ガンの発生のメカニズム

 

細胞ががん化する仕組み

1.がん細胞と正常細胞の違い  2.多段階発がん  3.がん遺伝子  4.がん抑制遺伝子  5.遺伝子突然変異  6.遺伝子のエピジェネティックな変異  7.遺伝子異常の診断  8.遺伝子異常の治療への応用  

 

1.がん細胞と正常細胞の違い

人間の体は細胞からできています。がんは、普通の細胞から発生した異常な細胞のかたまりです。

正常な細胞は、体や周囲の状態に応じて、ふえたり、ふえることをやめたりします。例えば皮膚の細胞は、けがをすれば増殖して傷口をふさぎますが、傷が治れば増殖を停止します。一方、がん細胞は、体からの命令を無視してふえ続けます。勝手にふえるので、周囲の大切な組織が壊れたり、本来がんのかたまりがあるはずがない組織で増殖したりします。

がん細胞を実験動物に注射すると勝手に増殖を開始し、大きなかたまりをつくります。正常な細胞ではこのようなことはありません。

 

2.多段階発がん

がん細胞は、正常な細胞の遺伝子に2個から10個程度の傷がつくことにより、発生します。これらの遺伝子の傷は一度に誘発されるわけではなく、長い間に徐々に誘発されるということもわかっています。正常からがんに向かってだんだんと進むことから、「多段階発がん」といわれています。

 

傷がつく遺伝子の種類として、細胞を増殖させるアクセルの役割をする遺伝子が、必要ではないときにも踏まれたままになるような場合(がん遺伝子の活性化)と、細胞増殖を停止させるブレーキとなる遺伝子がかからなくなる場合(がん抑制遺伝子の不活化)があることもわかっています。

傷の種類として、DNAの暗号に異常が生じる突然変異と、暗号自体は変わらなくても使われ方が変わってしまう、エピジェネティック変異とがあることがわかってきています。

正常な細胞に決まった異常が起こると、その細胞は増殖します。そこに第二の異常が起こると、さらに早く増殖するようになります。この異常の積み重ねにより、がん細胞が完成すると考えられます。

図2 多段階発がん

 

3.がん遺伝子

ある遺伝子に傷がついたときに、細胞増殖のアクセルが踏まれたままの状態になる場合があることが知られています。このような遺伝子は、がん遺伝子と呼ばれています。多くの場合、がん遺伝子によってつくられるタンパク質は、正常細胞も増殖をコントロールしていますが、その働きが異常に強くなることにより、細胞増殖のアクセルが踏まれたままの状態になります。

 

例えば、「myc」と呼ばれるがん遺伝子の場合、1個の細胞あたりの遺伝子の数が増えることにより、「myc遺伝子」によりつくられるタンパク質が増えすぎて、際限ない細胞増殖を引き起こすことがわかっています。また、「ras」と呼ばれる一群のがん遺伝子は、特定の場所に傷がつくと働きが過剰な状態になり、やはり際限ない細胞増殖を引き起こすと考えられています。

 

このようにがん遺伝子の変化は、特定のタンパク質の働きを異常に強めることにより、がんにつながる増殖異常を引き起こします。したがって、そのタンパク質の作用をうまく抑えるような薬を見つければ、細胞ががん化することを防いだり、すでにできているがんの増殖を抑えたりすることができます。

図3 がん遺伝子の作用

 

4.がん抑制遺伝子

 

がん遺伝子が車のアクセルとすると、そのブレーキにあたる遺伝子が、がん抑制遺伝子です。がん抑制遺伝子は細胞の増殖を抑制したり、細胞のDNAに生じた傷を修復したり、細胞にアポトーシス(細胞死)を誘導したりする働きをします。DNAの傷が蓄積するとがん化に結びつくので、修復が必要です。異常細胞が無限に増殖しないように、異常を感知して、その細胞に細胞死を誘導することも必要です。このように、がん抑制遺伝子はブレーキの働きをしていると考えられます。

 

これまでの研究から、いくつかのがん抑制遺伝子が発見されましたが、代表的なものは「p53遺伝子」、「RB遺伝子」、「MLH1遺伝子」等が知られています。それぞれ細胞死の誘導、細胞増殖の抑制、DNAの修復に重要な働きを持つことがわかっています。

図4 がん抑制遺伝子の働き

 

図5 がん抑制遺伝子の不活性化

 

 

 

