デヴィッド・R・ホーキンズ 「力(Force)とパワー(Power)」
意識レベルが現実に与える影響とは? David R. Hawkins, M.D., Ph.D.
デヴィッド・R・ホーキンズ博士(David R. Hawkins, M.D., Ph.D./1927–2012)は、アメリカのメンタル科医であり、意識研究の先駆者、そしてスピリチュアルな探究者として知られています。医学・メンタル医学の専門家として臨床に携わる中で、人間の「意識のレベル」を体系的に測定・可視化した『意識のマップ(Map of Consciousness)』を提唱しました。
この理論は、「真理と偽り」「力(Force)とパワー(Power)」といったテーマを扱いながら、意識を“測定可能な周波数”として捉えた点に特徴があります。科学や心理学の枠を超えて、私たちの内面世界をエネルギーとして理解するアプローチです。過剰一般化されている部分も含まれますので、そのような因果関係には注意しながら参考にしてください。
ホーキンズ博士の主張
1.思考は“周波数の結果”である
私たちは「自分で考えている」と思いがちですが、実際には、思考はその時の意識レベル(周波数)の影響を受けます。例えば、低い意識(恐れ・欲望・怒り)の状態では、自己中心的な思考が増え、逆に高い意識(愛・理解・平和)の状態では、調和の取れた思考が生まれやすくなります。つまり、今どのような思考が浮かぶかは、自分の周波数が決めている。
2.身体は周波数に正直に反応する
身体は意識の波動を反映します。人は言葉では真実を装えますが、波動は嘘をつきません。
高い意識(愛・誠実・慈悲)の状態では、身体はリラックスし、エネルギーが整います。
一方で、低い意識(憎しみ・恐れ・罪悪感)に支配されると、身体は緊張し、力を失います。
自分の身体がどのように反応しているかを観察することで、自分の内面を知る手がかりが得られます。身体は常に、心の“本当の状態”を教えてくれているのです。
3.自分の周波数を知る方法は「感情の観察」
感情は、意識の波動を翻訳した“言語”です。恐れ、不安、怒り、罪悪感などは、低い周波数のサインです。一方で、感謝、愛、穏やかさ、理解などが湧いているなら、高い周波数と共鳴しているサインです。自分の感情を丁寧に観察することが、今の自分の意識レベルを知る最も確かな方法です。
4.周波数を決めるのは「外の出来事」ではなく「内側の反応」
他人がどう行動しても、あなたがどう“感じるか”が現実を創ります。
人間関係もまた、自分の意識レベルの鏡です。誰かを非難する心は、自分自身のエネルギーを弱めてしまいます。許しとは、相手を解放することではなく、自分を癒す行為なのです。
5.周波数を上げるとは、「抵抗を手放すこと」
意識の変化は、何かを“得る”時ではなく、何かを“手放した”時に起こります。
「もっと良くならなければ」と力むことは、今の自分を否定する“抵抗”でもあります。
苦しみは出来事そのものではなく、それを拒む心から生まれます。感情を押し込めるのではなく、「いま感じている自分をまるごと受け入れる」受容の姿勢こそが、意識の周波数を一瞬で変える力を持っています。
6.現実を変える根本的な変化
現実を変えたいなら、思考を変えようとする前に、まず自分の“意識の周波数”を整えることです。
思考は原因ではなく結果。根本的な変化は、周波数が変わることで自然に起こります。
抵抗を手放し、愛・感謝・平和といった高い感情に共鳴し、「今この瞬間にいる」ことが、最も穏やかで確かな現実変容の道です。
要約
・思考から感情が生まれるのではなく、感情(=周波数、感情の条件反射回路)が思考を引き寄せる。
・自分の周波数を知るいちばん確かな方法は、「今の感情」を観察(表層と深層)すること。
・感情が整うと、思考が澄み、現実に映し出される世界そのものが変わっていく。
実践
思考の連鎖に陥った時やネガティブな感情に飲み込まれそうになったときは、
まず自分の吐く息に意識を向けてみます。すると、すぐに頭の中の思考が静まり心に余白が生まれます。
雑念することの大切さ
苦悩から一瞬で離れる方法 アーナパーナ・サティ 呼吸への気づきの実践
これから起こる出来事に対してネガティブな感情が湧いたときも、
「この出来事が良い方向に流れていくとしたら、どんな感情だろう?」と想像し、その感情を少しずつイメージします。
その瞬間から、創造される現実の流れが変わり始めます。
「パワー」は「フォース」の違い
「パワー」は「フォース」と違って、内なる力のことです。たとえば、種子は木となる潜在的な力をもっている。それがパワーです。人間は誰でもブッダやガンディーのように、偉大な人になれるパワーをもっている。この内なる力がパワーであり、これこそが真の強さです。
物理学におけるpowerとforce
哲学におけるpowerとforce
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Power |
Force |
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定義 |
内なる、潜在的な力 |
外部からの強制力、物理的な力 |
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來源 |
内なる気づき、知性 |
規律、法律、軍隊、物理的介入など |
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特徴 |
柔和で、控えめで、魅力的 |
強制的、抑圧的、押しつけがましい |
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例 |
種子が木になる潜在力、芸術の力 |
法律、軍隊、物理的な力 |
パワーとは「内なる力」のこと。
「種子は木となる潜在的な力をもつ」という例示は極めて示唆に飛んでいる。ここでいう潜在的な力には「実現可能性」というニュアンスが含まれているように感じる。
イメージとしては「内側から殻を破る」で、卵も内側から割れる事で生命が誕生する。パワーには生命性を感じ取れる。
