22 佛性 第三巻
本文研究
1節
釈迦牟尼仏言、
「一切衆生、悉有仏性、如来常住、無有変易」
これ、われらが大師釈尊の師子吼の転法輪なりといへども、一切諸仏、一切祖師の頂寧眼睛なり。参学しきたること、すでに二千一百九十年(当日日本仁治二年辛丑歳)正嫡わづかに五十代(至先師天童淨和尚)、西天二十八代、代代住持しきたり、東地二十参世、世世住持しきたる。十方の仏祖、ともに住持せり。
お釈迦様は次の言葉を残している。
「一切衆生、悉有(しつう)仏性、如来常住、無有変易」
仏性とは真理のことを意味する。
如来とは、真如から現れてきた者を意味する
一切の存在は、ことごとく仏そのものである。
真実は常にここにあり、決して変わることがない。
ライオンの咆哮を思わせる伝道の言葉である。
これまでに悟りを開き仏となった方々や、仏法を今に伝え続けた祖師の方々が、究め尽くしてこられた言説にほかならない。
仏教が興り、現在(当時1241年)にいたるまでにすでに2190年のも歳月が経た。
師から弟子へと受け嗣がれてきた仏法は、約50代を重ねることで我が師である天童如浄禅師へと伝わった。
インドにおいて28代、中国において23代の祖師方が、教えを受け嗣ぎ、途絶えることなく次の者へと伝え続けてこられた尊い結果である。
そして今や、悟りを開き仏となった人々はみな、お釈迦様が残した言葉とともにこの世界に住している。
2節
世尊道の一切衆生、悉有仏性は、その宗旨いかん。是什麼物恁麼来(是れ什麼物か恁麼に来る)の道転法輪なり。あるいは衆生といひ、有情といひ、群生といひ、群類といふ。 悉有の言は衆生なり、群有也。すなはち悉有は仏性なり。悉有の一悉を衆生といふ。正当恁麼時は、衆生の内外すなはち仏性の悉有なり。単伝する皮肉骨髓のみにあらず、汝得吾皮肉骨髓なるがゆゑに。
「一切衆生、悉有仏性」の真意とは何だろうか。
それは、中国における第6祖、大鑑慧能が弟子の南嶽懐譲に問いかけた言葉「是什麼物恁麼来」と趣旨を同じくする。
慧能は「何者が何をしに来たのか」と南嶽に問いただすことで、自分という存在を問う大命題を南嶽に突きつけた。
自分という、この存在が何者であるのか。
自分とは何なのか。畢竟、存在とは何なのか。
仏道を歩む上で、決して避けて通ることのできない関門である。
人間という存在。
それは衆生と呼ばれたり、有情と呼ばれたり、群生と呼ばれたり、群類と呼ばれたりする。
「悉有仏性」という言葉の「あらゆるものがある(悉有)」が指しているのは、私たち人間をも含む。
そうした上で、あらゆるものは仏であり真理であると言っているわけだ。
この言葉を体現するとき、この自分こそが身も心もまさしく仏のあらわれとしてこの世に存在していることを、明らかに知るのである。
中国の初祖である菩提達磨は、4人の弟子に仏法が伝わったと宣言したが、何も仏法を受け嗣いだのは4人に限られた話ではない。
誰もが達磨の法を受け嗣いでいる。
大自然の法則を体現するとき、人は仏と異ならない。
3節
しるべし、いま仏性に悉有せらるる有は、有無の有にあらず。悉有は仏語なり、仏舌なり。仏祖眼睛なり、衲僧鼻孔なり。悉有の言、さらに始有にあらず、本有にあらず、妙有等にあらず、いはんや縁有、妄有ならんや。心・境・性・相等にかかはれず。しかあればすなはち、衆生悉有の依正、しかしながら業増上力にあらず、妄縁起にあらず、法爾にあらず、神通修証にあらず。衆生の悉有、それ業増上および縁起法爾等ならんには、諸聖の証道および諸仏の菩提、仏祖の眼睛も、業増上力および縁起法爾なるべし。しかあらざるなり。
「あらゆるものがある(悉有)」の有るは、有る無いの有るではない。
悉有とは、仏が話した言葉であり、生の本物であり、人間の真理そのものを示す言葉である。
有とは、ある時からはじまって有るという意味ではない。
もともと存在するという意味の有るでもない。
「空」が有るという意味でもない。
縁によって有るという意味でもない。
もちろん、迷盲によって有ると錯覚することでもない。
また、自分の心にあるのでもなく、認識の対象としてあるのでもなく、事物の本性としてあるのでもなく、姿や形としてあるのでもない。
あるいは、身と口と意での行いによって生じた業の積み重ねによってあるのでもなく、妄念した縁起によってあるのでもなく、自然のなかにあるのでもなく、特殊な神通力のようなものによってあるのでもない。
人々が真実そのもの、仏そのものであるというとき、それが業の積み重ねや縁起などによってもたらされたものだとするならば、歴代の祖師方の悟りもまた業の積み重ねや縁起などによってもたらされたものだということになる。
しかし、そうではない。
盡界はすべて客塵なし、直下さらに第二人あらず、「直に根源を截るも未だ識らず、忙忙たる業識幾時か休せん」なるがゆゑに。
この世に真理を邪魔するもの(対象となる塵)などはない、
この自己の在り方と別に、隠れている「本当の自己(深層にある自分の魂)」などもない、という。
そりゃあ、業(カルマ)と知識(情報)で忙しくしてしまって、脳を休ませないのだから、根源を直截できるわけがない。
妄縁起の有にあらず、遍界不曾藏のゆゑに。遍界不曾藏といふは、かならずしも満界是有といふにあらざるなり。遍界我有は外道の邪見なり。
遍界不曾藏とはなに?
因果関係で概念化される「有」ではない。それは見えない原因が隠れていて、その結果存在するようなものではなく、現前しているすべてのものは、そのように現前している。
しかし、このことは「すべては存在する」という概念による認識とは違う。
その認識を根拠づける「実体」や「本質」を想定することは「我有」であるから導かれるのであって、仏教の考え方ではない。誤った見解である。
すべてが真理のあらわれであるとは、盲目的な縁起によって起こることではない。
眼前にあらわれている真理を隠すものなどないからである。
世界は何も隠してはいないが、しかし自分で把握できる世界に真理が有ると言うべきでは、やはりない。
自分にとって有るように思えるというのは、これはもう仏の教えとは別物というべきだろう。
本有の有にあらず、亘古亘今のゆゑに。始起の有にあらず、不受一塵のゆゑに。條條の有にあらず、合取のゆゑに。無始有の有にあらず、是什麼物恁麼来のゆゑに。始起有の有にあらず、吾常心是道のゆゑに。
本質を意味するような「本来の存在」と言う意味での「有」ではない。
かつて隠れていたものが今ここに現れた、という意味での分別された時間ではなく、超越されているからである。
亘古亘今
不受一塵
合取
始めが規定できる「有」でもない。終わりと始まりに概念的に分節する煩悩から逃れているからだ。
個々に判別できる存在ではない。
仏性の問題は個々の存在するものに関わるのではなく、およそ存在するものの存在の仕方を、まるごと一度に問うものだからだ。
始まりのない永遠の「実体」としての「有」ではない、是什麼物恁麼来としか言いようのない、無常で縁起する「有」であるから。
それまで無くて、それ自体で初めて現れた「有」ではない、日常の修行においてその在り方は実証され、現前するからだ。
まさにしるべし、悉有中に衆生快便難逢なり。悉有を会取することかくのごとくなれば、悉有それ透体脱落なり。
快便難逢
存在としての仏性に遭遇することは仏法を学ぶことのない衆生には困難である。
このような存在を会得するのならば、存在は透明化して現前し、意識による二元的概念の世界観から脱却するであろう。
ここでいう悉有とは「悉くが真理を有している」というような、「有る無し」としての有ではないことを。
「悉有」とは一つの仏の言葉であり、仏祖が究め尽くしてきた真理であり、人間の真理そのものを示す言葉である。
仏法を学ぶすべての者が真っ向から向かい合って参究すべき言葉にほかならない。
有とは、ある時からはじまって有るという意味ではない。
もともと存在するという意味の有るでもない。
空という存在の仕方で有るという意味でもない。
縁によって有るという意味でもない。
もちろん、迷盲によって有ると錯覚することでもない。
また、自分の心にあるのでもなく、認識の対象としてあるのでもなく、事物の本性としてあるのでもなく、姿や形としてあるのでもない。
あるいは、身と口と意での行いによって生じた業の積み重ねによってあるのでもなく、妄念した縁起によってあるのでもなく、自然のなかにあるのでもなく、特殊な神通力のようなものによってあるのでもない。
人々が真実そのもの、仏そのものであるというとき、それが業の積み重ねや縁起などによってもたらされたものだとするならば、歴代の祖師方の悟りもまた業の積み重ねや縁起などによってもたらされたものだということになる。
しかし、そうではない。
全世界ことごとく全てにおいて、外から真理を得るということはありえない。
今ここにある真理の絶対性を、外から成り立たせているものがあると考えるのは誤りである。
なぜ人がここのところを思い誤るかというと、妄念の根源から離れていても仏性であるところの自己に気付かず、次々と生み出される業の連鎖が片時も休むことなく続いていくためである。
すべてが真理のあらわれであるとは、盲目的な縁起によって起こることではない。
眼前にあらわれている真理を隠すものなどないからである。
世界は何も隠してはいないが、しかし自分で把握できる世界に真理が有ると言うべきでは、やはりない。
自分にとって有るように思えるというのは、これはもう仏の教えとは別物というべきだろう。
すべてが仏であり真理であるとは、いつからかはじまったことではない。今も昔も変わることなくそうであった。
人がそのように見たときに真理が知覚されるのではない。真理は知覚の対象ではないからである。
あるいは個々に真理が存在するのでもない。すべては一つにつながっている。
有る、と認識することによって道を踏み外してしまうがために、祖師方は「何者が何をしに来たのか」と訊ねて弟子を目覚めさせ、「平常心こそが仏道である」と答えて真理を示してきた。
それらすべてから学びなさい。
仏と衆生は異なるものではないのだ。
異ならないのに、どうしてどちらか一方を「有る」とすることができるだろうか。「有る」というなら、「無い」ことがあるとでもいうのだろか。
このようにして「一切衆生、悉有仏性」といわれるところの真意を理解するなら、衆生はすでに仏としてあり、かつ、仏であることを忘れ、仏から抜け出して、真理のままにあることだろう。
4節
仏性の言をききて、学者おほく先尼外道の我のごとく邪計せり。それ、人にあはず、自己にあはず、師をみざるゆゑなり。いたづらに風火の動著する心意識を仏性の覚知覚了とおもへり。たれかいふし、仏性に覚知覚了ありと。覚者知者はたとひ諸仏なりとも、仏性は覚知覚了にあらざるなり。いはんや諸仏を覚者知者といふ覚知は、なんだちが云云の邪解を覚知とせず、風火の動静を覚知とするにあらず、ただ一両の仏面祖面、これ覚知なり。
仏道を学ぶ者の多くは仏性という言葉を聞いて、仏教ではない他の者たちが言うところの「不滅の自我」のようなものを連想した。