5.遺伝子突然変異

遺伝子の傷はDNAの傷を意味します。ヒトの細胞の中にはDNAが存在し、そこにわれわれの遺伝子が暗号として記録されています。遺伝子突然変異とは、この遺伝子の暗号に間違いが生じることを意味しています。タバコ、食物の焦げ、紫外線等、さまざまな外的要因(発がん要因)が遺伝子突然変異を引き起こすことがわかっています。

 

もう少し詳しく説明すると、DNAはG、A、T、Cの4種類の文字の組み合わせでできています。さまざまな発がん要因により、これらの文字に間違いが生じると突然変異が起こります。がん遺伝子やがん抑制遺伝子を記録したDNAに間違いが生じた場合、がん遺伝子の活性化やがん抑制遺伝子の不活性化が起こります。

 

図6では、一塩基置換型、一塩基欠失型、染色体欠失による遺伝子突然変異の例を示します。通常DNAの暗号は、G、A、T、Cの中の3文字の組み合わせで決まります。したがって、赤字で示した「C」という文字が、ほかの文字に置き換わったり、失われたりした場合、まったく意味不明な暗号が伝達されることになります。また、染色体欠失がおきた場合には、暗号自体がなくなってしまうことになります。

図6 遺伝子突然変異の例

 

6.遺伝子のエピジェネティックな変異

遺伝子の傷は、その突然変異によるものばかりであると思われてきました。しかし、遺伝子突然変異以外にも、細胞が分裂しても薄まることなく、新しくできた細胞に伝達される異常があることがわかってきました。それがエピジェネティックな変異で、具体的には、「DNAメチル化」と「ヒストン修飾」の変化です。特に、DNAメチル化の変化はヒトがんの多くで認められ、多段階発がんのステップとして関与している場合もあることが知られています。

 

遺伝子の暗号のもとであるG、A、T、Cの4つの文字は、細胞が分裂するときには、その通りに新しい細胞に受け継がれます。DNAメチル化(図7のうち、ピンク色の丸印)も、塩基配列と同じように、もとの通りに受け継がれます。

 

図7 遺伝子のエピジェネティックな変異の例

 

7.遺伝子異常の診断

遺伝子の異常は、正常細胞をがん細胞へと変化させる大変都合の悪い現象ですが、別の見方をすれば、正常細胞とがん細胞を見分けるための決定的な証拠にもなります。したがって、遺伝子異常を応用して、がんの診断や治療ができないかという研究が進んでいます。

例えば大腸がんの早期発見のために、便中に存在する微量のがん細胞の異常DNAや、血中を流れている微量のがん細胞の異常DNAを検出する試みです。がん細胞である決定的証拠の遺伝子突然変異やエピジェネティックな変異を検出することで、がん細胞を見つけようとするものです。

 

8.遺伝子異常の治療への応用

がん細胞に生じた遺伝子異常によってがん細胞の表面にでき上がる異常タンパク質を標的とした治療法の開発も進んでいます。異常タンパク質のみを認識したり抑制したりすることで、正常細胞に影響を及ぼさず、がん細胞だけを攻撃できる薬(分子標的薬)の開発が行われています。

 

例えば、イマチニブ(グリベック)という薬は、がん細胞に生じた異常タンパク質のみを抑制することで、白血病を治療することができます(図8)。また、トラスツズマブ(ハーセプチン)は、がん細胞の表面にできる異常タンパク質であるHER2受容体のみを阻害することで、がん細胞の増殖を抑制します。そのため、HER2受容体が過剰に発現するタイプの乳がんにおいて治療に使われます。

図8 分子標的薬の作用の例

 

 

 

がんにかかわる遺伝子は生命の誕生に不可欠

人間の体は、たくさんの細胞からできています。1つの受精卵から細胞が分裂を繰り返すことに始まり、1つの生命として全体の調和を保ちながら、体を構成するいろいろな組織、さまざまな機能を担う臓器がつくられていきます(分化といいます)。それぞれの細胞には分裂や分化、増殖にかかわる遺伝子があり、生物としてのヒトが成長したり、生命を維持するために不可欠な情報が含まれています。

 

正常な細胞は、体や周囲の状態に応じてふえたり、ふえることをやめたりします。一方で、ふえた細胞が脱落することがあります。例えば、胎児のある時期に、いったん指の間に水かきのような部分ができますが、しばらくすると脱落します。皮膚や腸管の細胞は、古くなった表面の細胞から脱落して、徐々に新しい細胞に入れ替わるように調節されています。この一連の仕組みは、遺伝子によって制御されています。

 

細胞がふえたり、ふえるのをやめたり、成熟して分化する、脱落するという仕組みは、遺伝子に変化が起こることによって調節できなくなります。その結果、異常な細胞がふえ続けたり、脱落しなくなったりします。