一方、フォースとは外なる力のことです。(中略)規律、法律、軍隊、武器、政府などによって、外から与えられる力 - それがフォースです。お金というフォースによって、それが他人に権力をふるうこともできる。
フォースが他人への強制力であるのに対し、パワーは自分の内に働く力です。イエス・キリストは、パワーにあふれる偉大な人物でした。しかし彼は、「弱き者が世界を受け継ぐ」と言っていますね。この「弱き者」とはフォースをもたない人のことです。
規律、法律などの例示がされているけれど、もう少し身近に考えてみると役職や役割も「フォース」と言えるかもしれない。フォースはいとも簡単に自分と切り離されてしまう。
フォースは「外から変える・強制する」イメージがある。卵を外から無理に割ってしまえば、中の生命は死に絶えてしまう。
弱き者は、腕力もずる賢さもなく、花のように柔和で優しい。花はしかし、パワーにあふれている。花はそのパワーで人を魅了します。その香り、やわらかさ、美しい色彩によって。また、自らを果実へと変えるパワーもあります。この花の力はフォースとしての強さではありません。パワーは、柔和で、穏やかで、目立たず、控えめです。花はなんと謙虚でしょう。押しつけがましいところがありません。真の力とはこのように、控えめで優しいものなのです。
文中に出て来るキーワード
アトラクター・パターン 意識の周波数によって、収斂する領域が変わる
キネシオロジー メンタルの周波数を原因とする身体に対する影響 kinein動き+logy学問 kinesiology
意識のデータベース 現世の意識データである記憶、前世のデータ、他の生命体のデータとその堆積
意識のマップ 意識の周波数のよって、結果となる領域が異なる全体図
アトラクター・パターン Attractor
Pattern 吸引集合
「引きつけるもの」という意味で、特に物理学や数学では、システムの運動が最終的に落ち着く先となる領域を指す。
カオス力学系や、生物の運動など、システムが最終的に落ち着く、安定した状態または領域を示す「アトラクター」のパターンを指します。アトラクターには、一点に収束する「平衡点アトラクター」、周期的に繰り返す「周期アトラクター」、フラクタル構造を持つ「ストレンジアトラクター」など、様々な形があります。
アトラクターの主なパターン
アトラクター・パターンの応用例
生物の運動制御: 個々の筋肉のレベルから全身の意図的なレベルまで、複層で安定性を保つパターンを分析します。
カオス理論: 複雑な現象の挙動を理解するために、システムが最終的にどのような状態に落ち着くのかを分析します。
決定論的力学:ストレンジアトラクター
キネシオロジー kinesiology、kinein動き+logy学問 メンタルの周波数を原因とする身体に対する影響
Dr.
John, Diamond 「Your Body
Doesn't lie」
David R. Hawkins,
M.D., Ph.D. 真実と嘘についてのキネシオロジー反応の研究
人間の構造的な能力がポジティブか、ネガティブな刺激を区別できる。
同化作用(生命力を与える)と異化作用(生命を脅かす)の区別ができる。
真実と嘘の区別ができる。
具体例としては、同じ封筒に入ったプラセボと人工甘味料に対する反応に強弱が現れる
これらのテスト現象で人間の意識レベルを測定できるので、相対的パワーを各層ごとに分類可能になる。
人間行動をコントロールする、目には見えないエネルギー・フィールドを見分けることができる。
内容と語句
甘美なエネルギーが背骨の上方、そして脳に流れ始めた。
個人的な自己selfとこれを超越した真の源で普遍的な宇宙の偉大な自己Selfに溶ける
selfとSelf
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個・全 |
自我 |
関係性 |
不・完 |
場所 |
特徴 |
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self |
個人的 |
ある |
宇宙と分裂 |
不完全 |
局所性 |
アイデンティティ・性別・人間性 |
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Self |
偉大 |
ない |
宇宙と一体 |
完全 |
非局所性 |
二度と苦しみや死を恐れない |
肉体はそれぞれの運命をたどり、それがやってきた源へ帰ります。
感情に関わるメンタル病は、「自分の存在がselfであると信じる信念」に囚われてしまうこと由縁する。
「すべての痛みと苦しみは神から生じるのではなく、唯一、自我から生じる」
「自我が自分にしたことを、神のせいにしています」
Orthomolecular Psychiatry分子整合メンタル医学
「体内に正常に存在する物質」の濃度を最適な状態に整える治療法
ニサルガダッタ・マハラジャ Nisargadatta Maharaj 1897年〜1981年
「私」の本質: 「実際は、どんな「自分たち」もどんな「あなたたち」もいず、ただ「私」だけがある」と述べ、個別の自己を超越した「私」の存在を示しました。
「私は誰か?」の探求:
「悟りを求めるどんな『自分』も『あなた』も存在しない」「『誰』も生まれず、『誰』も死なない」という考えを示し、体験を超越した真我の直観的認識が悟りであると説きました。
意識の本質: 意識は「現象的対象物」ではなく、感覚を生み出す「生きた意識そのもの」であると説きました。
普通の人間は「意識」=何かを感じている状態と思いがちだが、ニサルガダッタはそれを丸ごとひっくり返した。
1. “意識”は観察される側ではない。(対象ではない)
喩えると、“光”を見ようとして懐中電灯の照らす物だけ見るようなもので、光そのものは照らされた物の中にはない。
2. “意識”とは感覚を生み出す源のこと
3. 生きた意識は“主体”のことで、人間個人の心じゃない
4. だから「意識=現象のひとつ」と教える人を彼はバッサリ切る
「こっち側」とは、現れては消えるもののことで、たとえば、思考、感情、記憶、感覚、見えるもの、聞こえるもの、脳の活動、心理学的な「自我」、科学が対象とする観察可能データ。これら全部「生じて、変化して、消えていく現象」
つまり “意識に照らされている対象” なので、「意識は脳の機能です」という説明は、結局 現象を現象で説明しようとしてるだけ と批判する。