仏性とは自分の中にある霊魂のようなものだろうと。
それは、彼らが仏性というものを知る人に出会ったことがなく、仏性について真剣に問うたことがなく、正しく導いてくれる師の教えを受けたことがないがゆえの誤りであった。
彼らは、人間が備えている意識のはたらきは、仏性というものがあるからこそ成り立つものだと考えた。
仏性によって人間は外界を知覚し、また知覚したと認識することができるのだと。
しかしそんなことを、一体誰が言ったというのだろうか。
仏性が知覚の主体であるなどということはない。
真実を悟った者たちを「覚者」と呼び、または「仏」と呼ぶことはあるが、仏性が知覚の主体ということはないのだ。
そもそも、悟った者を覚者や知者と呼ぶときの「覚」「知」という言葉が意味するものは、外界を感じ取る知覚(五感器官と脳の機能)の意味ではない。
心の意識を指しているのでもない。
あらゆるものが真理そのものであることを、はっきりと自覚することを意味している。
5節
往往に古老先徳、あるいは西天に往還し、あるいは人天を化導する、漢唐より宋朝にいたるまで、稲麻竹葦のごとくなる、おほく風火の動著を仏性の知覚とおもへる、あはれむべし、学道転疎なるによりて、いまの失誤あり。いま仏道の晩学初心、しかあるべからず。たとひ覚知を学習すとも、覚知は動著にあらざるなり。たとひ動著を学習すとも、動著は恁麼にあらざるなり。もし真箇の動著を会取することあらば、真箇の覚知覚了を会取すべきなり。仏之與性、達彼達此(仏と性と、彼に達し、此に達す)なり。仏性かならず悉有なり、悉有は仏性なるがゆゑに。悉有は百雜碎にあらず、悉有は一条鉄にあらず。拈拳頭なるがゆゑに大小にあらず。すでに仏性といふ、諸聖と齊肩なるべからず、仏性と齊肩すべからず。
漢の時代から宋の時代にいたるまで、インドに赴いては仏教を学び、人に接しては教えを説いた僧侶は大勢いた。
しかしそのなかにも、仏性というものを意識のはたらきと考える者がいた。
憐れむべきことである。
仏道を学ぶという姿勢に疎かなところがあれば、何を学んだとしても不十分なもので終わってしまう。
誤りはそうした姿勢から生じたのだろう。
これから仏道を学ぼうとするものは、そのような心で仏法を学んではいけない。
仏性を学ぼうとしても、それは器官や脳によって知覚され認識されるような意識のはたらきに関するものではない。
だから知覚されるものから学ぼうとしても、仏性を学ぶことはできないのは当然と言える。
そうした知覚というものの本質を知って、人が想起する意識の本質をも知りなさい。
よいだろうか。仏性は「仏となる性質」ではない。
仏と性が分かれているのではない。
真理であるところの仏性と森羅万象は異なるものではなく、人が仏性としてあるとき、人は仏性にほかならないのである。
この真理をよくよく明らかにしなさい。
仏性はいつでも眼前にある。
目の前に広がる全世界が仏性にほかならないからだ。
だからその一切を細分化して考えるのは適切でない。
かといって、一切を1つの塊のように捉えるのもまた適切とは言えない。
仏性を見るとは、手を握って拳をつくるというような具体的なことであって、大小といった概念を理性で考えることではない。
知識でもって理解する対象ではないということである。
だから仏性を意識のはたらきだと思う者たちは、仏性を明らかにした覚者たちと肩を並べることはできない。
もちろん、互いの仏性を比べ合うことなどできようはずもない。
6節
ある一類おもはく、仏性は草木の種子のごとし。法雨のうるひしきりにうるほすとき、芽茎生長し、枝葉花果もすことあり。果実さらに種子をはらめり。かくのごとく見解する、凡夫の情量なり。たとひかくのごとく見解すとも、種子および花果、ともに条条の赤心なりと参究すべし。果裏に種子あり、種子みえざれども根茎等を生ず。あつめざれどもそこばくの枝条大囲となれる、内外の論にあらず、古今の時に不空なり。しかあれば、たとひ凡夫の見解に一任すとも、根茎枝葉みな同生し同死し、同悉有なる仏性なるべし。
一部に、仏性を草木の種のようなものだと考える人々がいる。
大地を潤す雨のように、教えの雨を受けて仏の芽が出て、茎が伸び、枝葉を茂らせて花や果を結ぶ。
そうして果実のなかに種子が宿る。
人が成長するなかでやがてその人に宿るもの、それが仏性であると。
このような見解は、やはり凡夫の考えであると言わざるをえない。
しかしながら、種子は種子で1つの真理を物語り、花果は花果で1つの真理を物語っていると見るなら、この見解はまったく無意味なものでもない。
果実のなかに種子はある。
種子の姿は見えないが、根や茎などを生じさせるものになっているのは種子にほかならない。
枝葉を寄せ集めくっつけるなどして樹は成長するわけではなく、内側からの力によってのみ成長するのでもなく、外部からの力によってのみ成長しているのでもない。
古今にわたって、樹を支えるあらゆる要素との関わりによって、刹那の生滅変化を繰り返すことで樹は成長している。
人間の体を構築している細胞が、刻々と死に、生まれ、変わり続けていくことで変わらずに見えるのと同じことである。
そうであるから、一応はこの凡夫の見解にも意義はある。
根も茎も枝も葉も、瞬時に生じては瞬時に滅するという在り方をしており、そのすべてが悉く仏性なのであると観るならば。
7節
仏の言く。仏性の義を知らんと欲はば、まさに時節の因縁を観ずべし。時節若し至れば、仏性現前す。
いま「仏性義をしらんとおもはば」といふは、ただ知のみにあらず、行ぜんとおもはば、証せんとおもはば、とかんとおもはばとも、わすれんとおもはばともいふなり。かの説、行、証、忘、錯、不錯等も、しかしながら時節の因縁なり。時節の因縁を観ずるには、時節の因縁をもて観ずるなり、拂子拄杖等をもて相観するなり。さらに有漏智、無漏智、本覚、始覚、無覚、正覚等の智をもちゐるには観ぜられざるなり。
当観といふは、能観所観にかかはれず、正観邪観等に準ずべきにあらず、これ当観なり。当観なるがゆゑに不自観なり、不他観なり、時節因縁聻なり、超越因縁なり。仏性聻なり、脱体仏性なり。仏仏聻なり、性性聻なり。
時節因縁:そのときそのときの在り方 カタチに現れるが諸行無常で常に生まれては消えていく。
お釈迦様は次の言葉を残している。
「仏性の何たるかを知ろうを思うならば、時節の縁をよく観なさい。時節に至れば、仏性はすぐに実現される」
と。
ここでいう「仏性の何たるかを知ろうと思うならば」という言葉は、なにも「知る」ことだけに限った話ではない。
仏性を行じようと思うなら、仏性を証明しようと思うなら、仏性を説こうと思うなら、あるいは仏性に執着することを忘れようと思うならと、それらすべてに通じる話である。
それらすべては「時節の縁」に因って、まさしく眼前に実現される。
時節の縁を観るためには、まさに時節の縁そのものを観るよりほかに方法はない。
特別なものを観ようとするのではなく、身近な、日常生活に時節の縁を観なさい。
ただし観ると言っても、それは煩悩によって観るのではなく、煩悩の滅した智慧で観るのでもなく、悟りの智慧で観るのでもない。
「まさに観る」のでなければ真実でない。
「まさに観る」とは、観る観られるというような自他を立てず、正しく観る誤って観るといった判断にも関わらない。
ただただ、それ自体をありのままに観ることだけを「まさに観る」と言う。
だから、ただ時節を観るというときには、自分が観るということはないのだ。
誰が観るということも、誰が観られるということもない。
そこにはただ時節の縁しかない。
仏性、ただそれだけなのである。すべてが仏性であるとは、ただ、そこにある仏性を観るというだけのことである。
仏というとき、それは仏以外の何者でもなく、性というとき、それは性以外の何ものでもないように、まさに仏性そのものを観て、仏性という意識から脱しなさい。
8節
時節若至の道を、古今のやから往往におもはく、仏性の現前する時節の向後にあらんずるをまつなりとおもへり。かくのごとく修行しゆくところに、自然に仏性現前の時節にあふ。時節いたらざれば、参師問法するにも、辨道功夫するにも、現前せずといふ。恁麼見取して、いたづらに紅塵にかへり、むなしく雲漢をまぼる。かくのごとくのたぐひ、おそらくは天然外道の流類なり。いはゆる欲知仏性義は、たとへば当知仏性義といふなり。当観時節因縁といふは、当知時節因縁といふなり。いはゆる仏性をしらんとおもはば、しるべし、時節因縁これなり。時節若至といふは、すでに時節いたれり、なにの疑著すべきところかあらんとなり。疑著時節さもあらばあれ、還我仏性来なり。しるべし、時節若至は、十二時中不空過なり。若至は、既至といはんがごとし。時節若至すれば、仏性不至なり。しかあればすなはち、時節すでにいたれば、これ仏性の現前なり。あるいは其理自彰なり、おほよそ時節の若至せざる時節いまだあらず、仏性の現前せざる仏性あらざるなり。
「時節にもし至ったなら」という言葉を、古来多くの人々は次のように解釈した。
「時がくれば仏性が現れるだろうから、時がくるのを待てばいい」
「自然に生活していれば、やがてその時がやってきて仏性が現れる」
「もしその時がやってこなければ、いくら師から教えを受け、修行に精を出していても仏性が現れることはない」
と。
仏性というものをそのように考えて、無益な時間を過ごし、世俗の生活を送ってきた者は多い。
夜空を見上げ星を眺めて、ただ虚しい時を過ごしてきたのだ。
このように考え行動する人々は、すべて運命は自然の運行とともにあり、修行といった生き方を否定する思想家と同じ部類に属する。
それは、仏教ではない。
先に「仏性の何たるかを知ろうと思うならば」と言ったが、それは「仏性の何たるかを知る時」と言い換えることができる。
知ろうと思うとき、人はそれを知る。
同様に、「時節の縁を観る」とは「時節の縁を知る時」のことである。
「仏性の何たるかを知ろうと思う時」、それがまさに「時節の縁」そのものなのである。
だから、「時節にもし至ったなら」というお釈迦様の言葉は、「まさに今、時節に至っている」ということと同義と言える。
そこに疑いをはさむ余地はない。
志したとき、すでに時節に至っていることの真実を疑うならば、真実であるところの仏性を私に返してもらいたいくらいだ。
知りなさい。
「時節にもし至ったなら」は「まさに今、時節に至っている」ことであるのだから、今この時間を無駄にするような生き方はすべきでないと。
四六時中、時間を疎かにすべきではないと。
「時節にもし至ったなら」という至言を表面的に解釈し、「ただその時を待つ」と考えるというのであれば、それは「仏性に至る時は永遠にやってこない」と言っているようなものだ。
だから、よいだろうか、「時節に至る」とはすなわち、その瞬間にもう仏性は現前にあらわれているということにほかならない。
いわゆる、「その理おのずから明らかなり」という言のとおりである。
「その時がやってこない」ということは、端的に言ってありえない。
