29 恁麼 第十七
本文研究
雲居山弘覺大師は、洞山の嫡子なり。釋迦牟尼佛より三十九世の法孫なり、洞山宗の嫡祖なり。
一日示衆云、欲得恁麼事、須是恁麼人。即是恁麼人、何愁恁麼事。
いはゆるは、恁麼事をえんとおもふは、すべからくこれ恁麼人なるべし。すでにこれ恁麼人なり、なんぞ恁麼事をうれへん。
このような事を会得しようとすれば、このような人でなくてはならない。
すでにこのような人なのだから、どうしてこのような事を会得しようとして思い煩う必要があろう。
恁麼とは「このように」と言う意味で、諸法実相の「如是」と同じ意味である。
恁麼とは概念化の手前の事態のことである。
恁麼の巻では認識の構造を明確にしている。どのようにして存在を縁起として把握するのかを。
ここで言う行為とは、自己が行為を発動する時の行為ではない。
先立つのは行為であり、その行為によって自己と対象が構成される「行為」である。
そしてこの行為が「このように」つまり、在るものの在り方を規定する。これが如是である。
「このように」現前するものの背後に、その根拠となる「本質」はない。
もし認識している自己に根拠を設定すれば、「独我論」になる。
しかし自己にも根拠を求めなければ、「このように」は、自己と世界の存在を構成する土台としての「一つにつながっている世界」の次元を、分断されることで理解される脳の認識のサイドから表現する語句となる。
この宗旨は、直趣無上菩提、しばらくこれを恁麼といふ。この無上菩提のていたらくは、すなはち盡十方界も無上菩提の少許なり。さらに菩提の盡界よりもあまるべし。われらもかの盡十方界のなかにあらゆる調度なり。なにによりてか恁麼あるとしる。いはゆる身心ともに盡界にあらはれて、われにあらざるゆゑにしかありとしるなり。
「一つにつながっている世界」の考え方とは、この世の存在も「一つにつながっている世界」という在り方の一部である。
「一つにつながっている世界」とは存在の仕方のことなので、世界という特定の存在を超えて、存在することそのものを規定している。
あれもこれもがすべてつながっている状態なのである。
したがって、私たちの存在もこの世界の中に位置づけられているもの(調度)なのである。
なぜそんなことがわかるのか?
自己の在り方(身心)が、この世界に現成するとき、それ自体に何らかの根拠を持って現れるのではないということからして、「一つにつながっている世界」として、そのように存在すると知るのだ。
身すでにわたくしにあらず、いのちは光陰にうつされてしばらくもとどめがたし。紅顔いづくへかさりにし、たづねんとするに蹤跡なし。つらつら觀ずるところに、往事のふたたびあふべからざるおほし。赤心もとどまらず、片片として往來す。たとひまことありといふとも、吾我のほとりにとどこほるものにあらず。恁麼なるに、無端に發心するものあり。
命も時間とともに変化して止めることはできない。若い頃の容姿はどこかに消え、跡形もない。
真実の心(赤心)も同じ。
このように「無常である」、と自覚するとき、いつということもなく、仏道に志を起こす者が出てくる。
この心おこるより、向來もてあそぶところをなげすてて、所未聞をきかんとねがひ、所未證を證せんともとむる、ひとへにわたくしの所爲にあらず。しるべし、恁麼人なるゆゑにしかあるなり。なにをもつてか恁麼人にてありとしる、すなはち恁麼事をえんとおもふによりて恁麼人なりとしるなり。すでに恁麼人の面目あり、いまの恁麼事をうれふべからず。うれふるもこれ恁麼事なるがゆゑに、うれへにあらざるなり。
この志が起きてくれば、これまでの見解を捨てて、知らなかった教えを聞きそれを証明しようと思うだろう。
しかしこれは、自己が「一つにつながっている世界」の次元を理解しようとするものではない。
自己がそもそも「このような人」だから自覚し認識することが可能なのである。
なぜ「このような人」の自覚が可能なのか?