「あっち側」=“現象を照らしている側”とは、変化しない側、観察されない側、あらゆる体験の土台、「I
AM(私はある)」の源、思考が生まれる前の沈黙、主体そのもの、現象が生まれ出る“場”、つまり 現象を知っている側 のこと。
仏教で言うと、勝義の心の光(ヴィパッサナー的には viññāṇa-dhātu のような位置づけ)、気づきそのもの(sati の前段階の bare awareness)に相当する。
彼はこれを「生きた意識」「存在の光」「Awareness」「Being」みたいに呼ぶ。
超シンプルにまとめると
こっち側=映画のスクリーンに映ってる世界全部(脳、思考、身体、外界、全部ふくむ)
あっち側=スクリーンそのもの(映像は消えるけど、スクリーンは何も失わない)
「意識はスクリーン側であって、映像の一部分じゃない」と言い続けた。
人間は“映像の自分”を自分と思い込んで苦しむから、本来の立ち位置はスクリーン側にあるから、そこに戻れ。
これが彼の教えの骨格。
彼の言い方だと、脳も身体も宇宙も全部“意識の中で現れて消える夢みたいなもの”
5. 一言でまとめると
「意識は世界の中のひとつの出来事ではなく、世界という出来事が起きる“場”そのもの」
存在Being / Presenceとは
存在とは静かなもので、平和の意識を運んでくる。時間の経験が止まるので、どんな不安も後悔も痛みも期待もそこにはない。始まりも終わりもないので、失うことも悲しみも欲望もない。すべてのものが完璧で完全なので、すべき必要のあることはなにもない。使命は「存在」を多くの人々に運んでくる。
すべての問題は知覚によって作られた人工物なので、「存在」が勝ってくると、体なのか心なのかも区別がつかなくなり、「我、あり」という自我意識も消えてしまい、本来の自分を光り輝かせてくれる「純粋な意識」になります。
これまでも、これからも存在し続けるものは、時間を超えた無限で、すべての次元も宇宙も超越しています。
察するにこの「存在」とは大乗の「空」、小乗のgandhabba(メンタル体)、bhava(有)、satta(有情)それともNibbāna(涅槃)のようなもの?
本人はbeingを“形而上のエネルギー階梯”として扱っているので仏教に対応する概念はない。
「固有の実体を否定する/縁起そのもの」が「大乗の空(śūnyatā)」ならば、Being
は「条件づけから自由な純粋な気づきであり、境界や固体性を超えた純粋な場での高レベルの意識状態」であり、悟り=存在の周波数が高まるとホーキンズは表現するので、空の“無相/無自性”とは違う。
Being は、個が現れない場であり、輪廻を超えた源なので、bhava(有)やsatta(有情)ではなく、「Nibbāna(涅槃)」が一番近い。ホーキンズの Being は「苦・渇愛・分離が消える純粋な光」って扱いで、仏教的には涅槃の無為性に近いが、ホーキンズは“意識レベルのマップ”で段階づけるので、その点は仏教とは全然違う文化圏の話法になる。
結論はホーキンズの「存在(Being
)」は大乗の「空」+ サティ(気づき) をミックスした“意識の開き”みたいな概念で、仏教というよりウパニシャッド的な 純粋意識(pure
Being) に近い
「ヴィパッサナーの気づき」とホーキンズの Being/Presence(臨在)」の比較
ヴィパッサナーの気づき=“依存性・無常・無我”を観るクリアな認知操作
ホーキンズの Being=“個を超えた光みたいな場に包まれとる状態”
似て聞こえるが、目的も機能も“立っている哲学”も異なる。
1.基本スタンスの違い
ヴィパッサナー
Being(臨在)
ヴィパッサナー=観察、Being=包まれる/満たされるという方向性の違い。
ヴィパッサナーは“観る技術”、Being は“溶ける感覚”。
2. 対象の扱いが真逆
ヴィパッサナーでは身体 sensation →
感情 → 思考 → 意図 → 意識そのものを細かく観察する。
Being では、対象はわざわざ細かく見ないで、“ただある”というフィールドに意識を置く。
つまり、ヴィパッサナー=粒度を上げるのに対して、Being=粒度を下げる
換言すると、ヴィパッサナーは“分解能を上げる観察”に対して、Being は“coherence(一貫性)な場に同調する”
3.主体の扱いも違う
ヴィパッサナーは、観察している主体すら無常・無我として溶かし、個体性が薄れ、プロセスとしての心身が見える。
Beingは、主体が“広がる”感覚に近く、個が消えるというより、“境界が広がる静かな光みたいなもの”に気づく感じ。
換言すると、無常・無我の方向=ヴィパッサナー、高次の自己/Being の方向=Being
4.目的の違い
ヴィパッサナーは、苦の根(渇愛)を断ち、現象の成り立ちを見抜いて自由になる(Nibbāna)
Beingは、ネガティブな力(Force)から離れ、Power が自然に働く生き方に入り、“高次の意識状態”で生きる
仏教は苦の終わりで、ホーキンズは意識レベルの上昇なので方向性が違う。
二元性を超越する過酷な仕事
自分が存在しなくなるのでないかという恐怖が最後の障害となる
神から見離され「完全たる孤立」を感じる苦しみ
不安定さに耐え難くなり、生きたいという欲を放棄しなければならない
個人の意識が選ぶことなく、アイデンティティが宇宙の神聖さに溶け込んでいく
結果的には、全てや無を超越し、実存も実存しないことも超えてしまう。
p53序章 究極的な答えが問題を解決してくれると信じている
自分の経験を参考にして方向性を修正したいという共通の目標がヒトの活動にはある。
経験を通じて、分析的な「原理」を、道徳、哲学、心理学として開発してきた。
究極的な「答え」(原理)さえ見つかれば、経済や犯罪や国の制度や政治も解決してくれると信じ込んでいる。
データの意味を解読するツールがないため、正しい質問方法をまだ知らない。
対象を理解するためには
正しい質問をする
分類して説明するために必要なデータを測定するツールを得る
データ情報を検討して意味がわかることから理解が生じる
認識システムの欠陥は
1. 主観と客観を区別することができない
2. 先入観(回路)があることをつい無視してしまう認識システム
