キク村 弱さが宇宙のいのち      自然と自分の心身に入る時のパスワード

 

弱さが「いのち」を新しく創る。

弱さは未来、可能性、広がり、希望。

この弱さこそが時を前に進める力。

弱さがあれば生きていける。

弱さがあれば安心ができる。 

強さだけでは、やがて硬くなって枯れてしまって絶滅しちゃう。

 

人間は「弱さ」をめぐる大事な神話を持っている。

それなのに、弱さは弱者として嫌がれ、除け者にされ続けている。

弱さこそが生きていけるエッセンスなのに。

そして強さばかりに目を向けたがる表の歴史。

だれによって?どうして?なんのために?

知の全体を網羅しようとする意図は、

全体を固くして自分の首を絞めることになっちまう。

 

花や実が好きならば、芽を出すのではなく、まずは地中に向かって根をはやせ。

自発とは芽を生やすことじゃない、まずは根を伸ばすこと。

自己の意志に頼っちゃ始まらない、むこうからやってくる妖精に身をまかすだけ。

トトロに出てくる妖精たちのような。

森の風のような。

海の潮のような。

空の雲のような。

 

そのためには妖精の波動とチューニングを合わせる。

だからしばらくは静かにただ「待つ」だけ。

体を緩め、心を暖め、頭を朧(おぼろ)にして。

そして相手の時空が伝わってくれば、みずからの心身をただ委ねてしまう。

種が土にまかせるように。

その時空に溶けて一つ同化してしまうまで。

その時に、なんだか寂しくなる。

自分の意識がいつもの自分だけのものではなくなってしまうから、だろうか。

でもこれがやっと顕れ出てきた吉兆のしるし。  

儚さ、侘しさ、寂しさこそが未知の「向こう」と出合えた証(あかし)。

そこからが「弱音」を聞ける瞬間のはじまり。

弱さは深い方へ引っ張られていく。

深く、地中の下。

根っこ。

始まり。

 

弱さと一緒に暮らすには、柔らかくなるのがいい。

緩めるためには、緊張するのもいい、そのあとは緩まるから。

緩めるためには芯も必要。 芯があると、他の場所が緩まるから。

固まってしまうと、「強さ」という役目をまかされるので、なにも拡がってはいけない。

強くなると外との通路が閉じちまう。

体を震わせるのもいい。

開いた状態とは緊張していないこと。

触るともろく、くずれさるハカナさ。

でも大丈夫、

いくらくずれても、すぐに甦(よみがえ)る。

潤いのある無力、中心のある軟弱。

芯はあるのに、柔らかい。

パスタで言うとアルデンテということかな。

弱さが強さをカタチにし、強さが弱さを自由にさせている。

弱さを遠ざけてしまうと、硬い強さが生まれ出て、あたり一面の命を一刀両断にしてしまう。

どうか弱さを受けとめておくれ。

そして、体の一部として、うけいれておくれ。

自然の中に、社会の中に、制度(システム)の中に、自分の心身の中に、そして「わたしたち」の意識の中に。

 

キク村

南米大陸の奥幽きアンデスとアマゾンの間に「キク」という小さな小さな村がある。一番近くのハプ村とケロ村までも歩いて2日はかかるほどどこからも遠く隔れている村だ。この時は日本から到着するまでに10日間かかった。

私が初めて行った1990年にはまだ500年前のインカ時代の生活があちこちに残っていた。山に閉ざされて、車が入っていける道は一つもない。そこでオコンガテ村の馬方のディアスに頼んで馬を貸してもらい3日かけて行った。

一日目の夜は荒野の中にある壁は石で屋根は干し草で作った4畳半ほどの家に泊めてもらった。夫婦で暮らす家の片隅にマントをかぶって寝た。翌朝になると奥さんが昨夜はどんな夢を見たか聞いてくる。これはアマゾンでもシベリアでも砂漠でもよく聴かれることだ。住む者は、このはかないメッセージをよく聞きたがる。彼らにとっては大切な自然からのメッセージなのだ。朝日が出て旅立つ前にコカの葉っぱでお茶を入れてくれた。家の主人は湯の中を漂うコカの葉のならびを観ていた。まるで茶柱を見るように。ここに世界と繋がる印(しるし)があるのだという。