それは、存在が「一つにつながっている世界」と一体化していることを知りたいと思うからだ。
知らなければ、存在している、ということにはならない。
知り、知られる必要があるのだ。
すると「一つにつながっている世界」を自覚した自己として現前する。
「このように存在するということ」をいたずらに二元図式で思い悩み続けても意味がない。
その思い悩みも「一つにつながっている」「このようなもの」である。
そうとわかれば、もはや悩みとも言えない。
すなわち思うことも悩むことも行為である。
悩むという行為で悩み相応のものとして、「そのように」悩みは現前するのだから。
又恁麼事の恁麼あるにも、おどろくべからず。たとひおどろきあやしまるる恁麼ありとも、さらにこれ恁麼なり。おどろくべからずといふ恁麼あるなり。
「このようなこと」が「このように」現前するのを驚いてはいけない。
もし驚くのならば、これまでの正常な在り方を想定しているからだ。
この想定の根拠となっている本質は「一つにつながっている世界」では否定されて、幻にすぎない。
これただ佛量にて量ずべからず、心量にて量ずべからず、法界量にて量ずべからず、盡界量にて量ずべからず。ただまさに即是恁麼人、何愁恁麼事なるべし。
全世界の在り方を基準にして判断してはならない。
概念化の手前にある次元をと共にいよう。
すでのこのようなひとなのだから、このように在ることを思い悩む必要があろうか。
このゆゑに、聲色の恁麼は恁麼なるべし、身心の恁麼は恁麼なるべし、諸佛の恁麼は恁麼なるべきなり。たとへば、因地倒者(地に因りて倒るる者)のときを恁麼なりと恁麼會なるに、必因地起(必ず地に因りて起く)の恁麼のとき、因地倒をあやしまざるなり。
認識の対象(聲色)が認識されるように現前する(恁麼)のは、それが縁起しているからである(恁麼なるべし)。
認識する自己(身心)が自己として認識されるとおりに現前する(恁麼)のは、それが縁起する存在だからである。
「地」とは縁起の次元を指している。
「倒れる」「起きる」と概念化して認識することが、縁起の次元を土台にしている。
「倒れる」行為は、地面とその上を歩く者とそれを見ている者との関係性において言えることである。
彼が「倒れた」のか「寝た」のかは、この関係性よって決まる。
ある現象がそのような現象として認識されるのは、その現象が縁起による現前だからである。
それが「倒れる」という概念で理解されようと、「起きる」という概念で理解されようと、縁起の次元という「地」においての出来事であることに変わりはない。だから怪しんだりしないのである。
古昔よりいひきたり、西天よりいひきたり、天上よりいひきたれる道あり。いはゆる若因地倒、還因地起、離地求起、終無其理(若し地に因りて倒るるは、還た地に因りて起く、地を離れて起きんと求むるは、終に其の理無けん)。
いはゆる道は、地によりてたふるるものはかならず地によりておく、地によらずしておきんことをもとむるは、さらにうべからずとなり。しかあるを擧拈して、大悟をうるはしとし、身心をもぬくる道とせり。このゆゑに、もし、いかなるか諸佛成道の道理なると問著するにも、地にたふるるものの地によりておくるがごとしといふ。これを參究して向來をも透脱すべし、末上をも透脱すべし、正當恁麼時をも透脱すべし。大悟不悟、却迷失迷、被悟礙、被迷礙。ともにこれ地にたふるるものの、地によりておくる道理なり。これ天上天下の道得なり、西天東地の道得なり、古往今來の道得なり、古佛新佛の道得なり。この道得、さらに道未盡あらず、道虧闕あらざるなり。
しかあれども、恁麼會のみにして、さらに不恁麼會なきは、このことばを參究せざるがごとし。