したがって「仏性が現前しない」ということもまた、同様にありえない。
9節
第十二祖馬鳴尊者、第十三祖のために仏性海をとくにいはく、
「山河大地皆依って建立し、三昧六通茲に由って発現す」
しかあれば、この山河大地、みな仏性海なり。皆依建立といふは、建立せる正当恁麼時、これ山河大地なり。すでに皆依建立といふ、しるべし、仏性海のかたちはかくのごとし。さらに内外中間にかかはるべきにあらず。恁麼ならば、山河をみるは仏性をみるなり、仏性をみるは驢腮馬觜をみるなり。皆依は全依なり、依全なりと会取し不会取するなり。
三昧六通由茲発現。しるべし、諸三昧の発現来現、おなじく皆依仏性なり。全六通の由茲不由茲、ともに皆依仏性なり。六神通はただ阿笈摩教にいふ六神通にあらず。六といふは、前三三後三三を六神通波羅蜜といふ。しかあれば、六神通は明明百草頭、明明仏祖意なりと参究することなかれ。六神通に滞累せしむといへども、仏性海の朝宗に罣礙するものなり。
お釈迦様から数えて12代目の祖にあたる馬鳴尊者は、のちに13代目の祖となる自分の弟子に対して、仏性が広大無辺なものであることを伝えるため「仏性海」の教えを説いた。
すなわち、
「山や川や大地は皆仏性であり、それぞれの姿でもって世界に存在している。
瞑想といった精神的なものもまた、仏性のあらわれの1つである」と。
そうであるからこの大自然のすべて、1つとして仏性でないものはない。
あたかも広大な海のごとく、仏性がどこまでも広がっている。
そうした真実の目で見た世界を、仏性海とよぶ。
仏性として存在している全世界は、存在しているそのとき、山や河や大地といったそれぞれの姿でもって仏性をあらわす。
それが仏性海の形というものである。
仏性の本当の姿は何だとか、外にあらわれる姿は何だとか、その中間の関係は何だとか、そんなことはまったく問題とするものではない。
そのようにして世界を眺めたとき、人は世界を仏性と観ることができるだろう。
だから仏性を観るとは、何も特別なものを観るのではない。
驢馬の顎や、馬の口といった、ありふれたものに仏性を観るのである。
すべてが仏性であると理解すべきだが、理解しようと務めても頭で理解できるようなものではないのだ。
やはりそれは、「仏性として観る」という具体的な体験以外に知りようのないことである。
瞑想といった精神状態も仏性のあらわれであり、精神のはたらきもまた仏性のあらわれ。
あるいは六神通といったはたらきも仏性のあらわれであるが、それは阿含経典にあるような不可思議な力のことではない。
「六」を「6つ」という数と受け取るのではなく、あらゆるはたらきの象徴としての「六」であると受け取りなさい。
六神通が仏性であるからといって、六神通にこだわる必要はない。
六神通に対してどうこう言っているこのことが、すでに仏性海のただ中での行ないなのだ。
だから六神通という言葉に執着すれば、仏性海を覆い隠す妨げとなるだろう。
10節
五祖大満禅師は、蘄州黄梅の人なり。父無くして生る、童児にして道を得たり。乃ち栽松道者なり。初め蘄州の西山に在りて松を栽ゑしに、四祖の出遊に遇ふ。道者に告ぐ、吾れ汝に伝法せんと欲へば、汝已に年邁ぎたり。若し汝が再来を待たば、吾れ尚汝を遅つべし。師、諾す。遂に周氏家の女に往いて托生す。因みに濁港の中に抛つ。神物護持して七日損せず。因みに收りて養へり。七歳に至るまで童児たり、黄梅路上に四祖大醫禅師に逢ふ。祖、師を見るに、是れ小児なりと雖も、骨相奇秀、常の童に異なり。
祖見問曰、「汝何なる姓ぞ」
師答曰、「姓は即ち有り、是れ常の姓にあらず」
祖曰、「是れ何なる姓ぞ」
師答曰、「是れ仏性」
祖曰、「汝に仏性無し」
師答曰、「仏性空なる故に、所以に無と言ふ」
祖、其の法器なるを識つて、侍者たらしめて、後に正法眼藏を付す。黄梅東山に居して、大きに玄風を振ふ。
「何」とは教えである。
言語によって固定化され、実体と錯覚された存在を「何」という問いで解体し、縁起の次元を現前させようというのである。
「如是」(そのようである) 大事な意味が含意されている
言語の意味はもの自体と対応しないということである。意味とはモノとの関係である、もの自体ではない。すなわち言語は決して「本質」を意味しない。「本質」は言語が生む錯覚である。
お釈迦様の教えを受け継いだ仏法伝承の系譜における中国の5代目の祖、大満弘忍(だいまん・こうにん)禅師は、蘄州の黄梅県(現在の湖北省)の出身であった。
父親はいなかったと伝わっている。
幼い頃から聡明で、仏道の要諦を理解していたという。
その大満禅師には次のような不思議な話が残されている。
大満禅師の前世は松の植木職人で、蘄州の西山で松を植えて暮らしていたそうだ。
そしてある日その植木職人は、中国における4代目の祖、つまり後に自分の師匠となる大医道信(だいいどうしん)禅師と偶然に出会った。
大医道信禅師は植木職人にこう言った。
「私はあなたに仏法を伝えたいと思うのだが、あなたはすでに年を取り過ぎている。
もしあなたが生まれ変わってもう一度私の前に現れるというのなら、私はあなたと再び出会う日を待っていようと思う」
植木職人は大医禅師の意を了解した。
そして遂には周氏の家の娘の腹に宿り、再びこの世界に生を受けた。
しかし娘は、生まれてきたばかりの赤子を入江に棄ててしまった。
赤子は当然生きていけないはずなのだが、神の類いが加護したのか、七日を経ても無事だった。
それを知った娘は驚いて赤子を取り戻して育てた。
そうして成長して7歳になった頃、幼い大満禅師は黄梅県の路上で大医禅師と再び出会った。
大医禅師はその子供を見て、まだ幼いながら非常に優れた素質を持つ子であることを見抜いた。
並の子供ではないと。
そこで大医禅師はその子に話しかけた。
「君、姓は何という?」
子供は答えた。
「姓は有です。けれど、これは世間でいうところの普通の姓ではありません」
「普通の姓ではないというと、それは一体何という姓なのだろうか?」
「仏性という姓です」
「仏性などというものは無いぞ」
「あらゆる存在は『空』ですから、仏性を『無』と言うこともできるでしょう」
大医禅師は子供である大満禅師の受け答えを聞いて、思った通り仏法を伝えるにふさわしい素質を持った人物であることを知った。
そしてお付きの僧をその子の家に向かわせ、両親に出家をさせるよう促した。
両親は、突然の話ではあったが、尊い仏縁によるものであるのならと思い、ことさらに難色を示すことなく子供を出家させた。
こうして大満禅師は大医禅師の弟子となり、後に大医禅師の法を受け嗣いで中国における禅宗の5祖となった。
その後、大満禅師は黄梅県の東山で暮らすようになり、大いに禅の教えを広めて多くの弟子を育てあげた。
以上が、今に伝わる大満禅師の話である。
11節
しかあればすなはち、祖師の道取を参究するに、四祖いはく、汝何性は、その宗旨あり。むかしは何国人の人あり、何姓の姓あり。なんぢは何姓と為説するなり。たとへば吾亦如是、汝亦如是と道取するがごとし。
それでは4祖大医禅師と5祖大満禅師との逸話から、それぞれの言葉を考察してみたい。
まず大医禅師はこう言った。
「君の姓は何か?」と。
この問いには重要な意味がある。
禅では昔から、相対する人物の根幹を問う質問として、「あなたは誰か?」という意味の問いを投げ掛けてきた。
「あなたはどこの国の人か?」「あなたの姓は何か?」という質問も、真に問うているのは畢竟「あなたは誰か」に尽きる。
姓は何かと問われて、世間でいうところの姓を答えても、それは「自分」に付けられた姓であって「自分」自身ではない。
同様に国の名を答えたとしても、それは「自分」の出身国であって「自分」そのものではない。
ここで問題となっているのは、姓が付く以前の「自分」そのもの。
姓の主体であり、また出身の主体となっている「自分」そのものとは一体何者なのか。
姓や出身は「自分」に付属するものであって、それら付属するすべてのものを取り去った素の「自分」とは何なのか。
大医禅師が問うているのは、まさに「この自分という存在とは何なのか」であると言えるだろう。
12節
五祖いはく、姓即有、不是常姓。
いはゆるは、有即姓は常姓にあらず、常姓は即有に不是なり。
存在(有)がそのまま言語(姓)に捉えられるわけではない。
その言語は不変の本質(存在、有)を表さない。
本質を表すとされる言語は存在に一致しない。
四祖いはく、是何姓は、何は是なり、是を何しきたれり。これ姓なり。何ならしむるは是のゆゑなり。是ならしむるは何の能なり。姓は是也、何也なり。これを蒿湯にも點ず、茶湯にも點ず、家常の茶飯ともするなり。
「何」という問いに付して「何」と問われるべき存在に変換してしまうことだ。 (これ姓なり)。
それで、大医禅師に「君の姓は何か?」と問われた大満禅師はこう答えた。
「姓即有、不是常姓」
姓を問われたので「有」という姓を答えたが、それは世間でいうところの名前とは別物であると。
「有」とは、姓が「ある」という意味ではない。
「有」という名前なのでもない。
「有」とは、今ここに「自分」が存在しているという真実の絶対性のこと。
しかし真実であるところの「自分」を言葉で説明しようとすれば、一言でも発した途端に「自分」を外すことになってしまうため、自分を説明するためには「是の如し」などと言うよりほかに言いようはない。
大満禅師も「常の姓ではない」と言い、単なる「名付け」に過ぎない世間の名前によって、私の絶対性を示すことは不可能だと言っている。
名前は「自分」に付けられた名前であって、自分そのものでは決してない。
このような大満禅師の受け答えに対し、大医禅師はさらに問いを重ねた。
「是れ何なる姓ぞ」
「有」というが、それは畢竟、何なのだ。あなたは誰なのだ。
姓を問うことで存在を問うた。
しかしその真実は、今ここにいるまぎれもない「自分」という存在によってすでに答えられている。
あなたを問い、あなたが答えなのである。
これこそが仏性の本質なのだ。
存在の絶対の真理とは、どこにも隠されてはいない。
むしろ目の前に存在するあらゆる事実によって、真理は常にあらわれている。
真理を見、事実を見るところに、仏性もまた見ると言えるだろう。
このようにして、真理を眼前にとらえて生きるところに仏道の日常がある。
ヨモギを煮出したり、茶を点てたり、そういった何気ない毎日の暮らしのすべてに仏性を見出すということである。
13節
五祖いはく、是仏性。
いはくの宗旨は、是は仏性なりとなり。何のゆゑに仏なるなり。是は何姓のみに究取しきたらんや、是すでに不是のとき仏性なり。しかあればすなはち是は何なり、仏なりといへども、 落しきたり、透脱しきたるに、かならず姓なり。その姓すなはち周なり。しかあれども、父にうけず祖にうけず、母氏に相似ならず、傍観に齊肩ならんや。
同一性を根拠づけられている「わたし」という幻想は解体され、「一つにつながっている(縁起の)次元」を自覚した「仏」が新たな主体として現成する。
何と何が同一なのか? 言葉と意味 AとB 一般性 因果関係
なぜ「わたし」が同一性を根拠付けられるのか?