好きな万葉集にも「しるし」が一杯ある。例えば六〇四   

劔大刀 身尓取副常 夢見津 何如之恠曽毛 君尓相為

剣太刀身に取り添ふと夢に見つ何の徴(しるし)そも君に逢はむため

剣大刀 身に取り添( )ふと夢( いめ )に見つ何( なに )の兆( さが )そも君に逢( )はむため

つるぎたち身にとりそふと夢に見つ何の恠(さが)そも君にあはむため

どう詠むかによって毎回のように意味が変化し、どんどん深くなっていくのには驚かされる。

 

2日目には朝から霧に覆われ、道を失い、彷徨った。 ホワイトアウトだ。連だってきた白犬は雪で目を患い、歩けなくしまった。方向も距離もなくなってしまう。すべてがわからない。人は誰も通らない山中だ。ところが夕方になって山村に戻るという三人の青年に出会った。どこから来たのか聞くとケロ、ハプ、キクだという。

ディアスは3つの村の者が一緒にいるところを生まれてから今までに一度もみたことがないという。これは大切な前兆だとつぶやくように言った。

兆候とは、もろくて柔らかく、いたるところで消えかかり、同時にあちらこちらで繋がり拡がり、生長している偶然の連鎖。そしてこの偶然こそが必然につながっている。

三日目にキク村に着いた。

小さな徴(しるし)にこの世とあの世のつながりが見える

山頂の雲の流れ

クイの鳴き声

コンドルの舞

霜柱の音

仲間の気配

大地の鼓動

川の水かさと勢い

風の渦巻きや流れ

リャマの糞の乾燥具合

雨のあとの干し草の香り

 

 

 

南アメリカ大陸の南北を縦一直線に屹立するアンデス山脈の山々。そして世界のジャングル、アマゾンの樹々。

ここに新しいテクノロジーを取り入れながらも、500年前のいにしえと変わらぬ営みを続ける村がある。彼らの厳しい自然と対峠する術とは?

「自然を仲間にすることさ」

牧畜とジャガイモの栽培を生業とし、5人の子供の父親であるファビアンはいとも簡単に言った。アンデスの厳しい自然の中で生活していくコツを彼に尋ねた時の答えだ。一番初めに彼が言ったのは「山霊のアプと大地霊のパチャママと一緒に生きることだ。」山の霊とかよくわからないことが多かったのでいろいろと質問してやっとたどり着いた訳が「自然に生かされている」であり、生かされている実感のない現代都会生活者の私のための訳が上記の「自然を仲間にする」である。

 ここは「インカ最後の村」と呼ばれるインディオの共同体(コムニダ)のキク部落。純白の氷河がきらめく山々が連なるペルー・アンデスとアマゾン・ジャングルの間に位置する。海抜1500mから5000mの高度差がある広範囲の地域にも関わらず、全所帯で45家族、150人の部洛だ。使われている言葉はインカ帝国時代の公用語であったケチュア語である。となりの部落のケロやハプと共に500年前のインカ時代の伝統と文化がいまだに受け継がれている生活を営んでいる。

 過酷な自然環境の中で、人々は季節の変化と自然の高度差を利用して、完全な自給自足の生活を送っている。そのため外界との接触を取る必要もなかった。また高山とジャングルが障壁となり、外との接触を取ることが容易ではなかったため、急激な近代化の波の影響を受けず、昔からのライフスタイルを残した生活を続けることができたのだ。毎日のように垂れ込む霧と雲のため航空写真を撮影することもできず、ペルーの国土地理院もこの地域だけが空白の地図しか作成していない程だ。

 雪がある季節は、一番近いチャクタクーチョの村から徒歩の山越えで2日、オコンガテからは馬で3日はかかる。ちなみにインカ帝国時代の都であった、飛行場のあるクスコから、これらのまだ電気もないチャクタクーチョ村に到着するまで、4輪駆動のトラックで雨季ならば最低2日はかかる。8月に訪れた時は、突然の雪に見舞われたため、馬が前に進むことが出来ずやむを得ず引き返したり、前を走っていたトラックが4600mの峠で滑り落ち、その引き上げ作業に時間がかかり、延べ10日間かかってやっとキクにたどり着いた。