たとひ古佛の道得は恁麼つたはれりといふとも、さらに古佛として古佛の道を聞著せんとき、向上の聞著あるべし。いまだ西天に道取せず、天上に道取せずといへども、さらに道著の道理あるなり。いはゆる地によりてたふるるもの、もし地によりておきんことをもとむるには、無量劫をふるに、さらにおくべからず。まさにひとつの活路よりおくることをうるなり。いはゆる地によりてたふるるものは、かならず空によりておき、空によりてたふるるものは、かならず地によりておくるなり。もし恁麼あらざらんは、つひにおくることあるべからず。諸佛諸祖、みなかくのごとくありしなり。
もし人ありて恁麼とはん、空と地と、あひさることいくそばくぞ。
恁麼問著せんに、かれにむかひて恁麼いふべし、空と地と、あひさること十萬八千里なり。若因地倒、必因空起、離空求起、終無其理、若因空倒、必因地起、離地求起、終無其理(地に因りて倒るるがごときは、必ず空に因りて起く。空を離れて起きんと求むるは終に其の理無けん。空に因りて倒るるがごときは、必ず地に因りて起く。地を離れて起きんと求むるは終に其の理無けん)。
もしいまだかくのごとく道取せざらんは、佛道の地空の量、いまだしらざるなり、いまだみざるなり。
「このようである」という判断が可能であるためには、「そのようではない」と認識し得る事態の存在を前提しなければならない。
これがわからなければ「このように」という認識の意味がわかったことにはならない。
「一つにつながっている世界」の次元は、諸存在を生成する土台であるが、この土台それ自体など存在しない。家が建っているから土台と認識されているだけである。
土台を実体としての根拠や根源のように誤解してはいけない。
第十七代の祖師、僧伽難提尊者、ちなみに伽耶舍多、これ法嗣なり。あるとき、殿にかけてある鈴鐸の、風にふかれてなるをききて、伽耶舍多にとふ、風のなるとやせん、鈴のなるとやせん。
伽耶舍多まうさく、風の鳴にあらず、鈴の鳴にあらず、我心の鳴なり。
僧伽難提尊者いはく、心はまたなにぞや。
伽耶舍多まうさく、ともに寂靜なるがゆゑに。
僧伽難提尊者いはく、善哉善哉、わが道を次べきこと、子にあらずよりはたれぞや。
つひに正法眼藏を傳付す。
心とは何かね?
皆とともに静寂です。
見事だ、私の仏道を次ぐのは君以外に誰がおろうか?
ついに師は弟子に真髄を伝えた。
これは風の鳴にあらざるところに、我心鳴を學す。鈴のなるにあらざるとき、我心鳴を學す。我心鳴はたとひ恁麼なりといへども、倶寂靜なり。
「このようである」という判断が可能であるためには、「そのようではない」と認識し得る事態の存在を前提しなければならない。
これがわからなければ「このように」という認識の意味がわかったことにはならない。
鈴も風も鳴らないが心が鳴る事態を「恁麼」に解釈すれば、「倶寂静」(何も鳴らない)という鳴り方になる。
西天より東地につたはれ、古代より今日にいたるまで、この因縁を學道の標準とせるに、あやまるたぐひおほし。
伽耶舍多の道取する風のなるにあらず、鈴のなるにあらず、心のなるなりといふは、能聞の恁麼時の正當に念起あり、この念起を心といふ。この心念もしなくは、いかでか鳴響を縁ぜん。この念によりて聞を成ずるによりて、聞の根本といひぬべきによりて、心のなるといふなり。これは邪解なり。正師のちからをえざるによりてかくのごとし。たとへば、依主隣近の論師の釋迦のごとし。かくのごとくなるは佛道の玄學にあらず。
しかあるを、佛道の嫡嗣に學しきたれるには、無上菩提正法眼藏、これを寂靜といひ、無爲といひ、三昧といひ、陀羅尼といふ道理は、一法わづかに寂靜なれば、萬法ともに寂靜なり。風吹寂靜なれば鈴鳴寂靜なり。このゆゑに倶寂靜といふなり。心鳴は風鳴にあらず、心鳴は鈴鳴にあらず、心鳴は心鳴にあらずと道取するなり。
陀羅尼とは仏教の真理を語る言葉のこと。
あるものが静寂であるなら、すべてのものが静寂なのだ。
風が吹くという静寂があり、鈴が鳴るという静寂がある。
だから皆ともに静寂だというのだ。
心が鳴るとは風が鳴るのではない、心が鳴るのは鈴が鳴るのでもない。
そして心が鳴るのは、心が鳴るのでもないと言わねばならない。
なぜか?
