釈尊は己心に妙法の曼陀羅を信受して仏道を成じたのである。三大秘法の曼陀羅を心に念じて端坐する。それが仏法の正門となる。釈尊をはじめ三世の如来、西天東地の諸祖はみな、妙法の曼陀羅の前に端坐することによって得道する。「正法眼蔵」はその正門について、さまざまな譬喩で説いているのである。

 とうていはく、あるいは如来の妙術を正伝し、または祖師のあとをたづぬるによらん、まことに凡慮のおよぶにあらず。しかはあれども、読経・念仏は、おのづからさとりの因縁となりぬべし。ただむなしく坐してなすところなからん、なにによりてかさとりをうるたよりとならん。
 
しめしていはく、なんぢいま諸仏の三昧、無上の大法を、むなしく坐してなすところなしとおもはん、これを大乗を謗する人とす。まどひのいとふかき、大海のなかにゐながら水なしといはんがごとし。すでにかたじけなく、諸仏自受用三昧に安坐せり。これ広大の功徳をなすにあらずや。あはれむべし、まなこいまだひらけず、こころなほゑひにあることを。

 「とうていはく、あるいは如来の妙術を正伝し、または祖師のあとをたづぬるによらん、まことに凡慮のおよぶにあらず」と凡夫は考える。凡夫の目には仏道はまるでブラックボックスのように見えるのだ。それでも、読経・念仏は悟りの因縁になるだろう。しかし、ただ座っているだけで、どうやって悟りを得ることができるのかだろうか。
 
道元は、このような凡夫の思考を厳しく破折する。「諸仏の三昧、無上の大法を、むなしく坐してなすところなしとおもはん」とは、法華経文底の妙法に目覚めない凡夫の心である。それは大乗を誹謗することにつながる。「大海のなかにゐながら水なしといはんがごとし」とは、自己の生命が妙法を根源としていることに気づかない心である。「すでにかたじけなく」とは色心不二・久遠即末法、「諸仏自受用三昧に安坐せり」とは妙法の曼陀羅を信受することにほかならない。「まなこいまだひらけず、こころなほゑひにある」とは、文上にとらわれて文底を開くことのできない心である。

  おほよそ諸仏の境界は不可思議なり、心識のおよぶべきにあらず、いはんや不信劣智のしることをえんや。ただ正信の大機のみ、よくいることをうるなり。不信の人は、たとひをしふともうくべきことかたし。霊山になほ退又佳矣(たいやくけい)のたぐひあり。おほよそ心に正信おこらば、修行し、参学すべし。しかあらずば、しばらくやむべし。むかしより法のうるほひなきことをうらみよ。

 「諸仏の境界は不可思議なり」とは、言語同断・心行所滅の妙法である。「心識のおよぶべきにあらず」とは、六識・七識・八識を超えた九識(根本常識)、すなわち妙法にほかならない。「不信劣智」とは文上にとらわれた心、「正信の大機」とは文底を求める心である。「不信の人は、たとひをしふともうくべきことかたし」とは、折伏に反発する心。「霊山になほ退又佳矣のたぐひあり」とは、増上慢の心である。「正信おこらば、修行し、参学すべし」とは、妙法を修行すること。「しかあらずば、しばらくやむべし。むかしより法のうるほひなきことをうらみよ」とは、妙法に目覚めざる不運をいう。

 又、読経・念仏等のつとめにうるところの功徳を、なんぢしるやいなや、ただしたをうごかし、こゑをあぐるを仏事功徳とおもへる、いとはかなし。仏法に擬するにうたたとほく、いよいよはるかなり。又、経書をひらくことは、ほとけ頓漸修行の儀則ををしへけるを、あきらめしり、教のごとく修行すれば、からなず證をとらしめんとなり。いたづらに思量念度(しりようねんたく)をつひやして、菩提をうる功徳を擬せんとにはあらぬなり。おろかに千万誦の口()(ごう)をしきりにして、仏道にいたらんとするは、なほこれながえをきたにして、越(えち)にむかはんとおもはんがごとし。又、円孔(えんく)に方木をいれんとせんにおなじ。
 文(もん)をみながら修(しゅ)するのみちにくらき、それ医法をみる人の合薬をわすれん、なにの益(やく)かあらん。口声(くしょう)をひまなくせる、春の田のかへるの、昼夜になくがごとし、つひに又益なし。いはむやふかく名利にまどはさるるやから、これらのことをすてがたし。その利貪(りとん)のこころはなはだふかきゆゑに。むかしすでにありき、いまのよになからむや。もともあはれむべし。

 「又、読経・念仏等のつとめにうるところの功徳を、なんぢしるやいなや、ただしたをうごかし、こゑをあぐるを仏事功徳とおもへる、いとはかなし」という言葉の文底を開けば、当時の天台・真言・念仏・律等の教義・修行を破折する心が見えてくる。道元は「仏法に擬するにうたたとほく、いよいよはるかなり」という。仏道を證する道は「頓漸修行の儀則」を学び、「教のごとく修行」することにある。経文の文底を開く、すなわち森羅万象の文底を開く方法的原理を学ばなければ、仏道を証することはできないのである。「頓漸修行の儀則」とは文底の方法的原理、「教のごとく修行」とはその実践である。「いたづらに思量念度をつひやして、菩提をうる功徳を擬せんとにはあらぬなり」とは、形而上学的分析の論理が陥りやすり分別虚妄に対する戒めである。
 「おろかに千万誦の口業をしきりにして、仏道にいたらんとするは、なほこれながえをきたにして、越にむかはんとおもはんがごとし。又、円孔に方木をいれんとせんにおなじ」とは、形而上学的分析の論理が陥りやすい歴劫修行(同義語反復)に対する戒めである。この分別虚妄・歴劫修行を道元は「説似一物即不中」という言葉で破折している。
 「文(もん)をみながら修(しゅ)するのみちにくらき」とは、法華経文底の妙法が見えない心である。「医法をみる人の合薬をわすれん、なにの益(やく)かあらん」は文上の法門に対する破折。「口声(くしょう)をひまなくせる、春の田のかへるの、昼夜になくがごとし」は、天台・真言・念仏・律等の教義・修行に対する破折である。「ふかく名利にまどはさるるやから、これらのことをすてがたし。その利貪(りとん)のこころはなはだふかきゆゑに。むかしすでにありき、いまのよになからむや。もともあはれむべし」とは、経文の文底、すなわち社会的現象に潜む謗法に対する破折である。
 妙法を修行するといっても、名利にまどわされ利権に執着する心は、慈悲の当体である妙法に違背している。妙法に違背する心のねじれを振りほどかなければ、たとえ妙法に唱題しても法華経の虚空会の門は開かない。組織の論理は外道につながりやすく、仏道にはつながりにくい。これは人間にとって永遠の課題なのかもしれない。組織の拡大は個人の利権と結びつきやすく、組織が拡大すればするほど、仏道修行と利権の両立は困難になる。組織の利害や方便が仏道への発心を蝕む。多くの宗教組織の現実が、それを裏づけている。

