一酸化炭素中毒
炭素が入っている物質を燃焼すると、通常は二酸化炭素が発生するが、酸素不足で不完全燃焼を起こすと一酸化炭素が発生する。
ヘモグロビンと一酸化炭素が結びつくと、人体内は酸素運搬能力が低下し、酸素不足に陥ることを一酸化炭素中毒と呼ぶ。
一般的に、およそ1〜2時間の燃焼で危険濃度に入る。
大気中のCO(一酸化炭素濃度)濃度が35ppm以下、血中のCOHb(一酸化炭素ヘモグロビン)濃度が10%以下の場合、症状は出ない。
一酸化炭素COの性質
無色・無臭・無刺激の気体。
炭素や、それを含む有機物が燃焼すると二酸化炭素が発生するが、酸素の供給が不充分な環境で燃焼(不完全燃焼)が起こると一酸化炭素が発生する。さらに高温あるいは触媒存在下では C と CO2 とに分解(不均化)し、一酸化炭素自身も酸素の存在下で青い炎を上げて燃焼する。
2CO→C+CO2
一酸化炭素は、二酸化炭素と異なり水にはほとんど溶けない。
結合解離エネルギーは窒素に近く、知られている最強の化学結合の一つである
製法
工業的には 800 ℃ 以上(普通は 1,000 ℃ 程度)に、加熱したコークスと水(水蒸気)を反応させて作られる水性ガスから得られる。その反応は、
C+H2O→CO+H2
である。上記反応で右方向(→)への反応は吸熱反応であり、反応進行とともに温度が下がる。排気弁を閉じ、空気を注入してコークスが燃焼して温度が上昇すると、再び水蒸気を注入して一酸化炭素と水素を生成させる。これを繰り返してコークスがなくなったら、次のバッチを充填して反応を開始する。
中毒の原因
発症機序は充分に解明されていないが、次のように考えられている。
一酸化炭素は酸素の約250倍も赤血球中のヘモグロビンと結合しやすい上、酸素分圧とオキシ・ヘモグロビン濃度との関係を変調させる。ヘモグロビンには4つの酸素結合部位が存在し、結合数が多いほど結合安定が安定になる。すなわち、末梢の酸素分圧が低い組織に運搬されると酸素の結合が乖離し始めるが、結合する酸素が減るほど乖離しやすくなるため、効率的に末梢で酸素を放出する特性がある。ところが、4つある結合サイトのうち1つが一酸化炭素と結合したヘモグロビン(カルボニルヘモグロビン)は、他のサイトに結合した酸素も安定化し放出しにくくなるため、血液の酸素運搬能力が下がり、末梢で酸素分圧が極端に低下し中毒症状を起す。
一酸化炭素は、特に酸欠状態でなくとも燃焼に伴い発生するが、炭鉱での爆発事故や地下空間などで換気が悪い場合に蓄積し、また一般家庭では、屋内での木炭コンロの使用、ガス湯沸かし器やストーブの不完全燃焼によって発生量が急激に増えることにより中毒症状を発症させる。
なお、かつての都市ガスには一酸化炭素が含まれる石炭ガスが使われていたため、ガス漏れによる中毒事故が発生した(2007年、北見市で大規模なガス漏れによる死亡事故)
また、タバコの煙にも多量に含まれており、循環器系に多大な負担を及ぼすが、煙に含有している濃度では急性症状は発症しない。
この他、火災に伴う一酸化炭素中毒も知られている。なお、火災の場合、アクリルやポリウレタンなどの熱分解の影響でシアン化水素も発生し、一酸化炭素中毒と共にシアン化水素による中毒も併発している場合がある。
症状
大気中の一酸化炭素濃度が100ppm(1ppm=100万分の1)になると、血中CO-Hbの割合が14%となり、CO中毒の症状が現れるとされています。濃度1000 ppm以上の環境に数十分から数時間いると、CO-Hb50%から70%となり、昏睡や痙攣を起こし、死に至ることもあります(*4,5)。
1時間の暴露では、500ppmで症状が現れはじめ、1000ppmでは顕著な症状、1500ppmで死に至るとされている。一酸化炭素中毒を自覚するのは難しく、危険を察知できずに死に至る場合が多い[4]。
軽症では、頭痛・耳鳴・めまい・嘔気などが出現するが、風邪の症状に似ているため一酸化炭素への対処が遅れる。すると、意識はあるが徐々に体の自由が利かなくなり、一酸化炭素中毒を疑う頃には(また、高い濃度の一酸化炭素を吸った場合には)、自覚症状を覚えることなく急速に昏睡に陥る。この場合、高濃度の一酸化炭素をそのまま吸い続ける悪循環に陥り、やがて呼吸や心機能が抑制されて7割が死に至り、また、生存しても失外套症候群または無動性無言(Akinetic mutism(英語版))と呼ばれた高度脳器質障害[5]や聴覚障害[6]が残る。
ヘモグロビンは一酸化炭素と結合すると鮮紅色を呈するため、中毒患者はピンク色の「良い」顔色をしているように見える[7]。
治療
一酸化炭素は、ヘモグロビンに対して酸素よりも強力に結び付くため、一酸化炭素中毒の患者は全身的な酸素欠乏状態であり、初期治療には酸欠の対策が必須となるため治療は酸素吸入である
ただし、酸素を与える治療を行ったとしても、脳細胞(特に大脳基底核)への直接的な障害作用もあるため、後遺症としてパーキンソニズム(大脳基底核の障害による)やしびれ(異常感覚)を来すことが多い。
脳波異常や脳萎縮などの高次脳機能障害、意識障害、不随意運動、知能障害、性格障害、多幸症、パーキンソニズム、神経障害等の症状がみられ[5]、中毒初期同様高圧酸素療法やTRH療法を実施する。一酸化炭素中毒の後遺症が現れた場合、それが軽度のものであれば、数ヶ月の入院治療と合わせて1年程度で時間経過と共に徐々に軽快され完全に後遺症が消失することもあるものの、淡蒼球の壊死が重度に進んでしまった場合など重篤なものであった場合は通常は完全な治癒は望めない[12][13]。
食品加工
日本では古くから、カツオやマグロなど[7]の鮮魚として出回る魚介を一酸化炭素処理すると、刺身にした際に発色が良くなり新鮮そうに見えることが広く知られていた[7]。
一酸化炭素がミオグロビンに結びつくとカルボキシミオグロビンになり、鮮やかな赤色を呈する[7]。このカルボキシミオグロビンは、酸素が結びついたミオグロビンや酸化されて茶色を呈するメトミオグロビンよりもより安定した物質である。この安定した色が通常のパックよりもあたかも長持ちして新鮮なように見えることとなる[8]。
1980年代に入ると、日本のマグロ輸入量が急増。日本発の技術として一酸化炭素の処理方法は、輸出先の国々を中心に世界的に広まることとなった。こうした処理技術は消費者が判断する鮮度の基準を狂わせ、食中毒の原因にもなりかねないことから、1994年には、食品衛生法で禁止されることとなった。しかし、世界中に広まった技術を根絶することは難しく、未だに利用する海外の業者は多いとされる。現在でも輸入加工食品の一部で一酸化炭素処理が発覚する事例がしばしば発生する。一酸化炭素処理されたマグロは「COマグロ」と呼ばれることがある。