睡眠のカラクリ 井上昌次郎 ヒトはなぜ眠るのか
寝ないとどうなる?
睡眠不足による弊害
睡眠の役割
眠る方法
「なぜ眠らなければいけないの?」結論から先に言うと、科学的にはまだ明確な答えが出ていません。
息継ぎをしなくてはならないイルカや、長距離を飛ぶ渡り鳥の仲間は、左右の大脳半球を片方ずつ交互に眠らせてもう片方の脳で活動する「半球睡眠」という特殊な睡眠を行う事がわかっています。
眠らないとどうなるか
人間は眠らないと生きていけないのでしょうか?寝ない事で人間に何か不都合なことが起こるのでしょうか。
もし野生の動物であれば、寝ている間に外敵に襲われてしまうリスクが高くなるので睡眠は不利です。
もし、睡眠を取る必要がなければ、外敵に襲われることもないし、睡眠に充てていた時間を有効活用することができれば、もっと充実した毎日を送ることができるはずなのに……
それなのに、何億年という進化の過程の中であっても、私たちは未だに「睡眠」を取り除くことはできていません。
ラットの断眠実験
ラットを眠らせないという実験の結果があります。ラットを不眠状態にすると、2週間で毛が抜け落ち、皮膚には潰瘍ができました。体温が下がり、体重が減り3〜4週後には免疫機能が低下して感染症で死亡しました。
眠らないという事で免疫機能がズタズタになってしまうという例です。では人間の場合はどうでしょうか。不眠時間でギネス記録に認定されている高校生がいます。
幻覚、ふるえ、言語障害
1964年の冬、17歳のランディー・ガードナーは冬休みの自由研究で不眠記録の実験を行おうと思いつきました。その実験にはスタンフォード大学の睡眠研究者ウィリアム博士が立ちあう事に。結局彼は264時間(11日)もの不眠に耐え、ギネス記録を打ち立てました。しかし博士の記録によるとガードナーさんは明らかに変調をきたしており、随分と危険な状態に見えたそうです。
博士の詳細な観察によると、ガードナーさんは不眠2日目に目の焦点が合わなくなり、視力や立体感覚が低下しました。4日目には妄想をするようになり、ヒドイ疲労感を訴え、5日目にはイライラしたり落ち込んだりと感情のコントロールが難しくなり、思考力や記憶力、集中力等の脳に関する機能の低下が目立ったそうです。7日目には震えをきたして言語障害も見られたようです。
更には幻覚症状が現れ、9日目にもなるとまとまった話ができなくなり、指はふるえ、無表情になり、眼球が左右バラバラに動く事態に至ったと記されています。11日の記録を樹立した。
幻覚妄想状態になり、体温の調節機能を失い、言語障害を患ったランディは、1週間後には完全にもとの睡眠リズムを取り戻し、後遺症を残すことなく身体も精神機能も元の健康な状態に戻りました。
ですが、明らかに人体に危険なこの記録を最後にギネス記録に「不眠」の記録は乗らなくなりました。
記録から消えた「不眠」の記録
ガードナーの後、264時間の記録を塗り替えようとイギリスのトニー・ライトが挑戦します。彼は記録を2時間塗り替え266時間の不眠記録を打ち立てますが、この記録はギネスに載りません。何故なら、現在ギネスはあまりに体に害を及ぼすこの記録は危険であり、ギネスブックからこの記録を削除しているからです。
200時間の「不眠マラソン」に挑戦したピーター・トリップ
ラジオ番組の生放送の企画で、小児麻痺救済の募金を集めるために、200時間一睡もしないという「不眠マラソン」に挑戦をしました。
ピーターは断眠後、3日目になると幻覚や妄想、意味不明な言動を取るようになり、放送が終わりに近付くにつれて、幻覚や妄想が日に日にヒドクなっていったようです。彼の健康維持のために立ち会っていた医師を、自分を葬ろうとする葬儀屋だと思い込む妄想に取り憑かれたり、「レコード盤の上を虫が這っている」「時計が人の顔をしてこちらを見ている」などといった幻覚を見たりしたといいます。
これはある種の精神疾患のような症状で、彼は長時間の断眠によって精神に異常をきたしていました。
睡眠不足による問題は?