 

氷河の山からジャングルまでを生活圏にするライフスタイル

 「ここではどの家族も4軒の家を持っているんだ。」まだ25才ながら、みんなのリーダシップをとって、部落の発展のために働いているファビアンが教えてくれた。彼らは氷河のある5000m級の山から亜熱帯のジャングルまでの生活圏の間に、4カ所のベースを持っている。季節と高度差を上手に利用して、仕事内容の変化と共に住居を替えながら生活しているのだ。

海抜4000mには公共施設のあるハトゥンキク、3500mには家族の生活の場としているクチキク、3000mにはジャガイモの植えつけなど農耕の拠点にするタンボ、2000mにはトウモロコシ畑のあるモンテ。

 どの家も近くにある石と岩を材料にした石造りの小さな家だ。屋根には木の柱を12本ほど使って骨組みを作り、その上にイチュと呼ばれるイネ科の草を葺いて小屋の完成となる。ただ、ジャングルでは石の代わりに木とトウモロコシの茎と葉を使った簡易な家を建てている。彼らは何でも現地調達でモノを作り上げる。屋根に葺く草は高地ではイチュ、低地ではトウモロコシの葉が適材らしい。これらの材料を一度に乾燥させると丈夫で長持ちする屋根が出来上がるので建てる時期は乾期である4月から9月が適している。ここでは地球の裏側にあたる日本の気候とは違い、一年を乾期(4月〜9月)と雨期(10月〜3月)の二つの季節に分けている。

 ファビアンにどのくらいで家を作り上げるのか尋ねてみると、2人の作業で5日あれば作り上げることが出来るという。少し早すぎるのでは、と問うと

「自分たちの身の回りにあるものを使って、『建てるんだ』と強く念ずれば、後は勝手に体が動いているものさ」

という魔法を教えてくれた。

 プーナと呼ばれるハトゥンキクより上に広がる荒涼とした寒冷地は、主にアルパカをはじめとする家畜の放牧に使われる。駱駝科のアルパカはネズミのように歯の成長が速いので、絶えず丈の短い草を食しながら岩で歯を削らなければ口がふさがらず餓死してしまうのだ。アルパカにとっては、丈の高い草が生えないという自然環境が、生きるための絶対不可欠の条件だ。

 また、このプーナでは零下10度まで下がる気候を利用して、チューニャと呼ばれるジャガイモの乾燥保存食を作るのに利用される。時期は乾期で気温変化の激しい6月頃が、イモの収穫期にあたるので都合がよい。作り方は簡単だ。大地にジャガイモを重なり合わないように広げて置いておく。そうすると夜間の凍結と昼間の解凍を数日繰り返され、イモの成分に含まれている水分のために柔らかくなる。今度は裸足になってこのイモの上に乗って踏みつけ中の水分を押し出す。それから再び広げて干して置けば、4、5日で乾燥してチューニャの出来上がりとなる。乾期の高地を上手に利用する保存食づくりだ。

  ハトゥンキクには学校や教会だけではなく、なんと今年完成した小さな水力発電所まである。ペルーに30年間住んでいるデンマーク人のカトリック牧師の援助のもと、少しずつ材料を人力で運びながら、4年の歳月をかけて作った労作だ。周囲には電気のある村がないため、驚きと羨望の的でもある。

「このハトゥンキクと生活の場であるクチキクとの住み分けによって、新しいテクノロジーといにしえの伝統文化との共存が可能だ」

と発電所作りに骨をおったファビアンは言う。この地域にいる時は、いつものように地べたの上で食事をするのではなく、机の上でジャガイモを食べれるようにしたいという。キクのような部落は近代化と共に過疎となり、消え去るものだと思っていたきらいがあるが、21世紀に向けて彼らは、新しい技術を取り入れ、彼ら独自の道を進もうとしている。牧師をはじめとする良き指導者のもとで、高度差を利用した牧畜と農耕を生活の糧とする彼らの暮らしぶりや、遠くクチキクまで電線を引く資金不足などのことを考えるとそう簡単に電気エネルギー一辺倒の生活に急変することはなく、テクノロジーと伝統文化の共存の生活が続くことだろう。

