デヴィッド・R・ホーキンズ   「力(Force)とパワー(Power)」

意識レベルが現実に与える影響とは?                 David R. Hawkins, M.D., Ph.D.

 

 

デヴィッド・R・ホーキンズ博士(David R. Hawkins, M.D., Ph.D.19272012)は、アメリカのメンタル科医であり、意識研究の先駆者、そしてスピリチュアルな探究者として知られています。医学・メンタル医学の専門家として臨床に携わる中で、人間の「意識のレベル」を体系的に測定・可視化した『意識のマップ(Map of Consciousness)』を提唱しました。

 

この理論は、「真理と偽り」「力(Force)とパワー(Power)」といったテーマを扱いながら、意識を“測定可能な周波数”として捉えた点に特徴があります。科学や心理学の枠を超えて、私たちの内面世界をエネルギーとして理解するアプローチです。過剰一般化されている部分も含まれますので、そのような因果関係には注意しながら参考にしてください。

 

 

ホーキンズ博士の主張

1.思考は“周波数の結果”である

私たちは「自分で考えている」と思いがちですが、実際には、思考はその時の意識レベル(周波数)の影響を受けます。例えば、低い意識(恐れ・欲望・怒り)の状態では、自己中心的な思考が増え、逆に高い意識(愛・理解・平和)の状態では、調和の取れた思考が生まれやすくなります。つまり、今どのような思考が浮かぶかは、自分の周波数が決めている。

 

2.身体は周波数に正直に反応する

身体は意識の波動を反映します。人は言葉では真実を装えますが、波動は嘘をつきません。

高い意識(愛・誠実・慈悲)の状態では、身体はリラックスし、エネルギーが整います。

一方で、低い意識(憎しみ・恐れ・罪悪感)に支配されると、身体は緊張し、力を失います。

自分の身体がどのように反応しているかを観察することで、自分の内面を知る手がかりが得られます。身体は常に、心の“本当の状態”を教えてくれているのです。

 

3.自分の周波数を知る方法は「感情の観察」

感情は、意識の波動を翻訳した“言語”です。恐れ、不安、怒り、罪悪感などは、低い周波数のサインです。一方で、感謝、愛、穏やかさ、理解などが湧いているなら、高い周波数と共鳴しているサインです。自分の感情を丁寧に観察することが、今の自分の意識レベルを知る最も確かな方法です。

 

4.周波数を決めるのは「外の出来事」ではなく「内側の反応」

他人がどう行動しても、あなたがどう“感じるか”が現実を創ります。

人間関係もまた、自分の意識レベルの鏡です。誰かを非難する心は、自分自身のエネルギーを弱めてしまいます。許しとは、相手を解放することではなく、自分を癒す行為なのです。

 

5.周波数を上げるとは、「抵抗を手放すこと」

意識の変化は、何かを“得る”時ではなく、何かを“手放した”時に起こります。

「もっと良くならなければ」と力むことは、今の自分を否定する“抵抗”でもあります。

苦しみは出来事そのものではなく、それを拒む心から生まれます。感情を押し込めるのではなく、「いま感じている自分をまるごと受け入れる」受容の姿勢こそが、意識の周波数を一瞬で変える力を持っています。

 

6.現実を変える根本的な変化

現実を変えたいなら、思考を変えようとする前に、まず自分の“意識の周波数”を整えることです。

思考は原因ではなく結果。根本的な変化は、周波数が変わることで自然に起こります。

抵抗を手放し、愛・感謝・平和といった高い感情に共鳴し、「今この瞬間にいる」ことが、最も穏やかで確かな現実変容の道です。

 

 

 

要約

・思考から感情が生まれるのではなく、感情(=周波数、感情の条件反射回路)が思考を引き寄せる。

・自分の周波数を知るいちばん確かな方法は、「今の感情」を観察(表層と深層)すること。

・感情が整うと、思考が澄み、現実に映し出される世界そのものが変わっていく。

 

実践

思考の連鎖に陥った時やネガティブな感情に飲み込まれそうになったときは、

まず自分の吐く息に意識を向けてみます。すると、すぐに頭の中の思考が静まり心に余白が生まれます。

雑念することの大切さ
苦悩から一瞬で離れる方法  アーナパーナ・サティ  呼吸への気づきの実践
 
  

 

これから起こる出来事に対してネガティブな感情が湧いたときも、

「この出来事が良い方向に流れていくとしたら、どんな感情だろう?」と想像し、その感情を少しずつイメージします。

その瞬間から、創造される現実の流れが変わり始めます。

 

 

 

「パワー」は「フォース」の違い

「パワー」は「フォース」と違って、内なる力のことです。たとえば、種子は木となる潜在的な力をもっている。それがパワーです。人間は誰でもブッダやガンディーのように、偉大な人になれるパワーをもっている。この内なる力がパワーであり、これこそが真の強さです。

 

物理学におけるpowerforce 

哲学におけるpowerforce 

 

Power

Force

定義

内なる、潜在的な力

外部からの強制力、物理的な力

來源

内なる気づき、知性

規律、法律、軍隊、物理的介入など

特徴

柔和で、控えめで、魅力的

強制的、抑圧的、押しつけがましい

種子が木になる潜在力、芸術の力

法律、軍隊、物理的な力

2013/12/08 — 強制されるのがforce。 抑圧の力。 「力にものを言わせる」の力。 そんなものが芸術の力であっては...

嵯峨美術大学

2023/12/11 — もし力の概念が唯一あるならば、複数の表現を持つ必要はないわけで、そこには何かしらの違いがある。 * ...

note

force」が物理的な力を意味しているのに 対して、「power」は潜在的な力や、能力の 意味が強いです。 「pote...

兵庫県教育委員会

2025/05/13 — ストレングス(筋力)とは、筋肉または筋群が発揮できる最大の力を指します。 一方、パワー(瞬発力)は「...

note

2025/07/31 — ある物体に対し,その物体の運動状態(具体的には物体の速度)を変化させたり,その物体の形状を変化させた...

KIT 金沢工業大学

2025/06/06 — ホーキンズの意識レベルは、200を境に「フォース(Force)」と「パワー(Power)」に二分され...

選挙ドットコム

Examples 物理 ( ぶつり ) ( てき ) な 力 ( ちから ) の 量 ( りょう ) が 力量 ( ...

Bunpro

 

パワーとは「内なる力」のこと。

「種子は木となる潜在的な力をもつ」という例示は極めて示唆に飛んでいる。ここでいう潜在的な力には「実現可能性」というニュアンスが含まれているように感じる。

イメージとしては「内側から殻を破る」で、卵も内側から割れる事で生命が誕生する。パワーには生命性を感じ取れる。

 

 一方、フォースとは外なる力のことです。(中略)規律、法律、軍隊、武器、政府などによって、外から与えられる力 - それがフォースです。お金というフォースによって、それが他人に権力をふるうこともできる。

 フォースが他人への強制力であるのに対し、パワーは自分の内に働く力です。イエス・キリストは、パワーにあふれる偉大な人物でした。しかし彼は、「弱き者が世界を受け継ぐ」と言っていますね。この「弱き者」とはフォースをもたない人のことです。

規律、法律などの例示がされているけれど、もう少し身近に考えてみると役職や役割も「フォース」と言えるかもしれない。フォースはいとも簡単に自分と切り離されてしまう。

フォースは「外から変える・強制する」イメージがある。卵を外から無理に割ってしまえば、中の生命は死に絶えてしまう。

 弱き者は、腕力もずる賢さもなく、花のように柔和で優しい。花はしかし、パワーにあふれている。花はそのパワーで人を魅了します。その香り、やわらかさ、美しい色彩によって。また、自らを果実へと変えるパワーもあります。この花の力はフォースとしての強さではありません。パワーは、柔和で、穏やかで、目立たず、控えめです。花はなんと謙虚でしょう。押しつけがましいところがありません。真の力とはこのように、控えめで優しいものなのです。

 

 

文中に出て来るキーワード

アトラクター・パターン    意識の周波数によって、収斂する領域が変わる

キネシオロジー        メンタルの周波数を原因とする身体に対する影響 kinein動き+logy学問 kinesiology

意識のデータベース      現世の意識データである記憶、前世のデータ、他の生命体のデータとその堆積

意識のマップ         意識の周波数のよって、結果となる領域が異なる全体図

 

 

アトラクター・パターン Attractor Pattern 吸引集合

「引きつけるもの」という意味で、特に物理学や数学では、システムの運動が最終的に落ち着く先となる領域を指す。

カオス力学系や、生物の運動など、システムが最終的に落ち着く、安定した状態または領域を示す「アトラクター」のパターンを指します。アトラクターには、一点に収束する「平衡点アトラクター」、周期的に繰り返す「周期アトラクター」、フラクタル構造を持つ「ストレンジアトラクター」など、様々な形があります。 

アトラクターの主なパターン

アトラクター・パターンの応用例

生物の運動制御: 個々の筋肉のレベルから全身の意図的なレベルまで、複層で安定性を保つパターンを分析します。

カオス理論: 複雑な現象の挙動を理解するために、システムが最終的にどのような状態に落ち着くのかを分析します。 

決定論的力学:ストレンジアトラクター

 

 

 

キネシオロジー  kinesiologykinein動き+logy学問     メンタルの周波数を原因とする身体に対する影響  

Dr. John, Diamond  Your Body Doesn't lie

David RHawkins, M.D., Ph.D.         真実と嘘についてのキネシオロジー反応の研究

 

人間の構造的な能力がポジティブか、ネガティブな刺激を区別できる。

同化作用(生命力を与える)と異化作用(生命を脅かす)の区別ができる。

真実と嘘の区別ができる。

具体例としては、同じ封筒に入ったプラセボと人工甘味料に対する反応に強弱が現れる

 

これらのテスト現象で人間の意識レベルを測定できるので、相対的パワーを各層ごとに分類可能になる。

人間行動をコントロールする、目には見えないエネルギー・フィールドを見分けることができる。

 

 

 

内容と語句

甘美なエネルギーが背骨の上方、そして脳に流れ始めた。

個人的な自己selfとこれを超越した真の源で普遍的な宇宙の偉大な自己Selfに溶ける

selfSelf

 

個・全

自我

関係性

不・完

場所

特徴

self

個人的

ある

宇宙と分裂

不完全

局所性

アイデンティティ・性別・人間性

Self

偉大

ない

宇宙と一体

完全

非局所性

二度と苦しみや死を恐れない

 

肉体はそれぞれの運命をたどり、それがやってきた源へ帰ります。

 