 ただまさにしるべし、七仏の妙法は、得道明心の宗匠に、契心證会の学人あひしたがうて正伝すれば、的旨あらはれて稟持せらるるなり、文字習学の法師のしりおよぶべきにあらず。しかあればすなはち、この疑迷をやめて、正師のをしへにより、坐禅瓣道して諸仏自受用三昧を證得すべし。

 「七仏」(過去七仏=毘婆尸仏「びばしぶつ」・尸棄仏「しきぶつ」・毘舎浮仏「びしやふぶつ」・拘留孫仏「くるそんぶつ」・拘那含牟尼仏「くなごんむにぶつ」・迦葉仏「かしようぶつ」・釈迦牟尼仏「しやかむにぶつ」)の妙法とは、法華経虚空会が象徴する妙法の曼陀羅である。法華経虚空会に参列する過去七仏は、妙法の力用の譬喩にほかならない。「得道明心の宗匠に、契心證会の学人あひしたがう」の「得道明心の宗匠」は妙法の曼陀羅、「契心證会の学人」とは妙法を信受する心、「あひしたがう」は境智冥合を表す。「正伝すれば、的旨あらはれて稟持せらるるなり」は妙法の広宣流布を示している。「正師のをしへにより、坐禅瓣道して諸仏自受用三昧を證得すべし」とは、修証不二の妙法の実践である。

 とうていはく、いまわが朝につたはれるところの法華宗・華厳宗、ともに大乗の究竟なり。いはんや真言宗のごときは、毘盧遮那如来(びるしやなによらい)したしく金剛薩埵(こんごうさつた)につたへて、師資みだりならず。その談ずるむね、即心即仏、是心是仏というて、多劫の修行をふることなく、一座に五仏の正覚をとなふ、仏法の極妙といふべし。しかあるに、いまいふところの修行、なにのすぐれたることあれば、かれらをさしおきて、ひとへにこれをすすむるや。      
 しるべし、仏家には教の殊劣(しゅれつ)を討論することなく法の浅深をえらばず、ただし修行の真偽をしるべし。草花山水(そうけさんすい)にひかれて仏道に流入(るにゅう)することありき、土石沙礫(どしゃくしゃりゃく)をにぎりて仏印を稟持(ひんじ)することあり。いはむや広大の文字は万象にあまりてなほゆたかなり、転大法輪又一塵にをさまれり。しかあればすなはち、即心即仏のことば、なおこれ水中の月なり、即坐成仏のむね、さらにかがみのうちのかげなり。ことばのたくみにかかはるべからず。いま直証菩提の修行をすすむるに、仏祖単伝の妙法をしめして、真実の道人とならしめんとなり。

 「いまわが朝につたはれるところの法華宗・華厳宗、ともに大乗の究竟なり。いはんや真言宗のごときは、毘盧遮那如来(びるしやなによらい)したしく金剛薩埵(こんごうさつた)につたへて、師資みだりならず」とは、妙法を知らない凡夫の言説である。真言宗のいう「即心即仏、是心是仏」という教義は、歴劫修行を経ることなく、五仏(大日如来を中心として、四方に配された四仏)と同一の正しい悟りの座に着くことができるとしている。四仏は金剛界曼陀羅では阿閦・宝生・阿彌陀・不空成就、胎蔵界曼陀羅では宝幢・開敷華王・無量受・天鼓雷音である。この曼陀羅は仏と菩薩という生命の部分観を世界像として表したもので生命の如是実相を表したものではない。しかし、それを知らない凡夫は、「この正覚をとなふ、仏法の極妙といふべし」と思いこむ。そして道元の主張する只管打坐という修行に、どんな優れたところがあるのかと問いかけてくる。
 「しるべし、仏家には教の殊劣(しゅれつ)を討論することなく法の浅深をえらばず、ただし修行の真偽をしるべし」とは、それぞれの法の内容を正しく把握し、それを正しく位置づけて実践することである。数学に例えれば、小学校で学ぶ算数も中学・高校で学ぶ数学も大学で学ぶ数学もその価値の優劣を論じても意味がない。それぞれの内容を正しく位置づけて応用するところに利益が生ずるのである。「草花山水(そうけさんすい)にひかれて仏道に流入(るにゅう)する」、あるいは「土石沙礫(どしゃくしゃりゃく)をにぎりて仏印を稟持(ひんじ)する」など、妙法に目覚める縁はさまざまである。「広大の文字は万象にあまりてなほゆたかなり、転大法輪又一塵にをさまれり」と道元はいう。言葉には不思議な力がある。しかし、どんなに言葉を尽くしても生命の真実を言葉で囲い込むことはできない。仏の生命は森羅万象に通底し、どんな現象にも無限の意味と力が秘められている。
 「即心即仏・即坐成仏」といっても、そこから何をくみ取るかは、その人の境界によって異なる。どんな偉大な芸術作品も、それを鑑賞する人の心より偉大になることはできない。「いま直証菩提の修行をすすむるに、仏祖単伝の妙法をしめして、真実の道人とならしめんとなり」の「直証菩提の修行」も「仏祖単伝の妙法」も、その文底を開けば法華経の虚空会を象徴する妙法の曼陀羅となる。法華経の虚空会は、色心不二・久遠即末法と現成する生命の全体像を譬喩で語っているのである。

 又、仏法を伝授することは、かならず證契(しようかい)の人をその宗師とすべし。文字をかぞふる学者をもてその導師とするにたらず、一盲の衆盲をひかんがごとし。いまこの仏祖正伝の門下には、みな得道證契の哲匠をうやまひて、仏法を住持せしむ。かるがゆゑに、冥陽の神道もきたり帰依し、證果の羅漢もきたり聞法するに、おのおの心地を開明する手をさづけずといふことなし。余門にいまだきかざるところなり、ただ仏弟子は仏法をならふべし。

 「仏法を伝授することは、かならず證契(しようかい)の人をその宗師とすべし」とは、己心における釈尊から迦葉への妙法の付属にほかならない。「文字をかぞふる学者」とは外道・爾前権経・法華経文上の仏である。他者性の仏の前にひれ伏す心は、一盲に従う衆盲となる。「いまこの仏祖正伝の門下とは、妙法を信受し法華経の虚空会に参加する心である。「得道證契の哲匠」は妙法の曼陀羅、「仏法を住持せしむ」は妙法との境智冥合となる。「冥陽の神道もきたり帰依し、證果の羅漢もきたり聞法するに、おのおの心地を開明する手をさづけずといふことなし」とは、森羅万象の色心が妙法の色心に従うことをいう。