 それにしても富士山の山頂近くの海抜にあたるクチキクは住みにくくはないのだろうか?野菜グループのメンバーであるオスカルに聞いてみると「ジャングルと違ってアブや蚊や蛇や熊はいないし、涼しく湿度も低いため、食べ物の保存には丁度いい」と言う。

 ジャングルの入り口にあるタンボ(3000m)を過ぎると今までの荒涼とした岩面から突然潅木が現れ、道を歩いても多種の植物が繁茂し、シダを押し分けながら緑のトンネルを進ことになる。蚊をはじめアブ、ブヨがどこからともなくやってきて、低い羽音を耳元で鳴らす。アマゾンから吹き上げてくる風は生暖かい。枝の大きくしなった木は神秘的な色合いを持つコケにすっかり覆われ、高地とは別世界の空間に入り込む。トウモロコシの収穫に行くキクの若者と一緒に、氷河をいだく山から、小走りに歩くこと6時間。リャマを追いかけながら4500mから2000mの高度差を一挙に下ると、蒸し暑いジャングルにたどり着くことになる。赤道から近いので海抜2000mでも摂氏30度を越す。この急激な景色の変化には目眩を起こしそうになる。季節でいえば冬が突然ひっくり返って夏になったようなものだ。

 

エコライフの原点

 彼らと寝起きを共にすると日常生活のリサイクル活用が徹底しているのには驚かされる。例えば羊、リャマ、アルパカの糞を乾燥させたものを燃料に使う。草食の動物のせいか燃やしても臭いは余り出ず、一掴みの糞に30センチ程の薪を足してやれば5リットルの湯を沸かすことが出来る。またこの糞は畑の肥料としても利用され、農作には放牧が欠かせない。

 毎日の食べ物はお祭の時に食する肉のほかは、ジャガイモとトウモロコシしかない。といってもジャガイモだけで80種類以上の品種があるので、バラエティーは豊富だ。食事の最中にむいたジャガイモの皮を土間に捨てると家の隅で飼っているクイと呼ばれるテンジクネズミが現れて、食べてくれる。夜はクィークィーと鳴きながら勝手に寝所に入ってくる。ところが何か特別の日には、今度は人間がこのクイを食べてしまうのだ。

 それから髪を洗う時、シャンプーを持たない彼らは代わりに自分の尿を使う。はじめは驚いたが実際にやってみると確かに汚れは落ちるし、臭いも残らない。時には薬として飲用することもある。近頃は日本でも尿療法が見直されているし、成分も自分で確かめたこともない液で頭皮を傷めていることを考えれば、彼らの方が科学的といえるかもしれない。

ものごとの道理(エコ・システム)の中に自然に身を置く彼らこそが、真のナチュラリストではないだろか?自分の手で動物を殺め、森林を伐ることは一見ナチュラリストから程遠い存在に思えるが、それによって人間の性(サガ)を知り、努力して生きていくことが、これから大切なことになるだろう。

 彼らの高度差や自然を利用した暮らし方は私たち都会人も活用することが出来ないだろうか?私たちの21世紀のライフスタイルに大きなヒントを与えてくれるものが、彼らの暮らしの中にあるような気がする。そんな秘密をみんなで見つけていければと思う。

 無造作に物質をはじめとした大量のエネルギーを消費する都会のライフスタイルから脱出するキ−ポイントはアンデスのシーズンワーカーたちの暮らし方かも知れない。例えば、彼らのライフスタイルを見習った都会人型・季節労働者というのはどうだろう。都会ではオフィスで働き、農繁期には田舎で働くといったような。彼らのように自分の行動に責任を持ち、自分の身の回りのものは自分で作るような機会が増えれば、もっと地球、そして人間を深くやさしく厳しく見つめるエコロジカルな生き方を実践する第一歩となるだろう。10年後には、企業も言葉だけの地球にやさしい生活ではなく、1年のうち都会で11ヶ月働いたら次の1ヶ月は必ず農地や山で働くことが義務づけることを社の方針とせざるを得ない時代がくるかも知れない。

 