3. 意識の本質に対する無知
4. 因果関係の本質を誤解している
意識の欠点
社会は原因の代わりに「結果」を正そうと努力を費やしているので、意識の発達が遅くなる。
目で確かめられる世界は、結果の世界に過ぎない。
解決アプローチ
まず対象認識の限界を知る 自分の問題の全てはありのままを認識できないこと
原因を突き詰めても答えは出てこない。
表面的に表れている「原因」の根底にある条件を突き止める。
条件は、意識そのものに、唯一、存在するもの
部分だけを切り離し、そこに「因果関係」という図式を当てはめるだけでは、解答を見つけることはできない。
認識論で現象認識と意識の限界を知ることで、思慮深い決心に基づく結果とは幻想であることを明確にする。
社会の限界
社会は有効な問題解決方式の形式に基づく現実を社会に作り上げる基盤に欠けている。
戦争、法律、課税、規則、取り締まりという金のかかるフォースの手段を使って、失敗を重ねてきた。
メンタルの限界
理性と感情というヒトの基本的な2つのタイプの活動能力は、頼りにならない。
データの論理的順位はパターン認識システムを向上させるが、あるTPOの事実をパターン基準にすることから生じる誤謬。
「アトラクター領域」を測定スケールする
理論物理学、カオス理論の非線形力学によって検討された。
測定対象は意識の「アトラクター領域」
「アトラクター領域」にヒトは支配されている。 cf. 回路、アプリ、サンカーラ、虫
認識対象の内容、意味、価値を定義する
p63 撹乱理論 (Perturbation Theory):
複雑な物理現象の近似解を求めるための数学的手法。撹乱が十分に小さいという仮定の下で、元の非線形方程式を簡略化された線形方程式(撹乱方程式)に分解し、その解(撹乱の成長・減衰)を解析する。
既に発生している乱流の統計的な性質を記述したりするための解析ツールの一つ。
存在論 あらゆる事物(存在者)がどのように存在しているのか、その根本的な根拠や構造を探求する哲学の基礎的な分野です。それは、単に「何があるか」を問うだけでなく、「ある」という状態の性質や、「ある」ことの意味を問い、「実在する」とはどういうことかを考察します。
p65 意識は全人類が共有するデータベースとして、各自の心でアクセスし、検索し、認識される。
パワーとフォース
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内と外 |
感覚と認識 |
目 |
コントロール |
表と底 |
努力 |
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パワー |
内なる気づき |
認識 |
見えない |
できない |
根源的 |
必要ない |
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フォース |
感覚を通して |
体感 |
見える |
できる |
局部的 |
必要 |
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聖俗 |
正当性 |
全体性 |
反射 |
捕・放 |
運動 |
|
パワー |
気高さ |
正当化は不要 |
全体性 |
意味、動機 |
解放 |
安定 |
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フォース |
俗っぽい |
正当化 |
部分 |
反発力 |
制限 |
移動 |
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評価 |
二分化 |
対象 |
証明 |
説明 |
与奪 |
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パワー |
慈愛 |
統一 |
受容 |
証明なし |
語らず |
与える |
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フォース |
判断・批判 |
分極、勝ち負け |
防御 |
実証 |
議論好き |
収奪 |
ネガティブな五蘊に囚われていない意識がパワー
ネガティブな五蘊に囚われている意識がフォース
望みは、失敗や苦労や苦痛の源を溶かしてしまい、各自の意識の進化を喜びのレベルに引き上げること。
P74
キネシオロジー 心は体をもって考える 心と体の関係性
カオス理論 意味のない無秩序のデータに隠された、アトラクターズの法則
カオス理論の限界
1. 「初期値に無限の精度が必要」という地獄
バタフライ効果のせいで、スタートの値を無限桁で分かってないと未来は正確に計算できない。
でも現実世界はそこまでの精度で測れないので、最初の時点で人類は計算条件を提示できない。
2. モデル自体が現実を完全には表せん
物理世界は複雑な条件と無数の要因があるのに、方程式は単純化して表現しなければならない。
「風一つで未来が変わる」と言っても、その風の全部を表すモデルがない。
3. ノイズ(雑音)に弱すぎる
カオス系の理論はノイズに大きな影響を受けるので、ノイズまみれ実測データを使って予測した途端に「ズレ」が生じる。
4. 予測可能な時間が短すぎる
天気予報が典型で、1週間後がギリで、2週間後は占い程度なのが限界。
5. “カオス=完全なランダム”にしか見えない
数学的には決定論なのに、人間の目にはランダムにしか見えないので、理屈ではわかるけど、実用にならん場面が多い。
6. 多体問題や相互作用が多い領域ではほぼ無理ゲー
生態系、脳、経済、社会、気候など相互作用が多すぎて、もう“予測”という行為自体に意味がなくなるレベル。
■カオス理論の限界は「計算不能性」に近づく
初期値を無限精度で知れない限り、未来は本質的に見通せない。これは“物理の限界”ではなく“情報の限界”。
■量子ゆらぎが混ざると完全終了
量子レベルの揺らぎがマクロのカオスを増幅するので、完全な未来予測は原理的に不可能。
宇宙は最初から「完璧な理論構築不可能な仕様」。
まとめ
カオス理論は「未来を計算できる決定論」を壊す名理論だが、予測そのものにはあんまり役立たたない。
理解はできるけど、使いこなすには“世界の全情報”が必要という不可能な要求があるので、かっこよく説明できても、実用にはチートコードで成立する。