感情に関わるメンタル病は、「自分の存在がselfであると信じる信念」に囚われてしまうこと由縁する。

「すべての痛みと苦しみは神から生じるのではなく、唯一、自我から生じる」

「自我が自分にしたことを、神のせいにしています」

 

Orthomolecular Psychiatry分子整合メンタル医学

「体内に正常に存在する物質」の濃度を最適な状態に整える治療法

 

ニサルガダッタ・マハラジャ Nisargadatta Maharaj   1897年〜1981

「私」の本質: 「実際は、どんな「自分たち」もどんな「あなたたち」もいず、ただ「私」だけがある」と述べ、個別の自己を超越した「私」の存在を示しました。

私は誰か?」の探求: 「悟りを求めるどんな『自分』も『あなた』も存在しない」「『誰』も生まれず、『誰』も死なない」という考えを示し、体験を超越した真我の直観的認識が悟りであると説きました。

 

意識の本質: 意識は「現象的対象物」ではなく、感覚を生み出す「生きた意識そのもの」であると説きました。 

普通の人間は「意識」=何かを感じている状態と思いがちだが、ニサルガダッタはそれを丸ごとひっくり返した。

1. “意識は観察される側ではない。(対象ではない)

喩えると、を見ようとして懐中電灯の照らす物だけ見るようなもので、光そのものは照らされた物の中にはない。


2. “意識とは感覚を生み出す源のこと


3. 生きた意識は主体のことで、人間個人の心じゃない


4. だから「意識=現象のひとつ」と教える人を彼はバッサリ切る

「こっち側」とは、現れては消えるもののことで、たとえば、思考、感情、記憶、感覚、見えるもの、聞こえるもの、脳の活動、心理学的な「自我」、科学が対象とする観察可能データ。これら全部「生じて、変化して、消えていく現象」
つまり 意識に照らされている対象 なので、「意識は脳の機能です」という説明は、結局 現象を現象で説明しようとしてるだけ と批判する。

「あっち側」=現象を照らしている側とは、変化しない側、観察されない側、あらゆる体験の土台、「I AM(私はある)」の源、思考が生まれる前の沈黙、主体そのもの、現象が生まれ出る、つまり 現象を知っている側 のこと。

仏教で言うと、勝義の心の光(ヴィパッサナー的には viññāa-dhātu のような位置づけ)、気づきそのもの(sati の前段階の bare awarenessに相当する。

彼はこれを「生きた意識」「存在の光」「Awareness」「Being」みたいに呼ぶ。


超シンプルにまとめると

こっち側=映画のスクリーンに映ってる世界全部(脳、思考、身体、外界、全部ふくむ)

あっち側=スクリーンそのもの(映像は消えるけど、スクリーンは何も失わない)

「意識はスクリーン側であって、映像の一部分じゃない」と言い続けた。


人間は映像の自分を自分と思い込んで苦しむから、本来の立ち位置はスクリーン側にあるから、そこに戻れ。

これが彼の教えの骨格。

彼の言い方だと、脳も身体も宇宙も全部意識の中で現れて消える夢みたいなもの


5. 一言でまとめると

「意識は世界の中のひとつの出来事ではなく、世界という出来事が起きるそのもの」

 

 

存在Being / Presenceとは

存在とは静かなもので、平和の意識を運んでくる。時間の経験が止まるので、どんな不安も後悔も痛みも期待もそこにはない。始まりも終わりもないので、失うことも悲しみも欲望もない。すべてのものが完璧で完全なので、すべき必要のあることはなにもない。使命は「存在」を多くの人々に運んでくる。

 

すべての問題は知覚によって作られた人工物なので、「存在」が勝ってくると、体なのか心なのかも区別がつかなくなり、「我、あり」という自我意識も消えてしまい、本来の自分を光り輝かせてくれる「純粋な意識」になります。

これまでも、これからも存在し続けるものは、時間を超えた無限で、すべての次元も宇宙も超越しています。

 

察するにこの「存在」とは大乗の「空」、小乗のgandhabba(メンタル体)、bhava(有)、satta(有情)それともNibbāna(涅槃)のようなもの?

 

本人はbeing形而上のエネルギー階梯として扱っているので仏教に対応する概念はない。

「固有の実体を否定する/縁起そのもの」が「大乗の空(śūnyatā」ならば、Being は「条件づけから自由な純粋な気づきであり、境界や固体性を超えた純粋な場での高レベルの意識状態」であり、悟り=存在の周波数が高まるとホーキンズは表現するので、空の無相/無自性とは違う

 

Being は、個が現れない場であり、輪廻を超えた源なので、bhava(有)やsatta(有情)ではなく、Nibbāna(涅槃)」が一番近い。ホーキンズの Being は「苦・渇愛・分離が消える純粋な光」って扱いで、仏教的には涅槃の無為性に近いが、ホーキンズは意識レベルのマップで段階づけるので、その点は仏教とは全然違う文化圏の話法になる。

 

結論はホーキンズの「存在(Being )」は大乗の「空」+ サティ(気づき) をミックスした意識の開きみたいな概念で、仏教というよりウパニシャッド的な 純粋意識(pure Being に近い

 

 

「ヴィパッサナーの気づき」とホーキンズの Being/Presence(臨在)」の比較

ヴィパッサナーの気づき=依存性・無常・無我を観るクリアな認知操作

ホーキンズの Being個を超えた光みたいな場に包まれとる状態

似て聞こえるが、目的も機能も立っている哲学も異なる


1.基本スタンスの違い

ヴィパッサナー

Being(臨在)

ヴィパッサナー=観察、Being=包まれる/満たされるという方向性の違い。

ヴィパッサナーは観る技術Being 溶ける感覚


2. 対象の扱いが真逆

ヴィパッサナーでは身体 sensation → 感情思考意図意識そのものを細かく観察する。

Being では、対象はわざわざ細かく見ないで、ただあるというフィールドに意識を置く。

つまり、ヴィパッサナー=粒度を上げるのに対して、Being=粒度を下げる

換言すると、ヴィパッサナーは分解能を上げる観察に対して、Being “coherence(一貫性)な場に同調する


3.主体の扱いも違う

ヴィパッサナーは、観察している主体すら無常・無我として溶かし、個体性が薄れ、プロセスとしての心身が見える。

Beingは、主体が広がる感覚に近く、個が消えるというより、境界が広がる静かな光みたいなものに気づく感じ。

換言すると、無常・無我の方向=ヴィパッサナー、高次の自己/Being の方向=Being


4.目的の違い

ヴィパッサナーは、苦の根(渇愛)を断ち、現象の成り立ちを見抜いて自由になる(Nibbāna

Beingは、ネガティブな力(Force)から離れ、Power が自然に働く生き方に入り、高次の意識状態で生きる

仏教は苦の終わりで、ホーキンズは意識レベルの上昇なので方向性が違う。

 

 

 

 

 

 

 

二元性を超越する過酷な仕事

自分が存在しなくなるのでないかという恐怖が最後の障害となる

神から見離され「完全たる孤立」を感じる苦しみ

不安定さに耐え難くなり、生きたいという欲を放棄しなければならない

個人の意識が選ぶことなく、アイデンティティが宇宙の神聖さに溶け込んでいく

結果的には、全てや無を超越し、実存も実存しないことも超えてしまう。

 

 

p53序章 究極的な答えが問題を解決してくれると信じている

自分の経験を参考にして方向性を修正したいという共通の目標がヒトの活動にはある。

経験を通じて、分析的な「原理」を、道徳、哲学、心理学として開発してきた。

究極的な「答え」(原理)さえ見つかれば、経済や犯罪や国の制度や政治も解決してくれると信じ込んでいる。

データの意味を解読するツールがないため、正しい質問方法をまだ知らない。

 

対象を理解するためには

正しい質問をする

分類して説明するために必要なデータを測定するツールを得る

データ情報を検討して意味がわかることから理解が生じる

 

認識システムの欠陥は

1. 主観と客観を区別することができない

2. 先入観(回路)があることをつい無視してしまう認識システム

.  意識の本質に対する無知

4. 因果関係の本質を誤解している

 

 

意識の欠点

社会は原因の代わりに「結果」を正そうと努力を費やしているので、意識の発達が遅くなる。

目で確かめられる世界は、結果の世界に過ぎない。

 

 

解決アプローチ 

まず対象認識の限界を知る  自分の問題の全てはありのままを認識できないこと

原因を突き詰めても答えは出てこない。

表面的に表れている「原因」の根底にある条件を突き止める。

条件は、意識そのものに、唯一、存在するもの

部分だけを切り離し、そこに「因果関係」という図式を当てはめるだけでは、解答を見つけることはできない。

認識論で現象認識と意識の限界を知ることで、思慮深い決心に基づく結果とは幻想であることを明確にする。

 

社会の限界

社会は有効な問題解決方式の形式に基づく現実を社会に作り上げる基盤に欠けている。

戦争、法律、課税、規則、取り締まりという金のかかるフォースの手段を使って、失敗を重ねてきた。

 

メンタルの限界

理性と感情というヒトの基本的な2つのタイプの活動能力は、頼りにならない。

データの論理的順位はパターン認識システムを向上させるが、あるTPOの事実をパターン基準にすることから生じる誤謬。

 

 

「アトラクター領域」を測定スケールする

理論物理学、カオス理論の非線形力学によって検討された。

測定対象は意識の「アトラクター領域」

「アトラクター領域」にヒトは支配されている。  cf. 回路、アプリ、サンカーラ、虫

認識対象の内容、意味、価値を定義する

 

p63 撹乱理論 (Perturbation Theory):
複雑な物理現象の近似解を求めるための数学的手法。撹乱が十分に小さいという仮定の下で、元の非線形方程式を簡略化された線形方程式(撹乱方程式)に分解し、その解(撹乱の成長・減衰)を解析する。

既に発生している乱流の統計的な性質を記述したりするための解析ツールの一つ。

 

存在論  あらゆる事物(存在者)がどのように存在しているのか、その根本的な根拠や構造を探求する哲学の基礎的な分野です。それは、単に「何があるか」を問うだけでなく、「ある」という状態の性質や、「ある」ことの意味を問い、「実在する」とはどういうことかを考察します。 

 

p65 意識は全人類が共有するデータベースとして、各自の心でアクセスし、検索し、認識される。

 

パワーとフォース

 

内と外

感覚と認識

コントロール

表と底

努力

パワー

内なる気づき

認識

見えない

できない

根源的

必要ない

フォース

感覚を通して

体感

見える

できる

局部的

必要

 

 

聖俗

正当性

全体性

反射

捕・放

運動

パワー

気高さ

正当化は不要

全体性

意味、動機

解放

安定

フォース

俗っぽい

正当化

部分

反発力

制限

移動

 