恁麼の立場では、〇〇が鳴るという了解が、実際の事態を捉え損なうからである。
事実としてあるのは「チリリーン」という音のみである。
これを言語が「鈴が鳴る」「私が聞く」というように二元図式の枠組みにしたがって分節して了解している。
ところが実際には、まず音の発生という事態があって、その相関項として、鈴や風や心が言語によって括りだされている。
仮にこの事態を無理やりに直接の言語化をするならば、「鳴るものが鳴る」と言うしかない。
これが恁麼な事態、縁起の次元の現前なのである。
鳴っている鈴は鳴らない、鳴っている心は鳴らない、鳴っているものはさらに何も鳴らない。
だから倶寂靜。
親切の恁麼なるを究辨せんよりは、さらにただいふべし、風鳴なり、鈴鳴なり、吹鳴なり、鳴鳴なりともいふべし。何愁恁麼事のゆゑに恁麼あるにあらず、何關恁麼事なるによりて恁麼なるなり。
このようなことがわかれば何と言ってもしょせん「倶寂靜」という恁麼である。
これで恁麼の事態を正しく認識できる
第三十三祖大鑑禪師、未剃髪のとき、廣州法性寺に宿するに、二僧ありて相論するに、一僧いはく、幡の動ずるなり。
一僧いはく、風の動ずるなり。
かくのごとく相論往來して休歇せざるに、六祖いはく、風動にあらず、幡動にあらず、仁者心動なり。
二僧ききてすみやかに信受す。
この二僧は西天よりきたれりけるなり。しかあればすなはち、この道著は風も幡も動も、ともに心にてあると、六祖は道取するなり。まさにいま六祖の道をきくといへども、六祖の道をしらず。いはんや六祖の道得を道取することをえんや。爲甚麼恁麼道(甚麼としてか恁麼道ふ)。
いはゆる仁者心動の道をききて、すなはち仁者心動といはんとしては、仁者心動と道取するは、六祖をみず、六祖をしらず、六祖の法孫にあらざるなり。いま六祖の兒孫として、六祖の道を道取し、六祖の身體髪膚をえて道取するには、恁麼いふべきなり。いはゆる仁者心動はさもあらばあれ、さらに仁者動といふべし。爲甚麼恁麼道。
「お前さまの心が動くのだ」はともかくとして、さらに「お前様が動くのだ」と言うべきだ。
いはゆる動者動なるがゆゑに、仁者仁者なるによりてなり。即是恁麼人なるがゆゑに恁麼道なり。
動くものが動くことによって、お前様はお前様になるからである。
この「動」の相関項としてのみ「仁者」は「仁者」として現成する。
縁起のパラダイムを用いる場合の言語表現は、常識的な言葉の使い方から大きく逸脱していく。
六祖のむかしは新州の樵夫なり。山をもきはめ、水をもきはむ。たとひ青松の下に功夫して根源を截斷せりとも、なにとしてか明窓のうちに從容して、照心の古教ありとしらん。澡雪たれにかならふ。いちにありて經をきく、これみづからまちしところにあらず、他のすすむるにあらず。いとけなくして父を喪し、長じては母をやしなふ。しらず、このころもにかかれりける一顆珠の乾坤を照破することを。たちまちに發明せしより、老母をすてて知識をたづぬ、人のまれなる儀なり。恩愛のたれかかろからん。法をおもくして恩愛をかろくするによりて棄恩せしなり。これすなはち有智若聞、即能信解(智有るもの若し聞かば、即ち能く信解す)の道理なり。