宇宙は諸行無常であるので、同一のものは一つもない。それなのに一般化という「合理化」をして、同一性を作り上げてしまう。これが脳が行う働きである。
回路を作って簡単に処理してしまうのだ。便利ではあるが、それに依存すると眼の前のものをちゃんと見ることができなくなる。
「わたし」が発動することでこの回路が自動作成される。そして気づかないうちにこの回路が勝手に作動してしまうので、「自分(マインドと体)」は乗っ取られてしまうのだ。
存在を「わたし」と対象に分離させることで、わたしは対象の中に共通性をみいだすことができるから。
この世の次元を抜け出して通り抜け、具体的な自己の存在を構成し直した。この運動によってのみ、縁起の次元は自覚される。
自己を一度、縁起の次元に脱落し、そこから再構築し直すという仏教のテーマが提示されている。
5祖大満禅師は、「是れ何なる姓ぞ」という問いに対して「是れ仏性」と答えた。
存在とは仏性そのものであると。
真理とは仏性そのものであると。
あるがままの事実は、なにもそこにある存在を問うことだけにとどまるものではない。
見えるものだけが仏性なのではなく、見えなくとも、それもまた仏性なのである。
真理は隠れているわけではないが、それでは見えるものだけが真理かと言えば、そうではない。
結局、捉われるなということだ。見えるものにも、見えざるものにも。
仏性だの、真理だのを求め考えることを忘れ去ったとき、目の前にある存在は、それでもやはり仏性としか言いようがない。
この世界、ことごとく全て、仏性でないものはない。
姓を問われて、大満禅師は「仏性」と答えた。
私の姓は仏性であると。
その姓は存在そのものを示す姓であって、父から受け継いだ姓ではなく、先祖の姓でもなく、母方の姓でもない。
つまりが、「自分」を示す答えとして仏性と答えたわけである。
存在の真理を摑むのに、第三者のように自分を見ていては不可能である。
「自分」とは、自分とは何だろうかと考えているこの「自分」にほかならないのだから、これはまさしく「自分」こそが当事者なのだ。
くれぐれも、「自分」を他人事のように考えてはいけない。
14節
四祖いはく、汝無仏性。
いはゆる道取は、汝はたれにあらず、汝に一任すれども、無仏性なりと開演するなり。しるべし、学すべし、いまはいかなる時節にして無仏性なるぞ。仏頭にして無仏性なるか、仏向上にして無仏性なるか。七通を逼塞することなかれ、八達を摸索することなかれ。無仏性は一時の三昧なりと修習することもあり。仏性成仏のとき無仏性なるか、仏性発心のとき無仏性なるかと問取すべし、道取すべし。露柱をしても問取せしむべし、露柱にも問取すべし、仏性をしても問取せしむべし。
お前がお前であることに根拠は無く、それが縁起する存在としてのお前の在り方なのだ。だから「仏性が無い」という意味ではなく、「無という仏性」を説いているのだ。
無仏性を一時の坐禅が現成する境地だと学習する場合もあるかもしれない。
しかし縁起を自覚した仏として現成するときを「無仏性」と呼ぶのか、あるいは縁起の次元を自覚しようと修行しはじめたときが「無仏性」なのか問わなければならない。
つまり「無仏性」が縁起の次元の別名である以上、あらゆる場合のあらゆる存在は問いに付され、縁起するものとして自覚され直さなければならないのである。
自らの姓を「仏性」と答えた大満禅師であったが、興味深いことに、大医禅師は次のように問い返した。
「仏性などというものはない」
この言葉についても考察してみよう。
まず、「あなた」が誰であるか、つまりは「自分」を問う命題はひとまず「あなた」に任せておこう。
大医禅師はここでは「無仏性」の教えを示した。
言葉の表面で「仏性はない」と言うと同時に、無もまた仏性であることを伝えようとする言葉である。
さて、我々はこの無仏性という言葉に真正面から取り組み、この言葉に学ばなくてはならない。
一体いつどのような時に無仏性ということが起こるのだろうか。
悟りを開いて仏となったとき、無仏性となるのか。
修行の上に修行を重ねて、無仏性となるのか。
仏性のはたらきは自由自在であって、それを塞ぐような考えを持つべきではない。
裏に何があるのかなどと手探りするべきでもない。
無仏性は、今この瞬間の坐禅に学ぶものだという教えもある。
それならば仏性が仏となるとき、無仏性となるのか。
それとも仏性が仏の心を起こすとき、無仏性となるのか。
仏性に問いかけ、そして、仏性を摑みなさい。
本堂の柱にも仏性を問いかけなさい。
本堂の柱に仏性とは何かと問いかけられてみなさい。
あるいは、仏性そのものに仏性について問いかけられてみなさい。
15節
しかあればすなはち、無仏性の道、はるかに四祖の祖室よりきこゆるものなり。黄梅に見聞し、趙州に流通し、大潙に挙揚す。無仏性の道、かならず精進すべし、 することなかれ。無仏性たどりぬべしといへども、何なる標準あり、汝なる時節あり、是なる投機あり、周なる同生あり、直趣なり。
このようにして、無仏性の教えは4祖大医禅師のもとから広がっていった。
5祖大満禅師が学び、趙州禅師のもとへも伝わり、潙山禅師も無仏性の教えを説いた。
だから我々もまた無仏性を明らかにしなければならない。
自分には分かりえないものだと、参究する心を失ってはならない。
誰もがこの無仏性というものに対峙したとき、戸惑い悩むものなのだ。
そんなときは、眼前に広がる仏性の世界を見なさい。
「自分」が何者であるかを問いなさい。
師が指し示す真実に学びなさい。
常に仏性とともにあり、仏性であることを思いだしなさい。
16節
五祖いはく、仏性空故、所以言無。
あきらかに道取す、空は無にあらず。仏性空を道取するに、半斤といはず、八両といはず、無と言取するなり。空なるゆゑに空といはず、無なるゆゑに無といはず、仏性空なるゆゑに無といふ。しかあれば、無の片片は空を道取する標榜なり、空は無を道取する力量なり。いはゆるの空は、色即是空の空にあらず。色即是空といふは、色を強為して空とするにあらず、空をわかちて色を作家せるにあらず。空是空の空なるべし。空是空の空といふは、空裏一片石なり。しかあればすなはち、仏性無と仏性空と仏性有と、四祖五祖、問取道取。
空だから空と言わない。言うと概念化してしまう危険がある。
仏性が空だから、無という。
この場合、無は本質の否定という意味で、縁起としての空を理解する目印である。
空はまさに実体の否定としての無を発動する力なのである。
5祖大満禅師は言った。
「あらゆる存在は『空』ですから、仏性を『無』と言うこともできるでしょう」
この言葉は真実を見事に言い得ている。
まず、空は無ではない。
仏性が空であることを言葉で表現するのに、半斤だとか八両だとかいった具体的な説明は不要である。
これはもう「無」と表現してしまうよりほかに方法はない。
空だから空だと言うのではなく、無だから無だというのでもなく、仏性が空であるから無であると言う。
そうであるから、無は空を表現する目印のようなものであり、空は無を表現するだけの力を持っている。
ここで言っている空は、『般若心経』などで述べられている「色即是空」と同じではない。
「色即是空」のように、あらゆる存在が空であることを示したいわけではなく、空であるからあらゆる存在が形成されることを示したいのでもない。
ここで言っている空は、「空是空」の空である。
「空是空」の空とは、空は空以外の何物でもなく、空は空であるという事実を真っ直ぐに指し示した言葉である。
このようにして4祖大医禅師と5祖大満禅師は、「仏性は無である」「仏性は空である」「仏性は有である」といった表現を用い、言葉を交わして、仏性が何であるかを互いに示そうとしたのだった。
17節
震旦第六祖曹谿山大鑑禅師、そのかみ黄梅山に参ぜしはじめ、五祖とふ、なんぢいづれのところよりかきたれる。
六祖いはく、嶺南人なり。
五祖いはく、きたりてなにごとをかもとむる。
六祖いはく、作仏をもとむ。
五祖いはく、嶺南人無仏性、いかにしてか作仏せん。
この嶺南人無仏性といふ、嶺南人は仏性なしといふにあらず、嶺南人は仏性ありといふにあらず、嶺南人、無仏性となり。いかにしてか作仏せんといふは、いかなる作仏をか期するといふなり。
中国の禅宗史における6代目の祖、慧能禅師は、5祖大満禅師のもとで修行を重ねた人物であった。
大満禅師はまだ幼い慧能が自分のもとにやってきたとき、こんな問答をしたという。
「君(慧能)はどこからやってきたのか?」
「南嶺山脈より南からやってまいりました」
「はるばるこの黄梅山までやってきて、何を求めているのだ?」
「仏になるためにやってまいりました」
「君が暮らしていた嶺南は野蛮の地であるというが、それでも仏性でないものはない。なぜわざわざこの地にて仏になろうとするのか」と。
5祖大満禅師は慧能に「嶺南人無仏性」と諭した。
この言は、「嶺南は野蛮の地であるから、そこに住む人に仏性はない」という意味ではない。
もちろん「嶺南人にも仏性がある」と言っているわけでもない。
「嶺南であろうと仏性でないものはない」と言っているのである。
「嶺南人は無仏性という仏性がある、まだ活性化されていない仏性である、別名は「空」」と言っているのである。
また、「なぜわざわざ仏になろうとするのか」という言葉は、「仏でないものなど存在しないのに、さらに何を期待するというか」という意味と受け取るべきだろう。
18節
おほよそ仏性の道理、あきらむる先達すくなし。諸阿笈摩教および経論師のしるべきにあらず。仏祖の児孫のみ単伝するなり。仏性の道理は、仏性は成仏よりさきに具足せるにあらず、成仏よりのちに具足するなり。仏性かならず成仏と同参するなり。この道理、よくよく参究功夫すべし。三二十年も功夫参学すべし。十聖三賢のあきらむるところにあらず。衆生有仏性、衆生無仏性と道取する、この道理なり。成仏以来に具足する法なりと参学する正的なり。かくのごとく学せざるは仏法にあらざるべし。かくのごとく学せずば、仏法あへて今日にいたるべからず。もしこの道理あきらめざるには、成仏をあきらめず、見聞せざるなり。
昔から、仏性の道理を明らかにした人物は少なかった。
『阿含経』などの原始経典を読んでも、あるいは仏教を学問的に学んでも、仏性を明らかにすることは到底できない。
仏性とは学問によって理解するものではなく、禅の系譜のなかで師から弟子へと1つになって受け継がれてきたものだからである。
また仏性というものは、悟りを開く前に把握することはできない。
必ず悟りを開いたあとに仏性を知る。
だから仏性というものは悟りと時を同じくするものであることを知っておかなくてはならない。