 

評価

二分化

対象

証明

説明

与奪

パワー

慈愛

統一

受容

証明なし

語らず

与える

フォース

判断・批判

分極、勝ち負け

防御

実証

議論好き

収奪

 

ネガティブな五蘊に囚われていない意識がパワー

ネガティブな五蘊に囚われている意識がフォース

 

 

望みは、失敗や苦労や苦痛の源を溶かしてしまい、各自の意識の進化を喜びのレベルに引き上げること。

 

 

P74 

キネシオロジー   心は体をもって考える 心と体の関係性

カオス理論     意味のない無秩序のデータに隠された、アトラクターズの法則

 

 

 

カオス理論の限界

1. 「初期値に無限の精度が必要」という地獄

バタフライ効果のせいで、スタートの値を無限桁で分かってないと未来は正確に計算できない。

でも現実世界はそこまでの精度で測れないので、最初の時点で人類は計算条件を提示できない。

2. モデル自体が現実を完全には表せん

物理世界は複雑な条件と無数の要因があるのに、方程式は単純化して表現しなければならない。

「風一つで未来が変わる」と言っても、その風の全部を表すモデルがない。

3. ノイズ(雑音)に弱すぎる

カオス系の理論はノイズに大きな影響を受けるので、ノイズまみれ実測データを使って予測した途端に「ズレ」が生じる。

4. 予測可能な時間が短すぎる

天気予報が典型で、1週間後がギリで、2週間後は占い程度なのが限界。

5. “カオス=完全なランダムにしか見えない

数学的には決定論なのに、人間の目にはランダムにしか見えないので、理屈ではわかるけど、実用にならん場面が多い。

6. 多体問題や相互作用が多い領域ではほぼ無理ゲー

生態系、脳、経済、社会、気候など相互作用が多すぎて、もう予測という行為自体に意味がなくなるレベル。

 

カオス理論の限界は「計算不能性」に近づく

初期値を無限精度で知れない限り、未来は本質的に見通せない。これは物理の限界ではなく情報の限界

量子ゆらぎが混ざると完全終了

量子レベルの揺らぎがマクロのカオスを増幅するので、完全な未来予測は原理的に不可能。

宇宙は最初から「完璧な理論構築不可能な仕様」。


まとめ

カオス理論は「未来を計算できる決定論」を壊す名理論だが、予測そのものにはあんまり役立たたない。

理解はできるけど、使いこなすには世界の全情報が必要という不可能な要求があるので、かっこよく説明できても、実用にはチートコードで成立する。

 

 

 

キネシオロジーに対する期待・偏見・誤解・そして修正


1. まず、期待されていること

ヒトは反応を「見える化」することを望むので、キネシオロジー(筋反射テスト)に対して期待する。

このらしいの連続がまた、期待を膨らませるわけ。


2. “偏見もけっこうある

キネシオロジーは分野が広すぎて、もうカオス状態。

エネルギー療法の一種、スピリチュアル界で科学じゃない、施術者の質の差が激しすぎる

普通の人からすると、信者と否定派が戦っているだけに見える。


3. そして最大の誤解

筋反射が真実を語るセンサーではない

筋肉の反応は、期待、緊張、その場の空気、相手との関係性、施術者の誘導、ちょっとした姿勢や呼吸の差などの影響をいくらでも受けることは、科学研究でも何度も確認されている。

つまり、筋肉=嘘発見器では全くない。


「潜在意識がそのまま反射に出る」は論理的に飛躍しすぎ

体性感覚の変化と潜在意識の意思表示は関連するが、条件と因果関係が無数にあるので、詳細を分析するのは無理。


 「サプリの相性が分かる」も科学的根拠はなく、腕の力がちょっと弱まった程度で、生化学的相性なんて分からないのではないか、という疑問。


4. じゃあ全部ウソかと言えば、それも違う

キネシオロジーが完全に無価値かと言えばそうではなく、気づきのツールとしては使える

人は質問されると、体のどこかに緊張、安心、違和感、恐れという反応が起きることがある。

筋反射テストは、その微妙な反応を拾うきっかけにはなる。

自己観察を深める手段としては割と優秀

ヴィパッサナーのような内観と組み合わせると、「自分がどこで緊張してるのか」「どの質問にストレス反応があるのか」
が明確になる。

論理で誤魔化せない身体的ストレス反応が見える

心理療法で言う微細な反応を扱いやすくしてくれる。

つまり、占いとして使うと誤謬が堆積するが、自己観察ツールとして使うと覚醒に近づく。


5. 正しい修正の仕方

キネシオロジーを健全に使うなら、以下が必須。

A. 絶対に絶対視しない                筋反射はただの反応。神託じゃない。

B. 他の情報・観察・臨床と組み合わせて使う      1つの判断材料にする分には有益。

C. 自分の意図や期待が反応に混ざると理解しておく     無意識のバイアスは常に働く。

D. 施術者の技量が全てを決めると心得る           誰にでもできる手技ではない。


まとめ

キネシオロジーは魔法じゃなくて
体の反応を映す鏡。
その鏡に「未来予測」とか「運命判断」をさせようとした瞬間に話が壊れる。

鏡はそれ以上でも以下でもないので、鏡として使えばいい。
潜在意識や内観に興味あるなら、キネシオロジーは補助ツールとしては使えるが、人生のGPSにはならない。

 

 

 

p78 意識の性質とはなにか?

主観と客観は全く同じものであり、同じであれば時間の概念を超えることができる。

 

生命体は自分を守るものはポジティブに反応し、そうでないものにはネガティブに反応します。

非線形力学では、知らないこと(質問に対する決定的でないデータ)から始まり、知っていること(答え)に到達する。

ノンリニア・ダイナミズムでは問題は論理的な流れではなく、その定義とアプローチの仕方。

 

p81 アトラクター

意味がないように見える大量のデータから生じた確認できるパターンのこと。

 

「非決定論的」とは、すべての事象が先行する出来事によって一意に定まる、という決定論とは反対に、状態や結果が不確実で、複数の可能性を持つ、あるいは予測不可能であるという考え方や性質を指します。

→ 宇宙のすべてが互いに微妙に依存し合っている

 

 

アトラクターパターンとオペランツ - 現実と幻想のはざま(三改)

オペランツ 

決定次元(既知)と非決定次元(未知)を架ける虹

すべての可能性を含むマトリックス 「母体」「基盤」「基質」

 

 

ホログラフィック宇宙

宇宙は、目に見えないimplicate orderと具現化した explicate orderが同時に存在する。

デヴィド・ボームの仮説

 

両方を超越した根源に関する仮定は、現実の観察による。意識を超えた「純粋たる覚醒」

 

 

 

 

 

 

呼称

可視性

order

知覚化

法則

意識とカタチ

ABC

アトラクター

見えない

implicate

未知

非線形

潜在意識

オペランツ

見えない

 

基盤

作用

表層意識

ABC

イベント

観察可能

explicate

既知

線形

言動

 

 

 

p87 束縛されることで満足を得る、というニューロンモデルと精神病との関連性

 

ホーキンズは脳を報酬依存の学習装置として見るので、どんな体験でも反応報酬で学習され、報酬が快であれ不快であれ、「繰り返しのパターン」そのものが脳のご褒美になるという特性を指している。

要点

束縛(=不自由・依存・破滅的行動)であっても、脳がなじんだ刺激には安心を感じる

その結果苦しいはずの関係・環境・行動を繰り返してしまうクセがつく

これをホーキンズは“pleasure in bondage”(束縛の中に快さを感じる)と表現している。

たとえば、ダメ男・ダメ女に依存する、苦しい仕事環境に居続ける、自責思考から抜けられない、被害者ポジションに安住する、破滅的行動(依存症など)「嫌なのにやめられない」。
脳の報酬系が「知らない刺激より、慣れた地獄が落ち着く」という回路に執着している状態。


「精神病との関連性」とは?

ホーキンズは、精神病(特に妄想、強迫、依存)はエネルギーレベルが低い状態に固定されることで発生すると見る。

具体的には:

1. 低いレベルの意識状態(恐れ・怒り・羞恥・罪悪感)に脳が固定される

脳が「これが世界の真実」と誤学習して、回路化してそこから生じる感情がループし、抜け出せなくなる

2. 脳が歪んだパターンに報酬を与える

妄想恐怖から世界を説明するパターンが強化される

強迫行動することで不安が一時的に軽減され、脳が「正解」と誤学習する

依存報酬系が習慣性にハイジャックされて機能しなくなる

3. 現実テスト能力が落ちる(Reality testing failure

ホーキンズの言い方では「エゴのプログラムが世界を乗っ取った状態」に近い

外部からの情報より、内側の習慣化されたパターンを優先して認識する

4. “束縛に快を感じる構造が極端化した状態

依存症、被害妄想、自虐的で破滅的な思考パターン、共依存が発生するのを「精神病との関連」として説明している。


要約すると

脳は「慣れた苦しみ」に快を感じて学習してしまうので、そのパターンに縛られると、自由を感じなくなる

さらに進むと、現実を歪めて理解する(精神病レベル)ので、「意識レベルが低い位置で固定されている状態」になる。


 

 

 



ヴィパッサナーの「気づき」とホーキンズの束縛モデルの解除が繋がるポイント


1】束縛の正体=自動反応パターン

ホーキンズが言う束縛は、怒り、欲、恐れ、罪悪感、劣等感、自己否定、被害者意識などの感情や思考が
「何かをきっかけに勝手に起こるクセ」として脳に固定されとる状態のこと。

つまり条件反射みたいに起こる心の反応パターンが束縛の中身。


2】ヴィパッサナーは「自動反応を観測する訓練」

ヴィパッサナーの本質は、起こる感情、体の感覚、思考、心の反応をジャッジせず、そのまま観るということ。

これによって、反応が起きる瞬間、どんな感覚が伴うか、どの思考がループしとるか、どの感情に執着しているか、がクリアに見えてくるので、束縛が動作している瞬間をリアルタイムで観測できるようになる。


3】「観測されると反応は弱まる」という脳の性質

ヴィパッサナーの観察=反応パターンの燃料停止

脳の反応パターン(束縛)に感情が乗り、それに従って行動するという繰り返しで強化される。

しかし、「反応が起きた瞬間を観察する」という行為は、反応(=暴走モード)を観察(=暴走に待ったが入るモード)することで、その瞬間のパターン強化が途切れ、束縛の回路が弱まる方向に転じる。