 又しるべし、われらはもとより無上菩提をかけたるにあらず、とこしなへに受用すといへども、承当(じようとう)することをえざるゆゑに、みだりに知見をおこすことをならひとして、これを物とおもふによりて、大道いたづらに蹉過(さこ)す。この知見によりて、空華(くうげ)まちまちなり。あるいは十二輪転(りんでん)・二十五有()の境界とおもひ、三乗五乗・有仏無仏の見、つくることなし。この知見をならうて、仏法修行の正道とおもふべからず。しかあるを、いまはまさしく仏印(ぶつちん)によりて万事を放下し、一向に坐禅するとき、迷悟情量のほとりをこえて、凡聖のみちにかかはらず、すみやかに格外に逍遙し、大菩提を受用するなり。かの文字の筌罤(せんてい)にかかはるものの、かたをならぶるにおよばんや。

 「われらはもとより無上菩提をかけたるにあらず、とこしなへに受用すといへども、承当(じようとう)することをえざる」とは、妙法の曼陀羅に支えられているにもかかわらず、その命を正しく用いることができないことをいう。「みだりに知見をおこすことをならひとして、これを物とおもふによりて、大道いたづらに蹉過(さこ)す」とは、形而上学的・分析的視点にとらわれて、生命の真実から逸脱する心である。
 「この知見によりて、空華(くうげ)まちまちなり」とは、心に染みついた宿業である。「あるいは十二輪転(りんでん)・二十五有()の境界とおもひ、三乗五乗・有仏無仏の見、つくることなし」とは、爾前・権経の部分観にとらわれた心である。このような「知見」は妙法を根本に正しく位置づけなければ、仏法修行の「正道」を阻む謗法となる。「いまはまさしく仏印(ぶつちん)によりて万事を放下し、一向に坐禅するとき」とは、妙法の曼陀羅に余念なく唱題することである。「迷悟情量のほとりをこえて、凡聖のみちにかかはらず、すみやかに格外に逍遙し」は不変真如の理に帰する一面、「大菩提を受用するなり」は随縁真如の智に命づく一面となる。そこに随縁不変・一念寂照の境界が開かれる。「かの文字の筌罤(せんてい)にかかはるものの、かたをならぶるにおよばんや」の「かの文字の筌罤(せんてい)にかかはるもの」とは、分析的視点にとらわれて文底を文上に還元する謗法である。

 とうていはく、三学のなかに定学あり、六度のなかに禅度あり。ともにこれ一切の菩薩の、初心よりまなぶところ、利鈍をわかず修行す。いまの坐禅も、そのひとつなるべし。なにによりてか、このなかに如来の正法をあつめたりといふや。
 しめしていはく、いまこの如来一大事の正法眼蔵無上の大法を、禅宗となづくるゆゑに、この問きたれり。
 しるべし、この禅宗の号は、神丹以東におこれり、竺乾(じくけん)にはきかず。はじめ達磨大師、嵩山(すうざん)の少林寺にして九年面壁のあひだ、道俗いまだ仏正法をしらず、坐禅を宗(むね)とする婆羅門となづけき。のち代代の諸祖、みなつねに坐禅をもはらす。これをみるおろかなる在家は、実をしらず、ひたたけて坐禅宗といひき。いまのよには、坐のことばを簡して、ただ禅宗といふなり。そのこころ、諸祖の広語のあきらかなり。六度および三学の禅定にならっていふべきにあらず。

 「三学(戒・定・慧)のなかに定学あり、六度(六波羅蜜=布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧)のなかに禅度あり。ともにこれ一切の菩薩の、初心よりまなぶところ、利鈍をわかず修行す」は爾前権経の従因至果の視点にとらわれた偏見であり、「いまの坐禅も、そのひとつなるべし、なにによりてか、このなかに如来の正法をあつめたりといふや」は形而上学的分的論理にとらわれた偏見である。
 こうした偏見は、達磨大師が九年面壁の修行をしていたとき、正法を知らない道俗が達磨大師を「坐禅を宗とする婆羅門」と呼んだことに起因する。その後、達磨大師から引き継がれてきた修行を、仏法を知らない在家の人たちが坐禅宗と呼び、さらに禅宗と呼ぶようになった。禅宗という言葉は誤解を生みやすい。その真髄は諸祖がはっきりと説いている。只管打坐を爾前権経の三学や六波羅蜜と同じと思えば、仏道を踏み外すことになる。

 この仏法の相伝の嫡意なること、一代にかくれなし。如来むかし霊山会上にして、正法眼蔵涅槃妙心無上の大法をもて、ひとり迦葉尊者にのみ付法せし儀式は、現在して上界にある天衆、まのあたりみしもの存せり、うたがふべきにたらず。おほよそ仏法は、かの天衆とこしなへに護持するものなり、その功いまだふりず。まさにしるべし、これは仏法の全道なり、ならべていふべきものなし。

 「仏法の相伝の嫡意」とは、妙法が宇宙本有であることを示している。人間が恣意的に定めた法ではないのである。それは宇宙・生命の嫡意にほかならない。嫡意とは法水写瓶の付法である。この付法の儀式を物本事迹の視点でとらえれば、「迦葉尊者にのみ付法」となり、事本物迹の視点でとらえれば、法華経虚空会における地涌菩薩への付属となる。
 「付法せし儀式は、現在して上界にある天衆、まのあたりみしもの存せり」とは、法華経の虚空会の儀式であり、一念三千の曼陀羅にほかならない。「仏法は、かの天衆とこしなへに護持するものなり、その功いまだふりず」は、色心不二・久遠即末法を表している。「これは仏法の全道なり、ならべていふべきものなし」という道元の言葉は、法華経こそ全体観に立つ宇宙・生命の法であり、最高の哲学であること宣言している。

  とふていはく、仏家なにによりてか四儀のなかに、ただし坐にのみおほせて禅定をすすめて證入をいふや。
 しめしていはく、むかしよりの諸仏、あひつぎて修行し證入せるみち、きはめしりがたし。ゆゑをたづねば、ただ仏家のもちゐるところをゆゑとしるべし、このほかにたづぬべからず。ただし、諸師ほめていはく、坐禅はすなはち安楽の法門なり。はかりしりぬ、四儀のなかに安楽なるゆゑか。いはんや一仏二仏の修行のみちにあらず、諸仏諸祖みなこのみちあり。

 「とふていはく、仏家なにによりてか四儀のなかに、ただし坐にのみおほせて禅定をすすめて證入をいふや」という問いは、爾前権経の物本事迹・分析統合の視点に立っている。
 「しめしていはく、むかしよりの諸仏、あひつぎて修行し證入せるみち」とは法華経文底の妙法であり、妙法のみが「仏家のもちゐるところ」なのである。「坐禅はすなはち安楽の法門なり」とは、妙法の曼陀羅を信受して、随縁不変・一念寂照の境界を開くことをいう。「いはんや一仏二仏の修行のみちにあらず、諸仏諸祖みなこのみちあり」という言葉は、妙法のみが成仏の直道であることを示している。