それでは、人は眠らないとどのようなリスクを抱えることになるのでしょうか?
・頭がぼ〜っとする。
・イライラ。
・テンションが上がらない、ヤル気が出ない。
・頭痛やめまい。
・勉強や仕事のパフォーマンスの低下。
・目の下のくま
・肌荒れ
・免疫力の低下による感染症
・高血圧
・糖尿病
・肝機能障害
・心臓疾患
・脳梗塞
・ガンのリスク
睡眠不足に関する研究では、普段の睡眠時間を半分にしただけで、血圧が上昇し、4時間睡眠を6日間続けたら、血糖値のコントロールが乱れてしまいました。
さらに、上記の睡眠時間をもっと短くした場合、食欲ホルモンが増加して食欲が増進するというデータが発表されました。また平均睡眠時間が6時間の人は、7時間睡眠の人に比べて23%も肥満になる確率が高く、5時間の人は50%、4時間の人は73%も肥満になる確率が高くなったそうです。2004年にコロンビア大学
睡眠の役割
人間を含む多くの動物は、昼行性の動物は夜、夜行性の動物は昼といったようにほぼ決まった時間帯に睡眠をとります。
睡眠が持つ役割として確実にわかっているのは、肉体の疲れを取り、体力を回復させる事です。
体内に蓄積された疲労物質を除去するとともに、脳下垂体から分泌される成長ホルモンによって損傷した筋肉を修復し、増強を促します。
疲労物質
疲労の原因とされる疲労物質は長らく乳酸と考えられていました。今でもそのように理解している人はかなり存在します。
乳酸が疲労物質と考えられた根拠は、1929年のカエルの筋肉の研究で、運動後の筋肉に乳酸が増えてくるという現象が確認された事でした。
しかしその後の研究により、2001年に、細胞外に蓄積したカリウムイオンが疲労の鍵となる物質である事がわかり、乳酸は逆に疲労を回復させる役割を果たしている事が確認されました。
現在では、乳酸は疲労物質ではないとされています。
そして2008年には、疲労を感じさせる原因となる「FF」というタンパク質が発見されています。
動物は活動していると、脳や血液、膵臓、肝臓など体内のあちこちにこのFFが増加してきます。
マウスの実験によると、このFFは、徹夜のままでは減少せず、睡眠を取ると除去される事が確認されています。
成長ホルモン
「ねる子は育つ」というように睡眠と成長には相関関係があります。
成長ホルモン(growth hormone,GH)は、脳下垂体前葉のGH分泌細胞(somatotroph)から分泌されるホルモンです。
幼児期の骨の伸長や、筋肉の成長、代謝の促進などいろいろな役割を果たしています。
成長ホルモンは、運動の後と睡眠中に分泌が活発になります。特に睡眠中では深い眠り(ノンレム睡眠のステージIII及びステージIV)の間に多く分泌されています。
規則正しい生活を送り、概日リズム(体内時計)が正常に働いている場合、成長ホルモンは午後10時〜翌日午前2時頃までの間に特に多く分泌されるようです。
筋肉は、一度適度に損傷した後、修復される時に強くなります。
筋力を鍛えるには、ただ闇雲に長時間体を痛めつけるトレーニングをすればいいというものではありません。
適度な運動と十分な栄養の摂取、そして規則的な睡眠。これらのバランスが大切です。
しかし、もしも睡眠が体の疲れを回復させるためだけのものならば、ただ一定時間体を動かしたくなくなる欲求が起こるようになっていれば十分であり、わざわざ意識を途切れさせて無防備な状態になる必要性は無いはずです。
特に肉食動物に襲われる危険性がある野生動物にとっては、物音などですぐに目覚められるようにしているとはいえ、意識が無い時間があるというのは命に関わります。
そんなリスクを冒してまで、わざわざ意識を途切れさせる睡眠をとらなくてはならないのは、それが意識を司る脳にとって何らかの重要な働きを持っているためと考えられています。
睡眠が脳に対してどのような働きを持っているのかは、残念ながら現時点では完全には解明されていません。
しかし、その謎に迫る事ができるいくつかの材料ならば存在します。