これは認知行動療法や神経科学とも整合している。


4】ホーキンズは「意識レベルが上がる」と束縛がほどけると言う

ホーキンズのモデルでは、恐れ、怒り、プライドなどの低レベル意識は束縛パターンを強化する場で

逆に、勇気、中立、意欲、受容、愛、平和、存在感などの段階に意識が移るほど束縛は勝手に弱まっていく。

ヴィパッサナーはまさにこの「上昇」を促進する構造。


5】一番つながるポイント

ヴィパッサナー   「束縛が起こる瞬間」を観て力を奪う手法

ホーキンズ     束縛とは低意識レベルのパターン依存であり、観察されると自然に弱まる

つまり、両者はアプローチは違うけど、目的地は同じ。



「反応の前触れに気づけば選べるようになる」という事実はホーキンズの束縛の解除かつ、ヴィパッサナーの核心になる。

脳が勝手に反応から解放されて、少しずつ「自由な心のスペース」が増えていく。

 

 

 

 

 

「体性感覚」「潜在意識」「反応パターン」の関連性

 

反応が生まれる順番の3段階

@体性感覚(身体の生の信号)

A潜在意識(無意識の意味づけと記憶)

B反応パターン(感情・思考・行動のセットが動揺する)

これがセットで動き、自動処理。だから人間は「同じ反応を繰り返す」。


1️⃣ 体性感覚(somatic sensation

反応のいちばん最初の火花

体は心よりに反応する。

たとえば、胸の締めつけ、みぞおちの沈む感じ、喉が固まる、眉間の緊張、背中の硬直、走るような熱、冷え、ゾワッとするような信号”**が最初のトリガーとなります。

この段階では、まだ「意味」はついてない、ただの生体反射だが、この信号を無視すると自動反応がはじまる。


2️⃣ 潜在意識(implicit memory / unconscious

体の信号に意味をつけてくる黒幕の正体

体からの信号を受けて、潜在意識はこうつぶやく。

「これは危険」「これは拒絶」「また同じ目に遭う」「自分が悪い」「相手が悪い」「社会が悪い」「黙っておこう」「攻撃される」「期待してはいけない」「期待しちゃえ」これらは過去の経験と学習の蓄積から自動生成される解釈

しかも当人は自覚してない場合が多いが、体が反応潜在意識が意味づけ感情・思考が形になる

これが束縛の回路の正体。


3️⃣ 反応パターン(emotion + thought + behavior

最後に表に出てくる「いつものクセ」

ここで初めて人は「感情が出た」と感じる。

具体的には、イラッ、不安、怒り、自責、逃げ、支配、回避、過剰な迎合、被害者立場、抑圧などの反応パターン

このパターンは、体の信号と潜在意識の意味づけのセットによって引き起こされる。

本人の意志ではなく、習慣の回路として自動的に出てくる。


この3つのつながりを図にすると

体性感覚(反射)→ 潜在意識(意味づけ・記憶)→ 反応パターン(感情・思考・行動)

この流れは速すぎて、人はふつう途中をとばして結果しか見てない


このつながりを断ち切る仕組み

ヴィパッサナーとはこの自動運転に「割り込み」を入れる技術。

体の感覚、反応が立ち上がるタイミング、潜在意識が何をしようとしているのか、をリアルタイムで見える化する

 

具体的には:

体性感覚を見逃さない            トリガーの炎が小さいうちに気づける

潜在意識の意味づけが働く瞬間を観察できる  「お、今これが出てきたな」で終わる(反応しなくなる)

反応パターンが再生される回数が減る     回路が弱まり、束縛が解消していく

結果として

過去の条件反射に縛られなくなる

エネルギーの低い反応パターンが弱まる

ホーキンズのいう束縛の回路が切れていく、ことで自由度が上がり、Presence に戻りやすくなる

フォームの始まり

 

 

フォームの終わり

フォームの始まり

 

フォームの終わり

 

p88 カオス理論における「初期条件における微妙な依存性」   バタフライ効果

 

p91 脳は心に内在する「エネルギーパターンの受信機」として機能し、思考の中で意識として表現される。

ジョン・エクルズ

意識の基盤は創造的な飛躍の源で、伝統的には「神性」と呼ばれてきたもの。

 

 

 

p94 キネシオロジーの発見 

体に良いものを摂取すると筋肉は強くなり、悪いものを摂取すると筋肉は弱まる。

筋肉の衰弱とそこに対応する臓器の病   針灸のツボと経絡と病の関連性

アレルギー障害の検出方法や投薬反応をみるツールとしての利用

 

封筒に隠した人工甘味料をみぞおちあたりに置いただけでも、被験者の反応は弱くなった。

ホーキンズの筋反射テストは、なぜ当人たちの実験では当たったように見えるのかを説明するのは面白いテーマ。

なぜ、みぞおちに人工甘味料を入れた封筒を置くだけで筋力が落ちた、という現象っぽいものが起きるのか?
これは「潜在意識の真理の反応」というよりも他の要因を推察できる。


1】期待効果と暗黙の合図

実験者も被験者も「人工甘味料は悪い反応を出す」と信じていると、体はその通りに動く。
筋反射テストは、ポーカー並みに微妙な癖に左右される。

筋反射は、体の反応というより場の空気読みテストになりがち。

これを心理学では「実験者期待効果」と呼ぶ。ホーキンズの方式は、この影響を除去するための対策が弱かった。


2】被験者の緊張脱力ループ

みぞおちは、自律神経の反応がすぐ出やすい場所で、封筒を置かれることで不安、警戒、期待、疑いそこに来る。

「何が入っているんだろう」という微妙な警戒
お腹の表層筋が固まり、四肢の筋力がわずかに落ちる
押したら弱く感じる

人工甘味料のせいじゃなくて、単に腹を触られたときの身構え反応だと仮定しても不思議でもなんでもない。


3】筋反射テストの構造的弱点

腕の力テストって、実は科学的な検査としては最弱クラスなのは、

つまり封筒の中身の差より、腕の角度の差のほうが100倍影響力ある。

「弱くなった」という結果だけは残るから、人は意味を付けたがる。


4】ブラインド化しても完全には期待を消せない

たとえば実験者側はブラインドでも、封筒を持つ手のほんの微妙なクセや、息遣い、手渡しのリズムが違えば、被験者は無意識に反応する。

動物行動学の古い有名な例では、「クレバー・ハンス(賢い馬)」の数字を当ててるように見えて、実は周囲の人間の反応に合わせてただけ、という同じ構造で、筋反射テストは徹底した二重盲検でも揺らぎやすい。


5】身体は意味づけされてない情報にも反応する

でもひとつだけ救いとして言えることがある。

人の身体反応は、意識に上らない微細な刺激にもすぐ反応する。

だから、封筒が何か分からんという曖昧さが、単にストレス反応として出る場合がある。
これは科学的にも普通にある話。つまり
人工甘味料だから弱くなったのではなく、封筒テストという状況で身体が勝手に緊張しただけという解釈も成り立つ


【結論】

ホーキンズの現象は超常現象というよりも人間の予測と緊張に非常に敏感であることを表しており、

この5点が合体して「弱くなった」というメカニズムを説明することは可能。

筋反射を嘘発見器や潜在意識の通訳のツールにするには雑だが、内観のツールとしては参考になる。

 

疑問のあるキネシオロジーの利用法     材質を探す手段として P159

アレルギーの検出などには効果場合もあると推測する

 

 

意識レベル – 成歩堂

 

 

p143 エネルギー・フィールドが200以下は、生きながらえているという原始的状態、貧しい衣服、文盲、病気と栄養失調、などの石器時代の文化水準とあるが、

私にとっての実感は都市文明生活者に固定化された意識レベルであるのに対して、石器時代レベルの生活者の場合はこのような意識レベルを基準としながら、上位7段階の意識レベルを感じる瞬間も体験している、と感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デイヴィッド・R・ホーキンズにインタビュー
医学博士。
米国メンタル医学会終身会員。
1952
年よりメンタル科医として活動し、セラピスト及び講演家として広く知られている。現在はアリゾナ州で治療と執筆を行うかたわら、「高度なスピリチュアル研究所」の主任を務めている。
1996
年、本書に対してデンマークの皇室よりナイト爵の称号を与えられた。
韓国ではベストセラーとなり、韓国政府からも称号を受けている。
『オーソモロジーメンタル医学』(ノーベル賞受賞者のライナス・ポーリング博士と共著)など著書多数。

 

Veritas Publishing http://www.veritaspub.com/

至福の世界体験が、意識研究の動機。

和田:

 こんにちは。今日は、本当にありがとうございます。僕にとっては、念願のホーキンズ博士にインタビューすることができるということで、緊張とともに、静かに興奮しています。よろしくお願いいたします。

ホーキンズ:

 ハッハッハッハ・・・笑 

和田:

 今回は、はるばる、アメリカは、アリゾナ州のセドナまでやってきました。これまでに、セドナは2度訪れていまして、今回で3度目になります。世界中いろんなところをまわっていますが、セドナは、僕の大好きな場所のひとつで、ここは、何か僕の原体験というか、原風景を感じます。とても不思議です。
 博士は、素晴らしいところにお住まいで、僕もこんなところに暮らせたらいいなって思います。
 さて、今日は、お聞きしたいお話はたくさんあるのですが・・・まず、始めに、博士は、メンタル科医として素晴らしい活躍をされてきましたが、この20年以上は、人間の意識について、膨大なデータを基に深く研究をされてきました。なぜ、これまで人間の存在や意識の研究を続けてこられたのでしょうか?