 とうていはく、この坐禅の行は、いまだ仏法を證会せざらんものは、坐禅瓣道してその證をとるべし。すでに仏正法をあきらめえん人は、坐禅なにのまつところかあらん。
 しめしていはく、癡人のまへにゆめをとかず、山子の手には舟棹をあたへがたしといへども、さらに訓をたるべし。
 それ修証はひとつにあらずとおもへる、すなはち外道の見なり。仏法には、修証これ一等なり。いまも証上の修なるゆゑに、初心の辧道すなはち本証の全体なり。かるがゆゑに、修行の用心をさづくるにも、修のほかに証をまつおもひなかれとをしふ。直指の本証なるがゆゑなるべし。すでに修の証なれば、修にはじめなし。ここをもて、釈迦如来・迦葉尊者、ともに證上の修に愛用せられ、達磨大師・大鑑高祖、おなじく證上の修に引転せらる。仏法住持のあと、みなかくのごとし。

 道元は法華経寿量品第十六の心を説いているのである。証(目的)のためには手段(修)を選ばない、というのは仏道に反する外道の考え方である。仏法は修行の心が、そのまま成道の心となる。仏道に励む心が仏の心と一つにつながるのだ。仏は永遠に法を説きつづけている。それは仏の修証不二の振る舞いにほかならない。修行も実証も色心不二・久遠即末法なる〈今、ここに〉現成する。釈尊は今も、仏道を実証した上でなお修行を続けている。それは法華経寿量品の「我本行菩薩道」と「我実成仏已来」という言葉が示している。発心して正しい修行をすることが、そのまま実証となる。修行をすることによって、いつか実証を得られると思ってはならない。発心・修行することが、そのまま実証となる。従って法華経寿量品が示すように、修証不二の「修」は「我本行菩薩道」、「証」は「五百塵点劫成道=久遠実成」となる。「我本行菩薩道」の文底は妙法に帰する不変真如の裡、「久遠実成」の文底は妙法に命(もと)づく随縁真如の智となる。随縁不変・一念寂照の境界を修証不二という。修証不二とは、法華経の虚空会が象徴する妙法の曼陀羅への唱題・境智冥合である。「釈迦如来・迦葉尊者、ともに證上の修に愛用せられ、達磨大師・大鑑高祖、おなじく證上の修に引転せらる」という言葉は、妙法の修證は己心における師から弟子への伝授であることを示している。

  すでに證をはなれぬ修あり、われらさいわひに一分の妙修を単伝せる、初心の瓣道すなはち一分の本證を無為の地にうるなり。しるべし、修をはなれぬ證を染汚(ぜんな)せざらしめんがために、仏祖しきりに修行のゆるくすべからざるとをしふ。妙修を放下(ほうげ)すれば本證手()の中(うち)にみてり、本證を出身(しゆつしん)すれば妙修通身(つうしん)におこなはる。

 修證不二の仏道とは法華経文底の妙法にほかならない。師弟不二なるを「単伝」という。「初心の瓣道すなはち一分の本證を無為の地にうるなり」の「初心の瓣道」は妙法を信受する一念、「一分の本證」とは初心の功徳、「無為の地」とは随縁不変・一念寂照の境界である。「修をはなれぬ證を染汚(ぜんな)せざらしめんがために、仏祖しきりに修行のゆるくすべからざる」とは、妙法を離れるとき悪しき宿業が何度でもよみがえることをいう。「妙修を放下すれば」は不変真如の理に帰する一面、「本證手の中にみてり」は随縁真如の智に命尽く一面、「本證を出身すれば妙修通身におこなはる」は随縁不変・一念寂照である。

 又まのあたり大宋国にしてみしかば、諸方の禅院みな坐禅堂をかまへて、五百六百、および一二千僧を安んじて、日夜に坐禅をすすめき、その席主とせる伝仏心印の宗師に、仏法の大意をとぶらひしかば修證の両段(りようとん)にあらぬむねをきこえき。
 
このゆゑに、門下の参学のみにあらず、求法(ぐほう)の高流(こうる)、仏法のなかに真実をねがはん人、初心後心(しよしんごしん)をえらばず、凡人聖人を論ぜず、仏祖のをしへにより、宗匠の道をおうて、坐禅瓣道すべしとすすむ。
 
きかずや祖師のいはく、修證はすなはちなきにあらず、染汙することはえじ。又いはく、道をみるもの、道を修すと。しるべし、得道のなかに修行すべしといふことを。

 「日夜の坐禅をすすめき」の文底を読み取らなければ、爾前権経・文上の外道と同列することになる。文底とは法華経の虚空会に同列することにほかならない。「その席主とせる伝仏心印の宗師」は妙法に唱題する己心によみがえる。その仏法の真髄は修證不二と現成する。
 「門下の参学のみにあらず、求法の法流、仏法のなかに真実をねがはん人」とは己心に開く求法の一念である。「仏祖のをしへにより、宗匠の道をおうて」とは妙法への発心、「坐禅瓣道」とは妙法への勤行唱題である。
「修證はなきにあらず」は物本事迹の視点、「染汙することはえじ」は事本物迹の視点となる。

  とうていはく、わが朝の先代に、教をひろめし諸師、ともにこれ入唐伝法せしとき、なんぞこのむねをさきおきて、ただ教をのみつたへし。
 しめしていはく、むかしの人師この法をつたへざりしことは、時節のいまだいたらざりしゆゑなり。
 とうていはく、かの上代の師、この法を会得せりや。
 しめしていはく、会せば通じてん。

  この問答を他者が抱く疑問とそれに対する別の他者の回答と読むのは外道の視点である。己心における師弟の問答と読むとき仏道が開く。外道を説く師に従う弟子は外道となる。外道を説く弟子を導く師は外道となる。「時節いまだいたらざりし」の「時節」とは、妙法に目覚める時である。己心の師弟は常に不二となる。弟子が未熟であれば師も未熟であり、師が未熟であれば弟子も未熟である。

 とうていはく、あるがいはく、生死をなげくことなかれ、生死を出離するにいとすみやかなるみちあり。いはゆる、心性の常住なることわりをしるなり。そのむねたらく、この身体は、すでに生あればかならず滅にうつされゆくことありとも、この心性はあへて滅することなし。よく生滅にうつされぬ心性わが身にあることをしりぬれば、これを本来の性とするゆゑに、身はこれかりのすがたなり、死此生彼さだまりなし。心はこれ常住なり、去来現在かはるべからず。かくのごとくしるを、生死をはなれたりとはいふなり。このむねをしるものは、従来の生死ながくたえて、この身をはるとき性海にいる。性海に朝宗するとき、諸仏如来のごとく、妙徳まさにそなはる。いまはたとひしるといへども、前世の妄業になされたる身体なるがゆゑに、諸聖とひとしからず。いまだこのむねをしらざるものは、ひさしく生死をめぐるべし。しかあればすなはち、ただいそぎて心性の常住なるむねを了知すべし。いたづらに閑坐して一生をすぐさん、なにのまつところかあらん。かくのごとくいふむね、これはまことに諸仏諸祖の道(どう)にかなへりや、いかん。