この悟りと仏性との関係を、仏道を学ぼうと志す者はよくよく参究すべきである。
二十年でも三十年でも参究し続けなさい。
悟りの階段の途中の中途半端な姿勢では、仏性を満足するように理解することはできないのだから。
「衆生有仏性」と言い、「衆生無仏性」と言う、このような相反する表現を用いる理由は何なのか。
そしてまた「悟りを開いてのちに仏性を知るのでなければ仏法ではない」と言われる理由は何なのか。
ここが分からなければ、悟りを明らかにすることはできず、どれだけ修行を重ねようと仏性を知ることもないままだろう。
19節
このゆゑに、五祖は向他道するに、嶺南人無仏性と為道するなり。見仏聞法の最初に、難得難聞なるは、衆生無仏性なり。或従知識、或従経巻するに、きくことのよろこぶべきは衆生無仏性なり。一切衆生無仏性を、見聞覚知に参飽せざるものは、仏性いまだ見聞覚知せざるなり。六祖もはら作仏をもとむるに、五祖よく六祖を作仏せしむるに、他の道取なし、善巧なし。ただ嶺南人無仏性といふ。しるべし、無仏性の道取聞取、これ作仏の直道なりといふことを。しかあれば、無仏性の正当恁麼時すなはち作仏なり。無仏性いまだ見聞せず、道取せざるは、いまだ作仏せざるなり。
5祖大満禅師は慧能禅師を導くのに「嶺南人は無仏性である」との言葉を投げ掛けた。
仏法を学びはじめた初学者が必ずぶつかる壁が、この「衆生無仏性」という言葉であると言えるだろう。
しかし同時に、師から教えを受け、経典から学ぶ上で、もっとも出会えて嬉しい言葉もまた「衆生無仏性」なのである。
「一切衆生無仏性」という言葉をいつもかも心にとどめ参究し、この身心に満ち満ちて溢れだすほどまでに参究し尽くすのでなければ、仏性を学んだとは言えず、また、仏性を知ることもない。
慧能は、「仏になるため」に5祖大満禅師のもとへとやってきたと言った。
そして大満禅師は慧能を仏に導くために、特別な方法を用いることはなかった。
ただ一言「嶺南人無仏性」と言うのみであった。
だからよいか。必ず心得ておきなさい。
「無仏性」という言葉でもって仏に導くことこそが、仏へと真っ直ぐにつながる道を指し示すことなのだ。
無仏性であるその時、人は仏なのである。
無仏性を明らかにすることができず、理解することができないうちは、仏とはいえない。
解説
無仏性を仏性が無いと解釈するのではなく、活性化されていない無の仏性の状態にある、と理解しなさい。
仏になろうとあがいているが、まだ活性化されていない状態の仏性のなかで呼吸しているのだぞ、だからなにもあがく必要はない。
いずれ活性化されるときに悟りに至ると五祖は弟子に教えた、と道元は解釈した。
20節
六祖いはく、人有南北なりとも、仏性無南北なり。この道取を挙して、句裏を功夫すべし。南北の言、まさに赤心に照顧すべし。六祖道得の句に宗旨あり。いはゆる人は作仏すとも、仏性は作仏すべからずといふ一隅の搆得あり。六祖これをしるやいなや。
慧能は大満禅師にこうも言っている。
「人には南嶺山脈の南に住む、北に住むという違いがありますが、仏性に南北の差はありません」と。
この表現からも、言葉の真意を汲み取ってみたい。
南だ北だという言葉を自分の心に照らしてみよう。
きっと、慧能が言わんとする真意が分かるようになるだろう。
人が仏になると表現することはあっても、仏性が仏になるとは言わない。
はたして慧能は、その事実を意図した上で「仏性無南北」の言を放ったのだろうか。
21節
四祖五祖の道取する無仏性の道得、はるかに㝵礙の力量ある一隅をうけて、迦葉仏および釈迦牟尼仏等の諸仏は、作仏し転法するに、悉有仏性と道取する力量あるなり。悉有の有、なんぞ無無の無に嗣法せざらん。しかあれば、無仏性の語、はるかに四祖五祖の室よりきこゆるなり。このとき、六祖その人ならば、この無仏性の語を功夫すべきなり。有無の無はしばらくおく、いかならんかこれ仏性と問取すべし、なにものかこれ仏性とたづぬべし。いまの人も、仏性とききぬれば、いかなるかこれ仏性と問取せず、仏性の有無等の義をいふがごとし、これ倉卒なり。しかあれば、諸無の無は、無仏性の無に学すべし。六祖の道取する人有南北、仏性無南北の道、ひさしく再三撈摝すべし、まさに撈波子に力量あるべきなり。六祖の道取する人有南北仏性無南北の道、しづかに拈放すべし。おろかなるやからおもはくは、人間には質礙すれば南北あれども、仏性は虚融にして南北の論におよばずと、六祖は道取せりけるかと推度するは、無分の愚蒙なるべし。この邪解を抛却して、直須勤学すべし。
4祖大医禅師と5祖大満禅師が巧みに言い表わしてきた無仏性という言葉には、人を悟りに導くのに十分な優れた力が含まれている。
これは、迦葉仏や釈迦牟尼仏が悟りを開いた後に「悉有仏性」と言ったのと同等の力量の言葉とみるべきだろう。
「悉有」と説き明かした仏性の真理は、「無」という表現によって確かに受け継がれてきた。
だからこそ「無仏性」という言葉は、4祖や5祖のもとから広く各地に広まるに至った。
慧能禅師が5祖大満禅師のもとへ参じ問答をした際、慧能禅師ほどの人物であれば、「無仏性」という言葉についてもっと切り込んで問うてもよかった。
仏性が有るとか無いとか、有仏性だとか無仏性だとか言う前に、そもそも「仏性とは何なのか」を問うべきであった。
今の時代を生きる僧侶も同じである。
仏性という言葉を聞いて、「仏性とは何か」と問うことが重要であるにも関わらず、仏性の有無にばかり意識が向いてしまっている者がいる。
仏性それ自体についてはっきりとした理解がないのに、理解のないものの有無を問うてどうなるというのか。
こうした姿勢は迂闊であると言わざるをえない。
それくらい仏性・無仏性という言葉は大切なものなのだ。
仏教には「無」という文字がついた言葉がいくつもあるが、それらも無仏性の無、絶対の無として参究してみるとよいだろう。
慧能が言葉でもって言い表した「人有南北、仏性無南北」をどう受けとめるか。
何度も何度も言葉に向き合って、その真意を掬い取ろうと考え努力しなければ、到底理解することなどできはしない。
漁夫が魚を得るために何度も漁を試みるのと同じである。
一体「人有南北、仏性無南北」とは何なのか。
何を意味した言葉なのか。
思い込みを捨て、心静かに思惟してみなさい。
人は物体であり姿があるから南北のどちらかに住んでいると言うことができ、仏性には姿がなくどこにでも遍在しているから南北に関わらないなどという解釈は、真理がわかっていない者の愚かな戯れ言である。
そのような誤った考えは捨てて、仏性を体現し、仏性に直に触れて仏性を理解しなさい。
22節
六祖、門人行昌に示して云く、無常は即ち仏性なり、有常は即ち善惡一切諸法分別心なり。
いはゆる六祖道の無常は、外道二乗等の測度にあらず。二乗外道の鼻祖鼻末、それ無常なりといふとも、かれら窮尽すべからざるなり。しかあれば、無常のみづから無常を説著、行著、証著せんは、みな無常なるべし。「今、自身を現ずるを以て得度すべき者には、即ち自身を現じて而も為に法を説く」なり、これ仏性なり。さらに或現長法身、或現短法身なるべし。常聖これ無常なり、常凡これ無常なり。常凡聖ならんは、仏性なるべからず。小量の愚見なるべし、測度の管見なるべし。仏者小量身也、性者小量作也。このゆゑに六祖道取す、無常は仏性なり。
6祖慧能が神秀の門弟である志徹に対して次のような言葉を示したことが、『景徳伝燈録』に書かれている。
「無常はすなわち、仏性である。
有常はすなわち、善悪をはじめとするあらゆる事柄を相対的に分けて考える心である」
ここで述べられている無常が何を意味しているのか、それは仏の教えを正しく知る者でなければ理解することはできない。
仏教を知らない者でも昔から無常という言葉を使うことはあるが、その者たちが無常という言葉の真意を理解することはないだろう。
無常がみずから無常を説き、無常がみずから無常を行い、無常がみずから無常を証明するのであって、この世界に無常でないものは何一つとしてない。
『観音経』のなかで、無常なる観世音菩薩が相手に応じて様々な姿に身を変えて法を説く在り方が述べられているように、仏性を示して導くべき者には仏性を示して導くのがふさわしい。
観世音菩薩が無常であることと同じように、無常であるから仏性なのである。
その時々にふさわしい在り方があって然るべきだ。
常なるものに思える悟りも、無常なるものである。
迷いもまた無常なるものである。
悟りや迷いを実体視するかぎり、仏性を知ることはない。
存在を「有る」と実体視する見方は、愚かな見解であり、迷いからみた錯覚でしかない。
そうした考えによって浮かび上がる仏とは、さぞ小さなものだろう。
だから慧能はこう言うのである。
「無常は仏性である」と。
23節
常者未転なり。未転といふは、たとひ能断と変ずとも、たとひ所断と化すれども、かならずしも去来の蹤跡にかかはれず、ゆゑに常なり。
しかあれば、草木叢林の無常なる、すなはち仏性なり。人物身心の無常なる、これ仏性なり。国土山河の無常なる、これ仏性なるによりてなり。阿耨多羅三藐三菩提これ仏性なるがゆゑに無常なり、大般涅槃これ無常なるがゆゑに仏性なり。もろもろの二乗の小見および経論師の三蔵等は、この六祖の道を驚疑怖畏すべし。もし驚疑せんことは、魔外の類なり。
無常とは絶え間ない変化であるから、常とは万物を変化しないものとして実体視することをいう。
万物を変化しないものとして考えると、万物は相対的な判断の対象となる。
これは良い、あれは悪い。これは優れている、あれは劣っている。
そのような相対的な考えは、物体が不変常住のものとして存在すると判断することから生じる錯覚であって、仏祖が残した足跡に関わるものではない。
ゆえに万物を常なるものとして考えるのは誤りである。
万物の真実の姿は無常である。無常とは仏性である。だから万物は仏性であるといえる。
人の身と心もまた無常である。したがって人の身と心もまた仏性である。
あらゆるものが無常であるのは、あらゆるものが仏性であるからにほかならない。
比類なき尊い悟りもまた、仏性であるがゆえに無常。
万人に訪れる死もまた、無常であるがゆえに仏性。
物事の真実を見極めようとしない者や、経典の文字ばかりを追う学問一辺倒の者は、6祖慧能禅師の言葉をしっかりと受け止めなさい。
もし無仏性の言葉に真理を学ぶことができなければ、それは仏道ではない。
24節
第十四祖龍樹尊者、梵に那伽閼刺樹那と云ふ。唐には龍樹また龍勝と云ふ、また龍猛と云ふ。西天竺国の人なり。南天竺国に至る。彼の国の人、多く福業を信ず。尊者、為に妙法を説く。聞く者、逓相に謂って曰く、人の福業有る、世間第一なり。徒らに仏性を言ふ、誰か能く之を覩たる。