ホーキンズ:

 そうだね。私の関心は、もっぱらメンタル的な進化でした。意識の発達の段階といえばいいかな。それは、自分自身の体験が、自分の変容を起こすものだったからです。それは、通常の意識レベルからあまりにも離れたものでした。執着とか嫌悪感、そして、否定的なものをすべて手放した時に、至福が境地に達しました。一番最初にその至福の境地を体験したのは12歳の時でした。
 あれは1939年の冬です。自転車で新聞配達をやっていました。ある日、大変な吹雪の暗い早朝で、道路が凍っていたので、自転車は転んでしまいました。新聞も吹き飛んでなくなってしまい、暗くて、とても寒かったので、とにかく風を避けようと思いました。
 道路際に雪が3メートルくらい、とても高く積っていましたが、そこに隠れようと、表面が固くなっていたのを壊して穴を掘りました。その中にうずくまっていたのですが、とても不安になって、悲しくて泣いていました。
 そのうちに、とても深い意識レベルに入っていったのです。永遠の愛、時間を超えていました。無限の愛を感じました。つまり、自分の小さな個という感覚をなくしてしまったんですね。その無限の永遠の愛というものがとても優しくて、一方ではとてもパワフルで、それが私自身が何者かというものを見せてくれました。
 時間も超えていて、始まりも終わりも無くて、その状態で私は、時間の無い永遠の空間に入って行きました。それは、これまでもあったし、これからもあると思われる、言葉を超えた世界ですね。それは、無限の至福の世界でした。もう体を持ちこたえようとする必要がなくなりました。その状況は、時間のない体験でしたね。

 そのうちに、父が私を探しにやって来ました。何マイルも離れたところだったんですが、父が探しに来てくれたんですね・・・ホッホッホ・・・笑。
 私が、うずくまったところの横に車を止めたのがわかったんですね。そして、私の足を揺すぶっていたんです。その時、自分が身体に戻ってくるかどうかを、決めなければいけませんでした。
 戻ってきた唯一の理由と言うのは、私は、父を愛していたからです。身体を離れてそのままにしていたならば、自分が死んだと父は思ってしまうでしょう。なぜなら、身体そのものは死んでしまうからです。そうすると、父は、一生罪の意識にさいなまれて、子供が死んだことを自分が悪かったんだと思うでしょう。そんなことをお父さんにしたくなかったんです。ですから、私は父への愛がゆえに、身体に戻ってきました。
 身体を離れるという許可は、それから何度も起こりました。今でも身体から出ていくことができるわけですが、でも、他の人たちに対して影響があるので、私はそうはしません・・・笑。 私は、もうすでに、この身体はちゃんと目的を果たしてくれたと思います・・・。

和田:

 身体を離れるというのは、幽体離脱といいますか、一種の臨死体験だと思うんですが・・・。多くの人が臨死体験をする場合というのは、お花畑があって、向こうの家族や仲間に会うとか、そういう体験が多いですね。博士の場合は、いきなり至福の愛の世界に行っていますが、それというのは、非常に特別な体験じゃないかと思うのですが、どうでしょうか?

ホーキンズ:

 いいえ。これは臨死体験ではありません。臨死体験というのは、全く異なります。意識のマップ(※1)によるレベルでも全く異なる数値がでてきます。光を見たり、トンネルを抜けるイメージを見たり、また、親や親戚を見たりというのは、比較的低い意識レベルで起こるものです。

(※1)意識のマップ ホーキンズ博士が、2万人以上の人に、20年間でのべ数万回の筋反射テストを行って、統計的にまとめた人間の意識レベルを段階的にまとめたもの。

※画像をクリックすると拡大写真がご覧になれます。

和田:

 多分、今博士がおっしゃった内容というのは、非常にポイントだと思うんです。要するに、その後、博士が研究されたり、お話しされたりしている事の中心軸になっているところだと思います。博士の著書「パワーか、フォースか」(三五館刊)を読んで、始めの方に、この体験について書かれていますが、やはり、多くの人は臨死体験だという風に理解しているのではないでしょうか・・・今もお話を聞いていて、すぐには理解しがたいですよね。

ホーキンズ:

 私が体験したレベルの数値というのは、940という数値レベルだとわかりましたが、臨死体験というのは、560というレベルです。
 私は、とても高い意識レベルに入っていきました。940というのは悟りの世界です。560もとても高いレベルではあります。無条件の愛の世界です。臨死体験では、無条件の愛の世界を体験します。でもそれは、悟りの状態ではないですね。悟りの状態というのは、体験的に悟るものです。大いなる自己を体験する状態です。臨死体験では、臨死体験をしている個がいるわけですね。そして、その人が戻ってくるわけです。940という体験では、体験しているという個という感覚がありません。言ってみれば、死体がいなくなっちゃったようなものだね・・・笑。
 そこには、誰も存在が無くなるんです・・・。

和田:

 それは満ち足りている状態で、仏教で言うと「空」の概念というか、多分、言葉で伝えたり、理解するには難しい、表現しきれないものだと思うんですが、・・・

ホーキンズ:

 そうですね、仏教では、ブッタの本質と言われている意識レベルのように感じます。

和田:

 先ほど、個が無くなるといいましたが、どうやって、個に戻って来られたのでしょうか?

ホーキンズ:

 それは、そこから辞退するという選択をするのです。意識的にその状態を辞退するんです。今ここにいるのもそうですが、その状態を保っていなくてはいけません。いつもそこにあって、いつでもそこに行けるんだけども、でも今はそこに行く必要がないんです。それは、常にそこにあるものなのです。
 私たちには義務がありますね。自分の機能や自分の役割というものがあって、自分の資質というものを、他の人々や世界中にシェアしないといけないものがあります。それを行って初めて、次のステージに行く事ができるのです。
 肉体というものは、必ず終わりますからね。自分で決めなくてもいいです。灰から人間になって、それから灰に戻って行くわけですね。

和田:

 多くの人がそういう話を信じていますね・・・笑 僕はそういうユニークな話は嫌いではないのですが・・・笑 慎重にならなくてはいけないですね。
 もし、博士がこの世を離れた時に、また次回、来世とかがあるとするならば、帰って来るでしょうか?・・・笑

ホーキンズ:

 いいえ。帰ってこないでしょう。この世界っていうのは、カルマを消化する機会を与えられている場所です。一番大きな機会を与えられている。仏教徒にはわかりやすい話ですね・・・ホッホッホ・・・笑

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意識レベルを高めれば、世界をより良く変えられる。

和田:

 今という世界は、いったいどういう世界なのでしょうか?

ホーキンズ:

 世界というのは、人間の進化が起こる場所ですね。
 いまから何千年も前。仏陀のいた時代は、人類の意識レベルは、90というレベルでした。イエスのいた時代、人類は100ぐらいでした。それから少しずつ上昇して2000?3000年の間は190という意識レベルが続きました。それから1987年、意識レベルが急に飛躍して205になりました。そして、1990年代に207になりました。ここ2年ぐらいの間に、204に下がりました。
(同席の奥様でテストする・・・)
今は、やっぱり204ですね。人類全体として204になりました。

和田:

 今まで進歩して来たものが下がっているというのは、どういう事態なのでしょうか?
これからもまだ下がっていくのでしょうか?

ホーキンズ:

 それは、神様に聞いたほうがいいだろうね・・・笑
 なぜなら、進化というのは直線的なものではないんだね。波のように上がったり下がったりしている。以前ローマ法王が言いました。人類のレベルが下がっていくと彼も言いましたね。哲学や比較の問題なんだけれども、イスラム教の問題、それから、戦争だね。その度に下がってきている・・・笑。

和田:

 日本人の意識レベルはどうでしょうか?

ホーキンズ:

 日本人は、とても知的で賢いですね。平均レベルは400以上です。

和田:

 博士の意識のマップでは、カウンターバランスというのがあって、高い意識レベルの人がいて、その人が例えば、500レベルなら、200以下の個人75万人、600レベルなら、なんと1000万人とバランスが取れるということが、博士の研究でわかっていますね。
 測定が示す意識のレベルの数値は、十進法ではなくては、対数になっていて、300は、150の二倍と言うことではなくて、10300乗のパワーを示しているということですね。ですから、100ポイント違うと言うことは、10100乗違うわけですから、その差はものすごいですね。
 つまり、高い意識の人の意識が上がれば、それだけで、世界の意識レベルも向上するということになるのですが、そのカウンターバランスでいけば、日本人の意識レベルが開いて、もっと日本人の意識レベルが上がれば、当然、世界の平均レベルが引きあがるんじゃないかと思うのですが・・・。

ホーキンズ:

 そうですね、意識レベルを高められれば、世界を助けられると思います。世界中のリーダーになることもできます。

和田:

 こういう事をいうと批判を受けそうですが、日本の政治や企業といいますか、権力を持つ多くの人々の中には、あまり意識が高いようには思えない人々も多いですね・・・笑。  
 身近な隣人たちは、愛があって、意識の高い人々も沢山いるように思えます・・・笑。でも、実質的な社会で、そんなに影響力を持っている人たちでは無いかもしれないけれど、そういった人々の意識レベルが高まっていくことによって、世界を変えることができると考えていいでしょうか?

ホーキンズ:

 政治的な力を持とうとする人々は、いい人であることも多いし、でも、権力そのものに興味を持っている人たちが多いのも事実です。
 しかし、素晴らしい権力者は、スピリチュアル的にも、とても進化しいる場合もあり得ます。中国の場合がそうでしたね。何世紀もの間、素晴らしい権力者がいて、とても長い間平和が続きましたね。人々はとても幸福で、平和でした。そういう風になることも可能ではあります。人に親切で、素晴らしい愛情に満ちた権力者。戦争もしない人が出てくる事もありえます。でも、戦争が起こるかどうかは、必ずしも私たちに掛かっている事ではなくて、避けられない事でもあります。

和田:

 本来は意識レベルが高いにもかかわらず、その高い意識が開かれていない人や眠らせている人もいるのではないでしょうか?

ホーキンズ:

 その力を使うとかではなくて、その人がどういう状態でいるかということが問題なわけです。
 とてもいい状態に入った時に、人々はこの世界を離れていってしまう。こんな物質的な世界はいやだと言って、この世界から離れていってしまうのです。こんなところには、いたくないと思ってしまうんですね。
 この世で行うことではなくて、自分自身の存在から輝き出るエネルギーが問題なわけですね。何人かの人たちは、そのレベルによって、他の人々の為に教えたいという人たちも出てきます。それは、その人々のカルマだったりする場合があります。 

和田:

 ある時が来ると、タイミングなのでしょうか、その人の人生の中での体験や学びからたくさんの気づきを得て、本来持っている素質や使命に気づくようなことがありますね。
 本来意識レベルが高い人は、気づくタイミングというのは、いつか訪れるのか、それとも開かれないまま亡くなっている人もいるのでしょうか?

ホーキンズ:

 個人の選択やカルマもありますし、集合意識の中で、そして、集合無意識の中で、それについては、心理学者のカール・ユングも書いていますが、アーキタイプス(元型論)にもありますね。
 そのアーキタイプには、世界の中で自分を表現する役割というものがあります。進化した人は、いろんな役割を選ぶ事ができます。舞台役者にもなれれば、ミュージシャンにもなれる。先生にもなれるし、選ぶことができるんです。沢山のオプションがあります。
 結婚して子供ができますね。それで、子供が成長して世界に出たら、また別の大きな役割を担うと思います。自分の子供だけではなくて、もっと多くの人々に対して提供する役割をとる人がいますね。
 子供が成長したら、どうやってその人たちに奉仕ができるか、そこで何もしない人もいれば、もっと何かをしていく人も出てくるわけです。そこで、差が出てくる、違いが出てくるということです・・ホッホッホ・笑。

和田:

 僕や仲間たちだけでなく、多くの人々が、世界をより良くしたいという思いを持っていると思います。その為に、例えば、多くの人に気づいてもらいたいという事を何か行動するという事は、もしかしたら、それはエゴではないかという様な事を思ったりするのですが、その意識についてはどう考えたらいいでしょうか?