 道元がここに要約した形で引用しているのは色心隔別・生死隔別の外道の論理であり、凡夫の分析知がこね上げた虚構なのである。「説似一物即不中」であり、如是実相から遠く外れている。

  しめしていはく、いまいふところの見、またく仏法にあらず。先尼外道(せんにげどう)が見なり。
 いはく、かの外道の見は、わが身うちにひとつの霊知あり、かの知、すなはち縁にあふところに、よく好悪(こうあく)をわきまへ、是非(ぜひ)をわきまふ。痛痒をしり、苦楽をしる、みなかの霊知のちからなり。しかあるに、かの霊性は、この身の滅するとき、もぬけてかしこにうまるるゆゑに、ここに滅すとみゆれども、かしこの生あれば、ながく滅せずして常住なりといふなり。かの外道の見、かくのごとし。
 
しかあるを、この見をならうて仏法とせん、瓦礫をにぎりて金宝とおもはんよりもなほおろかなり。癡迷のはづべき、たとふるものなし。大唐国の慧忠国師、ふかくいましめたり。いま心常相滅の邪見を計して、諸仏の妙法にひとしめ、生死の本因をおこして、生死をはなれたりとおもはん、おころかなるにあらずや、もともあはれむべし。ただこれ外道の邪見なりとしれ、みみにふるべからず。

  この「先尼外道の見」は、日本人の心に植え付けられた伝統仏教の行事に深く染みこんでいる。「この見をならうて仏法とせん、瓦礫をにぎりて金宝とおもはんよりもなほおろかなり。癡迷のはづべき、たとふるものなし」という道元の言葉は厳しい。「心常相滅の邪見」とは色心隔別・生死隔別の心にほかならない。「諸仏の妙法」は色心不二・生死不二を説く。生死隔別の邪見を転換しなければ、例え妙法を示されてもそこに己心の邪見を投影することになる。

  ことやむことをえず、いまなほあはれみをたれて、なんぢが邪見をすくはん。しるべし、
 仏法には、もとより身心一如(しんじんいちにょ)にして、性相不二(しょうそうふに)なりと談ずる、西天東地(さいてんとうち)おなじくしれるところ、あへてたがふべからず。いはむや常住を談ずる門には万法(ばんぽう)みな常住なり、身()と心(こころ)とをわくことなし。寂滅(じゃくめつ)を談ずる門には諸法みな寂滅なり。性(しょう)と相(そう)とをわくことなし。しかあるを、なんぞ身滅心常(しんめつしんじょう)といはむ、正理(しょうり)にそむかざらむや。しかのみならず、生死(しょうじ)はすなはち涅槃(ねはん)なりと覚了すべし。いまだ生死のほかに涅槃を談ずることなし。いはむや、心(こころ)は身()をはなれて常住なりと領解(りょうげ)するをもて、生死をはなれたる仏智に妄計(もうけ)すといふとも、この領解(りょうげ)智覚の心は、すなはちなほ生滅して、またく常住ならず。これ、はかなきにあらずや。
 嘗観(しょうかん)すべし、身心一如(しんじんいちにょ)のむねは、仏法のつねの談ずるところなり。しかあるに、なんぞ、この身()の生滅せんとき、心ひとり身をはなれて、生滅せざらむ。もし、一如なるときあり、一如ならぬときあらば、仏説おのづから虚妄(こもう)になりぬべし。又、生死はのぞくべき法ぞとおもへるは、仏法をいとふつみとなる。つつしまざらむや。

  この文で道元は、法華経迹門方便品の「諸法実相」の法理を自分の譬喩で語っているのだ。道元の言う「身心一如」「性相不二」は諸法実相に通じ、諸法実相は色心不二に通じ、色心不二は生死不二に通じている。そして法華経迹門方便品の諸法実相は、法華経本門寿量品の久遠実成と通底している。久遠実成の文底は久遠即末法となる。色心不二は空間軸でとらえた生命の真実、久遠即末法は時間軸でとらえた生命の真実である。空間は色法、時間は心法となる。色心不二・久遠即末法は、今、ここに、己心の仏が現成して法を説くことを示している。
 色心不二・久遠即末法という生命の真実に目をそむけ、「心は身をはなれて常住なり」と錯覚したり、「生死はのぞくべき法」と勘違いして、「生死をはなれたる仏智」を妄想したりするのは爾前権教の方便であり、これを権威に振りかざせば仏法に違背する邪義となる。

 しるべし、仏法に心性大総相の法門といふは、一大法界をこめて、性相をわかず、消滅をいふいことなし。菩提涅槃におよぶまで、心性にあらざるなし。一切諸法・万象・森羅、ともにただこれ一心にして、こめずかねざることなし。このもろもろの法門、みな平等一心なり。あへて異違なしと談ずる、これすなはち仏家の心性をしれる様子なり。
 
しかあるを、この一法に身と心とを分別し、生死と涅槃とをわくことあらんや。すでに仏子なり、外道の見をかたる狂人のしたのひびきをみみにふるることなかれ。

 「心性大総相の法門」とは、方便品の真髄である諸法実相・色心不二の哲理にほかならない。道元は自分の譬喩で諸法実相の文底を開いているのだ。「このもろもろの法門、みな平等一心なり。あへて異違なしと談ずる」という言葉は、森羅万象の色心不二なることを示している。「仏家の心性をしれる様子」とは、法華経文底の妙法の曼陀羅である。道元は、それを正法眼蔵・涅槃妙心ととらえたのである。「外道の見をかたる狂人」という言葉は現代文明の両義性を示している。

 とうていはく、この坐禅をもはらせん人、かならず戒律を厳浄すべしや。
 しめしていはく、持戒梵行は、すなはち禅門の規矩なり、仏祖の家風なり。いまだ戒をうけず、又戒をやぶれるもの、その分なきにあらず。

 「坐禅・戒律厳浄・持戒梵行」の文底は法華経の虚空会への参列であり、妙法の曼陀羅への唱題である。これは禅門の規範であり、「仏祖の家風」すなわち仏道の真髄なのである。それは十界の生命すべてに開かれている。

  とうていはく、この坐禅をつとめん人、さらに真言止観の行をかね修せん、さまたげあるべからずや。
 しめしていはく、在唐のとき、宗師に真訣をききしちなみに、西天東地の古今に仏印を正伝せし諸祖、いづれもいまだしかのごときの行をかね修すときかずといひき。まことに、一事をこととせざれば一智に達することなし。