いはゆる智は、人に學せず、みづからおこすにあらず。智よく智につたはれ、智すなはち智をたづぬるなり。五百の蝙蝠は智おのづから身をつくる。さらに身なし、心なし。十千の游魚は智したしく身にてあるゆゑに、縁にあらず、因にあらずといへども、聞法すれば即解するなり。きたるにあらず、入にあらず。たとへば、東君の春にあふがごとし。智は有念にあらず、智は無念にあらず。智は有心にあらず、智は無心にあらず。いはんや大小にかかはらんや、いはんや迷悟の論ならんや。いふところは、佛法はいかにあることともしらず、さきより聞取するにあらざれば、したふにあらず、ねがふにあらざれども、聞法するに、恩をかろくし身をわするるは、有智の身心すでに自己にあらざるがゆゑにしかあらしむるなり。これを即能信解といふ。しらず、いくめぐりの生死にか、この智をもちながら、いたづらなる塵勞にめぐる。なほし石の玉をつつめるが、玉も石につつまれりともしらず、石も玉をつつめりともしらざるがごとし。人これをしる、人これを採。これすなはち玉の期せざるところ、石のまたざるところ、石の知見によらず、玉の思量にあらざるなり。すなはち人と智とあひしらざれども、道かならず智にきかるるがごとし。
無智疑怪、即爲永失(智無きは疑怪す、即ち爲めに永く失ふ)といふ道あり。智かならずしも有にあらず、智かならずしも無にあらざれども、一時の春松なる有あり、秋菊なる無あり。この無智のとき、三菩提みな疑怪となる、盡諸法みな疑怪なり。このとき永失爲なり。所聞すべき道、所證なるべき法、しかしながら疑怪なり。われにあらず、偏界かくるるところなし。たれにあらず、萬里一條鐵なり。たとひ恁麼して抽枝なりとも、十方諸佛土中、唯有一乘法なり。たとひ恁麼して葉落すとも、是法住法位、世間相常住なり。是恁麼事なるによりて、有智と無智と、日面と月面となり。
恁麼人なるがゆゑに、六祖も發明せり。つひにすなはち黄梅山に參じて大滿禪師を拜するに、行堂に投下せしむ。晝夜に米を碓こと、わづかに八箇月をふるほどに、あるとき夜ふかく更たけて、大滿みづからひそかに碓房にいたりて六祖にとふ、米白也未(米白まれりや未だしや)と。
六祖いはく、白也未有篩在(白けれども未だ篩ること有らず)。
大滿つゑして臼をうつこと三下するに、六祖、箕にいれる米をみたび簸る。このときを、師資の道あひかなふといふ。みづからもしらず、他も不會なりといへども、傳法傳衣、まさしく恁麼の正當時節なり。
南嶽山無際大師、ちなみに藥山とふ、三乘十二分教某甲粗知。嘗聞南方直指人心、見性成佛、實未明了。伏望和尚、慈悲指示(三乘十二分教は某甲粗知れり。嘗て聞く、南方の直指人心、見性成佛、實に未だ明了ならず。伏望すらくは和尚、慈悲をもて指示したまはんことを)。
これ藥山の問なり。藥山は本爲講者なり。三乘十二分教は通利せりけるなり。しかあれば、佛法さらに昧然なきがごとし。むかしは別宗いまだおこらず、ただ三乘十二分教をあきらむるを教學の家風とせり。いまの人おほく鈍致にして、各各の宗旨をたてて佛法を度量する、佛道の法度にあらず。
大師いはく、恁麼也不得、不恁麼也不得、恁麼不恁麼總不得、汝作麼生(恁麼も不得、不恁麼も不得なり、恁麼不恁麼ハに不得なり。汝作麼生)。
これすなはち大師の藥山のためにする道なり。まことにそれ恁麼不恁麼ハ不得なるゆゑに、恁麼不得なり、不恁麼不得なり。恁麼は恁麼をいふなり。有限の道用にあらず、無限の道用にあらず、恁麼は不得に參學すべし、不得は恁麼に問取すべし。這箇の恁麼および不得、ひとへに佛量のみにかかはれるにあらざるなり。會不得なり、悟不得なり。
曹谿山大鑑禪師、ちなみに南嶽大慧禪師にしめすにいはく、是什麼物恁麼來。
この道は、恁麼はこれ不疑なり、不會なるがゆゑに、是什麼物なるがゆゑに、萬物まことにかならず什麼物なると參究すべし。一物まことにかならず什麼物なると參究すべし。什麼物は疑著にはあらざるなり、恁麼來なり。
正法眼藏恁麼第十七
爾時仁治三年壬寅三月二十日在于觀音導利興聖寶林寺示衆
寛元元年癸卯四月十四日書寫之侍者寮 懷弉