キネシオロジーに対する期待・偏見・誤解・そして修正
1. まず、“期待”されていること
ヒトは反応を「見える化」することを望むので、キネシオロジー(筋反射テスト)に対して期待する。
この“らしい”の連続がまた、期待を膨らませるわけ。
2. “偏見”もけっこうある
キネシオロジーは分野が広すぎて、もうカオス状態。
エネルギー療法の一種、スピリチュアル界で科学じゃない、施術者の質の差が激しすぎる
普通の人からすると、信者と否定派が戦っているだけに見える。
3. そして最大の“誤解”
筋反射が“真実を語るセンサー”ではない
筋肉の反応は、期待、緊張、その場の空気、相手との関係性、施術者の誘導、ちょっとした姿勢や呼吸の差などの影響をいくらでも受けることは、科学研究でも何度も確認されている。
つまり、筋肉=嘘発見器では全くない。
「潜在意識がそのまま反射に出る」は論理的に飛躍しすぎ
体性感覚の変化と“潜在意識の意思表示”は関連するが、条件と因果関係が無数にあるので、詳細を分析するのは無理。
「サプリの相性が分かる」も科学的根拠はなく、腕の力がちょっと弱まった程度で、生化学的相性なんて分からないのではないか、という疑問。
4. じゃあ全部ウソかと言えば、それも違う
キネシオロジーが“完全に無価値”かと言えばそうではなく、“気づきのツール”としては使える
人は質問されると、体のどこかに緊張、安心、違和感、恐れという反応が起きることがある。
筋反射テストは、その微妙な反応を拾う“きっかけ”にはなる。
自己観察を深める手段としては割と優秀
ヴィパッサナーのような内観と組み合わせると、「自分がどこで緊張してるのか」「どの質問にストレス反応があるのか」
が明確になる。
論理で誤魔化せない“身体的ストレス反応”が見える
心理療法で言う“微細な反応”を扱いやすくしてくれる。
つまり、占いとして使うと誤謬が堆積するが、自己観察ツールとして使うと覚醒に近づく。
5. 正しい“修正”の仕方
キネシオロジーを健全に使うなら、以下が必須。
A. 絶対に“絶対視しない” 筋反射はただの反応。神託じゃない。
B. 他の情報・観察・臨床と“組み合わせて”使う 1つの判断材料にする分には有益。
C. 自分の意図や期待が反応に混ざると理解しておく 無意識のバイアスは常に働く。
D. 施術者の技量が全てを決めると心得る 誰にでもできる手技ではない。
まとめ
キネシオロジーは“魔法”じゃなくて“鏡”。
体の反応を映す鏡。
その鏡に「未来予測」とか「運命判断」をさせようとした瞬間に話が壊れる。
鏡はそれ以上でも以下でもないので、鏡として使えばいい。
潜在意識や内観に興味あるなら、キネシオロジーは“補助ツール”としては使えるが、人生のGPSにはならない。
p78 意識の性質とはなにか?
主観と客観は全く同じものであり、同じであれば時間の概念を超えることができる。
生命体は自分を守るものはポジティブに反応し、そうでないものにはネガティブに反応します。
非線形力学では、知らないこと(質問に対する決定的でないデータ)から始まり、知っていること(答え)に到達する。
ノンリニア・ダイナミズムでは問題は論理的な流れではなく、その定義とアプローチの仕方。
p81 アトラクター
意味がないように見える大量のデータから生じた確認できるパターンのこと。
「非決定論的」とは、すべての事象が先行する出来事によって一意に定まる、という決定論とは反対に、状態や結果が不確実で、複数の可能性を持つ、あるいは予測不可能であるという考え方や性質を指します。
→ 宇宙のすべてが互いに微妙に依存し合っている

オペランツ
決定次元(既知)と非決定次元(未知)を架ける虹
すべての可能性を含むマトリックス 「母体」「基盤」「基質」
ホログラフィック宇宙
宇宙は、目に見えないimplicate orderと具現化した explicate orderが同時に存在する。
デヴィド・ボームの仮説
両方を超越した根源に関する仮定は、現実の観察による。意識を超えた「純粋たる覚醒」
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呼称 |
可視性 |
order |
知覚化 |
法則 |
意識とカタチ |
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ABC |
アトラクター |
見えない |
implicate
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未知 |
非線形 |
潜在意識 |
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∋ |
オペランツ |
見えない |
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基盤 |
作用 |
表層意識 |
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A→B→C |
イベント |
観察可能 |
explicate
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既知 |
線形 |
言動 |
p87 束縛されることで満足を得る、というニューロンモデルと精神病との関連性
ホーキンズは脳を“報酬依存の学習装置”として見るので、どんな体験でも“反応→報酬”で学習され、報酬が快であれ不快であれ、「繰り返しのパターン」そのものが脳のご褒美になるという特性を指している。
要点
束縛(=不自由・依存・破滅的行動)であっても、脳が“なじんだ刺激”には安心を感じる
その結果➜ 苦しいはずの関係・環境・行動を繰り返してしまうクセがつく
これをホーキンズは“pleasure in bondage”(束縛の中に快さを感じる)と表現している。
たとえば、ダメ男・ダメ女に依存する、苦しい仕事環境に居続ける、自責思考から抜けられない、被害者ポジションに安住する、破滅的行動(依存症など)「嫌なのにやめられない」。
脳の報酬系が「知らない刺激より、慣れた地獄が落ち着く」という回路に執着している状態。
「精神病との関連性」とは?