 文上の「止観真言」は爾前権経の域を出ない。それは人間が恣意的に定める文化・制度にほかならない。「止観」は生命の本源への思索であり、「真言」は言葉・制度・文化への思索である。いずれも生命の如是実相に迫る修行ではない。社会制度に組み込まれたゆがみを正す方法的原理を明らかにしたのが仏法なのである。

 とうていはく、この行は、在俗の男女もつとむべしや、ひとり出家人のみ修するか。しめしていはく、祖師のいはく、仏法を会すること、男女貴賤をえらぶべからずときこゆ。とうていはく、出家人は、諸縁すみやかにはなれて、坐禅瓣道にさはりなし。在俗の繁務は、いかにしてか一向に修行して、無為の仏道にかなはん。
 しめしていはく、おほよそ、仏祖あはれみのあまり、広大の慈門をひらきおけり。これ一切衆生を證入せしめんがためなり、人天たれかいらざらんものや。ここをもて、むかしいまをたづぬるに、その證これおほし。しばらく代宗・順宗の、帝位にして万機いとしげかりし、坐禅瓣道して仏祖の大道を会通す。李相国・防相国、ともに輔佐の臣位にはんべりて、一天の股肱たりし、坐禅瓣道して仏祖の大道に證入す。ただこれ、こころざしのありなしによるべし、身の在家出家にはかかはらじ。又ふかくことの殊劣わきまふる人、おのづから信ずることあり。いはんや世務は仏法をさゆとおもへるものは、ただ世中に仏法なしとのみしりて、仏中に世法なきことをいまだしらざるなり。

 現代社会においては、出家人も非出家人も文明社会の両義性にさらされている。いかなる人も世俗の繁務を免れることはできない。そこに差別を見れば分別虚妄に陥る。繁務を免れようとする心もまた両義的なのである。仏道修行の出発点に差別はない。差別を設ける心は仏道から逸脱する。
 「仏祖あはれみのあまり、広大の慈門をひらきおけり」の「広大の慈門」とは宇宙・生命本有、すなわち如是実相の妙法にほかならない。「人天たれかいらざらんや」は色心不二、「むかし今をたづぬるに、その證これおほし」は久遠即末法である。「世中に仏法なしとのみしりて、仏中に世法なきことをいまだしらざるなり」は生仏不二を表している。世俗と仏法は別のものではない。妙法は世俗隔別を世俗不二と転換する。

 ちかごろ大宋に馮相公(ひんしようこう)といふありき。祖道に長ぜりし大官なり。のちに詩をつくりて、みづからをいふに、いはく、《公事の余(ひま)に坐禅を喜(この)む、曾て脇を将(も)て床に到(いた)して眠ること少(な)し。然(しか)く宰官相と現出せりと雖も、長老の名、四海に伝はる》。これは、官務のひまなかりし身なれども、仏道のこころざしふかければ得道せるなり。他をもてわれをかへりみ、むかしをもていまをかがみるべし。

 「大宋の馮相公」を他者と見れば外道に閉ざされ、己心に開く求法の一念と見れば仏道が開く。「官務のひまなかりし身」も「仏道にこころざしふかければ」も、自己の一念に収斂する。「他をもてわれをかへりみ」は色心不二、「むかしをもていまをかがみる」は久遠即末法である。

  大宋国には、いまのよの国王大臣・士俗男女、ともに心を祖道にとどめずといふことなし、武門・文家、いづれも参禅学道をこころざせり。こころざすもの、かならず心地を開明することおほし。これ世務の仏法をさまたげざる、おのづからしられたり。
 
国家に真実の仏法弘通すれば、諸仏諸天ひまなく衛護するがゆゑに、王化太平なり。聖化太平なれば、仏法そのちからをうるものなり。
 又、釈尊の在世には、逆人邪見みちをえき。祖師の会下には、獦者・樵翁さとりをひらく。いはんやそのほかの人をや。ただ正師の教道をたづぬべし。

 「大宋国には、いまのよの国王大臣・士俗男女、ともに心を祖道にとどめずといふことなし、武門・文家、いづれも参禅学道をこころざせり」という言葉を、己心に開く虚空会と受け止めるとき仏道が開く。「こころざすもの、かならず心地を開明することおほし」は妙法の功徳、「これ世務の仏法をさまたげざる、おのづからしられたり」は朝晩の勤行唱題である。
 「国家に真実の仏法弘通すれば、諸仏諸天ひまなく衛護するがゆゑに、王化太平なり。聖化太平なれば、仏法そのちからをうるものなり」は、日蓮が説いた立正安国の哲理と通底している。
 「釈尊の在世には、逆人邪見みちをえき」は己心に開く正法の機縁、「祖師の会下には、獦者・樵翁さとりをひらく」は己心に開く像法の機縁、「いはんやそのほかの人をや。ただ正師の教道をたづぬべし」は末法の機縁である、

 とうていはく、この行は、いま末代悪世にも、修行せば證をうべしや。
 しめしていはく、教家の名相をこととせるに、なほ大乗実教には、正像末法をわくことなし、修すればみな得道すといふ。いはんやこの単伝の正法には、入法出身、おなじく自家の財珍を受用するなり。證の得否は、修せんものおのづからしらんこと、用水の人の冷煖(りようなん)をみづからわきまふるがごとし。

 「この行」は妙法の修行、「末代悪世」は久遠即末法、「修行せば證をうべしや」は修證不二となる。「教家の名相をこととせる」は文上の視点、「大乗実教には、正像末をわくことなし」は文底の視点である。「この単伝の正法」は妙法の曼陀羅、「入法出身」は随縁不変・一念寂照となる。「自家の財珍」は自己の色心の働き、「受用」は自受用報身である。自受用智の現成を「證の得否は、修せんものおのづからしらんこと、用水の人の冷煖(りようなん)をみづからわきまふるがごとし」という。

 とうていはく、あるがいはく、仏法には、即心是仏のむねを了達しぬるがごときは、くちに経典を誦せず、身に仏道を行ぜされども、あへて仏法にかけたるところなし。ただ仏法はもとより自己にありとしる、これを得道の全円とす。このほかさらに他人にむかひてもとむべきにあらず、いはんや坐禅瓣道をわづらはしくせんや。
 
しめしていはく、このことば、もともはかなし。もしなんぢがいふごとくならば、こころあらんもの、たれかこのむねををしへんに、しることなからん。
 
しるべし、仏法は、まさに自他の見をやめて学するなり。もし自己即仏としるをもて得道とせば、釈尊むかし化道にわずらはじ。しばら古徳の妙則をもてこれを證すべし。

 この問いは凡夫の心が造作した虚構であり、「即心是仏」という言葉は生命の如是実相とは無縁である。十界互具の生命は縁に染浄される。仏道を開くには正しい修行が必要なのである。「即心是仏」の文底を開かなければ、凡夫即極・生仏不二の法理は見えてこない。「自己即仏としる」の文底を開く方法的原理は「坐禅瓣道」であり、「古徳の妙則」、すなわち妙法の曼陀羅を信受することにある。