尊者曰、「汝仏性を見んと欲はば、先づ須らく我慢を除くべし」
彼人曰、「仏性大なりや小なりや」
尊者曰、「仏性大に非ず小に非ず、広に非ず狭に非ず、福無く報無く、不死不生なり」
彼、理の勝たることを聞いて、悉く初心を廻らす。
尊者、また坐上に自在身を現ずること、満月輪の如し。一切衆会、唯法音のみを聞いて、師相を覩ず。
ブッダの法を嗣いだ14代目の祖、龍樹尊者は、サンスクリット語での名前をナーガールジュナという。
後に中国において、龍樹・龍勝・龍猛といった漢名が付けられた。
生まれは西インドのあたりだったと考えられている。
龍樹尊者はある時、南インドに赴いた。
訪れた南インドの地では、人々はたいてい現世利益的な、世間的な幸福を求めていた。
そこで龍樹尊者は仏性について説いて聞かせたが、人々は互いに顔を見合わせ訝かるばかりだった。
人々は言った。
「利益となる幸福を得ることが人生においてもっとも重要な関心事であって、仏性などというものに関心はありません。
第一、仏性などと言ったところで、そんなもの見ることもできないではありませんか」
そこで龍樹尊者はこう説いた。
「仏性を見ようと思うなら、まずは自分が不変に存在し続けることを望む心を捨てなければならない」
すると人々はさらに訊ねた。
「その心を捨てたら見えるという仏性は、大きいものなのですか? 小さいものですか?」
龍樹尊者は答えた。
「仏性は大きいのでも、小さいのでもない。
広いのでも、狭いのでもない。
何か利益が得られるわけでもなく、良いことが起こるわけでもない。
また、新たに生まれるのでも、消えてなくなるのでもない」
そのようにして龍樹尊者が説く仏性の話を聞くうちに、人々の心は徐々に変化していった。
すると龍樹尊者は、人々の前で坐禅を組み、仏性を自分の体でもって体現してみせた。
その姿は満月のように欠くところのない完全な姿であった。
しかし人々は、仏性の話を聞いてはいたが、坐禅をする龍樹尊者の姿に仏性を見出すまでにはいたらなかった。
25節
彼の衆の中に、長者子迦那提婆といふもの有り、衆会に謂つて曰く、「此の相を識るや否や」。
衆会曰、「而今我等目に未だ見ざる所、耳に聞く所無く、心に識る所無く、身に住する所無し」
提婆曰、「此れは是れ尊者、仏性の相を現して、以て我等に示す。何を以てか之を知る。蓋し、無相三昧は形満月の如くなるを以てなり。仏性の義は廓然虚明なり」
言ひ訖るに、輪相即ち隱る。また本座に居して、偈を説いて言く、
身現円月相(身に円月相を現じ)
以表諸仏体(以て諸仏の体を表す)
説法無其形(説法其の形無し)
用弁非声色(用弁は声色に非ず)
しるべし、真箇の用弁は声色の即現にあらず。真箇の説法は無其形なり。尊者かつてひろく仏性を為説する、不可数量なり。いまはしばらく一隅を略挙するなり。
人々のなかに、長者の家の子である迦那提婆(かなだいば)という人物がいた。
彼は龍樹尊者の姿を見ると、人々に対してこう訊ねた。
「尊者の姿の意味が、誰かわかりますか?」
人々は答えた。
「未だかつて見たことのない姿であり、聞いたこともない姿であり、まったくもって知るところではありません」
そこで迦那提婆は次のように言った。
「尊者が坐禅を組んでみせたのは、仏性というものを私たちに見せるためでしょう。
坐禅を組む尊者の姿は満月のように素晴らしい。
きっと仏性というものは、なんら執着の対象となるものではなく、たとえ掴み所がなくとも、はっきりと存在する明らかなものなのではないでしょうか」
迦那提婆がそう言い終わると、龍樹尊者は坐禅を解いて、短い偈を詠んだ。
この身に真理を現し
仏の姿を表す
説法に定形はなく
五感の対象でもない
真実の説法というものは、話して伝えなければいけないとか、見て受け取らなければいけないとか、何か決まった形があるわけではない。
真実を説くのに、形式を限定する必要はない。
必ずしも認識の対象である必要もない。
龍樹尊者の偈の意味は、おおよそ以上のようなものと考えられるだろう。
龍樹尊者は数え切れないほどの人々に対し仏性を説いてきた人物であり、今紹介した話は、そのほんの一例である。
26節
「汝仏性を見んと欲はば、先づ須らく我慢を除くべし」、この為説の宗旨、すごさず弁肯すべし。見はなきにあらず、その見これ除我慢なり。我もひとつにあらず、慢も多般なり、除法また万差なるべし。しかあれども、これらみな見仏性なり。眼見目覩にならふべし。
「あなたがもし仏性を見たいと思うなら、まずは自分が不変に存在し続けることを望む心を捨てなければならない」
この言葉に含まれる龍樹尊者の意を汲むことはとても重要で、決して素通りなどしてはいけない。
必ず腑に落として理解しなさい。
仏性は見ることができないものなのではない。
ただし、仏性を見るためには我と慢心、つまりは自分が常住不変の存在であるかのごとき妄想を取り去る必要がある。
取り去るといっても、我は1つではなく、慢心も多様で、それらを取り去る方法も多岐にわたるだろう。
簡単な話ではないだろうが、しかし、取り去ることができれば仏性を見ることができると、龍樹尊者は言っている。
この目で、直に見ることができるのだと。
「仏性を見る」というときの、「見る」は「自分の見解に執着する思い上がりを除去する」ことである。
ここでの「我」は「我見」、つまり自己の存在に根拠があると考え、そこから出てくる見解にも根拠があるとする錯覚の意味である。
なぜ思い上がりを除去することが、それ自体仏性を見ることになるのか?
仏性とは無常であり縁起するということなのだから、「思い上がりを除く」ような具体的な修行においてしか、実証できないからである。
27節
仏性非大非小等の道取、よのつねの凡夫二乗に例諸することなかれ。偏枯に仏性は広大ならんとのみおもへる、邪念をたくはへきたるなり。大にあらず小にあらざらん正当恁麼時の道取に罣礙せられん道理、いま聴取するがごとく思量すべきなり。思量なる聴取を使得するがゆゑに。
「仏性は大きいのでも小さいのでもない」
そう龍樹尊者は言ったが、これを凡夫の常識でとらえたり、悟りを知らない者の見識で解釈したりしてはいけない。
人は往々にして、自分の理解を超えたものを「広大なもの」とかたくなに思うものだが、それは真実を知ろうと考える精神を放棄した、邪な考えと言わざるをえない。
大きいのでもなく、小さいのでもないと言う、まさにその言葉そのものの真意を、聴くがままに受け取らなくては真実でない。
そうして受け取ったものだけが、真実となるのである。
ゆえに真実を得よ。
28節
しばらく尊者の道著する偈を聞取すべし、いはゆる身現円月相、以表諸仏体なり。すでに諸仏体を以表しきたれる身現なるがゆゑに円月相なり。しかあれば、一切の長短方円、この身現に学習すべし。身と現とに転疎なるは、円月相にくらきのみにあらず、諸仏体にあらざるなり。愚者おもはく、尊者かりに化身を現ぜるを円月相といふとおもふは、仏道を相承せざる儻類の邪念なり。いづれのところのいづれのときか、非身の他現ならん。まさにしるべし、このとき尊者は高座せるのみなり。身現の儀は、いまのたれ人も坐せるがごとくありしなり。この身、これ円月相現なり。
身体が何らかの変化を起こして満月のようになったのではない。
諸仏の体を表現するという身体行為そのものを「円月相」と称しているのである。
身体行為(身)とその仕方(現)の習熟していなければならない。
このときナーガルジュナはただ高座に坐禅していただけである。この身体行為が円月相が現れることなのだ。
身現は方円にあらず、有無にあらず、隱顯にあらず、八万四千蘊にあらず、ただ身現なり。円月相といふ、「這裏是れ甚麼の処在ぞ、細と説き、麤と説く月」なり。
身に現すとは、身体行為がある仕方で実行された(坐禅が行われた)ということなのだ。
細いとか太いとか言える形ある月なのか? そうではあるまい。
この身現は、先須除我慢なるがゆゑに、龍樹にあらず、諸仏体なり。以表するがゆゑに諸仏体を透脱す。
まずは我の慢心を除く修行として実現しているのであり、それは龍樹個人の身体についての話ではなく、諸仏の体のことである。坐禅によって表されている(以表)というのだから、概念としての「諸仏の体」を脱却しているのだ。
ここで今一度、龍樹尊者の偈を聞いてみよう。
「この身に真理を現し、仏の姿を表す」とある。
龍樹尊者は坐禅をすることで仏の姿を自身で表わし尽くしたのだから、まぎれもなく真実の姿がそこにあったのだろう。
真実の姿というのは、長いのでも短いのでも、四角いのでも丸いのでもない。
固定的な「真実の姿」があるのではなく、何か特定の形をもって真実とするのではないことを、龍樹尊者の言葉に学ばなくてはならない。
この身と、現すものに違いがあったなら、それは真実の姿を知らないことの証左といえるだろう。
無論、それは仏なのでもない。
「真実の姿」ということを言うと、愚かな者はこう考える。
龍樹尊者が何か別の姿に変身し、仏性の姿を現してみせたのだろうと。
特別に現した本物の姿を、きっと真実の姿とよぶのだろうと。
大間違いも甚だしい。
一体いつ、どこで、だれがそのような姿に変身したというのか。
この身以外に現すべきものなど他にはなにもない。
よいか。
龍樹尊者はこの時、皆の前でただ坐禅をしてみせただけである。
身に現れた真実とは、龍樹尊者の姿以外の何者でもない。
誰が坐っても現すことができる真実を、龍樹尊者は見せただけなのだ。
この姿をもって、真実の姿という。
龍樹尊者が現した姿は、尊いとか卑しいとか、優れているとか劣っているとか、有るとか無いとか、何かと比べて論ずることのできないものであった。
ただただ、「姿そのもの」であった。
姿そのものであるもの、比較することのできないものについて、細いとか太いとか、相対的に論ずることは決してできない。
龍樹尊者は先の偈のなかで「我慢を捨て去る」と言った。
自分に対する慢心は、自分が「有る」と思うことから生じる。
ゆえにそれは「我」の存在を無意識に想定してしまっているところからはじまっている。
しかし龍樹尊者が皆の前で坐ったとき、そこに「我」はなかった。
つまり、龍樹尊者が現した姿は、「姿そのもの」であって、それは「龍樹」なのでもなかったのだ。
龍樹と言ってしまえば、それは相対の一部となり、比較の対象となる。
逆に、龍樹という「我」を捨て去った姿は、もはや「ただの姿」としか言いようがない。
この「ただの姿」を指して、「仏」と呼んだり、「真実」と呼んだりしているというだけのことである。
ただ、しかし、「仏」と呼んでしまえば、あたかも仏という姿があるかのような誤解を与えてしまう。
「真実」と呼んでしまえば、あたかも真実の姿があるかのような誤解を与えてしまう。