調節の仕組みの異常からがんができるまで

 

私たちの体内には、このような変化した遺伝子を監視する仕組みがあり、遺伝子を修復したり、異常な細胞がふえることを抑えたり、取り除いたりすることで、正常な状態を保ちます。ところが、異常な細胞がこの監視の網の目をすり抜けてしまうことがあります。無制限にふえる、ほかの場所に転移するなどの性質を獲得してしまった細胞が何年もかけて数をふやし、体に害を与える悪性腫瘍用語集アイコンを形成します。

 

このように、がんの発生の仕組みは、生命の誕生と成長、維持のための仕組みと密接にかかわっています。そのため、禁煙や適度な運動、野菜をとるように心がける、などで「がんになりにくいようにする」生活を送ることはある程度できても、「がんにならないようにする」ことはできません。

 

一方で、がんの発生の仕組みやがんの性質を知ることで、今度は逆にその仕組みを利用して、より効果的な治療を行うことができるようになります。

 

 

1:がんの発生と進行の仕組み

*浸潤:がん細胞が周囲の組織や臓器にしみ出るように広がること。

 

 

がんの発生と進行の仕組みを治療に利用する

 

手術

がんを外科的に切除します。一方、切除する範囲を小さくすることで、治療後の後遺症を最小限にします。

例:乳がんでは、乳房の一部を残す場合と、乳房全体を切除する場合で治療効果に差がないことがわかっています。がんの広がる仕組みがわかることによって、切除の範囲を小さくできるようになり、治療後の後遺症を最小限にするなど、クオリティ・オブ・ライフ(QOL:生活の質用語集アイコン)を重視した治療が行われるようになってきています。

 

薬物療法(抗がん剤治療)

化学療法

がん細胞がふえる仕組みを妨げる薬を使うことによって、がんを破壊、縮小させます。

例:肺がんの1つである小細胞がんでは、遺伝子の合成にかかわるタンパク質の働きを抑える薬と、遺伝子と結合して細胞の分裂を抑える薬を組み合わせることによって、治療を行います。

ホルモン療法(内分泌療法)

がんの増殖は性ホルモンの影響を受けることがあります。前立腺がんでは男性ホルモン、乳がんや子宮体がんでは女性ホルモンがかかわっており、これらのホルモンの作用を抑えることによって、治療を行います。

分子標的治療

がん細胞で傷ついた遺伝子からつくられる、がん細胞の異常な性質の原因となっているタンパク質を攻撃する物質や抗体(分子標的薬)を、体の外から薬として投与することによって治療します。

分化誘導療法

未熟ながん細胞を成熟させて性質を変えることで、がんを治療します。

例:急性骨髄性白血病の一部では、レチノイン酸という薬を使うことで、未熟でふえやすい白血病細胞の分化を誘導して、正常な白血球と同じ経過をたどってふえないようにする治療を行います。

放射線治療

遺伝子を傷つけて分裂しないようにしたり、細胞が自ら脱落する現象を増強します。

例:頭頸部(首やのどなど)のがんでは、放射線を当てる治療を手術や化学療法と組み合わせて、あるいは単独で行うことによって、発声や嚥下(のみ込むこと)への影響を最小限にしながら治療を行うことができる場合があります。

 

 

 

 

なぜ、がんは発生し、成長し、そして、増殖するのか? 第2回

 【「京都からすま和田クリニック 和田洋巳のがん治療相談室」(京都大学名誉教授:和田洋巳 医学博士)より

 

がんは、生活習慣の「ゆらぎ」が引き起こすと考えられるわけですが、

 生活習慣の「ゆらぎ」とは、すなわち、酒、タバコ、野菜は摂らない、肉を食べる、そういうことを指しています。

 

(上記の 生活習慣の「ゆらぎ」というのは「和田洋巳」医学博士の独特な表現だと思います。

 生活習慣の「ゆらぎ」とは、上述の如く、日々の生活における 飲酒や 喫煙〔タバコ〕、食生活における「野菜を食べない」「肉製品を多食する(乳製品も含めて考えたほうが良いです)」などの “生活での悪習慣” によって起こる「体内環境の悪化」と考えれば良いでしょう。当然、不健全な呼吸による酸素不足、運動不足、ストレスの蓄積なども入ります。これらはいずれも「体が酸化する」要因であり、「体が酸化する」=「炎症を起こす」ですから、正常細胞を「癌化」させる原因となるのです。当然、こうした 生活習慣の「ゆらぎ」を改善することが癌を治す上で重要となるのは言うまでもありません:ブログ管理人)