  むかし、則公監院(そつこうかんいん)といふ僧、法眼禅師(ほうげんぜんじ)の会中(えちゆう)にありしに、法眼禅師とうていはく、則監(かん)()、なんぢわが会にありていくばくのときぞ。則公がいはく、われ師の会にはんべりて、すでに三年をへたり。禅師のいはく、汝はこれ後生なり、なんぞつねにわれに仏法をとはざる。則公がいはく、それがし、和尚をあざむくべからず。かつて青峯禅師のところにありしとき、仏法におきて安楽のところを了達せり。禅師のいはく、なんぢいかなることばによりてか、いることをえし。則公がいはく、それがし、かつて青峯にとひき、いかなるかこれ学人の自己なる。青峯のいはく、丙丁童子来求火(ひようじようどうじらいぐか)。法眼いはく、よきことばなり。ただし、おそらくはなんぢ会せざらんことを。則公がいはく、丙丁は火に属す。火をもてさらに火をもとむ、自己をもて自己をもとむるににたりと会せり。禅師のいはく、まことにしりぬ、なんぢ会せざりけり。仏法もしかくのごとくならば、けふまでつたはれじ。
 ここに則公、懆悶してすなはちたちぬ。中路にいたりておもひき、禅師はこれ天下の善知識、又五百人の大導師なり、わが非をいさむる、さだめて長処あらん。禅師のみもとにかへりて、懺悔礼謝してとうていはく、いかなるかこれ学人の自己なる。禅師のいはく、丙丁童子来求火と。則公、このことばのしたに、おほきに仏法をさとりき。

  ここには言葉の文上の意義を解釈するだけでは、仏法の真髄は把握できないことが説かれている。「丙丁童子来求火(ひようじようどうじらいぐか)」という譬喩の文底をどのように把握するのか。則公の「丙丁は火に属す。火をもてさらに火をもとむ、自己をもて自己をもとむるににたり」という文上の解釈では説似一物即不中となる。すでに「いかなるかこれ学人の自己なる」という問いに対する鸚鵡返しのトートロジー(同義語反復)に陥っているからだ。則公は自分の未熟さを心から悔い、心を新たにして師に「いかなるかこれ学人の自己なる」と問い直したとき、「丙丁童子来求火」の譬喩が、今、ここに、法を求める〈自己〉にほかならないことを悟ったのである。ここには因果異時の分析的論理と因果倶時の曼陀羅的法理の違いが示されている。法理の文底は譬喩でしか伝えられず、また自分の譬喩で把握する以外にないのである。

  あきらかにしりぬ、自己即仏の領解(りようげ)をもて、仏法をしれりといふにはあらずといふことを。もし自己即仏の領解を仏法とせば、禅師さきのことばをもてみちびかじ、又しかのごとくいましむべからず。ただまさに、はじめ善知識をみんより、修行の儀則を咨問して、一向に坐禅辧道して、一知半解を心にとどむることなかれ。仏法の妙術、それむなしからじ。

 「自己即仏の領解(りようげ)をもて、仏法をしれりといふにはあらず」とは、形而上学的分析的論理に対する破折である。「もし自己即仏の領解を仏法とせば、禅師さきのことばをもてみちびかじ、又しかのごとくいましむべからず」とは、言葉の虚構性を自覚して事象の文底を開く視点にほかならない。「はじめ善知識をみんより、修行の儀則を咨問して」とは、妙法の曼陀羅を信受することである。「一向に坐禅辧道して、一知半解を心にとどむることなかれ」とは、妙法の曼陀羅を根本にして諸法を正しく位置づけて運用することにほかならない。

  とうていはく、乾唐の古今をきくに、あるいはたけのこゑをききて道をさとり、あるいははなのいろをみてこころをあきらむるものあり、いはんや釈迦大師は、明星をみしとき道を證し、阿難尊者は、刹竿(せちかん)のたふれしところに法をあきらめし。のみならず、六代よりのち、五家のあひだに、一言半句のしたに心地をあきらむるものおほし。かれらかならずしも、かつて坐禅瓣道せるもののみならんや。
 
しめしていはく、古今に見色明心し、聞声悟道せし当人、ともに瓣道に擬議量なく、直下に第二人なきことをしるべし。

 「乾唐の古今をきくに、あるいはたけのこゑをききて道をさとり、あるいははなのいろをみてこころをあきらむるものあり、いはんや釈迦大師は、明星をみしとき道を證し、阿難尊者は、刹竿(せちかん)のたふれしところに法をあきらめし」とは、他者の修證不二なる仏道の体験である。他者の体験は自己にとって譬喩となり、自己の体験は他者にとって譬喩となる。得道とは自己の仏道の体験を語ることである。それは自ずからなる譬喩となる。「五家のあひだに、一言半句のしたに心地をあきらむるものおほし。かれらかならずしも、かつて坐禅瓣道せるもののみならんや」とは、文上にとらわれた外道の視点である。
 
道元は答えて「古今に見色明心し、聞声悟道せし当人、ともに瓣道に擬議量なく、直下に第二人なきことをしるべし」という。「見色明心」は色心不二、「聞声悟道」は久遠即末法である。「瓣道に擬議量なく、直下に第二人なし」とは、法華経文底の妙法への信順である。その具体的な実践を「坐禅瓣道」という。

 とうていはく、西天および神丹国は、人もとより質直(しちじき)なり。中華のしからしむるによりて、仏法を教化するに、いとはやく会入す。我朝は、むかしより人に仁智すくなくして、正種つもりがたし。番夷のしからしむる、うらみざらんや。又このくにの出家人は、大国の在家人にもおとれり。挙世(こせ)おろかにして、心量狭少なり。ふかく有為の功を執して、事相の善をこのむ。かくのごとくのやから、たとひ坐禅すといふとも、たちまち仏法を證得せんや。
 
しめしていはく、いふがごとし。わがくにの人、いまだ仁智あまねからず、人また迂曲なり。たとひ正直の法をしめすとも、甘露かへりて毒となりぬべし。名利にはおもむきやすく、惑執とらけがたし。しかはあれども、仏法を證入すること、かならずしも人天の世智をもて出世の舟航とするにはあらず。仏在世にも、てまりによりて四果を證し、袈裟をかけて大道をあきらめし、ともに愚暗のやから、癡狂の畜類なり。ただし、正信のたすくるところ、まどひをはなるるみちあり。また、癡老の比丘黙坐せしをみて、設齋の信女さとりをひらきし、これ智によらず、文(もん)によらず、ことばをまたず、かたりをまたず、ただしこれ正信にたすけられたり。