 写真のキャプション

1荷役運びの仕事を終えて顔をほころばせるキク部落の青年たちとリャマ

プーナと呼ばれる寒冷な高地で放牧され、雪の中にたたずむアルパカの群れ

3生活の場の中心であるクチキク(3500m)には45家族150人とラクダ科のリャマたちが住んでいる

一つずつ特徴の違う石の性格を見抜き丁寧に積み上げて家を作る。角の石組みには特に気を使う。

村で一番立派な建物が小学校。ここと教会だけが苦労して運んだトタンの屋根を使っている。

完成したばかりの水力発電所。村の男たちの手作業で4年の歳月がかかったが、只今雪で故障中。

4イチュウと呼ばれる乾燥イモのスープを作るため、イモを石でつぶしている民族衣装を纏ったキクの女性。

亜熱帯にあるモンテ(2000m)では保存用にトウモロコシを天日に干す。黄、紫、赤、白、ピンクと彩りが鮮やかだ。

収穫したばかりのトウモロコシを石臼で粉にして、トウモロコシの葉に包んで焼く餅の原料を作っている親子。

今晩の食事であるゆでトウモロコシを作っている。ケウニャと呼ばれるジャングルの木を薪に使っている。

5山とジャングルの間に位置するタンボ(3000m)。イモの収穫時に使われる。

モンテから山にトウモロコシの入った袋を運ぶリャマの列。首につけられた鈴の付いた房飾りは列の先頭を歩くリーダーのしるしだ。

6モンテまで下ってくるとこのような大木もある。トウモロコシの収穫時になると鹿や熊もよく見かける。

氷河の山から小走しりで降りてくると6時間後にこの景色に出遭う。湿度が高く、日中は30度を超える。

珍しくジャングルの中に迷い込んでしまったアルパカ。いつもは高地に棲息している。

氷河から溶けでた水が川になる。伐った木で橋を架けて道を作るのは村の男総出の大仕事だ。

 

ネオトニーと進化

「種の起源」の進化論も、強さから解釈すると弱肉強食になり、弱さから解釈するとネオトニーと共生と愛になる。弱いことで特殊化を回避することができ、他と共生をせざるを得ず、愛が肯定される。

進化論ダーウィニズムの三つの要素がある。

1.子の数が利用できる資源をはるかに上まわるので、自然界にはたえず生存闘争があるはずだ。

2.同種の個体はどれも全く同一ではない。(ex一卵性双生児)

3.偶然におこる遺伝子の組み合わせにより、ある環境にほんの少し適応する個体が生じると、生存と繁殖が高められ、個体群の中で増加して広まっていく。

 

ダーウィンはこの自然選択の原理で、脳の構造である精神的能力である音楽や美術や文学の才能も説明できると考えていた。

ウォレスは進化の過程で「文化」と呼ばれる新しい力に遭遇したと考えた。文化や言語により、蓄積した知恵を子に伝えることができるようになった。脳と文化は共生関係にある。裸のヤドカリと貝殻のように。核細胞とミトコンドリアのように、相互に依存している。

この「文化」のおかげで私たちがさらに特殊化する必要を回避するのに役立っている。これも脳という一器官を進化させることで、他の部分を特殊化させず回避する能力を得たためだ。

ホッキョクグマが何百万年かかって毛皮を進化させたのに、イヌイットはホッキョクグマを殺して毛皮をなめし、身につけ、それを子や孫に与えてやることを選択できた。

 

天女のfrailty

「空」から天女が舞い降りて、宙に浮かびながら、踵を大地とつなげる。

その瞬間の姿には、はかなくて弱い、たしかな美しさとちゃんとしたぶっきらぼうさがある。

骨で立ち、筋肉は緩み、血は循環し、下腹はおさまり、手はたおやかに流れ、目は潤い、息は静かに、

どこもが柔らかく温かい。

地球の中心から放出される一条の光は、天女の体を貫き、頭頂から天に向かう

宇宙のいのちの再現者。

 

あの世からこの世を見ると、すべてのものが尊く、すべてのものがつながって、すべての関係が宇宙として生きている。

このことを私の脳は想像して、腸で実感し、そよ風の中、椅子の背もたれにカラダをまかせ、静謐な息がこぼれ、心肺が心地よくドキドキしてる。