ゆえに龍樹尊者は、仏や真実といった言葉からも抜け出して、「そのもの」を現したと言ったほうが相応しいだろう。
29節
しかあるがゆゑに、仏辺にかかはれず。仏性の満月を形如する虚明ありとも、円月相を排列するにあらず。
なにか形あるものと考えられている仏(仏辺)はここでは関係ない。
仏性を満月の形のような(形如)「空虚して透明ななにか(虚明)」があるとしても、それが円月相を造作することではない。
いはんや用弁も声色にあらず、身現も色身にあらず、蘊処界にあらず。蘊処界に一似なりといへども以表なり、諸仏体なり。これ説法蘊なり、それ無其形なり。無其形さらに無相三昧なるとき身現なり。
「身に現す」は身体と精神の問題ではなく、仏教的に分析された要素から構成されたこの世界(蘊処界)の中のことではない。たとえ仏性が概念的に把握できる対象のように見えたとしても、それは坐禅によって表現されているのであり、その表現が「諸仏の体」である。
これが「其の形は無い」という偈である。これが「姿のない禅定(無相三昧)」になるとき、それが「身に現す」ことである。
一衆いま円月相を望見すといへども、目所未見なるは、説法蘊の転機なり、現自在身の非声色なり。即隱、即現は、輪相の進歩退歩なり。復於座上現自在身の正当恁麼時は、一切衆会、唯聞法音するなり、不覩師相なるなり。
尊者が円月相を現したとき、目に何も見ることが無く説法の声だけを聞いたという。これは聞く者に対応したからである。
見る者によって様々に見える姿のことなのだ。
尊者が円月相を隠して坐禅の姿を見せたとしても、無音の説法の声だけを聞き、師の姿形は見ていない。
なぜか?
坐禅する尊者は縁起の次元を直接開示しているのであるから、その坐禅とは別に説法の声は無いし、対象として仏性を見ることは不可能なのだ。
ただの丸を描くと誤解があるので、坐禅の姿を描けば良い。
「そのもの」としか言いようのない世界では、仏教の言葉を必要としない。
一言でも言葉で説明した瞬間、それは虚構にほかならなくなるからである。
仏性とは満月のように明らかなものであるが、だからといって満月の姿をもって仏性とするのではない。
仏性を説くと言っても、それは言葉や目に見えるもので説明されるものでもなく、身で現すとしても、見た目や形が重要なのでもない。
人間が世界を認識していく作用のなかに、仏性への理解があるのでもない。
いや、仏性とは「そのもの」を「そのもの」と認識することであると言えないこともないから、認識していく精神作用と仏性の理解は近いものがあるかもしれない。
しかし、どちらにしても仏性とは「そのもの」がそのものとしてあるというだけのことであって、すべては仏の姿にほかならないということになる。
仏性について説法するというのなら、こうとしか言えない。
形はないのだ。
仏性という形はないのだが、形がないということを突き詰めていくと、あらゆるものが仏性を現わしていることにもやがて気が付く。
龍樹尊者の前にいた人々は、坐禅をする龍樹尊者の姿をたしかに見ていた。
見ていたはずなのだが、見て捉えるものではない、形でないところの仏性を見ることはなかった。
見えるのに見えない。見えないのに見える。
こうした性質こそ、仏性の在り方と言えるかもしれない。
龍樹尊者が坐禅によって真実を現したとき、そこに集っていた人々はみな龍樹尊者の姿を見てはいたのだが、本当には見えていなかったのだ。
30節
尊者の嫡嗣迦那提婆尊者、あきらかに満月相を識此し、円月相を識此し、身現を識此し、諸仏性を識此し、諸仏体を識此せり。入室瀉缾の衆たとひおほしといへども、提婆と斉肩ならざるべし。提婆は半座の尊なり、衆会の導師なり、全座の分座なり。正法眼蔵無上大法を正伝せること、霊山に摩訶迦葉尊者の座元なりしがごとし。龍樹未廻心のさき、外道の法にありしときの弟子おほかりしかども、みな謝遣しきたれり。龍樹すでに仏祖となれりしときは、ひとり提婆を附法の正嫡として、大法眼蔵を正伝す。これ無上仏道の単伝なり。しかあるに、僭偽の邪群、ままに自称すらく、われらも龍樹大士の法嗣なり。論をつくり義をあつむる、おほく龍樹の手をかれり、龍樹の造にあらず。むかしすてられし群徒の、人天を惑乱するなり。仏弟子はひとすぢに、提婆の所伝にあらざらんは、龍樹の道にあらずとしるべきなり。これ正信得及なり。しかあるに、偽なりとしりながら稟受するものおほかり。謗大般若の衆生の愚蒙、あはれみかなしむべし。
後に、龍樹尊者の法を嗣いだのは、群衆のなかにいた迦那提婆(かなだいば)だった。
迦那提婆は龍樹尊者の一番弟子となり、龍樹尊者が現した坐禅の姿の意味を識ることができるほどの人物となった。
この身こそが真実を現す仏性にほかならないこと伝えようとする龍樹尊者の意図をはっきりと識り、仏性を識り、仏をも識ったのだった。
龍樹尊者の教えを受けた者は大勢いたが、この迦那提婆に肩を並べるほどの人物はほかにはいない。
迦那提婆は龍樹尊者と座を分けた尊者となり、人々を導く力量を有し、仏法を伝える仏祖の中の1人となった。
龍樹尊者が迦那提婆に仏法を伝えたのは、昔ブッダが霊鷲山で摩訶迦葉尊者に仏法を伝えたのと同等のことと考えるべきである。
龍樹尊者は仏道と出会うまで、仏教以外の教えを学んでいた。
そのころにも大勢の弟子がいたが、龍樹尊者はその弟子たちをすべて自分のもとから去らせ、一人仏道へと入っていった。
そして仏法を得たあとには、迦那提婆を法を嗣ぐに相応しい人物と認め、そのすべてを託した。
これこそ、師から弟子へと相承される仏法の正しい在り方といえるだろう。
しかしながら、僧のなかには「私もまた龍樹尊者の教えを嗣ぐ者の1人である」と、自称する偽者が少なからずいる。
そういった者たちの手によって、仏法を記した論書なども数多く著されてきた。
それらは龍樹尊者によって書かれたものだと言われているが、実際はそうではない。
書いたのは、龍樹尊者が仏道に入る以前に教えを受けていた弟子たちで、今その論書は人々を惑わす原因となってしまっている。
龍樹尊者の法を嗣いだのは迦那提婆尊者ただ一人だけだ。
だから仏道を学ぼうとする今の僧たちは、迦那提婆尊者が伝えた仏法の系譜でない教えは、龍樹尊者が示した道ではないことを知るべきである。
そうした正しい信念によって、仏道を正しく歩むことができるだろう。
しかしながら、偽りの教えであると知ってか知らずか、それらの論書から仏法を学ぼうとする者は依然として多くいる。
仏教の智慧を冒涜するかのごとき愚行に、哀れみと悲しみを感じずにはいられない。
31節
迦那提婆尊者、ちなみに龍樹尊者の身現をさして衆会につげていはく、
「此れは是れ尊者、仏性の相を現じて、以て我等に示すなり。何を以てか之れを知る。蓋し、無相三昧は形満月の如くなるを以てなり。仏性の義は、廓然として虚明なり」
迦那提婆尊者は、龍樹尊者が坐禅によって現した真実について、人々にこう言った。
「この尊者の姿は、仏性の姿にほかならない。
坐禅でもって私たちに真実を説いているのである。
どうしてそのようなことがわかるのかと言えば、「真実の姿」などという概念に捉らわれることがなくなった姿こそ、ただの姿にして、真実を現す姿だからである。
龍樹尊者の姿は、何も知らない者が考える「仏性という捉われ」から離れているからこそ、仏性そのものを現している姿なのであり、それは大空のようにどこまでも透き通るかのごとく明らかなものである」
32節
いま天上人間、大千法界に流布せる仏法を見聞せる前後の皮袋、たれか道取せる、「身現相は仏性なり」と。大千界にはただ提婆尊者のみ道取せるなり。余者はただ、仏性は眼見耳聞心識等にあらずとのみ道取するなり。身現は仏性なりとしらざるゆゑに道取せざるなり。祖師のをしむにあらざれども、眼耳ふさがれて見聞することあたはざるなり。身識いまだおこらずして、了別することあたはざるなり。無相三昧の形如満月なるを望見し礼拝するに、「目未所覩」なり。「仏性之義、廓然虚明」なり。
世の中は広い。
これまでにどれほどの人間が仏法を学んできたことだろう。
しかしながら、仏法を見聞きし仏法を学んできた者は大勢いたが、一体そのなかの何人が「身に仏性が現われている」と言い得ることができただろうか。
龍樹尊者の弟子のなかでは、提婆尊者ただ一人だけであった。
その他の者たちはみな、「仏性とは眼で見たり耳で聞いたり心で認識することではない」としか言えなかった。
仏性とは見ることも聞くことも認識することもできないものであると思い込み、龍樹尊者の姿そのものが仏性の現れであることがわからなかったがために、真実を言い得ることができなかったのである。
龍樹尊者は決して仏性について教えようとしなかったわけではない。
仏性が何であるかをいつもかも伝えようとしたのだが、眼も耳もふさいでしまい真実を見ようともせず真実を聞こうともしない者は、龍樹尊者が現す真実を受け取ることができなかったのだ。
頭で思い込むだけで、自分の体でもって真実を知ろうとしない者が、ついに真実を知ることができないのは、残念だがあたりまえのことと言えるだろう。
姿や形に捉われることのない坐禅の姿は、満月のごとく欠くところのない真実の姿。
その姿を見て礼拝しているにもかかわらず、彼らには本当に見るべき仏性が見えていなかった。
仏性とは、大空のようにどこまでも透き通るかのごとく明らかなものであるのに。
33節
しかあれば身現の説仏性なる、虚明なり、廓然なり。説仏性の身現なる、以表諸仏体なり。いづれの一仏二仏か、この以表を仏体せざらん。仏体は身現なり、身現なる仏性あり。四大五蘊と道取し会取する仏量祖量も、かへりて身現の造次なり。すでに諸仏体といふ、蘊処界のかくのごとくなるなり。一切の功徳、この功徳なり。仏功徳はこの身現を究尽し、嚢括するなり。一切無量無辺の功徳の往来は、この身現の一造次なり。
自身の坐禅の姿でもって仏性を説くという手法は、じつに明らかで少しもあやふやなところがない。
仏性を説くその坐禅の姿は、まぎれもなく諸仏の姿そのものだったことだろう。
どのような仏であっても、仏の姿をあらわさない仏というのはいない。
仏の姿とはこの身にあらわれるものであり、だからこそこの身こそが仏性なのだ。
人間の体は、地・水・火・風の四つの要素(四大)から成り立つものであり、物質的な肉体と、非物質である精神的なもの(五蘊)とでつくられている。
したがって存在するものは、さまざまな要素が仮に和合して存在しているのであり、そうした四大や五蘊が仏性であると説いた仏もいた。
それはそれで当然のことと言える。
四大の一大一大が仏性のあらわれであり、五蘊の一蘊一蘊も仏性のあらわれだからである。