ホーキンズは、精神病(特に妄想、強迫、依存)は“エネルギーレベルが低い状態に固定される”ことで発生すると見る。
具体的には:
1. 低いレベルの意識状態(恐れ・怒り・羞恥・罪悪感)に脳が固定される
脳が「これが世界の真実」と誤学習して、回路化してそこから生じる感情がループし、抜け出せなくなる
2. 脳が“歪んだパターン”に報酬を与える
妄想➜ 恐怖から世界を説明する“パターン”が強化される
強迫➜ 行動することで不安が一時的に軽減され、脳が「正解」と誤学習する
依存➜ 報酬系が習慣性にハイジャックされて機能しなくなる
3. 現実テスト能力が落ちる(Reality testing failure)
ホーキンズの言い方では「エゴのプログラムが世界を乗っ取った状態」に近い
外部からの情報より、内側の習慣化されたパターンを優先して認識する
4. “束縛に快を感じる”構造が極端化した状態
依存症、被害妄想、自虐的で破滅的な思考パターン、共依存が発生するのを「精神病との関連」として説明している。
要約すると…
脳は「慣れた苦しみ」に快を感じて学習してしまうので、そのパターンに縛られると、自由を感じなくなる
さらに進むと、現実を歪めて理解する(精神病レベル)ので、「意識レベルが低い位置で固定されている状態」になる。
ヴィパッサナーの「気づき」とホーキンズの束縛モデルの解除が繋がるポイント
【1】束縛の正体=“自動反応パターン”
ホーキンズが言う束縛は、怒り、欲、恐れ、罪悪感、劣等感、自己否定、被害者意識などの感情や思考が
「何かをきっかけに勝手に起こるクセ」として脳に固定されとる状態のこと。
つまり“条件反射”みたいに起こる心の反応パターンが束縛の中身。
【2】ヴィパッサナーは「自動反応を観測する訓練」
ヴィパッサナーの本質は、起こる感情、体の感覚、思考、心の反応をジャッジせず、そのまま観るということ。
これによって、反応が起きる瞬間、どんな感覚が伴うか、どの思考がループしとるか、どの感情に執着しているか、がクリアに見えてくるので、束縛が“動作している瞬間”をリアルタイムで観測できるようになる。
【3】「観測されると反応は弱まる」という脳の性質
ヴィパッサナーの観察=反応パターンの“燃料停止”
脳の反応パターン(束縛)に感情が乗り、それに従って行動するという繰り返しで強化される。
しかし、「反応が起きた瞬間を観察する」という行為は、反応(=暴走モード)を観察(=暴走に待ったが入るモード)することで、その瞬間のパターン強化が途切れ、束縛の回路が弱まる方向に転じる。
これは認知行動療法や神経科学とも整合している。
【4】ホーキンズは「意識レベルが上がる」と束縛がほどけると言う
ホーキンズのモデルでは、恐れ、怒り、プライドなどの低レベル意識は束縛パターンを強化する場で
逆に、勇気、中立、意欲、受容、愛、平和、存在感などの段階に意識が移るほど束縛は勝手に弱まっていく。
ヴィパッサナーはまさにこの「上昇」を促進する構造。
【5】一番つながるポイント
ヴィパッサナー →「束縛が起こる瞬間」を観て力を奪う手法
ホーキンズ →束縛とは“低意識レベルのパターン依存”であり、“観察されると自然に弱まる”
つまり、両者はアプローチは違うけど、目的地は同じ。
「反応の前触れに気づけば選べるようになる」という事実はホーキンズの束縛の解除かつ、ヴィパッサナーの核心になる。
脳が勝手に反応から解放されて、少しずつ「自由な心のスペース」が増えていく。
「体性感覚」「潜在意識」「反応パターン」の関連性
“反応が生まれる順番の3段階”
@体性感覚(身体の生の信号)
A潜在意識(無意識の意味づけと記憶)
B反応パターン(感情・思考・行動のセットが動揺する)
これがセットで動き、自動処理。だから人間は「同じ反応を繰り返す」。
1️⃣ 体性感覚(somatic sensation)
反応の“いちばん最初の火花”
体は心より先に反応する。
たとえば、胸の締めつけ、みぞおちの沈む感じ、喉が固まる、眉間の緊張、背中の硬直、走るような熱、冷え、ゾワッとするような“信号”**が最初のトリガーとなります。
この段階では、まだ「意味」はついてない、ただの生体反射だが、この信号を無視すると自動反応がはじまる。
2️⃣ 潜在意識(implicit memory / unconscious)
体の信号に“意味”をつけてくる黒幕の正体
体からの信号を受けて、潜在意識はこうつぶやく。
「これは危険」「これは拒絶」「また同じ目に遭う」「自分が悪い」「相手が悪い」「社会が悪い」「黙っておこう」「攻撃される」「期待してはいけない」「期待しちゃえ」これらは過去の経験と学習の蓄積から自動生成される解釈。
しかも当人は自覚してない場合が多いが、体が反応 → 潜在意識が意味づけ → 感情・思考が形になる
これが“束縛の回路”の正体。
3️⃣ 反応パターン(emotion + thought + behavior)
最後に表に出てくる「いつものクセ」
ここで初めて人は「感情が出た」と感じる。
具体的には、イラッ、不安、怒り、自責、逃げ、支配、回避、過剰な迎合、被害者立場、抑圧などの“反応パターン”。
このパターンは、体の信号と潜在意識の意味づけのセットによって引き起こされる。
本人の意志ではなく、“習慣の回路”として自動的に出てくる。
この3つのつながりを図にすると…
体性感覚(反射)→ 潜在意識(意味づけ・記憶)→ 反応パターン(感情・思考・行動)
この流れは速すぎて、人はふつう途中をとばして結果しか見てない。