 

 このような「ゆらぎ」の大きい生活をしていると、

 正常であった細胞(正常細胞)が「炎症」を起こしている場所で「がん化」してきます。

 

 「炎症」とは、生体が何らかの “有害な刺激” を受けた時に「免疫応答」が働き、それによって生体に出現した症候である、とされています。さらに、その「免疫応答」の結果によって生じる “病理学上の変化” を示す病理学用語でもあります。

 

 「炎症」は、通常、細菌やウイルスによる感染や、火傷や打撲などの熱傷・外傷、アレルギー反応などにより起こるとされていますが、生活習慣により「ゆらぎ」の大きくなった体内では、体内環境の変化により「炎症」が起きています。

 

例えば、食べ過ぎ、飲み過ぎで、非常に太ってしまった場合、体内には脂肪がたくさん蓄積されています。

このように、人にとって不必要なほどに脂肪が蓄積された場合、それを何とか元に戻そうと「アディポサイトカイン」というものが出ます。 有名なところとしては、レプチンや アディポネクチン、TNF-α などがあります。

(※「アディポサイト」とは 脂肪細胞、「サイトカイン」は 細胞から放出され、種々の「細胞間情報伝達分子」となる『微量生理活性タンパク質』のことを言います。つまり、脂肪細胞から出る『情報伝達因子』と言い換えられます。)

 

このような「アディポサイトカイン」により肥満が解消されるなら、それは喜ばしいことかもしれませんが、

この中には、がん細胞の成長や増殖と関わるものも含まれており、それが非常にたくさん出ている状態は、まさに「炎症」と似た状態になっています。

 

「サイエンティフィック・アメリカン」という論文雑誌では、『がんは 急性炎症 と同じメカニズムで血管を誘導する』という報告が2004年頃に報告されています。

がんもまた「炎症」があるときと同じ因子(サイトカイン)を出して「血管新生」を促します。周りの細胞も同じような因子を出すように、がんが誘導することも、最近、言われております。血液の中で「炎症反応 CRP(炎症性マーカー)」が上昇、好中球も増加、リンパ球は減少する。つまり、これはどういうことかというと、生活習慣の大きな「ゆらぎ」が、がんの発生を引き起こし、さらに「そのがんが周りの細胞をがんへと変えていく」という 負のスパイラル を意味しているわけです。

なぜ、生活習慣の「ゆらぎ」が、がんと結び付くのか、わかって頂けたでしょうか?

 

【コメント欄】

  ● Tさん

 

   すっごく初歩的な疑問だと思うのですが、

   生活習慣の「ゆらぎ」によって起こる「炎症」のことで、わからないことがあります。

   「炎症」というと、発赤・腫脹・発熱・疼痛 と思ってしまうのですが、

   食べ過ぎ、飲みすぎで太ったときに、そのような自覚はありませんでした。

   ここでいう「炎症」は、打撲や細菌によるものなどとは 別の定義 なのでしょうか。

   がん発生のメカニズムは、とても面白いところなので、詳しく知りたいです。

 

  ● 和田洋巳 医学博士

和田洋巳です。

コメント、ありがとうございます。

ご質問ですが、一般に「炎症」は、あなたの言う通り、発赤・腫脹・発熱・疼痛 で定義されますが、

これは『急性炎症』です。

 

『慢性炎症』とは、『急性炎症』に関わる 一次免疫細胞・好中球・マクロファージ・NK細胞・好酸球・好塩基球 が、体内の脂肪蓄積や代謝異常により緩やかに活性化され、くすぶるような「穏やかな炎症状態」を示している状態です。

 

この状態に置かれた体内の臓器構築細胞は、破壊と修復過程を繰り返し、ついには「自己増殖性を有する細胞(がん化)」になると考えられています。そのシグナルが「CRP(炎症性マーカー)」が少し上昇することや、「好中球 / リンパ球比」が上がることで推測できます。

 

炎症(えんしょう:Inflammation)とは、生体が何らかの “有害な刺激” を受けた時に「免疫応答」が働き、それによって生体に出現した症候である。

さらに、その「免疫応答」の結果によって生じる病理学上の変化を示す病理学用語でもある。

とあります。

「炎症」は、いわゆる、細菌やウイルス感染により引き起こされるような『急性炎症』と、 肥満や糖尿病、がんなどが発生している状態において引き起こされる『慢性炎症』の2つに大別されます。