免疫細胞
睡眠を邪魔するもの
ほとんどが不安 熟睡できず、不安の感情の波に揺さぶられる。
薬物やアルコールの常飲者 服用を止めると睡眠抑制機能も止まる
よく眠るためには
短期 体温差をつくる 手足を温める、風呂、湯たんぽ、
足首の上げ下げ
長期 心配ごとを一つずつ減らしていく 因果関係を調べて、インプットである原因を一つずつ解決する。
睡眠と体温 よく眠れる体温の状態とは。内山真
日本人の成人の5人に1人が睡眠についての悩みを抱えているといわれます。眠れない原因としては、体の不調、環境の変化、精神的ストレスや心の病気、薬やアルコールなど、いろいろなことが考えられ、不眠への対策もいろいろです。
その対策のひとつとして、意外なようですが、「体温」があります。子育てをしたことのある人なら、赤ちゃんが眠る前、手足がぽかぽかと暖かくなるのを知っているはずです。手足が冷たい冷え性の人の多くは、寝つきが悪くて悩んでいます。また更年期障害で顔や体が火照って眠れないということもよく聞きます。
このように体温は、睡眠と深い関係をもっています。そこで、体温をどのような状態にしたら快適によく眠れるか、快眠法を考えてみました。
睡眠と体温は、体内時計を通して影響しあっている。
1日の体温の動きは、大きく分けると2つの仕組みによって調節されています。ひとつは体内時計、もうひとつは熱産生・放熱機構です。
体内時計は、おでこの奥のほうにある脳の「視交叉上核」にあり、体温リズムだけでなく、睡眠と目覚めなど、さまざまな生体リズムを作り出しています。この生体リズムは、朝から昼、夜への1日の変化や、季節の変化に対し、効率よく適応できるように体の状態を調節しています。
熱産生・放熱機構の中心は、耳の奥のほうにある脳の「前視床下部」にあり、体内時計が時間の進行とともに設定を変化させる基準値に体温がちかづくよう、熱を作ったり、熱を体外に逃がしたりして体温を調節しています。
この2種類の仕組みによって、体温は睡眠と目覚めのリズムを調節し、睡眠もまた体温調節に関わっているのです。
睡眠が深いほど、体温は大きく低下する。
夜は体温が低くなります。その原因のひとつは、昼間とちがって、ほとんど体を活動させないことですが、それ以外にも、睡眠自体が体温を低下させていると考えられます。このグラフのように、まったく眠らないでいても夜は体温が少しは下がりますが、眠ったほうがさらに体温は低くなります。
睡眠に入ると、体温の基準値が下げられることにより、代謝が低下し、体内で生み出される熱の量(熱産生)が少なくなるため、睡眠自体が体温を下げているのだと考えられます。
ノンレム睡眠(深い睡眠)や、とくに眠りが深い「徐波睡眠」では、体温の低下が大きくなります。
眠ろうとするとき、体は自分で体温を下げている。
深部体温と皮膚温の動き、そして眠りやすさの段階を同時に測定してみました。その結果のグラフを見ると、深部体温(体の内部の温度)が低いほど、また皮膚の温度(体の表面の温度)が高いほど、その直後の眠りやすさが強くなっています。
つまり実際に眠りにつく前に、皮膚から熱を放散させ、体の内部の温度を下げることで眠りを引き起こしやすくしていると考えられます。ですから手足が冷えているとこの流れが作れないので、眠れないのではないかと推測されます。眠いとき、赤ちゃんの手が暖かくなるのは、体の表面と内部の温度差ができるので、うまく眠れるようにしているということです。また人間の脳はほかの動物とくらべて、高い機能をもっており、昼間は脳をフルに使って生活しています。そこで疲れた脳がオーバーヒートしないように、熟睡中に脳の温度を下げて休ませ、脳の疲労を回復させる必要があるのです。
<実験方法>
1時間=60分のうち、40分間は腰掛けて安静にし、あとの20分間は横になってもらうというパターンを72時間くり返しました。そして横になっている20分間に深部体温や皮膚温とともに、脳波を測定することで、眠りやすい状態になっているのは何分間かを測定するという実験です。