このつながりを断ち切る仕組み
ヴィパッサナーとはこの自動運転に「割り込み」を入れる技術。
体の感覚、反応が立ち上がるタイミング、潜在意識が何をしようとしているのか、をリアルタイムで“見える化”する
具体的には:
体性感覚を見逃さない → トリガーの炎が小さいうちに気づける
潜在意識の意味づけが働く瞬間を観察できる → 「お、今これが出てきたな」で終わる(反応しなくなる)
反応パターンが再生される回数が減る → 回路が弱まり、束縛が解消していく
結果として
過去の条件反射に縛られなくなる
エネルギーの低い反応パターンが弱まる
ホーキンズのいう“束縛の回路”が切れていく、ことで自由度が上がり、Presence に戻りやすくなる
p88 カオス理論における「初期条件における微妙な依存性」 バタフライ効果
p91 脳は心に内在する「エネルギーパターンの受信機」として機能し、思考の中で意識として表現される。
ジョン・エクルズ
意識の基盤は創造的な飛躍の源で、伝統的には「神性」と呼ばれてきたもの。
p94 キネシオロジーの発見
体に良いものを摂取すると筋肉は強くなり、悪いものを摂取すると筋肉は弱まる。
筋肉の衰弱とそこに対応する臓器の病 針灸のツボと経絡と病の関連性
アレルギー障害の検出方法や投薬反応をみるツールとしての利用
封筒に隠した人工甘味料をみぞおちあたりに置いただけでも、被験者の反応は弱くなった。
ホーキンズの筋反射テストは、なぜ“当人たちの実験では当たったように見えるのか”を説明するのは面白いテーマ。
なぜ、みぞおちに人工甘味料を入れた封筒を置くだけで筋力が落ちた、という“現象っぽいもの”が起きるのか?
これは「潜在意識の真理の反応」というよりも他の要因を推察できる。
【1】期待効果と暗黙の合図
実験者も被験者も「人工甘味料は悪い反応を出す」と信じていると、体はその通りに動く。
筋反射テストは、ポーカー並みに“微妙な癖”に左右される。
筋反射は、体の反応というより場の空気読みテストになりがち。
これを心理学では「実験者期待効果」と呼ぶ。ホーキンズの方式は、この影響を除去するための対策が弱かった。
【2】被験者の“緊張→脱力”ループ
みぞおちは、自律神経の反応がすぐ出やすい場所で、封筒を置かれることで不安、警戒、期待、疑いそこに来る。
→「何が入っているんだろう」という微妙な警戒
→お腹の表層筋が固まり、四肢の筋力がわずかに落ちる
→押したら弱く感じる
人工甘味料のせいじゃなくて、単に腹を触られたときの“身構え反応”だと仮定しても不思議でもなんでもない。
【3】筋反射テストの構造的弱点
腕の力テストって、実は科学的な検査としては最弱クラスなのは、
つまり“封筒の中身の差”より、“腕の角度の差”のほうが100倍影響力ある。
「弱くなった」という結果だけは残るから、人は意味を付けたがる。
【4】ブラインド化しても“完全には”期待を消せない
たとえば実験者側はブラインドでも、封筒を持つ手のほんの微妙なクセや、息遣い、手渡しのリズムが違えば、被験者は無意識に反応する。
動物行動学の古い有名な例では、「クレバー・ハンス(賢い馬)」の数字を当ててるように見えて、実は周囲の人間の反応に合わせてただけ、という同じ構造で、筋反射テストは徹底した二重盲検でも揺らぎやすい。
【5】身体は“意味づけされてない情報”にも反応する
でもひとつだけ救いとして言えることがある。
人の身体反応は、意識に上らない微細な刺激にもすぐ反応する。
だから、封筒が“何か分からん”という曖昧さが、単にストレス反応として出る場合がある。
これは科学的にも普通にある話。つまり
人工甘味料だから弱くなったのではなく、封筒テストという状況で“身体が勝手に緊張した”だけという解釈も成り立つ
【結論】
ホーキンズの現象は“超常現象”というよりも人間の“予測と緊張”に非常に敏感であることを表しており、
この5点が合体して「弱くなった」というメカニズムを説明することは可能。
筋反射を嘘発見器や潜在意識の通訳のツールにするには雑だが、内観のツールとしては参考になる。
疑問のあるキネシオロジーの利用法 材質を探す手段として P159
アレルギーの検出などには効果場合もあると推測する

p143 エネルギー・フィールドが200以下は、生きながらえているという原始的状態、貧しい衣服、文盲、病気と栄養失調、などの石器時代の文化水準とあるが、
私にとっての実感は都市文明生活者に固定化された意識レベルであるのに対して、石器時代レベルの生活者の場合はこのような意識レベルを基準としながら、上位7段階の意識レベルを感じる瞬間も体験している、と感じる。
デイヴィッド・R・ホーキンズにインタビュー
医学博士。
米国メンタル医学会終身会員。
1952年よりメンタル科医として活動し、セラピスト及び講演家として広く知られている。現在はアリゾナ州で治療と執筆を行うかたわら、「高度なスピリチュアル研究所」の主任を務めている。
1996年、本書に対してデンマークの皇室よりナイト爵の称号を与えられた。
韓国ではベストセラーとなり、韓国政府からも称号を受けている。
『オーソモロジーメンタル医学』(ノーベル賞受賞者のライナス・ポーリング博士と共著)など著書多数。
Veritas Publishing http://www.veritaspub.com/
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【取材後記】
かくして、貴重なインタビューは実現した!