 これまで当ブログでも、「NF-kB」と がんとの関連性が強いことを再三指摘していますが、 これは「NF-kB」が『慢性炎症』を引き起こす中心的な因子であることがわかっていることに起因します。

 さらに言うと『慢性炎症』は「NF-kB」を活性化させる「IKK 活性」を刺激することもわかっており、「炎症」「NF-kB」「IKK 活性」といった 負のサイクル が連鎖することで、継続的に『慢性疾患』が維持・拡大していくことを示唆しています。

 このことからも、がんに対する対処の仕方として、患部(がん)の切除(摘出手術)や、患部(がん)への攻撃(抗がん剤など)を行なうのではなく、まず「炎症を抑える」ことが必須であることがおわかり頂けるのではないかと思います。

(癌は「炎症」しており、癌の「炎症」が悪化することは、癌の増殖・悪性化・転移・進行を促進することになります。

 癌の「炎症」を抑制することは、癌の増殖・悪性化・転移・進行を阻害する〔抗がん作用を発揮する〕ことになります。

 癌で起こっている「炎症」を改善して抑制する、つまり「癌の炎症を抑える」ことは非常に重要なのです:ブログ管理人)

 

がんと炎症

がんは、成長のために必要になる大量の栄養をまかなうために、炎症性サイトカインという物質を出して栄養豊富な血液を呼び込もうとするのです。サイトカインとは炎症が体内で起こっているということを知らせるシグナルで、体の中に何か異物が侵入したときに戦うための大切な仕組みです。

問題は、がんがこの炎症性サイトカインを大量に放出して、体中から血液を集め、自らが増殖するための栄養にするということです。

 がんが炎症性サイトカインを大量に出すと、体のさまざまなバランスが狂ってきます。サイトカインは、体内に緊急事態が起こっているということを示すアラームなので、緊急事態に対応するために優先的に血液が呼び集められます。体内のさまざまなシステムが優先的に炎症の発生している箇所に対応するのです。

 がんがこの炎症性サイトカインを大量に放出するということは、体をがん細胞の成長に適した体にしてしまうということです。がん細胞は極めて自分勝手な細胞であり、宿主である患者さんの都合などは考えません。がんにかかると、がん細胞がどんどん大きくなり、逆に患者さんはやせ衰えていくというのは、このような理由によるのです。

 

がん細胞の3つの性質

 がん細胞の特徴は、「自己増殖」「浸潤」「転移」という三つの性質を備えていることです。

 一つ目の「自己増殖」ですが、一般的に細胞はある法則性のもとに成長しますが、がん細胞は無軌道に増殖します。たとえば爪の細胞であれば爪の先という一方向だけに伸び、左右でたらめな方向に伸びたりはしません。

 

 ところががん細胞は、規則的な方向性なしにどんどん増殖を続けて広がります。たとえば骨にできたがんであれば骨を壊してしまい、胃にできたなら胃の機能を損なってしまうのです。このように、無軌道に増殖を続けるというのが、がんのひとつの特徴です。

 

 がん細胞の二つ目の特徴は、正常な細胞であれば接触した細胞同士が互いの領域を守り、相手との間に正常な細胞を作るのに対し、がんはそのように振舞わないということにあります。

 

 たとえば爪にがんができた例を考えてみましょう。がん細胞は爪の範囲内で留まらず、爪に隣り合った皮膚にまで増殖していきます。このように、がん細胞には周囲との境界を侵していくという性質があります。この性質を「浸潤」といいます。

 

 がんの浸潤が進行するとどうなるのでしょう。たとえば胃がんであれば、初期は粘膜表面にできることが大部分です。がん細胞が粘膜表面にある線組織に発生した場合、そこだけに存在しているのであれば、それほど大きな問題とはなりません。

 

 問題は、がんが粘膜表面からどんどん深部に食い込んでゆき、粘膜だけではなく筋肉の層にまで浸潤してしまうことにあります。筋肉層には血管やリンパ管などがたくさんあります。血管やリンパ管にがんが食い込んでしまうと、がん細胞はその流れに乗って体のさまざまな場所に飛んでいきます。

 

 すると、三つ目のがん細胞の特徴である「転移」が起こります。がん細胞が別の場所に移って新たな活動の場を広げてしまうのです。

 がんは転移した先でさらに着床し、再び自己増殖を繰り返しながら再びその組織を浸潤していきます。するとまた血液やリンパ液などの流れに乗って新たな場所に転移します。

 このようなサイクルによって、がんは非常に重要な臓器を侵してしまい、患者さんの命を脅かすような状況を作りだしていきます。がん細胞とは、このような三つの性格を備えた細胞なのです。