もちろん、四大や五蘊だけが仏性なのではない。
この世界に存在するものすべて、どれ一つとってみても仏性でないものなどどこにもない。
すべてが仏性であるこの真実の世界を、龍樹尊者は生きていた。
だから龍樹尊者が坐禅によって現した仏性とは、世界の一部を示したにすぎない。
ただ仏性が仏性を示したということだ。
34節
しかあるに、龍樹提婆師資よりのち、三国の諸方にある前代後代、ままに仏学する人物、いまだ龍樹提婆のごとく道取せず。いくばくの経師論師等か、仏祖の道を蹉過する。大宋国むかしよりこの因縁を画せんとするに、身に画し心に画し、空に画し、壁に画することあたはず、いたづらに筆頭に画するに、法座上に如鏡なる一輪相を図して、いま龍樹の身現円月相とせり。すでに数百歳の霜華も開落して、人眼の金屑をなさんとすれども、あやまるといふ人なし。あはれむべし、万事の蹉跎たることかくのごときなる。もし身現円月相は一輪相なりと会取せば、真箇の画餠一枚なり。弄他せん、笑也笑殺人なるべし。かなしむべし、大宋一国の在家出家、いづれの一箇も、龍樹のことばをきかずしらず、提婆の道を通ぜずみざること。いはんや身現に親切ならんや。円月にくらし、満月を虧闕せり。これ稽古のおろそかなるなり、慕古いたらざるなり。古仏新仏、さらに真箇の身現にあうて、画餠を賞翫することなかれ。
龍樹尊者と迦那提婆尊者の師弟関係は尊ぶべきものである。
インド、中国、そして日本において、これまでにも仏道を学ぶ者は大勢いたが、この二人のような優れた師弟はほかにいなかった。
経典から仏道を学ぼうとしたり、思考でもって仏法を説き明かそうとしたりして、仏の道を歩み損ねた者がいただけだ。
中国では昔から龍樹尊者はとても尊ばれており、迦那提婆尊者とのエピソード、つまりは坐禅によって仏性を示したというエピソードを絵に描いて後世に残そうとする動きがあった。
そこで描き手は法座の上に鏡のような円を描き、それでもって龍樹尊者が示した仏性の真理を表そうとした。
龍樹尊者の身や心を描くのではなく、一円相でもって龍樹尊者の満月のごとく欠くことのない坐禅を表現しようとしたのである。
龍樹尊者が世に現れてからすでに数百年の月日が流れた。
その間、描かれた一円相は多くの人々の目に映るところとなったが、それは眼に塵が入ったようなものである。
眼を損なわせるばかりであるこの画を、しかし誰一人として誤りであると指摘する者はいなかった。
哀しいことだ。
人々をつまずかせるだけの画でしかないのに。
龍樹尊者の坐禅の姿を一円相として描いたなら、これぞまさしく「画に描いた餅」にほかならない。
それがわからずに喜んで餅を描くのなら、それはもはや人を笑わせるためか、あるいは人を損なわせることにしかならないだろう。
こんなにも哀しい話があるだろうか。
あれほど広い中国に、あれほど大勢の人々がいながら、誰も龍樹尊者の示すところを理解せず、迦那提婆尊者の説くところを理解していないのだ。
身に仏性が現れるという意味を、まったくわかっていないのである。
どうやら人々の眼には、満月のように欠くことのない龍樹尊者の姿に雲がかかって見えているようで、月は欠けてしまっているようだ。
昔から説かれてきた仏法をよくよく参究してこなかったがための結果であり、古を慕う心もなかったのだろう。
古き仏たちよ、またこれからを生きる仏たちよ。
今後、仏性を身に現す真理と出会ったとき、くれぐれも画に描いた餅を味わうような愚かな行いはしないでほしい。
35節
しるべし、身現円月相の相を画せんには、法座上に身現相あるべし。揚眉瞬目それ端直なるべし。皮肉骨髓正法眼蔵、かならず兀坐すべきなり。破顔微笑つたはるべし、作仏作祖するがゆゑに。この画いまだ月相ならざるには、形如なし、説法せず、声色なし、用弁なきなり。もし身現をもとめば、円月相を図すべし。円月相を図せば、円月相を図すべし、身現円月相なるがゆゑに。円月相を画せんとき、満月相を図すべし、満月相を現すべし。しかあるを、身現を画せず、円月を画せず、満月相を画せず、諸仏体を図せず、以表を体せず、説法を図せず、いたづらに画餠一枚を図す、用て什麼にか作ん。これを急著眼看せん、たれか直至如今飽不飢ならん。月は円形なり、円は身現なり。円を学するに一枚錢のごとく学することなかれ、一枚餠に相似することなかれ。身相円月身なり、形如満月形なり。一枚錢、一枚餠は、円に学習すべし。
必ず知っておかねばならない。
龍樹尊者がその身に現した真実の姿を描こうと思うのなら、法座の上には、龍樹尊者の身に現れた真理それ自体が描かれていなくてはならない。
眉があり、眼があり、端正に真っ直ぐ坐禅をする姿、すなわち龍樹尊者の姿が描かれていなくては誤りである。
昔ブッダが霊鷲山で摩訶迦葉尊者に仏法を伝えたときも、坐禅をする姿のままに破顔微笑(はがんみしょう)と呼ばれる以心伝心が行われた。
仏祖の姿というのはいつでも坐禅の姿だった。
坐禅をする姿が描かれない間は、法座の上には何の姿も描かれていないのと同じであり、その画は何も説かず、何を聞くことも何を見ることもない。
そのような画に用はない。
もし身に現れた仏性を描こうと思うのなら、仏性それ自体を描くべきである。
それ自体を描くために、それ自体を描くのは、至極当然のことではないだろうか。
その身に現れたのは、現れたそれ自体なのだから。
仏性それ自体を描くのだから、仏性を少しも欠いてはならない。
満月のように、欠くことのない姿を描かなくてはならない。
それにも関わらず、身に現れたものを描かず、真実を描かず、欠くことのない姿を描かず、仏の姿を描かず、説法を描かず、誤って1枚の餅を描こうとする。
そのようなことをして何がどうなるというのだ。
今一度、はっきりとその画に描かれた餅を見よ。
その画に描かれている餅によって、腹が満たされることがあるだろうか。
少しでも飢えをしのぐ足しになるだろうか。
何ら人を助ける働きを有していないのは明らかだろう。
人々が一円相を描くという過ちを犯したのは、「円月相」や「満月相」といった言葉によるものかもしれない。
龍樹尊者が現した坐禅の姿は、円満で欠くところがなかったからそのような言葉で呼ばれることがあった。
たしかに月は丸い。
そのような丸い月の姿が現れたと聞けば、1枚の銭のような丸いものを想像してしまうのも無理はないかもしれない。
しかしながら円月相や満月相を、ただ丸いというだけで銭のような姿と理解するようなことがあってよいはずがない。
よいか、くれぐれも仏性を画に描いた餅にしてはならない。
身に円月相が現れたとか、満月のごとき姿が現れたとか、どのような言葉で表現されようとも、龍樹尊者の姿は1枚の銭ではなく餅でもない。
龍樹尊者自身の姿が円月相であり満月相なのである。
「円」とは何なのか、よくよく参究しておきなさい。
参考資料
方便
upDyaの意訳
仏教で、下根(げこん)の衆生を真の教えに導くために用いる便宜的な手段。また、その手段を用いること法便。
2 とくに、密教では、自利と利他、向上と向下の両義にとり、自利、利他の実践を完成することとする。
3 目的のために利用される一時の手段。また、その手段を用いること。てだて。たばかり。計略。「嘘も方便」
Upaya 近づく
(Sanskrit: upāya, expedient功利主義的な,御都合主義の,方便の;政略的なmeans, pedagogy)
is a term used in Buddhism to refer to an aspect of guidance along
the Buddhist Paths to liberation where a
conscious, voluntary action is driven by an incomplete reasoning about its
direction. Upaya is often used with kaushalya (कौशल्य,
"cleverness"), upaya-kaushalya meaning
"skill in means".
Upaya-kaushalya is a concept emphasizing that practitioners may use their own specific methods or techniques that fit the situation in order to gain enlightenment. The implication is that even if a technique, view, etc., is not ultimately "true" in the highest sense, it may still be an expedient practice to perform or view to hold; i.e., it may bring the practitioner closer to the true realization in a similar way. The exercise of skill to which it refers, the ability to adapt one's message to the audience, is of enormous importance in the Pali Canon
.[1]The Digital Dictionary of Buddhism notes
that rendering the Chinese term fāngbiàn into
English as 'skillful' or as 'expedient' is often difficult, because the
connotations shift according to the context as (1) the teaching being something
to marvel at — the fact that the Buddha can present these difficult truths in
everyday language (thus, skillful), yet that (2) they are teachings of a lower
order as compared to the ultimate truth, and are far removed from reflecting
reality, and are a kind of 'stopgap' measure (thus, expedient).[2]