ホーキンズ:

 あなたの場合は、そうではないでしょう。世の中で、何か価値のあるものに気づくと、その事に熱心になりますね。そうすると学んだ事を世の中の人たちとシェアしたいと思いますね。私は、メンタル的な病気を治す事を学びました。それで、世の中の人々にそれを知らせたいと思いました。そうする事によって、沢山の人たちが利益を受けるわけです。それで、心理学の本を書きました。
 自分自身の分野の中で、例えば機械工であれば、機械工として技術や知識を向上させますね。そうすると若い子に機械工としての知識や技術を教える事ができますね。ある分野の中で、それがどんな分野であっても、その人がどんどん進化していくと、必ずその分野の先生になりますね。どんな分野であっても先生になれます。あるいはマスターになるべきだと思います。何かを習得すると、その次になるのは、先生です
意識レベルが高まると、シンプルになる。

 

和田:

 僕の中の理解、イメージで、意識レベルの高い人のライフスタイルについて、いろいろと考えてみました。多分、意識レベルの高い人は、こんな生活をしているだろうなと思っていました・・・笑

ホーキンズ:

 そうだね、意識レベルが高い世界というのは、とてもシンプルな生活ですね。まず、必要なものなんて何も無いからね。望みも何もない・・・笑。何も好きじゃない。何を望みですかと聞かれたら、「うん〜」って考えこんじゃうでしょう・・・笑。
 というのは、生命というのは、本当に完結しているんです。前世というのは、本当に完結しちゃっているので、それが毎週毎週なんです。完結しているんですね。
 人生というのは、必ず完結しています。ですから、夕食を食べているその途中で止めて、何処かに行っても、もう満足しているので、もっと食べたいという事もない。
 人生は満足していて、完結しています。その次の瞬間もそうなんです。その次の瞬間もまたそうなんです。必要なものも、欲しいものも何もないのです。どんな状況でも構わないというね。大きな家にいてもそれはそれでいいし、小さな家の方が生活はシンプルになりますね・・・ハッハッハ・・・笑。

和田:

 非常によくわかります。僕もそういうことをイメージしていました・・・笑。

ホーキンズ:

 何か持っている物があればある程、それが負担になって来る。その面倒を見なくちゃいけなくなるわけです。第一、人生そのものが、重荷なんだから・・・笑 でも、楽しいものです。若い時には、物が欲しいですね。それが手に入るとその後の疑問は「じゃ、これからどうしよう・・・」になりますね。この後は何だろう?と。
 十分お金があれば、どんな車も買えますね。私は十分な貯金があります。どんな車を買う事もできます。でも、もう車に乗る事は、そんなに必要ないでしょう。
 まあ、持ってても、もう車はそんなに必要ない。基本的なものが揃えば、もう自由ですね。それを楽しめばいいだけです。

和田:

 世界は、未だ物質的な豊かさを求め、拡大しています。物質的に豊かな国や場所でさえも、さらなる豊かさを追究し、そうでないところでも、それは拡大しています。しかし、本質的な豊かさが、物質的なものを追い求めても、得られないことも多くの人々は気づいていると思います。もっと、内的な豊かさへの関心は高まっていかないものでしょうか?

ホーキンズ:

 人々はもっと外の世界に興味を持っています。その外側の世界での興味っていうのは、全部満たされ終わってから、初めて内側を見るようになります・・・笑。
 他に何があるんだろうって、疑問に思うはずです。三人ガールフレンドがいても、他にはどんな女の子がいるんだろうと思うわけですね・・・笑

和田:

 そう考えると、この世界はこういう状態がまだまだ続くのでしょうか? もしかしたらもっと物質化した世の中になって、混乱はさらに、大きくなっていくんじゃないでしょうか?

ホーキンズ:

 そうですね。当分は、そうした混乱がまだ続いていくでしょう。

和田:

 その先は、あまり考えたくはないんですが、もしかするとカタストロフィック(破局的)なものになり得ないだろうかと心配しています。

ホーキンズ:

 おそらく、過去の様には悪くなることはないでしょう。最悪の状態を世の中は見ています。もし、核戦争が起こったら、それはかなり悪い事になるでしょう。破壊的で、憎しみを持っている人たちが、そこまで行くかもしれないですね。その可能性はないとは言えません。
 誰かにダイナマイトをあげるとします。その人は、必ず、いつかダイナマイトを爆発させます。やってみなくちゃいけない。どんな風になるか見たくて、やってみたくなる・・・少年に拳銃を渡したら必ず打ちますね。リスや鳥や・・・アメリカの田舎に行くと、古い標識に穴が開いていたりします。何か必ず撃つもの、標的を探しますね。それは、核も同じです。必ずやってみようとします。子供のように、好奇心に溢れていたら・・・、また、自制が効かなかったら・・・

和田:

 そうならないことを祈っています。

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大切なのは、自分の理解の仕方。

ホーキンズ:

 君は、ペプシは好きか?

和田:

 えっ!?ええ、いただきます・・・笑。(博士がペプシコーラを出してくれる。)

ホーキンズ:

 最近は、これが気に入ってる・・・笑

和田:

 博士も、コーラを飲むんですね・・・笑
博士がペプシを好きだという事に驚きました。

ホーキンズ:

 う〜む、これは、ノンシュガーだよ・・・ホッホッホ・・・笑

全員:

 笑

和田:

 博士は、ベジタリアンで、ナチュラル志向だと思っていました。僕は、オーガニックや自然の食べ物を摂るように気をつけていますが、なかなかベジタリアンとまではいけません・・・。

ホーキンズ:

 ハッハッハ・・・でもある時期、やはり浄化の為に10年くらいベジタリアンの時期があったんだね。ある時レストランに行って、メニューをみました。それで、ベジタリアンだったら食べるものが無い。メニューの中には食べるものが無かった。それで、自分にこう言ったんだね。「どうして、肉を食べる事を心配するんだ。自分自身が肉じゃないか」
それで、心配するのを辞め、ベジタリアンを辞めた。でも、意識レベルには、全然影響はなかった。それは、全部思い過ごしにしか過ぎないわけです・・・笑。

和田:

 それは、自分の中のイメージがストーリーを作り、例えば「○○○は、駄目だ」とかルールを作っていって、それが、マインドレベルから体にも影響するとか、イメージしたものが形になっていくことで、それがアトラクターパターンになるのでしょうか?

ホーキンズ:

 それはビリーフシステム(信念体系)だね。ベジタリアンは、意識のマップでは、210のレベルになります。それは、肯定的なものだね。でも、根源的な影響っていうのはありません。その意図というのが問題なのです。それが反映して帰ってきます。高い意識レベルにいくと、全てに目的があって、カルマの目的というものを達成していきますね。
 動物というのは人類に奉仕して生きます。自分たちの命を犠牲にして奉仕しています。そうする事によって、肯定的なカルマを得て、最終的には人間になっていきます。太古の経典だと思うんですが、たぶん、インドのギーターですね。900のレベルのギーターがありますが、それぞれのレベルが一緒になって、もっと進化した意識レベルのものになるということを比喩的に表しているものがあります。

(途中、博士の大きな猫がやってきて、テーブルに飛び乗り、マイクにぶつかる・・・動物の話から、猫がやってくるのは、なんともシンクロ・・・)

和田:

 では、人間は、動物のように何かの犠牲になることはあるんでしょうか?

ホーキンズ:

 そうですね。例えば、戦士たちは国のために戦いますね。それで命を落とします。子供や奥さんや国や名誉を守るために、命を落とすことがありますね。皇帝とかあるいは権力者に忠誠を誓います。国や統治者に奉仕します。

和田:

 例えば、金属とか鉱物とか、そういう物質にも意識があって、全て宇宙が作ってるものだから、進化の過程にある全ての物質的なものっていうのは、全て繋がった進化の過程にあるものなのでしょうか?

ホーキンズ:

 そうは思いません。なぜなら、それには命を持つためのエネルギーが必要ですね。命というものは、もっと命を作っていくことができます。でも、命の無いものは、命を作る事は出来ませんね。このティーカップは、別のティーカップを作ることはできませんね。全く命を作る事はできません。命の中には、創造の力があります

和田:

 と言うことは、物質は、原子や分子の集まりで形態になりますが、それは誰が作り出しているんでしょうか?

ホーキンズ:

 宇宙の素っていうのは、とても神聖な存在です。それが物質化して、表現されるものです。それは量子力学で理解されていますけども、エネルギーというのは、そして、物質というのは、お互い、両方になり得るわけですね。物質に変換することもできます。

和田:

 なるほど、だから私達は、自分たちに意思があり、その意思で自分たちの肉体を創る。 
 博士の著書「パワーかフォースか」の中でも、自分の意識が完全であれば、本来病気は無くて、有り得ないものだと言われていますね。自分の歪みが、この物質の状態を変えるとうことでよかったでしょうか?

ホーキンズ:

 それは、コンセプトに過ぎないんだよ。マインドは、ある程度までは身体に表現されるけれど、それを超えた部分では、カルマによる影響もあります。でも、高い意識レベルの方になると身体に対する興味すら失ってしまいます。
 完璧にしなければいけないのは、身体ではなくて「自分の理解の仕方」
。ものごとをどう理解するか。肉体というのは、行っては戻ってきて、自分が何をどう理解するかという部分が、完成しなければいけない部分なんです。
 身体については、ある時には感謝しなければいけないものですけれども、道具に過ぎないわけです。捨てるための道具に過ぎないんですね。我々には、肉体という居場所が必要なんです。



 こんなジョークがあります。
 ジョンという男が、奥さんが浮気していると思って自宅に走り込んだんだね。家の中に入って男を探すんだけれど・・・。ベットルームに行って、ジョンは遂にクローゼットのドアを開けるんだ。そこに知らない男が、座っていたわけだね。そこで、ジョンが「いったい何をやっているんだ!」っていうと、男は「だって、誰かがどこかにいなきゃいけないでしょう」ってね・・・笑。

全員:

 爆笑

和田:

 博士は本の中で、ユーモアーが非常に大事だって書かれていますけど・・・笑

ホーキンズ:

 その通りだね。ユーモアーのセンスの無い人を信頼しちゃいけないよ。あなたを殺すかも知れない・・・笑 ヒットラーが笑ったり、微笑んだりする事もなかったでしょう。
 ユーモアーはサバイバルにとって、とても大切なことなんだね。それで、教える道具でもある。真剣になっていたら見えないものが、ユーモアーがあったら見えてくるものだ。

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スピリチュアルな原理を理解すれば、意識は高まる。

和田:

 僕は、意識について非常に興味があります。そんな中で、60年代後半から70年代の初頭は、ヒッピーの時代で、ドラッグカルチャーなどが花開きました。そうしたサイケデリックな体験がありますが、例えば、LSDなどによるサイケデリックな幻覚体験は、意識の深い部分にアクセスしているのでしょうか?