思いは実現するものだ。最近つくづくそれを実感する。繰り返して言いたい。思ったことは実現する。思いが実現するのは、大きく分けて二つあって、ひとつは、意識的に思ったことが実現することと、無意識レベルで作用して実現してしまうこと。最近は、もうひとつ、カルマレベルで作用する現象化がわかってきたのだけれど、それは、ここでは関係ない話だ。意識レベルにしろ、無意識にしろ、思ったことは、自分にとって都合のいいことも、ネガティブなことも何らか現象化する。
前置きが長くなったが、デイヴィッド・R・ホーキンズ博士に直接話が聞きたいと思ったのは、随分前のことだった。そう、エハンとソニアが、博士の「パワーか、フォースか」を翻訳して、それを読んで、この人は絶対に会わなきゃいけないと思っていた。
それから、まさか、こういうカタチで、博士に会うことが実現するとは予想していなかったけれど、何しろ、その頃は、自分がこんなインタビューWebサイトをやるなんて、思っても見なかったから。ただ、会うだけじゃなくて、英語もまともでない僕が、高齢の博士を2時間以上もインタビューしている。非常に、ありがたく、貴重な体験だ。それだけじゃない、博士の貴重なメッセージを日本の皆さんに届けるという使命までセットアップされていて、自分の企画ながら、少々緊張と混乱もあった。
とにかく、そんなわけで、インタビューしたいと、申し込んでしまった。しばらく時間はかかったけれど、OKになった。5月にセドナに行ったばかりだというのに、10月にまた、アリゾナへ出かけていきました。セドナは、何度行っても素晴らしいところです。こうして実現した博士のインタビューですが・・・
実は、博士について、知らない人がとても多いのです。「ホーキング博士!?えっあの宇宙の?」ってそりゃ、スティーブン・ホーキング博士です。ほとんどの人が、宇宙の博士だと思っている。
僕の周りでも、博士の本を持っている人が多いのだけれど、真剣に読んでいる人が実に少ないのは残念だ。もし、博士の本を持っていて、じっくり読んでいない人は、ぜひぜひ、読み返してください。速読なんて、もってのほかです。しっかり精読してください。持っていない人は、いますぐ、アマゾンで、買ってください。パワーか、フォースか―人間のレベルを測る科学-デヴィッド・R-ホーキンズ
なんて、ここまで宣伝していますが、出版社とはなんのご縁もありません・・・笑
そんなわけで、博士の本を読んで、これまでバラバラだった自分のいろんな情報が一気に繋がったのです。まあ、僕の場合のお話なんですが。
博士は、ウエストセドナで、キャセドラルロックやセドナの盆地のような中心的な場所が見渡せる場所から少し入った、セドナでは珍しい背の高い樹木が茂る場所に静かに暮らしていた。もともと牧場だったそうで、水路が惹かれていて、その豊かな水のために、木々の植生が異なっていたのです。博士がまだ、足腰丈夫な頃に、いくつかのコテージを自分で建てたということで、手作り感のある素朴なつくりが博士の生き方を感じさせてくれました。
博士は、とてもジョークが好きで、身体に似合わず低い声でゆっくり話しながら、時折、サンタクロースのように、ホーッホッホッホと笑うのです。どんな質問にも明確、明晰で、至ってシンプル。奥さんのスーザンの腕を借りて、ちょいちょいっとキネシオロジーテストを行います。さすがに、20数年以上、何万回もテストしてきた博士なので、こうして、簡単に反応を見分けることができるのでしょう。僕も、しっかり練習したいと思います。
このキネシオロジーテストについては、「パワーか、フォースか」にも詳しくそのやり方などが解説されていますし、このマッスルテストは、診断テクニックとして、臨床的にも長年使われていきました。ジョージ・グッドハート博士による研究に、ジョン・ダイアモンド博士が広い応用を与えたものです。医療の現場では、処方の薬のその人への適合性などチェックされたりします。
このテストは、真実とウソを見分けるのに、簡単で、効果的な方法です。パワーか、フォースかでは、そうした真実性についても、社会や宗教などあらゆる分野の真実性について詳しく書かれています。どれだけ、真実を書こうとしても、書き手の思いこみが入り込んで、その真実性がゆがめられます。博士は、その事についても言及していて、博士の本や各章の真実性も計測し、最後に載せています。いずれにしても、世界は欺瞞に満ちています。僕たちが真実を生きることはとても難しいのかもしれません。博士が伝えたいことは、意識は進化していき、最後には悟りのレベルに達して、それまでは、輪廻転生を繰り返し、ついには、この世界に戻ってこない存在になるということです。博士は、940というとんでもなく高い世界を体験し、実際の博士の数値は愚問と思い、聞いていませんが、もう、この世界には戻らないと、決めているそうです。
多くの人は、死んで戻れるのなら、また、この世界を楽しみたいと思っているのでしょうか?僕は、もし、あっちの世界があって、そこが素晴らしい世界ならば、もう、こちらに戻らなくてもいいかなって思っています。もう、子供の頃のように、勉強したくないし、大人になる試練もめんどうくさいという、いささか、レベルの低い思いからなのですが・・・笑 まあ、戻ってきたら、しょうがないですね・・・笑 あきらめて、また、振り出しから歩きますか・・・ゲームは、なかなか上がれないものかもしれませんが、しっかり上がりを目指して、もう少々まじめに人生を生きたいと思います。
博士、貴重なお話をありがとうございました!