睡眠中の体温を操作して、よく眠る。
睡眠中の環境温度によって睡眠の量や質が変わることが、いろいろな実験を通じてわかってきました。
・電気毛布で加熱したままの状態で眠ると、夜中に目覚めることが多くなります。電気毛布が必要な人は、タイマーで加熱を切るか、最弱レベルに切り替わるようにすると、眠りが深くなります。
・部屋の暖房が強すぎる場合も、体の内部の温度が低くなりにくいので眠りが浅くなります。寝てから少し室内の温度を低くすると、深い眠りが得やすくなります。
・頭を冷やしても、環境温度を下げたのと同じ効果が得られるという報告がありますから、試してみてもいいでしょう。
睡眠前に体温のコンディションをととのえて、よく眠る。
睡眠中だけでなく、睡眠をとる前に体温を変化させることで、うまく眠れる可能性があります。
・寝る前にぬるめのお風呂に入ったり、足湯を使ったりして軽く暖めると、眠りに入るまでの時間が短かくなり、深い眠りを得やすくなります。温かくした後には、末梢血管が拡張し、手足の表面からの熱放散が増え、体の内部の温度が低下しやすくなるためと考えられます。しっかり暖まってしまうと深部体温が上がってしまいますので注意ください。
・夕方の運動も、皮膚からの熱放散を増やすので、うまく眠るのに効果的です。
世界でもっとも眠らない国は
ところで、世界でもっとも睡眠時間が長い国はどこだと思いますか。オーストラリアの人たちは、平均で8時間以上も寝ているそうです。逆に世界でもっとも夜更かしの国はポルトガルで、24時を過ぎても起きている人が75%もいるそうです (2位は台湾で60%。日本は第6位で60%。10位のイタリアではわずか39%)。
不眠と良眠
1日に必要な睡眠時間は6〜8時間だといわれています。3時間しか眠らなかったといわれる英雄ナポレオンも、実は行軍中の馬上でよく居眠りをしていたそうです。「よい睡眠」とは、目が覚めたときに熟眠感や爽快感があり、日中に活発に活動でき、日中に眠気が出ないというものです。何らかの理由で「寝つけない」、「途中で目が覚める」、「朝早く目が覚める」、「ぐっすり寝た気がしない」といったことが数週間続けば、不眠と呼ばれる状態になります。
不眠の原因と対策
不眠の原因はさまざまです。ストレスや心配事があるときに寝られないという経験は珍しくありませんし、熱があったり、歯が痛かったりしても寝られません。寝室が明るい、うるさい、暑いといった環境要因や、交替勤務や時差ぼけなども不眠の原因になります。睡眠時無呼吸症候群やむずむず足症候群など、不眠を起こす特殊な病気もあります。その他、これといって原因が見あたらない、いわゆる「不眠症」も少なくありません。
ぐっすりと寝るためは次のような方法があります。
・寝る前に心配事や仕事のことを考えない
・寝られないときは寝床からいったん出る
・夜にお茶やコーヒーなどカフェイン入りの飲料を飲み過ぎない
・早く寝すぎない
・深酒をしない
・ぬるめのお風呂に入ったり、軽くストレッチや瞑想をしたりしてリラックスする
サーカディアン 時間依存性?
大脳の休息のため ノンレム催眠
体の休息のため レム催眠
生後3、4ヶ月に生物時計がちゃんと外界の二十四時間のリズムに同調できる能力を獲得する。
井上昌次郎
生物時計のある生物だけが地球上で生き残れた。 夜明け前に起きて準備したり、夕方前に安全な場所に戻る。
中枢は、両目の奥の視神経が交差した視交叉のあたりにある。
このサイクルを決めているのが地球の自転である。 自転が生物時計を生み出した。
自転は太陽と宇宙の闇を結ぶ魔法の鍵だ。
睡眠とは宇宙の暗闇に溶け込むことだ。
眠る時は脳の深部体温が下がる。ヒートアップした脳をクールダウンさせて休ませる。これが睡眠。
プロスタグランジンD2が脳の温度を下げている。これは脳の膜で作られている。
オレキシンという食欲を意味する物質がなくなるとナルコレプシーになる 大脳皮質の睡眠状態と覚醒状態を切り替える役目がある。
一日どれぐらい寝るか?