ホーキンズ:

 それらの化学物質によるものは、基本的に化学的な反応現象だね。神経に影響している。そうすると知覚とか認識が変わってくる。

和田:

 それは、人間の意識を変えるものになるのでしょうか?

ホーキンズ:

 いや全然、変えない。それらによって、どんな影響があるかということは、よくわかってきました。
 例えば、当時、ティモシー・リアリーというサイケデリックグルがいました。ヒッピーの神様みたいな存在でした。彼の意識レベルを想定すると、230というレベルが計測されました。
 しばらくの間、そういうサイケデリックなものが、もっと高い次元で、私たちの意識を開いていってくれるんじゃないか、その通り道になるんじゃないかと思われていたんです。その頃、有名だった本は、オルダス・ハクスリーの知覚の扉という本です。the doors of perception 1954年 幻覚剤によるサイケデリック体験の手記と考察
 60年代には、もっと高い意識レベルに自分の意識を開いていってくれるんじゃないかと思われていました。でも、そうではなかったという結論に達しましたね。
 でも、役にたったのは、自分自身の人格対する気づきをもっと高めてくれる。自分自身のいろんな側面について、もっと気づく様になりました。ただ、気が付くというだけでも利益になりました。ですから、結果的にそれは役に立ったわけです。
 残念ながら、ドラッグカルチャーで、200以下の低い意識に集中するのは良くないのです。200以下では、何もかも馬鹿らしい、お金も教育も馬鹿らしいし、ただセックスをしてそして酔いしれて、ダンスして遊んで、それは、子供の世界です。責任も無ければ、鍛錬もされていない。ただ、お酒で酔っ払って、セックスをして、そして裸で踊って、それは5歳の子供の世界です。
 それが、アメリカでは、60年代の世代でしたね。どうにもなりませんでした。そこからは、いいことは起こりませんでしたね。

和田:

 博士がこの本を読めば、35ポイントアップすると書かれていますね。ポイントが、1ポイントでもアップすることは、数値は対数だから非常に重要な事なんだけれども、もっと意識を高くしようと思うと、いくつかあって、私は知っているという幻想を捨てる。意欲的な態度で、人生を望むと意識はアップしていくということをおっしゃっていますが・・・

ホーキンズ:

 意識というのは、スピリチュアルな原理という教えをフォローすることによって現れてきます。ただ、本を読むだけではなくて、読んだ時に、その価値というものが見えてきます。その価値があるわけですから、それを自分の生活に取り込みます。そうすることで意識が高くなっていくのです。

 意識が進化するのは、スピリチュアルな教えに対する献身、瞑想や実行や勉強する事もそうですね。スピリチュアルな人々と共にいることです。一緒にいるとエネルギー自体がコミュニケーションを起こします。
 一つのシンプルな教えがあるんですが、ただミーティングに来て、そして座って聞いてくのです。そうすると浸透圧の関係でエネルギーが入ってくるんです。それで、吸収する事ができる。ただ聞くだけで、自分がそれになっていくという事です。

和田:

 意識は、多くの人は5ポイントぐらいしか上がらないと書かれていたんですが・・・

ホーキンズ:

 だいたいそうですね。

和田:

 本来は500とかのレベルを持っているにも関わらず、開かれてなくて200以下の振舞いをしている人がいるのか、それとも500で生まれてきた人は、子供の頃から500らしい振舞いをしているのか、どちらなんでしょうか?

ホーキンズ:

 優しい子もいれば、そうじゃない子もいる。高いレベルで生まれた子というのは、高いレベルの教えに反応するわけですね。
 両親を愛することができるので、両親の言う事を聞くんです。でも、低いレベルでは、両親に対して反抗しますね。そして、逆らった事をします。低いレベルの子供は、高いレベルのことには全然魅力を感じないでしょう。そういう事をしようとも思わない。
 小さな頃、近所の男の子が自転車に乗って、友達になろうと私の所に遊びに来たんですね。それで、自転車に乗りに行こうと言ったので、私はついて行きました。家の裏に生ゴミの缶があったんです。そして、彼は自転車に乗ってその缶を、道路の方に蹴飛ばしました。それで私は、すごく嫌な感じを受けました。でも彼は、それを楽しいと思ったんです。私にとっては、そんなのは馬鹿らしいと思いました。そんな事はしたいとは思わなかった。喧嘩もそうだし、いろんな事がありあした。自分にとっては全然魅力を感じなかったですね。

和田:

 日本でも、どこでもありますね、そういった光景は。どこにでも平気でゴミを捨てる人とか。クルマの中からもポイっと捨てるとか・・・マナーに無関心な人とか・・・笑

ホーキンズ:

 悪い事をしていて、それを楽しいと思う人がいますね。でも私の場合は、悪い事をしたら罪の意識を感じて、それは楽しいとは思わなかった。

和田:

 博士が体験された900以上の至福の世界といいますか、それ以上の多次元的な世界というのは、どういう風に存在しているとお考えですか?
 例えば、5次元や6次元と言われているものです。存在として、僕が死んだ時に行く世界と、きっと、また戻ってこなければいけないと思いますが・・・笑。いったい、どういう構造になっているのでしょうか?

ホーキンズ:

 それは一つの宇宙であって、別の世界ではないんですけれども、体を出ると自分に限界が無くなるんですね。もっと空間の一部になるわけです。存在が空間的になります。

和田:

 そこでの状態は、この世的な論理思考では定義できないものなんでしょうか?

ホーキンズ:

 それは、説明できないね・・・ホッホッホ・・・笑。

和田:

 行ってみなければわからないですか・・・?・・・笑

ホーキンズ:

 ホッホッホ・・・そうだね・・・笑

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世界のリーダーとして、無私の奉仕ができるのは日本しかない。

和田:

 日本の事について、少しお聞きしたいのですが・・・ これから、日本人は世界に何が出来るでしょうか?

ホーキンズ:

 そうだね。まず日本人は、アメリカではとても尊敬されているということです。信頼できるし、知的で、教育レベルが高く、とてもよく働きます。いろんな意味で敬意を持たれていますね。 
 私の個人的な日本人への思いですが、今よりももっと素晴らしい事ができると考えています。とても高い能力を持っているし、世界中の戦争をしている国々の間に、平和をもたらす事もできるでしょう。そんな役割を持てるはずです。今は、日本は帝国ではないし、どこかの国を占領しようとは思ってはいないでしょう。だから、世界に働きかける動機がとても純粋なんです。だから、世界に何かを奉仕する事ができるわけです。国連は、もうバカみたいなことばかりやっています。自分たちの国の欲望を主張しあって戦っています。
 日本はエゴがなく、世界に対して、どうすれば奉仕できるだろうと考える文化を持っています。そして、叡智のある国です。過去の間違いによって、いろんな事を学んだ叡智、知恵があるわけですね。それぞれの国には違いがありますが、日本は、それを上手くまとめる事ができます。もし、成功しなくても、ただそれをしようとするだけで、そこに栄光があるのです。
 ロシアでもプーチン大統領が、石油資源の供給などで大変な思いをしています。それで、自己中心的になってきました。政治欲に絡まれたからですね。もし、ロシアがもっと裕福になっていたら、核戦争をしたかも知れません。彼らはあまりいい動機を持っていないないようです。
 中国は、世界のマーケットを制覇したいと思っているでしょう。もっとお金を増やしたい、だから、自己中心的な動機があるんですね。中東は、オイルに関する自己中心ですね。アメリカは占領したり、もっと力を持ちたいわけです。

 日本は、世界の中で最も純粋な国のひとつだとという風に見えます。お金でもなし、オイルをコントロールしようともしていません。日本は、過去から学んでいるでしょう。国連も学んでいない様な事をたくさん学んでいます。自分たちの事だけじゃなくて、世界中に奉仕をしようと考えています。ですから、日本は本当に美徳のシンボルなのです。大変な思いをしてきましたけれど、きちんとそれを学びました。いま、アメリカは、イラク戦争によって大変な思いをしていますが、日本は戦争からちゃんと学んだ国ですね。ですから、とても、誉れのある国となる事ができるはずです。
 国連は、素晴らしいと思われているけれども、自己中心主義ばっかりがぶつかり合っているだけです。意識のマップでも国連は190にも達していません。200以上にならないときちんと機能しないわけです。ですから、日本は、世界の国がどのようになれるかという成功例として、その極みに至って欲しいと思います。他の国に対するモデルとなって欲しいのです。世界に、どのように奉仕したらいいかという事を、自分の貪欲に陥らずに、証明する事ができます。
 日本は、他の国から何も援助を必要としていない、とても成功している国ですね。物質主義でもありません。経済の成功も、自分たちが素晴らしい仕事をしているために、そうなっています。それで、経済が自分たちの為に機能しているのです。私の見方からすると、日本は素晴らしい未来を持っていると考えられます。そうした自己中心ではない、宗教的な意識を持たずに、世界の為に貢献できます。 
 教会は、本来そういう目的を果たすべきだったんですね。カトリックもそうですし、みんな貪欲に染まってしまいました。仏教は、世界に違いを作り出そうという意識が無いので、あまり役に立たないですね。ビルマで、いま、僧侶がデモをしていますが、そんなことでは世界を変えることはできません。単なるその地域だけのものでしょう。それは、無私の奉仕ではないのです。ただ単に、政治に影響を与えようとしているだけのデモですから・・・。
 日本人の役割というのは、誰もまだ行っていないものなんです。それは、カルマから来てるものでもありますね。世界のリーダになるという事です。無私の奉仕をする事です。そして、文化が成長した時に、どのようなものになれるかというモデルになるわけですね。
 大人が昔の辛い過去から学んで、素晴らし人間になった様に、日本もそうでうです。その様な役目を果たす事ができるでしょう。中東には、そのような事ができる人はいないでしょう。南アメリカもそうです。ヨーロッパは、成功したけれども、それを駄目にしてしまいました。残っている人は誰でしょうか?・・・笑

和田:

 僕は、そういう意識レベルの高い人が、世界に散らばっていて、その人たちの影響で世界が変わるのかなと思っていました。博士もここにいますし・・・笑。

ホーキンズ:

 彼らがする事ではなくて、彼らの存在そのものなんです。もし、日本がリードする役割を担えば、日本が、まずその英知を自分のものにしなければいけません。その状態からリードする事ができます。
 私たちは、生きている間にいろんな事を学び、叡智を得ました。それによって、奉仕をする事ができるんですね。私もそうですが、世界中にいろんな学んだ事をシェアします。日本もそうです。とても古い文化を持っていて、とても興味深い人々がたくさんいます。日本人が持っているものを、世界にシェアする事ができるんです。そんな国は、他には考えられないでしょう。

和田:

 そう言っていただけて、とても嬉しいです。

ホーキンズ:

 カナダもいい国ですが・・・弱い国です。何の為にも立ち上がろうとはしません。フランスも、もう駄目になってしまいました。ドイツもどんどん駄目になっています。イギリスもイスラムに占領されていますね。残る国はありますか? 世界には、道徳的なリーダーシップが空洞になっています。世界が泣いている状態です。どこかに助けてくれる人いないんでしょうか?どちらの方向に向いたらいいか、教えてくれる人はいないのでしょうか? 私は日本がその中に飛び込んでいく事を願っています。そうすれば、世界はスピリチュアルな空間になっていくでしょう。

私の言っていることがファンタジーかどうか、テストしてみましょう。
いま言っている事が真実かどうかですね。
(キネシオロジーテストをする→真実であると判定)

そうですね。
 自分の直感から話しているんですけれども、いま事実だと証明されましたね。

 世界が本当に、誰かがやって来て、リーダーになる事を望んでいるんです。誰か助けて欲しい、世界は助けて欲しいと叫んでいます。日本の様に知恵のある国が、その無私の奉仕をする事ができるでしょう。ですから、自分たちの得たもの、成長したものを自分のものにして欲しい。そして、いろいろな人たちにアドバイスをして欲しいと思います。



 私のインスピレーション、ビジョンなんですが、日本はきっと素晴らしい国になると思います。とにかく必要な事は、自分たちが素晴らしいんだという事を、本当に意識して自分のものにする、その英知も大変な思いをして学んだものです。それを自分のものにして欲しいのです。世界のおじいちゃん、おばあちゃんの様な存在ですね。
 12歳の子供に鉄砲を渡すと、とにかく何かを撃とうとします。原子爆弾を持って走りまわるのは、12歳の様なもので、とても危険です。責任感も全然ありません。高い役割を持つ能力がないです。でも日本は、その役割を全うすることができます。その役割を担えば、意識レベルは飛躍的に上がるでしょう。それが、実際にできるのは日本だけです。いろんな人たちが言っている事はナンセンスで、それを現実に実行できるのは、日本だけです。そんな空間になっている、本当に倫理的なモラルを持っている国は、日本しかありません。それを行えば、国として500以上に上がっていくでしょう。
 無私の奉仕に対して全ての人々が、日本の人々に敬意を払うことになるでしょう。

和田:

 日本人は、自信を失っていたかもしれません。

ホーキンズ:

 成功というのは、悲しいテストから来ることが多いものです。
 いろんな人から力を奪ったりとか・・・。それでもハートのレベルに行かなければいけないですね。
 日本に自信喪失があるならば、それは第二次世界大戦から来ていますね。でも、ハートチャクラからでないといけません。そうすると競争心がなくなります。自信もなくてもいいんです。必要ありません。ただ人々に対して愛を持っていればいいんです。

 自信を持たなければいけない場合というのは、誰かを制覇しようとか、もっとお金を創ろうとか、占領しようとか、そういう意識を持っている時です。ハートチャクラから来れば、パワーがやって来ます。それは、全く違った性質のパワーです。勝ったり負けたりという事はありません。占領する事によって共感するのではなくて、自分自身の持っている美徳自身が、影響を与えていくんですね。
 日本が本来持っている可能性というのは、まだ、日本という国自身が見ていません。素晴らしい国、素晴らしい人々になれる。いま、そういう場所にいます。世界で空洞になっているリーダーの部分に飛び込んで行くべきだと思います。アメリカはリードしたいと思っているけれど、政治的なことで、誰にでもデモクラシー(民主主義)を押しつけて、それは政治的な面から押しつけているだけです。でも日本には、そういった政治的なものは関係ありません。
 人類に対して、平和をもたらすために、何ができるかという事を考えていくんです。デモクラシーを振りかざして人を殺すというのは、世界の為にはなりません。平和をもたらさないですね。

和田:

 日本がもっと意識的な進化を得られるように、努力していきたいと思います。

ホーキンズ:

 ありがとう。自分自身がそれを目的に人生を歩めば、自分自身が何者かとうことがはっきりとわかってきます。他人がどう見るかではなくて、自分自身がわかってくるわけです。
 自分の中にある素晴らしさを自分のものにするのです。いろんな間違いを犯しますが、間違えるからこそ、人は学びを得るのです。間違いを起こす事によってだけ、学ぶ事ができるんです。

和田:

 自分自身が何者かもっと深めて、自分の中にある素晴らしさを自分のものにしていきたいと思います。今日は、素晴らしいお話を本当にありがとうございました。

ホーキンズ:

 こちらこそ、楽しいインタビューでした。ありがとう。

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【取材後記】

かくして、貴重なインタビューは実現した!
 思いは実現するものだ。最近つくづくそれを実感する。繰り返して言いたい。思ったことは実現する。思いが実現するのは、大きく分けて二つあって、ひとつは、意識的に思ったことが実現することと、無意識レベルで作用して実現してしまうこと。最近は、もうひとつ、カルマレベルで作用する現象化がわかってきたのだけれど、それは、ここでは関係ない話だ。意識レベルにしろ、無意識にしろ、思ったことは、自分にとって都合のいいことも、ネガティブなことも何らか現象化する。
 前置きが長くなったが、デイヴィッド・R・ホーキンズ博士に直接話が聞きたいと思ったのは、随分前のことだった。そう、エハンとソニアが、博士の「パワーか、フォースか」を翻訳して、それを読んで、この人は絶対に会わなきゃいけないと思っていた。
 それから、まさか、こういうカタチで、博士に会うことが実現するとは予想していなかったけれど、何しろ、その頃は、自分がこんなインタビューWebサイトをやるなんて、思っても見なかったから。ただ、会うだけじゃなくて、英語もまともでない僕が、高齢の博士を2時間以上もインタビューしている。非常に、ありがたく、貴重な体験だ。それだけじゃない、博士の貴重なメッセージを日本の皆さんに届けるという使命までセットアップされていて、自分の企画ながら、少々緊張と混乱もあった。
 とにかく、そんなわけで、インタビューしたいと、申し込んでしまった。しばらく時間はかかったけれど、OKになった。5月にセドナに行ったばかりだというのに、10月にまた、アリゾナへ出かけていきました。セドナは、何度行っても素晴らしいところです。こうして実現した博士のインタビューですが・・・
 実は、博士について、知らない人がとても多いのです。「ホーキング博士!?えっあの宇宙の?」ってそりゃ、スティーブン・ホーキング博士です。ほとんどの人が、宇宙の博士だと思っている。
 僕の周りでも、博士の本を持っている人が多いのだけれど、真剣に読んでいる人が実に少ないのは残念だ。もし、博士の本を持っていて、じっくり読んでいない人は、ぜひぜひ、読み返してください。速読なんて、もってのほかです。しっかり精読してください。持っていない人は、いますぐ、アマゾンで、買ってください。
パワーか、フォースか―人間のレベルを測る科学-デヴィッド・R-ホーキンズ
なんて、ここまで宣伝していますが、出版社とはなんのご縁もありません・・・笑
 そんなわけで、博士の本を読んで、これまでバラバラだった自分のいろんな情報が一気に繋がったのです。まあ、僕の場合のお話なんですが。
 
 博士は、ウエストセドナで、キャセドラルロックやセドナの盆地のような中心的な場所が見渡せる場所から少し入った、セドナでは珍しい背の高い樹木が茂る場所に静かに暮らしていた。もともと牧場だったそうで、水路が惹かれていて、その豊かな水のために、木々の植生が異なっていたのです。博士がまだ、足腰丈夫な頃に、いくつかのコテージを自分で建てたということで、手作り感のある素朴なつくりが博士の生き方を感じさせてくれました。
 博士は、とてもジョークが好きで、身体に似合わず低い声でゆっくり話しながら、時折、サンタクロースのように、ホーッホッホッホと笑うのです。どんな質問にも明確、明晰で、至ってシンプル。奥さんのスーザンの腕を借りて、ちょいちょいっとキネシオロジーテストを行います。さすがに、20数年以上、何万回もテストしてきた博士なので、こうして、簡単に反応を見分けることができるのでしょう。僕も、しっかり練習したいと思います。
 このキネシオロジーテストについては、「パワーか、フォースか」にも詳しくそのやり方などが解説されていますし、このマッスルテストは、診断テクニックとして、臨床的にも長年使われていきました。ジョージ・グッドハート博士による研究に、ジョン・ダイアモンド博士が広い応用を与えたものです。医療の現場では、処方の薬のその人への適合性などチェックされたりします。
 このテストは、真実とウソを見分けるのに、簡単で、効果的な方法です。パワーか、フォースかでは、そうした真実性についても、社会や宗教などあらゆる分野の真実性について詳しく書かれています。どれだけ、真実を書こうとしても、書き手の思いこみが入り込んで、その真実性がゆがめられます。博士は、その事についても言及していて、博士の本や各章の真実性も計測し、最後に載せています。いずれにしても、世界は欺瞞に満ちています。僕たちが真実を生きることはとても難しいのかもしれません。博士が伝えたいことは、意識は進化していき、最後には悟りのレベルに達して、それまでは、輪廻転生を繰り返し、ついには、この世界に戻ってこない存在になるということです。博士は、940というとんでもなく高い世界を体験し、実際の博士の数値は愚問と思い、聞いていませんが、もう、この世界には戻らないと、決めているそうです。
 多くの人は、死んで戻れるのなら、また、この世界を楽しみたいと思っているのでしょうか?僕は、もし、あっちの世界があって、そこが素晴らしい世界ならば、もう、こちらに戻らなくてもいいかなって思っています。もう、子供の頃のように、勉強したくないし、大人になる試練もめんどうくさいという、いささか、レベルの低い思いからなのですが・・・笑 まあ、戻ってきたら、しょうがないですね・・・笑 あきらめて、また、振り出しから歩きますか・・・ゲームは、なかなか上がれないものかもしれませんが、しっかり上がりを目指して、もう少々まじめに人生を生きたいと思います。
 博士、貴重なお話をありがとうございました!