  この問いには、他者の権威の前にひれ伏す凡夫の心が示されている。それは自他の両義性を一義性に閉ざす謗法にほかならない。「かくのごとくのやから、たとひ坐禅すといふとも、たちまち仏法を證得せんや」ということが正しければ、坐禅の前に仏道にかなう人格を磨くための修行が必要ということになる。そこに待ち受けているのは、仏道の門前で永遠に足踏みを続ける歴劫修行の陥穽である。
 
それは随他意の方便権経の考え方であり、人間の心の在り方をさまざまな角度から分析する視点にほかならない。「仏法を證入する」には、随自意の法門である法華経文底の妙法を信受する以外にない。十界互具の存在を各界に分けて見ればすべて部分観となる。妙法とは根源であると同時に全体でもある存在である。その仏道を開くには全体観を把握した修行が必要となる。それを道元は坐禅瓣道ととらえる。坐禅辧道で問われるのは、分析知ではなく正信である。そこに自己の体験を譬喩として語る心が開かれる。

  また釈教の三千界にひろまること、わづかに二千余年の前後なり。刹土(せちど)のしなじななる、かならずしも仁智のくににあらず、人またかならずしも利智聰明のみあらんや。しかあれども、如来の正法、もとより不思議の大功徳力をそなへて、ときいたればその刹土にひろまる。人まさに正信修行すれば、利鈍をわかず、ひとしく得道するなり。わが朝は、仁智のくににあらず、人の知解(ちげ)おろかなりとして、仏法を会すばからずとおもふことなかれ。いはんや人みな般若の正種ゆたかなり。ただ承当することまれに、受用することいまだしきならし。

  仏教を文上でとらえれば、二千余年前にインドに生誕した釈尊が、さまざまな修行の後に悟った生命の法ということになる。従って時代の前後、国土の違いによって釈尊が伝えた仏法に接した人もいれば、全く無縁だった人もいる。これは過去・現在・未来にわたって変わらないだろう。しかし釈尊の伝えた仏法とは何か。すべての存在は自覚するしないにかかわらず、生命の根源の法である仏法に則ってその色心を起滅させているのである。自らの生命が則っている法を自覚し、人間として正しく豊かに生きる道を仏道という。その仏道を開く方法的原理をどう把握するか。道元はさまざまな角度から法華経の文底を開き、その真髄を人々に伝えようとしているのである。

 さきの問答往来し、賓主相交することみだりがはし。いくばくか、はななきそらにはなをなさしむる。しかあれども、このくに、坐禅瓣道におきて、いまだその宗旨(そうし)つたはれず。しらんとこころざさんもの、かなしむべし。このゆゑに、いささか異域の見聞をあつめ、明師の真訣をしるしとどめて、参学のねがはんにきこえんとす。このほか、叢林の規範および寺院の格式、いましめすにいとまあらず、又草草にすべからず。

  道元は権実雑乱の状況を憂い、仏法を求める人々に自分が師から学んだ坐禅辧道の方法的原理を伝授しようとしているのである。道元が説こうとしているのは法華経の真髄である色心不二・久遠即末法の法理にほかならない。それは明師の真訣である。「叢林の規範および寺院の格式、いましめすにいとまあらず、又草草にすべからず」という言葉は、色法を迹(影)、心法を本(体)とする事本物迹の視点に立っている。「叢林の規範・寺院の格式」は色心不二の上で色法が表、心法が裏となる。「明師の真訣」とは何かが問われているのだ。

  おほよそ我朝は、龍海の以東にところして、雲煙はるかなれども、欽明・用明の前後より、秋方の仏法東漸する、これすなはち人のさいはいなり。しかあるを、名相事縁しげくみだれて、修行のところにわづらふ。いまは破衣綴盂(ほいとつう)を生涯として、青巖白石のほとりに茅(ちがや)をむすんで、端坐修練するに、仏向上の事たちまちにあらはれて、一生参学の大事すみやかに究竟(くきよう)するものなり。これすなはち龍牙(りゆうげ)の誠勅なり、鶏足(けいそく)の遺風なり。その坐禅の儀則は、すぎぬる嘉禄のころ撰集(せんじゆ)せし普勧坐禅儀に依行すべし。

  道元はまず仏法東漸の因縁を説いている。「名相事縁しげくみだれて、修行のところをわづらう」とは「権実雑乱」の状況を凝視する言葉である。これは現代社会にそのまま通じる。「破衣綴盂(ほいとつう)を生涯として、青巖白石のほとりに茅(ちがや)をむすんで、端坐修練する」の文底を読み取らなければならない。「破衣綴盂の生涯」とは何か。「青巌白石のほとり」とは何か。「茅をむすぶ」とは何か。「端坐修練」とは何か。物本事迹の視点を事本物迹の視点に転換するとき何が見えてくるのか。さらに「仏向上の事」「龍牙の誠勅」「鶏足の遺風」の文底を探らなければならない。

 それ仏法を国中に弘通すること、王勅をまつべしといへども、ふたたび霊山の遺嘱(いぞく)をおもへば、いま百万億刹に現出せる王公相将、みなともにかたじけなく仏勅をうけて、夙生(しゆくしよう)に仏法を護持する素懐をわすれず、生来せるものなり。その化をしくさかひ、いづれのところか仏国土にあらざらん。このゆゑに、仏祖の道(どう)を流通せん、かならずしもところをえらび、縁をまつべきにあらず。ただ、けふをはじめとおもはんや。
 しかあればすなはち、これをあつめて、仏法をねがはん哲匠、あはせて道をとぶらひ雲(うん) 遊(ゆう)(ひん)()せん参学の真流(しんる)にのこす。ときに、
  寛喜辛卯中秋日      入宋伝法沙門道元記

  人間が人間として生きる意味とは何か。「いま百万億刹に現出せる王公相将」とは宇宙生命の法理を体現する一人ひとりの民衆にほかならない。仏法の真髄を求め、語り合う色心不二なる生命。ここでもまた、「仏国土」とは何か。「仏祖の道」とは何かが問われている。その真髄を道元は譬喩と曼陀羅的言説によって、説き示そうとしているのである。

 

 

 

 

拾遺「道話」

「辧道話」の「辧」は分明(明らかにする)、「道」は道元のいう「古仏の道」、「話」は道得(どうて)(言説)を意味する。

『正法眼蔵』の七十五巻本では、「辧道話」は序文に位置づけられている。

「正法眼蔵」、すなわち「正法」(法華経)の「眼」(真髄)の「蔵」(秘蔵)となる。

この巻は「辧道話」には、色心不二・円融三諦・久遠即末法の考え方が底流に流れている。

「辧」を不二、「道」を心法、「話」を色法ととらえれば色心不二となる。

「辧」を空諦、「道」を中諦、「話」を仮諦ととらえれば円融三諦となる。

「辧」を即、「道」を久遠、「話」を末法ととらえれば久遠即末法となる。

この妙法を、道元は正法眼蔵・涅槃妙心ととらえ、修行・実証する方法的原理の展開を予告している。