第一法則 リズムによる支配
第二法則 ホメオスタシス機構 homeostasis
体内諸器官が、気温や湿度などの外的環境の変化や肉体的変化(姿勢・運動)に対し、ある範囲の均衡状態を保つこと。
参考資料
マイクロスリープ
短時間睡眠でもバリバリ活躍ができる「ショートスリーパー」世の中には3〜4時間という短時間睡眠でも健康を害することなく、長期的にアクティブに活躍できる人たちがいます。こういった人たちは、いわゆる「ショートスリーパー(短眠者)」と呼ばれている人たちで、極度の睡眠不足になると、ほんの数秒間、または一瞬の間だけ眠ってしまいます。
例えば、仕事や勉強、夜遊びなどで徹夜をした翌日、仕事中や授業中に急激な睡魔に襲われて、一瞬だけ眠ってしまい「ハッ!!」と目が覚めることってありますよね?
この一瞬の間だけ眠りに就くことを「マイクロスリープ」と言います。
ランディ・ガードナーが長時間眠らずにいても脳に障害が残らなかったのは、「このマイクロスリープがあったオカゲで、脳の機能を維持していた」という仮説があります。
全く眠らない人間
ここでは、あくまで普段は通常の睡眠をとっている方達の不眠記録についてご紹介しましたが、世界には数例、全く眠らずに生活していると称する人々が存在しているようです。
本当に眠っていないのかどうか信憑性が疑わしい人もいるのですが、中には、脳の働きや遺伝子の変異が原因かもしれないとされる事例もあり、安易に全て嘘と切り捨てるわけにもゆきません。
ベトジョー ベトナムニュース:「眠らない男」、記録を38年間に更新中
サイエンスミステリー「それは運命か奇跡か!? DNAが解き明かす人間の真実と愛」
これらは仮に真実であったとしても極めて特殊な事例であり、一般的な睡眠時間を必要とする人々と同列に語るわけにはゆかないでしょう。
彼らはもしかすると、いまだ謎に包まれている睡眠の仕組みを解明できる重要なヒントを握っているのかもしれません。
睡眠麻痺
近年の研究により、「金縛り」、医学的には「睡眠麻痺」と呼ばれる現象を人工的に発生させる方法がわかっています。
被験者の眠りが浅いタイミングを見計らって何度も起こす事で、睡眠のリズムが崩れ、入眠直後に夢を見るレム睡眠の状態に突入するようになり、意識が目覚めているのに体が動かない事を認識できてしまう「金縛り」に陥らせる事ができます。
金縛り中には、多くの場合は目は閉じているのですが、脳が自分の体が動かない事に対して自分を納得させる説明をつけようとし、自分が寝ている部屋の様子や、体が動かない原因として想像した体に乗っている何者かの姿などを夢として作り上げます。
人間は不眠を続けると、脳がほんの一瞬だけ眠りに落ちる「マイクロスリープ」と呼ばれる状態を繰り返し起こす事で、どうにかして睡眠時間を確保し、脳を休ませようとする事がわかっています。
一瞬意識が飛んで体がガクッとなるあの状態です。
幻覚を見る現象についても、もしかするとこのマイクロスリープによって金縛りの時に見る夢と同じような事が起こっていたのかもしれません。
脳の判断力が極度に低下し、目を開けて見ている視覚情報がうまく理解できなくなった状態で、マイクロスリープによって脳が瞬間的にレム睡眠に突入し、現実の視覚情報を元に脳が蓄積された記憶から何らかの関連する情報を呼び出してその視覚情報に(誤った)説明をつけようとする――つまり、目を開けながら現実の視覚をベースにした夢を見始めてしまっている状態なのではないかと考えられる仮説があります。
また、動物実験においては、強制的に眠りを妨げ続けたマウスは、極端な衰弱と体温調節の不良を起こし、脳では視床が損傷し、1〜2週間程度で死亡する事がわかっています。
栄養の摂取を断った場合よりも短期間で死に至る事から、短期的には睡眠は栄養の摂取よりも重要とされています。
人間では、健康状態を無視して強制的に眠りを限界まで妨げ続けたという事例は(少なくとも公式には)無いようですが、恐らく同様に最終的には死に至るだろうと推測されています。
このような脳の状態の回復は睡眠によってしか行えず、代替手段はありません。
そういうわけで、睡眠は脳にとって必要不可欠なものなのです。
睡眠と記憶
一昔前、睡眠の役割が解明されておらず、ただの怠慢としか思われていなかった時代。
厳しい受験戦争に挑む受験生に対して、「四当五落」(よんとうごらく)という言葉が使われていました。
これは、「睡眠時間を四時間まで削って勉強した者は受験に合格(当選)し、五時間も眠るような者は不合格(落選)となる」という意味の言葉です。
※もともとは中国で行われていた科挙という官僚登用試験に挑む人々に対して使われていた言葉といわれているようです。
しかし、睡眠の持つ役割が次第に解明されてきた現在では、この言葉は間違いであるとされ、ほぼ死語となっています。
勉強の効率を良くするためにも、そして勉強した内容の記憶を脳に長期的に定着させるためにも、十分な睡眠をとる事が必要である事がわかってきているのです。
現在進行形で研究が進められている分野の話なのであまり確定的な事は言えないのですが、ひとまず、情報を取り入れた後ですぐにかつ良質で継続的な睡眠をとる事が、その情報を海馬から大脳新皮質へと移し、記憶を定着させるのに有効であると考えられています。
睡眠は記憶の強化に利益をもたらす。試験前はしっかり寝よう。
受験などのために勉強をするならば、眠気を我慢してただひたすらに勉強時間だけを増やそうとするよりも、規則正しく十分な睡眠をとって勉強した内容を毎日しっかり定着させ、心身をリフレッシュして集中力を回復させてから再び勉強を始めた方が、中長期的にはより効率が良くなります。
どうしても時間が無い時には一夜漬けもひとつの手段ですが、その記憶は長期的には残りにくくなってしまいますし、睡眠不足で試験当日に集中力を欠いてしまっては元も子もありません。
睡眠欲求
>よく「食欲」「性欲」「睡眠欲」が三大欲求という風に言われるのですが、睡眠欲は生物学的には欲求ではないのですか?
生物学的にどのように扱われているのかというのは私も正式には知らないのですが、これが三大欲といいますのは恐らく人間が逆らえないものの「一般的な例え」ということではないかと思います。
摂食行動や生殖行動といいますのは環境に与えられたチャンスを的確に物にするため、「内的動因」と「外的誘因」の両立によってコントロールされています。摂食行動におきましては「空腹状態が内的動因」、「餌の発見が外的誘因」となり、一連の本能行動といいますのはこの両方が揃わなければ実行されない仕組みになっています。生殖行動では「発情状態(動因)」と「性的刺激(誘因)」の組み合わせですね。
ところが、睡眠にはこの「外的誘因」というのがないです。つまり、「生理的内的動因」が成立すればその場で直ちに実現してしまうわけです。
では、我々はどうして眠りたいという欲求に駆られるのでしょうか。それは、授業や会議などで寝てはいけないときです。しかも、「いっそこのまま目を閉じてしまいたい」、この誘惑に打ち勝つことのできるひとはまずいません。
心理学で欲求とは「生理的な不足を補うための緊張状態」ということだそうです。生理的な内的動因ということでしたら睡眠欲もまた立派な潜在的欲求なのですが、少なくともここには「行動選択の動機付けに伴う緊張状態」というものは存在しないです。
三大欲などと言いますが、厳密には性質が全く違いますね。ですが、紛れもなく共通するのは、この三つを我慢するのは誰にとっても苦痛であるということです。